2009年05月27日 21:27

デッドボールPさんの代表曲「私は人間じゃないから。」を聴いていて、手塚治虫「聖女懐妊」を思い出しました。

EXIT TUNES PRESENTS THE VERY BEST OF デッドボールP loves 初音ミク
時計仕掛けのりんご(「聖女懐妊」収録) (手塚治虫漫画全集 (261))

前回取り上げ、また以前、下記エントリで取り上げましたデッドボールPさんの代表曲「私は人間じゃないから。」を聴いていて、手塚治虫「聖女懐妊」を思い出しました。ちょうど両作品とも同じテーマですね。「聖女懐妊」は手塚治虫漫画全集第261巻「時計仕掛けのりんご」に収録されております。

デッドボールPのベストアルバム「EXIT TUNES PRESENTS THE VERY BEST OF デッドボールP loves 初音ミク」が出ています。良い意味で洋楽的な率直な歌創りをしているボカロ界の優れた先鋭創り手のアルバム、お勧めの一枚です。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/844278.html


本作「時計仕掛けのりんご」の内容をご紹介致しますと、ちょうどデッドボールPの代表曲「私は人間じゃないから。」と同じ、ありえない奇蹟が起こることをテーマにしています。土星の衛星を調査する隊員(人間)のパートナーとして作られた女性型ロボット(人間そっくりに作られたロボットであるアンドロイド)A413289号マリヤが、男性隊員の南川に恋して、本来そのような機能はない筈なのに、南川を愛するようになり、南川は彼女と結婚して初夜を迎えた後、フォボスの刑務所から脱走してきたならず者達に殺されて彼女は奴隷にされてしまうのですが、彼女はその苦難を乗り越え、最後は南川の子供を生むという物語です。ロボットの彼女には人を愛したり、子供を生んだりする機能はないので、それらは起こり得ない筈の聖なる奇蹟として描かれています。

ぬばたまの常闇の彼方
光芒の天漢に懸るあり
ここにチタンなる
星屑のもとにて
男ひとり遥けき故郷を惟る(中略)

南川
「マリヤ……今日はなんだかきれいだぞ。どうしたんだ、いつもと違うようだ。化粧したのか?」

(マリヤ、無言)

南川
「本当に化粧したのか?信じられん……!!ロボットでも化粧するのか?A4級アンドロイドが美しくなりたい欲望を出すなんて……そういう感情はない筈だ」

マリヤ
「今日は地球の1月1日ですしチーフが喜ばれると思いまして………」

南川
「喜ぶとも……素敵だよ……マリヤ…」

マリヤ
「あけましておめでとうございます、チーフ」

南川
「今日はチーフはよしてくれ、ヒロシと呼んでくれ」

(場面転換)

南川
「もうじき七年目だ。……俺はこんなに白髪が増えた。君との見かけの差はどんどん開いてしまう。君はいつまでも若くていいね」

マリヤ
「すみません、この次はもっと年をとったお化粧に変更します」

南川
「気にすることはない。マリヤ一度言おうと思っていたが今言おう。俺と結婚してくれ」

マリヤ
「そんなことは不可能ですわ」

南川
「なぜ無理だ?ロボットと人間の結婚がなぜ悪い?ここ(南川とマリヤだけが住んでいる土星の衛星)は地球じゃない。地球のモラルは通じない。俺達がモラルであり法律なんだ。結婚してくれ。一生君をはなさん」

マリヤ
「それでヒロシさんは幸福?」

南川
「幸福だとも!」(中略)

(初夜後、寝物語に)

マリヤ
「ヒロシ…。神さまってありますの?」

南川
「かつては俺はそんなもの信じなかったよ。そいつは宗教と言われていたんだ。だが宗教同士勢力争いがあって神も仏もキリストも釈迦もマホメットも消えてしまったよ。神なんかいないんだ……信じるのはコンピューターだけだ……と地球では俺はそう思っていたが…この宇宙基地で天体の運行を見守っているうちに…なにか大きな偉大な力が宇宙に働いているということがわかってきたんだ。不可思議な神秘的な謎の力だ。これは「神」の力なんだろうか…俺には分からないよ」

マリヤ
「ねえヒロシ…あたしロボットだけど宇宙へ願いごとをしたらかなうかしら……?」

南川
「なんの願いごとだい?」

マリヤ
「あたし赤ちゃんが産みたいの」

南川
「なんだって?」

マリヤ
「結婚したら夫婦って子供をつくるでしょ」

南川
「ロボットには無理だ」

マリヤ
「どうして無理なの?」

南川
「君は人間じゃない。人間の女でなければ赤ん坊は作れないよ」
(手塚治虫「聖女懐妊」)

ここで奇蹟が起きて、南川とマリヤの子供ができるというのが物語のメインストーリーです。ロボットに超常的な奇蹟が起きて、本来ありえない感情(愛情)を持ったり、人間と子を為したりすることを、怪談ではなく、聖なる奇蹟(聖母マリアの処女懐妊のSFモティーフ)として描いているところ(本作ではヒロインのロボットマリヤは聖母マリアのメタファー、ロボットが人間の下僕にされているところは、紀元0年代当時のユダヤ民族のメタファーになっています)、視点がユニーク(人間を人間外の視点から眺めている)です。

漫画評論家の夏目房之介さんが指摘するように、人間以外の存在をこよなく愛した手塚治虫さんらしさの光っている好短編であって、本作は手塚さんの膨大な短編作品のなかでもなかなか面白い作品と思います。手塚治虫漫画全集第261巻「時計仕掛けのりんご」は、これ以外にも、手塚さんの描いた大人向けの優れた短編が揃っており、お勧めです。特にデッドボールPの「私は人間じゃないから。」ファンにはぜひ一読をお勧め致します。

ここからは余談ですが、土星及び土星衛星の探査というと、土星の衛星タイタンに観測機ホイヘンスを投下して直接観測した宇宙探査機カッシーニが僕は真っ先に頭に浮ぶので(2009年5月27日今現在もNASA及びESAの指令により探査機カッシーニは土星探査ミッションを遂行中)、探査機の名前であるカッシーニと同名のクラシック音楽家がおり、その作曲家の最も有名な代表曲(後述しますが、本当はウラディーミル・ヴァヴィロフ作曲の曲)がアヴェ・マリアであるのはちょうどこの漫画に符号が合う感じがして、面白い偶然だなと思います。

ウィキペディア「カッシーニ」
カッシーニ (Cassini-Huygens) は、アメリカ航空宇宙局(NASA)と欧州宇宙機関(ESA)によって開発され、1997年に打上げられた土星探査機である。

カッシーニは金星→金星→地球→木星の順にスイングバイを行なって土星軌道に到着した。カッシーニには惑星探査機ホイヘンス・プローブ (2.7 m、320 kg) が搭載されており、タイタンでカッシーニより切り離されてタイタンに着陸し、大気の組成・風速・気温・気圧等を直接観測した。

カッシーニとホイヘンスよりなる土星探査はカッシーニ・ホイヘンス・ミッションと呼ばれ、欧米18カ国の科学者約260人が参画している。カッシーニは、天文学者ジョヴァンニ・カッシーニに、ホイヘンスは同じく天文学者クリスティアーン・ホイヘンスに由来する。当初はガリレオ同様に小惑星に接近する計画であったが、予算の都合により断念された。(中略)

1997年10月15日 米国フロリダ州ケープカナベラル宇宙基地からタイタン4型ロケットによって打上げられた。 (中略)
2004年6月30日 土星軌道に投入。
2004年8月16日 土星の衛星2個の発見を公表 (メトネ、パレネ)。
2004年9月9日 土星の衛星2個 (仮符号 S/2004 S 3、S/2004 S 4)、環 (仮符号 R/2004 S1) を発見。
2004年10月21日 土星の衛星2個 (ポリュデウケス、仮名称 S/2004 S 6)を発見。
2004年12月24日 タイタンにホイヘンス探査機を放出。
2005年1月14日 ホイヘンスがタイタンに着陸し、機能停止するまでの3時間40分、カッシーニ経由で地球へ探査データを送った。
2008年4月15日 探査計画の二年延長が決定。

カッシーニの総費用は約34億米ドルと、近年の惑星探査においては最大規模の探査機となった。カッシーニ以降、NASAはディスカバリー計画のように低予算・軽量の探査機を打ち上げるようになっている。(中略)
積載機器
レーダー・マッパー、CCD撮像カメラ、可視光線・赤外線マッピング分光計、宇宙塵分析器、電波・プラズマ波測定器、プラズマ分光計、紫外線撮像カメラ、磁力計、イオン・中立質量分光計など。

ウィキペディア「ジュリオ・カッチーニ」
ジュリオ・カッチーニ(Giulio Caccini, 1545年頃 - 1618年12月10日)はイタリア・ルネサンス音楽末期、バロック音楽初期の作曲家。ヤコポ・ペーリとならんでモノディー様式の代表的な音楽家の一人として知られる。 作曲家フランチェスカ・カッチーニとセッティミア・カッチーニは娘。(中略)

カッチーニのアヴェ・マリア
実際には1970年頃ソ連の音楽家ウラディーミル・ヴァヴィロフ(Vladimir Vavilov 1925-73)によって作曲された歌曲である。

録音も楽譜も90年代前半まで知られていなかった。出典が明らかにされず、現在入手出来る出版譜は全て編曲されたもので、歌詞がただ"Ave Maria"を繰り返すだけという内容もバロックの様式とは相容れない。

ヴァヴィロフは自作を古典作曲家の名前を借りて発表する事がよくあったが、自身が共演しているIrene Bogachyovaの1972年の録音では「作曲者不詳」の『アヴェ・マリア』として発表していた。ヴァヴィロフの没後十年を経てCD録音されたMaria Bieshu(1996)やイネッサ・ガランテのデビュー盤(1994)では作曲者が"D. Caccini"と表記され、ジュリオ・カッチーニの作として広まった。

初期の録音にはBieshuとガランテのほか、スラヴァ(1995)、Lina Mkrtchyan(1990)とソ連のアーティストによる演奏が並ぶ。20世紀末レスリー・ギャレットやスラヴァのCDで一気に知名度が高まり、多くの歌手が録音し映画にも使われた。

以上のような事実はCDや楽譜の楽曲解説では言及が無く、現在一般にはカッチーニ作品と誤認されている。

上述のアヴェ・マリアではカウンターテノールのスラヴァが歌うバージョンが有名です。有名なだけはある非常に優れたバージョンです。女性が歌っているバージョンのお勧めとしては僕はヘイリーの歌うバージョンが好きです。ご機会ありましたらこちらもぜひご一聴お勧め致します。最後にヘイリーのアルバム「オデッセイ」ライナーノーツより引用致します。

(本アルバム「オデッセイ」において)クラシックで取り上げているのはカッシーニの「アヴェ・マリア」、映画「ローレライ」の主題歌にもなった「モーツァルトの子守唄」など。またアンドレア・ボチェッリとは「誰も本当の愛を知らない」をデュエットしている。このなかで際立っているのは「アヴェ・マリア」だろう。これまでも清楚な響きに胸打たれる「アヴェ・マリア」は数え切れないほど聴いてきた。でも、ヘイリーの場合、その魅力に加え、完璧に声をコントロールしながら、発展させた主旋律のなかで自由に声を泳がせながら、聖なる浮遊感を生み出している。目を閉じると、天使が戯れている姿が浮ぶ、そんな歌になっている。これらの曲でヴォーカル・アレンジを手がけているのはヘイリー自身だ。
(ヘイリー「オデッセイ」ライナーノーツより)

参考作品(amazon)
EXIT TUNES PRESENTS THE VERY BEST OF デッドボールP loves 初音ミク
読む音楽 完全版
時計仕掛けのりんご(「聖女懐妊」収録) (手塚治虫漫画全集 (261))
ave maria(スラヴァ)
オデッセイ(ヘイリー)
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