2010年08月26日 23:04

久慈光久「狼の口 ヴォルフスムント」。白土三平イズム溢れる優れた歴史漫画の予感です。

狼の口 ヴォルフスムント 1巻 (BEAM COMIX)

昨日、傑作漫画「進撃の巨人」をご紹介させて頂きました。この作品を知ったのは、ネットでの評判によるものなので、そのお礼も兼ねて、今のところマイナーだけれど、とても面白い現在連載中の漫画をご紹介させて頂きますね。エンターブレインの雑誌「fellows!」に連載中の久慈光久さんの漫画「狼の口 ヴォルフスムント」です。

この漫画を読んで驚いたのは、これって西欧版カムイ伝、西欧版忍者武芸帳なんですね。蘇る白土三平イズムを感じて感動致しましたね…。緻密で丁寧な歴史考証の上に、歴史の中で翻弄される人々の苛酷な運命を容赦なく無常に描きます。白土三平さんの作風に通ずるものを感じましたね…。岩明均さんの漫画なんかにもこれがありますね。

夏目房之介さんが著書の中で書いていますが(現在手元に図書がなく、書名が出せずに申し訳ありません)、白土三平漫画の特徴は、物凄く登場人物を突き放して書いている、作者が登場人物と距離を取って書いているところにあるんですね。どういうことかと言いますと、普通の漫画だと、誠実で勇敢な主人公とか、可憐で凛々しいヒロインとか、魅力的で重要な登場人物がいきなり死ぬとかないんですよ。物語全体が作者の見えざる手に動かされていて、その手は往々に勧善懲悪ですから、正しき良き魅力的なキャラクターは、ずっと活躍するか、例え死ぬにしても、物語上の要請の上で重要な役割を担う死に方をする。いわば、物語のメインが、『登場人物』にある。

白土三平さんの漫画の場合、これが物凄くあっけなく死ぬんですね。誠実で勇敢な主人公とか、可憐で凛々しいヒロインとかであっても、いきなり予想外に次のページで惨殺されていたりする。登場人物が物凄く突き放されて描かれていて、作者の見えざる手による救済がない。そこに、白土イズムとでも言うべき、異様な感じ、どんなに優れた人間であっても、歴史の大きな流れの中では無力であるという、『歴史』の感覚が生み出されてくる。いわば、物語のメインは登場人物ではなく、『歴史(その物語の流れ)』にある。

「狼の口 ヴォルフスムント」、物語は14世紀アルプス山脈を舞台に、苛酷な圧政を行う占領者ハプスブルグ家に対し、その圧政からの自由を勝ち取ろうとするウーリ、シュヴァイツ、ウンターヴァルデン(スイス連邦)の抵抗(レジスタンス運動)を描きます。まだ第一巻ですが、その歴史ドラマは重厚にして骨太な感があり、今後の展開が期待されます。そして何より、その展開は、物凄く、容赦が無い。歴史物語として、これは非常に優れたる点、傑作を予感させます。

本作の第一巻の第一話を読んでぶっ飛びましたね。『ああ…これはなんと白土イズムの正統なる後継者であることか!!』と思いました。ぜひ先入見なしに読んでぶっ飛んで欲しい漫画です。山田風太郎さんの忍者小説もそうですが、歴史の流れの中で、どんなに魅力的なキャラクターであろうと、全く無慈悲に、容赦なく死ぬ。そこが、他の作品には無い、強烈な、『歴史の流れ』のインパクトを与えてきて、こういう作品、僕はとても好きですね。そこには人間を俯瞰的に眺めることのできる強さがある。こういう強さがあってこそ、歴史物語というのは描けるんだろうなと思いますね…。

本作「狼の口」、お勧めです。白土三平イズムを見事に現代に蘇らせたという感じですね。おそらく作者さん自身もそれを意識している(第二話でくのいちとしか言い様のないっぽいヒロインが出てきて、白土三平や山田風太郎を彷彿とさせるくのいち的な活躍をして最後を遂げるところとか)と思いますが、とても上手く行っていると思いますよ。現代の作品は、「登場人物」偏重が多いので、本作のような「歴史」がメインの作品は新鮮です。

きょう生ある者も、あすいずこの荒野に己の屍をさらすともしれぬ戦国の世。たとえそれが、物語の主人公であっても、その宿命を逃れることはできない。
(白土三平「忍者武芸帳」)

参考作品(amazon)
狼の口 ヴォルフスムント 1巻 (BEAM COMIX)
カムイ伝全集―決定版 (第1部1) (ビッグコミックススペシャル)
忍者武芸帳影丸伝 (1) (小学館文庫)
甲賀忍法帖 山田風太郎忍法帖(1) (講談社文庫)
雪の峠・剣の舞 (アフタヌーンKCデラックス)

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