2009年06月21日 20:07

「うみねこのなく頃に」はカー「火刑法廷」になれるか。読者への説得力。竜騎士07さんへの期待。

火刑法廷 (ハヤカワ・ミステリ文庫 5-1)
密室と奇蹟 J・D・カー生誕百周年記念アンソロジー

先日「うみねこのなく頃に」問題編(ep1〜ep4)をクリアしたので、記念にうみねこに相応しい感じの本を読もうと思い、これまで未読だったミステリアンソロジー、J・D・カー生誕百周年記念アンソロジー「密室と奇蹟」を読了しました。密室ミステリかつ馬鹿ミステリの名手として知られる変態ミステリ作家(褒め言葉です)J・D・カーのアンソロジーだけあって一筋縄ではいかないミステリ揃いで楽しめました。特にうみねこのなく頃にのep1が発売された時から、うみねことの類似点が指摘されているカーのミステリ「火刑法廷」に対する小林泰三さんのオマージュ「ロイド殺し」が面白かったですね。「うみねこのなく頃に」が目指している方向性はカーの「火刑法廷」だと僕は考えているので、本書で小林泰三さんが書いている火刑法廷についての文章を読むと、「うみねこのなく頃に」の方向性が分かりやすいかなと思います。以下、本書より小林泰三さんの文章を引用致します。

作者による自作解題。小林泰三「ロイド殺し」

世間では、ミステリやホラーは同類だと思われているふしもあるが、ご存知のように実際には似て非なるものである。確かに「怪奇趣味」という点において、両者に共通点はあるが、「謎」に纏わるストーリー展開のベクトルが全く逆なのである。

どんなに不気味な舞台で、グロテスクな事件が起きようが、ラストに向けて謎が収束していくなら、それはミステリなのである。その逆に常識的な舞台で、日常的な事件が起きていても徐々に謎が発散していくなら、それはホラーと呼んで差し支えない。

つまり、「一見非合理に見えるものが実は全て合理的に説明できるのだ」という結末に快感を見出す物語がミステリであり、人間にはとうてい解決できない謎の中に身を委ねる解放感を楽しむ物語がホラーだといえばわかりやすいであろうか?

この場合、スーパーナチュラル(超常的)な要素の有無は特に問題ではない。それがどんなに常識離れしたものであっても、物語の中での論理的整合性が保たれているのなら、それはミステリなのである(ファンタジー世界を舞台にしたミステリ等)。

したがって、ミステリ(合理的に説明可能な物語)であり、かつホラー(合理的に説明不可能な物語)である小説を描こうとするなら、作者は謎が収束しつつ、かつ発散するといった病的なストーリーを展開しなければならなくなってしまう。「火刑法廷」はまさにそのような病的なストーリー展開を持ち、なおかつ破綻していないという奇跡的な作品なのである。

カーはラストぎりぎりのところで、寸止めをして(合理的なミステリとしても解釈でき、合理的に解釈できないホラーファンタジーとしても解釈できる両義的な展開のまま物語を終わらせ)、謎が収束も発散もしないという実に気持ちの悪い状態で固定することに成功している。(ミステリとホラーファンタジーの両義性を持つ「火刑法廷」は)単に「ミステリにホラー要素を入れた小説」や「ホラーの中に探偵を登場させた小説」などではないのである。

拙作「ロイド殺し」が少しでも、この気持ち悪さに近づけていればいいのだが…。
(小林泰三。「密室と奇蹟」より)

僕はうみねこep1をプレイした頃から「うみねこのなく頃に」は「火刑法廷」をやりたいのかなと推測しており、うみねこの出題編であるep1〜ep4までプレイして、推測通りかなと思っています。作者の竜騎士07さんは最終的にうみねこの物語を、合理的なミステリとしても解釈できるし、非合理なホラーファンタジーとしても解釈できる、両義性のあるシナリオにしたいのかなと考えています。前作「ひぐらしがなく頃に」は合理的説明可能な話ですから、小林泰三さんのカテゴリ分けに従えば、普通にミステリなわけです。ひぐらしはミステリとして説得力を欠く、余りアレな部分(例えば秘密結社の特殊部隊が犯人とかあまりに…)が多くて、その点は批判されましたが、全てを合理的に説明できるミステリとして最後までシナリオ完成を諦めなかったところは評価します。

うみねこは僕は今のところ評価していて、読者に説得力のある形できちんと物語を纏め上げることができたら素晴らしいと思っています。ただ逆に、投げっぱなしでちゃらんぽらんな、読者に対して説得力を欠く展開になってしまったらそれはとても残念な訳でして、そうならないことを祈っています。下記のエントリにて紹介しました、竜騎士07さんのミステリ論「アンチミステリとアンチファンタジーについて」を読むと、竜騎士07さんは、ミステリの根幹にある「共通認識に基づいた読者への説得力」というのを軽視しているのではないかと思われるところが見受けられて、その点が心配ですね…。

うみねこのなく頃にep3ep4クリア。犯人及びトリック、犯行動機について推理。後期クイーン問題と間主観性。メルロ・ポンティから読み解く「うみねこのなく頃に」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/872127.html


「アンチミステリとアンチファンタジーについて」において、竜騎士07さんは物語に対して後付の物語を付け加えることでいかようにも物語を解釈できると書いていますが、これは普通に誤りです。例えば、「ひぐらしのなく頃に」の「最終版」というのを竜騎士07さんが発表して、それに『「ひぐらしのなく頃に」の全ては沼地から発生したガスで昏睡状態に陥っている梨花が見ている夢であり、全ては夢で、実際には前原圭一などという人物は存在しなかった』と書かれていたら、読者は「ハァ?なにこれ。今更夢落ちなんて、こんな解釈に従えるわけねーだろ!」と怒ると思います。物語には確かに後付で物語を加えることができますが、それには読者を納得させる説得力が必要なんです。読者を納得させることのできない独りよがりな後付の物語をいくら付け加えても、読者はそのような解釈には従わないでしょう。読者と作者で共有できる共通認識(先のエントリで取り上げた間主観性)に沿った説得力のある物語だけが、本筋として解釈される力を持つのです。

どうも、竜騎士07さんが書いた文章を読むと、読者側の認識というものを蔑ろにした、「作者=物語の神である」という独りよがりな発想が、ひぐらしのなく頃にの完結以降、強くでてきている感じで、竜騎士07さんの創作の才能を高い評価している僕としては、危惧せざるを得ません…。読者を説得することができない物語は、いくら作者が「この作品は優れている」と主張しても、作者以外の人にそれを納得させることはできないでしょう。公開される物語は作者だけのものではなく、読者によって評価されるということも含めて『物語』なのだという、創作における基本中の基本、このことを竜騎士07さんには忘れないでほしいなと思います。このことについては坂口安吾、都筑道夫のお二人も触れていますので、最後にこのお二人のミステリ論を引用させて頂きます。

坂口安吾
「推理小説について」

探偵小説の愛好者としての立場から、終戦後の二、三の推理小説に就て、感想を述べてみよう。(中略)探偵小説全般の欠点について、不満と希望を述べてみたいと思う。

第一に、なぞのために人間性を不当にゆがめている(本来ありえないような行動を犯人や登場人物がとる)ということ。(中略)第二に、超人的推理にかたよりすぎて、もっとも平凡なところから犯人が推定しうる手がかりを不当に黙殺していること。(中略)

第三の欠点はこれ(第二)に関連しているが、つまり、探偵が犯人を推定する手がかりとして知っている全部のことは、解決編に至らぬ以前に、読者にも全部知らせてもらねばならぬ、ということだ。

読者に知らせておかなかったことを手がかりとして、探偵が犯人を推定するなら、この謎ときゲームはゲームとしてフェアじゃない。犯人は読者に当たらぬのが当然で、こういうアンフェアな作品は、作家の方が黒星、ゲームにならない。(中略)


私は探偵小説を謎ときゲームとして愛してきたもので、このような真夏の何もしたくないようなときには、推理小説を読むこと、詰碁詰将棋をとくのが何より手ごろだ。(中略)これは趣味からのことで、私自身は探偵小説を謎ときゲームとして愛好しているだけの話、探偵小説は謎ときゲームでなければならぬなどと主張を持っているわけではない。(中略)探偵小説はこうでなければならぬなどと肩をはってはいけないもので、謎ときゲーム、芸術の香気、怪奇、ユーモア、なんでもよろしい、元々、探偵小説というものは、読者の方でも娯楽として読むに相違ないものなのだから、本来は軽く、意気な心のあるものでなければならない。(中略)

謎ときゲームとしての推理小説は、探偵が解決の手がかりとする諸条件を全部、読者にも知らせてなければならないこと、謎を複雑ならしめるために人間性を納得させ得ないムリをしてはならないこと、これが根本ルールである。
(坂口安吾。「ベスト・ミステリ論18」より)

都筑道夫
「トリック無用は暴論か 必然性と可能性」

たとえば、どんなに矛盾なく、たくみに作られた偽アリバイであっても、それを使おうとする犯人の考え方が不自然だったら、それは非論理的なものであって、推理小説として成立しないのです。どんなに自然で巧妙な密室トリックでも、密室にする必然性がなかったら、それは不自然な密室であって、モダーン・ディテクティヴ・ストーリイ(近代ミステリ)としては、落第なのです。(中略)突き詰めていえば、どんなトリックも、不自然ということになるでしょうが、そこを一応うなずかせる言葉の魔術がほしいのです。(中略)

どうせ絵空事の話なんだから、(動機はどうでもよくて)トリックさえ奇抜ならばいいじゃないか、というのでは、逆行でしかありません。(中略)(都筑道夫氏が敗戦後に編集者として)最初に手がけた探偵小説の単行本が、某大家の長編でした。(中略)(その長編では)袋小路で殺人が行われ、目撃者がいる。その目撃者のいうことには、犯人は自分に気づくと、ふわふわと宙に舞い上がって、片側のビルの四階に逃げ込んだ、というのです。いくらなんでも大家なのだから、なんとか理屈をつけるだろう、と思っていると、意外、それも悲しい意外で、証言は嘘、目撃者が犯人でした。嘘でもいい。(嘘の証言をした理由として)宙に舞い上がって、四階に入らなければいけない理由が、強力にあればまだ救われるけど、それもないのです。これは極端な例ですが、こういう作品(ミステリとしての説得力を放棄した作品)が探偵小説として通用した時代に、逆戻りしていいはずがありません。(中略)

(上記の様ないい加減なミステリの弁護として、ミステリ要素を重視していないのでミステリの観点から批判されるのは不当だと述べる作家の意見に対して)物語の中心に殺人がおかれ、犯人は誰かという問題になって、最後に真犯人が暴露される、と三拍子揃えば、これはもう推理小説以外のなにものでもないう。(執筆の)目的はほかにあって、殺人や犯人究明は手段にすぎないのだから、推理小説として厳しく評価されては困る、と作者がいったとしたら、それは詭弁に過ぎません。(中略)

推理小説の謎は、舞台奇術の謎とは違います。(中略)(舞台奇術の謎には)奇術師の生活も、観客の生活も、かかわりがない。釘付けにした箱から、抜け出して見せる、といったひとつの場景だけが問題なのです。

推理小説の不可能問題も、読者がそれを希望し、作者が可能としてみせるだけのことには違いないけど、そこには登場人物達の生活があります。それは、われわれの生活を模したオーディナリ・ライフです。つまり、パズラー・ファンが欲するのは、オーディナリ・ライフに起るエクストロディナリ・ケースと、その解決です。カーのたとえを借用すれば、逆立ちしたまま、人殺しをする話にはどうやったか、というだけでなく、なぜ逆立ちしたか、までが謎なのです。(中略)

推理小説を読む読者の興味は、まず犯人は誰か、ということから、はじまります。次の段階はどうやって殺したか、という興味です。最後にいきつくのが、動機の興味。アメリカ語でいえば、フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットの順で、読者の興味は深まり、同時にこれはパズラーの三本の柱でもあり、この順番で作者の重点も移ってきているのです。(中略)

本格推理小説は技巧的なもので、たとえばその作中に、すぐれた思想が盛り込まれていて、人を感動させたとしても、謎(真相)が幼稚で、読みなれた読者に(謎ときの)論理的興味を起こさせないとしたら、それは不出来なパズラーです。
(都筑道夫。「ベスト・ミステリ論18」より)

「ひぐらしのなく頃に」は、まさに『たとえばその作中に、すぐれた思想が盛り込まれていて、人を感動させたとしても、謎(真相)が幼稚で、読みなれた読者に(謎ときの)論理的興味を起こさせないとしたら、それは不出来なパズラーです。』の言葉通り、物語としては面白いですが、推理小説としてはダメダメでした。「うみねこのなく頃に」は「ひぐらし」の轍を踏まず、本格パズラーとして、技巧的に見事な形で謎を解き明かし、本格ミステリとして最高の妙味を楽しませてくれること、心から期待します。

作者の竜騎士07さんは「アンチミステリとアンチファンタジー」で驚くほど大きなことをいっているのだから、もしここで、きっちりとした本格パズラーとして「うみねこ」の謎を解くことが万が一できなかった場合、本格パズラーを構成することができないへっぽこミステリ作家が、本格パズラーとしての構成もできない癖にミステリに対して大口を叩いたとして非常な不名誉になってしまうでしょう。逆に技巧派本格パズラーとして見事に謎を解くことで、ミステリ作家として優れたところを見せれば、竜騎士07さんは優れたミステリの名手としてミステリ界において高く評価されると思います。ここが竜騎士07さんの正念場、うみねこの謎を解くep5以降の「うみねこのなく頃に 解」が合理的論理的に謎を見事に解く優れた本格ミステリであることを心から期待しますね。

参考作品(amazon)
火刑法廷 (ハヤカワ・ミステリ文庫 5-1)
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ベスト・ミステリ論18―ミステリよりおもしろい (宝島社新書)
都筑道夫 ポケミス全解説
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