ねこねこブログ

ねこねこと申します。ねこ大好き(*^^*)アニメ、マンガ、ゲーム、本とかも大好きです。楽しいことたくさん書いていきたいと思います。今、うつ病で無職で生活が非常に貧困困窮しておりまして、買い物してくださるととても感謝します。メールについてはこちらをご覧下さい。リンクフリーです。ツイッターはこちらです。https://twitter.com/kemohure

2014年06月

ワールドカップについて語る一部の人々について驚いたことについて。スポーツを『見る』こと。

哲学初歩 (岩波現代文庫)

ワールドカップで日本が負けたことで、ネット上の一部のサッカーブログやコラムなどでは、『負けたことで日本サッカーの現状や日本のサッカー選手を批判するな!!ファンなるもの、サポーターなるものは選手や現状を支持し続けることこそ正しい!!』の大合唱で、それはそれで一つの考えだと思いますが、その騒ぎを見ていて、一つどうしても、物凄く驚いたことがあるので、今回はそれについて書いてみますね。下記などは典型的な『選手を批判するな』ブログなので少し抜粋引用させて頂きます。

【W杯】批判の仕方を間違えるな。集中バッシングの何が悪い。
http://kiyonagakeiji.info/rensai/2014/06/soc-col140427.html

「バッシングなんて許せない」っていう人は、批判の仕方を間違えていると思うんだ。

前述の不器用な大学生たちの話で言えば、彼らに優しい言葉をかけられるのは同級生であり、つまり「友達」だろう。この話はあくまで僕がつくった例に過ぎないが、多くの人はそうだろうと思う。良く知りもしない人にクソつまらないものを見せられたら腹が立つが、大切な友達だったらみんな許すよね。いや、優しい言葉じゃないかもしれない。「そんなんじゃダメだ!もっとがんばれよな!」っていう叱咤かもしれない。でもそこには、友達なりの「大切な想い」が込められているんだろうと思う。

さて、ではその大切な仲間たちの中で、一人が友達を思いやらないバッシングをしたとする。その人はたぶん、仲間ではないだろう。仮に今まではそうだったとしても、その瞬間から仲間ではなくなる。「申し訳ないが、俺はあいつを応援できない。ありえないだろ」と言われたら、それはサヨナラをするということなんだろう。それを責めることは誰にもできない。間違ってないのだから。言えるのは好き嫌いまでで、相手を責めることはできない。

では、その人が、4年後にまた「友達づら」をして接して来たらどうだろう。

いっせいに叩くときは、そのときだ。

「お前は、あのときアイツを、俺たちを見捨てたじゃないか」と。
友達づらをするな、それはおかしい、間違っていると、このときはじめて言える。

そう、つまりそういうことだ。

このタイミングで日本代表にリスペクト無く批判する人たちは、僕らの仲間ではないんだ。ただそれだけの話なんだ。みんながみんな僕らの仲間である必要はないし、押し付けてはいけない。強引に仲間にいれるのも違う。日本代表に、日本サッカーにかかわるすべての人にリスペクトを抱き、労いの気持ちを持つというのは、仲間だからだ。彼らに感謝をし、彼らのために僕らも頑張ろうと思えるんだろ?それは仲間だ。

サッカーの世界ではその人たちのことを「サポーター」っていうんだ。

ファンじゃない。「サポートする人」なんだ。一緒に戦ってるんだ。みんな、胸をはっていい。眠い目をこすり、日本代表に期待をし、TVの前で大きな声を出し、その期待が裏切られる結果になったにも関わらず、それでも日本代表に対して敬愛の念を抱くあなたは、たとえお金を払ってスタジアムで見たことが無くても、サポーターなんだ。そう、そこのあなた、バッシングに腹が立つあなただ。あなたは、ニワカだろうが素人だろうがなんだろうが、立派な日本代表のサポーターなんだ。

この歌を一緒に心から応援歌として歌う権利を持つ人なんだ。

あいつらが「サポーターづら」をしたとき、いっせいに叩いてやろうぜ

バッシングを否定したいなら、その中身を否定しよう。バッシングそのものを批判しちゃだめだ。それは同調圧力だ。例えばこういう記事には「はぁ、ブラジルからファンへ感謝を伝える会見を行うと何がダメなんすか?バカなんすか?」と言ってあげればいい。

バッシングするやつらを批判するのは今じゃない。これから先、また日本代表に活気が戻ってきたとき何事もなかったかのように「私たちも応援してます」みたいなツラして何の躊躇もなく戻ってきたときだ。言ってやろうじゃないか。

「いや、アンタらは日本代表を見捨てただろう。お前らは間違っている。仲間じゃない奴はここから去れ」

仲間じゃないんだからしょうがない。そんな奴は放っておけばいい。だいたい、スポーツ紙がゴミみたいな情報を発信するなんて今に始まったことじゃないだろう。クソくだらない芸能ゴシップや風俗レポートと同居しているような紙面だよ?はじめから仲間であるはずが無くて、でも彼らにも何かを発する権利はあるのだから、もう放っておけばいいさ。

僕らにいま大事なのはバッシングを批判することじゃない。
「ああ、この人たちは仲間じゃないんだ」と自覚して、放置することだ。圧力をかけることじゃない。

おおお…。僕はこれらのサッカーブログやコラムなどを始めて読み、そして物凄く驚いたんですね。現在の日本代表サッカーというのは巨大なショービジネスであって、日本サッカー協会とスポンサーと広告代理店の関係性における数億ドル、数百億円という金銭の流れ(放映権料)の中で全てが決定されていくわけで、そこに個々人のサッカー観戦者の個々の意思とか全く入らない訳ですよ。ぶっちゃけ、試合や選手を褒め称えようが、批判しようが、それは、来週の南太平洋の天気はどうなるかを議論するようなものにも似て、特に意見を表明したから何かが変わるというものではないんですね(天気は個々人の意思で決まるわけではない)。なので、熱心なサッカー支持者であっても、実際のところは別に日本代表に対して実際のサポートを何かしてる訳ではないのですが…。

何か、実際的なところとは別のところで、精神的共同体みたいなものを、サッカーファンがあると信じているようなところが、凄く驚いてるんですね…。ナショナリズムや宗教共同体などに見られる精神的な共有感による『想像の共同体』ですね。

直接顔を合わせて連絡を行う原始的村落より大きいあらゆる共同体(或いはそれでさえも)は想像されたものである。共同体は虚偽/真実という軸によってではなく、その想像のされ方によって弁別されなければならない。
(アンダーソン「想像の共同体」)

ただ、まあぶっちゃけ、こういった想像の共有感は実質のところは主観的幻想なわけですね(テレビモニタの前でいくら選手を応援しても、その応援によって勝敗が決まるわけではない)。スポーツというのは肉体の実力勝負な訳ですから、こういった主観的幻想を抜きにした世界(客観世界)において興味深い肉体の戦いこそ、僕はスポーツという冠に相応しいと思うところでありますね…。古代ギリシアのオリンピックが示したように、スポーツというのは、基本的には『見る』ものであって、『幻想を託す』ものとはまた別ではないかと、僕はそう思います。

『およそものごとには、われらの権内にあるものと、われらの権内にないものとがある。我らの権内にあるのは、思惟、志向、意欲、忌避など、一言にしてこれを示せば、我らが自分だけで為すところのものである。これに反して、我らの権内にないというのは、肉体、財産、名声、地位など、一言にしてこれを示せば、我らが自分だけで作り出すのではないところのものがこれである。我らの権内にあるものは本来自由であって、妨害されたり邪魔されたりすることのないものであるが、我らの権内にないものは、はかなく不自由なものであって、いろいろな妨げがあり、自分の力の及ばぬ他所のものなのである。

されば、君の忘れてはならぬのは次のことである。もし君が本来不自由なものを自由になると思い、他所のものを自分のものと考えるならば、君が妨害に出会い、悲嘆にくれ、心を乱して、神や人を罵るようになるであろう。これに反して、もし君が君自身のものだけを君のものと思い、他所のものはちょうどそのままでよいと考えるならば、不自由な強制を君に加えるものは一人もいないことになるであろう。君を妨げるものは誰もいないことになるであろう。そして君は何物をもうらむことなく、また罵ることもないであろう。君は何一つ不本意な行いをすることはないであろう。君を傷つけるものは一人もなく、君は敵を持たないであろう。なぜなら、君は何の害も受けることはないであろうから』

という言葉がエピクテトスに帰せられている。エピクテトスのこの倫理は、自分だけの世界と他所のものの世界との峻別の上に立てられている。

我々は自分だけではいかんともなし難い外物に空しい期待をかけて、その蹉跌に怒ったり、悲しんだりする代わりに、全てそういう望みを捨てて、自分だけの世界の自由を守るようにしなければならぬというのである。

ネロの時代とも重なる暴政ローマ帝国の下に奴隷として生まれた不具のこの哲学者は、その絶望の倫理において、自分だけの世界に奥深く身を沈めていたのである。

仮に我々は、いわゆる主客の対立が、単に見るという態度からだけ生まれて来るものではないことを見た。我々が見るからものは客体化されるのではなく、ものは既に(我々の影響外にある)客体であるから、見るよりほかはないのである。

「我らの権内にないもの」については、我々はエピクテトスと共に空しい望みを捨てる。我々のいかんともなし難きものは、これを見ているよりほかはないからである。

人が何かに働きかけ、行為するのは、それが「我らの権内」にあることで、自分の自由になることだと信ずるからである。しかし天体の運行を我々は自由になし得ないし、幾何学の命題をわが意に従えることもできない。また既に過去となった歴史事実を我々はいかんともすることができない。

これらを取り扱う学問が「見る」の性格を帯びるのは、全くそのもの(客体)の要求によるのであって、我々の「見る」態度がこれらの学問やその対象を作り出すのではない。
(田中美知太郎「田中美知太郎集」)

哲学初歩 (岩波現代文庫)
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ドラクエ10がRPGのジレンマを(多少は)乗り越えた、たった一つの冴えたやり方

ゼノブレイドはRPGが3Dになることで生じるジレンマを乗り越えている
http://ch.nicovideo.jp/tragicredeemer/blomaga/ar293396

上記面白いですね。上記においてはゼノシリーズ、LRFF13、FF零式、、ファンタシースター、モンハン、ポケモン、直接は言及されていませんがDPS特化MMOとしてFF11、FF14などに触れておりますが、ドラクエ10については言及されてないですね。言及しなかった要因は、多分、ドラクエ10が、ここで言及されている「RPGが手順の決まったアクションゲーム化している問題」を多少はクリアしているからなのではないかなと思います。

ゼノブレイドはRPGが3Dになることで生じるジレンマを乗り越えている

オープンワールドが台頭したことで、RPGのバトルシステムはリアルタイムベースが主流になりました。しかし、メタゲームは複数の選択肢から相手の手の内を読む性質上、リアルタイムベースよりほぼ∞にコマンドが増やせるターンベースと相性がいいのです。アクションゲームではプレイヤー1人が同時に操作するキャラクターの割合が1:1ですが、RPGやTCGではプレイヤー1人に対しキャラクターが∞ということもあり得ます。それに加え、ダメージレースに勝ち抜くことはシューティングや音ゲーで高スコアを目指すことと本質的にはなにも変わらないため、RPGよりアクションの方がビートダウンとの相性が良かったことも、コントロールの退潮に拍車をかけていると思われます(1秒間のダメージのスコアが勝敗を分ける某MMORPGがよい例)

想えばMTGはダンジョン&ドラゴンズの影響を受けていました。コンピューターRPGとTCGは、共にテーブルトークRPGを起源にする兄弟なのです。しかし、オープンワールドの台頭によって、ターンベースのRPGに脈々と受け継がれてきたメタゲームの源流は涸れ果てようとしています。RPGはこのまま育成要素があるだけの、アクションゲームのいちジャンルに収まってしまうのでしょうか?

では本題に入りましょう

ゼノブレイドはオープンワールドの概念を導入し、FF12の路線を継承した日本では今のところ唯一のRPGです。ゼノブレイドのバトルシステムはリアルタイムベースでありながらコントロールが有効であり、未来視やスパイクのアイディアが過剰なビートダウンを抑制し、リアルタイムベースならではのメタゲームを見事に演出しています。

僕はRPG好きでして、ゼノシリーズ、FFシリーズ(外伝含め)、FF11、FF14、ファンタシースター、モンハンシリーズ、ポケモンシリーズ、ドラクエシリーズ、ドラクエ10、ペルソナシリーズ、女神転生シリーズ、世界樹シリーズ等プレイしてきたのですが、DPS以外のメタゲーム的なコントロール要素で遊べるということでは、世界樹シリーズやドラクエ10がかなり大きいなと思いますね。世界樹シリーズは非オープンワールドのターン制RPGなので、コントロール要素を大きく取ることをゲームシステム的にやりやすくなっているのですが、ドラクエ10はオープンワールドMMOでありながら、明らかにコントロール要素が他オープンワールドMMOよりは大きい。それは、なぜか。

それは、他MMOに比べシステムがまったく異なるからなどではない。寧ろシステム自体はそれほど変わらない。ではなぜか。

それはたった一つの冴えたやり方。

『バトルの難易度がぬるくてゆるいから』です!

ドラクエ10って他のMMOに比べると、エンドコンテンツの数々がどれも凄くぬるいんですね。レベル上げが大変すぎるのが難点ですが、メイン職のレベルをいったん70〜80ぐらいまで上げて、他の職のHPパッシブを取ると、だいたいのことはできます。

なのでエンドコンテンツバトルの中でも色々とDPSを気にしない行動を取れる余地があるんですね。あまりガチガチにDPS効率を求めたプレイをしなくてもエンドコンテンツのボス敵を倒せるし倒す時間も効率プレイと比べてたいしてあまり変わらないので色々遊べる要素がある。

この辺がエンドコンテンツでは全員の手順が全て決められた効率的プレイしかできない他MMO(特にFF14あたり)とはまったく違うところだなと思いますね。

ドラクエ10の現在のエンドコンテンツは、災厄の王、ピラミッド、コインボス、強ボス、コロシアムの5つありまして、対人戦闘を行うコロシアムのみ、一般プレイヤー層には手の届かない超高額装備を身にまとった廃人のプレイヤー達によるガチガチの効率的プレイが求められる廃人向けのコンテンツとなっていますが、他の4つのコンテンツは、対CPU敵との戦闘でして、基本的にとってもぬるくてゆるいので、色々と戦闘中にDPS以外の遊べる要素があるんですね。

現在、対CPU敵との戦闘で最も高難易度のピラミッド7層でも、勝つための決まった手順というのは特になく、様々な職の組み合わせでクリアできますし(僕は物理構成・戦士2僧侶魔戦、魔法構成・魔法2僧侶2両方でクリアしました)、他のコンテンツに至っては、ドラクエ10は基本4人PTですが(災厄の王だけ8人討伐)、1人初心者(レベルの低い育っていないキャラクター)が入っていても、残りの3人で1人分カバーしてクリアすることができます。この辺はFF14だとちょっと考えられないようなぬるさであり、このぬるくてゆるい戦闘バランス調整がドラクエ10の最も優れたところだと僕は思いますね。余談ですが僕的にはバラモスを物理アタッカー構成で波動をジャンプ回避しながら倒すのが好きです。

日本のMMORPGが基本的にソロRPGよりバトルが高難易度でDPS重視・アクション性重視なのは海外RPGの影響ではないかと思いますが、別に日本のRPGなんですからそんなところを無理に真似する必要はないと思うんですね。FF14は本当にそう思います…。

バトルの難易度をぐっと下げることで、色々遊べる要素を増やすというのは、まさに日本のRPGが古くからずっとやってきたことであり、そしてそれの元祖こそがドラクエ気ら続くドラクエシリーズな訳ですね。もともとドラクエシリーズというのは高難易度で敷居の高かった海外RPG(ウィザードリィ等)を日本的にリファインして難易度を下げて遊びやすくしたというのが画期的だった訳です。その点(オープンワールドでありながら難易度が低くて遊びやすい、敵が弱いため戦闘中に色々遊べる要素がある)において、ドラクエ10はドラクエシリーズの継承であると心から思いますね。

海外製オープンワールドアクションRPGのように難易度をどんどん上げていくのではなく(もちろんこの方向性の和製作品にもダークソウルシリーズのような傑作はあります)、ドラクエ10のようにバトル難易度をぐっと下げることで、バトル中に色々できる多様性を増やすというのも良い方向性としてあると思いますね。

例えば、ドラクエ10バトル中にMP減ってきてMP節約したいから、DPSは爪武器でタイガークロー(爪技)や鞭武器で双竜打ち(鞭技)の方が高いけど、そこをあえてポイズンスケイル(敵に毒を付与する短剣)に持ち替えてヴァイパーファング(敵に毒を付与する短剣技)・タナトスハント(毒の入った敵に4倍ダメージ短剣技)するとか(短剣は攻撃時にMP回復するスキルがあるためMPがほぼ減らない)、真災厄の王で味方が崩れそうだからアタッカーだけど今だけ盾に持ち替えてファランクス(盾装備時守備力が一定時間大幅上昇)して、様子を見ながら死んだ仲間がいたらアイテムで蘇生しようとか、DPSにこだわらずに色々遊べるわけですね。

この辺の遊びは、海外展開しているFF14のような超高難易度MMOのアクションバトルだとPTが一度崩れた時点で終わるため、許されない遊びな訳ですね…。MMOのバトル難易度が高すぎると誰か1人でもミスした時点で終わりで、PTがすごくギスギスしますね…。この辺、PTのみんなで和気藹々とゆるくやりたいなという日本のMMOプレイヤーと、PTの馴れ合いなど不要、圧倒的高難易度を超絶アクションでクリアするやりこみこそ全てという海外のMMOプレイヤーとの差みたいのもありそうですね…。

前述のブログさんにはFFドラクエにおいてはバフデバフは機能していないと書いてありましたが、少なくともドラクエ10においては、普通にボスに勝つために戦うにはバフデバフはものすごく重要です。実は強ボスタイムアタックでもデバフは重要になってきていて(バフは前から最重要)、今のドラクエ10のタイムアタック、魔法戦士がフォースブレイク(敵の全耐性を低下させるデバフ)入れてシャイニングボウ撃つの基本ですからね。

僕もゼノギアスからゼノブレイドに至るまでゼノシリーズはプレイしているので、ゼノブレイドクロス楽しみにしています。wiiのラストストーリーなんかもゼノブレイドに通じるものがあって面白かったですね。ゼルダの伝説スカイウォードソードなんかも、オープンワールドアクションRPGでありながら、DPSではなくコントロールを重視したゲームとして実に面白いと思いますね。

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朝日新聞に「今漱石の『こころ』がいま売れ行き好調なのは同性愛物語が求められているから」と…。

6月7日朝日新聞夕刊の内容がぶっ飛んでいて思わず吹いたのでご紹介致します。

6月7日朝日新聞夕刊一面

「いま、漱石」

明治の文豪・夏目漱石が、ちょっとしたブームになっている。代表作「こころ」が本紙朝刊で100年ぶりに連載されたのを機に、文庫の売り上げが倍増。古典再読の機運に加え、作品に「萌(も)え」る人もいる。名作は世紀を超え、読者を広げている。

再読、中高年に広がる

「夏目漱石が、今年ブームです」。東京・神保町の三省堂書店神保町本店は5月末から、文庫売り場の入り口にあるメーンの陳列棚にパネルを掲げている。パネルを仕掛けたのは新潮社で、全国の書店に配った。

「こころ」は元々、新潮文庫の累計部数1位を誇る。毎年3万部、計184刷697万部が発行されてきた。安定して売れていた作品の販売部数が、本紙での連載が始まった4月20日すぎから、前週の2・5倍に伸びた。

ブームを支えるのは、連載をきっかけに再読する中高年だ。過去1年の新潮文庫「こころ」の購入者は50代が19・3%。だが5月は31・7%に跳ね上がった。都内の書店で「こころ」を探していた会社員の関根正俊さん(42)は「10代の頃に読んで、重いなと思った。大人になって読んだらどうなのか、興味がある」と話す。

 岩波文庫編集長の入谷芳孝さん(51)は「お札にもなった知名度に比べれば、実際に読み通した人はまだ少ない。きっかけがあれば、手にしたいという人が多いのかも」と話す。

 知名度のある「定番」が突然売れ出す例は多い。ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」は、2006年に光文社から新訳が出たのを機に、5巻で計103万部を発行している。(中略)

 「萌える日本文学」(幻冬舎)を書いた文筆家の堀越英美さん(40)は、男性同士の恋愛感情を表現した「ボーイズラブ」を求めて「こころ」を読む人もいると話す。「心を閉ざす『先生』をせめる『私』という関係性に萌える」からだ。

 NHKの朝ドラ「あまちゃん」は、ヒロインのアキと親友のユイの同性の友情が描かれた。ヒット中の映画「アナと雪の女王」も、アナとエルサ姉妹の葛藤が物語を進める。堀越さんは「同性同士の物語が求められている」とみる。


なんか、なんでも『プラズマ』に結びつけたりする論法と似たものを感じて思わず吹きました。

どう考えても、「同性同士の物語が求められている」からこころがいま売れているとは思えないんですが…。

何でもかんでも世の中の事象全てをボーイズラブに結びつけるような論説は牽強付会に過ぎて、ギャグになっている感がありますね…。もちろん、『こころ』をボーイズラブ小説として読んでもいいですし、そういった読み方をしている人々もある一定層はいると思いますが、ただ今現在『こころ』が売れ行き好調なのは、こころが刊行されてから今年は100周年で、各書店がキャンペーンを張っているからでしょうね…。

こころ (新潮文庫)

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