2011年11月27日 03:05

童話の魅力的な世界。アンデルセン「本当に読みたかったアンデルセン童話」、宮沢賢治原作のフリーゲーム「グスコードブリの伝記」。

本当に読みたかったアンデルセン童話

本日は最近読んだりゲームプレイした童話についてお話しますね。図書館でアンデルセンの童話集「本当に読みたかったアンデルセン童話」を借りて読了したのですが、これがとても良かったです。全く読んだことのないアンデルセン童話が沢山載っていて、文章も翻訳がすばらしくこなれていて平易明解で読みやすく、そしてなにより、ウィットとユーモアに富んだ童話がどれも魅力的です。図書館でこの本を借りた理由は、本田透さんが喪男の哲学史などの著作の中で常にアンデルセンを高く評価していたので、どんなものかなと思って読んでみたら、これがやたらめっぽう面白い。お勧めですね。収録作はどれも短く、優れたショートショート集を読んでいるような感じで新鮮で魅力的な読書体験が味わえます。喪男(モテない男性)的悲しみが伝わってくるのも味わい深いですね…。一つ引用致しますね。

朝日新聞 結婚「しない」から「できない」に=付き合いできず―独身男女の全国調査・厚労省
http://www.asahi.com/national/jiji/JJT201111250144.html
厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が独身男女の未婚理由を調査した結果、25〜34歳では1990年代と比べ、「自由を失いたくない」などの自分の意思を挙げる回答が減り、「異性と付き合えない」「結婚資金の不足」といった「できない」型の回答が増えたことが25日、分かった。

 同研究所は昨年6月、全国の18〜49歳の独身男女約1万4000人を調査し、1万581人から有効回答を得た。

アンデルセン(1805-1875)
デンマークの貧しい靴屋で二十二歳の父と、無教養な選択女で四十近い母との間に生まれたハンス・クリスチャン・アンデルセンは、「デンマークのオランウータン」とあだ名のあったくらいの醜男で、そのくせきわめて女性的な性格の持ち主で、一生ついに女性から恋愛されることなく独身で終った。――実は彼は男色の大家であったといわれる。しかし、それにもかかわらず彼は、人に愛される性質と自分を幸運児だと神に感謝する性質を持っていた。
(山田風太郎「人間臨終図鑑」)

「本当に読みたかったアンデルセン童話」より
アンデルセン

「チョウ」

恋人が欲しいな、とチョウは思った。恋人にするならもちろん、とびきりきれいなかわいい花がいい。いくつか花を見てまわった。どの花も、あたし、いいなずけなんていなくてよ、とばかり、おすましをして茎の上にすわっている。なんて多くの花から選ばなくてはならないんだろう!やれやれ頭が痛いなあと、チョウは思った。手っ取り早く決めたかったので、ヒナギクのところに飛んで行った。

フランス人がマーガレットと読んでいるのはこのヒナギクのことだ。フランス人は、この花に占いができることを知っていて、恋人達はよくこんな風に占う。花びらを一枚一枚むしりながら、新しい恋人の気持ちを確かめるんだ。「心から愛している?苦しいくらい?沢山愛している?少し愛している?ぜんぜん?」いろいろな言い方がある。みな自分の言葉で占うからね。チョウも占いをしようとやってきた。でも花びらをかじりとったりせずに、一枚一枚にキスをした。親切にした方がずっと、占いもよい結果がでると思ったからだ。

「うるわしいマーガレットのヒナギクさん!」チョウは言った。「花の中でも一番賢い奥さん、占いがお出来になるヒナギクさん、教えてください。僕の相手はあの花、それともこの花、どのお花なの?どうか教えて。わかればすぐ飛んでいってその花に求婚しますから」

でもマーガレットは返事をしなかった。奥さんと呼ばれたのが気に入らなかったんだ。私はまだお嬢さんで、「奥さん」なんかじゃないわ!チョウはもう一度たずねた。さらにもう一回。でも一言も答えてはもらえない。もういいや、自分で探しにいこう。チョウは聞くのをあきらめて、さっさと求婚の旅に出た。

春のまだ早いころで、ユキワリソウやクロッカスがそこかしこに見えた。「なかなかいいじゃないか!」チョウは言った。「見とれてしまうなあ。きれいだし、ういういしいし。でも僕の好みからするとちょっと幼いかなあ」若い男性はいつもそうだけど、チョウも年上の娘をちらちら探し始めた。

まずアネモネのところに飛んでいった。でも自分には少し、深えぶかすぎるような気がした。スミレはちょっと浮世離れしてるし、チューリップは発展家みたいだ。スイセンは退屈、ライムの花は小さすぎるし家族が多すぎる。じゃあ、リンゴの花はどうだろう――見た目はバラのように美しいのだけど、チョウは知っていた。今日はすらりと立っていても、風が吹くと明日には散ってしまうことを。これでは結婚生活はあっけなく終ってしまう。

実はえんどうの花が一番気になった。赤と白の色合いの、明るく品良く、見た目も良いが台所の仕事もできるというタイプの娘だった。えんどうの花に求婚しかけた時、すぐそばにさやが垂れ下がっているのが見えた。その先にしおれた花がついている。「あれはだあれ?」チョウはたずねた。「あたしの姉さんよ」えんどうの花は答えた。「そうか、君もいつかあのようになるんだね!」チョウは恐ろしくなり、飛び立った。

ひらひら飛んでいると、スイカズラが垣根に垂れ下がっているのを見つけた。ここにはお嬢さんたちが大勢いた。みな面長な顔立ちで、黄色い肌のお嬢さんたちだ。でもチョウの好みではなかった。ではいったい何が好きだというんだろうね。それはチョウに聞いてみるほかない。

春が過ぎ、夏が過ぎ、そして秋になった。チョウはまだきれいなかわいい花を見つけていない。今では娘たちはみな、思いもよらないような素晴らしい衣装をまとっている。でもそれが何になるだろう。今となっては、チョウが求めていたようなういういしくたおやかな娘心をなくしているんだもの。

年とともに心はたおやかなものを求めるものだ。ダリアやタチアオイにあまり香りはない。それでチョウはミントのところへ飛んでいった。「花というわけじゃないけれど、根の先から頭のてっぺんまでいいにおいがするし、おまけにどの葉っぱも花の香りがする――この娘にしよう!」

そして、とうとう結婚の申し込みをした。

でもミントは身を固くして立ちつくしていた。ようやく口を開いて言うには「あなたとはお友達でいたいですわ。それ以上はお断りします。私はもうおばあさんですし、あなたもそうね。残りの人生、お互いに意味ある存在になっていけると思いますわ。でも結婚は――ごめんです!私たちこんないい年ですから、いい笑いものになってしまうわ」

そういうわけでチョウは相手を見つけられなかった。あまりにも長いこと探しすぎたからね。それじゃいけないんだ。チョウは独り者になってしまった。

さて秋も深まり、雨が降り風も吹きすさぶころになった。年老いた柳の木の幹に、冷たい風が吹きつけ、木はぎしぎし音を立てた。夏服で外を飛びまわるような季節ではない。こんな時、愛情が身に染みるようになるという。チョウも外を飛びまわってはいなかった。ひょんなことからある家の中に入ってみると、そこはストーブが燃え、夏のような暖かさだった。チョウはそこで生き続けた。でも「生きてるだけじゃだめなんだ!」チョウは言った。「日の光、自由、それにちょっとした花、全部持っていなくちゃ!」

チョウは窓に向かって飛び立ち、窓辺で力尽きてしまった。誰かがすぐに見つけ、きれいなチョウだと感心して、ピンを刺し、ほかの珍しいものと一緒に小さな箱に入れた。チョウにとってはたいした扱いだ。「今では僕も、花のように茎の上にすわっている。結婚しているようなものかな――こんな風に身動きが取れないってことは」そう言って自分を慰めた。

「あまり上手ないいわけじゃないわね」窓辺の鉢植えの花たちはみな言った。

「鉢植えの花は信用できないぞ」とチョウは思っていた。「人間になれすぎているからな」

アンデルセンと同じく、一生恋愛と縁のない独身の独り身であろう僕の身に深く染み入る話です…orz こんな感じで結構シビアな話が多くて、子供向けというよりはむしろ大人向けの、大人が読んで楽しめる童話集ですね。子供向けではなく、大人向けのシビアでウィットに富んだ童話集ということでは、宮沢賢治さんの童話にも通じるものがあるかなと。

宮沢賢治さんの童話作品ということで言えば、彼の童話の代表作「グスコーブドリの伝記」をフリーゲーム化した作品をプレイしました。フリーゲーム製作に定評のあるブラック・ウルフさんの作品でして、とても丁寧に原作がゲーム化されていて、製作者さんの原作への深い愛情を感じられるとても良いゲーム化作品でした…。優れた作品です、無料でプレイできますしぜひプレイお勧めですね。

ブラックウルフさん製作フリーゲーム「グスコーブドリの伝記」
http://www.geocities.jp/black_wolf_page/list/gusukobudori.htm

本作は題名通り、宮沢賢治「グスコーブドリの伝記」をゲーム化した作品。原作に忠実な世界観と物語がゲームとして実に上手に見事に表現できており、宮沢賢治ファンとしてとても楽しめました。原作に沿ったミニゲームをクリアしてゆくことで話が進んでゆきますが、ミニゲームに何度か失敗するとクリアしなくても先に進める親切設計も好感です。ミニゲームは難易度低めですが、最後の戦闘だけちょっと手ごわいので攻略のヒントを。

岩は普通に攻撃して、体力減ったら回復で勝てます。ラスボスは右手にいる敵の回復役を「気合ため・必殺技」でひたすら攻撃。回復役を先に倒さないと無限回復されて勝てません。中央にいる攻撃役の攻撃力が高いので、こちらの回復は余裕を持って。回復役を倒した後は、「気合ため・必殺技」で中央にいる攻撃役を撃破しましょう(SPが残り少ないようなら、SP節約のために通常攻撃してSPを回復に割り当てた方がいいかも)。左手にいる敵は戦闘能力は雑魚なので最後まで放置しても問題ありません。

「グスコードブリの伝記」は、宮沢賢治の作品の中でも最も平易な分かりやすい作品で、これを読んだりゲームをプレイしたりして宮沢賢治の他の諸作品を読んでくれるお方々が増えたら嬉しいなあと思いますね…。宮沢賢治の作品は、自己犠牲による愛の献身がメインモティーフになっているライト系列作品(銀河鉄道の夜、よだかの星、グスコードブリの伝記など)と、世界のダークサイド、暗黒面がメインモティーフとなっているダーク系列作品(注文の多い料理店、オッペルと象、蜘蛛となめくじと狸など)の二大潮流があると思うのですが、日の当たる前者に比べると後者はあまり注目されないので、ブラック・ウルフさんの製作された、良い意味でダーク要素があって深みのある作品「人であらずんば」や「君は勇者じゃない!」を楽しんできたプレイヤーとしては、宮沢賢治のダーク系列の作品もゲーム化してくれると嬉しいなあ、なんて思ったり…。「蜘蛛となめくじと狸」とか非常に鋭いものを持った作品だと思っていますね…。蜘蛛が悪徳資本家、なめくじが悪徳政治家、狸が悪徳宗教家をそれぞれ風刺していると評されることが多いです。僕としては、宮沢賢治の作品はこんな単純な図式に全てが回収されるものではなくて、何らかの象徴を超えた、人間の邪悪なダークサイドの根源そのものを描こうとしてるのではないかと思いますね…。

青空文庫「蜘蛛となめくじと狸」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/4602_11979.html

まあ、ダーク系の童話を読むと暗い気持ちになるので、そんな時はライト系の童話を読んで元気付けるといいかなと…。最後に、「本当に読みたかったアンデルセン童話」から一つ童話を引用してご紹介致しますね。僕のとても気に入った童話です。この童話はシングルマザーの私生児問題についての童話という評もありますが、先の宮沢賢治の童話でも述べたように、そういった単純な図式に全てが回収されるものではない、人間の根源的な源泉について描いている作品なのだと思いますね…。

「本当に読みたかったアンデルセン童話」より
アンデルセン

「ティーポット」

あるところに、誇り高いティーポットがいた。磁器であることが得意で、長い注ぎ口や幅広の持ち手も自慢の種だった。前にも後ろにも何かを――つまり前には注ぎ口、後ろには持ち手をそなえているわけで、いつもそのことばかり話していた。でも、ふたのことは決して口にしない。壊れて、修理の手が入っていたからさ。ふちがちょっと欠けていた。

誰でも自分の欠点はあまり話したがらない。自分で言わなくてもほかの人がみな話題にしてくれるから、それで十分というものだ。カップ、ミルク入れ、砂糖つぼ、そのほかお茶のテーブルにあるものはみんな、ひびが入っていて頼りないこのふたのことをしっかり覚えていた。上等な持ち手や注ぎ口のことなんかより、ふたの話を始めたらきりがない。

「わかってるわ!」ティーポットは心の中で思った。「私が欠けていることはわかっているし、否定はしませんよ。そこが私の謙虚なところなんだわ。誰にでも欠点はあるものよ。でもありがたいことに才能もあるものです。カップには持ち手が、砂糖つぼにはふたがあるわ。でも私はその二つともあるし、さらにはもう一つ、あの方たちには決してないもの――注ぎ口も持っているんだから。この注ぎ口があるからこそ、私はお茶のテーブルの女王なんだわ。砂糖つぼもミルク入れも、味に仕える召使じゃないの。でも私は与える立場、決定する立場のものなのよ。喉の渇いた人たちを暖かく祝福するのがこの私。私の内側で、中国のお茶の葉に熱いお白湯が注がれ、お茶となるのですもの」

ティーポットがこんな風にあれこれ言えたのは、明るく元気の良かった若い時のことだ。そのころは立派に整えられたテーブルの上に置かれ、上品な奥様の手に持ち上げられていた。ところがある日、その上品な手がすべって、ティーポットは床に落ちてしまった。注ぎ口が割れて欠け、持ち手が割れて欠けた。ふたについては言うまでもない――ふたのことはもうたっぷり話したものね。ティーポットはめまいをおこして、そのまま床の上に倒れていたが、そのあいだにお湯がすっかりこぼれてしまった。落ちた衝撃も大きかったけど、一番辛かったのは、みんなに笑われたことだ。すべった手のことは誰も笑わなかったのに。

「乗り越えられない辛い体験でしたわ」ティーポットはその後自分の人生について語る時、いつもこう言った。「私は傷ものと呼ばれ、隅に押しやられ、次の日には、食べ物をもらいに台所の戸を叩いた乞食の女の人のものとなったの。こうして私は貧乏な生活に身を落としました。ところが、絶望のふちで世の中を眺めていた時に、私のより良い人生が始まったのです。

自分は変わらないのに、まったく別のものになるなんてことができるのね!私の中に土が入ってきました。つまり、私は埋められたの。でも土の底に球根が一つ置かれました。誰が球根を置いたのか、誰がその球根をくれたのか、それは知りません。ともかく球根をもらったの――おそらく中国のお茶の葉や煮立ったお湯の代わりに、割れてしまった持ち手や注ぎ口の代わりにね。

球根は土の中に、私の中に横たわっていました。それは私の心臓、生きた心臓となりました。はじめてのことでした。私の中に命が生まれたの。力が、みなぎる力がね。命は鼓動を打ち、球根は芽を出し、やがて花となって開こうと、はやる気持ちはあふれんばかりに伝わってきました。私はその花を見たわ、花をしっかり支えたわ。その美しさに自分自身を忘れたの。他人の中で自分を忘れるというのはなんて素晴らしいことでしょう!あの花は、私にありがとうなんて言いませんでした。私のことなど気がつきもしなかったでしょう。みんなに褒められ、有名になることで精一杯だったのね。でも私はとても嬉しかったわ。花本人もどれほど嬉しかったことでしょう!

ある日私は誰かが言うのを聞きました。美しい花にはもっといい鉢が相応しいと。私は真っ二つに割られました。ほんとにあの時は痛かった。そして花はもっといい鉢に移されました。私は中庭に捨てられ、今は古い破片としてここに横たわっているの。でも私の中にはいい思い出がたくさんつまっているんです。誰にも壊すことのできない思い出がね」

本当に読みたかったアンデルセン童話
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