2010年12月24日 19:20

吾妻ひでお「漫画家残酷物語」、西尾維新「作家極楽物語」。悲惨な漫画家と恵まれた作家の待遇の違い。

失踪日記
うつうつひでお日記 DX (角川文庫 あ 9-2)
地を這う魚 ひでおの青春日記

吾妻ひでおさんが漫画家の大変さを描いた部分の引用が話題になっていますね…。まさに「新・漫画家残酷物語」…。西尾維新さんが作家が如何に気楽で儲かる商売か書いた「難民探偵」での売れっ子作家の優雅な生活描写と全く対極過ぎて、なんとも…。西尾維新さんが著書「難民探偵」で、おそらくは自分の生活をモデルに、儲かりまくる作家の優雅な生活を露悪的に述べた部分を引用いたしますね。

「【漫画家】 大ヒット漫画家が、秋●書店の糞っぷりを暴露」
http://alfalfalfa.com/archives/1774754.html

西尾維新「難民探偵」より引用

「作家って奴は、売れてしまうと必ずといっていいほど、人格が崩壊するんだってさ。(中略)(作家が恵まれた環境の中で儲かり続けるのは)コストパフォーマンスの問題でさ。(作家は)最小の個人事業主だから人件費はゼロだし、事務所に雇われているわけでもない。アシスタントだっていないから取り分は丸々自分のものになる。こんな条件の下で売れてごらんよ。価値観がひっくり返されるようなひどいことになる。一億とか十億とか稼いじゃって、しかも周囲から先生扱いだ。おかしくならない方が異常だよ」(中略)

「人を雇わなくていいというのは、確かに利点かも知れませんね。なんだかんだで、経済活動で一番高くつくのは人件費だと聞いたことがあります。(中略)同じ作家でも、漫画家だったらアシスタントを雇わなければなりませんからね」

「そう。漫画家のメインストリームは週刊連載だというのがキツイ。あれは物理的な仕事量として、一人じゃ無理だろう。そこへ行くと小説家の締め切りなんて、あってなきがごとしだからね。雑誌連載でさえ破り放題らしいよ。ましてや書き下ろしをやという感じで――まあ、注釈しておくと、そんな変わった制度を持つのは日本くらいだそうだけどね。海外じゃ、ちゃんと契約書を交わして、締め切りどおりに仕上げないと、きっちり違約金を取られるそうだ」

日本の出版界には、契約という概念が希薄だということは、証子も聞いたことがあった。口約束が全てなのだそうだ。出版社と作家の信頼関係で成り立っているといえば聞こえはよいが、単にルーズなだけともいえる。(中略)

「あと、漫画と比べて活字は、ロングセラーが生まれやすいという利点はあるかもね」

「ロングセラー?」

「古びにくい、ということさ。四十年前の漫画は、それはそれで面白いけど、もう『名作』という視点でしか読めないだろう?世間で言われるような往年の名作漫画を今の小学生が楽しめると思うかい?アニメやドラマや映画も然り。(中略)(小説は)――百年前の小説が、余裕で読める。売れるものはいつまでも売れる。これが意外と大きい」

「ああ…消費者よりも作品自体の寿命の方が長いというのは、確かに大きいですね。音楽なんかもそうですけど…あれは関わってくる人数も多いですしね」

証子はうなずいた。

「つまり、(作家は)仕事自体がルーズなシステムの上になりたっていて、しかもコストパフォーマンス的にありえない稼ぎが出てしまうゆえに、その費用対効果のバランスの悪さゆえに、人格的に壊れてしまうということですか?」

「平たく言えばね。バランスが狂い、人格が狂う。(中略)(作家は恵まれすぎてて)幸せに思うべきなのかもしれない。壊れられるような流行作家になれたことを――(作家は環境が恵まれすぎてて壊れるというのは)そもそも贅沢な悩みだよ」
(西尾維新「難民探偵」)

なんとも…。最後に言われているように、作家の待遇が恵まれすぎてて壊れるなどというのは、贅沢極まりない悩み、そのような悩みに耽りたいと思う人々が大勢いるであろう、非常に幸福な境遇な訳でして、吾妻ひでおさんの描く、漫画家の忙しすぎる&編集者との軋轢に悩む悲惨な生活とはあまりに違いすぎて絶句です…。作家って、本当に良い恵まれた生活をしているんだな、その生活の一部でも、大変な生活をしている漫画家に分けてあげればいいのにと思わずにはいられません…。

あと、話変わって余談ですが、西尾維新氏の「難民探偵」、小説としてもミステリとしても物凄く評価低いですが(amazonレビューも厳しい)、これはメタ小説で、わざとこう書いたのではないかなと思いますね。西尾維新氏が自分自身をモデルとしているであろう、この小説内登場人物の作家は、もう売れっ子作家として功成り名を挙げており、一生遊んで暮らせるだけの莫大なお金を稼ぎ名声を手に入れていることで、作家としてのモチベーションが限りなく下がっており、もう作家としてのやる気がなくなりかけているんですね。たぶん、西尾維新氏の作家としての心情の素直な露吐なんじゃないかなと…。そう読むと、作家はあまりに環境が恵まれすぎてやる気が無くなるということが、この小説の一つのテーマですから、それを小説の出来ということで表した、新しいタイプのメタ小説なのかなと一読して思いました。あとは、わざとひどい小説を書くことで、一度売れっ子作家になればネームバリューだけで作品の質は問われずいくらでも売れ続ける状況に抗議を示したのかなと…。

「功成り名を遂げちゃったからねえ。今じゃあいつは、交通事故にでもあわない限り、(ネームバリューで本を出せば売れ続けるため)小説を書けなくなるステージに落ちない」

とっくの昔に一生分稼いじゃってるからねえ、と根深。(中略)

「近々作家自体を辞めちゃうんじゃないかと思うよ」
(西尾維新「難民探偵」)

しかし、売れっ子作家さん(おそらくは西尾維新さん自身)のこの悩みは、なんとも贅沢な悩みですね…。「自分は売れっ子作家として莫大な金も名声も何もかも全てを手に入れた。全てを手に入れた結果、作家としてのモチベーションが下がってしまったことが悩みだ」という贅沢すぎる悩みは、僕のように生活苦で明日も知れないほど生活に困っている貧しい立場からは、あまりにも共感不可能な上に、非常に羨ましいとしか言いようのない悩みで、なんともいいようのない絶望的な感覚に教われましたよ…。同じ地球上に生まれてここまで質の違う悩みが存在するのかと、そのことに深い苦悩を覚えましたよ…。この作品はことごとく低評価なのは、この作品のテーマである「売れっ子作家の悩み」というのは、悩みというより、「売れっ子作家の鼻持ちならない自慢」にしか聞こえないというのが間違いなくあるでしょうね…。この売れっ子作家は、使い切れないほど儲かったお金を社会のために役立てようとか、そういう発想は欠片もないのもどうかと思いますし…。吾妻ひでおさんが描く漫画家の悲哀に満ちた苦悩(こちらには共感できます)とは、あまりにも大違い過ぎる…。閑話休題。

難民探偵 (100周年書き下ろし)
難民探偵 (100周年書き下ろし)

漫画家と作家の大きな違いの一つとしては、編集者の態度や編集者の作品への介入の度合いが、漫画は非常に大きく、礼を失していることがあるということはよく言われていますね…。小説に対して編集者が「女の子の裸のエロティックなシーンをてこ入れのために入れろ」とかいうことは考えられないですが、漫画においては編集者はそういうことを平気で言ってくるということはよく聞きます。

編集者の漫画家への無礼や漫画への介入は、特に名門大手の出版社ほどその傾向が強いと言われていて、小学館の漫画編集者とか悪い話ばかり耳に入ってきます…。大手企業の編集者の多くは、漫画が好きで漫画編集になるのではなく、大手企業のエリート社員の一人として漫画編集の仕事に携わるため、『活字信仰』や『学歴信仰』を持っているエリート気質の人が多く、作家のことは『活字を書く先生』として尊敬するが、漫画家のことは『絵を描くセンセイ』として下に見ているという話は聞きます。僕の大好きな漫画家の楳図かずおさんは、小学館の漫画編集者に徹底的に侮辱されて、そのことで、「14歳」以降、実質的な断筆に追い込まれましたし…。こういう漫画差別は絶対に許せないなと思いますね…。

ウィキペディア「楳図かずお」
1995年に完結した『14歳』以後、漫画は休筆中。理由には長年の執筆による腱鞘炎が悪化したことと、「14歳」連載時、新任編集者に、ゲンコツを描いた紙を持ってこられ「手はこう描くんですよ」と言われたとされることから始まる小学館との関係の悪化が挙げられる。1971年『おろち』執筆以降、小学館の諸雑誌を主な発表の場としてきた楳図にとって、こうした扱いは許しがたいものであったと想像される。楳図はこの事件を単に新任編集者一人の性格の問題とは見ず、芸術志向の作品を描いてきた自分に対する、出版社の商業主義的な圧力と見てとったようである。

今、出版業界を支えているのは、小説よりも、遥かに漫画に功績があるわけで、編集者の人々は、漫画家さん一人ひとりをもっと尊重する姿勢で漫画作りを行って欲しいと、漫画が大好きな漫画読みの一人として、心から願います…。

最後に余談ですが、漫画家の描く漫画家生活漫画は、吾妻ひでおさん(ひでおの青春日記、うつうつひでお日記は傑作です!!)を始めとして、悲哀とペーソスがあって、それ自体が漫画として面白くて好きですね…。漫画家生活を描いた漫画としては、藤子不二雄「まんが道」、唐沢なをき「まんが極道」(まんが道と永島慎二「漫画家残酷物語」のパロディ)をお勧めします。面白いですよ。吾妻ひでおさんも藤子不二雄も唐沢なをきも、みんな、描線がまるっこくて柔らかく、キャラクターも柔らかさを持っていて、それが、上手に『漫画家としての苦しみ』という毒の描写を柔らかに昇華していますね…。こういった芸当は、小説には決して出来ない、漫画だけができる凄さだと思います。文字で『出版界』という毒のある世界を描写すると、先の西尾維新さんの文章や筒井康隆「大いなる助走」のように、どうしてもどこかギスギスしてしまいますが、漫画は絵柄で、それを柔らかくほわっとさせることができますね…。漫画編集者を描いた漫画では「編集王」がとても面白くてお勧めです。

「まんが極道」漫画の業に、詩の業に、取り憑かれた青年たち

あちこちの出版社に持ち込みを続ける漫画少女。ついには掲載を目指して「枕営業」をするようになる。それでも漫画家として芽が出ない。(中略)「まんが極道」は、これを読むと息苦しくなるという漫画家が多い。むろん、漫画という業に取り憑かれた青年たちの姿が辛辣かつ赤裸々に描かれているからだ。ただし、そんな業と無縁な人には、楽しく笑いながら読める。当の唐沢なをきがこれを笑いながら描いているのか、嗚咽をこらえ涙をぬぐいながら描いているのか、興味が沸くところである。
(呉智英「マンガ狂につける薬 二天一流編」)

まんが極道

まんが極道 1 (BEAM COMIX)
まんが極道 1 (BEAM COMIX)

参考作品(amazon)
失踪日記
逃亡日記
うつうつひでお日記 DX (角川文庫 あ 9-2)
うつうつひでお日記 その後
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吾妻ひでお作品一覧

唐沢なをき「まんが極道」

藤子不二雄「まんが道」

永島慎二「漫画家残酷物語」

難民探偵 (100周年書き下ろし)
マンガ狂につける薬 二天一流篇
編集王 全16巻完結(BIG SPIRITS COMICS) [マーケットプレイス コミックセット]
大いなる助走新装版(文春文庫)

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