倉野憲比古「スノウブラインド」読了。凄い…。アンチ・ミステリの大傑作です。衒学的で不条理で幻影的、最高に面白かった！！

スノウブラインド

倉野憲比古さんのミステリ小説「スノウブラインド」読了。凄い、素晴らしい…。最高に気に入りました…。ドグラ・マグラ、黒死館殺人事件、虚無への供物。意欲的なメフィスト賞受賞作などに多く見受けられるいわゆるアンチ・ミステリ、変格ミステリ、メタミステリの系譜に連なる作品でして、明らかにミステリを逸脱した超常的ファンタジーのように見えてさらに実は…と、幾重にも捻ってある展開には唸らされました。アンチ・ミステリを掲げた「うみねこのなく頃に」の大失敗により、アンチ・ミステリというジャンルにはあまりよくないイメージがついてしまいましたが、そんなイメージを一気に払拭してくれる優れた傑作ミステリです。

物語の本筋は、閉ざされた山荘で殺人事件が発生し、探偵役が伝統的なフロイトの精神分析手法を駆使して謎を解いてゆくという展開ですが、謎解きよりも、ペダンティックな背景描写と、奇怪にして不条理な、読み手を呆然とさせる驚くべき展開の方に力が入っています。また、「精神分析」も、探偵役が解き明かす「事件の謎の解釈」も、どちらも自然科学のような実証的な真実の解明とは異なる、他者や自分自身を納得させるための物語、『ほんとうではないにしろ、上手く考えたものだ』というイタリアのことわざを彷彿とさせるような架空の物語に過ぎないという観点が、物語の世界観と密接に結びつきあって、一種のメタ・ミステリになっているのも上手いですね。本書は小説であるということを上手く使っていて、最後はアッと言わされました。最高に面白かったです。

心理学者宮城音弥によれば、フロイトの精神分析は『ほんとうではないにしろ、上手く考えたものだ』というイタリアのことわざを連想させるものがあるという。それならば、一種の推理小説と同様ではあるまいか。
（山田風太郎「人間臨終図鑑」）

本作は古の探偵小説を彷彿とさせるようなけれん味たっぷりの煌びやかで豪華絢爛な衒学的描写が物語に華を添えていて最高に面白かったですね。登場人物達が極めて博学で、会話のリアリティを重視するならありえないような長広舌の議論をドストエフスキーの小説ばりに交わして、衒学的饒舌で喋り尽くす展開は、最高に僕好みです。作者さんが優れて豊富な知識の持ち主でそれを存分に活かしているのが感じられます。作者さんの知識が付け焼刃だったり、作者さんが一般雑学的な種々諸々のことを何にも知らないんだなあと感じられるような軽い作風の作品とは全く違うタイプの作品、確りとした大量の衒学趣味に彩られたタイプの作品で、極めて僕好みの作品でしたね。こういったミステリと出会えることはミステリを愛する者として至上の喜びですね…。現実変容感の味わえる奇妙な味の作品が好きなお方々に自信を持ってお勧めできる傑作です！！本作の作者さんは本作がデビュー作でして、今年の7月に「墓地裏の家」という新作を発表したとのこと、こちらを読むのが楽しみですね…。これまで未読だった素晴らしい作者さんを発見することは読書好きにとって最高の幸福です。

ウィキペディア「奇妙な味」
奇妙な味とは、探偵小説や推理小説のジャンルの一つ。奇妙な味とは、本来は探偵小説や推理小説のうちの「変格ミステリ」と呼ばれた作品の一部であった。江戸川乱歩の造語で、ミステリともSFとも、また怪奇小説ともつかない特異な作風を指す。論理的な謎解きに主眼を置かず、ストーリー展開及びキャラクターが異様であり、読後に無気味な割り切れなさを残す点に特色があり、短編作品でその本領が発揮されることが多い。

古くは、エドガー・アラン・ポー『盗まれた手紙』、アーサー・コナン・ドイル『赤髪連盟』、ギルバート・キース・チェスタトン『奇妙な足音』、ロード・ダンセイニ『二壜のソース』、ヒュー・ウォルポール『銀の仮面』、ロアルド・ダール『南から来た男』、サキ『開いた窓』などが奇妙な味の古典として挙げられる。

「推理小説って嫌いなんだよ。でも『新青年』世代の怪奇探偵小説は別だね。あの頃の日本の探偵小説って、独特の妖しい雰囲気があるからいいんだよ。『探偵趣味』ってやつを、僕は好きなんだろうね。謎解き小説としては駄目なんだろうけど、なんでもありのカオスみたいな物語世界で、ジャンルの壁なんか糞食らえって感じの妙なエネルギーが充満しているから」（中略）

「フロイトの論文の、一個の症状のベールをひとつひとつ剥いでいき、その隠された意味を見出すなんて趣は、まさに探偵小説だよ。それに『ある五歳男児の恐怖症分析』――いわゆるハンスの症例では、一流の安楽椅子探偵ぶりを見せてくれる。ハンスって少年が馬恐怖症に罫っちゃうんだけども、彼の父親が書き送ってくる手紙から、フロイト探偵は症状の背後に隠された病理を探り出し、たった一度しかハンスにあわずに問題を解き明かして見せるのさ」（中略）

「探偵小説も、一つの芸術的有機体としての生命を持つならば、謎から解決へと直線的に進むのではなく、さっきも言ったように、謎からまた謎へと円環しなければならない。これが探偵小説にあるべき、究極の涅槃原則だよ。全てが直線的に進まなければならないというのは、近代的思考の誤謬以外のなにものでもないよ」
（倉野憲比古「スノウブラインド」）

倉野憲比古「墓地裏の家」amazonレビュー
近年には珍しい緻密な文体と表現のミステリーです。 前作（スノウブラインド）もそうですが、この作品もユイスマンスのそれにある退廃、ペシミズム、そして面倒臭さがあります。 大量生産、大量消費される物語に飽き飽きしている人には、久しぶりに楽しめる書物かもしれません。

スノウブラインド


墓地裏の家

ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)
ドグラ・マグラ (下) (角川文庫)
黒死館殺人事件 (河出文庫)
新装版　虚無への供物（上） (講談社文庫)
新装版　虚無への供物（下） (講談社文庫)
人間臨終図巻〈1〉 (徳間文庫)
人間臨終図巻〈2〉 (徳間文庫)
人間臨終図巻〈3〉 (徳間文庫)

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