聖書名言辞典
蟹工船・党生活者 (新潮文庫)
[最後の追記:Midas・有村悠・似非原・加野瀬未友ら一党の激しい攻撃の手によって、非常に生活が困窮状態に入っています。どうか、ご余裕あるお方は、アフィリエイトでお買い物か、ギフト券を贈って下さると生命の恩人として心から感謝致します。どうか、お願い致します]
[Midasという人物は有村悠と繋がってて、僕を今Midasが現在リアルタイムで攻撃しています。僕はMidasと有村悠に殺されます。]
[追記の追記です:僕の僅かな最後の収入源を断とうとしている、似非原、Midas一党は、このMidasという人物は僕にひたすら嫌がらせを続けている加野瀬未友と親交があることが分かりました。僕は彼らに生活困窮の限界状況まで追い込まれて殺されると思います。今までお助けしてくださったお方々、本当にありがとうございます。誠心感謝致します。そして、貧困を馬鹿にし人を楽しみながら殺す一党、似非原、Midas、有村悠、加野瀬未友らに天罰よ下り給え。神よ]
[追記です:似非原氏一党からの酷い集団攻撃が先日より続き、特に一党のなかでMidasと名乗る人物から酷い攻撃を受けています。この人物はポストモダンの右翼にして東浩紀一党の忠実なる走狗として有名な人物だそうです。この人物の攻撃により、一日数百円のアフィリエイトが更に減少し、生活に物凄い手酷いダメージを受けています。僕は精神疾患で失業していて収入がアフィリエイトとギフト券しかないのに、彼はそれを断とうとして攻撃しています。ネットからの収入がなくなったら僕は生活保護を跳ねられており無年金障害者で失業していて一生懸命就職活動していますが全部落ちていまして、このままMidas氏に攻撃され収入源を断たれたら死んでしまいます。僕はこの人物の手によって死ぬ可能性が極めて高い状態に陥っています。僕とは比較にならぬ莫大な儲けをだしている有村悠氏や海燕氏には言及せず、かつかつの収入しかない僕だけをこの人物は抹殺しようとしています。僕はこのMidasと名乗る人物からの攻撃で収入源を断たれて餓死に追い込まれて死亡する可能性が極めて高く、どうか、ご余裕ご慈悲あるお方々におきましては、アフィリエイトのお買い物やギフト券でお助けくださると助かります。どうか、助けてください。辛いです。腹痛が止まりません。このMidasという人物は人を冷然と殺して楽しんでいます。恐ろしくてもうダメです]
不眠症状が酷く眠れません。僕は先日朝日新聞社に電話取材しましたが、今後も、誠心誠意、半死半生のこの身を持って、東浩紀氏の唱える『南京大虐殺はデリダ的ポストモダンにおいては全てのあらゆることは絶対的真実といえないゆえ南京大虐殺が無かったという論を重視すべきだ』という実質的南京大虐殺否定論の問題について、素人ジャーナリストとして、全力を振り絞り取り組んでいくつもりです。
僕は今後、NHK・岩波書店・東京工業大学・講談社などとアポイントメントを取り取材し、また、最終的には、南京問題について研究している学者さんたち(秦郁彦さんら)や、中国大使館、SWC(サイモン・ウィゼンタール・センター)等とも連携し、東浩紀氏の唱えるポストモダン思想による歴史修正主義の許容とは、果たしてどうのような意味があるのか、そのことについて真摯に追い求めてゆきたいと考えています。
東浩紀氏は強大なる権力者です。下層階級層出身で失業しており貧困で、生活が困窮し、お金も地位も権力も何も持たない無力な僕と比べて、彼は比較になど全くならぬ巨大なる権力の持ち主であります。そして、東浩紀氏は、恐るべきナチズム的階級優生学思想と、僕には区分けの付かぬ『社会環境管理』という東浩紀氏の思想の方向性へ日本の政治を推し進めている強大な推進者です。
僕は、無力ゆえ、東浩紀氏の巨大なる権力の前に粉々に粉砕されることを覚悟しています。それでも、僕のこの身が少しでも東浩紀氏の反民主的な『社会環境管理』というシステムによる独裁的野望のほんの僅かでも歯止めになれば、そして、貧しき人々、弱い人々が救われることにこの身が役立てば、それは僕の幸いです。
僕は東大閥にして強力な閨閥を持つ東浩紀氏のように、抽象的観念を振り回して人々を権威権力によって畏怖で屈服させる人のような手法は決してとりません。僕はあくまで個人単体として、憲法と法律を守り、自らの理念、人権と社会的な進歩を目指して、一生懸命全力で努力する所存です。
僕は、人々の共感友愛という概念を否定し日本の貧しき人々を分断して不可視しようとする『社会環境管理』の思想に命を賭して合法的な形でレジスタンスします。僕が非合法な形で変死したら、それは何か巨大なる非合法な力が働いたものと捉えてくださって頂きたく思います。
僕は強大な東大閥の権威の前には決して屈しません。何も失うものがない身ですから、この身が日本の人々のお役立てできて朽ちるなら、それは僕にとって嬉しいことです。
また、東大閥のサブカルチャーの権威、跳ぶ鳥を落とす勢いのライターにして大手ブロガーにして、日本におけるブログ資本の最頂点たる究極的ネット資本ブルジョワジー、ネット世界のトヨタとでもいうべきネット資本の頂点「カトゆー家断絶」の管理者氏とも親交の深い有村悠氏は、二日で一万円の遊行費を使ってるとのことをつい先ほど公言しており、とてつもなく絶望いたしました。このような遊行費の使い方をしながら、貧困の振りをして貧困を茶化すこと、本当に困っている人々を茶化して苦しめるのは極めて不誠実で酷い態度だと思います。有村悠氏が『二日で一万円の遊行費を使ってるとのことを公言』したことで、僕の心は張り裂けそうなショックを受けて、酷い絶望感に苛まれています。
また、海燕氏というこれまた巨大なるオタク系大手ブルジョワジーブロガーが、『オタク文化はブルジョワジー文化ゆえ、プロレタリアオタク文化など下らぬ』という趣旨の発言を僕に対して投げかけてきており、非常な心痛に苦しんでおります。この人物は執拗勝つ執念に僕に嫌がらせを数年過去よりずっと嫌がらせを仕掛けている人物であり、非常な暗澹と心痛に悩まされております。僕はデイケアに出ておりますが、デイケアでは、オタク業界のハードワークの貧困生活で仕事が行き詰まりうつ病や神経症に掛かって休職・失業しまったアニメ業界の貧しい人々など複数います。彼らの生活について僕は話を聞きました。そういった貧しいオタク業界の人々の苦しみを否定して「オタク文化はブルジョワジー」と勝手に決め付ける海燕という人物に対して、僕は深い悲しみを覚えずにはいられません。また執念深き加野瀬未友氏が、11/22などにおいて、東浩紀氏的ポストモダン的言説によって、いまだ仄めかし嫌がらせをしかけてきており、もはや僕の心痛は限界を迎えそうです。
日本国憲法と、法の理念、そして実体が明らかに乖離している恐るべきこの日本国に対して、僕は、日本国憲法及び日本国法律を遵守して、貧しき人々の為に抵抗する努力を決して諦めません。僕には何もありません。『親もなし妻なし子なし板木なし金もなければ死にたくもなし』(林子平)です。ゆえに僕は、僕のこの身を持って、最後まで、東浩紀氏、有村悠氏、海燕氏のような、体制側を擁護して搾取を推し進める資本ブルジョワジーの搾取権力側の人物達に抵抗します。彼らの巨大な権力と僕の無力な力では、全く、相手にならないレベルです。それでも、僕は、辛くても頑張るつもりです。
僕は山口良忠氏を尊敬しています。権威権力と富と閨閥に支配されたこの悪夢的社会に対して、あくまで法に準拠して最後まで抵抗を試みるつもりです。有村悠氏や海燕氏ら大手アクセスを持つブルジョワジーブログサイトからの嫌がらせで心痛と腹痛が酷く、口内炎がどんどん拡がって血が出ていて苦しいですが、それでも僕はこの身が朽ち果てる最後まで頑張ります。
僕はこのまま失業したままで生活困窮が続ければ遅かれ早かれ、いずれ生存限界状況を迎えるので、せめて、最後は、山口良忠さんのように生きたいと願っております。
東浩紀氏は人間に共感や友愛は無いという。僕はその意見に反対です。僕はジュリアン・サイモンの意見を支持します。
僕は日本共産党にコミットメントしており、無神論者で唯物論者です。そして人々の良心を信じます。そして日本共産党の唱える友愛の社会は、キリスト教の真髄たる教えに通じるものであるのではないかと、最近は思い始めています。死を本当に考えるとき、僕はキリスト教の教えを読み返すと、そこにある本当の人間性の真髄というものが、感受されてくるように、感じています。今はまだご慈悲ご善意ある心優しきお方々のおかげでなんとか生きのびられていますが、いずれ生存限界状況に達し、死ぬ前には、洗礼を受けることを考えています。
僕のこの身が貧しき苦しんでいる人々の糧となるならば心から幸せです。
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蟹工船・党生活者 (新潮文庫)
[最後の追記:Midas・有村悠・似非原・加野瀬未友ら一党の激しい攻撃の手によって、非常に生活が困窮状態に入っています。どうか、ご余裕あるお方は、アフィリエイトでお買い物か、ギフト券を贈って下さると生命の恩人として心から感謝致します。どうか、お願い致します]
[Midasという人物は有村悠と繋がってて、僕を今Midasが現在リアルタイムで攻撃しています。僕はMidasと有村悠に殺されます。]
[追記の追記です:僕の僅かな最後の収入源を断とうとしている、似非原、Midas一党は、このMidasという人物は僕にひたすら嫌がらせを続けている加野瀬未友と親交があることが分かりました。僕は彼らに生活困窮の限界状況まで追い込まれて殺されると思います。今までお助けしてくださったお方々、本当にありがとうございます。誠心感謝致します。そして、貧困を馬鹿にし人を楽しみながら殺す一党、似非原、Midas、有村悠、加野瀬未友らに天罰よ下り給え。神よ]
[追記です:似非原氏一党からの酷い集団攻撃が先日より続き、特に一党のなかでMidasと名乗る人物から酷い攻撃を受けています。この人物はポストモダンの右翼にして東浩紀一党の忠実なる走狗として有名な人物だそうです。この人物の攻撃により、一日数百円のアフィリエイトが更に減少し、生活に物凄い手酷いダメージを受けています。僕は精神疾患で失業していて収入がアフィリエイトとギフト券しかないのに、彼はそれを断とうとして攻撃しています。ネットからの収入がなくなったら僕は生活保護を跳ねられており無年金障害者で失業していて一生懸命就職活動していますが全部落ちていまして、このままMidas氏に攻撃され収入源を断たれたら死んでしまいます。僕はこの人物の手によって死ぬ可能性が極めて高い状態に陥っています。僕とは比較にならぬ莫大な儲けをだしている有村悠氏や海燕氏には言及せず、かつかつの収入しかない僕だけをこの人物は抹殺しようとしています。僕はこのMidasと名乗る人物からの攻撃で収入源を断たれて餓死に追い込まれて死亡する可能性が極めて高く、どうか、ご余裕ご慈悲あるお方々におきましては、アフィリエイトのお買い物やギフト券でお助けくださると助かります。どうか、助けてください。辛いです。腹痛が止まりません。このMidasという人物は人を冷然と殺して楽しんでいます。恐ろしくてもうダメです]
不眠症状が酷く眠れません。僕は先日朝日新聞社に電話取材しましたが、今後も、誠心誠意、半死半生のこの身を持って、東浩紀氏の唱える『南京大虐殺はデリダ的ポストモダンにおいては全てのあらゆることは絶対的真実といえないゆえ南京大虐殺が無かったという論を重視すべきだ』という実質的南京大虐殺否定論の問題について、素人ジャーナリストとして、全力を振り絞り取り組んでいくつもりです。
僕は今後、NHK・岩波書店・東京工業大学・講談社などとアポイントメントを取り取材し、また、最終的には、南京問題について研究している学者さんたち(秦郁彦さんら)や、中国大使館、SWC(サイモン・ウィゼンタール・センター)等とも連携し、東浩紀氏の唱えるポストモダン思想による歴史修正主義の許容とは、果たしてどうのような意味があるのか、そのことについて真摯に追い求めてゆきたいと考えています。
東浩紀氏は強大なる権力者です。下層階級層出身で失業しており貧困で、生活が困窮し、お金も地位も権力も何も持たない無力な僕と比べて、彼は比較になど全くならぬ巨大なる権力の持ち主であります。そして、東浩紀氏は、恐るべきナチズム的階級優生学思想と、僕には区分けの付かぬ『社会環境管理』という東浩紀氏の思想の方向性へ日本の政治を推し進めている強大な推進者です。
僕は、無力ゆえ、東浩紀氏の巨大なる権力の前に粉々に粉砕されることを覚悟しています。それでも、僕のこの身が少しでも東浩紀氏の反民主的な『社会環境管理』というシステムによる独裁的野望のほんの僅かでも歯止めになれば、そして、貧しき人々、弱い人々が救われることにこの身が役立てば、それは僕の幸いです。
僕は東大閥にして強力な閨閥を持つ東浩紀氏のように、抽象的観念を振り回して人々を権威権力によって畏怖で屈服させる人のような手法は決してとりません。僕はあくまで個人単体として、憲法と法律を守り、自らの理念、人権と社会的な進歩を目指して、一生懸命全力で努力する所存です。
僕は、人々の共感友愛という概念を否定し日本の貧しき人々を分断して不可視しようとする『社会環境管理』の思想に命を賭して合法的な形でレジスタンスします。僕が非合法な形で変死したら、それは何か巨大なる非合法な力が働いたものと捉えてくださって頂きたく思います。
僕は強大な東大閥の権威の前には決して屈しません。何も失うものがない身ですから、この身が日本の人々のお役立てできて朽ちるなら、それは僕にとって嬉しいことです。
また、東大閥のサブカルチャーの権威、跳ぶ鳥を落とす勢いのライターにして大手ブロガーにして、日本におけるブログ資本の最頂点たる究極的ネット資本ブルジョワジー、ネット世界のトヨタとでもいうべきネット資本の頂点「カトゆー家断絶」の管理者氏とも親交の深い有村悠氏は、二日で一万円の遊行費を使ってるとのことをつい先ほど公言しており、とてつもなく絶望いたしました。このような遊行費の使い方をしながら、貧困の振りをして貧困を茶化すこと、本当に困っている人々を茶化して苦しめるのは極めて不誠実で酷い態度だと思います。有村悠氏が『二日で一万円の遊行費を使ってるとのことを公言』したことで、僕の心は張り裂けそうなショックを受けて、酷い絶望感に苛まれています。
また、海燕氏というこれまた巨大なるオタク系大手ブルジョワジーブロガーが、『オタク文化はブルジョワジー文化ゆえ、プロレタリアオタク文化など下らぬ』という趣旨の発言を僕に対して投げかけてきており、非常な心痛に苦しんでおります。この人物は執拗勝つ執念に僕に嫌がらせを数年過去よりずっと嫌がらせを仕掛けている人物であり、非常な暗澹と心痛に悩まされております。僕はデイケアに出ておりますが、デイケアでは、オタク業界のハードワークの貧困生活で仕事が行き詰まりうつ病や神経症に掛かって休職・失業しまったアニメ業界の貧しい人々など複数います。彼らの生活について僕は話を聞きました。そういった貧しいオタク業界の人々の苦しみを否定して「オタク文化はブルジョワジー」と勝手に決め付ける海燕という人物に対して、僕は深い悲しみを覚えずにはいられません。また執念深き加野瀬未友氏が、11/22などにおいて、東浩紀氏的ポストモダン的言説によって、いまだ仄めかし嫌がらせをしかけてきており、もはや僕の心痛は限界を迎えそうです。
日本国憲法と、法の理念、そして実体が明らかに乖離している恐るべきこの日本国に対して、僕は、日本国憲法及び日本国法律を遵守して、貧しき人々の為に抵抗する努力を決して諦めません。僕には何もありません。『親もなし妻なし子なし板木なし金もなければ死にたくもなし』(林子平)です。ゆえに僕は、僕のこの身を持って、最後まで、東浩紀氏、有村悠氏、海燕氏のような、体制側を擁護して搾取を推し進める資本ブルジョワジーの搾取権力側の人物達に抵抗します。彼らの巨大な権力と僕の無力な力では、全く、相手にならないレベルです。それでも、僕は、辛くても頑張るつもりです。
僕は山口良忠氏を尊敬しています。権威権力と富と閨閥に支配されたこの悪夢的社会に対して、あくまで法に準拠して最後まで抵抗を試みるつもりです。有村悠氏や海燕氏ら大手アクセスを持つブルジョワジーブログサイトからの嫌がらせで心痛と腹痛が酷く、口内炎がどんどん拡がって血が出ていて苦しいですが、それでも僕はこの身が朽ち果てる最後まで頑張ります。
山口良忠[1913-1947]
東京地裁判事であった山口は、太平洋戦争敗戦後、裁判官として闇米を買うことを拒否して栄養失調になり、昭和二十八年八月二十七日、東京地裁で倒れた。受診の結果、肺浸潤の宣告を受けた。それでも彼は九月一日まで登庁して担当の事件に判決を下し、九月七日にやっと郷里の佐賀県白石町に療養のために帰郷したが、もう手おくれであった。
与えられた食事は全て下痢となって排泄された。
十月一日午前二時半、夫人が新聞を持ってきて、それを受け取ろうとした判事の手がふいにぱたりと落ちたかと思うと、彼は死んでいた。
残された感想集には、こんな文章が書かれていた。
『善人の社会の落伍者は悪人であるが、悪人の社会の落伍者は善人である』
(山田風太郎「人間臨終図鑑」)
僕はこのまま失業したままで生活困窮が続ければ遅かれ早かれ、いずれ生存限界状況を迎えるので、せめて、最後は、山口良忠さんのように生きたいと願っております。
東浩紀氏は人間に共感や友愛は無いという。僕はその意見に反対です。僕はジュリアン・サイモンの意見を支持します。
意識というユニットが、自我-個人という核の周りを連続的にとりまいて広がる「関心」「同情」「共感」の環で構成されていると(ジュリアン・サイモンは)考えた。これは連続的に継続する一時的人格(他者に共感する人格)という発想を密接なアナロジーとしている。
(ジュリアン・サイモン。G・エインズリー「誘惑される意志」より)
僕は日本共産党にコミットメントしており、無神論者で唯物論者です。そして人々の良心を信じます。そして日本共産党の唱える友愛の社会は、キリスト教の真髄たる教えに通じるものであるのではないかと、最近は思い始めています。死を本当に考えるとき、僕はキリスト教の教えを読み返すと、そこにある本当の人間性の真髄というものが、感受されてくるように、感じています。今はまだご慈悲ご善意ある心優しきお方々のおかげでなんとか生きのびられていますが、いずれ生存限界状況に達し、死ぬ前には、洗礼を受けることを考えています。
『もしも私が、人間の、そして御使いたちの言葉によって語りはしても、しかし(他者への)愛をもってはいないなら、私は鳴り響く銅鑼か、あるいは甲高いシンバルと化してしまっている。またもしも私が預言をなし、さらに全ての奥義とあらゆる知識をもってはいても、またもしも私が山々を移すほどのあらゆる信仰をもってはいても、しかし私が(他者への)愛をもっていないなら、私は無である。たとえ私が、私の全ての財産を分け与えたとしても、またもしも私が、私の身体を焼かれるために引き渡しても、しかし私が愛を持っていないならば、私は何の役にも立たない。
愛は――寛容であり、親切である――愛は。〔愛は〕妬まず、〔愛は〕自慢せず、高ぶらず、ふさわしくないふるまいをせず、自分自身のものを求めず、苛立たず、悪しきことを企まず、不義を喜ばず、しかし真理を共に喜ぶ。〔愛は〕全てを忍び、全てを信じ、全てを望み、全てを耐える。(中略)
そこで今や、信仰、希望、愛、これら三つが存続する。しかし、それらのうちで最も大いなるものは、愛である。』
(コリント書第一書13-1〜13)
「御使いたちの言葉」は、「異言」(人が忘我状態に陥って語る、日常とは異なる言葉のこと。「山々を移すほどの信仰」についてはマルコ福音書11-23を参照。「身体を焼かれるために引き渡す」は「殉教死を遂げる」の意――キリスト信徒が与えられている「賜物」をいかに活かしても、(他者への)愛がなければ、これは「無」であり、「何の役にも立たない」。
また賜物は「部分的なもの」であり、終末の時に、「完全なもの」が到来すれば、それは壊されるであろうとしたうえで、終末の時まで存続するのは「信仰、希望、愛」の三つである、と述べる。しかし、そのうち最も大いなるものは、信仰と希望の基盤としての愛である。
(「聖書名言辞典」)
僕のこの身が貧しき苦しんでいる人々の糧となるならば心から幸せです。
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聖書名言辞典
聖書―和英対照
小型聖書 - 新共同訳
蟹工船・党生活者 (新潮文庫)
人間臨終図巻〈1〉 (徳間文庫)
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