藤津亮太さんの「アニメと戦争」(日本評論社)読了。表題を多面的に分析する本でとても面白かったです。要約は困難で基本的に読んで頂くのが一番ですが、個人的には、萌えミリ(ガルパン等)の分析「良心の痛まない戦争ごっこを可能にする箱庭」の極北(戦争から負の側面を全て漉し取った作)との分析が面白かったです。

アニメと戦争

萌えミリの代表作であるガルパンを作った水島努監督と、ガンダムの富野由悠季監督、ボトムズの盒粁品經篤弔寮ぢ紊虜垢、戦争を描くときの差に繋がっていると感じられるのが凄く面白い分析でした。少し引用してご紹介。

藤津亮太「高橋の述懐からまずわかるのは、太平洋戦争は直接的な体験ではないものの、親世代を通じて自己確立に大きな影響を与えているということだ。表層では第二次世界大戦から距離があるように見えるリアルロボットものでも、1940年代の作り手の底流には、「親の体験した太平洋戦争」と「世相の中で体験したベトナム戦争」があるのだ(略)(高橋の戦争アニメに関するスタンスは)第五章で引用した富野の発言(表現者として戦争の責任を引き受けたい、詳細は後述します)とも通じるところは多い(略)

『ガールズ&パンツァー』が描いているのは、「究極の戦争ごっこ」だ。倒すべき相手も思想もなく、戦闘に特化して「戦争もののおもしろさ」だけが純度高く抽出されている。登場人物をめぐるドラマもTVシリーズでみほの心境の変化を描いた後は、物語を動かすための最低限の要素に絞って、試合内容をエンターテイメントとして見せることに注力している(略)(戦争の負の側面を)見事にこし取ったのである」(藤津亮太「アニメと戦争」日本評論社)

凄く面白い。私はゲーマーなんですが、藤津亮太さんのガルパン分析で思い出したのはテトリスですね。テトリスはソ連の科学アカデミーで研究していた科学者パジトノフが、人間に快楽を持続的かつ最高度に感じさせることに特化したパズルを作るという目的で創り上げたゲームで、思想的なものは何もない。それは究極的に快楽主義的なパズルとして完璧に近い完成度を持っている。

ガルパンの思想もまさにテトリスで、そこでは究極の戦争ごっこで視聴者に快楽を与えるということに完全に特化しており、富野由悠季監督や盒粁品經篤弔持っている戦争に対する情念、オブセッション(戦争の負の側面も表現者として引き受けたい)は何も無い。ガルパンは、視聴者に戦争ごっこの究極の快楽をあたえる為だけに存在する完成度の高い戦争アニメなのですね。

これは実は哲学的テーマでもあって、ノージックやシェリー・ケーガンや最近話題のサンデルなども題材にしている「究極の快楽主義が正しいのか」という問題にも繋がっている。アニメの作り手の世代の差(戦争がまだ身近にあった富野由悠季1941年生、高橋良輔1943年生、二人に比べ出生年が20年離れている水島努1965年生)がそれを生み出しているというのも面白い。

シェリー・ケーガン「(テトリスやガルパンのような究極の快楽主義が人生の目的なのかについての)ここで役立つ思考実験はロバート・ノージックが提唱したものだ」(シェリー・ケーガン「DEATH 死とは何か」文響社)

非常に大雑把かつ単純化してノージックの思考実験を紹介すると、コンピュータに脳を繋がれて、栄養を補給され身体を完璧に管理され、完璧な仮想現実、仮想現実の中にいることも意識できない仮想現実世界で、そこで生涯、全ての望みが叶えられる。そういった人生を送れる未来があったとき、それを選択するか、繋がれないことを選択するか、という思考実験です。

「繋がれることを望む」という人は、究極の快楽主義者で、テトリス万歳!ガルパン万歳!なのでそれはそれで良いのですが(快楽主義は哲学の流れの一つ)、繋がらないことを望む人は、なぜ繋がらないことを望むのか、それが快楽主義が究極の目的なのかに対するその人の答えになると、ノージックらは考えました。

シェリー・ケーガン「体験装置は快楽をきちんと与えてくれる。体験を正しく把握し、精神状態を適切にし、頭の中を相応しい状態にするが、もし体験装置に繋がれた生が、人生で望むことの全てでないなら、望み得る最良の人生には、頭の中を相応しい状態にすること以上のものがあるわけだ」」(シェリー・ケーガン「DEATH 死とは何か」文響社)

哲学の全体的な傾向としては、究極の快楽主義の肯定はリバタリアン(自由至上主義者)に多く、リベラル(自由主義者)、コミュニタリアン(共同体主義者)、コンサヴァティヴ(保守主義者)には少ない感じです。後述しますが、因果による社会との繋がりを認めなかったヒューム(理論的に究極の快楽主義が是とされる方向を示した)と、因果による社会との繋がりを認めたウィトゲンシュタイン(理論的に究極の快楽主義を否とできる方向を示した)の軸があります。

ノージックが思考実験を打ち出した究極の快楽主義に関しては、因果性による社会との繋がりを認めるか(ヒュームVSウィトゲンシュタイン)、また、因果性により社会と繋がっていることを認めた場合はそれも含めて、社会と切断された形で快楽に走るのは正しいのかということが、主に議論されることが多いです。

スティーヴン・マンフォード、ラニ・リル・アンユム「ヒュームは因果性について、私たち自身が外部の観察者であるかのように語った。哲学者がビリヤードの試合を観戦したり、科学者が相関性をただ記録したりすることがある。その際に、彼らはいずれも自分が見るものに干渉しない。実際、実験者というものは、結果に自分が影響を与えないようによく注意しなければならないものである。だがもちろん、結果に影響を与えることができない訳ではない。

私たちは、因果的な世界から切り離されているわけではなく、その立派な一部分である。私たちは因果的な行為者である。つまり、私たちは因果性を開始し、私たちの行為は結果を待つ。私たちはまた、因果性の受け手でもある。つまり、私たちに対してものごとが因果的になされることがある。このように、私たちは因果的な能動性と受動性の両方を持つ。他のあらゆるものとまったく同様に、私たちは世界の因果的な網から逃れることはできない。

ヒュームは意志と行為を切り離したとして批判されてきた。その批判者にはウィトゲンシュタインも含まれる(確実性の問題、共同体説)。未来に行為することへの願望や意図を形成することはできるが(快楽装置に繋がれたい等)、行為を意志することとその行為は同時的で切り離せないように思われる(略)

因果性の介入主義的説明の基礎をなす非常に単純な考え方がある。抽象的に言えば、あなたは原因を変化させることによって、(外側の社会の)結果を変化させることができるという考え方である(略)(人々を薄着にさせたいなら)あなたは室温をあげることで、そこにいる人が服を脱ぐ見込みを高めることができる(略)因果性を無視したら、世界の中で活動することはもはやできない」(スティーヴン・マンフォード、ラニ・リル・アンユム「哲学がわかる 因果性」岩波書店)

この「あなたは原因を変化させることによって、(外側の社会の)結果を変化させることができるという考え方」を富野監督は、自分がガンダムを作る時に重んじていることとして挙げていますね。社会に対するコミットメントの考え方。究極の快楽主義を否とする立場もまさにこの考え方が中枢にあります。

富野由悠季「(ガンダムは)スペースコロニーに移住した人類社会を描きましたが、そこまで生活圏を広げた人間たちを誰がどう統治しているのか、なぜ戦争が始まるのか、という設定に非常に頭を悩ませました。そこに安易な発想は持ち込みたくなかったし、無いアタマを絞って一生懸命考え、必死に勉強して、きっちり書いたつもりです。

領土、生活圏、資源、真の独立……そういう戦争の口実や原因、そして結果についての『ガンダム』の描写は、ある意味で第二次世界大戦の引き写しなんです。

僕にとっては、日本の過去の戦争を意識的に、あるいは無意識的に投影した部分がある。そこには屈折したものも含まれているかもしれませんが」(富野由悠季。藤津亮太「アニメと戦争」)

藤津亮太さんが分析するストライクウィッチーズ(高村和宏監督、彼は水島監督より更に若い世代、1972年生)やガールズ&パンツァーが社会から切り離した快楽主義的部分だけを抽出していることと、富野由悠季監督の姿勢(アニメを通した社会へのコミットメントを諦めない)はちょうど対になっている。富野監督的姿勢が海外のアニメ作品に多いことも「アニメと戦争」で分析されています。

藤津亮太「つまり、ここ(ストライクウィッチーズ)では第二次世界大戦の中から、エース・パイロットとそれにまつわる知識だけが綺麗に抽出されているのである。ここでいう知識はネタと言い換えてもいいだろう。戦争という全体像から切り出された、「おもしろい部分」だけが採用されているのである(藤津亮太「アニメと戦争」)

現在のアニメ業界で、富野由悠季監督的な作り手は凄まじく希少(ほとんどいない)ですが、それでも、富野由悠季監督的な製作スタンスを私は支持しています。ファーストからずっと全てのガンダム大好きだし!!閃光のハサウェイが早く見たいです…

ただし、もう一つ、重要なのは、快楽主義が悪いとは決め付けられないということです。それは逆に言えば、快楽主義以外の選択(装置に繋がることを拒否する選択)が悪いとも言えないということです。これは完全に個人の生き方の問題になり、どちらが正しいか言えない問題、自分で選ぶしかない問題です。ノージックやローティは自分で考えることの重要性を説きました。

この辺の、ストパンやガルパンのような快楽だけが究極の答えなのか、それとも、ガンダムやボトムズ等のアニメが描こうとしたそれ以上の何か(負の側面も含む現実の社会への大きな繋がり)に感動したり感じたりすることがあるのか、ということについて考えながら、戦争を題材としたアニメを見ると、なかなか面白いのではないかと思います。「アニメと戦争」、お勧めの良書です。

アニメと戦争
藤津亮太
日本評論社
2021-03-02






哲学がわかる 因果性 (A VERY SHORT INTRODUCTION)
ラニ・リル・アンユム
岩波書店
2017-12-15


ウィトゲンシュタイン全集 9 確実性の問題/断片
ウィトゲンシュタイン
大修館書店
1975-01-01











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