2017年01月24日 05:06

バリントン・J・ベイリー「ゴッド・ガン」読了。ベイリーの奇想とイギリスSFのアイロニーに満ちた重苦しさの魅力が楽しめる傑作短編集です。

ゴッド・ガン (ハヤカワ文庫 SF ヘ)

イギリスのSF作家バリントン・J・ベイリーの日本初短編集「ゴッド・ガン」読了。数十年前にベイリーの「カエアンの聖衣」も「時間衝突」も「禅銃」もとても面白く読みましたが、ベイリーの短編を一挙に纏めて短編集として読んだのは始めてだったのですが…最高に面白いです!!トマス・M・ディッシュの短編を彷彿とさせる感じで更にそこにイギリス的アイロニーが醸し出す重苦しさの妙味を加えたって感じですね。

個人的には、「カエアンの聖衣」のような長篇よりも今回読んだ短編集の方が、ベイリーの奇想天外なアイデアのエッセンスが凝縮されている感じでベイリーらしさがより出ていて面白かったですね。どの短編も面白くて全く外れ無しです!!間違いなく傑作SF短編集といえるでしょう。

アイデアも、一つのアイデアを更にどんどん別次元に捻っていく感じで凄く面白いんですが(例えば「地底潜艦インタースティス」はドラえもんの「地底探検車」みたいな話かなと思ったらどんどん別次元に捻っていって最後の落ちが見事。「大きな音」も中井紀夫「山の上の交響楽」みたいな話かなと思ったら更に捻っていく、本書の全ての作品のアイデアの捻り方が見事!)、それだけではなく、如何にもイギリスSF的な暗いアイロニーに溢れていて、それがただのワン・アイデア・ストーリーでは終わらせない重苦しさを醸しだしているのが物凄く気に入りましたね。日本やアメリカの小説では中々感じることのない、イギリス小説を読んでいる時に感じる歴史と重苦しさの魅力というのを確りと持っているところが読んでいてとても魅力的でした。「死の船」とか、SFとしての話的にはベンフォードの「タイムスケープ」なんですけど、「死の船」の方が切れ味鋭くて私はこちらの方が好きですね。心からお勧めできるSF短編集ですね。

ハリーはとても積極的だった。それはアメリカ人の特性だろう。彼らの語彙に迷いという語はない。彼らはほどほどの速さでものごとを進めはしないし、考察や状況分析や熟慮といったものに行動を妨げられることもない。(中略)

「その『アイロニー』というのがよくわかりません」ハリーが言った。「初耳でして。アイアン?鉄鉱石?鉄鉱石には鉄が含まれているということでしょうか?」

「そうじゃない、ハリー。鉄鉱石とは関係ない。あることを巧妙に言い換える語法のことでね。たとえば、Aという事柄があまりにばかばかしく不合理であった場合に、その正反対のBという事柄を表す言い回しに変えたりすることだ。

きみがジェブに狩猟のことを訊いたとき、彼は『大の得意さ』と応じた。きみは我々英国人の話しぶりから本音を読み取る能力を欠いているので、あの『大の得意さ』を額面どおりに受けとめただろう。しかし、そのときの彼の声には、いま私が説明がしたような、とらえどころのない響きがあった。その微妙なニュアンスやほのめかしといったものは、左の肩がかすかにあがり、上唇がわずかにねじれるといったちょっとした表情の変化や、途中で気が抜けたような口調と完璧に一致していた。

それによって私は、彼の本心を読み取ったばかりか、彼がばかでかい12ドラム散弾で空を飛ぶちっぽけな鳥を撃てば、残るのは骨と羽だけの骸骨同然のものになるだろうと考えていることも察知した。それが、アイロニーというものだ。そして、それが、手紙を作成するのに必要とされるものでね。それがあれば、やってのけることができるだろう」

これはハリーにとって、よい教訓になっただろう。

「彼は狩猟が好きではないんですね?」まだ疑っているような口調で彼が言った。

我々は彼を無視した。彼には決して理解できないだろう。
(スティーヴン・ハンター「我が名は切り裂きジャック」)

ベイリーの小説に限らず、イギリス小説全般に通じる宿命論的アイロニーと重苦しさというのは、やはり、英国は現代においても階級制度が社会的に色濃く残る閉塞的な階級社会であるというのがあるのかな…。同じような重苦しさをロシア小説にも感じますからね…。

村上春樹
「僕はハーディは高校時代から好きで読んでいました。(中略)ハーディって中毒になるんですよね」
柴田元幸
「中毒、というと?」
村上春樹
「風景、なんですね。風景描写がいいんです。人が風景の中に融けこんでいます。なんといってもイギリスのドーセットシャーのヒース畑だとかハリエニシダの情景なんか読んでいると、もうそれだけで、その世界にはまっちゃう。ドストエフスキーの描くペテルブルグの風景にはまっちゃうと抜けられなくなるとの同じですね」(中略)
村上春樹
「ハーディは風景(世界)がまずあって、その中に人がいる。人が風景に負けちゃっているんですよね。負けているというか、組み込まれているというか」(中略)
村上春樹
「ハーディの世界ではヒエラルキーは確固たるものとしてあって、(ヒエラルキーの階段を登る方法が結婚であるが)その中で収入のいい男性を見つけるのは至難の業で、それはひとつのテーマになっていますけれども」
(トマス・ハーディ「呪われた腕 ハーディ傑作選」より)

人はみずからの人生から逃れられないのだから。人は常にそのなかにあり、つねにそれを演じている。あたかも、永遠にわたり夜ごと演じられる演劇のように。
(バリントン・J・ベイリー「死の船」「ゴッド・ガン」より)

この世は舞台、すべての男女はその役者に過ぎぬ。
(シェイクスピア「お気に召すまま」)

現代日本も急速に貧困と格差の拡大によって階級社会化が進んでいますから、いずれはそれは日本文学の流れにも影響して、日本の文学は重苦しくなっていくんじゃないかなと思いますね…。多くの人々が貧しさに喘ぐ重苦しい世の中でお気楽な作品を書くというのはそれはまた作家にとって凄く大変なことな訳ですから…。

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