シューベルト:ピアノ・ソナタ第18,14番
人間臨終図巻〈1〉 (徳間文庫)

先日からの風邪の具合が悪く、喉痛と全身に悪寒がします。熱は37度台でそんなに高くないです。身体がうつ病の心身症と風邪の複合でおかしくなっているのかなと思います。

風邪引いてほとんど動けない(体調がよくなくて外出できない)ので、amazonが食料届けてくれるのに、とても助けられています。本当にありがとうございます。

今は、シューベルトのピアノ・ソナタを聴きながら、猫と一緒に、病床で山田風太郎さんの著作「人間臨終図巻第一巻〜第三巻」を読んでいます。

山田風太郎さんはうつ病に掛かる前から大好きな作家さんで、フィクションも日記もノンフィクションもどの作品もとても大好きで、「人間臨終図巻」も愛読書の一つでした。ただ、うつ病前とは、読書感覚が全然違います。今の僕は自分に死期が直前に迫っているような感覚(うつ病による妄想だと理性的には判断できるのですが、止められません)に陥っているので、大勢の死者の最後について年齢別に分けて淡々と綴った本著「人間臨終図巻」を読むと、親近感を感じて、心が慰められて、妄想が少し遠のく感じで、とても助かります。

山田風太郎さんは、近代ヒューマニズムから離れて俯瞰的に事物を見る視点を獲得しているので、この本ではそれが調和的に働いていて、とても良書だと思います。山田風太郎さんのこの視点(近代ヒューマニズムから離れて俯瞰的に事物を見る視点)は近代ヒューマニズムから距離をとり続けた手塚治虫さんの視点にとても似ていると思います。

例えば手塚治虫さんの漫画「鉄腕アトム」の主人公アトムはアトムの世界で2003年に生れ、2055年に死亡します。単純な年齢算出では52歳で死亡するのですが(アトムは時間を越えたりしているので、正確な年齢は不明です)、非常に残酷な終わり方をします。それはアトムにとってだけでなく、人類にとっても残酷な終わり方です。

鉄腕アトムは地球を救う為に太陽に突っ込むラストが有名ですが、その後宇宙人に助け出されたエピソードなどがあります(手塚治虫「アトム今昔物語」)。最終的に旧世代のロボットとして、ロボット博物館で眠り(機能停止)につくんですが、その後(アトムの世界で2030〜2040年頃?)ロボットが人類に対し反乱を起こし、人類対ロボットの全面戦争の結果、人類は滅亡します。その後、ロボット達は独自の文化を発展させ、滅亡した人類をバイオテクノロジーで少数の個体だけ生命体として復活させ、人間同士を殺し合わせて楽しんだりしている、人類の悪徳を身につけた残酷残忍なロボット社会が地球上で繁栄しています。

2055年、ロボット達の慰み者として誕生させられた人間の一人が、人間同士の殺し合いの会場から逃げてきて、ロボット博物館で眠っているアトムを復活させ、ロボット達から助けてくれと頼みます。アトムはその願いを聞き入れ、高度に発達したロボット群との勝ち目のない戦いに向かってゆき、最期を迎えます。また、アトムに助けられて生き残った人間も、非常に愚かな振る舞いの結果、自滅します。鉄腕アトムのラストというのは、あまり知られていませんが、全く救いようのないラストなのです。

このラストは手塚治虫漫画全集第251巻及び手塚治虫恐怖短編集4「科学の暴虐編」に収録されています。ご興味のある方はぜひご一読お勧め致します。手塚治虫さんが、近代ヒューマニズムに対して、その幻想性を見抜いて取り込まれないよう、慎重に極めて距離を取っていたことがはっきりと分かる好短編だと思います。

僕は、日本国から「働けないお前なんか日本国にとって役立たないから勝手にくたばれ」というようなメッセージを投げかけられた人間(精神疾患を発病し、失業して、収入ない状態で、生活保護が通らないというのはそういうことです)ですから、国家的イデオロギーとしての近代ヒューマニズムなんてものは、幻想で、ヴェールをはがせば世界は弱肉強食の凄惨なる事物の世界としてあるだけ、日本国のイデオロギーの一つである近代ヒューマニズムは建前上のものに過ぎず、実際は個人(自分)を助けてくれない飾り物のヴェールに過ぎないことをはっきり認識しました。

もはや日本国の近代ヒューマニズムという飾りに何も信じるものはなく、戦争体験によってあらゆるものに強烈な不信感を植えつけられた山田風太郎さんや手塚治虫さんの絶望しきった視線に、今の僕はとても共感します。うつ病に掛かる前より、遥かに深く共感します。

山田風太郎さんが描く救いようのない世界、手塚治虫さんが描く救いようのない世界、両方とも、ヴェールのない世界です。それは、失業してうつ病も良くならず、心身も弱っている今の僕には、とても共感できる世界です。

例えば、山田風太郎さんが描く石川啄木の最期や正岡子規の最期、シューベルトの最期など、今の僕と年齢的にも同年代(20代・30代で死亡)ですし、全く人事とは思えません。石川啄木は凄惨な貧困死、正岡子規は凄惨な病死、シューベルトは精神疾患(うつ病だったといわれています)と貧困による病死です。僕も今後は似たような道を辿って死に行くなのだろうなと、これは理性的に、どうしてもそう思わずにいられません。この三人の最期を、山田風太郎さんの「人間臨終図巻」から引用してご紹介致します。

『石川啄木』(二十六歳で死亡)

(石川啄木は明治44年に)やがて肺結核の症状が明らかになった。七月に高熱を発し、病床についた。同時に妻の節子も健康を害し、これまた肺結核と診断された。炊事万端は老母の仕事となり、一家の窮状とそれによる不和の果てに、九月老父はいたたまれなって家出をした。

明治四十五年元旦、啄木は老母と妻に「元旦だというのに笑い声一つしないのは、おれの家ばかりだろうな」と、いった。

一月二十一日、森田宗平が夏目漱石の奥さんからのお見舞いだといって十円を持って来た。啄木は日記に書いた。

「私は全く恐縮した。夏目さんの奥さんにはお目にかかった事もないのである」

そのカネが一円しか残らなくなった一月二十九日、勤め先の朝日新聞社の同僚達が集めた三十四円四十銭の見舞金が届けられた。

その翌日、妻は子供を連れていそいそとおもちゃを買いに行き、啄木も「非常な冒険を犯すような気で、俥に乗って」町へ出て、クロポトキンの『ロシヤ文学』や原稿用紙やノートを買い、四円五十銭使った。

「いつも金のない日を送っている者がタマに金を得て、なるべくそれを使うまいとする心!
それからまたそれを裏切る心!
私はかなしかった」

二月中旬、こんどは老母が喀血し、この母が以前から肺結核の痼疾を持っていたことが明らかになった。小さな陋屋内は三人が咳をし血を吐くというありさまになった。

二月二十日
「日記をつけなかった事十二日に及んだ。その間私は毎日毎日熱のために苦しめられていた。三十九度まで上った事さえあった。そうして薬をのむと汗が出るために、からだがひどく疲れてしまって、立って歩くと膝がフラフラする。
そうしている間にも金はドンドンなくなった。母の薬代や私の薬代が一日四十銭弱の割合でかかった。質屋から出して仕立直させた袷と下着は、たった一晩おいただけでまた質屋へやられた。その金も尽きて妻の帯も同じ運命に逢った。医者は薬価の月末払いを承知してくれなかった。
母の容態は昨今少し可いように見える。しかし食欲は減じた」

啄木の日記はここで永遠に終わっている。

老母の容態はしかしそのころから急速に悪化し、三月七日に死亡した。

ついで啄木の病勢も昂進し、前年家出をして知人の家に寄留していた老父は呼ばれてまた上京した。
そして、三月十三日、「読売新聞」に「石川啄木いよいよ重態」とあるのを見た同郷の友人の金田一京助は、小石川久堅町の啄木の家に駆けつけた。

啄木は衰弱し切って、幽霊さながらの顔になり、京助の眼にも死期の近いことを悟らせた。啄木は、

「いくら生きようたって、こんなですよ」

と、夜具をあげて見せた。骸骨の骨盤に皮が張っているような腰が見えた。

「金を払わないから、医者も来てくれない」

と、彼はいい、京助がそのひどい栄養失調ぶりに、「医者よりも、何よりも滋養物をとらなくちゃ」とつぶやくと、

「滋養物どころか、米がないの」

と異様な笑いを浮かべて、頭をかいて見せた。

金田一は、脱稿したばかりの言語学の草稿を持って出版社に行って金にかえようとしたが、思うようにはいかず、家へ駆けもどって、有金ぜんぶ――翌月分の生活費の十円――をかき集めて、また石川家へと走っていった。

啄木は枕の上で眼を閉じて、(友人の金田一京助を)ふし拝んだ。病妻の節子も枕もとに座って嗚咽していた。

四月十三日朝、金田一は勤め先の国学院に出勤しようとして、また石川家からの急報に呼ばれた。

玄関に節子が出てきて、啄木が昨夜から昏睡状態におちいっていて、ときどきうわごとのように金田一さんを呼んでくれといっている、といった。

部屋にはいると、しゃれこうべのような啄木の、眼、鼻、口がただの穴のように見え、その穴の一つが、「たのむ。……」
と、からっ風のような声をもらした。

そこへ若山牧水がやってきた。

啄木夫婦は、京助に学校に行くことをこもごも勧めた。金田一京助は、二時間の講義ごとに二円もらうことになっていて、その二円が家計の上で重大なものであることを、彼らは知っていたのだ。どこか浮世離れした性格を持つ京助は、それで国学院に行った(啄木の最期を看取れなかった)。(中略)

(金田一が学校に行った後、凄惨に苦しみながら亡くなった啄木を看取った)牧水は

「よく安らかに眠れるという風のことをいうが、彼の死顔はそんなではなかった」と書き、

「蒸暑い日和で、街路には桜の花が汗ばんで咲き垂れていた」と、書いている。

――死後、日本の若者たちが「啄木歌集」に捧げた印税の百万分の一でも生涯に恵んでくれたら、と啄木の亡霊は歯がみしているに違いない。

『シューベルト』(三十一歳で死亡)

生きている間、彼(シューベルト)の才能はほとんど認められず、友人と同居して食べさせてもらわなければならなかったほど彼は貧しかった。

一八二八年十月三十一日、彼はレストランで魚料理を食べようとし、ちょっと手をつけただけでナイフとフォークを投げ出し、中毒にかかったらしい、といった。それ以来、シューベルトはほとんど物を食わなくなった。

十一月十七日に見舞いに来た友人は「シューベルトはじっと寝ており、衰弱と発熱を訴えていたが、午後にはまったく正気であった」といっているが、夕方になって意識障害が現れた。十八日には、自分が知らない部屋に寝かされている、といって、ベッドから抜け出そうとした。

「いや、それはちがう。ここにはベートーヴェンは寝ていない」と、わけのわからないことをいい、また壁を撫でてつぶやいた。「ここが私の最期だ」

十九日午後三時彼は死んだ。

彼の死因については腸チフス説が有力だが、梅毒の末期症状を唱える学者もある。シューベルトは生前だれにも認められず、尊敬するベートーヴェンと会っても、声もかけられないほど内気な性格で、また彼自身窮屈にならずにすむので、その生き方を好んでいたふしもある。彼の死は新聞にも報道されなかった。

『正岡子規』(三十五歳で死亡)

明治二十一年、二十一歳にして最初の喀血をした子規は、三十歳にして根岸の子規庵でほとんど病床をはなれ得ない人となっていた。明治三十四年、『墨汁一滴』『仰臥漫録』を書く一方、彼はロンドンの漱石に「僕ハ、モウダメニナッテシマッタ。毎日訳モナク号泣シテ居ルヨウナ次第ダ」という手紙を書いた。(中略)

三十五年五月五日から『病床六尺』を書きはじめたが、十三日には麻酔剤が効かなくなり、子規は阿鼻叫喚ともいうべき苦患の中にのたうちまわった。

『病床六尺』の中で彼は書いた。

「誰かこの苦を助けて呉れるものはあるまいか。誰かこの苦を助けて呉れるものはあるまいか」(強調の為の傍点付き)

傍点をつけたのも彼自身である。

その後少し回復したが、もう自分で筆を取ることが出来ず、口述筆記が多くなった。激痛のため身体を動かすことも出来ず、全身は脊椎カリエスの膿と、おむつの便でひどい臭気を発していた。最期には、むくみが来て、痩せ細っていた足は、水死人のごとく膨れ上がった。(中略)

九月十九日未明、見舞いに来て泊まっていた高浜虚子は、子規の妹律(りつ)に起こされた。虚子は夜半過ぎまで聞こえていた子規の「う〜ん、う〜ん」といううなり声が、いつのまにか静かになっているのに気がついた。はいってみると、子規の母八重子が子規のひたいに手をあてて、「升(のぼ)さん、升さん」と、その幼名で呼んでいた。老母は眠らず、蚊帳の外からずっと見ていたのだが、あんまり子規が静かなので、手を握ってみて、いつのまにか死んでいるのに気がついたのであった。

老母は、「サア、もいっぺん、痛いというてお見」といって、涙を流した。身体を清めてやろうとすると、子規の腰から背にかけて蛆がはいまわっていた。
(山田風太郎「人間臨終図巻」)

先に書きましたように、僕もうつ病で体調も悪く、失業していて収入もなく、いずれ上記の三人のように訪れであろう壮年期での死期を感じるので、死の有様をひたすら淡々と綴ったこういった本は本当に慰めになります。この本「人間臨終図鑑」は「みんな死んで行く」という、近代ヒューマニズムの「みんな生きて行く」という幻想(実は働けなくなったら死ぬ仕組み)とは対極の、現たる死について、考えさせてくれます。

風邪で身体がだるくて溶けたような暑さに包まれながら「人間臨終図巻」を読んでいて、この著は名著と、改めて感じました。アシュケナージが演奏するシューベルトのピアノ・ソナタを聴きながら病床で読んでいました。僕はシューベルトのピアノ・ソナタ第18番『幻想』が好きです。シューベルトの音楽、ベートーヴェンに模範を取りながら、ベートーヴェンよりもずっと醒めている、寂しく、孤独な静謐のメロディが、心身の痛みを和らげてくれます。

シューベルトは作曲の範をベートーヴェンに求めた作曲家の一人で、ピアノ・ソナタも未完を含めて21曲を残しているが、その作風はベートーヴェンのそれと大きく異なる。シューベルトのソナタ形式は(ベートーヴェンのような)緻密な動機的展開で構築されたものではなく、主題はそれ自体で歌のように完結している。
(シューベルト「ピアノ・ソナタ第18番、第14番、他」ライナーノーツより)

参考作品(amazon)
シューベルト:ピアノ・ソナタ第18,14番
シューベルト:ピアノ・ソナタ第18,14番
人間臨終図巻〈1〉 (徳間文庫)
人間臨終図巻〈1〉 (徳間文庫)
人間臨終図巻〈2〉 (徳間文庫)
人間臨終図巻〈3〉 (徳間文庫)
鉄腕アトム (別巻 1) (手塚治虫漫画全集 (251))
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石川啄木歌文集 (講談社文芸文庫)
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病牀六尺 (岩波文庫)
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