2009年04月

2009年04月21日 17:40

ビーバー:ヴァイオリン・ソナタ集
コレッリ:ヴァイオリンソナタ第7番~第12番

昨日書きました高血圧症について、どうしても心配でたまらず、血圧を測れないことが心配で不眠状態で耐えられず、近所のお店で特価品で売っていた2980円のオムロンの血圧計(上腕部血圧計)を買ってきました。現金が6000円弱しかないので非常に痛い出費でしたが、どうしても不安で買ってしまいました。

さっそくさきほど測ってみたところ、加圧200で138〜84でした。最高血圧140越え、最低血圧90越えで高血圧症なので、今回の測定は高血圧症の一歩手前なんとかギリギリのゾーンという感じです。定期的に測らないと判別できないようなので、血圧手帳をつけて朝夕寝る前に測定するように致します。

医学書やインターネットで調べますと、若年性(35歳前)の本態性高血圧症というのは珍しい病気みたいで、生活習慣を改善しても血圧が下がらない場合は、降血圧剤を一生飲み続けなければならないとのこと、非常に気が滅入っており、あまり更新できそうになく、申し訳ありません。

高血圧の生活習慣の改善は、お酒、煙草を断つ、これは僕は煙草は気管支が弱いので元々一度も吸ったことなく、お酒はうつ病になってから一度も飲んでいないので、もう完了しています。適度に軽運動(ウォーキング)などをして、塩分の摂取を減らして、体重を減らして肥満を防止する、体重はBMI測定で低体重(178cm、58kg、BMI数値18.3)なので問題ないですが、軽運動と塩分摂取低下は心がけようと思います。お金節約の為、安いラーメンを食べていることが多いので、今後、塩分摂取量の多いラーメンはなるべく避けて、別の塩分の少ない安い食品に切り替えるようにしようと思います。

生活改善(軽運動と減塩)で、血圧が下がってくれることを心から願います。お金がないので、高血圧で血圧内科に行くとか、不可能なので(僕はうつ病による障害者自立支援法を受けており、低額所得者のため、精神科で行う診察・投薬治療の負担額が上限制限のある月一定額ですが、精神科以外の病気治療では月三割取られ、なおかつ上限制限がありません)、高血圧症でも、病院に行かず我慢するしかないので、不安です。今回の測定はギリギリ安全ライン(血圧138〜84)だったので、この調子でギリギリ安全ラインを保つか、もっと下がってくれることを祈ります。

暗い話ばかりして申し訳ありません。ただ、どうしても、明るめの話をする気になれないので、暗く美しい曲についてご紹介したいと思います。ビーバー「ヴァイオリン・ソナタ集」です。ハインリヒ・ビーバーはヴァイオリン作曲の名手で、沈うつでとても美しいヴァイオリン・ソナタ曲、「8つのヴァイオリン・ソナタ」と「ロザリオのソナタ」がヴァイオリンの名曲として有名です。

日本の輩出した傑出したヴァイオリニスト、寺神戸亮さんのビーバー「ヴァイオリン・ソナタ集」が現在廉価盤(1000円)で出ています。これは、「8つのヴァイオリン・ソナタ」「ロザリオのソナタ」からの選曲、そして描写的なヴァイオリン・ソナタを弾いたもので、暗く美しいヴァイオリン・ソナタの名曲集です。ビーバーの独特の暗い美しさを持ったヴァイオリン・ソナタを聴くのに最も適した名盤だと思います。本盤ライナーノーツで、本盤について寺神戸亮さんが語っておりますので、ご紹介致します。

寺神戸亮オフィシャルホームページ
http://lesboreades.info/RyoTerakado/

寺神戸亮
「音楽とテクニックの結びつき、そしてその中の宗教的な意味合いを含めて、ビーバーは非常に独特の作曲家だと思います。(中略)(ロザリオのソナタ演奏について)曲の内容と聖書の記述を対照させることにつとめました。今回の「ラメント」には、イエスがゲッセマネの園で「できることならこの杯を遠ざけて下さい。でも御心のままに」と祈る場面、その祈りの間に弟子たちが眠ってしまい、イエスが「一緒に起きていることもできないのか」と彼らを諌める物語性も、盛り込まれています。そうした祈りの情景があり、次第に内面へと入っていって最後は「御心のままに」という自分の運命に対しての祈りが、本当に絵画的に表されています。

先ほども言いましたが、宗教曲を多く書いてそうした内面的な理解が深かったビーバーのこれらの曲には、外側のドラマだけでなく聖書の意味の確信を突く内面的な表現がされているのが凄いと思うのです。」
(ビーバー「ヴァイオリン・ソナタ集」ライナーノーツより)

ビーバー:ヴァイオリン・ソナタ集
ビーバー:ヴァイオリン・ソナタ集

僕もビーバーの宗教性には心から同意します。キリスト教のクラシカルな音楽は基本的に受難をモティーフとしており、沈うつな悲しい美しさを持つ曲が多く、暗い気持ちの時によく聴いております。本アルバムが気に入りましたら、「ロザリオのソナタ全曲盤」も廉価版(二枚組で1700円)で出ていますので、そちらもお勧め致します。「8つのヴァイオリン・ソナタ全曲」はまだ廉価盤が出ておらず、3000円を超える値段なので、コストパフォーマンス的にお勧めするのは厳しいです。「8つのヴァイオリン・ソナタ全曲」はお金に余裕のある人向けです。多分、数年待てば、「ロザリオのソナタ」と同じく、廉価盤が出ると思います。

ビーバー:ロザリオのソナタ

ビーバー:「8つのヴァイオリン・ソナタ(1681) 他」(2CD) [Import] (VIOLIN SONATAS|VIOLIN SONATAS)

寺神戸亮さんが演奏したビーバーの「ヴァイオリン・ソナタ集」は、同時期に録音され、レコード・アカデミー賞を受賞してベストセラーとなった寺神戸亮さんのコレッリ「ヴァイオリンソナタ第7番〜第12番」の姉妹盤です。コレッリの方も素晴らしい名盤です。僕は暗い音楽の方が好きなので、宗教的な暗さ、受難のモティーフを持つビーバーのヴァイオリン・ソナタが好みですが、コレッリのヴァイオリン・ソナタはビーバーに比べると明るく伸びやかで、一般的にはこちらの方が聴きやすいヴァイオリン・ソナタと思います。客観的に見て、名盤であり、現在は廉価盤でビーバーと同じく1000円で出ております。コストパフォーマンスの良い名盤と思います。
コレッリ:ヴァイオリンソナタ第7番~第12番
コレッリ:ヴァイオリンソナタ第7番~第12番

コレッリは明るく伸びやかで自由な作風が好まれ、世界的にとても人気のある作曲家で、特に西欧諸国(ヨーロッパ諸国・アメリカ)ではとても人気があります。映画化された小説「コレリ大尉のマンドリン」はその名の通り、コレッリ(コレリ)の音楽を主題としています。僕はうつ病になる前、クラシック音楽をモティーフにした小説ということで興味を持ち、図書館で借りて読んだ後、映画の方も視聴致しました。小説、映画どちらも面白かったです。コレッリのアルバムがお気に入られましたら、「コレッリ:合奏協奏曲集」(これも廉価盤で出ています)と合わせて、こちらの小説と映画もお勧め致します。

ウィキペディア「アルカンジェロ・コレッリ」
アルカンジェロ・コレッリ(Arcangelo Corelli, 1653年2月17日 - 1713年1月8日) はイタリアの作曲家、ヴァイオリニスト。姓はコレルリ、コレルリ、コレリのようにも書かれる。(中略)
コレッリの作品は、旋律の美しい流れと伴奏パートの丁寧な扱いが特徴的であり、それゆえコレッリが対位法の厳格な規則から自由であったといわれるのももっともなことである。
48曲のトリオ・ソナタと、ヴァイオリンと通奏低音のための12曲のソナタならびに12の合奏協奏曲が名高く、出版された作品のうち、作品1から作品6までがすべて器楽曲である。中でも最も有名なのは、《ヴァイオリンとヴィオローネ、チェンバロのためのトリオソナタ》作品5(ローマ、1700年)である。西洋では、コレッリの合奏協奏曲がしばしば人気であり、たとえば《クリスマス協奏曲》作品6-8の一部が映画「マスター・アンド・コマンダー」のサウンドトラックとして利用されている。また、小説『コレリ大尉のマンドリン』にもしばしばコレッリのことが話題にされている。

コレリ大尉のマンドリン公式サイト
http://www.movies.co.jp/corellis/

コレッリ:合奏協奏曲集
コレッリ:合奏協奏曲集

参考作品(amazon)
ビーバー:ヴァイオリン・ソナタ集
ビーバー:ロザリオのソナタ
ビーバー:「8つのヴァイオリン・ソナタ(1681) 他」(2CD) [Import] (VIOLIN SONATAS|VIOLIN SONATAS)
コレッリ:ヴァイオリンソナタ第7番~第12番
コレッリ:合奏協奏曲集
コレリ大尉のマンドリン (海外文学セレクション)
コレリ大尉のマンドリン(DVD)
小型聖書 - 新共同訳
聖書名言事典

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2009年04月20日 23:10

哀しみのシンフォニー
幻想のアダージョ

うつ病になった後、頭痛などの原因不明の様々な体調不良で酷い症状がでており、本日、血圧・血液検査を行いましたら、高血圧(150〜101)と判断されて絶望的な気持ちです。本来は毎日血圧を測って血圧手帳を付けて、血圧が下がらないようなら血圧内科で診察して治療して頂いた方がよいとのことでした。血液検査の結果は通常値よりやや肝機能低下が見られますが問題ない範囲ですとのことでした。うつ病の薬の副作用か、薬とは関係なく肝臓が弱っているのかは分かりません。うつ病になってから、お酒は一滴も飲んでおらず、食欲がなく、食事の量、回数ともに減っております。

今年亡くなった僕の祖母も高血圧で、降血圧剤を飲んでおりましたが、脳出血で亡くなりました。血圧が高いのは遺伝かも知れません。うちに血圧計はないので、血圧手帳を付けるのは無理ですとのことを病院の先生に言いましたら、数千円の廉価な血圧計でいいので買って毎日血圧のチェックをすることが高血圧の人にとっては大切ですとのことでした。できれば、毎日血圧を測って血圧手帳に記入して、次回の診察時に見せてくださいとのことでして、血圧計を買うべきかどうかどうしようか迷っています。amazonで調べて見ましたら、一番安いのがシチズンの電子血圧計 CH-432Bという3880円の血圧計みたいです。値段自体は他にもっと安いのがありますが、それらは送料がかかるため、送料を計算に入れるとこの商品が一番安い血圧計みたいです。近所のお店などにいって、もっと安いのがないか調べてみます。病院の先生から血圧は測った方がいいと言われているので、なんとか費用を捻出して近いうちにできたら購入したいと思います。

血圧手帳は既に頂きました。血圧手帳によると、高血圧による病状で、頭痛、頭重、めまい、耳鳴り、ED(性機能障害)が発生すると書かれており、僕は血圧手帳に書かれた全症状(頭痛、頭重、めまい、耳鳴り、ED)が発生しているので、絶望的な気持ちです。

うつ病の病状として、また抗うつ薬の副作用としてもこれらの症状(頭痛、頭重、めまい、耳鳴り、ED)が発生するので、高血圧の症状なのか、うつ病の症状なのか、薬の副作用なのか、高血圧・うつ病・薬の副作用の合わさった複合的なものなのか、病状の原因がどれかはわかりません。頂いたファイザー株式会社(製薬会社です、僕が服用しているうつ病のお薬ジェイゾロフトもこの会社の製薬です)の血圧手帳より引用致します。

高血圧になると、頭痛、、頭重、めまい、耳鳴りなどの症状がでてくる人もみられます(中略)勃起不全(ED、性機能障害)には高血圧や糖尿病などのさまざまな身体的条件が関連していることがわかっています。高血圧は心臓に負担をかけるだけでなく、血管や血流にも影響を及ぼします。その結果、ペニスに十分な血流が流れ込まずに勃起しなくなります。
(ファイザー株式会社「血圧手帳」)

また、別の血圧の本に、高血圧は完治できず、一生付き合ってゆかねばならないということが書かれており、酷く絶望的な気持ちです。うつ病だけでなく、ずっと肉体的な苦痛の症状も現われるのかと思うと辛いです。読むサプリシリーズの血圧読本「読むサプリ 血圧をさげる」より引用致します。

(血圧が)最高140、最低90のいずれかを超えると高血圧症と判定される。これは世界的に統一された基準である。(中略)端的にいえば、心臓から(血液を)送り出す力が強くなって、血液の量(心拍出量)が増えれば血圧は高くなり、また、血管が細くて抵抗(総末消抵抗)が高ければ、やはり血圧が上昇する。(中略)

血管そのものの抵抗を高める最大の原因は動脈硬化で、血管の弾力性が低下し、血管の中が狭くなるために、血流が悪化する。血液を流すためにより強い圧力が必要となり、血圧が上昇する。人間の日常生活レベルで見れば、塩分以外にも、アルコールの過剰摂取や、ストレス、肥満、運動不足などが血圧を高める要因になっている。

これだけ危険度の高い高血圧も、じつはその原因となると、まだはっきりと分からない部分が多い。高血圧は大きく分ければ、本態性高血圧と二次的高血圧(腎炎などの他の病気によって引き起こされる高血圧)がある。

本態性高血圧は原因が不明で、全高血圧症患者のほぼ9割を占める。原因不明とはいっても、本態性高血圧の約半分は遺伝に関係するものとされ、あとの半分は生活習慣などの「環境的因子」が関係しているとされている。あるいは両者の複合型も。(中略)

本態性高血圧症は、原因が分からないだけに対処が難しい。少なくとも、本態性高血圧症は「完治する」といったものではなく、しいえいえばその対処法は(薬と生活の改善によって)「抑えておく」ことしかない。(中略)

高血圧症は、原因の明らかな二次性高血圧を除き、根本的な治療が困難だ。その治療は、病気そのものの治療を目指すものではなく、あくまで「血圧をコントロールする」という対処療法になる。しかし、合併症を予防するためには一生、血圧と向き合っていかなければならない。
(服部内科院長服部かおる。「読むサプリ 血圧をさげる」)

以前数年前、確か6、7年前だったと思いますが、職場が行っている健康診断をした時、その時は血圧は問題なかったのですが、血液検査の結果で、高脂血症との診断が出て、若い(その頃の僕は20代前半です)のに血液の状態がよくありません、生活習慣を改善してくださいと健康診断をした病院の先生から言われたのですが、その後、ずっと健康診断をしてなくて、こんなに高血圧になっているとは思いませんでした。僕はまだ三十台前半で、血液検査では異常がでていないので、一般的な高血圧は60歳前後から急激に増えるそうで、僕は若年性の本態性高血圧症みたいです。

高血圧であることが判明し非常に気持ちが落ち込んでおり、あまり更新できそうになく、申し訳ありません。心が重たい気持ちです。先日下記エントリにてご紹介致しました、クラシックのジャズアレンジにおいて、今回は哀しい悲哀に満ちたジャズアレンジのクラシックの名アルバムをご紹介させて頂こうと思います。

猫への愛で一杯のへんてこ楽しい実話猫漫画「よんむー」、クラシックとジャズのオーケストラレーション「バッハ2000」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/802976.html


今回紹介させて頂くのはクラシックのジャズアレンジで有名なヨーロピアン・ジャズ・トリオの「哀しみのシンフォニー」です。クラシックの様々な名曲、バッハ、モーツァルト、ビゼー、リスト、グリーグ、ショパン、ラヴェル、ドビュッシー、作曲家不明の曲サルタレロ(14世紀古楽曲)、ヘンデル、フォーレ、シューマンなどから、哀愁に満ちた曲が選ばれ、哀しげな旋律でジャズ・アレンジされております。ショパンの「マズルカ第一番」やラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」などの悲哀に満ちたクラシックの名曲が、沈うつで美しい哀しげなジャズアレンジを施されております。ライナーノーツより引用させて頂きます。

EJT(ヨーロピアン・ジャズ・トリオ)が見い出した新たなアプローチ、それがクラシックの名曲のジャズ化である。

もっとも、クラシックのジャズ化という手法そのものはさして新しいものではない。(中略)ようするに(クラシックのジャズ化が頻繁に行われる理由に)クラシックのある種の旋律はジャズのスタンダードにひけをとらない訴求力を持っているということなのだ。ただ注意しなければならないのは、(即興演奏のアレンジに適した自由度を持つ)ジャズのスタンダードに比べて、(演奏技術・正確に弾くことを重視している)多くのクラシックの楽曲構造は複雑だということだ。

だから、選曲によほど注意を払い、アレンジや構成を練り上げないと、ただ単にクラシックのテーマを頭にくっつけただけの音楽になってしまう。そして残念ながら、そういった音楽は、少なくない。

ではEJTはどうか。その演奏技術の高さからして、たぶんこの人たちはジャズ・ミュージシャンになる前に、徹底的にクラシックを勉強したと想像されるのだが、そういうバックボーンが演奏に反映されていることは間違いない。「比較的有名な(クラシックの)曲」という選択基準はあるにせよ、古今東西数えきれないほどあるクラシック曲の中から彼らは、「よくもまあ」と感心せずにいられない曲を探し出してくる。それはメロディーが美しいというだけではない、ジャズとして演奏した場合、即興が有効に機能するかどうかという視点からも選ばれているのだ。その上で彼らは、ある時は原曲の持ち味を損なわないように、またある時は聴き手をあっと驚かせるようなアレンジで、楽曲を処理する。
(音楽評論家藤本史昭。ヨーロピアン・ジャズ・トリオ「哀しみのシンフォニー」より)

上記ライナーノーツで述べられているとおり、クラシックのジャズ化において、ヨーロピアン・ジャズ・トリオは間違いなく第一級の安定したアレンジャーを行うジャズバンドであり、音楽のクオリティを安心して聴けるとても良いアーティストです。ヨーロピアン・ジャズ・トリオのクラシック曲のジャズアレンジアルバムでは、G線上のアリアなどをジャズ化した第一作目のアルバム「幻想のアダージョ」が評価が高く有名ですが、第二弾である本アルバム「哀しみのシンフォニー」も哀しげなクラシックの名曲を、悲哀を感じさせるジャズ・アレンジにて演奏しており、僕のとても好きなアルバムです。

本アルバム「哀しみのシンフォニー」は「幻想のアダージョ」に比べると全体的に暗く落ち着いた悲哀と沈うつに満ちたクラシック曲のジャズ・アレンジが多く、聴いていると、心が落ち着く、哀しい気持ちの傷心を慰めるアルバムといえると思います。クラシックのジャズ・アレンジ盤として、皆様方にお勧めできる名盤です。

現在、非常に気持ちが落ち込んでおり、あまり更新できず、誠に申し訳ございません。皆様方のご健康、ご平安を心から願っております。

参考作品(amazon)
哀しみのシンフォニー
幻想のアダージョ
読むサプリ No.2 血圧をさげる。 (2)
シチズン 電子血圧計 CH-432B

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2009年04月19日 19:54

伊藤潤二の猫日記よんむー (ワイドKC)
バッハ2000

なかなか更新できず、申し訳ありません。本日鍵をなくしてしまい、日中一日探しても今も見つからず、とても暗い気持ちです。せっかく先日可愛いキーチェーンアクセサリーを頂いたのに、その鍵をなくしてしまい、誠に申し訳ありません。鍵は二本あるので、残った一本を複製すれば元に戻りますが、複製費用(近所の鍵屋さんで500円)と、もし誰かに入られたらどうしようという不安で一杯です。侵入されても、貧乏で取るものが部屋に何もないので、ただ単に犯罪を犯すだけで意味のない行為ですが…。

冒頭から暗い話をしてしまい、申し訳ありません。先日、ネットカフェで読んだとても楽しい、猫を飼っている猫好きのための漫画を紹介致します。伊藤潤二さんの実話猫漫画「よんむー」です。猫好きなら思わずくすっとできる猫のほのぼのとした逸話の描写を通して、ホラー漫画家伊藤潤二さんの猫への愛が、極めてヘンテコリンで奇怪な感じを通して伝わってくるほのぼの奇怪な傑作です。

話自体は、猫好きのための実話猫漫画といった感じで、猫大好きなお方々、特に猫を飼っていらっしゃるお方々なら、思わずニコニコできるような微笑ましいエピソードのお話なのですが、それが、天下の奇才ホラー漫画家伊藤潤二さんの手にかかると、ほのぼのとした猫大好きな伊藤潤二さんと猫大好きな奥さん(イラストレーターの石黒亜矢子さん)のお二人の猫との愛情たっぷりの日常が、伊藤潤二さんの手にかかると極めて奇怪な異界譚の描写に変わってしまうのが凄いところです。ちなみに、ほぼ実話とのことです。伊藤潤二さんと奥さんの友人でこれまた猫大好きなアーティストとして活躍中の清水寛子さんの猫ブログ(下記URL)をご参照ください。

清水寛子さん公式猫ブログ「アンコロ帳」猫マンガ「よん&むー」
http://ancoro.blogspot.com/2008/01/blog-post_21.html
Neco Link 「よんすけ日誌」の、イラストレーター石黒亜矢子ちゃんの旦那様で『うずまき』『富江』などのホラーマンガ作者、伊藤潤二さんの新作「よん&むー」がでました。猫マンガです。面白いです。ほぼ本当の話です。よんすけの質感も呪い顔も、妻の白目も本当です。マンガになってくれるなんて、なんという感激。。こんなに待ち遠しい連載が描き続けられているとは!一話目だけ「マガジンZ 1月号」で読めるようですが、次の号が出るのが待てない人はぜひ携帯で。

漫画版だとマガジンZでは読めない書き下ろしの二話と、よんとむーの二匹のカラー写真集が載っているので、ぜひ漫画版をお勧め致します。書き下ろし二話もどちらも連載話に匹敵する充実度でして、特に最終話は最高に素晴らしくて、ラストシーンには思わずジンときます。まさか伊藤潤二さんの漫画を読んで胸がジンと熱くなる日がくるとはホラー漫画「うずまき」を読んでいた頃は思っても見ませんでした。

僕は昔から伊藤潤二さんのホラー漫画のファンで、楳図かずおさん風の描写に徹底的に凝った絵画的な不気味な作風が大好きだったのですが、今回の「よんむー」は良い意味で水木しげるさんと楳図かずおさんが合体したような作風の感じです。この漫画は猫とのほのぼのした日常生活を奇怪かつ凝った絵画的な不気味な描写で描きます。

その内容は、「猫が可愛いので、猫に振り回されて嬉しい」という猫好きの一日常なので、奇怪な描写と内容とのギャップが激しくて笑えます。話自体は猫じゃらしとか、猫のために家の中に猫用のシートを張りまくる話とか、猫と一緒に寝る話とか、猫好き、特に猫を飼っているお方々なら思わずニコニコできてしまうほのぼのエピソードでして、それが伊藤潤二さん独特の奇怪な描写で描かれていると、内容と絵柄のギャップが大きくて思わず楽しく笑えます。お勧めの猫漫画です。猫大好きな皆様方、特に猫を飼っている皆様方にお勧めの漫画です。

僕は風邪気味で、急に寒くなったからか、頭痛と喉痛が酷いのですが、猫は今も元気で良かったです。うちの猫は、四年近く飼っていますが、子猫の頃から一度も病気をしたことがないです。子猫の頃は手のひらに載るくらいで、とてつもなく可愛くて、見た瞬間ハートを撃ち抜かれて、それで、ずっと飼っていて、今も大事なパートナーです。伊藤潤二さんは最初は犬派(伊藤潤二さんの実家で犬を飼っている)だったのですが、子猫むーの可愛さにズバーンと胸を撃ち抜かれて猫大好きになってゆくシーンとか、とてもよく分かるなあという思いです。猫好きにぜひともお勧めの作品です。

伊藤潤二の猫日記よんむー (ワイドKC)
伊藤潤二の猫日記よんむー (ワイドKC)

音楽の話を致しますと、先日、下記URLで、僕の好きなピアニスト、ジャン・イヴ・ティボーデの演奏したデューク・エリントンのピアノ・ソロ・アレンジャー・アルバムをご紹介させて頂きました。

助けて頂き、本当にありがとうございます。心から深く感謝致します。プーランク、ドヴォルザーク「スターバト・マーテル」バロックとジャズ。エリック・サティとジャズの名手ピアニスト、ジャン・イヴ・ティボーデの「レッド・ソックス」について。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/801227.html


今回は、ジャズ界の方からクラシックに近づいた面白い試みのアルバムをご紹介させて頂きます。デューク・エリントンの演奏で有名なジャズ・オケである「マンハッタン・ジャズ・オーケストラ」がバッハの名曲の数々をジャズオケ・アレンジしたアルバム「マンハッタン・ジャズ・オーケストラ バッハ2000」です。

このアルバムは、もうとにかくノリノリとしかいいようがなく、原曲を知っていると、良い意味で思わず笑えます。バッハが聴いたら茫然自失とするような良い意味で過激なジャズアレンジャーがされており、神に捧げた静かな宗教音楽である原曲(キリエ等)が最高にノリノリのジャズ・オーケストラレーションになっており、僕の知る限り、最高に面白い音楽アルバムの一枚です。

クラシックもジャズも好きというお方々には勿論お勧めですが、ぜひ、クラシックが好き、ジャズが好きという片方の分野が好きなお方々にも聴いて欲しいです。バッハの名曲が見事にジャズ化されており、とてつもなく面白いです。一曲目のジャズオケアレンジ「トッカータとフーガ」からして、「このバッハ、ノリノリである」という感じでして、二曲目のジャズオケアレンジ「G線上のアリア」を聴いたときは吹きました。あの有名なメロディ(G線上のアリア)がジャズになっています。その後のバッハの有名曲のジャズオケアレンジも素晴らしく、演奏も見事ですが、このアレンジをしたアレンジャーは天才だと思いました。このアレンジをしたのは世界最高の音楽アレンジャーの一人、ジャズ界の重鎮、デビッド・マシューズで、流石だなあと心から思いました。ライナーノーツより引用致します。

マシューズ(デビッド・マシューズ)はしばしば「鬼才」と評される。しかし「鬼才」と言っても、マシューズは、奇抜で前衛的なサウンドが売りの音楽家ではない。変な言い方になるが、マシューズは、優れた職人としての「鬼才」なのだ。

職人芸とは、その世界の基本を徹底的にわきまえた仕事をすることで、それがしばしばその世界を閉ざす働きをするけど、しかし、マシューズは、そこが違う。むしろ、その世界に、様々な新しい空気を送り込みながら、常に開いた状態する不思議な感覚と技術の持ち主と言って言いだろう。(中略)

「ヘイ、デューク!」は、まさにそんなマシューズたち(マンハッタン・ジャズ・オーケストラメンバーたち)のフィーリングが横溢したアルバムだった。(中略)その「ヘイ、デューク」に続いて作られたのがこの「バッハ2000」だが、その基本構造は、見事に変わらない。(中略)このアルバムを聴いて思うことは、前作以上にマシューズたちは音楽を楽しんでいるということに尽きるだろう。(中略)

これまでたくさんのジャズ・ミュージシャンがバッハを取り上げ、ジャズとバッハの関係の深さも様々に論議されてきたけど、しかし、このマンハッタン・ジャズ・オーケストラを聴くと、すでにそうした堅苦しい構えも感じられず、むしろ、そのことでジャズとバッハが、幸福な出会いをしているようにも思える。(中略)

(バッハは)おおらかで人間臭い人物だったと伝えられているように、その(バッハの音楽の)ポリフォニックな広がりは、この世界の聖なるものの広がりだけでなく、俗なるものも含めたこの世界の象徴であろう。そう考えると、このマシューズの大胆な試みに、バッハは怒るどころか、むしろ大いに喜ぶのではないかと思う。(中略)

これまでいかにも暑苦しいジャズのバッハ集がたくさん作られたが、その意気込みとは逆に(バッハの原曲に遠慮しすぎたアレンジャーによる)ウラハラにやせた音楽が多く、がっかりさせられることが多かった。しかし、このマシューズは違う。冒頭、あの有名なトッカータとフーガのメロディが響き渡るが、いかにもエネルギッシュで、カッコイイ。なるほどこれは「バッハ2000」(新時代のバッハ)というしかないのだ。
(音楽評論家青木和富。「バッハ2000」旧盤ライナーノーツより)

「バッハ2000」ただ面白いだけでなく、バッハアレンジアルバムとしてとても名盤だと思います。クラシックの現代アレンジの中でもぱぴぷぺかのんことパピプペポのカノン(パッヘンベルのカノンをパピプペポだけで歌う驚異のカノン。もはや伝説の域のアレンジ曲です、URLはhttp://www.nicovideo.jp/watch/sm1942834
http://piapro.jp/content/97kuljr1gx10hnycの可愛い画像でひとめで曲の感じが分かります)に匹敵する名アレンジと思います。「バッハ2000」、僕はぜひ心からお勧めするアルバムです。お気に入りましたら、前作「ヘイ・デューク!」もお勧め致します。

バッハ2000は知る人ぞ知る名盤として有名でしたが、1000円という廉価で再販されることになったのはクラシックにとっても、ジャズにとっても喜ばしいことと思います。こうやって、ジャン・イヴ・ティボーデが言った通り、世界が豊かに交流してゆければいいなあと僕は心から思います。

自由なお勧めクラシック「The Original Hooked On Classics Collection」ドゥダメル「フェイスタ!」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/765289.html


昨年の1月、その頃はまだ僕が職があってうつ病に掛かる前、上記エントリでも以前ご紹介させて頂きました、クラシカルアレンジの名盤フックト・オンシリーズの「フックト・オン・スイング」も再盤されましたので、ジャンルとジャンルを垣根を越えて融合させるフュージョンアレンジ好きのお方にはこちらもお勧めアルバムです。

参考作品(amazon)
バッハ2000

バッハ2000
バッハ2000
ヘイ・デューク!
ヘイ・デューク!
Hooked on Swing, Vol. 1
Hooked on Swing, Vol. 1
伊藤潤二の猫日記よんむー (ワイドKC)
伊藤潤二の猫日記よんむー (ワイドKC)

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2009年04月18日 02:25

Satie: The Complete Solo Piano Music

昨日、新規購入した中古PCが無事届き、セットアップして、通信環境が回復しました。このたびは助けて頂き、本当にありがとうございます。心から深く感謝致します。胸が感謝の気持ちで一杯です。本当にありがとうございます。深くお礼申し上げます。ありがとうございます。言葉に尽くせぬ感謝をしております。お助けくださったお方々の幸せを心から祈ります。

バロック音楽と戦国日本文化の縁。織田信長とバロック音楽。僕の好きな聖歌、ボッケリーニ「スターバト・マーテル」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/799104.html


先日、上記エントリにて、スターバト・マーテルについて書かせて頂きましたが、重要な作曲家の「スターバト・マーテル」が抜けており、まことに申し訳ございません。プーランクの「スターバト・マーテル」が抜けておりました。この作品はプーランクの宗教曲の最高傑作といわれ、ボッケリーニの「スターバト・マーテル」に比べると派手ですが、聖なる悲しみの静謐さも併せ持った、見事な傑作です。プーランクは、下記のエントリで紹介いたしましたが、ピアノ曲集もとても良いです。

熱が出ており更新できなくて申し訳ありません。デュリュフレ「レクイエム」ロジェ・パスカル「プーランク:ピアノ作品集」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/784585.html


クラシックの作曲家の宗教曲の最高傑作は「ミサ曲」「レクイエム」「スターバト・マーテル」のどれかになることが多いですが、ボッケリーニ、ペルゴレージ、プーランク、ドヴォルザーク、シマノフスキの五人の作曲家においては、彼らの宗教曲の最高傑作は「スターバト・マーテル」であると言ってよいと僕は思います。ペルゴレージがスタンダードな基本となる「スターバト・マーテル」、静謐なヒーリング系の「スターバト・マーテル」なのがボッケリーニ、シマノフスキ、プーランク、ドヴォルザークは音響的に派手な方ですが、他の「スターバト・マーテル」と同じく悲しみを湛えています。

「スターバト・マーテル」はイエス・キリストの磔刑を、十字架の下で嘆き悲しむ聖母マリアの気持ちを歌っておりまして、数多くの名だたる作曲家が曲を作曲しており、どれもとても悲しい名曲で、暗い悲しい気持ちの時に聴くと、心が癒される曲であると思います。お勧め致します。
Poulenc: Gloria; Stabat Mater
Poulenc: Gloria; Stabat Mater

ドヴォルザーク:スターバト・マーテル/詩篇149番

「スターバト・マーテル」を作曲した時、最も悲劇的なのはドヴォルザークでして、彼は妻アンナとの間に幼い子供が三人おりましたが、三人とも病弱にて、長女ヨセファが逝去し、その悲しみを込めて、幼き最愛の長女ヨセファを偲んで、彼は「スターバト・マーテル」の作曲を始めましたが、作曲中に次女ルージェナ、そして長男オタカルまでもが逝去し、ドヴォルザークは子供を全員失い、この悲劇によって、妻アンナとともに深い悲しみによる深刻な精神的危機を迎えました。そんな彼が悲しみのなかで完成させたのが、「スターバト・マーテル」であり、この曲は、息子を亡くした聖母マリアの気持ちと、三人の子供を亡くした父親ドヴォルザークの気持ちが重ねあわされた、彼の宗教曲における最高傑作であると言われています。ドヴォルザーク「スターバト・マーテル」ライナーノーツから引用致します。

(1875年の)娘(長女ヨセファ)の死去という出来事がドヴォルザークに与えた影響は、1876年に書かれた表情豊かなピアノ三重奏曲ト短調のなかで感じることができるかもしれない。また、その直後に彼はこの喪失を、彼の非舞台作品のうちで最も長く、現在に至るまで最も深遠な作品である「スターバト・マーテル」を作曲して記念(追悼曲)にしようとしたのかもしれない、ということにも、その影響を感じることができよう。スケッチは(1876年の)2月19日から3月7日の間に行われたが、オーケストレーションは翌年秋まで手がけられなかった。

この中断は、(ドヴォルザークの)家族を引き続き襲ったあまりにも酷い悲劇、次女のルージュナの死、その数週間後には、唯一残された子供である息子のオタカルも死亡、によって引き起こされたのであろう。(彼は、妻、子供三人の五人家族であったが、1875〜1876年の間に三人の子供を失った)。

(ドヴォルザークは子供の死後、悲嘆が大きく、うつ病的状態に陥って深刻な状況になり、しばらく活動ができず)、オーケストレーションは1877年11月13日にようやく完成し、1880年12月23日にプラハの音楽芸術家協会の定例演奏会で初演された。(中略)

(ドヴォルザークの「スターバト・マーテルは極めてバロック的な要素が大きく)バロックの伝統を回顧しているかのようである。決然とした様子と叙情性がかわるがわる現れる。
(音楽評論家ヤン・スマツニ。ドヴォルザーク「スターバト・マーテル」ライナーノーツより)

バロック音楽は普遍的な秩序と論理よりも、個々人の心情性、感情、情感を極めて重視する為、その作曲家の想いが直接伝わってくるようなところがあります。ドヴォルザークの「スターバト・マーテル」は、彼の悲しみが深く伝わってくる名曲です。ボッケリーニ、ペルゴレージ、プーランク、ドヴォルザーク、シマノフスキ、シューベルトなどと並んで、最高の「スターバト・マーテル」であると思います。

ウィキペディア「バロック」
そもそも「バロック」という言葉は17世紀の芸術に対し、後世の人々による極めて侮蔑的な呼称である。冷静で節度を失わない18世紀の合理主義者には彼ら以前の時代の芸術が、悪趣味で品のないものとして捉えらえた。彼らが用いた「バロック」という言葉は、ポルトガル語で不規則な形状をし歪んだ真珠を指すBaroccoか、中世の学者が論理体系を構築するうえで複雑で難解な論法を指すのに使ったラテン語のBarocoからきたとされる。いずれにしてもいわんとするところは、この「バロック」という言葉には、多少グロテスクで懲りすぎであるという意味が含まれる。バロック芸術を強く蔑視する風潮は、かなりの長い間続いたが、20世紀に入ってから突如、再評価されるようになった。

17世紀初頭にはヨーロッパ全土で激烈を極めた宗教戦争などあらゆる闘争が起こり、国家や社会が分裂した。その不安な時代において、連続的な運動と永続的な秩序との間にしかるべき関係を見出そうとする努力がなされ、そこから独特な心情的表現が生まれた。これが「バロック」である。強い激烈な印象を与える変化と対比など、これらすべては、動的で変化に富む自然と人間の感情から見出された新しい表現であった。

調和・均整を目指すルネサンス様式に対して劇的な流動性、過剰な装飾性を特色とする。「永遠の相のもと」がルネサンスの理想であり、「移ろい行く相のもと」がバロックの理想である。

ウィキペディア「バロック音楽」
バロック音楽とは、ヨーロッパにおける17世紀初頭から18世紀半ばまでの音楽の総称である。一般に通奏低音の使用と、感情に則した劇的表現が特徴であるとされる。今日のオペラの原型や、声楽から独立した形での器楽はこの時期初めて確立された。

ギフト券を贈って助けて頂き心から深く感謝致します。言葉にできない感謝の気持ちで胸が一杯です。「Water Music」
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僕はバロックの音楽家では、以前上記のエントリで述べさせて頂いた音楽家テレマンの仕事を手伝った音楽家ファッシュがとても好きです。けれど残念ながら、ファッシュの曲はあまり演奏やレコーディングがされずほとんど手に入りません。専門の音楽家テレマンと違い、ファッシュの前半生の本職と見られていたのは法律家であり(彼は音楽学校ではなく法律学校を卒業しております)、兼業として音楽家をしており、法律家として成功した後に、音楽家となったため、最初から専門の音楽家に比べると軽く見られているところがあります。しかし、僕が実際に聴いた限りでは、ファッシュはバロックの音楽作曲家における最高の作曲家の一人であると思います。これまた悲劇的なことに、再評価が進んだのは20世紀後半であり、先のエントリ「バロック音楽と戦国日本文化の縁。織田信長とバロック音楽。僕の好きな聖歌、ボッケリーニ「スターバト・マーテル」 で挙げた悲劇の音楽家ボッケリーニと同じく、楽譜が紛失し、無数の曲が行方不明になっております。

このようなこと(楽譜の紛失により、曲が永遠に失われる)は、音楽好きとして誠に無念です。ウィキペディア及びファッシュ「協奏曲集、管弦楽曲集」ライナーノーツより引用いたします。

ウィキペディア「ヨハン・フリードリヒ・ファッシュ」
ヨハン・フリードリヒ・ファッシュ(Johann Friedrich Fasch, 1688年4月15日 - 1758年12月5日)はドイツ後期バロック音楽の作曲家。息子のカール・フリードリヒ・クリスティアンも音楽家になった。(中略)
現存する主要な作品にカンタータ、協奏曲、シンフォニア、室内楽などがある。その作品は存命中に一つも出版されず、声楽曲のほとんどと4つの歌劇は散逸している。とはいえ同時代人から高い評価を受けており、バッハはファッシュの多くの作品を写譜している。こんにちファッシュは、作曲様式から見て、バロック音楽と古典派音楽の橋渡しをした重要な作曲家として認識されている。

(法学部の学生の頃から音楽好きのファッシュは長じて法律家となり、弁護士、宮廷秘書官、法律顧問となり)弁護士(法律家)として認められはしたものの、ファッシュの音楽的な関心とそれへの才能は常に明らかだった。(中略)

(ファッシュは)バイロイトではシーズン限りのヴァイオリン奏者を務め、(法律家として)様々な宮廷秘書官や法律顧問の職を経て、プラハに着いた。そこで彼は「四季」を含むヴィヴァルディの作品8のヴァイオリン協奏曲集の被献呈者、ヴェンツェル・モルツィン伯爵に仕えた。(中略)1722年に(モルツィン伯爵に仕えるヴァイオリン奏者として名高くなったファッシュは)アンハルト・ツェルプストの楽長の地位を提供された。1725年のプラハへの旅行や、ドレスデンの王の居城での長期滞在、そしてケーテン近辺の何度かの訪問を別にして、彼は残る生涯をツェルプストで過ごした。(中略)

(音楽家でもあり事務方の法律家でもあったファッシュが晩年管理していた)ツェルプストの法廷図書館の1743年の目録は(図書館の音楽部門を管理する音楽好きのファッシュが図書館の音楽資料を充実させており)、ヴィヴァルディ、アルビノーニ、ボンポルティの最新の協奏曲のコピーと、グラウン、おそらく確実にヨハン・ゴッドリープ、ロカッティ、ヴォリュミエール、そしてヘンデルにまで至るソナタの筆者譜を誇っている。これは時勢に遅れずにいることに、ファッシュがどれほど熱心だったかを物語っている。
(音楽評論家ブライアン・クラーク。ファッシュ「協奏曲集、管弦楽曲集」ライナーノーツより)

彼(ファッシュ)は法学部の出で、音楽好きで、法律の仕事で稼いだお金を音楽につぎ込んで、法廷図書館の管理では音楽資料を充実させるとか、僕はなんか彼が他人とは思えないところがあって、そのことも共感を覚えます。
ファッシュ:管楽のための協奏曲集
ファッシュ:管楽のための協奏曲集
ファッシュ:イエス・キリストの受難
ファッシュ:イエス・キリストの受難

ファッシュは法律家として成功を収め、作曲家としてはその当時評価されませんでしたが(当時の彼が音楽的に評価されていたのはヴァイオリン奏者としてでした)、後生はボッケリーニのような貧困に喘ぐことなく、また、ドヴォルザークのように家族の不幸もなく(彼の息子は音楽家として成功しました)、ツェルプストの楽長兼法廷図書館管理者として好きな音楽に生きることができたので、その点では僕とは全然違いますが…。僕の場合は、家族もいない独身者でして、晩年のボッケリーニのように、いつもお腹が空いている貧困状態です。節約のためにあまり食事を取らないようにしておりますので、今もお腹が非常に空いております。

バロック音楽は、その演奏者の感情を出すことが許されるので、良い意味で即興的な側面を持っており、例えば僕が今何かを演奏するとしたら、「お腹空いた」という気持ちを込めて演奏します。ルネサンス音楽、典礼を重視する音楽とは違い、バロック音楽は自由度が高いので、今の音楽に例えると即興で演奏してゆくフリージャズ的なところがあります。

この点で、バロック音楽は、ある意味、現代音楽の先取りであったと言えるのではないかと僕は考えております。僕の大好きな音楽にエリック・サティの音楽がありますが、古典派のクラシックとジョン・ケージら現代音楽を繋げたサティの音楽は自由度が高く、まさにバロック的要素に満ち溢れております。エリック・サティの演奏ではジャン・イヴ・ティボーデがとても素晴らしいです。以前一万円以上していたティボーデのエリック・サティ全集が現在は円高影響にて5000円台まで下がっており、お勧めです。
Satie: The Complete Solo Piano Music
Satie: The Complete Solo Piano Music

辛いことがあって、エリック・サティの曲を聴いて心慰めていました。サティの曲は、優しい音楽のベッドのようだと感じました。
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ジャン・イヴ・ティボーデは僕のとても好きなピアニストで、演奏はとても素晴らしく、そして彼のいいところは、音楽に関して先取的で、なおかつ社会福祉活動に力を入れているところです。トランペットの貴公子セルゲイ・ナカリャコフと同じくとてもカッコいい音楽家です。

ウィキペディア「ジャン=イヴ・ティボーデ」
ジャン=イヴ・ティボーデ(Jean-Yves Thibaudet, 1961年9月7日 - )は、フランス・リヨン出身のピアニスト。

5歳でピアノを始め、7歳でデビューを果たす。12歳でパリ音楽院に進んで、アルド・チッコリーニと、ラヴェルの友人リュセット・デカーヴに師事。3年後にパリ音楽院の首席となり、18歳でニューヨーク青年演奏家オーディションの覇者となった。音楽教師としても活動しており、現在はアメリカ合衆国で後進の指導にあたっている。

ヴィルトゥオーソの伝統を汲む超絶技巧のピアニストだが、メカニックな演奏技巧のやみくもな披瀝に終わることなく、作曲者の意図の再現のために、理想の音響を実現するための熟考を重ね、さまざまな奏法の巧みな使い分けや、音色に対する繊細な配慮が演奏から伺われる。(中略)

端正な容姿からファッション界からも注目され、演奏会の衣裳はもともとジャンニ・ヴェルサーチを好んで着用していたが、現在はヴィヴィアン・ウエストウッドがデザインしたコスチュームを提供されている。若い頃から、タキシードのすそを短めにそろえ、赤い靴下を覗かせながら演奏するなど、独特のファッションセンスで知られている。

また、家に代々伝わるブルゴーニュワインのコレクターであると同時に、絵画のコレクターでもある。

ティボーデはまた同性愛者であることをカミングアウトしており、エイズ防止のキャンペーンなどに名前を連ねている。

ティボーデは音楽分野では先取的で知られており、ジャズ・ピアニストとしても活躍し、ビル・エヴァンスやデューク・エリントンのジャズピアノ曲を弾きこなし、ジャズピアノアルバムを何枚も出しております。また、クラウス・オガーマンとも競演しています。クラシック音楽界の一部には極めて守旧的なところがあり、クラシック音楽界のトップクラスの演奏者が他のジャンル音楽を演奏することを快く思わない人達もいて(有名な演奏家では世界最高クラスのピアニストのポリーニなどがこういったクラシック至上主義の守旧派の代表格の一人です)、「クラシックの演奏家が他ジャンルで演奏することはまかりならぬ」的なイヤな感じの圧力が掛かるんですが(ヴァイオリニストのヴァネッサ・メイなんか、守旧的なクラシック音楽界から物凄いバッシングされて可哀相でした)、そういった圧力に負けない世界最高クラスの音楽家もいます。その代表格がピアニストのジャン・イヴ・ティボーデやヴァイオリニストのギドン・クレーメルです。

僕はティボーデやクレーメルが大好きです。二人ともジャズ界の大物クラウス・オガーマンと競演しており、オーガマンを通じて、二人とも親交があるみたいで、嬉しいです。二人とも楽しい逸話を持っておりますが、最後に、ティボーデの「レッド・ソックス」の逸話を紹介致します。彼自身の語った話です。ティボーデのジャズアルバム「プレリュード・トゥ・ア・キス〜デューク・エリントンへの憧憬」ライナーノーツより引用してご紹介させて頂きます。

ジャン・イヴ・ティボーデ
「(エリントンのジャズアルバムをレコーディングしたのは)エリントンの作曲力の素晴らしさを、広くクラシック・ファンに知ってもらいたかった。僕がクラシック・ピアニストとしてエリントンにオマージュを捧げることは、ジャズ・ファンからも面白がってもたえるのではないかと思ったんだ。

僕は、音楽のなかにカテゴリー・ジャンルといういくつもの壁があるのはおかしいんじゃないかと、ずっと思ってきた。全てのカテゴリーを取り払えとは言わないけれど、少なくとももっと交流するべきだと思わないかい?21世紀には、もう一度様々な音楽のリユニオンが行われるといいと、願っているんだ。

(ジャズアルバムの)ビル・エヴァンスの作品集を作ったのは、僕にとっていいスタートだった。あのレコーディングでジャズのもつ独特のタイム、リズム、即興演奏を学ぶことができたから。あれ以来、時間があるとジャズを聴いていたんだ。(中略)

クラシックにもラヴェルやシューマンといった、オーケストラルなピアノ曲を書いた作曲家がいる。(エリントンのアルバムレコーディングも)やれないことはないかもしれないとね。

そこで、前作(ティボーデのジャズ・アルバム「ワルツ・フォー・デビー」)でも力を借りたアレンジャーで友人でもあるジョエル・シルバーマンにまず、適任の編曲者を選んでもらうことにした。集まってくれた、ジョエルを含めて五人のアレンジャーは、著名なジャズ・ピアニストであるディック・ハイマンをはじめ皆才能のある人達だった。僕のピアノを気に入ってくれて、僕のピアニストとしての特質も知った上でアレンジし、インプロヴィゼーションのパートも書いてくれたんだ。だからだね。(ジャズ音楽界の友好的な協力のおかげで)弾いていて、まるで自分で考えたように自然に曲想にのることができたんだ。」

インタビュアー中川曜
――彼(ティボーデ)は、即興演奏に特に弾かれることとその理由を、次のように語った。

ジャン・イヴ・ティボーデ
「昔はモーツァルトや多くの人が、カデンツァ(自由に弾けるシーン)になるとインプロヴァイズ(即興演奏)していたんだ。今は(クラシックの)音楽学校では即興演奏を教えないし、(クラシックの)演奏家も観客も(技術的に正確無比に弾くことが最重視される風潮によって)その楽しさ、興奮を忘れているのがとても残念だ。

僕は即興でプレイ(演奏)するのが好きで、エヴァンス作品集の時はやってみた曲もあったけど、今回は五人のアレンジャーに任せて、「トンク」だけ自分で(即興演奏で)やってみた。人の力も借りながらね。僕の一つのゴールは、自分でインプロヴァイズすること。そしていつか他のミュージシャンと(即興演奏で)一緒にプレイすることなんだ。今のところ、それはファンタジーに過ぎないんだけど。」

インタビュアー中川曜
――私は以前からぜひ聴いてみたかった質問をした。ところで、あなた(ティボーデ)はなぜコンサートでいつも赤い靴下(レッド・ソックス)を履いているのですか。ティボーデは赤がラッキー・カラーで一番好きな色だからとまず言って、その後、少し間をおいて言った。

ジャン・イヴ・ティボーデ
「実は僕のレッド・ソックスには、もっと深い意味があるんだ。僕は常々クラシックのコンサートは堅苦しすぎると、思ってきた。若い、新たな観客層にコンサートに来てもらうことが、プロフェッショナルたちにとっての使命なのにね。伝統のエレガンスは壊さずに、そこに何かモダンなものを加えたい。そこで思いついたのが、赤いソックスなんだ。赤い靴下は、僕の小さなレヴォリューションなんだよ。」
(ジャン・イヴ・ティボーデ「プレリュード・トゥ・ア・キス〜デューク・エリントンへの憧憬」ライナーノーツより)

ティボーデのジャズアルバムはどれも、ガーシュウィンのピアノ演奏を新しい曲で聴いているような新鮮さがあり、僕は大好きです。残念ながら入手は極めて困難ですが…。既に絶盤でして中古で10000円近い値がついています。感じとしてはガーシュウィンの名盤「Gershwin Plays Gershwin: The Piano Rolls」に近いです。ジャズバーでジャズピアノを聴いている感じでとてもよいです。
Gershwin Plays Gershwin: The Piano Rolls
Gershwin Plays Gershwin: The Piano Rolls

僕はクラシックだけでなく、レッド・ソックスを履いてジャズを弾くティボーデの音楽スタイルがとても好きです。とても好きなピアニストです。

『僕は、音楽のなかにカテゴリー・ジャンルといういくつもの壁があるのはおかしいんじゃないかと、ずっと思ってきた。全てのカテゴリーを取り払えとは言わないけれど、少なくとももっと交流するべきだと思わないかい?21世紀には、もう一度様々な音楽のリユニオンが行われるといいと、願っているんだ。』

参考作品(amazon)
Satie: The Complete Solo Piano Music
ジムノペディ~サティ:ピアノ作品集
Poulenc: Gloria; Stabat Mater
ドヴォルザーク:スターバト・マーテル/詩篇149番
ファッシュ:管楽のための協奏曲集
ファッシュ:イエス・キリストの受難
ボッケリーニ:スターバト・マーテル
ペルゴレージ : スターバト・マーテル
シマノフスキ:スターバト・マーテル 他
シューベルト:ミサ曲第6番/スターバト・マーテル
ワルツ・フォー・デビー 〜ビル・エヴァンスに捧ぐ 〜
プレリュード・トゥ・ア・キス 〜デューク・エリントンヘの憧憬
Gershwin Plays Gershwin: The Piano Rolls
バロック音楽はなぜ癒すのか―現代によみがえる心身音楽

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2009年04月16日 14:21

ボッケリーニ:スターバト・マーテル
ペルゴレージ : スターバト・マーテル

昨日更新できず申し訳ありません。心身ともに体調を崩しており、PCもなく、たいへん不安感が強く、胸のうちが不安で臥せっており、更新できませんでした。現在はご善意あるお方々のおかげでPCの方は購入させて頂きまして、到着を待っている形でして、それまで、家にPC環境がないので、外に行かないと更新ができない状態でして、なかなか更新できず、申し訳ありません。助けて頂き誠にありがとうございます。心から深く胸いっぱいに感謝致します。本当にありがとうございます。ギフト券、アフィリエイトでお助けしてくださるお方々のおかげで気持ちがとても救われております。ありがとうございます。

ギフト券を贈って助けて頂き心から深く感謝致します。言葉にできない感謝の気持ちで胸が一杯です。「Water Music」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/796732.html


先日、上記のエントリにて、バロック音楽のヘンデルやテレマンの「ウォーター・ミュージック」を紹介させていただきましたが、16世紀〜18世紀のバロック・クラシックは、それ以前の古楽クラシック(アーリー・ミュージック)や19世紀〜20世紀のネオ・クラシックに比べると、日本人の耳に馴染みやすいのではないかと思います。ヴィヴァルディとか日本でとても人気があります。比較文化学者の竹下節子さんがこのことについて、大胆で面白い仮説を立てているのでご紹介致します。

竹下節子さんは、このような仮説を立てています。日本人にバロック・クラシックがとても人気があるのは、戦国時代に始めて本格的に西洋文化が流入してきた時、キリスト教は西洋音楽とともに日本にキリスト教を広めた。16世紀の日本の有力武将、天下統一事業を進めた武将織田信長は西欧海外との交流に極めて意欲的に積極的であり、キリスト教と西洋文化の守護者として、積極的に海外文化との交流を後押しした。それによって、西洋の音楽文化、当時隆盛を極めていたバロック・クラシックも布教の為の修道会の楽師達などと一緒に流入して日本に広まったのではないだろうか、そしてそれは日本の大衆文化(歌舞伎・能など)に連綿と受けつがれているのではないだろうか、という日本の文化の海外との交流性の仮説です。

日本で織田信長の後押しを受けて大規模な布教を行った16世紀のイエスズ会は、カトリックの聖職者達であるとともにバロック音楽の担い手であり、海外での布教の為に手持ちで運べる楽器だけでなく、小型オルガンまで船に積んで、世界中に布教の旅に出ていました。布教は一般の民に向かって行うものですから、織田信長や大友宗麟らキリスト教を保護した戦国大名だけでなく、当時の日本の様々な一般的な国民たちも海外の聖職者にして楽師達の演奏するバロック音楽に耳を傾けたことは間違いないと僕も思います。

歴史考証がとても確りしている漫画、宮下英樹さんの「センゴク」にも、武将達が「ろうまんす(騎士道)」について話したり、安土桃山時代(戦国時代)における海外文化の影響が見受けられますが、西欧の大航海時代は、世界中に、物質的な交易だけでなく、無形の文化(音楽文化や騎士道といった精神的文化)も運んできました。日本もその例外ではなく、日本にも大きく海外文化(当時でいう南蛮文化)が流入しました。安土桃山時代は、西欧との扉が一気に開かれる文明開化の時代でした。そして、当時(戦国時代)の武将としては考えられぬほど先進的かつ大局的な視野を持っていた、シーランド(海洋国家)として日本国全体を眺めていた織田信長という天才、当時(安土桃山時代)の一武将としての枠を遥かに超えた全世界的視野を持っていた天才的近代人織田信長の行動(海外との積極的交易、日本への海外文化の積極的な流入を促し、その当時の日本を近代化した)が音楽文化的にも大きく影響を及ぼしています。

戦国武将織田信長は極めて先取的な物の見方ができる革新的人物であり、日本の守旧的な既存勢力(中国文化からの連続性を持つ守旧的日本文化)に排斥されそうになっていたキリスト教などの西欧文化とそれを伝える人々(宣教師達)を積極的に保護し、物質的な側面だけでなく、文化的、精神的な側面においても、日本に新しい風、西欧の文化を齎して、それまでの、中国の影響力が圧倒的に大きい日本の文化を西欧の文化と混合して日本に新しい文化を生み出した、革新的に文化解放的な武将であること、このことは、僕は音楽好きとして、信長の功績として、もっと評価されていいことだと思っています。織田信長について書かれた本では「安土往還記」がお勧めです。

安土往還記 (新潮文庫)
安土往還記 (新潮文庫)

比較文化学者にして歴史学、宗教学、音楽学に詳しい竹下節子さんが上記の仮説(バロック音楽と日本の文化の関係論)を立てているのを以前読んだとき、僕はバロック音楽好きとしてとても嬉しくなりました。日本人である僕の中にも歴史的なバロック音楽の連続性が受け継がれているというのは、バロック音楽を愛する一人として、誠に心から幸いに思います。この仮説が載っている竹下節子さんの著書「バロック音楽はなぜ癒すのか 現代によみがえる心身音楽」より引用致します。

バロック音楽はなぜ癒すのか―現代によみがえる心身音楽
バロック音楽はなぜ癒すのか―現代によみがえる心身音楽

「出雲の阿国はバロック音楽を聴いたか」

日本の伝統芸能は該してフランス・バロック音楽に似ている。「語り物」(語り歌う音楽的芸能)だからだ。世阿弥が、言語の意味(理聞)と音楽性(曲聞)とが言語を発生するときに重なること(開聞)を意識して能を音響言語芸術として位置付けるのはフランス系バロック・オペラと同じだし、能が演ずる場や季節や天候など縁者と観客の全的な感応(時節感当)を重視してイベントとして成就したことはヴェルサイユでの祝祭音楽を思わせる。

では日本の近世芸能が成立した時に、西洋の初期バロック音楽の影響はまったくなかったのだろうか?南蛮人が渡来したのは16世紀半ば以後だった。(日本へ布教へやってきたキリスト教・イエズス会の宣教師達を守護した織田信長が積極的に日本への西洋文化流入を図った)室町末期から安土桃山時代と重なる。南蛮帽をかぶった笛吹きが「風流踊り」の伴奏をしている絵も残っている。興味深いのは十六世紀末に日本各地で音楽つきの劇を上演したという記録が発見されつつあるイエズス会の宣教師達の存在だ。それまで(中国文化の影響の大きい)寺社の祭礼と結びついた演劇以外に親しんでいなかった民衆に(西欧文化の音楽劇は大人気で)非常に受けたらしい。イエズス会劇の上演回数の多さを見ると、「出雲の阿国」がそれに遭遇したこともおおいに考えられる。

(日本にやってきたイエズス会の)宣教者や神学生はみな男性だったから(男性が女装して音楽に合わせて舞い踊る)女性役も当然あった。歌舞伎のベースになったバサラとかダテのファッション美学や異質なものを混合する(織田信長ら、海外文化を積極的に取り入れる革新的な数奇者・傾き者達の好んだ)数奇の精神(傾きの精神、数奇傾きが傾奇となり歌舞伎となる)や、茶の湯における四季や四台元素にこだわった「自然再構築」の人工観など、いずれも安土桃山時代の「南蛮人」の影響を感じさせる。

イエズス会は移動可能の風琴式小型オルガン(少数で陸上でも運搬可能な布教用のオルガン)を持っていたし、パイプオルガンのある音楽学校まで作って神学生を養成した。茶の湯も、有力なキリシタン大名の間に広がったので、キリシタン禁令後の(隠れキリシタン達の)秘密倶楽部(日本のキリスト教秘密結社)だったとか、キリスト教典礼のカムフラージュだとかアレゴリーだという説があるくらいだ。爭曲の名曲「六段」は、能楽の囃子方の「段」にルネサンス期のリュートによる変奏曲の影響があって成立したという説も存在した。

浄瑠璃語りに操り人形が結びついて文楽ができたのも、フランスのバロック時代に流行ったマリオネット・オペラのことを思いださせる。モドキとかモジリという技法も、バロック・オペラにおける楽器の使い方を彷彿とさせる。

宣教師達がポリフォニーのない日本の音楽に対して、オルガンによる美しいハーモニーを聴かせて圧倒して一神教の創造の秩序に感動させて回心を促そうとしたという説もある。しかし完璧な和音を重んじて不協和音を「悪」の象徴と退けた「典礼の音楽」だけではなく、不協和音をも「スープに入れる香辛料」として愛したグルメなバロック音楽もモテットの形で多く(安土桃山時代の日本に)入っていたはずだ。ルネサンスやバロックの音楽理論や舞踏の理論書を書いた人は聖職者に沢山いるし、イエズス会はバロックの担い手であったカトリックの反改革の先兵だったから、(日本に布教にやってきた)「南蛮人」はバロック人だったはずだ。(中略)

日本舞踏の「新創作舞踏」で(古代のオリジナルの復元を目指して踊られた)阿国の踊りを再現したものを観たことがあるが、長い布を持ってそれを回して、少しずれた体の延長のような感覚を与えるところや、笛の音や唄いのメロディは無視して囃子のパーカッションにだけ注目して身体を動かすことで、揺れの多い(バロックの)複雑系のイメージが湧いてくる。長いスカートや襞やフリルやリボンや髪のロールを揺らして踊った(バロック時代の)宮廷バレエのことを思い出して嬉しくなったものだ。
(竹下節子「バロック音楽はなぜ癒すのか 現代によみがえる心身音楽」)

僕はクラシックが大好きですが、特にバロック音楽とても馴染みやすい音楽と感じます。上記著書でも書かれていますが、日本人に馴染みやすい音楽としてのバロック音楽という側面、それにはそれは安土桃山時代における西欧文化流入のとき、ちょうど西欧のバロック音楽全盛期であり、バロック音楽が日本に流入してきたからというのもあるのかなと思います。そういった西欧文化流入を保護し推し進めたのは戦国武将織田信長が筆頭であり、織田信長と現代の僕の音楽の感じ方は繋がっているんだなあというのは、とても面白いことだと感じます。

日本に西欧文化を伝えにきた宣教師達は布教にやってきた訳で、聖歌を主流として歌っていたと思われます。僕は聖歌では、スターバト・マーテルが昔から大好きで、色んな作曲家のスターバト・マーテルを聴いてきました。スターバト・マーテルの最高傑作といわれるものはペルゴレージの作品でして、これは実に素晴らしいです。また、シューベルトのスターバト・マーテルも大好きです。他にもパレストリーナ、ロッシーニ、スカルラッティ、ドヴォルザーク、シマノフスキ、ペンデレツキなど色々なスターバト・マーテルを聴いてきましたが、中でも僕が好きなのはボッケリーニです。とても落ち着いた静謐なスターバト・マーテルでとても大好きです。ボッケリーニ「スターバト・マーテル」から引用致します。

古くはパレストリーナから最近ではペンデレツキまで、何人もの作曲家が「聖母の七つの悲しみ」(イエス・キリストが十字架にかけられた時の聖母の悲しみ)を歌った「スターバト・マーテル」のテキストに音楽をつけてきた。ヤコポーネ・ダ・トーディ(1306年没)によって書かれたとされるこの詩は、中世キリスト教詩の最も感動的な一例と言えるだろう。

十字架の下で悲しむ母のイメージは、フランシスコ会士の信心深さのシンボルとして、何百年にも渡って輝きを放ってきた。ボッケリーニの「スターバト・マーテル」はパトロンのドン・ルイスのために1781年に作曲された。(中略)18世紀前半に作曲された(古今のスターバト・マーテルの最高傑作とされる)ペルレゴージの「スターバト・マーテル」から影響を受けていることは間違いなく、どちらもヘ短調で書かれている。とはいえ、ボッケリーニの作品も独自の特徴を備えている。

この作品(ボッケリーニ「スターバト・マーテル」)の表現は控えめで、ドラマティックな装いは少なく、持続的な嘆きの歌といった趣を呈している。ところどころでダ・カーポ・アリアやコロラトゥーラ的な装飾という形で採用されているオペラ的な様式もそれを変えるには至っていない。冒頭の悲しみに満ちた動機が作品全体の一貫した下地を作り、第一曲「Stabat Mater」のテンポ標語「アダージョ・フレービレ(悲しげに)」が全曲の気分を決めている。
(音楽評論家アルフレッド・ボージャン。ボッケリーニ「スターバト・マーテル」より)

スターバト・マーテルは聖なる悲歌ですが、なかでもこのボッケリーニの作品はとても悲しく、美しい曲です。ペルゴレージの作品とともにお勧めするスターバト・マーテルです。よろしければぜひご一聴お勧め致します。悲しく美しい名曲です。

ペルゴレージもボッケリーニも悲劇の人であり、ペルゴレージはモーツァルトに匹敵する音楽の天才と言われながら若くして夭折し作品をほとんど残せませんでした。ボッケリーニはハイドンの影に隠れてしまいあまり目立たず、彼を援助したパトロンであった唯一の後ろ盾プロイセン国王フリードリヒ・ヴェルヘルムの逝去後は貧窮に喘ぎ、晩年は今の僕もかくやというほど貧しい極貧生活にて食にもこと欠き、モーツァルトと同じく貧困の果てに困窮死しました。当時の音楽家はパトロンを失うと生活費用の一切が断たれてしまうため、あっという間に凋落してしまい、困窮の果てに消えてしまうことが多く、ボッケリーニもその一人でした。しかも悲しいことに、ボッケリーニは多作であり、400近い数の曲を作曲したにも関わらず、彼の再評価は20世紀後半になるまで進むことがなく、その楽譜は誰にも顧みられず数百年間放置され続けた挙句、1936年にボッケリーニの楽譜を収めていたマドリッドの音楽ライブラリーが火災で消失し、楽譜の多くが失われました。火災で消失した楽譜の多くは複写されていない唯一の彼の手書きのオリジナル楽譜であり、彼の作曲した多くの楽譜は誰にも演奏されることなく、永遠に失われました。

20世紀後半、ボッケリーニの楽譜が調べられ演奏され再評価が進み、17世紀の優れた歴史的な作曲家であったと気づいたときは後の祭りであり、その時、既に1936年の火災によりオリジナル楽譜の多くが失われており、複写もなかったため、もはや二度と復元することは誰にも出来ず、彼の曲の多くが永遠に失われました。無念としかいいようがなく、20世紀後半、ボッケリーニの音楽の愛好家達は血の涙を流すような深い絶望に苛まされました。僕もその一人です。

ただ、逆に考えれば、彼の生活を援助したパトロン、プロイセン国王フリードリヒ・ヴェルヘルムがいなければ、彼の曲はもっと少なく、彼の名は永遠に消えてしまっていたかもしれず、今、彼の残った曲を聴けることは、僥倖であると考えることもできるかもしれません。プロイセン国王フリードリヒ・ヴェルヘルムは皇太子時代から文化事業に積極的で国内外への音楽家への援助で知られ、彼が一度もプロイセンを訪れたことのないボッケリーニを援助したことは、国王の英断でした。ただ、1797年に国王は没してしまい、1805年にボッケリーニは亡くなりますが、国王没後の8年間、ボッケリーニは援助を失い、収入を得る道が断たれ、生活できない極貧状態で、困窮の果てに亡くなりました。これほど優れた音楽家が、モーツァルトと同じく貧窮死するというのは、心から無念です。

ボッケリーニは3人のパトロンに仕え、最初のパトロンはスペインの国王カルロス三世、次のパトロンはアランフェスのバルボン王子ですが、バルボン王子が平民の女性と結婚して宮廷内の力を失ったことで、援助がなくなり、皇太子時代のプロイセン国王フリードリヒ・ヴェルヘルムがパトロンとなり、皇太子時代、国王時代、続けて彼を援助して救いました。しかし、1797年に国王が没してからは新たなパトロンは現われず、困窮死しました。彼は自らの楽譜をきちんとライブラリーに残しており、きっと彼は、彼が困窮死しても、楽譜さえ残れば、いずれ自らの曲が評価され演奏されることもあると思っていたのではないかと思います。しかしライブラリーは火災にあいました。彼が書いたにも関わらず、演奏もされず、火災で焼失した彼の楽譜を思うと、無念です。

そんな彼の残された曲、「スターバト・マーテル」は、各々の作曲家の「スターバト・マーテル」のなかでも静かで悲しく、名曲中の名曲のスターバト・マーテルだと思います。他の「スターバト・マーテル」に比べると、極めて悲しげなところがあり、バロックの音楽家として不安定な生活に翻弄された彼の生涯が、曲に影響を及ぼしているのかもしれないと思います。ペルゴレージの「スターバト・マーテル」とあわせて、ぜひご一聴お勧め致します。

また、バロック音楽全般に関しましては、Sony BMG Europeから出ているバロック音楽作品集「Baroque Masterpieces」が全集としてはとても良いのではないかと思います。個々のアルバムが、目録を見ますと、それぞれBMGから昔は一枚数千円で出ていた品が、61枚組なので、お買い得度は抜群ではないかと思います。バロック音楽にご興味を持ったお方々にお勧め致します。

Baroque Masterpieces/Various (Box)
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胸によぎる不安感が今現在もとても強く、今後もあまり更新できないかもしれず、ごめんなさい。最後に、スターバト・マーテルの歌詞を引用してご紹介致します。悲劇的な歌が、とても悲しく美しく歌われます。全文は長いので、最初の部分のみ引用致します。

「スターバト・マーテル」

御子が十字架に掛けられた時、
御母は悲しみのあまり涙に暮れて
十字架の傍に佇んでおられた。

その呻吟する心を
悲しみに満ち苦しみ悩む心を
刃が突き刺した。

ああ、御独り子の
あの祝福された御母が
どれほど悲しみ嘆かれたことか。

輝かしい御子の苦しみを目のあたりにして
慈悲深い御母は
悲しみに打ちひしがれた。

キリストの御母が
これほどの嘆きのなかで祈っておられるのを見て
泣かない人がいるだろうか。

敬虔な御母が御子とともに
苦しんでおられるのを見て
誰が悲しまないでいられよう。

今回、ギフト券、アフィリエイトでお助けして頂き、本当に心から深く胸いっぱいに感謝致します。皆様方のご善意で胸の苦しみがとても和らげられました。助けて頂き本当にありがとうございます。尊き皆様方に平穏があることを祈ります。

参考作品(amazon)
ボッケリーニ:スターバト・マーテル
ペルゴレージ : スターバト・マーテル
シューベルト:ミサ曲第6番/スターバト・マーテル
パレストリーナ:宗教曲集(5枚組、スターバト・マーテル収録)
ロッシーニ:スターバト・マーテル
スカルラッティ:スターバト・マーテル
ドヴォルザーク:スターバト・マーテル
シマノフスキ:スターバト・マーテル 他
ペンデレツキ:スターバト・マーテル
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センゴク 1 (1) (ヤングマガジンコミックス)
センゴク天正記 1 (1) (ヤングマガジンコミックス)
安土往還記 (新潮文庫)
バロック音楽はなぜ癒すのか―現代によみがえる心身音楽

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2009年04月14日 16:04

Handel, Telemann: Water Music

先日のPCが壊れた件にて、ギフト券を贈って頂き、助けて頂き、心から深く感謝致します。とても励まされました。本当にありがとうございます。善意のお気持ちが胸に染み、胸がいっぱいで涙が滲みます。本当にありがとうございます。心からお礼申し上げます。もし、僕がいずれ元気になれて、生活にゆとりがでてくることあれば、必ず、困っている人々を助けることに自分の力を僅かなりとも使えたらと深く胸いっぱいに思っております。ギフト券を贈って頂いたお方々に深く感動し、胸が一杯で、心から感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございます。

PCは10000円以下で購入したのですが、まだ届かず、なかなか更新できず、申し訳ありません。前回のエントリ、僕の好きな作品ARIA(遥か未来の水の都、ネオ・ベネチアが舞台の物語)に触れたので、今回、水上都市の音楽をいくつかご紹介させて頂こうと思います。この系統(水の都市へ捧げられる水上の音楽、Water Music)にはとても良い意味でユニークなCDがあります。十数年前(1997年)に出た音楽アルバムなので絶盤かなと思ったら、絶盤にならずに今もamazonなどできちんと売っていて、簡単に入手できる音楽アルバムです。ヘンデルとテレマンの両方の「水上の音楽」をカップリングした「Handel, Telemann: Water Music」)です。本アルバムは欧米盤のみであり、僕の知る限り、日本盤は出ていないと思います。

このアルバムの面白いのは、ヘンデルとテレマンというバロックを代表する大作曲家が、それぞれ別々の水上都市(ロンドン、ハンブルク)に捧げた、同題名「Water Music」の曲であるということです。今では、ヘンデルの方が圧倒的に有名になり、あまりテレマンの音楽の方は顧みられることが残念ながらありませんが(テレマンの音楽はドイツ・バロックの代表的な作品で、音楽的に極めて優れております。いずれ、現代でも再評価が進むと思います)、作曲された時代(17世紀)においては、どちらかというとテレマンの方が大人気の作曲家でした。ヘンデルも人気のある作曲家でしたが、モーツァルトと同じく享楽癖があり、それによって宮廷において軽く見られるところがありました。また、二人(ヘンデルとテレマン)は好敵手(ライバル)であり、なおかつお互いを良き友とした親友でもありました。相手を蹴落とすような関係ではなく、互いに互いを高めあうとても良い関係であり、互いに曲を捧げ、親交を深めました。

このヘンデルとテレマンの逸話は、ARIAの登場人物達の関係を彷彿させるところがあって(仕事においてライバルにして互いに高めあうとても良い友人関係)、僕はとても好きです。二人とも音楽家として名高く、余裕があったので、ライバルとは言っても、互いに敬意を払いあう良き友でした。二人が良好な友であったのは、一つには二人の仕えているもの(都市、パトロン)が違うというのが大きかったと思います。彼らは競合しあわない、互いに協力してお互いを高めあってゆける友でした。

僕はヘンデルも好きですが、テレマンも大好きな作曲家でして、特に二人の作曲した同題名の曲、一つはイギリスのロンドン(テムズ川)に捧げられたヘンデルのWater Music、一つはドイツのハンブルク(エムズ川)に捧げられたテレマンのWater Music、僕はさきほどご紹介させて頂いた両曲を収録したカップリングアルバムで聴き比べまして、どちらも素晴らしい音楽です。僕の個人的な好みとしては、テレマンの方が好きな感じです。

ヘンデルの有名なWater Musicは音楽として実に見事なんですが、明るい音楽なので、僕は根が暗いのか、どうも明るい音楽は苦手で、その点、テレマンのWater Musicの方は、これはやはりドイツの風土の為せる技か、ヘンデルに比べるとやや暗い感じで、僕好みです。テレマンのWater Musicはドイツクラシック音楽にしてはかなり明るめですが、それでも、どこか暗い良い意味での重さがあって、僕はとても好きです。

このテレマンのWater Musicは、ドイツで圧倒的な人気を博し、テレマンは名高い高名が更に膨れ上がり、ドイツの国民的英雄音楽家になりました。彼が活躍した時代において彼の人気は同時代の音楽家バッハやヘンデル(二人とも大家です)を遥かに越える巨匠でありました。特に本音楽が捧げられたハンブルクでのテレマンの人気は熱狂的で、あらゆるところから「ぜひ我がサロンで演奏してください」「どうか我が家のパーティーに出席を」「どうか演奏会を」と、ドイツの国民的英雄音楽家となったテレマンへの誘いがじゃんじゃん掛かり、王侯貴族達だけからではなく、海軍(水上の音楽なので船乗り達や海軍に人気がありました)や水上都市(ハンブルク)に住む一般市民達からも絶大な大人気で、テレマンは人気がありすぎてあらゆる人々からの誘い、音楽演奏依頼に忙殺され、「ハンブルクの大勢の人々に私の音楽を楽しんで頂いたのは音楽家冥利につきる喜びだが、忙しすぎるので少々休ませて欲しい」と言ったという逸話が伝わっています。ウィキペディアと、音楽評論家エッカット・クリスマンのテレマン音楽批評を引用してご紹介させて頂きます。

ウィキペディア「ゲオルク・フィリップ・テレマン」
ゲオルク・フィリップ・テレマン(Georg Philipp Telemann, 1681年3月14日-1767年6月25日)は、後期バロック音楽を代表するドイツの作曲家である。生前は同時代の作曲家であったバッハやヘンデルより、人気と名声のあった作曲家とされる。(中略)
テレマンの最大の転機は、40歳となった1721年、ハンザ自由都市ハンブルクに移動したことである。その後46年間、都市音楽監督兼ヨハネスカントールとして、オペラ、コンサート、教会音楽や出版を行い、高い名声を得た。

ウィキペディア「ハンザ同盟」
ハンザ同盟(はんざどうめい)は、中世後期に北ドイツを中心にバルト海沿岸地域の貿易を独占し、ヨーロッパ北部の経済圏を支配した都市同盟(自由都市連合体)である。(中略)
リューベック、ハンブルク、ブレーメンなどかつてのハンザ同盟の中心都市は「自由ハンザ都市」を称して中世以来の都市の自由をうたっており、21世紀の現在もなおハンザ同盟の遺風を残している。(中略)
17世紀の三十年戦争による領邦国家の成立がハンザ同盟の存続に終止符を打った。わずか8都市が代表を送るのみに終わった1669年のハンザ会議を最期に同盟は機能を完全に失い、実質上終焉した。
ただし、ハンブルクとブレーメンだけは(ある程度の自治権を持った自由都市としての)自立性を保ち、現在のドイツでも単独の州としてそれぞれ「自由ハンザ都市ハンブルク」「自由ハンザ都市ブレーメン」を正式名称として、かつてのハンザ同盟の名残を現在に伝えている。

これ(テレマンがドイツの水上都市ハンブルク・エムズ川に捧げた音楽「Water Music」)を聴いたハンブルクの市民が非常に熱狂したため、テレマンはこの作品を、彼の世俗作品では他に例をみないほど、公の演奏会でも再三再四演奏しなくれはならなかった。

当時の流行に沿って、この作品(テレマン「Water Music」)では、個々の楽章の性格づけのために古代神話の世界が取り入れられている。すなわち、海の女神であるアキレウスの母であるテティス、海と湖の支配者ネプトゥーヌス、水の聖霊ネーレウス、ネプトゥーヌスの息子で、権力は劣るがいつも明るく好機嫌の海神トリトン、風邪の支配者アエロー、そして温和な西風の神ゼピュロスである。こうした神々が気まぐれを起こすからこそ、ハンブルクの(海神、風神達を祀る)海軍鎮守府が設立させれなくてはならなかった、というわけである。

最後の二つの楽章は、一転して現実の(ドイツの水上都市)ハンブルクにわれわれを連れ戻す。潮の満ち引きは港ばかりではなく、(水上年ハンブルクの主要な交通手段であった)街の中心部に広がる運河の交通網の整理にとっても重要であった。(中略)

1767年に(ドイツを代表する英雄音楽家であったテレマンの逝去において時のドイツジャーナリズムはテレマン逝去をみな惜しみ)「彼は(重苦しい音楽しか作れないと諸外国から見られていた)ドイツ人で初めて、アリアの旋律にかろよかさと自然さをもたらした」(テレマン逝去時のドイツの音楽評。国民に圧倒的な人気を誇っていたテレマンの逝去によりドイツ国民は暗い悲しみに包まれた)。

(これまで、重さに引っ張られていたドイツクラシックにおいて)優美さ、魅惑、軽やかさ(をもたらしたこと)がテレマンの器楽曲の特性である。(中略)

(テレマンのWater Musicは)いかにも楽器の音色法に秀でたテレマンらしいディヴェルメントであり、(テレマンの言葉であり音楽理念である)「楽器にはおのおのが成し得る限りの義務を与えよ。そうすれば演奏者は喜び、君(聴衆)は満足を得るだろう」というテレマンのモットー(音楽理念)に、この上もなく相応しきものである。
(音楽評論家エッカルト・クレスマン「Telemann:Water Music」)

僕は、環境破壊と莫大な費用をもたらす地上交通網よりも、エコロジカル(環境に優しい)平和的な水上交通網の整備こそが大切だと思っているので、ヘンデル、テレマンの水上都市と川へと捧げられた「Water Music」はとても好きな音楽です。

儚い夢ですが、それでも、ある程度競争的な資本主義にブレーキをかけて、もっとゆっくりとした、公共財の充実した、水の都、ネオ・ベネチアならぬネオ・東京が生まれいればという思いに駆られます。東京を平和なベネチア化する水上都市化を唱えた人物としては永井荷風がいますが、資本競争に凝り固まった政治家と官僚達からは全く相手にされませんでした。以前書かせて頂きました下記URLに詳しいです。

水の星の夢 −永井荷風の夢見た「ARIA」−
http://mazoero.hp.infoseek.co.jp/29.html#25

大正十二年、関東大震災の直後に、永井荷風は当時関西で発行されていた雑誌「女性」十一月号に「快活なる運河の都にせよ」(帝都復興に対する民間からの要求)という小文を寄せている。荷風散人にしては珍しく建設的(?)な一文である。副題にもあるように震災後の東京を都市としてどう設計すべきかを問うたアンケートへの回答である。一部を抜いてみる。

「東京は東部平野の上に立てる都会なり。筑波おろし富士おろしなど申候うて、兎角風つよく、雨はいつも斜に降りつけるところに御座候。強雨襲ひ来る毎に市中川添の人家また崖下の裏町といへば必ず浸水の害を蒙りたる次第に有乃候間、この度新都造営に際しては道路の修復と共に溝渠の開通には一層の盡力然るべきやに被存候。都市外観の上よりしても東京市には従来の溝渠の外、新に幾條の堀割を開き舟行の便宜あるように致度候。急用の人は電車自動車、にて陸上を行くべく、閑人は舟にて水を行くよう致し候は、おのづから雑たふを避くべき一助とも相成べく候。京都はうつくしき丘陵の都会なれば、此れに対して東京は快活なる運河の美観を有する新都に致したく存候。」(永井荷風)

この要求がかりに受け入れられていたとすれば、1923年以後の東京はアムステルダムかヴェネツィアに似た、運河水路を網の目のように張りめぐらした水上都市の雅致を培っていたものに違いない。

けれどもむろん昭和の建設官僚が「文士書家」の閑言に耳を藉すわけはなかった。荷風の憂えた通り、「帝都復興委員の人選に美術文学の士を加えざりしは如何なる故しや」の官僚独善が早くも目のあたりにはじまっていた。官僚の現実主義が文士画家の夢想を制圧したのである。(中略)

開化(工業化)の時代が前代に比べてどこでもっとも大きな変化を経験したかといえば、それは水運に対する陸運の急成長であろう。(中略)エネルギー源(火力・電力機関の登場)の変貌がこれまで有機的に結びついていた陸(路)と水(路)との調和を破壊した。(中略)事は交通の手段のみに限ってはいない。(商業的な効率性を持たない私的空間としての水の空間の重要性を説いた)杢太郎や荷風がここで指摘しているのは、江戸以来の静力学的エネルギー(風の流れ、水の流れ)による都市経営と、明治以降の動力学的エネルギー(火力・電力機関)による都市経営の分裂的存在であり、後者の前者に対する根こそぎの攻撃である。(中略)

「急用の人」とは公的なビジネス空間において動力学的に活動する人種、「閑人」とは静力学的エネルギーで賄うに十分な私的空間の生棲者である。前者も後者に無縁でないのは、前者もまた昼の電気仕掛けの活動に飽きたならば、大川端の川風に吹かれてビールの満を引く快を好むところからしても自明である。

工業化の急成長による動力学的空間の肥大はしかし、水に庇護されたこの私的空間を壊滅寸前のところまで脅していた。関東大震災の文明論的な意味は、地震という宇宙物理学的現象を媒介にして、「急用の人」の動力学的空間が心理的にも物理的にも「閑人」の私的空間を破壊する、産業社会の深層に蟠踞した永続的な無辜の殺戮を白日の下にさらしたことにある。

海彼では産業革命以後のこの抑圧機構のたまりにたまったツケが大戦という形ですでに数年前に満期決済を迫られている。

(荷風の提案した)「快活なる運河の都市」は砂上の楼閣ならぬ泥田の湿地の上の水害都市ではなく、あくまで近代的技術を下部構造に擁し、ご用とお急ぎの方が陸路を行く公的労働機関の上に閑人の私的空間の風雅が遊ぶヘレニスティックなポリスであった。荷風は水害の発生しやすい農本的アナーキーにたいしては人工造型の川である運河の建築学的男性意志を、やみくもな工業化にたいしては水の宥和的女性的安息を対置せしめ、そうすることによって父の明治と子の大正、実学実務的基礎造型と審美的感性の総合の上に立つ第三の状態としての昭和を構想したのである。あたかもそれは花を生けた一杯のコップの水が潜在的消化力でありながら美的対象物としても際立っているという私達の伝統的生活感覚に、テクノロジーの現状を、現代ならエコロジーの現段階を現実的下部構造としながら再適応する方向に沿って構想されたヴィジョンであった。技術がここでは時間の増殖としての未来にではなく、時間の消去の行方になつかしい過去を今に誘う回路として機能するのである。 (中略)

荷風の提言(都市の拡大ではなく、都市の調和を維持しようとする水上都市国家への道)は、富国強兵の立場からこれを見れば、嗤うべき閑言にすぎなかった。この提言以後の荷風は身を要なきものと見なしつつ、「冬の蝿」における客観的観察者として東京の地表からみるみるうちに水が逃げて行く恐るべき砂漠化状況を戦後の「葛飾土産」にいたるまで冷酷に記録した。すなわち露出していた井戸水や上水道は水道管網に隠匿され(「井戸の水」)、市中郊外からは川が消失してゆく(「郊外」)。

その行き着く先に一九四五年の大廃墟が出現する。荷風が記録しているのはここまでだが、私達はそれから先の雲行きも知っている。すなわちオリンピック工事以後の、これまで残っていたわずかの川と運河の暗渠化と埋め立てであり、コンクリートによる一切の水の露出の被覆である。
(種村季弘「金魚鉢のある木の家」「夢の舌」より)

現在の資本原理主義拡大路線は、貧富の差を無限に拡大させ、貧しきものを死においやる資本主義の暴走であるとしかいいようがないと思います。このような方法論で人類が進むならば、遅かれ早かれ、人類種全体のカタストロフィ(崩壊)は避けられないと思います。

そうではなく、水のゆったりした流れのように人々が調和して暮らせる、人々の人権と思いやりが大切にされるのんびりとした社会への変換が大切だと思います。それが僕の望みです。

いつの日か、一部の特権階級層だけが富を独り占めし、大勢の人々が貧しさに苦しむような社会ではなく、大勢の人々がゆったりと幸せに暮らせる日が、いつか訪れることを、僕は心から深く祈り願っています。そのような社会のために自らの身が一助となれれば心から幸いです。

最後に、非常に落ち込んでおり、死を考える深い不安のなかにいたとき、ギフト券を贈って頂き、善意に触れて救われた気持ちです。胸いっぱいに深く感謝しており、言葉では言い表せない感謝の胸の気持ち、感謝の気持ちで一杯です。本当にありがとうございます。心から感謝申し上げます。

参考作品(amazon)
Handel, Telemann: Water Music
夢の舌
ARIA The ANIMATION DVD-BOX(初回限定生産)
ARIA The OVA ~ARIETTA~ [DVD]
天野こずえ「ARIA」
DVD「ARIA」
音楽アルバム「ARIA」
フィギュア「ARIA」
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2009年04月13日 12:29

ブッダ全12巻漫画文庫
ARIA The OVA ~ARIETTA~ [DVD]

先日のショックで心身を崩しており、精神的な不安感が酷く、喉痛と腹痛も酷い形で、昨日更新できず、申し訳ありません。また、現在、PCがないため、あらゆるこれまでの行動(PCを使って文章を書く、PCを使ってインターネットする、PCを使って音楽を聴く、PCを使ってDVDを見るなどのこれまで出来た行動)に金銭的・交通的制限がかかっており(ネットカフェに行かないとそれらの行動ができません)、ネットカフェは歩いて行けるところで一番安くて2時間500円かかる為、行動するたびにお金がかかり、生活困窮、精神的なダメージ、心身不調と合わせてとてもきつい状態です。

何か、あらゆるものに絶望的な気分です。生に酷い苦痛が満ち満ちていて、人間(人類種)は果たして進化したのか、歴史において幸福になっているのかという思いに駆られます。むしろ、不幸になっている、歴史を逆行しているのではないかという思いに駆られます。心身的に酷い不安感と喪失感が酷く、人間というものは、歴史において、何も変わらず苦しみのなかにいる、進歩などしていないのではないかという思いに駆られます。

人間は決して進歩できず、苦しみのなかでもがき続ける存在であるという認識に、僕は実感を持って以前よりも心から同意します。非常に毎日が苦しいです。不安感、喪失感、将来への絶望で心が一杯です。アメリカの学者ノーム・チョムスキー、スペインの作家フアン・ゴイティソーロ、日本では手塚治虫さんなどがこういった認識観をよく述べています。フアン・ゴイティソーロの文章などを引用してご紹介させて頂きます。

湾岸戦争は、新しい時代の戦争(インフォメーション・ウォー、情報戦争)の幕開けでした。しかしボスニアの紛争において、私にとって深刻であると思われる点は、この戦争が湾岸戦争のように情報戦争でも、無菌状態の戦争でもなく、野蛮な戦争(他者への無慈悲な残忍さ・共感の欠如とその結果現われる人々の無慈悲な行為)が再び起こり始めたという点なのです。女性たちが暴行されたり、男たちが首を切られたり、そのほかあらゆる暴力が振るわれ、人間の野蛮な側面が浮き彫りになりました。しかも、このような事実にかかわらず、人々は知らん顔をして(湾岸戦争時の反戦運動のような行動を起こさず)行動を起こしませんでした。

私はいま、哲学的な問いを自らに問うています。人類はここ数世紀の間、科学の面では素晴らしい発展を手に入れることができたのに、なぜそれと相反して、精神的には進歩が止まってしまったのだろうかという問いです。

ギリシア悲劇やシェイクスピアの戯曲を読んでみるとわかると思いますが、人間は変わっておらず、人々は同じ衝動を、同じ残虐さを、同じ欲望を持ちつづけているのです。(中略)

アメリカの言語学者チョムスキーと、あるシンポジウムで一緒になったときのことなのですが、そのとき、この問題について彼は次のように語りました。

『私(チョムスキー)には、こんな光景が見えます。別の惑星の知的な生物が私たちを見ている光景です。私たちは瓶のなかに閉じ込められた昆虫で、ガラスをよじ登ろうとするのですが、すぐに落っこちてしまうのです。したがって、いつまでたってもそこから脱出することができないのです』

このチョムスキーの空想には、精神の進歩の停滞というものが、恐ろしいイメージをもって描き出されています。

これはすべての人間にあてはまるわけではありません。正義を、平等を、そして他人の権利を守ろうとして、命をかけて戦おうという人たちも常に存在します。

しかし全体としては人類はギリシア悲劇の、あるいはシェイクスピアの時代から進歩していないといえるのではないでしょうか。(中略)

私たちが足を踏み入れようとしているこの時代、それは迷いの時代、不確実性の時代なのです。私は小説を書くという仕事をしていますが、いまから百年後の世界がどのようなものになっているかまったく想像ができません。千年後ではなく、たった百年後のことすらまったくわからないのです。

あまりにも速い速度で変化が起こっており、またそのスピードに対する反動はとても大きなものです。私たちはどこに向かっているのかまったく想像できないのです。急激な技術革新の時代に私たちは多くのものを失おうとしています。

西ヨーロッパ的な民主主義社会に限って考えてみても、家族や隣人愛や社会などといったものの価値は消滅してゆきつつあります。なぜならそこでは自立した市民というものが単なる消費者にとってかわられてしまったからです。市民同士を結びつける絆がなくなってしまっています。そこにいるのはただ現実のものであれ、虚構のものであれ、気まぐれな欲望を最大限に満たそうとして足掻いている消費者だけなのです。
(フアン・ゴイティソーロ。辺見傭、他「不安の世紀から」より)

仏教の始祖ブッダ
「カピラバストウ(ブッダの祖国)は?」

コーサラ国国王・軍総大将ビドーダバ
「いま燃えてるよ……」

ブッダ
「シャカ族(ブッダの祖国の国民)たちは?」

ビドーダバ
「生き残りはもうひとりもいない。全部殺した!ブッダよ、(これは戦争であり殲滅戦であるから)私をうらむな。おい、のるぞ、城へもどるっ」

ブッダはコーサラ国の都からカピラバストウまでひたすら歩いた。足の痛みも気にならなかった。
夜明けにようやくカピラバストウに着いて、ブッダの見たものは死屍るいるたる血の海だった。

ブッダ(コーサラ国と戦って戦死した弟子タッタの亡骸を抱き上げて)
「タッタ…
………
………
………
タッタよ…
なぜだ…なぜ死んだ…おまえには私の教えが通じなかったのか……

これを見てくださいブラフマンよ!!天地の霊よ!!私がいままで何十年も人に説いてきたことは何の役にも立たなかったのですか!?」

(国内から逃亡して生きのびた)シャカ族の生き残り達――王妃ヤショダラや先王スッドーダナ、大公妃パジャーパティ達はカピラバストウの全滅の報を聞いて声をあげて泣いた。

だがもっともはげしく悲嘆にくれたのはブッダであった。ブッダにとっては、シャカ族の滅亡もさることながらタッタやシャカ族の人々に自分の教えが結局なんの救いにもならなかったことにはげしくうちひしがれていた。

ブッダ
「三十年間私は人に天地の理を説いてきた。それは一体なんだったのだ…結局何一つみのらなかったんじゃないか……
タッタ!!おまえまでが…………おまえまで…

結局人間なんてかぎりなくおろかもので口先ではいいことをいっていてもやっぱりわがままで憎みあい、殺しあう生きものなのか!?
私は何十年もそういった連中にむだな説教(他なる生命への思いやり、慈悲の心を説き続ける)をしてきたわけか!?

ああ むなしい!!私は一生なんとむだなことをしてきたんだ

いっそ……あのナラダッタとかいう聖人のように深い山の中へこもってけものになりきってだれにも会わず死んでいきたい!!ブラフマンよ!!私に答えをください。私を…おみちびきを!!

ブラフマン!!どこにおられるのです。なぜ私に答えてくださらない!?
ブラフマンどうか…どうか私をみちびいてください!!

暗い……暗い……何も見えん…私の目の前は真っ暗だ!!」
(手塚治虫「ブッダ」)

僕の一族は古くから宗教法人日蓮宗(下記URLご参照下さい。1000年近く前から続く、とても古い仏教の一宗派です)の仏教徒(在家信徒)でして、僕もその一人です。僕は根底的には唯物論者ですが、宗教の倫理性は崇敬しております。数ヶ月前、祖母が亡くなり、お葬式、法事、法要、四十九日、月命日などの供養に出ておりますが、そこで教典を頂いたり、お経を拝聴し、そこで語られていることは、僕も含めて衆生は愚かであり、生は苦しみであり、それを少しでも和らげるように祈りなさいということでして、キリスト教の教義に似ており(人間の生は苦しみであり、人間は原罪を背負っている)、洋の東西問わず、深い認識として、人間は生まれてから死ぬまで、苦しみの中で苦痛に生きるということが説かれている、それは僕にとって、世界観の認識として正しい認識であると感じます。

日蓮宗ポータルサイト「日蓮宗」
http://www.nichiren.or.jp/

お経を拝聴していて、僕が感じたことは、日蓮宗のお経はキリスト教のレクイエムに内容が似ているということでした。僕が最も崇敬する宗教学者中村元さん(原始仏教の原典の日本語訳作業で有名な、日本最大の仏教学者です)が著書「東洋のこころ」のなかに書いておりますが、最終的に人間の認識はブッダやキリストのように深い深いところにゆくと、共通するものになってゆくのかも知れないと思いました。

仏教の他宗派の教えは分からないのですが、僕が信徒である日蓮宗のお経は、人間は生ある限り苦しむのであり、それでも、少しでも正道を生きなければならない、それが人間の救いであるということを説いていて、内容はキリスト教のレクイエムの歌詞に似ています。お経自体が音楽的な旋律を持ってお唱えされます。

僕は貧しく生活が大変で、お寺のお方々に配慮して頂いて、とても感謝しているのですが、今は末法(世が荒廃し、人々が苦しむ時代)であるということを、お経が説いているのは、まさにその通りだと実感して感じました。僕は生活苦、心身の不調、不安感と喪失感、腹痛に悩まされ、将来に展望なく、一日一日死が迫るような日々、毎日が苦しくて辛いです。

日蓮宗ポータルサイト「日蓮宗」「日蓮宗とは?」
http://www.nichiren.or.jp/nichirentoha/nichirensyu.html
日蓮聖人(にちれんしょうにん)の生きた鎌倉時代は、お釈迦さまがなくなったあと、仏教が正しく理解されず、悪い教えがひろまって人々を苦しめる末法(まっぽう)という時代に入っていました。
生きることと死ぬことの意味、地震(天災)や戦さ(人災)で人々が苦しむわけを知るため、日蓮聖人は仏教の経典をすべて読みました。

あらゆる毎日が苦痛に満ちていて、僕にとってこの世は末法としか感じられません。

ブッダ
「私はあなたがたに心をこめて人の生きる道を説いた。いつもいうようにこれからはあなたたちひとりひとりの自分の問題なのだ。
シャカ族の人々は私の説く教えを聞いたにもかかわらず(勝ち目のない戦争を軍事大国コーサラに挑み、逆に殲滅されてしまうという)自分で愚かな自殺行為に走って滅びてしまった。
人間という動物はどんな素晴らしい知識や道徳を持っていても必ず誰かがそれを無視して愚かな行動へ突っ走るものなのだ。

千年…二千年たってもこの点では人間はちっとも進歩しないであろう。
……どうか……(あらゆる生命を大切にする慈悲を説いた)私の教えを生涯忘れないように別れにあたって誓ってほしい!
(手塚治虫「ブッダ」)

『私には、こんな光景が見えます。別の惑星の知的な生物が私たちを見ている光景です。私たちは瓶のなかに閉じ込められた昆虫で、ガラスをよじ登ろうとするのですが、すぐに落っこちてしまうのです。したがって、いつまでたってもそこから脱出することができないのです』

『しかし全体としては人類はギリシア悲劇の、あるいはシェイクスピアの時代から進歩していないといえるのではないでしょうか。』

『人間という動物はどんな素晴らしい知識や道徳を持っていても必ず誰かがそれを無視して愚かな行動へ突っ走るものなのだ。千年…二千年たってもこの点では人間はちっとも進歩しないであろう。』

全くこの通りだと感じます。自分の死期が迫っているような酷い感覚で、生きたいと願っても生きられない状況に絶望を感じます。日本は先進国の中において、僕のような最も貧困者達に対して冷酷無比な社会であり、弱肉強食の社会的ダーウィン主義(優生学思想)と貧しきものは死ねという思想が世の中の多くにいきわたっており、一度貧しくなり、病気になると、もはや死しか待ち受けていないことの多い社会です。

そこにおいては、社会の慈悲による助け合い、歴史の慈悲の連続性というものが、切断されてしまっている。このような社会はまさに破滅的な社会、末法と呼んでもいいのではないかと僕は思います。

『これはすべての人間にあてはまるわけではありません。正義を、平等を、そして他人の権利を守ろうとして、命をかけて戦おうという人たちも常に存在します。』

という言葉もその通りであり、僕が死なずになんとか生きのびているのは、ご支援してお助けくださるお方々のおかげであり、そのご慈悲に心から深く感謝しています。可能性はほとんどゼロに等しいですが、僕が万が一、何かしらの力が少しでも手に入ることがあれば、それは人々を救うことに捧げたいと思っています。

数ヶ月前、自治体市民オブザーバーの申込書(申込書は以前からの公的ボランティア経験者に送られてきまして、以前、うつ病になる前に公的ボランティアをやっていたので、そのつてでおくられてきました)が自治体から公文書として届いて、すぐ申し込んだのですが、落選届けしまして、残念です。厳正な抽選によって選びましたとのことなので、仕方がありません。自治体市民オブザーバーはほとんどボランティアの仕事(自治体の審議会等に参加して市民代表として意見を述べる)ですが、僅かにお金がでる(一年勤めて、月に二万円弱〜一万円強)ので、失業していて医療費も掛かり、生活費が喉から手が出るほど欲しい状況なので、落選はとても残念です。

僕の好きな漫画家に、手塚治虫さんはとても大好きですが、現在活躍中の漫画家さんに岩明均さんというお方がいまして、以前「ヘウレーカ」をご紹介させて頂きましたが(下記URLをご参照ください)もう一つとても好きな作品があります。日本史を題材にとった「剣の舞」です。

村上春樹さんのエルサレム賞受賞と、筒井康隆さんが論じる文学の政治性について。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/702575.html


岩明均さんの「剣の舞」は、「ヘウレーカ」と並ぶ悲劇の代表作でして、僕のとても好きな作品です。一人の人間の努力が歴史の流れに押し流されてゆく儚さを描いています。呼んでいて、ソポクレスのギリシア悲劇を読んでいるかのように感じました。

「ああ、人間の労苦とは、何と惨めな労苦であることか」
(ソポクレス「アンティゴネー」)

「剣の舞」は、日本史に残る天下一の大剣豪、天才剣聖、新陰流開祖上泉伊勢守、彼の弟子にして、これまた優れた名剣豪として有名な疋田影忠(疋田陰流開祖、彼は新陰流門下として、試合において柳生宗厳に連戦連勝し、柳生は直ちに新陰流に弟子入りし、後の柳生新陰流開祖となる)の若き日を描いた物語です。

この時代は、個々人の技量たる剣術の時代が、集団戦闘技術の発達(ファランクス的な集団槍ぶすまや、弓兵、鉄砲などの射撃戦術の進化)によって終わってゆく時代の物語です。天才剣士といえども、歴史の流れにおいて無力になってゆく時代、一人の無垢で優しい少女ハルナの住む集落が、戦場となって略奪され、彼女は家族を皆殺しにされ、彼女自身も身体をメチャクチャに集団凌辱され、心に癒されない深い傷を受け、深い憎悪の念を持って、自らの命を賭して、集落を襲った武田信玄方の武士連中へ敵討ちをしようとして、若き日の疋田影忠(武田家と対立している長野家方の剣客)に弟子入りする物語です。

疋田影忠は、師匠上泉伊勢守が、実戦において剣の道を究めることが意味をなくしてゆく時代、剣の道を実戦ではなくある種のスポーツとして生き残らせるため、考案した竹刀を使った修行に、これは木刀と違って実戦向きではなく相手に傷をつけないから、女子に剣術を教えるにはちょうどいいぐらいに考えて、気まぐれに彼女を弟子にするんですが、だんだん、彼女の真剣さに魅かれてゆく(最初は疋田影忠は彼女の弟子入りの理由を知らない)。そして彼女も疋田影忠を愛するようになってゆく。

けれど、彼女は疋田に、自分の素性と敵討ちのわけを知られてしまい、一人涙を流す(愛している疋田影忠に自分が略奪者達になぶり者にされたことを知られてしまう)。若き疋田影忠はどうしたらいいか(彼女にどう接すればいいか)わからない。そして、彼女も疋田影忠も互いに想いを伝え合えないうちに、彼女は、敵討ちによって、相手方の卑怯な手によって(剣術の腕は疋田影忠の弟子として死ぬ気で努力した彼女の方が圧倒的に上でしたが、敵方は卑怯でした)、命を亡くしてしまいます。上泉伊勢守と疋田影忠もまた、参加した戦争に負けます。

疋田影忠
「ハルナ……」

「あんたら武田に誘われたのに断ったんだって?もったいねえ。敵ながら天晴れなる腕前だってか?」

疋田影忠
「………………」

疋田影忠
「旅に出る……おそらくもうここへは戻らん」

「ふん、榛名山(はるなやま)ももう見納めってわけだ。ま、好きにすりゃいいさ。
けどなァ!しょせん剣術なんざたかが知れてるぜ!
何しろ天下一が2人(上泉伊勢守、疋田影忠)もそろって城一つ、女一人守れねえんだからな!」

「そうだな………たかが知れてる……」
(岩明均「剣の舞」)

彼女が亡くなって、しばらくして、とある剣術の試合(柳生宗厳との試合)の最中、疋田影忠は、ようやく、自らが彼女を深く愛していたことに気づく、でも全ては終わってしまっている悲劇です。

上泉伊勢守どころか疋田文五郎(疋田影忠)にさえ歯が立たなかった柳生新左衛門(柳生宗厳)は、ただちに新陰流の門下となり腕を磨く。いわゆる柳生新陰流の祖となるのである。

一方の疋田文五郎はほどなく師と別れて諸方を旅し各所で試合を行う。

その際、相手はいつも木剣を手にしたのに対し、文五郎は必ず「しない」を用い、すべてに勝利したという。
(岩明均「剣の舞」)

手塚治虫さんも岩明均さんも、喪われたものは二度と戻らない、二度と癒すことのできない苦しみ悲しみを描く。この世は生ある限りいつまでも続く痕の苦しみ悲しみに満ちた暗いものであるということは、また仏教やキリスト教の根源としてある認識であり、世界の認識として正しい認識であると感じます。

そこにおいて、唯一救いがあるとすれば、慈悲をもって、歴史の流れのなかに、優しい想いを伝えてゆくことができれば、それは人間に残された僅かな最後の救いになると思います。ARIAのOVAが、TVアニメーション版(こちらも素晴らしい出来です)では描かれなかった、ARIAにしては珍しい、ユートピアにおけるある種の悲劇的な側面、別離、喪失の側面(時間とともに失われゆくこと)を描いていて、ARIAの世界は、人々が思いやりを持ち、テクノロジーが豊かな生活を支える、この現実世界とは比べ物にならいほど良き世界たるユートピアですが、OVA版は、その世界においても免れない別離、喪失の悲しみを描いています。

灯里(師アリシアと別れた後の未来の夢)
「……だから……だから……もう…アリシアさんは…ここには…帰ってこないんだ………」
(中略)

自分の師達と別れた灯里の師匠アリシア達の回想シーン。
アキラ
「マンホーム(地球)にあった頃、この(ベネチア)のカンパニーネは、何度か倒壊したんだってさ。でも、当時のベネチアの人達は、そのたびに何度も作り直したんだ」(ARIAの舞台はテラフォーミング、地球化された火星の中の街、ネオ・ベネチア)
アリシア
「そう…。きっと、(カンパニーネから展望できる美しい町並みの)この眺めを残したかったのね」
(「ARIA The OVA ARIETTA」)

この後、後世の世の中に少しでも、師から受けついだ、そして自分達で見つけ出した良き想いを伝えてゆけたら…という話を彼女達がして、いずれ時と共に全ては失われてゆくことを知りながら、なおも、良き形、真善美、良心という思いについての社会の連続性、歴史の連続性を、大切にすることを歌っているOVAであり、とても良い作品です。こういう重いテーマを書き込めるのは、OVAならではだなと思います。

今、社会の連続性も歴史の連続性も失われていますが、すこしでもそれを後世に繋げて行く、慈悲の想いを歴史の中で伝えてゆくことが、人間の定め(喪失・苦しみ)と愚かさ(争い)において、僅かな抵抗にしかならないとしても、とても大切なことだと僕は思います。

大変苦しい状況にて、どうか、助けてくださるお方々いらっしゃいましたら、心から深く感謝致します。

参考作品(amazon)
ブッダ全12巻漫画文庫
雪の峠・剣の舞 (アフタヌーンKCデラックス)
ヘウレーカ (ジェッツコミックス)
ギリシア悲劇〈2〉ソポクレス (ちくま文庫)
不安の世紀から (角川文庫)
嵐の中のアルジェリア
パレスチナ日記
サラエヴォ・ノート
東洋のこころ (講談社学術文庫)
ARIA The OVA ~ARIETTA~ [DVD]
ARIA The ANIMATION DVD-BOX(初回限定生産)
天野こずえ「ARIA」
DVD「ARIA」
フィギュア「ARIA」
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2009年04月11日 15:00

Bach: Motets, BWV 225-231
バッハ:モテット集

先のご報告の続きです。まだ届いていませんが、一万円を切っている安い中古PCをクレジットカードを使って購入しました。届くの待っています。不安が大変に酷く、精神的に辛い状態です。PCにうつ病になる前に出かけていた旅行の写真や、数ヶ月前なくなった祖母の写真や、今、三歳半の猫の小さい片手に乗るぐらいの子猫の頃からの写真が、沢山あったので、辛いです。最近よくないことが続き、抑うつが酷い状態で、僕の調子がおかしくて、猫のブラッシングとかもできなくて、最近しばしば猫が悲しげに鳴いていて、さっきもにゃおーんって悲しげに鳴いていて、胸が痛みます。

抑うつ症状が重く、疲労と腹痛が酷くて寝込んでいてほとんど何も行動できない形です。思い出の記録を失うというのは、思った以上に精神的なダメージが大きく、辛いです。じわじわとダメージが押し寄せてくる形です。非常に悲観的で、漠然とした不安感がいつも胸にある形で、継続的な抑うつ症状が酷いです。

優れた名作ドラマ「岸辺のアルバム」において、家が流されて全てが失われるとき、ギリギリ最後にたった一つ持ち出してゆく一番大切なものが家族の思い出のアルバムであった気持ちが分かるように感じます。思い出の品について、普段はあまり気に留めないのは、それが物であるゆえにいつでもあるという安心感によるもので、物であっても、なくなるときがある。そのとき、大変心に痛みを覚えます。記憶は移ろいゆくもので、そんな記憶を幸せだった頃に繋ぎとめる絆が、思い出の品であり、それがなくなると、酷いダメージを受けます。

凄く空虚で胸に穴が空いたような気持ちです。強い不安感が常にあって、さざなみのように押し寄せてくる感じで、気持ちが暗く、どうしてもはれません。うつ病の症状で、いつまでも悩むという症状があるそうですが、それが出ているのかも知れません。胸がどうしても空虚感と不安で一杯で、とても苦しいです。

大切な思い出の品は失われないよう心がけるする、データの場合は、バックアップなどを心がけることが、何よりも大切と思います。僕みたいなことにならないように、心から望みます。子猫の頃の小さな姿の写真とか、失われてしまって辛いです。どうか、大切な思い出の品について、失われることのないようバックアップを大切にすること、骨身に染みてよくわかりました。皆様方が僕のような愚かな轍を踏まないことを祈ります。

指が痛くて血のにじみがとまらず、あまりキータイプできないのと、精神的にもダメージがとても大きく、心理状態が酷く抑うつ的で不安定で辛い形で、あまり更新できずに申し訳ございません。助けてくださった皆様方に心から深く感謝しております。皆様方にどうか心の平安があることを祈ります。

最後に、僕の好きな曲、バッハの合唱曲(モテット)BWV225「主に向かいて新しき歌を」より歌詞を引用させて頂きます。やっとバッハが聖書と音楽を通して語っていることが、本当の意味で理解できてきたと思います。人間も物も全て移ろいゆく。そこには喪失の悲しみしかない。永遠に失われない主たる永遠の神に祈りをささげることで、移ろい喪われてゆく全てを悼んでいる。悲しい名曲です。よろしければぜひご一聴お勧め致します。ガーディナー盤、シュナイト盤、どれもどれから聴いてもいい優れた名演奏の名盤です。どちらかを聴いて気に入られたお方は、聴き比べてみるのもよろしいかと思います。

バッハBWV225
「主に向かいて新しき歌を」

主は造られしものの貧しきを知られ
(神よ 我らをこれからも憐れみたまえ)
神は我らがただ塵にすぎぬことを知られている
(あなたなしには我らの何事も無に等しいのだから)
それはまるで熊手にかかる枯れ草
(神よ 我らをこれからも憐れみたまえ)
摘む花 落ちる葉のようだ
(あなたなしには我らの何事も無に等しいのだから)
一陣の風が吹けば
(神よ 我らをこれからも憐れみたまえ)
何も残らない
(だからあなたは我らの盾と光となり)
かくて人は過ぎ行くもの
(希望が我らを欺かないならどうかあなたがさらに希望をお与えください)
生命の終わりは近くにあるもの
(幸いなるかな ただひたすらに あなたの御手に身を委ねるものは)

皆様方に平穏があることを、心から祈ります。

参考作品(amazon)
Bach: Motets, BWV 225-231
バッハ:モテット集
小型聖書 - 新共同訳
聖書名言事典

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2009年04月10日 20:57

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昨日のパソコンについて、毎月定期的にギフト券で支援してくださっているお方から助けて頂き、ギフト券で買い物して転売して、一万円以下の中古PCを安く買おうと思っております。現在はPCがない状態です。毎月助けて頂き、今回も助けて頂き、心から深く胸に感謝致します。ありがとうございます。

昨日よりあったことを、できるだけ詳しく客観的にご報告させて頂きます。昨日朝方、九時過ぎごろ、それまできちんと動いていたPCが、電源を入れましたら、ピーーーッ、ピーーーッ、という音がなるだけで画面に何も映らず、動かなくなりました。PCの中をあけて、配線のチェックをやってもなおらず、PCの電池を取り外して放置するCOMSクリアという作業を行いました。その作業後、HDDを認識しないで起動画面で止まる形になり、BIOSの設定で、初期設定で有効になっているRAIDというのを、停止させたら、HDDは認識するんですが、その後、XPの立ち上がりの画面で、ページにエラーが出ましたが回復されましたというメッセージが出て、ライセンスの更新をしてくださいという画面で、はいにすると、そのまま応答なしで止まってしまい、いいえにすると、ブルースクリーンで止まってしまう形になりました。またときどき、ピーーッ、という音がする症状がでました。

ネットカフェなどで、修理屋さんについてや故障について調べ、修理屋さんに相談したりしながら、修理作業を進めました。その後、何度も電源をONOFFしていたのが問題だったのか、HDDがジィーという異音を起動時に発し始め、青に白で英文が沢山書いてあるブルースクリーン画面が頻発するようになりました。英文の内容は、重大なハードウェアもしくはソフトウェアの致命的なエラー。深刻なダメージ。その後の文面に技術的な良くわからないことと数値が沢山書いてあり、ハードウェアの交換、アンチウイルスソフトによるウイルス除去、ソフトウェアの再インストールなどを試してくださいというメッセージがでました。この頃は、無料電話で相談した修理屋さんに言われて、中を開けて、メモリなどを抜いたり、コードを抜いてディスクを外したり、ハードウェアの作業をしていて、手指をどんどん怪我して、両手指が血まみれになりました。

その後、一睡もせず、PC内部を調べていましたら、メモリが二枚刺さっているのですが、同じメモリなのですが、一枚のメモリの凄く小さな黒い四角の部品がなくなっているのを発見して、そのメモリをとり除いたら、ピーーッという音がしだしたんですが、そのメモリの入っていたスロットに、もう一つのメモリを入れましたら、ピーーッという音がせずに起動までするようになりましたが、通常起動、セーフモード、回復コンソール、どのようなモードで起動してもすぐにブルースクリーンになってしまいました。今思えば、ここでHDDのデータだけでも助けておけばよかったんですが、その時は酷い興奮状態で、抑えた嗚咽と悲鳴が自然に出てしまう状態でして、そのまま作業を続行してしまいました。

その後、XPのCDROMから起動して、再インストールを行いました。これも、CDを認識したりしなかったりして、とても時間がかかった上、完全フォーマットをするのに、二時間くらいかかり、完全フォーマットを二回、クイックフォーマットを三回して、クリーンインストールしましたが、途中で必ず〜〜ファイルがコピーできませんというメッセージがでて、インストールに一度も成功しませんでした。画面が真っ青に真っ白の一本の線が入った形になったり、メチャクチャな文字化けしたり、どんどん症状が酷くなりました。

失敗するたびにWINDWS98のCDROMでFDISKして、その後、今度は、98のディスクで再インストールを試してみました。これは、何度も失敗しながら、最後はハードウェア機器の認識までいったんですが、そこで必ず〜〜ファイルがないので98のディスクを入れてください、入れている場合はディスクの汚れを柔らかい布でふきとってからもう一度試してくださいとでて、インストールがどうしてもできず、セーフモードで起動させても画面が小さな緑色で何もできない形で、それで、電源を入れたり切ったりしていたら、起動するとすぐブルースクリーンになるか、文字化けしたメッセージが出る形で、HDDが大きなガチャガチャする異音がする形で、完全に壊れてしまいました。

そこで、もうやめておけばよかったのですが、ずっと徹夜していて頭がてんぱっていて、98の方のHDDに入れ替えて、試してみたら、98の方も同じような経緯を辿り、最後はピーーッ、ピーーッという音が出て全く動かない最初の自体になり、98のPCにHDDを入れてもHDDのエラーと出て、98の方もHDDが壊れてしまいました。

頭がひどくおかしくなっていたみたいで、せめて、PCをバラバラにして、ハードオフで売れないか、PCを無理矢理バラバラにしようとし、ドライバーでネジを全部はずし、ドライブなどを外す作業をしていた時、ファンとくっついたCPUがどうしてもマザーボードから外せず、その時、両手の指を深く切って大量に出血し、血が止まらなくなりました。今日の午前10時頃です。PCも血まみれで、猫も一部屋に一緒にいるので、たいへんおちつかない様子で、自分が修理しようとしたことで余計事態を悪化させ、指を怪我してしまったことで、暗い気持ちになりました。パソコンは部品ごとにばらばらにしたので、個別にハードオフでジャンクとして売ろうと思います。

その後、ネットカフェで、パソコンでメールチェックしましたら、パソコンが壊れていて、先日助けを求めたとき、一時的に、ギフト券以外のメールも受け取れる設定にしたのですが、猫好きのお方々や僕と同じく精神的苦境に陥っているお方々からの励ましのメールも何通か頂いて嬉しかったのですが、嫌がらせのメールも大量に届いており、とても困って、病院の先生と警察の生活安全課のお方から、嫌がらせのメールは受け取らない形にして、受け取った場合は届けてくださいと言われているので、やはりどうしても嫌がらせのメールが届くようでして、誠に申し訳ないんですが、ギフト券以外のメールは届かない設定に戻させて頂きました。ギフト券に記載された励ましのメールはみな善意のある助けてくださるお方々から届きまして、一文一文、大切に心を込めて感謝しながら読ませて頂いています。また、文記載なしのお方の券も、心から感謝して受け取っています。ありがとうございます。心から深く感謝しております。

毎月ギフト券で支援してくださり生活を支えてくれるお方とそのほかにギフト券を贈っていただいたお方のおかげで、なんとか新しいPCを購入するギリギリのお金は出せそうです。心から感謝致します。

今回、メール設定で、amazonギフト券以外のメールも受け取れる設定にしたら、励ましのメールも何通も来て、またギフト券でお助けしてくださったお方がお二人いらっしゃいまして(お一人は毎月支援してくださっている生活を支えてくださっているお方です)本当に心から感謝致します。

メールを普通に受信できる設定にしていると、嫌がらせメールが沢山来るため(脅迫文なので病院と警察に相談して、善意ある御方々からのみ、メールが届く、amazonギフト券メールのみ受け取れる設定に致しました)、今回、一時的に全メール受け取りだったメール設定を、これまでのメール設定のamazonギフト券のみ受け取れるメール設定の形に戻させて頂きましたが、その結果、励ましのメールなども届かないことになり、その点について、これまでも励ましのメールを送ってくださったお方々のメールも受信できない形で、誠に申し訳なく思いました。ごめんなさい。今はまた、amazonギフト券メールとライターのしろうとさんなどのお付き合いのあるお方々のメールのみ受信許可し、残りは全て受信できない形にしておりますので、その点で、今まで、届かなかった励ましのメールを送ってくださり、今後も送ってくださるお方々には、誠に申し訳なく思います。

また、ギフト券で助けてくださるお方々のamazonギフトメールは、そのメールを胸におし抱いて感謝している気持ちです。心から深く感謝しております。一文一文大事に読ませて頂き、amazonギフトメール届くたびに心から深く感謝しております。本当にありがとうございます。amazonギフトメールと贈ってくださる皆様方、アフィリエイトで買い物して下さる皆様方、ご善意ある皆様方のおかげでなんとか挫けず生きている形で心から感謝いたしております。

CPUを取り外そうとしたときに、AMDのCPUの外壁?の白い線みたいのが一杯生えている部分を抜こうとして(ネット環境がないので、CPUの取り外し方が分かりませんでした)、両手指を傷つけ、PCパーツが真っ赤になりました。両手の指、特に両手の親指、人差し指、中指の傷が深く、現在、バンドエイドを巻いてキーボードをうっているとバンドエイドが真っ赤になるような形でしてキーボードを汚さないように、バンドエイドの指の上にテッシュを巻いて、痛む指をなるべく使わないように、キーボードを見ながら打っているので、時間的にもそろそろ限界です。昨日から一睡もしておりません。

大変苦しくて、修理をしようとしたことでかえって事態が悪化し、状況の悪化と自分の愚かさに酷いうつ状態で、ドライバーで発作的に手首を切り裂こうとしようとおかしな妄念が湧いたり、非常に絶望的な状況でしたが、ギフト券で毎月支えてくださるお方がお助けしてくださり、また他のお方々もギフト券や励ましのメールを送っていただき、心から感謝しています。生きる気力が、PCが壊れて、今日の午後三時ぐらいは沢山マイナスになっており、猫のために生きているような感じでしたが、お助けしてくださり、そのご善意にて、心が大変救われました。生きる気力が沢山のマイナスからゼロに戻った感じです。まだダメージが大きくて、特に200ギガバイト分(壊れたXPPCが160G、98PCが40Gです)の大事なこれまでのデータを全損したこと、また、PCを失ったことで、ダメージが大きくて、まだ酷い状態で、鏡を見ると、寝てないのが大きいと思うのですが、げっそりやせて皺だらけで、40過ぎぐらいに見える状態になっており、精神的にとても辛いです。

今、PCがない状態なので、なるべく早く、安く、PCを手に入れて、なんとか更新を続けたいと思います。DELLのPCはamazonギフト券で買えて廉価で高品質ですが、ただ、それでも中古に比べると高いので、ギフト券で買い物して売って、一万円以下で中古を買おうと思います。USBサウンドブラスターとか、amazonはとんでもなく安いので(今は流石に値段が上がっていますが、以前は2000円でどこの安売り店よりも安い値段でした)、こういっamazonのお買い得商品を丁寧に探して、商品をギフト券で買って、未開封のままお店に転売すると、ギフト券を現金化できます。これまで助けてくださった皆様方に心から深くお礼申し上げます。特に、amazonギフト券を送ってくださるお方々、アフィリエイトで買い物してくださるお方々は命の恩人です。心から深く感謝申し上げます。どうもありがとうございます。胸に深く感謝しております。ありがとうございます。

最後に、僕が今回思ったことは、複雑な機械はいずれ必ず壊れて行くので、壊れると失われる、そうすると貧しい人々は買い換えることができない、だんだん貧しくなるというのは、身の回りから色々なものが失われて、そして何もかもなくなってゆく、社会との接点を切断されて、自分の存在が小さくなってゆくということを感じました。昔は乱雑な部屋に暮らしていましたが、今の僕の部屋はがらんとしています。2台のPCがなくなったことで(バラバラに分解して玄関に置いています)、それを更に感じました。僕の調子は最近は何もやる気がわかず、音楽を聴く受動的なことと文章を書き続けること以外、何もできません。パソコンが壊れて思うように文章が書けなくなったことが、辛いです。僕は誤字・誤変換が多いですが、少しブラインドタッチが出来るので(かなり下手です、よく打ち間違えます)、鉛筆で文章を書くよりもタイピングの方が圧倒的に早く、PCがないと思うように文章がかけません。貧しいということは、生きる気力がじわじわ失われて、胸が重く、とても辛くなることだと思います。今回のように真に辛いときは、音楽すら聴くことができず、死への妄念がどうしても湧いてきてひどい精神状態でした。貧困に対して、どうか、社会が取り組んでくれることを、貧困者の一人としてだけでなく、全ての貧困者のために、どうか心から願います。

世の中に、色々な優しさがネットワーク的にあって、決してゼロサムではない社会、多様の優しさの沢山存在するアニメーション「ARIA」のような助け合いがある社会を願い、人々に善意、愛があることを、僕は心から願い、自らもその一助となれれば僕は心から幸いです。現代、僕が生きている間は無理でも、いずれ百年後、二百年後といった遠い先に、少しでもそういった社会と人々の思いのある世界になってゆくことを心から願います。

プッチーニ歌劇「トスカ」第三幕より「星は光りぬ」
脱獄した政治犯の友人をかくまった罪により、明日にも処刑されようとする主人公カヴァラドッシ。この曲は彼が囚われの身で遺書を書こうとしているときに、その苦しい心情を歌い上げる名アリアです。「星はこんなに輝き、地はかぐわしく香っている。しかし私の愛の夢は消え去り、絶望の中で死ぬのだ」
(音楽アルバム「classical ever!two millennium」)

いずれ、僕亡き後に、世界が少しでもよい方向に変わってゆく、その土台作りがほんのわずかでもできたら、心から幸いに思います。助けてくださった皆様方に感謝を申し上げます。昨日のこと、PC故障全損、HDDデータ全損、両手の怪我、一睡もせず修理作業したことでかえってPCの状態を決定的に悪化させてしまったこと、それらダメージ大きく、今もとても暗い気持ちですが、それを貫いて昇るように助けてくださったお方々に感謝の気持ちで一杯です。皆様方全てに平穏と喜びがある日々を僕は心から祈ります。キーを打っていましたら親指の出血が酷く、キーボードを汚さないよう気をつけていますが、親指の痛みと出血が酷い(2本の深い切り傷があり、いくら抑えても血がじわじわ滲んで止まりません)ので、ここで、筆を置かせていただきます。

助けてくださったお方々、生活を支えてくださるお方々に、心から深く感謝致します。ありがとうございます。胸一杯に感謝の気持ちを抱いております。ありがとうございます。

参考作品(amazon)
classical ever!one
classical ever!two millennium
classical ever! BEST - Refreshment&Meditation -
classical ever!by REQUEST
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プッチーニ:歌劇「トスカ」全曲
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2009年04月09日 17:38

今朝方パソコンが壊れ通信ができなくなり、現在ネットカフェより書き込み中です。ネットカフェ代金がきついです。ネットに繋いでいてるパソコンが壊れてピーピー音がするだけで、中を開けても何が壊れているか分からず、修理費用もなく壊滅的事態です。もう一つあWINDOWS98のPCは通信機能が壊れていて通信できません。どうかお助けしてくださるお方々いらっしゃいましたら心から感謝致します。

パソコンの故障は、朝突然、今まではきちんと動いていたのが、電源を入れても画面が真っ暗でピーピー音がしているだけで、動かない状態です。中を開けた状態で電源を入れると、ファンやHDDは動いているようなので、マザーボードか何かが壊れているのだと思います。配線は外れていません。

大変危急で手が血だらけ(パソコンの内部をいじっていたら大量に出血していましたが、それに気づかないくらい焦っています、本日一日中パソコンを弄っていたので、背中が痛いです)、どうかお助けしてくださるお方々いらっしゃいましたら心から感謝致します。

僕のメールアドレスはne.ko.tan@hotmail.co.jpです。どうかお助けしてくださるお方々いらっいましたら心から感謝致します。危急に困っており、どうかお助けください。

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