不安の書
寒気喉痛腹痛の他に、右前頭部を中心に酷い頭痛がして、咳が止まらない状態で眠れなく、胸郭が肉体的に痛くて、辛いです。何もかも絶望的です。先にも書きましたように、今、日本の貧しい人々を苦しめている一因として、神聖権威をバックとした東大閥の権力を持つ学者、ファシズムやナチズムを評価し人間は動物化したゆえに環境管理せよと唱えている超保守派のポストモダン学者などが挙げられます。彼ら東大閥のポストモダン学者達は国家機関や巨大資本と手を結び、大手出版資本の一部供与によって若手アカデミシャンの人々を闘争状態(資本に組み込んだ支配状態)に置き、公平性や平等性を否定し、代表的なポストモダン学者自らなどは公平性からは何も生まれぬとのたまい、己は選ばれた学者であるゆえアカデミズムの現場の戦い(実際は巨大出版資本が資本力で用意した単なる舞台)における軍人であり下位の者達を選ぶ全権としての生殺与奪の権があるなどと称しています。そのあまりの絶対権力者ぶり、そしてそれを賛美する取り巻きのアカデミシャン達に、僕はとても怖くなります。力を持つ彼らがそれだけではなく、ただひたすら大きな力、権力のみを求めている貪欲さが見えるのが怖いです。その貪欲さで人を傷つけることをいくらでも肯定し、それに東大閥の学問という権威をつける彼らがとても怖いです。
僕は、このような東大閥の残忍かつ専制的な権威権力により、日本は、貧困層がどんどん、これからも僕みたいに抹殺されていく望みのない世界が今後続いてゆくと予想します。絶望的です。僕は、日本が少しでも生存権があり、公正や平等が大切にされる国になるには、東京大学という神聖権威をバックにした大学を少しずつでも解体してゆき、同じく神聖権威をバックに日本を支配する東大閥・霞ヶ関キャリア官僚制度を少しずつでも解体することがとても大切だと思います。今の霞ヶ関のキャリア官僚たちは国民のサーヴァントではなく、神聖権威と自分自身の為の権力に仕える権力者であり、国民にとっては、暴虐な統治者でしかないからです。でも、非常に長期的にいずれ社会が良い方向に進む可能性があるとしても、僕が生きている間には無理だと考えています。今後も社会は更に格差が拡大し貧困層が見殺しにされ、先の超保守派ポストモダン学者やキャリア官僚のような権威を持つ権力者、ごく少数のエスタブリッシュメントだけが富を独占して栄え、ほとんどの人は貧しく辛くなってゆく悪い方向へどんどん転がると思います。僕は持って数ヶ月〜数年くらいだと思うので、それぐらいの短期間的には、どんどん社会が悪い方向に転がってゆくのをただ、無力に眺めながら、死ぬんだろうなあという思いが、一杯です。
心身の状態が酷く、痛みと絶望が酷いです。もう絶望的で、正気も翳っている形で、ただ、僕は、誰にも僕の出来うる限り、誰にもなるべく迷惑を掛けないようにして、残すものは弱い立場の人々に寄付して、いずれは、最期の時を迎えるつもりです。僕の考えを、懸命に述べておきます。僕は、国家報道機関(NHK)や巨大出版資本(講談社)と手を組んでいる東大閥の超保守派ポストモダン学者が賛美しているナチズム・ファシズムは、生命を圧倒的に軽んじているという点だけを考えても最悪最低な体制だと思います。この学者が行おうとしている人間をパターン化された動物として権力により環境管理しようという発想からして、先に書いたように、自然科学としての生物学を全く知らないのではないかと思わせる、極めて稚拙な発想だと思います。この学者は、人間と人間は共感しえないものと何の証拠もなしに勝手に決め付けてはっきりいっておりますが、僕は、生命は共感し尊びあえる可能性を秘めたものだと思います。この学者は自分のことを冷淡であると自ら仰られていますが、実に正確な自己認識であると思います。そういった人間がアカデミズムで強力な権威を持ち日本の国家機関・巨大資本と手を組んで権力を持っているということを、どうか、心ある人々におきましては、このことの恐ろしさを、どうか、考えて欲しいと願います。
もう、疲れて、あまり文章が書けないのでこれくらいに致します。皆様方にどうか、僕にはもう生きていてもあまり訪れもないであろう生の幸せ喜びが、今後もできうるかぎり、僕以外の皆様方に沢山あることを、心から、願っています。
いつも悲しくて、不安が一杯です。そして苦痛が酷いです。疲労がとても強いです。離人症的症状が起こる(何も感じられなくて辛い症状が起こる)のが、非常にきつくて苦しいです。薬物(SSRIや抗不安剤などの各種の精神薬、睡眠薬飲んでますがこれだけは僕の体質的なものなのかあまり効きません、不眠です)という自然科学の助け、本当に助けられています。それがなかったら、もう、終わっていると思います。日本は、SSRIのジェイゾロフトというお薬、一日100mgまでしか処方できないとのことなので、病院でもっと処方して頂けたらと思うのですが、厚生労働省の決まりで無理みたいです。アメリカ等諸外国だと、もっと一日あたりの処方量が多いのに、なんで、日本だと100mgしかだめなのか、これも厚生労働省の無数にある過ちの一つなのではないのかと思います。辛いです。感覚がなくなるのが凄く苦しいです。
参考作品(amazon)

不安の書

小説東京帝国大学 上 (1) (ちくま文庫 ま 35-1)

小説東京帝国大学 下 (3) (ちくま文庫 ま 35-2)
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寒気喉痛腹痛の他に、右前頭部を中心に酷い頭痛がして、咳が止まらない状態で眠れなく、胸郭が肉体的に痛くて、辛いです。何もかも絶望的です。先にも書きましたように、今、日本の貧しい人々を苦しめている一因として、神聖権威をバックとした東大閥の権力を持つ学者、ファシズムやナチズムを評価し人間は動物化したゆえに環境管理せよと唱えている超保守派のポストモダン学者などが挙げられます。彼ら東大閥のポストモダン学者達は国家機関や巨大資本と手を結び、大手出版資本の一部供与によって若手アカデミシャンの人々を闘争状態(資本に組み込んだ支配状態)に置き、公平性や平等性を否定し、代表的なポストモダン学者自らなどは公平性からは何も生まれぬとのたまい、己は選ばれた学者であるゆえアカデミズムの現場の戦い(実際は巨大出版資本が資本力で用意した単なる舞台)における軍人であり下位の者達を選ぶ全権としての生殺与奪の権があるなどと称しています。そのあまりの絶対権力者ぶり、そしてそれを賛美する取り巻きのアカデミシャン達に、僕はとても怖くなります。力を持つ彼らがそれだけではなく、ただひたすら大きな力、権力のみを求めている貪欲さが見えるのが怖いです。その貪欲さで人を傷つけることをいくらでも肯定し、それに東大閥の学問という権威をつける彼らがとても怖いです。
僕は、このような東大閥の残忍かつ専制的な権威権力により、日本は、貧困層がどんどん、これからも僕みたいに抹殺されていく望みのない世界が今後続いてゆくと予想します。絶望的です。僕は、日本が少しでも生存権があり、公正や平等が大切にされる国になるには、東京大学という神聖権威をバックにした大学を少しずつでも解体してゆき、同じく神聖権威をバックに日本を支配する東大閥・霞ヶ関キャリア官僚制度を少しずつでも解体することがとても大切だと思います。今の霞ヶ関のキャリア官僚たちは国民のサーヴァントではなく、神聖権威と自分自身の為の権力に仕える権力者であり、国民にとっては、暴虐な統治者でしかないからです。でも、非常に長期的にいずれ社会が良い方向に進む可能性があるとしても、僕が生きている間には無理だと考えています。今後も社会は更に格差が拡大し貧困層が見殺しにされ、先の超保守派ポストモダン学者やキャリア官僚のような権威を持つ権力者、ごく少数のエスタブリッシュメントだけが富を独占して栄え、ほとんどの人は貧しく辛くなってゆく悪い方向へどんどん転がると思います。僕は持って数ヶ月〜数年くらいだと思うので、それぐらいの短期間的には、どんどん社会が悪い方向に転がってゆくのをただ、無力に眺めながら、死ぬんだろうなあという思いが、一杯です。
心身の状態が酷く、痛みと絶望が酷いです。もう絶望的で、正気も翳っている形で、ただ、僕は、誰にも僕の出来うる限り、誰にもなるべく迷惑を掛けないようにして、残すものは弱い立場の人々に寄付して、いずれは、最期の時を迎えるつもりです。僕の考えを、懸命に述べておきます。僕は、国家報道機関(NHK)や巨大出版資本(講談社)と手を組んでいる東大閥の超保守派ポストモダン学者が賛美しているナチズム・ファシズムは、生命を圧倒的に軽んじているという点だけを考えても最悪最低な体制だと思います。この学者が行おうとしている人間をパターン化された動物として権力により環境管理しようという発想からして、先に書いたように、自然科学としての生物学を全く知らないのではないかと思わせる、極めて稚拙な発想だと思います。この学者は、人間と人間は共感しえないものと何の証拠もなしに勝手に決め付けてはっきりいっておりますが、僕は、生命は共感し尊びあえる可能性を秘めたものだと思います。この学者は自分のことを冷淡であると自ら仰られていますが、実に正確な自己認識であると思います。そういった人間がアカデミズムで強力な権威を持ち日本の国家機関・巨大資本と手を組んで権力を持っているということを、どうか、心ある人々におきましては、このことの恐ろしさを、どうか、考えて欲しいと願います。
もう、疲れて、あまり文章が書けないのでこれくらいに致します。皆様方にどうか、僕にはもう生きていてもあまり訪れもないであろう生の幸せ喜びが、今後もできうるかぎり、僕以外の皆様方に沢山あることを、心から、願っています。
雨音から発する静寂が単調な灰色のクレッシェンドとなって、私の見つめる狭い通りに広がっている。私は、ほかには何もないかのように窓ガラスに寄りかかって立ち、目覚めたまま眠っている。(中略)陰気に輝く雨がこのように糸を引いて落ちるのを目にして、自分がいかなる気分に浸っているのか自分の中を探っている。そして、自分が何を感じているのか分からず、何を感じたいのか分からず、何を考えているのか、自分が何であるのかも分からない。後からじわっと効いてくる私の生活の苦しみは、毎日繰り返される成り行き任せで身にまとう自然な悦びの衣を剥ぎ取るように私の目には見える。私は自分が幸せなときも満足なときも、いつも悲しいのを確認する。(中略)ぼんやりと眺める前は、何を考えていたのか?分からない。意志?努力?生活?明るさが大きく拡がってきたので、空はもうほとんどすっかり青くなったと感じられる。しかし、平穏はない――ああ、永遠にないだろう!――
(フェルナンド・ペソア「不安の書」)
いつも悲しくて、不安が一杯です。そして苦痛が酷いです。疲労がとても強いです。離人症的症状が起こる(何も感じられなくて辛い症状が起こる)のが、非常にきつくて苦しいです。薬物(SSRIや抗不安剤などの各種の精神薬、睡眠薬飲んでますがこれだけは僕の体質的なものなのかあまり効きません、不眠です)という自然科学の助け、本当に助けられています。それがなかったら、もう、終わっていると思います。日本は、SSRIのジェイゾロフトというお薬、一日100mgまでしか処方できないとのことなので、病院でもっと処方して頂けたらと思うのですが、厚生労働省の決まりで無理みたいです。アメリカ等諸外国だと、もっと一日あたりの処方量が多いのに、なんで、日本だと100mgしかだめなのか、これも厚生労働省の無数にある過ちの一つなのではないのかと思います。辛いです。感覚がなくなるのが凄く苦しいです。
生きることは胃の吐き気のように感じられるかもしれず、自分自身の心の存在は筋肉の不快のように感じられるかもしれない。精神の荒廃は、鋭く感じるとき、遠くから身体に潮汐を起こし、これは精神に代わって痛みをあたえる。
(フェルナンド・ペソア「不安の書」)
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小説東京帝国大学 上 (1) (ちくま文庫 ま 35-1)

小説東京帝国大学 下 (3) (ちくま文庫 ま 35-2)
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