テロリズム (チャールズ・タウンゼンド)
マーラー:交響曲第6番(テンシュテット)
下記のエントリ書いてからまだ一日もたっていないのに、なんだこれはです。驚きと衝撃で気分が悪いです。
今後の国際社会政情不安について。デスノートやアクメツの主人公原型ドリス・レッシング「The Good Terrorist」アリスについて。メシアン「世の終わりのための四重奏曲」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/660677.html
体調不良で休んでいたんですが、先ほどニュースで「イスラエルがガザへ一時停戦から数分で攻撃」というニュースを見て驚愕しました。テロへの対応は、民主主義国家は民主主義における均衡性と適正によって図らねばならず、ただのカウンターテロの過剰による復讐戦・掃討戦になってしまうと、人命だけではなく民主主義国家の基幹を為す自由が失われてゆくということをテロリズムの専門家、キール大学教授のチャールズ・タウンゼンドが書いています。カウンターテロの時点で既に危険な領域なのに、人道支援の為の一時攻撃停止を数分で破るというのは明らかにどこからどう見てもやりすぎだと思います。チャールズ・タウンゼンドの「テロリズム」より引用致します。
イスラエルの民間人の被害者の方のこともお気の毒に思いますが、ガザの民間人の大勢の人々のことをとてもお気の毒に思います。そして、今回のように、テロを口実にすれば国家はなんでもやってもいいんだ、誰も(どの国も)それを止められないんだということが、国際社会にニュースとして流れることは、国際社会全体が、自由を捨てて統制と軍事の方向へ動く足がかりになると思います。これは恐るべきことで、それこそ、テロリストの思うがまま、暴力だけが社会の要になってしまう危険、争いが無限に拡大してゆく危険性を孕みます。
世界において、宥和のプロセスとは逆の事態が起きていることを、非常に心痛に思います。
足の怪我と背中がずっと痛いのですが、腹痛もしてきて辛いです。現状の世界はマーラーの交響曲第六番「悲劇的」のような運命を必然的に辿る道筋を歩んでいると思います。寒気がします。お腹痛くてうつが酷い悪化しそうです。僕は音楽好きでメンデルスゾーンやマーラーを始め、ユダヤ人の人々、イスラエル国籍の人々で尊敬しているお方々が沢山いるので(例えばイスラエル国籍の素晴らしい指揮者、心から尊敬する大指揮者クレンペラーや現在活躍中の演奏家バレンボイムさん)、このような事態が起きていることを、非常に心痛に思います。最後にバレンボイムさんについてWikiからの引用と、マーラーの交響曲第六番「悲劇的」のライナーノーツより引用致します。
バレンボイムさんのような優れた演奏家で良心的な発言力のある方が、新年のウィーン・フィルに平和を唱えたのに全く無視されるようでは、人類社会はいずれ、近いうちに、第四楽章のような必然的運命を辿ると思います。お腹が痛いです。既に昨年の世界金融危機から、人類はもう取り返しのつかない第六番の第四楽章に歴史として入ってしまっているように思います。非常に暗い気分で酷い気分です。
参考作品(amazon)
テロリズム (チャールズ・タウンゼンド)
マーラー:交響曲第6番(テンシュテット)
ショパン:夜想曲集(バレンボイム)
メンデルスゾーン:無言歌集(全48曲)(バレンボイム)
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マーラー:交響曲第6番(テンシュテット)
イスラエル軍のガザ攻撃一時停止、開始から数分で崩壊
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200901080001.html
エルサレム(CNN) イスラエルは7日、イスラム原理主義組織ハマスが実効支配するパレスチナ自治区ガザへの攻撃を、住民への人道物資搬入を目的に1日3時間中断すると発表したが、開始から数分で崩壊した。 (中略)
パレスチナ医療関係筋によると、昨年12月27日にイスラエル軍がガザ攻撃を開始して以来、パレスチナ側の死者は少なくとも680人、負傷者は3000人に増加した。国連人道問題調整事務所は(UNOCHA)は、死者の3分の1前後、負傷者の45%が女性や子どもだとしている。イスラエル側の死者は兵士7人と民間人3人。
下記のエントリ書いてからまだ一日もたっていないのに、なんだこれはです。驚きと衝撃で気分が悪いです。
今後の国際社会政情不安について。デスノートやアクメツの主人公原型ドリス・レッシング「The Good Terrorist」アリスについて。メシアン「世の終わりのための四重奏曲」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/660677.html
体調不良で休んでいたんですが、先ほどニュースで「イスラエルがガザへ一時停戦から数分で攻撃」というニュースを見て驚愕しました。テロへの対応は、民主主義国家は民主主義における均衡性と適正によって図らねばならず、ただのカウンターテロの過剰による復讐戦・掃討戦になってしまうと、人命だけではなく民主主義国家の基幹を為す自由が失われてゆくということをテロリズムの専門家、キール大学教授のチャールズ・タウンゼンドが書いています。カウンターテロの時点で既に危険な領域なのに、人道支援の為の一時攻撃停止を数分で破るというのは明らかにどこからどう見てもやりすぎだと思います。チャールズ・タウンゼンドの「テロリズム」より引用致します。
テロリズムの対応で最も危険なことは(超法規的に振舞うテロリストと同じことを)模倣することであろう。長い間、(国家がテロに対する対応施策として行う)「アンタイテロ(antierrorism)」と「カウンターテロ(counterterrorism)」に、明確な一線が引かれてきた。前者は、国家がとるすべての法的措置で、特別法から戒厳令まである。後者は、暗殺や恣意的な報復のような(超法規的な)テロ行為を国家が採用することである。(中略)
われわれは、「カウンターテロに訴える」とか「カウンターテロで急襲する」という言い方にリベラル民主主義の規範を陥れる意味が内包されていることに注意する必要がある。なぜなら国家はさまざまな理由からあまりにもたやすくテロ対策の限度を越えられるからである。(中略)
「均衡性と適正」
テロリズムに対してとる行動にどのような制限が設けられるべきか?BBCのジャーナリスト、デービット・ジェッセルは、1985年に「問題の核心」で、「テロの残虐性に対して均衡感覚を保つことなどは宥和の勧告にうつるかもしれない。それでは、どんな道義的制約がテロリストを拘束するのか?」と指摘していた。もし反テロに制限があるならば、それは、脅威や攻撃にさらされたその社会の規範を反映するものだろう。「西欧文明(民主主義と人権と自由)」の担い手にふさわしいと考える社会においては、トマス・アクィナスが処方したような均衡性の原則が、「今日の正義と便宜の見方に対しても著しく説得力を持つ」とジェッセルは指摘した。国家の対応は、国家に加えられた損害に比例すべきであり、そのような行為は単に暴力で対抗すればよいというものではない。さらに、いかなる反撃も、交戦理由(casus belli)となったもの以上の不正義につながるものではあってはならない。(中略)
敵(テロリスト)を正確に確定できない、あるいは所在がわからない場合には、報復(retaliation)と復仇(reprisal)さらには単なる復讐(revenge)の区別がなかなかつかないものだ。特に間接的報復の効用については疑問が絶えない。アダム・ロバーツはテロリズムへの復仇として懲罰的空爆を行うことに対する長年の懐疑論に論点をあてて、国の指導者に一撃を加えることは「ロシア皇帝を暗殺したテロリストが明らかに誤りであったのに、今度は一転してカウンターテロリズムの名のもとにテロの指導者に一撃を加えるということならば、非常に皮肉な状況であろう」と記した。このような懐疑論は、自爆テロが関係するところではとくにあてはまるだろう。(中略)
「自由と安全」
リベラルデモクラシーという自由と民主主義が合成された社会では、国内暴力(国内でのテロ)に対して(国民から)脆弱の源とみなされるのはデモクラシーよりもむしろリベラリズムの方かもしれない。市民文化を決定的に支える要素である寛容、穏健、理性、非暴力は、「市民的自由」実施の諸条件を経世している。テロリズムとは、どのように定義しても明らかに理性の文化への計算された攻撃である。
また、暴力それ自体というよりも国家の反動によって脅かされるのも、デモクラシーではなくリベラリズムの方である。国家の反動は、アレックス・シュミットも強調したように、しばしば市民からの要求で促進される。(中略)
死活的問題は、リベラルな法制度が(テロの)組織暴力に対処できなくなるときに現れる。(中略)その対応としては、特別法廷、特別法、そして特殊部隊の創設が考えられるが、これらすべてはやがて「(軍事的に)強い国家(strong state)さらには「兵営国家(garrison state)」への変質への予兆となるかもしれない。(中略)
アメリカでは民意のコンセンサス(デモクラシー)が(テロの)脅威の性質や情報収集目的などを明瞭にしようとする試みや討論を圧倒できることを改めて示した。
すなわち、一握りの法学者が、「テロ容疑者の権利(人権)はわれわれの権利(人権)でもある」と警告したが、アメリカの多数意見はそのようなリベラルな良心の呵責を軽蔑したかにみえた。クレリンステンが冷静に論じているように、「大部分の人は脅威を感じれば、安全のために(自らの)自由を犠牲にするだろう」。
(チャールズ・タウンゼンド「テロリズム」)
イスラエルの民間人の被害者の方のこともお気の毒に思いますが、ガザの民間人の大勢の人々のことをとてもお気の毒に思います。そして、今回のように、テロを口実にすれば国家はなんでもやってもいいんだ、誰も(どの国も)それを止められないんだということが、国際社会にニュースとして流れることは、国際社会全体が、自由を捨てて統制と軍事の方向へ動く足がかりになると思います。これは恐るべきことで、それこそ、テロリストの思うがまま、暴力だけが社会の要になってしまう危険、争いが無限に拡大してゆく危険性を孕みます。
世界において、宥和のプロセスとは逆の事態が起きていることを、非常に心痛に思います。
足の怪我と背中がずっと痛いのですが、腹痛もしてきて辛いです。現状の世界はマーラーの交響曲第六番「悲劇的」のような運命を必然的に辿る道筋を歩んでいると思います。寒気がします。お腹痛くてうつが酷い悪化しそうです。僕は音楽好きでメンデルスゾーンやマーラーを始め、ユダヤ人の人々、イスラエル国籍の人々で尊敬しているお方々が沢山いるので(例えばイスラエル国籍の素晴らしい指揮者、心から尊敬する大指揮者クレンペラーや現在活躍中の演奏家バレンボイムさん)、このような事態が起きていることを、非常に心痛に思います。最後にバレンボイムさんについてWikiからの引用と、マーラーの交響曲第六番「悲劇的」のライナーノーツより引用致します。
ウィキペディア「ダニエル・バレンボイム」
ダニエル・バレンボイム(Daniel Barenboim, 1942年11月15日 ブエノスアイレス - )はアルゼンチン出身のユダヤ人ピアニスト・指揮者。現在の国籍はイスラエル。(中略)
イスラエルの良心的文化人として・パレスチナ問題
バレンボイムは、イスラエルによるヨルダン川西岸地区やガザ地区の占領に批判の声を上げ続け(つまり、アラブ諸国とパレスチナの主張する、西岸とガザでの主権を放棄し「パレスチナ国家」を樹立するという主張に沿う発言をしている)、今やイスラエルが「ある民族のアイデンティティと戦うことによって、倫理的な柱を失いつつある」と述べた。2003年には、イギリスの音楽評論家ノーマン・レブレクトによる取材に応じて、イスラエル政府の動向を、「倫理的におぞましく、戦略的に誤っていて」、「イスラエル国家のまさに存在を危機に陥れる」姿勢であると糾弾した。(中略)
バレンボイムとサイードの共著 Parallels and Paradoxes は、ニューヨークのカーネギー・ホールで催された連続公開討論に基づいている。
2005年9月、イスラエル陸軍ラジオの記者に対し、軍服を着た者とは話したくないとインタビューを拒否したところ、イスラエルの教育大臣はバレンボイムを「本物の反ユダヤ主義者」だと非難した。
2008年1月、パレスチナ自治政府から名誉市民権を与えられた。
受賞歴
2004年5月、バレンボイムは、クネセト(イスラエル国会)のセレモニーにおいて、ヴォルフ賞を授与された。この機をとらえて、バレンボイムは政治状況について、次のような持論を唱えた。
『心に痛みを感じながら、私は今日お尋ねしたいのです。征服と支配の立場が、はたしてイスラエルの独立宣言にかなっているでしょうか、と。他民族の原則的な権利を打ちのめすことが代償なら、一つの民族の独立に理屈というものがあるでしょうか。ユダヤ人民は、その歴史は苦難と迫害に満ちていますが、隣国の民族の権利と苦難に無関心であってよいものでしょうか。イスラエル国家は、社会正義に基づいて実践的・人道主義的な解決法を得ようとするのではなしに、揉め事にイデオロギー的な解決を図ろうとたくらむがごときの、非現実的な夢うつつにふけっていてもよいものでしょうか。』
以上の発言に対して、イスラエルの元首と数名の国会議員から、バレンボイムは名指しで非難されている。
(マーラーの交響曲の中で)第六交響曲は最も深い失望につつまれている。〈悲劇的〉という題名はこの曲の初演の際与えられた。確かに悲劇的な終末を持つのは、マーラーの交響曲中でもこの曲だけである。(中略)
第四楽章(最終楽章)
終曲、序奏はソステヌート、ハ短調、2分の2拍子。主部は、アレグロ・エネルジコ、イ短調。規模の大きな序奏はそれ自身の主題を持つ。ヴァイオリンの高音による嘆きのような旋律である。金管が運命動機を奏し、陰気なティンパニのうめきが暗い背景を形造る。つぎの主部に現れる諸動機が提示される。魂の向くところすべて、どこも運命によって脅かされている(レンナー)。(中略)イ音のオルガン・ポイントの上に運命動機の和音がひびき、すべての力は破れ、死の諦観によって曲は終わる。
(マーラー交響曲第六番「悲劇的」ライナーノーツ)
バレンボイムさんのような優れた演奏家で良心的な発言力のある方が、新年のウィーン・フィルに平和を唱えたのに全く無視されるようでは、人類社会はいずれ、近いうちに、第四楽章のような必然的運命を辿ると思います。お腹が痛いです。既に昨年の世界金融危機から、人類はもう取り返しのつかない第六番の第四楽章に歴史として入ってしまっているように思います。非常に暗い気分で酷い気分です。
参考作品(amazon)
テロリズム (チャールズ・タウンゼンド)
マーラー:交響曲第6番(テンシュテット)
ショパン:夜想曲集(バレンボイム)
メンデルスゾーン:無言歌集(全48曲)(バレンボイム)
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