ペルト:ヨハネ受難曲
僕の心身の不調に、お心遣い頂いたお方に、心から感謝致します。定期通院している精神科の方で風邪のお薬を出して頂いたのですが、昨日より、頭痛がとても酷く、前頭部が割れそうな痛みで、ずっと猫の世話と自分の身の回りのこと以外は、臥せっている状態でした。外にいこうとしたのですが、身体が全くいうことをきかない形で、頭痛と疲労感とダルさによって外に出れませんでした。よく分からないですが、記憶が曖昧で、薬をもしかしたら飲み忘れたかも知れず、それが原因かも知れません。記憶能力がうつ病で痴呆症状を起こしており、記憶力が極めて散漫としており、不安に包まれております。臥せっている間は、amazonで買った食料で食べ繋いでいたので、ギフト券を贈っていただいたお方のご慈悲に、感謝の言葉尽くしきれなく、ただただ、頭を下げるのみです。ありがとうございます。
皆様方に少しでもご恩をお返しすることができればいいのですが、何も生産することができず、自分自身を情けなく思います。幾つか、臥せっている中で、痛みと疲労と不安以外には何もすることがないので、頭の中で句を詠み、メモ帳に書きとめていました。しかし、あまりにもへぼ句なので、自分で作って自分で悲しくなるばかりです。どうしようもない句ですが、何も残すものもなく、ここに発表しておきます。僕は無神論者で唯物論者ですので、死したら、『生命活動が停止することで人間の根幹たる意識は永遠に蘇ること無き完全なる無になる』と思っていて、作った句とかにも、それが反映しています。死後の肉体は石のように、精神活動(脳を中心とする生命活動)の無い、物体になるであろうという世界観を抱いております。幾つか、つくった句のなかで多少マシかなと思える句を紹介します。
朽ちるのは定め知りつつ口惜しい
なにもなく末期の水なき最期かな
石眺め古き世の人思い馳せ
やはりどうみてもへぼ句で申し訳ございません。自分で自分自身に、達観(死の先駆的了解)というのは自分にはなかなかできないものなのだなと、句を作っていて感じました。情けないです。
暗いことしか書けず、申し訳ありません。頭痛は今日の朝まで酷かったんですが、ずっと臥せってお薬だけ飲んでいたところ、お昼頃からやや痛みが薄れ、今(夕方)には更に痛みが薄れた形です。なんで急に頭痛が起きたのかは分かりません。抗うつ剤を飲んだと思って飲み忘れて、間違って流しにそのまま捨てちゃったかして、それで、断薬症状が出たのかなと思いますが、これは予想の一例で、原因不明です。
頭が痛いときは音楽も聴けなかったのですが、今はなんとか聴いています。とても明るい曲を聴ける状況ではなく、アルヴォ・ペルトの「ヨハネ受難曲」を聴いています。少数の歌い手とヴァイオリン・オーボエ・チェロ・ファゴット・オルガンだけの最小のユニットにまで切り詰められた、極限のシンプルな音楽の美しさ、素晴らしいです。聴いていると、ラテン語(ラテン語で歌われます)をもっとちゃんと勉強していれば良かったなあと思います。うつ病困窮の現在の状態だと、記憶力ほか全ての思考能力が衰え頭が働かず、語学学習を行うのは絶望的状態で、残念だなあと思います。
こんなに早く何もかも終わるとは、数年前は思っていませんでした。僕がうつ病になることも、今ここでだんだん衰弱しながら朽ち果てる前の文章を書いているのも、全ては因果律の流れ、逃れられぬ運命だったんだなあと感じます。僕は死を達観できないので、悲しさと不安がつのるばかりです。
最後に、先日取り上げた優れた宗教漫画「少年の国」の、教祖の少女の最後の神言は、希望の言葉「イマニウマクイク=今にうまく行く」のアナグラムに文字を幾つか入れて分かりにくくしたものだと思います。それまでの少女は神掛かり状態で終末論を唱えていましたから、それ(今までの自分の発言の根幹)を否定したものだとと考えていいと思います。優れた漫画の特徴として、様々な解釈が可能という特徴がありますが、僕は唯物論者かつ無神論者なので、こう解釈しました。教祖の少女の神掛かり状態(トランス状態・変性意識状態)での、非常に厳しく攻撃的で残酷な態度は、死を目撃してしまったことによる、死の恐怖が反動形成されてできた攻撃性だと思います。教祖になった後、少女は神掛かり状態で「人類は自滅する」という、新興宗教にありがちな終末論を唱えますが、これは、宗教団体を大きくするために最高幹部の出門が、少女の抱く死への恐怖心を利用し、彼女に催眠暗示で植え付けたものであると思います。
最後に教祖の少女が、自分が神掛かり状態で唱えてきた一切の言葉を否定して、自分だけの神言をみつけたことは、その神言に恐怖ではなく希望が入ってる(「今にうまく行く」)ところからして、少女が自分の恐怖心を外界に投影していたことに気付き(少女は自分が「バカで狡い」存在になってしまっていることに途中で気付きます、そこから成長したと考えられます)、結果、自力で恐怖を克服まではいかずとも制御して、出門に掛けられた催眠暗示の洗脳を自力でデプログラミング(脱洗脳)して、教団が最悪の状態(宗教による殺人)に陥る寸前ギリギリで、その事態を教祖として阻止できたのだと思います。
物語の最後、教祖だった女の子(教団は崩壊)は、病院(精神科)に入院していますが、彼女が、心身の健康を取り戻したらいいな、彼女をずっと好きで教義には疑いを持ちながらも、彼女をずっと献身的に支えてきた男の子(この子がいなければ、教団は完全暴走して、周囲を巻き込んだ大変な破滅を遂げていたと思います)と、再びうまく行くことがあれば、いいなと思いました。本作(少年の国)は宗教団体が常識を捨てて暴走し、危険なカルト宗教になってゆく救いなき有様は陰惨ですが、それでも、著者が最後まで人間を見捨てずに人間を最後まで信じていることが分かる、好作品であると思います。
いずれ死んだら、こういった良き作品、良き漫画や良き音楽に心打たれることも無くなるであろうこと思うと、寂しいです。最後に、この文章書きながら一句詠みましたので、その句を最後に紹介させて頂きます。皆様方に幸せがあること、地に恵みと平和あることを心から願っております。
冬の果て 薄れ薄れて 消え行くか
参考作品(amazon)

ペルト:ヨハネ受難曲

少年の国―MYSTERY OF NEW RELIGION (1) (双葉文庫―名作シリーズ (い-39-01))

少年の国―MYSTERY OF NEW RELIGION (2) (双葉文庫―名作シリーズ (い-39-02))
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僕の心身の不調に、お心遣い頂いたお方に、心から感謝致します。定期通院している精神科の方で風邪のお薬を出して頂いたのですが、昨日より、頭痛がとても酷く、前頭部が割れそうな痛みで、ずっと猫の世話と自分の身の回りのこと以外は、臥せっている状態でした。外にいこうとしたのですが、身体が全くいうことをきかない形で、頭痛と疲労感とダルさによって外に出れませんでした。よく分からないですが、記憶が曖昧で、薬をもしかしたら飲み忘れたかも知れず、それが原因かも知れません。記憶能力がうつ病で痴呆症状を起こしており、記憶力が極めて散漫としており、不安に包まれております。臥せっている間は、amazonで買った食料で食べ繋いでいたので、ギフト券を贈っていただいたお方のご慈悲に、感謝の言葉尽くしきれなく、ただただ、頭を下げるのみです。ありがとうございます。
皆様方に少しでもご恩をお返しすることができればいいのですが、何も生産することができず、自分自身を情けなく思います。幾つか、臥せっている中で、痛みと疲労と不安以外には何もすることがないので、頭の中で句を詠み、メモ帳に書きとめていました。しかし、あまりにもへぼ句なので、自分で作って自分で悲しくなるばかりです。どうしようもない句ですが、何も残すものもなく、ここに発表しておきます。僕は無神論者で唯物論者ですので、死したら、『生命活動が停止することで人間の根幹たる意識は永遠に蘇ること無き完全なる無になる』と思っていて、作った句とかにも、それが反映しています。死後の肉体は石のように、精神活動(脳を中心とする生命活動)の無い、物体になるであろうという世界観を抱いております。幾つか、つくった句のなかで多少マシかなと思える句を紹介します。
朽ちるのは定め知りつつ口惜しい
なにもなく末期の水なき最期かな
石眺め古き世の人思い馳せ
やはりどうみてもへぼ句で申し訳ございません。自分で自分自身に、達観(死の先駆的了解)というのは自分にはなかなかできないものなのだなと、句を作っていて感じました。情けないです。
暗いことしか書けず、申し訳ありません。頭痛は今日の朝まで酷かったんですが、ずっと臥せってお薬だけ飲んでいたところ、お昼頃からやや痛みが薄れ、今(夕方)には更に痛みが薄れた形です。なんで急に頭痛が起きたのかは分かりません。抗うつ剤を飲んだと思って飲み忘れて、間違って流しにそのまま捨てちゃったかして、それで、断薬症状が出たのかなと思いますが、これは予想の一例で、原因不明です。
頭が痛いときは音楽も聴けなかったのですが、今はなんとか聴いています。とても明るい曲を聴ける状況ではなく、アルヴォ・ペルトの「ヨハネ受難曲」を聴いています。少数の歌い手とヴァイオリン・オーボエ・チェロ・ファゴット・オルガンだけの最小のユニットにまで切り詰められた、極限のシンプルな音楽の美しさ、素晴らしいです。聴いていると、ラテン語(ラテン語で歌われます)をもっとちゃんと勉強していれば良かったなあと思います。うつ病困窮の現在の状態だと、記憶力ほか全ての思考能力が衰え頭が働かず、語学学習を行うのは絶望的状態で、残念だなあと思います。
こんなに早く何もかも終わるとは、数年前は思っていませんでした。僕がうつ病になることも、今ここでだんだん衰弱しながら朽ち果てる前の文章を書いているのも、全ては因果律の流れ、逃れられぬ運命だったんだなあと感じます。僕は死を達観できないので、悲しさと不安がつのるばかりです。
最後に、先日取り上げた優れた宗教漫画「少年の国」の、教祖の少女の最後の神言は、希望の言葉「イマニウマクイク=今にうまく行く」のアナグラムに文字を幾つか入れて分かりにくくしたものだと思います。それまでの少女は神掛かり状態で終末論を唱えていましたから、それ(今までの自分の発言の根幹)を否定したものだとと考えていいと思います。優れた漫画の特徴として、様々な解釈が可能という特徴がありますが、僕は唯物論者かつ無神論者なので、こう解釈しました。教祖の少女の神掛かり状態(トランス状態・変性意識状態)での、非常に厳しく攻撃的で残酷な態度は、死を目撃してしまったことによる、死の恐怖が反動形成されてできた攻撃性だと思います。教祖になった後、少女は神掛かり状態で「人類は自滅する」という、新興宗教にありがちな終末論を唱えますが、これは、宗教団体を大きくするために最高幹部の出門が、少女の抱く死への恐怖心を利用し、彼女に催眠暗示で植え付けたものであると思います。
最後に教祖の少女が、自分が神掛かり状態で唱えてきた一切の言葉を否定して、自分だけの神言をみつけたことは、その神言に恐怖ではなく希望が入ってる(「今にうまく行く」)ところからして、少女が自分の恐怖心を外界に投影していたことに気付き(少女は自分が「バカで狡い」存在になってしまっていることに途中で気付きます、そこから成長したと考えられます)、結果、自力で恐怖を克服まではいかずとも制御して、出門に掛けられた催眠暗示の洗脳を自力でデプログラミング(脱洗脳)して、教団が最悪の状態(宗教による殺人)に陥る寸前ギリギリで、その事態を教祖として阻止できたのだと思います。
物語の最後、教祖だった女の子(教団は崩壊)は、病院(精神科)に入院していますが、彼女が、心身の健康を取り戻したらいいな、彼女をずっと好きで教義には疑いを持ちながらも、彼女をずっと献身的に支えてきた男の子(この子がいなければ、教団は完全暴走して、周囲を巻き込んだ大変な破滅を遂げていたと思います)と、再びうまく行くことがあれば、いいなと思いました。本作(少年の国)は宗教団体が常識を捨てて暴走し、危険なカルト宗教になってゆく救いなき有様は陰惨ですが、それでも、著者が最後まで人間を見捨てずに人間を最後まで信じていることが分かる、好作品であると思います。
いずれ死んだら、こういった良き作品、良き漫画や良き音楽に心打たれることも無くなるであろうこと思うと、寂しいです。最後に、この文章書きながら一句詠みましたので、その句を最後に紹介させて頂きます。皆様方に幸せがあること、地に恵みと平和あることを心から願っております。
冬の果て 薄れ薄れて 消え行くか
参考作品(amazon)

ペルト:ヨハネ受難曲

少年の国―MYSTERY OF NEW RELIGION (1) (双葉文庫―名作シリーズ (い-39-01))

少年の国―MYSTERY OF NEW RELIGION (2) (双葉文庫―名作シリーズ (い-39-02))
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