2009年02月03日 17:12

勇気ある強くて優しく思いやりについて。ダニエル・バレンボイム「無言歌集全48曲」

メンデルスゾーン:無言歌集(全48曲)(バレンボイム)
ローマ法王 (ちくま新書)

ブログに書いていること以外にも私的に非常に辛いことが続き、どうしても起き上がれず、ずっと臥せっていました。気持ちが重くて胸がとても苦しいです。僕の心身が酷く調子悪く、この状態が続くと今度更新が滞りそうで申し訳ありません。アクセス数も減り、生活辛く、生活のためにも、なんとか更新は頑張りたいと思いますが、もしできなかったら申し訳ありません。

今日はダニエル・バレンボイム演奏、メンデルスゾーン「無言歌曲全48曲」を聴いていました。ショパンの夜想曲のような、静かで優しい曲の数々で、僕の好きなアルバムの一つです。メンデルスゾーンの「無言歌曲」のなかでも、僕はこのダニエル・バレンボイムさんの「無言歌曲」が、一番だと思います。ショパンの夜想曲に似ていて、静かで、優しく、そしてとても親しみやすい美しいピアノ曲をとても素晴らしく弾いておられます。ライナーノーツから引用致します。

メンデルスゾーンの性格小品(短い曲、無言歌集等)は、ショパンやシューマンと比べて、一段低い親しみやすいだけの小品という評価が横行している。しかし、バレンボイムは、必要以上に重厚にならないように注意しながらも力強いタッチで音楽を彫啄して行き、決して軽く流したりはしない。

ひとつひとつの楽曲を、時には厚い響きで覆い、時には夢見るようなカンタービレで歌い、様々な性格を持った小品の連なりが、あたかもひとつのドラマとして連続しているかのように演奏する。その結果、「無言歌集」に今まで気づかなかったような奥行きがあることを教えてくれる。

その意味で、この録音は、カップリングされている他の小品も含めて(子供のための小品作品72、ヴェネチアの舟歌、2つの小品、アルバムの綴り作品117)、根底に深いロマンティシズムを貯えているバレンボイムの良さがストレートに出た演奏と言える。
(小林宗生。無言歌集全48曲ライナーノーツより)

とても綺麗で美しいピアノ曲で、ぜひ大勢の皆様方にお勧め致します。優しく静かな、心を慰めてくれるような美しい演奏です。

僕がダニエル・バレンボイムさん凄いなと思うのは、音楽家として、世界のTOPピアニストである、それだけでなく、一生懸命、イスラエルとパレスチナの和平の為に尽力して、イスラエルの均衡性を欠いたパレスチナへの攻撃に対する批判をくり返していることです。バレンボイムさんは、イスラエルが行っているガザの検問封鎖解除ずっと昔から要求しています。

先ほど、NHKの国際ニュースで、パレスチナガザ地区を統治するハマスの報道官が、「イスラエルがガザの検問封鎖解除に応じるなら、一年間の停戦に応じる」と記者会見しておりました。世界中にこれは流れていると思います。イスラエルがガザを懲罰的に封じ込めている(ガザ検問封鎖している)のは、『ガザからハマスによるロケット弾攻撃があるからだ』というのが説明理由なので、イスラエルがガザ封じ込めを止めればハマスはロケット弾攻撃をしないと停戦の条約を交わすなら、イスラエルが、それを断る理由はどこにも、これまでイスラエルがしてきた説明の中からは、作り出せない筈です。このことは、きちんと考えて、国際的な流れの今後を見て行くこと大切だと思います。

イスラエルは外交ロビイング活動が物凄く巧みな国家で(国際社会で間違いなくNo1のロビイング能力を持っている国家だと思います)、例えば、今回、イスラエル・パレスチナ問題については中立的な立場を取ることが多い日本の著名作家、ノーベル文学賞候補作家の村上春樹さんへ、エルサレム賞が送られます。これは、僕は、この受賞はイスラエルの外交ロビイング活動の一環と考えています。

ここで、村上春樹さんが、ノーベル文学賞受賞のために(ノーベル文学賞を受賞するには、ユダヤ系ロビーの力を借りた方が有利です。ノーベル文学賞は政治的ロビー力が受賞を大きく判断します。例えば、ノーベル文学賞受賞作家である大江健三郎さんは中国系ロビーの後押しで受賞したので、大江さんは中国で何が起ころうとも決して中国の体制側を批判することはこれまでも、これからも一切ないと考えられます)、村上春樹さんがエルサレム賞受賞して、「イスラエルに感謝を!」とかスピーチしてしまうと、村上春樹さんの政治的なメリットとしてはプラス(ノーベル文学賞が受賞しやすくなる)ですが、日本に対する外交ロビイング的にはイスラエル大勝利という感じです。日本国(日本政府)も日本人のノーベル賞を欲しているからです。

僕は、そういう展開にならずに、ダニエル・バレンボイムさんや、昨日挙げましたキラールさん、そしてローマ教皇ヨハネ・パウロ二世のように、『非人道的なことは、普遍的に良くないことなんだ』ということを、村上春樹さんに、はっきり言って頂けたら嬉しいなあと望みます。

もちろん、これは勇気のいること、本音を打ち破って、理想を貫くことで、とても困難なことです。既に安泰な高い地位にいる人は、誰も、モサドを持つイスラエルを敵に回す発言はしたくないのが、身の安全を考えるに、本音としてあると思います。それは、人間の自己防衛機能として、仕方がないことだと思います。

でもそれでも、ダニエル・バレンボイムさんはイスラエルを批判して、イスラエルのタカ派から、酷い扱いを受けています。僕はダニエル・バレンボイムさんの演奏が好きなので、彼の身の安全が、心配です。

ただ、それでも、ダニエル・バレンボイムさんの勇気を、心配を越えて一番深く僕は、敬愛しています。キラールさんや、ヨハネ・パウロ二世と同じく、コスモポリタンな普遍的な勇気ある強くて優しく思いやりを感じるからです。それは、この世で最も尊いものであると僕は思います。

昨年少し触れさせて頂きましたが、普遍的な人道主義を掲げたヨハネ・パウロ二世は、ソ連邦の支配する東側で弾圧されている人々に連帯の共感を示し支援しました。そして、ソ連邦体制の東側において、カトリック信者が最も弾圧されていたという歴史があります。なぜ、カトリック信者が最も弾圧されたのか、それは、カトリック信者が、他の宗教の信者に比べ、『政治に物申す』信者だったからです。それゆえにソ連邦の体制側から疎まれ、激しく弾圧されました。ヨハネ・パウロ二世も自らの身の安全よりも、弾圧されている人々への共感を訴えたゆえに、ソ連邦の送り込んだ暗殺者と見られている暗殺者から銃撃され、大変な重傷を負いました。竹下節子「ローマ法王」より引用致します。

(1981年の1月、ヨハネ・パウロ二世は)はっきりと(ソ連邦の支配に抵抗している)ポーランドの労働者たちの権利を擁護することを宣言した。(ワレサ会談)(中略)

1981年の2月23日、法王(ヨハネ・パウロ二世)はプレジネフに、ポーランドの主権と「連帯」の権利を尊重するようにという手紙を送った。もし(軍事制圧の準備を行っている)ソ連の戦車がポーランドに侵入すれば法王は自ら戦車と自国民の間に立ちはだかるつもりだ、と言った噂まで広がった。(中略)

法王はポーランド政府がソ連の圧力に屈して「連帯」の動きをつぶしにかかるだろうと予測した。CIAはポーランドとソ連の(軍事制圧が行われた場合の)ポーランドとソ連の軍事力の分析をしていたが、ポーランド人(ポーランドの民衆)の心情の襞(反ソ連の気持ち)やソ連政府の微妙なテンションをつかむのには法王の情報網が卓越していた。

しかしCIAは法王の知らなかった情報をもたらした。ワレサがローマへ来たとき接触したイタリア労働組合連合のルイジ・スクリチオは、(ソ連邦が支配する)ブルガリア共産政府のスパイであるというのだ。スクリチロオは「連帯」の組織作りにも協力し、物資の支援もしていた。ヴァティカンにいる法王の身も決して安全ではない。(中略)

(1981年5月31日水曜の午後)法王は5時にはじまる一般信者の謁見のために聖ピエトロ広場を横切ろうとしていた。広場に集まっている群衆に挨拶するために聖ピエトロ広場を横切ろうとしていた。広場に集まっている群衆に挨拶するためにオープンカーはゆっくり広場を回った。突然銃声がして、広場の鳩がいっせいに舞い上がった。

6メートルの距離から発射されたブローイング9ミリ自動拳銃の弾丸は2発法王に命中した。直後、侍従にもたれかかった法王の白い僧服には血の跡が見えなかった。秘書が後ろから支えた。「どこですか?」「腹だ」「痛いですか?」「ああ」と短い言葉がかわされた後、救急車に運ばれてから法王は「マリア、私の母、マリア、私の母」と唱え続けた。

8分後に病院に運び込まれた。血圧は下がり脈が弱った。弾は腹の右肘と左手の指を傷つけていた。60%以上の血が内出血で失われていた。手術の前に、臨終者のための終油の秘蹟が急いで執り行われた(それほどの重傷だった)。手術は5時間続き、腸が22センチ摘出され腹腔が洗われ、結腸施術が施された。法王の口に呼吸管を差し込んだ麻酔医師は法王の歯を1本折ってしまった。

3日には(ポーランドの)クラクフで3000人が法王の回復を祈る戸外ミサに参加した。

法王は一命をとりとめた。直径9ミリの弾丸が(奇蹟的に)大動脈から数ミリのところでとまっていた。発射された弾丸に聖母が手を添えて弾道を変えてくれたのだと後に法王は確信した。(中略)

狙撃直後に逮捕されたアリ・アグサはトルコ人テロリストだった。1979年の11月に、トルコ訪問中の法王を殺すと公言していた男だ。アグサは単独犯であると自供した。1月にはワレサの命も狙っていたという。背後にブルガリアの諜報局が関わっているとされたが、アグサ自身もすべての背後関係を知らされてはいなかった。「連帯」のシンボルである法王を抹殺しようとしたソ連の影が見え隠れしたが、法王は関心を持たなかった。すべては悪魔の仕業であったからだ。

四日後の日曜日にはもう、法王は病床からコメントを発表して狙撃者を赦した。(中略)

1983年の12月、法王が(アグサに)面会に来て、20分話し合い、アグサはその後のインタビューに答えて「法王は全てを知っている」と言った。法王はアグサに宗教上の赦しを言い渡し、世界中がそれを見て、ソ連はますます孤立した。(中略)

共産圏が崩壊していくにつれて、(世界唯一の超大国として傍若無人に振る舞い始めたアメリカが法王を蔑ろにし始めて)法王の国際政治における影響力は傾いていった。1991年の湾岸戦争について、アメリカのブッシュ大統領は(平和を求める)法王の声明を無視した。(中略)

ソ連から独立したカトリック諸国は法王をあたたかく迎えた。幼くして亡くした母の国リトアニアの黒い聖母の前で、法王は深い祈りを捧げた。
(竹下節子「ローマ法王」)

ヨハネ・パウロ二世、ダニエル・バレンボイムさん、キラールさんといったお方々の勇気ある強くて優しく思いやりのある行動は、人間は如何にして生きるのかということについて、深く考えさせてくれるものであると僕は心から思います。

参考作品(amazon)
メンデルスゾーン:無言歌集(全48曲)(バレンボイム)
教皇ヨハネ・パウロ2世により挙行された荘厳ミサ モーツァルト:ミサ曲ハ長調 K.317
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