2015年07月28日 09:52

六冬和生「みずは無間」読了。ラノベ表題風に言うと「俺の彼女がヤンデレすぎて全宇宙が超ヤバイ」

みずは無間 (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

第一回ハヤカワSFコンテスト受賞作、六冬和生「みずは無間」読了。面白かったですね。ハヤカワSFコンテストの作品では短編集の「オニキス」を結構前に読んだんですが、こちら(みずは無間)の方が、話の膨らませ方が良い意味で狂っていて、展開が良い意味で異常に異様過ぎかつメチャクチャとんでもなくて(良い意味でバカSFぽい)、まさに「このメチャクチャな狂った展開、これがSFなんだよ!」って感じで凄く面白かったですね。本書に載っている選評の小島秀夫さん(メタルギアの人です)の意見に全面的に同感ですね。

(オニキスは)記憶を消して書き換えていく展開には、ゲームをコンティニューする体験のような安易なニュアンスを感じてしまう。(中略)小説である以上、「失敗しても終わらない」というそんなゲーム的前提下では、どうしても緊張感が伴わなくなってしまう。(中略)

みずは無間には本当に驚かされた。(中略)悪魔の様に憑依してくる一人の現代女性との閉じた関係と、広大なる外宇宙へと自己増殖を繰り返しながら拡大していくAI(神になろうとする男)との無限の関係を、そのアンバランスな対比で最後まで語りきってしまうという、本当に奇妙な小説である。
(小島秀夫「みずは無間選評」より)

ほんとにこの通りで、オニキスの短編集の作品は表題作のオニキスを初めとしてどの作品も、凄くゲーム的(パラレルワールドをテーマにしたあまたあるSFエロゲの各種ノベライズぽい感じ…)で新鮮味がなかったのですが、みずは無間は読んでいてぶっ飛びました。読んでいてこんなにぶっ飛んだ小説は久々です。変わった小説が好きなら必読と言ってよい小説と思います。

「みずは無間」、どのような小説かと言いますと、ラノベ表題風に言うと『俺の彼女がヤンデレすぎて全宇宙が超ヤバイ』という感じです。主人公は、雨野透という人間の記憶と人格をコピーされた外宇宙探査衛星のAI(人工知能)なんですが、その行動原理は雨野透の記憶と人格に凄く縛られているんですね。

人間時代の雨野透にはみずはという恋人がいたんですが、その彼女がかなりのヤンデレメンヘラーでして、非常に貪欲で支配的な彼女に支配され収奪され続けた記憶が、上記のAIの中枢部分に大きく影響しているんですね。

このAIは、無限に進化し無限に自己を拡大してゆき、最終的にはどんどん強大な存在(人知を超越したいわゆる神的存在)に変貌していくんですが、強大な存在になってゆくと共に、みずはの貪欲さの記憶にどんどん行動原理が引っ張られて、あらゆる星々や知性体を飲み込み破壊する、破壊神的な貪欲な神に自身が変貌していくんですね。最終的には、全宇宙(あらゆる全ての平行宇宙の全時空)を飲み込んでブラックホール化する、全宇宙全時空全世界を終焉に導く存在になることが示唆されています。

で、その貪欲なる究極破壊神誕生としか言いようのない全宇宙的規模の大災厄と、みずはという女性の日々の生活での貪欲さが、同時に語られて、そしてそれが根底的にシンクロしているという、文章で説明するのが難しいんですが、なんかもうぞっとするような感覚と、規模がでかすぎて笑っちゃうような感覚が混じってて、凄い奇妙な読了感を齎す変わった小説です。「究極のホラー小説」って小島秀夫さんが評していますが、まさにそんな感じです。

AIが無限に自己を進化させて神になっていくSFの部分も面白いんですが、みずはというヒロインの描き方も上手くてその辺も感心しましたね。みずはのキャラクター的には、男性に対し支配的で貪欲で自己中心的な女性ということで、スティーヴン・キングの小説「ミザリー」のヒロインであるアニー・ウィルクスそのものという感じがして、映画版のアニー役であるキャシー・ベイツの姿が浮かびましたね。作中の外見描写でも体重が60キロある肥満体の不美人の女性(体重は60キロから更に急激に増えていく)として描写されているので、モデルは映画版アニー・ウィルクスなんじゃないかな…。

あと、これは本筋とは関係ないんですが、本書イラストのみずはは痩せすぎかつ美人すぎると思います…。うーむ…、今は本の売り上げにおいて女性イラストの美麗さが重視されますから、肥満体の不美人のヒロインと作中描写されていても、イラストではスタイルのいい美人に描かないといけないのかな…。閑話休題。

主人公は大学の頃から彼女と付き合い始めるのですが、だんだん彼女の異常性(異常な貪欲さと支配への欲求及び食欲への執着)に気づき、でもなかなか別れられないんですね。ここの描き方がサイコホラーとして上手い!このサイコホラー部分が、全宇宙全時空に拡散していく展開にはぶっ飛びました。読んでいて「なんということでしょう…」という気持ちになりましたね。ヤンデレ彼女の無限の食欲によって人類やその他の知的生命達が完全滅亡したばかりか全宇宙全時空すらヤバイという…なんということでしょう…。サイコホラーと壮大な規模のSFホラーを非常に上手く融合させているというか、「サイコな彼女が全宇宙を貪り食う」という感じの作品で、凄く面白かったです。宇宙に比べれば物凄く小さい個(人間個人)の欲望なのにも関わらず、それがあまりにも貪欲すぎて、最終的に宇宙すら破壊するというのが、凄く奇妙でぞっとさせて独特の面白みがある。本書はスティーヴン・キングの「生きのびる奴」や小松左京の「兇暴な口」に通じるものがありますね。「みずは無間」奇妙なSFホラーとして抜群の出来、お勧めの作品です。

あと、この小説の特筆すべきところをひとつ挙げると、ヒロインが最初から最後まで全然可愛くないし魅力的でもないのが、昨今の主流であるヒロインの魅力で引っ張るタイプの小説とは完全に真逆対極で凄い。むしろヒロインが最初から最後まで負のオーラ放ちまくりで怖い。読んでいてヒロインの異常性がだんだん見えてくるところは怖くてゾクゾクしました。まさに言葉通りの意味でダークヒロイン。凄い小説や…。普段ライトノベルとか読んでいる読者さんにはぜひ本書を読んで、対極の世界を楽しんで欲しいです。

バイトあがりの時間を見計らって俺が彼女を迎えに行くこともあった。さすがに何回も定刻に店先に立たれれば売り子も事情を承知して、みずはちゃん彼氏のお迎えだよといちいちいいにいくのもバカバカしくなったようで、直接バックヤードを覗いてってよと店舗の裏手に回りこむのを黙認するようになった。毎回なんとなく犯罪者めいた気持ちで勝手口を薄くあけてみずはいますかと尋ねる俺に、みずはちゃん例の、と拍子抜けするほどあっけらかんとバイト仲間が彼女を呼ぶ。

あれはそんな日だった。いや、ちがう。そうだったらあんな光景は見ずにすんだ。

あの日、おそらく連休の中日かなにかでおそろしく客入りが悪いと予想されていたか他のバイトがみな帰省中だったか、厨房は彼女ひとりだった。そろりと勝手口を開けた俺の目に入ったのは、しゃがみこんだみずはの背中だった。声をかけようとしたが切羽詰った雰囲気に何となくひるんだ。

みずはは一心不乱に食べていた。めいっぱい詰め込まれて、頬がぱんぱんに膨らんでいる。顎はせわしなくもぐもぐ動いている。しゃがんだまま作業台の上に手をのばし、さっと何かを取り、胸元でせかせかと作業し、それをほおばる。ただのつまみ食いではない。切り落とされたパンの耳にバターを塗り砂糖を振りかけているのだと、しばらくわからなかった。

俺は彼女を責めるようなことをいったつもりはない。少なくともその記憶はない。ただ驚いて、驚きのままに声をかけてしまっただけだ。

みずははぎくりと敵意に満ちた目をこちらに向け、いや、怯えていたか?ともかく笑って誤魔化さなかったのは確かだ。

俺は説明を求めたりはしなかった。だが彼女は、これはどうせ棄てるものなのだから食べても差し支えないのだといった。一部はおろしてパン粉にしたりもするがそんなに沢山はいらないのだし、と。隠れるようにして食べていたことの釈明はなかった。こぼれ落ちた砂糖がエプロンに、頬に点々としていた。

「だけど……」俺には何をどういったらいいのかわからなかった。もしかしたら何もいわなかったほうがよかったかもしれない。「だけど、何もバターと砂糖なんて」

そのときはじめて、俺はみずはという人間は逆上しないと思い込んでいたのだと知った。拗ねたり膨れっ面したり、彼女の不機嫌とはそういうものだと思っていた。だから俺は、顔を卑屈に歪ませる彼女を別人のような目で見ていたんじゃないかと思う。

「じゃあ」

低い声でみずははいった。

「どうすればいいの」

俺は混乱した。黙っていると、次のシフトの大学生が、遅れてすみません彼氏さん待たせちゃったみたいですねといって登場した。作業台の上を手早く片付けにこっと笑うみずはは普段のみずはだった。
(六冬和生「みずは無間」)


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著者:六冬 和生
早川書房(2013-11-22)
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