2011年01月22日 17:13

魔法少女まどか☆マギカとクラシックと魔術師。キュゥべえとヴァイオリンとクラシックの深い関係。魔術師ハイフェッツ。(前編)

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ライブドアブログの文字数制限で投稿できないので、エントリを前編と後編に分けます。見づらくなってしまい、本当にごめんなさい。最後まで読んでくれたら嬉しいです…。

いずれにせよ、真の魔術師の音楽を奏でるには真の魔術師がいる。
(ディヴィッド・ロレンス)

前々回のまどか☆マギカエントリ(http://nekodayo.livedoor.biz/archives/1427801.html)で紹介させて頂いた、まどか☆マギカ第3話の作中曲、ダヴィッド・オイストラフ:ヴァイオリン、イーナ・コレゴルスカヤ:ピアノによる、ラフマニノフ「ヴォカリーズ」がユーチューブにありましたよ。名演として知られるハイフェッツ版と一緒に聴き比べてみてくださいな。ハイフェッツやオイストラフより幾分か落ちますが、ヴェンゲーロフのライヴ版も一緒にどうぞ。ハイフェッツとオイストラフの名演を聴き比べられるのは、最高の音楽的贅沢ですね…(^^)

まどか☆マギカ第3話作中曲、ラフマニノフ「ヴォカリーズ」(オイストラフ)
http://www.youtube.com/watch?v=3KJs30BD1es

ラフマニノフ「ヴォカリーズ」(ハイフェッツ)
http://www.youtube.com/watch?v=6t3Oin3TNx4

ラフマニノフ「ヴォカリーズ」(ヴェンゲーロフ、ライヴ版)
http://www.youtube.com/watch?v=Qs3Q7VceIwY

やはり、技巧的にはハイフェッツが圧倒的にはっきりと上であるように思いますね…。ロマン派的詩情、情感においては、オイストラフに一票を投じたいところですが…。ハイフェッツが凄まじく神過ぎる…。本当にハイフェッツは凄いな…。ほんと、神ですよ、ハイフェッツは…。オイストラフのロマン派的情感に溢れたふくよかな暖かい演奏が僕は大好きですが、ハイフェッツを聴くと、なんというか、オイストラフもロストロポーヴィチも、どうしてもハイフェッツとは領域そのものが違いすぎる…。オイストラフが人間の身において到達できる限界の最高峰に到達した僅かな選ばれし天才奏者だとするなら、ハイフェッツは、人間を超えて神懸かってるんですよね…。なんでこの人は、こんな神懸かった演奏ができるのか…。ヴァイオリンという楽器を考えるなら、魔的というべきかも知れませんね…。ヴァイオリンは古くから悪魔の奏でる楽器とされています。ヴァイオリンはまどか☆マギカの悪魔キュゥべえの正体であろう悪魔メフィストフェレスが人々を言いなりにさせるときに使う楽器ですからね…。

悪魔が民間伝承の中でヴァイオリンの類を使って人をたぶらかすのを見れば、昔の人々もこの楽器に魂を奪われてしまっていたことが分かる。(中略)英語では古くからヴァイオリンのことをフィドルと呼んでいた。フィドルという言葉は既に中世の英語の中にもその原型が存在し、更にそれを遡っていくと、vitulor(祭りをする、よろこぶ)というラテン語に到達するというから、相当古い言葉の中に入るが、これが民衆の中に存在していた「ヴァイオリン系の楽器」を指す言葉として生きていたのである。

ところでこのフィドルという言葉には一見全く違ったような意味もある。例えば、「人を嵌める、騙す」cheat、swindleといった意味である。(中略)これ(フィドルが持つ虚偽・詐欺の意味)は一見ヴァイオリンと関係なさそうに見えるが、実は関係がありそうなのである。というのも、右で挙げたラテン語の語源(vitulor)が暗示するように、フィドルという言葉は、もともと人を浮かれさせるという意味の言葉であり、事実、人々が集まって浮かれ騒ぐときの伴奏の主役はフィドルだったと思われる。

フランス語には「フィドル」に相当するような呼び名はないが、ドイツ語で「ヴィオリーネ」という外来語とは別に「ガイゲ」(Geige)という独自の呼び名がある。ところが面白いことにこの「ガイケ」にも「フィドル」に似た意味がある。ドイツ語で、nach js. geige tanzan つまり、「誰かのヴァイオリンに従って踊る」ということは、「誰かの言いなりになってしまう」ということだと辞書に書かれている。

このように、「フィドル」ないしは「ガイゲ」という言葉の副次的な意味を見れば、その昔から、人間というものは、「弦を弦でこする楽器」の音に弱く、それを聴くと、浮かれたり、心を奪われたり、魂を抜かれたりしたものであることがよくわかる。(中略)

(西欧ファウスト伝承、レーナウの記したファウスト伝説の中では、人間の願いと引き換えに人間の魂を奪う悪魔にしてヴァイオリンの名手)メフィストは、(酔っている)ファウストを含む一団の男女達に、更に理性を忘れさせようとして、ワルツを演奏している楽師達のところに歩み寄り、「お前らのヴァイオリンの弾き方は眠っているようなものだ。俺が弾けば全く別の音がするぞ」と言って一丁のヴァイオリンを弾き始める。すると、その悪魔が弾くヴァイオリンに見せられて、場内に官能の大波が押し寄せる。狂ったように踊りまくる人々に混じって、すっかり調子の出たファウストも自分もブルネットの女の子(のちのグレートヒェン)とのダンスに熱を上げ、彼女の手を握り、おずおずと愛の言葉を誓い、開いている扉から出てゆく。(中略)(メフィストの弾くヴァイオリンとナイチンゲールの鳴き声の中で)こうしてファウストはこの女と愛の夢(情交)を結ぶ。ナイティンゲールは愛の営みの象徴である。

このレーナウの描いたメフィストフェレスとそのヴァイオリンは、のちに述べるストラヴィンスキーの「兵士の物語」と相似性を持っており、共に人間の心を妖術にかけてしまう小道具である。思い出しておこう。ドイツ語の「ガイゲ(ヴァイオリン)の音で踊る」とは、「だれそれのいいなりになってしまう」という意味であった。(中略)

(メフィストの弾くヴァイオリンの伝承は)フランツ・リストの心を捉えた。(中略)彼はただちに(レーナウの記したファウスト伝承で、メフィストがヴァイオリンを弾く)「村の居酒屋」のシーンをオーケストラの曲にした。(中略)この村の居酒屋はリストのオーケストラ音楽の傑作で極めて面白い。本人もそう思っていたらしく、これを多くの人に聴いてもらうべく、ピアノに編曲した。題して、メフィスト・ワルツという。(中略)彼はその後にもうひとつ、「メフィスト・ワルツ第2番」なるものを作曲し、同様にピアノに編曲した。さらには70歳の声を聴いてからも、なおこの悪魔が人をたぶらかすテーマに執着をみせ、「メフィスト・ワルツ第3番」と「メフィスト・ポルカ」というピアノ曲を書いたのであった。その様子は、まさにレーナウのメフィストがリストに憑りついたかのようであった。リストの耳には、村の居酒屋で弾く悪魔のヴァイオリンの音が生涯に渡ってつきまとっており、折に触れてそれが聴こえてきたのだろうか。

そもそもリストにメフィストを紹介したのはベルリオーズである。彼の有名な「幻想交響曲」の終楽章は「サバの夜の夢」と題されているが、このサバとは土曜の夜の魔女達の集会を言う。ゲーテの「ファウスト」の「ワルプルギスの夜」の章はそれに対応するものである。(中略)

(幻想交響曲の)初演の前日の12月4日、どういうわけか白面の青年フランツ・リスト(19歳)がベルリオーズ(26歳)を訪ねてきた。これがリストとベルリオーズの初対面となる。(中略)ベルリオーズは言う。

「その(幻想交響曲初演)演奏会の前日、リストの訪問を受けた。彼とはそれまで会ったことはない。私はゲーテの「ファウスト」の話をした。彼は実はまだ読んでいないと言ったものの、まもなく私と同様にこの本に夢中になった。私達2人は大いに共感するところがあった。以来、私達の間の友情は深さを増すばかりであった。彼は翌日の演奏会にも来てくれて、熱心に拍手をし、それによって一般の聴衆を煽ってくれた」(ベルリオーズ「回想録」)(中略)

ベルリオーズの回想録を信じるとすれば、リストに、ファウストとメフィストフェレスの物語の面白さを吹き込んだのはベルリオーズ本人だということになる。そして「幻想」の初演の日、終楽章の「ワルプルギスの夜」の奇怪さを味わったリストはその影響を受ける。

ベルリオーズのファウスト狂いは既に「幻想」の3年ほど前から始まっていた。彼はどこに行くにも「ファウスト」を抱えていてむさぼり読んだというが、その本は(幻想作家である)ベール・ド・ネルヴァルによるフランス語訳であった。(中略)ゲーテ自身にも褒められたというネルヴァルのフランス語訳は当時評判となり、(当時の西欧クラシック音楽の中枢であったパリのサロンなどにおいて)多くの人に読まれ、影響を与えた。ネルヴァルによれば、夢は「目に見えぬ世界と我々の間にある象牙の扉を突き破る」のを助けてくれるものである。そうした彼の世界はファウストとメフィストの世界に通じるものがあったであろう。(中略)

青年期になるや、彼(フランツ・リスト)の周りには女性が蝟集してきた。一つには彼の超人的演奏の魔術にかかった女達、また一つには彼の容姿に魅せられた女達。彼は終生パガニーニと同様のすらりとした長身を保っていたが、その姿には一種のオーラがあり、リストに見つめられると女達はふらふらと寄っていってしまうと当代の作家が書いている。その生涯にリストと袖触れ合った女達の数は誰も数えることができない。バイエルン王やスペイン王を始め多くの王侯の寵妃としてスキャンダラスに有名だったロラ・モンテスもその1人だったし、23歳でこの世を去り、デュマ・フィスとヴェルディのおかげで永遠にこの世に名を残すことになった「椿姫」マリー・デュプレジもあるときリストと結ばれていた。(中略)

1837年(27歳)に始まった彼のヨーロッパ旅行は、パガニーニの去った後の「魔術的天才」としての彼の名を高めることになった。(中略)二週間に10回もコンサートを行うほどの盛況ぶりで、彼を一目見たいと思う(女性)聴衆は引きもきらなかった。女達はひしめき、彼の前にひざまずき、彼の身体に触ろうとした。また彼の演奏がクライマックスに到達すると、何人もの女が昂奮のあまり失神してしまうのだった。演奏会の依頼は山積みし、捌ききれないままに、リストは英雄として、魔王として、栄光の座の陶酔のうちに旅から旅への暮らしを続けた。(中略)

不思議なのは、リストが「村の居酒屋」のメフィストフェレスとその(官能に訴え人々を発情させる)魔力を持つワルツ(の作曲、官能的な音楽の作曲)に憑かれたように熱中するのは、(あらゆる女性達と果てしない官能に耽った)名人演奏家時代ではなく、それ(女色)を捨てて神に帰依することを決意した後のリスト(晩年のリスト)であることである。(中略)(ファウスト伝承において)メフィストはそのヴァイオリンを使って人々を(官能の)呪縛にかけ、その中でファウストによる村娘の誘惑という悪事が成立する。ここに神はなく、悪魔の完勝がある。なぜ、リストはそんな一編の詩に心奪われ、20年に渡って未完の第4ワルツも含めて5回もそれを取り上げるほどの執心ぶりを示すのだろうか。しかも、その間にリストは(女色を断って)神の道を志し、聖職者として叙品されているのである。(中略)

(ファウスト伝承におけるヴァイオリンの響きには)直接的な官能性がある。それも見る限りリストに、(悪魔メフィストが弾く、官能を喚起する)幻のヴァイオリンの音が取り憑き、この鋭敏な天才の耳から(神に帰依した後も)終生離れなくなったとしてもおかしくはない。ヴァイオリンには、既にフィドルやガイゲという言葉に見た通り、「人を乗せる」働きがあり、リストといえど呪縛から抜け出ることはできなかったのである。(中略)

(悪魔と呼ばれた伝説的ヴァイオリニスト)パガニーニの演奏は人の心を奪った。人の心を奪うという行為は(西欧において)悪魔の仕業である。「魅力」とか「人の心を虜にする」というのに英語で「charm」(チャーム)とか「en-chant」(エンチャント)という言葉を使うが、いずれもそれは「魔法をかける」という言葉と同根のものである。ヨーロッパの他の国の言葉も同じである。つまり人々は何かに心を奪われたとき、「悪魔にやられた」と思ったのである。その意味では会場を感動と涙の渦にして去ってゆくパガニーニはまさに悪魔の化身であった。

パガニーニの少年時代のことは、多くの貧乏人の子と同様で、断片的にしかわからない。ましてや彼はキリスト教徒ではあったが、差別されていたユダヤ人の子であったからよけいである。はっきりしていることは、ある日パガニーニの父親が息子が音楽好きなのに気付いて、この子に音楽教育を授けて飯の種にしようと思い、手近なところでヴァイオリンはどうかと、買って与えたことである。(中略)ニコロ少年は突然変異で生まれたような天才児で、稀に見る音楽的感受性と、俊敏でしなやかな指と運動神経を兼ね備えていた。(中略)

ジェノヴァを通りかかったフランスの有名なヴァイオリニストのロドルフ・クロイツェル、のちにベートーヴェンからクロイツェル・ソナタの献呈を受けるクロイツェルは、たまたまディ・ネーグロ侯爵の晩餐会に招かれ、席上、ニコロ・パガニーニという12歳の少年の演奏を聴いた。(中略)(演奏を聴き、クロイツェルはこう言った。

「まるで悪魔の幻影を見ているようだ」

おそらくこれがパガニーニが悪魔と呼ばれた最初の記録であろう。(中略)

1805年、(それまでは貴族の未亡人の音楽教師兼愛人としてのんびりとした生活を送っていた)22歳のパガニーニは夢覚めて再び(音楽演奏という)嵐の世界に戻ってきた。(中略)パガニーニが悪魔であるという評価はロッラやクロイツァーという専門家のものではなく、(一般聴衆に)更に広がってゆく。

「パガニーニは悪魔と契約したらしい」
「パガニーニが悪魔を連れているのをみた」
「パガニーニが演奏するとき、悪魔がステージの横に立っていた」
「パガニーニが演奏するとき、彼の背中の後ろから三本目の腕が出て演奏していた」(中略)

西欧社会の「魔女裁判」は実際に17世紀の終わりまで行われていた。(西欧社会を支配する規範である)キリスト教は神に弓ひくものとしての悪魔の存在を認めていたから、「誰それに尻尾が生えているのを見ました。あれは魔女に違いありません」といったぐあいに訴え出れば、訴えられた者は教会の審判に掛けられ、クロと判定されると火あぶりなどの刑に処せられ、財産は没収されてしまうのである。悪魔に魂を売って望みを叶えてもらう、つまり悪魔と契約する話は「ファウスト」以下、民話の種にことかかない。ファウストはメフィストと「連れたって歩いている」のでるし、それから言えば、パガニーニが演奏するときに悪魔がステージの横にいたとしても少しもおかしくない。まして、当時の証明は蝋燭であるから、今よりずっと薄暗いし、後ろの壁に映るパガニーニの影が悪魔に見えたとしても仕方がない。

しかし、22歳の悪魔パガニーニはまもなく演奏の世界から姿を消して男妾の世界に戻ってしまう。今回新たにパガニーニに夢中になった女はナポレオンの妹のエリーザであった。(中略)(ナポレオンから爵位と領土を与えられた)エリーザはこの年28歳、美人でひどく気位の高い女(既婚)だったが、自ら芸術のパトロンを以って任じ、ルッカの領主に治まるとすぐに小型の宮廷オーケストラを作った。そして折からルッカに滞在中のパガニーニに目をつけ、彼を宮廷付きのマエストロとして雇った。(中略)

エリーザは兄に似て「余の辞書に不可能の文字はない」という血を持っていた。例えば、あちこちに別荘を建てたが、その中のひとつマッサのヴィッラの近くにカトリックのカテドラル(大寺院)があった。彼女はその建物があるため「眺望がわるい」といって、カテドラルを取り壊させてしまった。この(情熱的で我がままで血気盛んな女性である)エリーザが、すらりと背が高く、若くて男前のパガニーニに一目で惚れこんだのだからたまらない。話は一瀉千里である。パガニーニ自身も「僕も若者として当然のように悪いことを享受した」と書いている。エリーザ公妃はパガニーニにヴァイオリンを弾かせながら人前で失神してしまうほど感受性が強かった。こうした女との情事は大変なように思えるが、パガニーニも無類の女好きであったから、ほぼ3年に渡り公妃の夜のお相手を務めることになった。(中略)エリーザの夫の侯爵はナポレオンのおかげで成り上がったようなものなので、その妹である妻の乱交に異を唱えなかった。一方(リストと同じく無類の魚色家であった)パガニーニの方は公妃の相手をするかたわらで宮廷の他の女達にも手を出していた。(中略)

最後は「バラの騎士」の元帥婦人よろしく、(エリーザ以外の色々な女にもうつつを抜かしているパガニーニから)エリーザは身を引く気になり、折から宮廷楽長としての三年の満期も近いこともあり、彼女は「いつでも復職させる用意がある」という言葉と共にパガニーニを解放し、長いこと本人の希望していた北イタリアの演奏旅行に送り出してやった。1808年のことである。エリーザはその際に多くの紹介状とともに、トリノにいる実の妹ボルケーゼ大公妃ポーリーヌ宛の紹介状をパガニーニに持たせた。(中略)

(次にパガニーニを愛人として囲うことになる)ポーリーヌは(彼女の裸体をモデルに彫刻した)カノーヴァの彫刻に見るとおりの肉感的で豊満な美女であった。(中略)(カノーヴァの彫刻制作は)ちょうどパガニーニの訪れてきた頃であり、カノーヴァのモデルになって裸でポーズをとったポーリーヌを、もしかしたらパガニーニはその席に侍って彫刻家と一緒に眺めていたかも知れない。(中略)

ポーリーヌはひどく好色で、次から次へと男を変えることで以前から有名であった。彼女は姉からの紹介状を持って現れたパガニーニを見ると一目で夢中になってしまった。彼女はただちに宮廷楽長ブランジーニを首にすると、代わってパガニーニを雇い入れた。それによって、姉のエリーザ公妃から解放されたばかりのパガニーニは、今度は妹のポーリーヌの愛人になってしまったのである。世間は広いといっても、ナポレオンの妹(エリーザ、ポーリーヌ、2人とも世界史的美女で有名)を2人まで愛人にしたのはパガニーニだけではあるまいか。彼のヴァイオリンが悪魔のように人の心を捉えたばかりでなく、彼自身の存在が悪魔のように女達を捉えたのであろうか。ポーリーヌのパガニーニに対する可愛がりようはたいへんなもので、夜中でも自分の部屋に呼び寄せ、(寝物語に)時には故郷の民謡をパガニーニに弾かせるので、否応なく2人の仲はおおっぴらに宮廷中に鳴り響いてしまう。(中略)

(パガニーニは、エリーザ、ポーリーヌなどの世界史的美女や貴族の女性達の間を渡り歩きながら、ヨーロッパ中での演奏で名を高めて行き)メンデルスゾーンの師であり、ゲーテと親交のあったカール・フリードリヒ・ツェルターはベルリンから老境のゲーテに当ててこの魔法の演奏家のことを報告している(1829/5/5)。

人間の持っている可能性には驚くばかりです。彼の演奏はまさに彼の思いのままの域に達しており、ヴァイオリンの名人達にも全く理解できないしろものです。彼の存在は音楽以上のものです…

80歳のゲーテはツェルターのこの手紙を見て何を感じただろうか。メフィストフェレスが人間をたぶらかす場面を思い起こしただろうか。

晩年のパガニーニは大金をヴァイオリンのケースに入れて持ち歩き、ケチの見本のように言われているが、それは単なる俗衆のやっかみ半分の噂に過ぎない。実際パガニーニは金儲けも天才であったが、金離れも見事なものであった。彼がビアンキという女と手を切るために景気良く金を払う場面は既に見たが、その女にはのちに遺言によって年金を追贈しているのである。これまでもあちこちで(社会福祉の為の)慈善演奏会を開いていて、収入を全て寄付してきたが、ベルリンの聴衆が熱狂的なのを見て、金が集まると踏んだのか、彼はなんと三度も(ベルリンで)慈善演奏会を開くことになった。まずは3/25、盲人施設のために、ついで4/6、貧民救済のために、最後はプロイセン東部の洪水救済のために、それぞれコンサートを開いて収入の全額を寄付したのであった。(中略)

彼はあちこちで銀行に預金して送金していたが、なにしろ一夜の演奏会で巨額の売上金を手にするので、金貨がいつもザクザクと唸っていた。(当時は金融ネットワーク業が発達していなかったため)預金する銀行がないときは、それをヴァイオリンのケースに入れて歩く。それを見て、人はパガニーニが全財産をヴァイオリンのケースに入れて持って歩くと噂する。パガニーニはしっかり金を握って離さない男、天下のケチという評判が立つ。(中略)

(パガニーニはヨーロッパ中を演奏して回りながら)ゲーテを訪問した。9/29のことである。ゲーテの日記にはこう書かれている。

「夜遅くなってパガニーニが(お付の)少年や連れの人と訪ねてきた。まことに見事な幽霊だ」(中略)

(その後のパガニーニの演奏会に)80歳のゲーテがおり、こう評した。

「パガニーニはナポレオンのように、この宇宙に存在する悪魔的要素のようなものを身につけているが、そういった要素は一般的にいって、芸術家の間では画家よりも音楽家の間に見ることが多い」

さすが「ファウスト」の作者である。彼はパガニーニのアクロバットの中ではなく、彼自身の存在の中に悪魔を見ることができた。そして、いつぞやのパガニーニの印象を知らせてきたベルリンのツェルターに宛てた手紙で、パガニーニのことを「炎と雲の柱」と呼び、「私の耳に入ったものの全ては流星のようであったので、私には説明がつかない」とも言っている。(中略)

後編に続きます。

魔法少女まどか☆マギカとクラシックと魔術師。キュゥべえとヴァイオリンとクラシックの深い関係。魔術師ハイフェッツ。(後編)
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/1429047.html

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