2010年05月27日 21:55
かーずSP電車エロゲ問題。全面的に訂正。
このエントリ、全面的に訂正いたします。ごめんなさい。下記の訂正エントリを読んで頂けると助かります。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/1181820.html
道化の民俗学 (岩波現代文庫)
大手ニュースサイト「かーずSP」管理人にして、芸能活動も行っている芸能人オタクライターのかーずSPさんが、「電車の中でエロゲをプレイした」と告白したことが、かーずSPさんはマナー違反だ!と責められて問題になっているみたいですね…。どうして問題になるのか不思議です。僕は「かーずさんなら仕方がない!」という擁護意見に心から同意しますね。かーずSPさんは痛いオタクを演じるお笑い芸人(道化)なのですから、お笑い芸人が行ったお笑いの為の活動を、厳しい公共道徳的観点から批判するのはどうかと思います。かーずSPさんのような、みんなの笑いのために自虐的に身体を張るお笑い芸人さんは大切に寛容に扱われて欲しいと思います。それは社会においてユーモアを許容するゆとり、寛容ではないでしょうか。
かーずSPさんの芸能活動を見れば分かるように、彼は「痛いオタク」のキャラクター(素じゃなくて、自分で作っている痛オタのキャラクター)のイメージを全面に出して色々な芸能活動をするのが独自の芸なのですね。これに怒るのはお笑い芸人の芸が下品すぎて許せない!って怒るのと同じようなことだと思います。これが封じられたらかーずSPさんは「痛いオタク」を売りにした芸能活動ができなくなってしまう。芸人の芸を、素の公共道徳に絡めて批判するのは上手くないなあと。芸人の芸としての行動と公共道徳はある程度は別々に考えるべきだと思います。そうしないと、世の中、つまらなくなってしまいますよ…。
勿論、芸人の芸の許容にも限度はあります。けれど、芸人の芸能活動というのは、大昔から、一般的な公共道徳の枠をある程度は拡大して乗り越えることが許される、通常なら「不道徳だ」とされることを敢えてやることで、社会にユーモアを齎す役割を担うことを許されている活動なのです。それは、芸人のこういった活動は、「敢えてやる自虐ネタ」としてのメタ的な要素(自らの行動に対する自省的要素)を持っているからです。今ではすっかり世界的映画監督の大御所として振舞っているビートたけしさんの過去の芸能活動なんか、不道徳なものだらけでしたよ。かーずSPさんは痛いオタクを演じる芸人なのですから、今回くらいの芸は、許容されて然るべき範囲の行いだと僕は思います。
かーずSPさんが今回「電車内でエロゲなう」とツイッターに投稿してその画像を上げたことは、ネットに面白いお笑いのネタを自分の身を張って提供するという、お笑い芸人かーずSPさんならではの渾身のギャグネタなわけでして、「流石かーずSPさん!お笑いの為に体張ってくれてる!」と僕は内心で快哉を叫びましたね。普通の人なら恥ずかしくてとてもできないことを敢えてやることで、「痛いオタクは羞恥心もマナーも持たない、本当に最低の屑なんですよ〜!!」ということを、身体を張って自虐的に表現し、それがユーモア(笑い)を生んでいる。かーずさんを責めている人達は、笑いの為に身体を張って自虐ネタを披露しているお笑い芸人を責め立ててどうなるんだと思いますね。そんなの、とても無粋な、つまらないことですよ。
今回、かーずSPさんを責め立てている論は、「かーずSPさんは公共道徳に反している」という意見が大勢を占めていますが、かーずSPさんは、「痛いオタク」というイメージで芸能活動をしているんですよ。かーずSPさんは、身体を張って痛いオタク的行動をして、『かーずSPって、本当に最低の屑だわ!』と言われることが最高の褒め言葉である(エロゲにおいて「本当に最低の屑」とはエロゲ「姫騎士アンジェリカ」から来ている褒め言葉として扱われています)、自虐的なお笑い芸人さんであることを考えるならば、彼は大きな意味で公共道徳に反しているとは言えないと思います。かーずSPさんが、自らの行動に意図的なお笑い芸人であることはもっと加味されるべきかと…。
あと、僕としてこの一報を聞いて一番思ったことは、
どき魔女を電車でプレイすることに比べればたいしたことはない(キリッ
僕はどき魔女に嵌っていた頃、空いている電車の中でどき魔女プレイしてみようかと思ったことはありますが(お笑いのネタではなく、実際にプレイしたかったので)、実際にはそれはどうしても恥ずかしくてできなかったですね…。電車のなかでエロゲとかギャルゲをプレイするということは、公共道徳がどうとか言う前に、多くの人々にとっては、恥ずかしくてできない行為だと思うんですね。それを、みんなの笑いのために勇気を出して『敢えて行った』かーずSPさんに、僕は心からの感動を覚えました。こういう『みんなの笑いのために自虐的に身体を張るお笑い芸人さん』はもっと大切に寛容にされるべきだと思います。そうしないと、社会がつまらなくギスギスしたものになっちゃいますよ…。
ただ、最後に重要なことを一言付け加えるとしたら、かーずSPさんが電車内でエロゲをしたことで、実際にその電車に乗り合わせて、不愉快になった人がいたら、その人は、かーずSPさんに抗議をする権利が充分にありますし、抗議してもよいし、その抗議はちゃんと扱われるべき正当性を持った抗議である、これは忘れてはならないことだと思います。
ただ、今現在、かーずSPさんを責め立てている人達は、かーずSPさんと電車内に乗り合わせた人達ではないですよね…。公共道徳を盾にかーずSPさんを責め立てる人々に、かーずSPさんの行動はみんなの笑いのために痛いオタクを演じるお笑い芸能活動であるということも、考えて欲しいですね…。勿論、公共道徳は大事ですが、芸能は、公共道徳をメタ的な視点から揺さぶることでユーモアを生み出す活動であることも、忘れられるべきではないと思うのです。
参考作品(amazon)
道化の民俗学 (岩波現代文庫)
道化の宇宙 (講談社文庫)
文化と両義性 (岩波現代文庫)
トリックスター (晶文全書)
どき魔女ぷらす(特典無し)
どきどき魔女神判!2(Duo)(通常版)(特典無し)
どきどき魔女神判!(1) (チャンピオンREDコミックス)
どきどき魔女神判! (2) (チャンピオンREDコミックス)
どきどき魔女神判2 1 (チャンピオンREDコミックス)
どきどき魔女神判2 2 (チャンピオンREDコミックス)
amazonオタクストア
amazonトップページ
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/1181820.html
道化の民俗学 (岩波現代文庫)
電車内でエロゲなう
http://twitter.com/karzusp/status/14625348738
大手ニュースサイト「かーずSP」管理人にして、芸能活動も行っている芸能人オタクライターのかーずSPさんが、「電車の中でエロゲをプレイした」と告白したことが、かーずSPさんはマナー違反だ!と責められて問題になっているみたいですね…。どうして問題になるのか不思議です。僕は「かーずさんなら仕方がない!」という擁護意見に心から同意しますね。かーずSPさんは痛いオタクを演じるお笑い芸人(道化)なのですから、お笑い芸人が行ったお笑いの為の活動を、厳しい公共道徳的観点から批判するのはどうかと思います。かーずSPさんのような、みんなの笑いのために自虐的に身体を張るお笑い芸人さんは大切に寛容に扱われて欲しいと思います。それは社会においてユーモアを許容するゆとり、寛容ではないでしょうか。
かーずSPさんの芸能活動を見れば分かるように、彼は「痛いオタク」のキャラクター(素じゃなくて、自分で作っている痛オタのキャラクター)のイメージを全面に出して色々な芸能活動をするのが独自の芸なのですね。これに怒るのはお笑い芸人の芸が下品すぎて許せない!って怒るのと同じようなことだと思います。これが封じられたらかーずSPさんは「痛いオタク」を売りにした芸能活動ができなくなってしまう。芸人の芸を、素の公共道徳に絡めて批判するのは上手くないなあと。芸人の芸としての行動と公共道徳はある程度は別々に考えるべきだと思います。そうしないと、世の中、つまらなくなってしまいますよ…。
勿論、芸人の芸の許容にも限度はあります。けれど、芸人の芸能活動というのは、大昔から、一般的な公共道徳の枠をある程度は拡大して乗り越えることが許される、通常なら「不道徳だ」とされることを敢えてやることで、社会にユーモアを齎す役割を担うことを許されている活動なのです。それは、芸人のこういった活動は、「敢えてやる自虐ネタ」としてのメタ的な要素(自らの行動に対する自省的要素)を持っているからです。今ではすっかり世界的映画監督の大御所として振舞っているビートたけしさんの過去の芸能活動なんか、不道徳なものだらけでしたよ。かーずSPさんは痛いオタクを演じる芸人なのですから、今回くらいの芸は、許容されて然るべき範囲の行いだと僕は思います。
かーずSPさんが今回「電車内でエロゲなう」とツイッターに投稿してその画像を上げたことは、ネットに面白いお笑いのネタを自分の身を張って提供するという、お笑い芸人かーずSPさんならではの渾身のギャグネタなわけでして、「流石かーずSPさん!お笑いの為に体張ってくれてる!」と僕は内心で快哉を叫びましたね。普通の人なら恥ずかしくてとてもできないことを敢えてやることで、「痛いオタクは羞恥心もマナーも持たない、本当に最低の屑なんですよ〜!!」ということを、身体を張って自虐的に表現し、それがユーモア(笑い)を生んでいる。かーずさんを責めている人達は、笑いの為に身体を張って自虐ネタを披露しているお笑い芸人を責め立ててどうなるんだと思いますね。そんなの、とても無粋な、つまらないことですよ。
今回、かーずSPさんを責め立てている論は、「かーずSPさんは公共道徳に反している」という意見が大勢を占めていますが、かーずSPさんは、「痛いオタク」というイメージで芸能活動をしているんですよ。かーずSPさんは、身体を張って痛いオタク的行動をして、『かーずSPって、本当に最低の屑だわ!』と言われることが最高の褒め言葉である(エロゲにおいて「本当に最低の屑」とはエロゲ「姫騎士アンジェリカ」から来ている褒め言葉として扱われています)、自虐的なお笑い芸人さんであることを考えるならば、彼は大きな意味で公共道徳に反しているとは言えないと思います。かーずSPさんが、自らの行動に意図的なお笑い芸人であることはもっと加味されるべきかと…。
あと、僕としてこの一報を聞いて一番思ったことは、
どき魔女を電車でプレイすることに比べればたいしたことはない(キリッ
僕はどき魔女に嵌っていた頃、空いている電車の中でどき魔女プレイしてみようかと思ったことはありますが(お笑いのネタではなく、実際にプレイしたかったので)、実際にはそれはどうしても恥ずかしくてできなかったですね…。電車のなかでエロゲとかギャルゲをプレイするということは、公共道徳がどうとか言う前に、多くの人々にとっては、恥ずかしくてできない行為だと思うんですね。それを、みんなの笑いのために勇気を出して『敢えて行った』かーずSPさんに、僕は心からの感動を覚えました。こういう『みんなの笑いのために自虐的に身体を張るお笑い芸人さん』はもっと大切に寛容にされるべきだと思います。そうしないと、社会がつまらなくギスギスしたものになっちゃいますよ…。
ただ、最後に重要なことを一言付け加えるとしたら、かーずSPさんが電車内でエロゲをしたことで、実際にその電車に乗り合わせて、不愉快になった人がいたら、その人は、かーずSPさんに抗議をする権利が充分にありますし、抗議してもよいし、その抗議はちゃんと扱われるべき正当性を持った抗議である、これは忘れてはならないことだと思います。
ただ、今現在、かーずSPさんを責め立てている人達は、かーずSPさんと電車内に乗り合わせた人達ではないですよね…。公共道徳を盾にかーずSPさんを責め立てる人々に、かーずSPさんの行動はみんなの笑いのために痛いオタクを演じるお笑い芸能活動であるということも、考えて欲しいですね…。勿論、公共道徳は大事ですが、芸能は、公共道徳をメタ的な視点から揺さぶることでユーモアを生み出す活動であることも、忘れられるべきではないと思うのです。
参考作品(amazon)
道化の民俗学 (岩波現代文庫)
道化の宇宙 (講談社文庫)
文化と両義性 (岩波現代文庫)
トリックスター (晶文全書)
どき魔女ぷらす(特典無し)
どきどき魔女神判!2(Duo)(通常版)(特典無し)
どきどき魔女神判!(1) (チャンピオンREDコミックス)
どきどき魔女神判! (2) (チャンピオンREDコミックス)
どきどき魔女神判2 1 (チャンピオンREDコミックス)
どきどき魔女神判2 2 (チャンピオンREDコミックス)
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