ねこねこブログ

ねこねこと申します。ねこ大好き(*^^*)アニメ、マンガ、ゲーム、本とかも大好きです。楽しいことたくさん書いていきたいと思います。今、うつ病で無職で生活が非常に貧困困窮しておりまして、買い物してくださるととても感謝します。メールについてはこちらをご覧下さい。リンクフリーです。ツイッターはこちらです。https://twitter.com/kemohure

2009年11月

あにゃまる探偵キルミンずぅと諸星大二郎「バイオの黙示録」。SFにおける人類種の二つの未来。

あにゃまる探偵キルミンずぅOPED主題歌「Poo/Chuai Mad Noi」
未来歳時記・バイオの黙示録 (ヤングジャンプコミックス)

最近酷く寒いですね…。僕は昨日より喉が痛くて、寒くて息を吸うと喉が痛みます。皆さん寒さにお気をつけ下さい…。本題に入りますとあにゃまる探偵キルミンずぅ第七話「神浜峠でゾウを見た!?」視聴。本作は基本はほのぼの動物変身コメディですが、ちょこちょこと妙にSFっぽいギミックがあるのが面白いですね。今回、アニマリアン(動物から人間に変身できる種)の目的が「アニマリアン革命」であるということが明かされましたが、革命というところは手塚治虫の作品「バンパイヤ」っぽく(バンパイヤは、獣人達を率いた野心家のロックが革命を起こし人類を征服しようとする)、またその革命達成方法が人間を動物に変身できるアニマリアン種にするというのは、諸星大二郎のSF作品「バイオの黙示録」っぽいですね。「動物と人間の境目をなくす」ということから見ると、バンパイヤよりバイオの黙示録に近いかなという感じがします。

諸星大二郎さんの「バイオの黙示録」は、生命と環境を遺伝子レベルで汚染したバイオ戦争とバイオテロ、そして遺伝子改変技術の無分別な利用の拡散によって、あらゆる種の遺伝子が混ざり合い、動植物に本来とは別の種の遺伝子が発現して姿形を始めとする生命形態がどんどん変容してしまうようになった世界が舞台です。都市に住みかつての人類文明をなんとか維持している人間達は、薬を飲むことで他の種の遺伝子発現を抑えて人間の姿を保っているのですが、都市の外に住む難民達は他の動植物と入り混じったキメラになっています。また、都市以外に住む他の動植物や農園の植物や家畜なども、人間を始めとした様々な種の要素が遺伝子レベルで混ざり合い、なんだかわからないキメラになっています。

「バイオの黙示録」は、都市の外側(キメラ化した生命)と都市の内側(薬でキメラ化を抑えている人間達)の対立と、都市の内側からの変容、薬では抑えられないレベルで、都市の内側でも生命がキメラ化してゆく恐怖などを描いた傑作です。SFホラーの要素がかなりあって、ゴキブリに変貌してゆく都市の少年の話とか映画の「ザ・フライ」を思い起こさせて怖かったですね…。最終的にはあらゆる種が入り混じりあう大変容の中で人類種は消滅することが示唆されています。ゆえに「黙示録」な訳ですね…。

「あの風が何なんだ?」

「バイオの風だよ」

「バイオの風?」

「そう言われている。……いつか荒れ地の奥の奥から強い風が吹いて来て、農場も街もあらゆる土地を吹き渡る……その風はすべての人間の眠っている潜伏遺伝子を発現させるって……その時は街の人間が使っている薬なんか役に立たない……」(中略)

「さっきの風に吹かれたな。それで奥地に行きたいのか?だがやめておけ。まだ動物になりきっていない者は……もっと大きい風が吹くのを待て」

「吹けばどうなるんだ?」

「全ての人間の潜伏遺伝子が発現し人間と他の生物との境界はなくなる。あらゆる遺伝子が混じり合い、新しい種が次々と生まれる。本来の人間の種は消えてなくなる。そして荒れ地を中心として新しい生態系が作り出されて行くのだ。新しい天地創造だ!人類に後戻りの道はない!」
(諸星大二郎「バイオの黙示録」)

人類種の行く末を描く大きなテーマのSFには大きく分けて二つの未来がありまして、一つは生命の機械化、機械と生命が融合してゆくサイボーグ的な未来です。SFコミックの「攻殻機動隊」「銃夢」などがこれに当たります。もう一つは生命の変容、人類種とは別の種に生命の形態が変容してゆく未来でして、上述の「バイオの黙示録」やSF小説では「幼年期の終わり」「ブラッド・ミュージック」、アニメの「新世紀エヴァンゲリオン」もこちらに当たりますね。あにゃまる探偵キルミンずぅは、作中のSF的なガジェットを見ると後者の変容を描くのかなという感じがしますね。ただ、あにゃまるの場合は、人類種がアニマリアン種になったとしても、人類種が滅びることの悲壮感みたいなものはこれっぽっちも無さそうなのがSFとしてみると新しく、実に面白くて楽しいなあと。どっちかというと、人類がアニマリアンになったら、みんな動物に変身できるようになって世界が楽しく便利になるような感じです。ここら辺、主人公達の動物への変身をとても楽しそうに描いているのが大きいですね。見ていると、僕も猫に変身してみたいなあと思いますもの…。

参考作品(amazon)
あにゃまる探偵キルミンずぅOPED主題歌「Poo/Chuai Mad Noi」
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バンパイヤ (1) (秋田文庫―The best story by Osamu Tezuka)
バンパイヤ (2) (秋田文庫―The best story by Osamu Tezuka)
バンパイヤ (3) (秋田文庫―The best story by Osamu Tezuka)
攻殻機動隊 (1) KCデラックス
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幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))
ブラッド・ミュージック (ハヤカワ文庫SF)
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 特装版 [DVD]
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 (EVANGELION:1.11) [Blu-ray]
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夢色パティシエール「仲良し誕生日(バースデー)ケーキ」視聴。なんともいい話でしたね…涙腺が緩みそう…。

夢色パティシエール 1 (りぼんマスコットコミックス)
夢色パティシエール 精霊ぬいぐるみ バニラ

夢色パティシエール第七話「仲良し誕生日(バースデー)ケーキ」視聴。素晴らしく良い出来のいい話で感動しました…。完成度が高すぎて、「素晴らしい」という言葉以外ないです。まさにエクセレント!!スイーツ万歳スイーツは世界を救うんだ!!と言いたくなるほどに良い出来でした。あまりに良い出来過ぎて、スイーツ信者になりそうです。

夢色パティシエール公式サイト「仲良し誕生日(バースデー)ケーキ」
http://www.ytv.co.jp/yumepati_pc/story/07.html
Bグループのりえたちがスイーツ王子と仲良くするいちごへの嫌がらせに、いちごの考えたりんごちゃんへの誕生日ケーキのデザインを盗作。
妹の為にいちごが考えてくれていた事を知っているかなこがりえたちに食いつくも証拠がない。
何も出来ず悔しい気持ちで一杯のかなこだったが、いちごたちは急遽新たなデザインでケーキ作りに取り掛かっていた。
その姿に、かなこは自分も信じていちごたちのケーキを待つ事に。

しかし、お誕生日会まではあと1時間しかない。
ケーキを楽しみにしてくれているりんごちゃんの為に、絶対に間に合わせるという強い意志で作業を続けるいちご。
スイーツ精霊たちも手伝い、何とかケーキを仕上げる事はできるが、幼稚園に向かうバスには間に合わなかった。次のバスを待とうにもすぐには来ず、八方塞のいちごたち。
一方、りえたちの乗ったバスが幼稚園へと到着。いちごたちが遅れている事を聞きいたりんごは、不安で外を見つめる。

言葉では語りつくせないくらい全体の完成度が高くて心から感服致しました。いちごの親友になったルミとかなこがいい味出していましたね。上記で紹介しているところからの展開はまさに神懸かった素晴らしさでして、感動的な展開でした…。りんごちゃんがぴよぴよ幼稚園のみんなと仲良くなるのと、いちごに親友ができるのと、頑張って作ったスイーツでみんなに喜んでもらうのがそれぞれ全てリンクしている。そしていちごがみんなに喜んで貰って思い出す、パティシエールだったいちごのおばあちゃんとの思い出が、とても良い…。感動的過ぎて涙腺が緩んでしまいますよ…。

夢色パティシエール、実に良いです。友情・努力・成長というジュブナイル物語の王道を正面から描ききっている傑作です。昨今のアニメではあまり見られない倫理的な王道物語(倫理といってもあくまで基本的にエンターテイメントで説教臭くないです)というところ、昔放映していた世界名作劇場アニメを髣髴とさせますね…。「あにゃまる探偵キルミンずぅ」と「夢色パティシエール」の二作が今クールでダントツにクオリティの高い作品であると思います。視聴お勧めです。

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青い文学「こころ」のアニメ版のKの顔が酷すぎます…。原作でKは先生よりも美青年と描写されているのに…。

こころ (新潮文庫)

先ほどのエントリにて、青い文学「こころ」のアニメ版に期待すると書いたばかりなのですが、アニメ版「こころ」のキャラクターグラフィックを見て、絶句しました…。先生の顔は普通に美青年ですが、Kの顔が酷すぎます…。

日本テレビ青い文学公式サイト「こころ キャラクター紹介」
http://www.ntv.co.jp/bungaku/chara/kokoro.html

夏目漱石の原作「こころ」において、Kは先生よりも女性に好かれそうな美青年の容姿と描写されているのに、一体これはどうなっているのか…。これでは先生がKに対して容姿に劣等感を抱いている原作の描写は不可能です。アニメ製作者がまた原作無視の勝手をやっていて心の底からがっかりです…。原作から引用致します。

夏目漱石「こころ」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/773_14560.html
すべてが私には不利益でした。容貌もKの方が女に好かれるように見えました。性質も私のようにこせこせしていないところが、異性には気に入るだろうと思われました。どこか間が抜けていて、それでどこかに確かりした男らしいところのある点も、私よりは優勢に見えました。学力になれば専門こそ違いますが、私は無論Kの敵でないと自覚していました。――すべて向うの好いところだけがこう一度に眼先へ散らつき出すと、ちょっと安心した私はすぐ元の不安に立ち返るのです。

Kは先生の幼馴染の親友でして、世慣れたところのある先生に比べると世渡りの下手な頑なな潔癖主義者、神経衰弱(ノイローゼ)になってしまう繊細なところのある青年として描かれております。お嬢さんのことも含め、先生がKの全てに対して不安を感じ恐れるのは、Kの方が容姿も含め、己よりも優っていると感じてしまうことから不安と恐れに駆られるのです。Kの容姿が先生と比べてあまりに掛け離れて酷いということになると、作品の根幹、先生のKに対する不安と恐れが全く説得力を持ちません。というか、製作者が原作ちゃんと読んでいないのが丸分かりで絶望しました。なぜ、原作に目を通さずにアニメ化しようとするのか…。あんまりです…。

参考作品(amazon)
こころ (新潮文庫)
増補 漱石論集成 (平凡社ライブラリー)
青い文学シリーズ 人間失格 第1巻 [DVD]
青い文学シリーズ 人間失格 第2巻 [DVD]
青い文学シリーズ 人間失格 第1巻 (Blu-ray Disc)
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青い文学「桜の森の満開の下」視聴。真面目に原作と取り組んで欲しかったです。坂口安吾「文学のふるさと」

坂口安吾「桜の森の満開の下」
坂口安吾「堕落論」(「文学のふるさと」収録)

坂口安吾の『文学のふるさと』によく知られた一節がある。安吾は『伊勢物語』の中の、恋した女を鬼から隠して身構えていたら、翌朝その女が既に鬼に食べられてしまっていたことに気づいた男の、いきなり突き放され、プツンとちょん切られたような空しい空白に対し、「非常に静かな、しかも透明な、ひとつの切ない『ふるさと』を見ないでしょうか」と述べている。
ここでいう「ふるさと」とは故郷の土地のことではなく精神的な「原点」とでもいうような意味だ。安吾はその場所を「生存それ自体が孕んでいる絶対の孤独」と呼んだ。
(切通理作「情緒論 ――セカイをそのまま見るということ」)

青い文学第六回「桜の森の満開の下」視聴。演出は前回よりよくなった感じですが、作品の雰囲気ぶち壊しのギャグシーンがたびたび挟まるので興ざめです…。何のために原作にはないギャグシーンを入れているのか、全く理解に苦しみます…。原作が高く評価されている一端は、怪奇幻想譚、幻想的寓話として説得力を持つ雰囲気を一貫して保っているところなんですが、それが台無しです…。本アニメは原作にはない、全く作品の雰囲気にそぐわないギャグシーンをたびたび挟むので、作品の雰囲気がそのたびに台無しになります…。折角、今回の首遊びのシーンやクライマックス〜ラストに掛けてのアニメ化演出は良かったのに、全体としてみると、作品の雰囲気をぶち壊しにするギャグシーンによって作品全体の完成度を大きく損ねており、勿体無い作品としかいいようがないです…。幻想譚の非現実性とギャグの非現実性は全く違うものだということを製作者が全く理解していない…。本作の脚本家と監督は、怪奇幻想譚の根幹として作品全体の幻想的雰囲気の一貫性というものがあるのだということを、きちんともう一度考え直した方がいいです。批評家の高原英理氏が述べている怪奇幻想譚についての論を引用致します。

(非現実的世界を描く)怪奇(幻想)の表現というのはこのように部分だけを拾い上げるとその怖さを損なうのだ。怪奇の本当の意味と価値を知るには、そこに示される全体の様相を、言わばひとつの小世界として見なければならない。つまり、その世界を語る口調(文体・表現)(映像ならその技術)、それによって生じるアトモスフィアこそが重要なのである。怪奇とは日常世界と隔絶した暗い場所の表現をめざす意志であり、そのめざすところに同意する者は、総体としてあろうとする世界を批判的に分断してその非現実性と馬鹿馬鹿しさをあげつらうような行為をあえて封じる。このとき語る者と聴く者との共同作業的な性格が生じる。「怪奇趣味」といった言い方もこの相互の関係性が前提になっている。(中略)

ゆえに(怪奇幻想作品に対して)思いいれのない人からはそれ(幻想譚)を嘲笑することも容易く、早くはジェイン・オースティンの「ノーサンガー・アベイ」(1881年発表……メアリー・シェリーによるフランケンシュタイン発表と同年)の頃から怪奇趣味・ゴシック趣味の人はその過度の思い込みを風刺されてきた。(ノーサンガー・アベイは怪奇小説を風刺したパロディ小説)(中略)

逆に言えば、怪奇の表現は語り口が全てなのだから、その世界を追求する者に未熟な技巧・下手な語りは許されない。怪奇小説には極度に人工的(意識的)なスタイルが必要といわれる所以である。(中略)

それは言い換えれば、決して部分の叛乱を許さない態度であり、一小説内での全体主義である。部分が勝手に自己主張し始めるようないわゆる「前衛」の手法は怪奇小説には用いられない。それゆえ、この巧緻な建築物は、なるほどゴシック建築がそうであるように、一見堅固そうな威容を誇ってはいても、一部の力の掛かり方が別の方向を向いていると容易く崩壊してしまう。それゆえ、意図しない僅かな手違いが全体を壊してしまう危険も常にある。

怖い話の途中に、不用意に間抜けなエピソードを挟むのは怪奇の作法に反するのだ。
(高原英理「ゴシックハート」)

以前触れた近藤ようこさんの漫画版「桜の森の満開の下」は原作を活かし、きちんとした一貫性を保っています。今回のアニメ版は折角坂口安吾が築き上げた幻想譚「桜の森の満開の下」を、原作にはない不用意に間抜けなエピソードを挟みまくることで台無しにしてしまった作品と言えると思います。なぜ原作にはないギャグシーンを挟み込んで雰囲気を台無しにするなどといった演出方法を取ったのか、理解に苦しみます。結果、原作とも違い、原作風刺パロディほどの勢いがある訳でもない、極めて中途半端な作品になってしまっている。原作に忠実に演出したシーン(今回の首遊びシーン、ラストシーンなど)の演出が良かっただけに、原作にないシーン(主にギャグシーン)によって全体としての出来を大きく損ねる作品となっていることが極めて勿体無く、非常に残念に思います…。製作者が原作に真面目に取り組まなかった結果が如実に現われてしまったアニメの一例という感じですね…。

次回の青い文学は夏目漱石の「こころ」、僕は昔から夏目漱石の小説大好きでして、「こころ」は僕のとても好きな小説なので、製作者のお方々は原作に真面目に取り組んで、夏目漱石に胸を張れる作品をきちんと仕上げて欲しいと思います。

原作小説「桜の森の満開の下」の考察について少々語らせて頂きます。この作品の考察としてよく取り上げられるのは、外見的なものと、総体的なものの差異(二重性)ということでして、桜がその二重性のシンボルモティーフになっているんですね。序文から既に「桜は美しい、けれどその真実は不吉であり、真実を見るものだけがそれを感じ取れる」という設定になっており、男(山賊)はそれ(桜の不吉さ)を感じ取る、つまり真実を感じ取る能力を持っている。男は女の外見を欲望したゆえに女の不吉な欲望に従い、女の欲望(都での首遊びというモティーフで表現される他者を死に至らしめる欲望)と一体化していく。男は桜の下で女の真の総体としての不吉な欲望(鬼という形で表されている)を感じ取って女を殺すけれど、殺した女は死体になったら、それは鬼ではなくただの女であった。男こそが鬼であり、男こそが他者の死を望んでいたことが現われてしまう。最後に男自体が消えてしまうのは、男自身の総体たる真も不吉な欲望(鬼)と化しており、女(鬼としての欲望)を殺すことで、自分自身を失ってしまったから…、と考察されることが多いかなと思います。僕も大筋としてこの解釈に同意ですね。

前述の流れを思い切り簡潔に言うと「私達は、私が欲しいから欲しいのではなく、他者が欲しがっているから私も欲しくなる。欲望は、私のものではなく、私達が望むという形で現われてくる」と言えるかなと。男は、女の欲望に触れたことで、女と同じ欲望、他者を死に至らしめる欲望を抱き、鬼になってしまった。我々が生きて他者と触れ合わないと生きてゆけない以上、寓話的・幻想的に描かれる作中ほど極端ではないにしても、我々は鬼になってしまうことを避けられないということですね…。「桜の森の満開の下」は坂口安吾が「文学のふるさと」で述べた「アモラル論」が強く出ている作品と言われています。「文学のふるさと」については以前少し述べたことがあります。

フリーゲーム「点滴ファイター」 −KEYのふるさと−
http://mazoero.hp.infoseek.co.jp/31.html#2

坂口が述べた「文学のふるさと」のアモラル論的に考えれば、原作「桜の森の満開の下」に出てくるびっこで醜い女を、従順で心優しい可愛い系のロリキャラに変える、視聴者へ媚びたアニメ版の演出などは坂口安吾が原作や文学のふるさとに込めた思いを全く無視した、原作と正反対の演出と言えると思います…。「文学のふるさと」は坂口文学を読む上での最重要文献だと思うのですが、今回の製作スタッフは全く読んでいなかったようで残念です…。「文学のふるさと」の芥川についての逸話を読めば分かるように、坂口安吾は文学(表現作品)に対し非常に生真面目ですから、萌えで視聴者に媚びる為に虚構的になる今回のアニメ化のような作品は最も嫌うと思います…。「もし、作家というものが、芥川の場合のように突き放される生活を知らなければ、「赤頭巾」だの、さっきの狂言のようなものを創りだすことはないでしょう。」

坂口安吾「文学のふるさと」
http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/44919_23669.html
晩年の芥川龍之介の話ですが、時々芥川の家へやってくる農民作家――この人は自身が本当の水呑百姓の生活をしている人なのですが、あるとき原稿を持ってきました。芥川が読んでみると、ある百姓が子供をもうけましたが、貧乏で、もし育てれば、親子共倒れの状態になるばかりなので、むしろ育たないことが皆のためにも自分のためにも幸福であろうという考えで、生れた子供を殺して、石油罐だかに入れて埋めてしまうという話が書いてありました。
 
芥川は話があまり暗くて、やりきれない気持になったのですが、彼の現実の生活からは割りだしてみようのない話ですし、いったい、こんな事が本当にあるのかね、と訊ねたのです。
 
すると、農民作家は、ぶっきらぼうに、それは俺がしたのだがね、と言い、芥川があまりの事にぼんやりしていると、あんたは、悪いことだと思うかね、と重ねてぶっきらぼうに質問しました。
 
芥川はその質問に返事することができませんでした。何事にまれ言葉が用意されているような多才な彼が、返事ができなかったということ、それは晩年の彼が始めて誠実な生き方と文学との歩調を合せたことを物語るように思われます。
 
さて、農民作家はこの動かしがたい「事実」を残して、芥川の書斎から立去ったのですが、この客が立去ると、彼は突然突き放されたような気がしました。たった一人、置き残されてしまったような気がしたのです。彼はふと、二階へ上り、なぜともなく門の方を見たそうですが、もう、農民作家の姿は見えなくて、初夏の青葉がギラギラしていたばかりだという話であります。
 
この手記ともつかぬ原稿は芥川の死後に発見されたものです。
 
ここに、芥川が突き放されたものは、やっぱり、モラルを超えたものであります。子を殺す話がモラルを超えているという意味ではありません。その話には全然重点を置く必要がないのです。女の話でも、童話でも、なにを持って来ても構わぬでしょう。とにかく一つの話があって、芥川の想像もできないような、事実でもあり、大地に根の下りた生活でもあった。芥川はその根の下りた生活に、突き放されたのでしょう。いわば、彼自身の生活が、根が下りていないためであったかも知れません。けれども、彼の生活に根が下りていないにしても、根の下りた生活に突き放されたという事実自体は立派に根の下りた生活であります。
 
つまり、農民作家が突き放したのではなく、突き放されたという事柄のうちに芥川のすぐれた生活があったのであります。
 
もし、作家というものが、芥川の場合のように突き放される生活を知らなければ、「赤頭巾」だの、さっきの狂言のようなものを創りだすことはないでしょう。(中略)

生存の孤独とか、我々のふるさとというものは、このようにむごたらしく、救いのないものでありましょうか。私は、いかにも、そのように、むごたらしく、救いのないものだと思います。この暗黒の孤独には、どうしても救いがない。我々の現身は、道に迷えば、救いの家を予期して歩くことができる。けれども、この孤独は、いつも曠野を迷うだけで、救いの家を予期すらもできない。そうして、最後に、むごたらしいこと、救いがないということ、それだけが、唯一の救いなのであります。モラルがないということ自体がモラルであると同じように、救いがないということ自体が救いであります。

 私は文学のふるさと、或いは人間のふるさとを、ここに見ます。文学はここから始まる――私は、そうも思います。
 
アモラルな、この突き放した物語だけが文学だというのではありません。否、私はむしろ、このような物語を、それほど高く評価しません。なぜなら、ふるさとは我々のゆりかごではあるけれども、大人の仕事は、決してふるさとへ帰ることではないから。……
 
だが、このふるさとの意識・自覚のないところに文学があろうとは思われない。文学のモラルも、その社会性も、このふるさとの上に生育したものでなければ、私は決して信用しない。そして、文学の批評も。私はそのように信じています。

今回の「桜の森の満開の下」は、残念ながら、製作者が原作ときちんと取り組まなかった失敗作と言わざるを得ません…。青い文学は原作が変わるたびにスタッフが全面変更とのこと、次回作の「こころ」は心機一転して期待したいですね。「桜の森の満開の下」で描かれていた欲望の対象と欲望が同一化してしまうというモティーフ(ルネ・ジラール「欲望の三角形」)、次回青い文学として放映される「こころ」がまさにこれ(ルネ・ジラール「欲望の三角形」)を全面的に押し出したモティーフの作品でして、実に楽しみですね。「こころ」の先生は、Kのお嬢さんへの欲望を模倣して欲望する、Kの死によってそのことを理解した先生が、乃木大将の欲望を、欲望していないにも関わらず欲望したように振舞って死に至る、人間自らの主体的意志ではどうにもならぬ人間心理を描いた作品として非常に優れた文学作品と思いますね…。

参考作品(amazon)
坂口安吾「桜の森の満開の下」
坂口安吾「堕落論」(「文学のふるさと」収録)
情緒論―セカイをそのまま見るということ
ゴシックハート
近藤ようこ「桜の森の満開の下」(ビッグコミックススペシャル)
こころ (新潮文庫)
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ギフト券を送ってくださって感謝致します。とても助かっております。wiiの「みんなのニンテンドーチャンネル」、四ヶ月ぶりに「ゲームセンターCXwii版」始まりました。ゲーム好きにお勧めの番組です。

ゲームセンターCX DVD-BOX
テイルズ オブ グレイセス 特典 スペシャルDVD(ヴェスペリア着せ替え衣装ダウンロードコード同梱)付き

ギフト券を贈って頂き、ありがとうございます。とても助かり深く感謝しております。最近はamazon以外の出品企業さんからもamazonを通してギフト券で購入ができるので生活、特に食生活がとても改善しました。本当にありがとうございます。amazonの食品ストアはだんだん、現実のスーパーに近くなってきて、特価セールとかやるようになりました。今は日清のお徳用ボックスのカップラーメンが5%引きセール中です。日清は安くて美味しくて助かります。ただ、具の量が昔に比べると幾分か減ったような気がするんですが…僕の気のせいかもしれません…。トリビアの泉でカップラーメンナンバーワンになった日清シーフードヌードルとか数年前は昔はもっと具が入っていたような気がします…。う〜ん…材料費か何かの問題で具、減ったんでしょうか…。スープの味は変わらず美味しいので今もよく食べております。ギフト券本当にありがとうございます。
(お徳用ボックス)日清 カップヌードルシーフードヌードル 75g*20食
(お徳用ボックス)日清 カップヌードルカレー 85g*20食
(お徳用ボックス)日清 カップヌードル 77g*20食
(お徳用ボックス)日清 カップヌードルしお 76g*20食

wiiの無料コンテンツ「みんなのニンテンドーチャンネル」、四ヶ月ぶりに有野課長(ゲーム好きで知られるよゐこの有野さん)のゲームやり込み番組「ゲームセンターCX wii版」が更新されていますね。僕はこの番組大好きなので嬉しいです、wiiお持ちの方はぜひご視聴お勧めです。任天堂さんはニンテンドーチャンネルで有名タレントとかにゲームをやらせている暇があったら、真のゲーム好き有野課長が苦行僧の如くゲームに打ち込む「ゲームセンターCX」をもっと放映して欲しいですね…。

ウィキペディア「ゲームセンターCX」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BCCX
ゲームセンターCX(ゲームセンターシーエックス)とはフジテレビCS放送フジテレビTWO及びフジテレビNEXTで放送されているバラエティ番組である。2003年11月4日放送開始。“CX”はフジテレビのコールサイン「JOCX-TV」から。昔懐かしいコンピューターゲームに焦点を当て、毎回異なるテレビゲームにお笑い芸人の有野晋哉(よゐこ)が挑戦し、12時間前後の収録時間内に完全クリアしてエンディング画面を目指す 「有野の挑戦」 をメイン企画にした、バラエティー番組である。その他、ゲームセンターや駄菓子屋に行って遊ぶ、「たまに行くならこんなゲームセンター」などの小企画などもある。フジテレビワンツーネクストの番組ラインナップの中でも絶大な人気を誇っており、フジテレビワンツーネクストのウェブサイトのアクセスランキングでも常に上位にある。また、番組本やDVD-BOXも発売されている。有野はこの番組をきっかけにゲームユーザー、ネットユーザーを中心に人気を得た。(中略)

番組で最も挑戦が多いアクション系ゲームの腕は、初級 - 中級者に毛が生えたようないわば「ヘタうま」程度である。しかし、番組スタッフと力を合わせ、努力と根性、そして持ち前の強運でエンディング画面を目指す姿が視聴者の共感を集めている。得意ゲームはパズル系。苦手ゲームはシューティング系と公言している。

今回の「ゲームセンターCX wii版」では、以前クリアできなかったスーパーマリオ3に再度挑戦していますが、全く歯が立っておらず、いつものことですが、ゲームプレイが苦行と化していました。いくら頑張ってもクリアできないのは本当に辛いなあと…。それと有野課長、Wii版のゲームセンターCXシリーズでは、Wii&Wiiリモコンを使って昔のゲームをバーチャルコンソールでやり込んでいるのですね。Wiiリモコンを使っての通常十字キー操作・ボタン操作は明らかにやりにくいので、クラシックコントローラかゲームキューブコントローラを使ってプレイすればいいのにと…。

僕も有野課長に負けないくらいアクション系ゲームが下手で、泣いたゲームは数知れずです。僕がこれまでひたすらやったにもかかわらずクリアできなかったゲームを幾つか挙げると、「パルテナの鏡」(このゲーム、上手く育成させてないと後半で詰むんですが、それを知らずに後半で詰みました…)「リンクの冒険」(このゲームは致命的バグがあり、ステージを幾つか飛ばして先のステージをクリアできるんですが、途中のステージを攻略するのに必要なアイテムを取らずに先のステージをクリアすると、先に勧めなくなります…。それを知らずにバグに嵌ってしまいました…。それでどうしても先に進めなくなって任天堂に電話したら「お気の毒ですが、最初からやり直すしかありません」と返答が…うああorz)「魔界村」(純粋にアクションの腕前が足りず、クリアできませんでした…)「マイティボンジャック」(超難易度過ぎて魔界村以上に無理でした)「スペランカー」(最弱主人公がすぐ死ぬゲー、難し過ぎました)「奇々怪界」「忍者ハットリくん」「ゲゲゲの鬼太郎」などなど…。沢山ありすぎて書ききれません…。

一番最近ゲームがクリアできず悔しい思いをしたのは、以前紹介しました、数年前にプレイしたPS2ソフト「機動戦士ガンダム 連合vs.Z.A.F.T.II」ですね。プラスモードの民間機救出がどうしてもクリアできませんでした。二週間くらいかけて数十時間必死でがんばったけど、それでもどうしてもクリアできず、僕のプラスモードは民間機救出失敗で全ての終わりを告げました…(結局、改造データを使って先に進んでしまいました…。ちなみにwiiなどの最新ゲーム機はネット上でのセーブデータの移動ができるので、バイオハザードも改造データでクリアしたので、実力ではないです)。このミッションだけ数十時間プレイしてルナマリアに数千回くらいなじられたので(このミッションに失敗するとそのたびにルナマリアになじられる)、ルナマリアが嫌いになってしまいました…。カプコンさんは、お願いだから、ガンダムvsシリーズで救出系ミッション出すのは今後勘弁して欲しいです。苦行そのものでした…。連邦vsジオン、エゥーゴvsティターンズ、ガンダムvsZガンダムのミッションモード・宇宙世紀モードはエンディングまで行けたのに、連合vs.Z.A.F.T.IIは自力でエンディングまで行けなかったからがっくりです…。

PS2版 機動戦士ガンダムSEED DESTINY 連合vs.Z.A.F.T.II PLUS Wiki ミッション攻略・ルナマリア
http://www12.atwiki.jp/destiny_rvsz2plus/
07 民間機救出
おそらく多くのプレイヤーが頭を抱えるミッション。
150秒以内に救命ポッド30機に触れればよい。
攻撃する敵がいないため、空中にあるポッドに手間取らないよう注意して行うと楽にクリア出来る。
詰まった人はYoutubeで攻略動画を探すと良いだろう。
セイバーの変形移動が活躍するので、ここはアスランに任せよう。
どうしても駄目な人は怒れる瞳でステラの好感度を上げてプレイヤーに選択、
接触判定の大きいザムザザーを使ってポッドを轢きまくると良い。
ルナマリアは何もしない。
何十回もチャレンジしている内に出現ポッドのタイミング&場所を自然と頭が覚えてしまうので、用は慣れである。時間と根性がいるが。

この民間機救出は有野課長がやり込んでもいいくらいの超難易度だと思いますね…。今回有野課長がプレイしているスーパーマリオ3もプレイしたんですが、僕は1面もクリアできなかったので、有野課長の腕前は少なくとも僕よりは上です。一大ムーブメントとなった東方プロジェクトシリーズも「東方風神録」をプレイしましたが、難しくてとてもクリアできませんでした。というか瞬殺されて先の面に進む事すら不可能…orz.これ、怒首領蜂系の高難易度弾幕シューティングですが、これがムーブメントになるとは、みんなゲーム上手いんだなあと、プレイしていて思いましたね…。

僕は有野課長と同じく、アクションの中でもシューティングが一番苦手なので(ガンシューティングはアクションジャンルの中ではそこそこ得意ですが、普通の2Dシューティングは一番苦手)、シューティング=難しいというイメージがあって、高難易度シューティングの東方プロジェクトシリーズが大ヒットしたのには驚きましたね…。僕もアクション系上手くなりたいのですが、どうしても上手くならないというか、年を取るに連れ、昔より下手になっている感じです…。特にシューティングは昔から「ゼビウス」「グラディウス」「スターフォース」「スターラスター」「ツインビー」辺りの有名作、全部クリアできない全滅状態でした。僕がこれまでクリアできたシューティングは「ハレーウォーズ」「ゲーム天国」の二作しか記憶にないです。ハレーウォーズは確か無敵コマンドがあって、それ使ってクリアして、ゲーム天国は難易度を一番優しくすると物凄く簡単になって、なおかつそれでボムを大量に使いまくってクリアしたんですね…。二作とも実力でクリアしたとはあまりいえないです…。

余談ですが、シューティングゲームと聞くと僕が真っ先に思い出すのは惑星アトン外伝なんですが、これは今やっている霞ヶ関の事業仕分けで真っ先に槍玉にあがりそうなゲームです。バブル絶頂の頃、国税庁内のオタク官僚が税金を趣味的に利用して作ったSFアニメ「惑星アトンシリーズ」の番外編シューティングゲームです(これも製作:国税庁、霞ヶ関の税金って一体…)。非常に訳の分からない出自のゲームです。国税庁に僅かな完成品が収められたが、完成品のその後の行方は不明という伝説のゲームでして、現在出回っているのは国税庁から流出したコピーデータ品に過ぎないと言われていますね。国税庁に収められ、その後はどこに行ったか不明の正規品は100万円くらいするんじゃないかと思います。多分、世界で一番高額なシューティングゲームかと。ゲームとしての出来はアレだったらしいですが…。僕はプレイしたことないので不明です。正規品は今も国税庁のどこかの倉庫にしまってあると思うので、見つけ出したらオークションに掛けて、少しでも税金の足しにした方がいいのではと思います。

ZEオンライン「惑星アトン外伝」
http://pharaoh-france.com/toukou/study/zeikin/atongai/

閑話休題、ゲームセンターCXの話に戻すと、有野課長が必死で高難易度のアクションに何時間もひたすら挑戦しては失敗して先に進めない苦行プレイを見ていると、まるで自分を見ているようでなんとも共感を感じますね。ゲームセンターCX、見たことあるお方々も、まだ見たことないお方々も、ぜひ視聴お勧めです。ニンテンドーチャンネルでこれまでもバックナンバーも含めて無料で見られます。僕は貧乏性なんで、ゲームを買うとそれが難しくても、投げ出したら勿体無い、頑張ってクリアしようと思うので、難しいところを頑張って何度もプレイしているうちに、いつのまにか楽しんでゲームプレイしているというよりは、苦行に近くなってくるのですが、ゲームセンターCXは、ゲーム好きが嵌るこの苦行を上手くドキュメントとして描いている良い番組だと思いますね。ゲーム好きとして有野課長に感情移入せずにはいられません。

あと、ニンテンドーチャンネルにて、今度wiiで発売される「テイルズオブグレイセス」の声優さんインタビューを拝見したのですが、声優さんが「テイルズオブグレイセスは予約しないと手に入らないゲーム内アイテム(予約特典のみで入手可能なヴェスペリア着せ替え衣装ダウンロードコードのことかと思います)があるから予約してね」というのは…。予約しないとゲームを100%遊びつくすことができないという商法は、あまりよくない商法だと思いますね…。テイルズシリーズは大量に初期出荷するので、一年程度待てば中古価格が半額以下になることが最初から分かっていますし、そういった中古待ちの層を減らす為の処置なんだとは思いますが(wiiのダウンロードコンテンツはWii本体を個別に識別するので中古での売り買いは不可能)、でも、これは発売後にテイルズシリーズのことを知ってそれからゲームを購入する新規ユーザーのことは何も考えていないですよね…。僕は、ゲームはゲームとして、いつ買っていつ遊んでも全ての要素が楽しくプレイできるのが一番良いと思います…。

参考作品(amazon)
ゲームセンターCX DVD-BOX
テイルズ オブ グレイセス 特典 スペシャルDVD(ヴェスペリア着せ替え衣装ダウンロードコード同梱)付き

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衛星第二で0:40より放映する「海を飛ぶ夢」、とてもいい映画です。お勧めです。

海を飛ぶ夢 [DVD]
ラモン・サンペドロ「海を飛ぶ夢」

なかなか更新できずにすみません。昨日から体が酷くだるくてあまり動かない状態でした。今日はお伝えしたいことがあるので、それについて。衛星第二で0:40より放映する「海を飛ぶ夢」、とてもいい映画です。お勧めです。この映画は、ノンフィクション映画でして、そのことも考えながら見ると、より感慨深いかなと思います。本映画の主人公のモデルであるラモン・サンペドロの原作も優れています。実際のことだと思うと、心が痛みます…。

映画の内容は、尊厳を持った安楽死についての内容で、主人公は、頚椎骨折で全身不随になっており、自らの死を求めて戦うのですね…。彼は全く動けないので、自分自身だけではどうしても死ぬことができず、また、周りの人が彼を死なせたら殺人罪になってしまうので、彼は一生懸命死にたいと願っているにもかかわらず、望まない生をずっと送り続けることになる。彼は誇りある死(尊厳死)を求めて、自らの死のために懸命に社会と戦うというドキュメント映画です。非常に心打たれました…。

僕は、尊厳死は認められて然るべきものだと思っているので、映画を見ていると、苦痛の暮らしのなかで、心から死を望んでいるのに、死ぬ事ができない主人公がとても気の毒になってきます…。作家乙一さんの小説「失はれる物語」を思い出しますね…。「失はれる物語」でも、全身不随かつ外界とのほとんど一切のコンタクト能力を失った主人公が、「死なせてくれ」と一生懸命懇願するにもかかわらず、周囲が決して死なせてくれない。結果、主人公は死よりも恐るべき無の苦痛の世界でずっと生き続けることになることが、淡々とした筆致で描かれており、読んでいて怖いと思いました…。「失はれる物語」は生き地獄が延々と続くというところに、筒井康隆さんの小説「生きている脳」のリメイク的要素がありますね…。この映画の主人公は、乙一作品や筒井康隆作品の悲惨極まりない主人公とは違い、外界の情報を入手できるのと、自分の意志表示がある程度豊かにできるので、それで救われている側面があります。主人公は、一生懸命、自らの意志で周囲の状況、運命的な状況に抗うことができ、そこに救いがあります。大変苦しい状況にいながら、必死で運命に抗う主人公が感動的でとても良い映画です。お勧めですね…。

小松左京さんのSF小説で、今よりもずっと高度に人権・自己決定権が認められている社会で、リビング・ウィル(自己の生命に関する事前宣告書)の制度がきちんと法制度化されており、無理矢理な医学的治療・延命治療を望まない人は、リビング・ウィルの意志表示を示すバンドをつけていて、そのバンドをつけている人に無理矢理な医学的治療・延命治療を行ってはいけないという社会を、今よりも理想的な社会として出しておりましたが(題名失念しており申し訳ないです)、そういった社会は、人々を無理矢理従わせる生権力の社会より、ずっと良い社会であると思います…。今の日本では、日本尊厳死協会が、もしものときのためにリビング・ウィルの書類を保存してくれますが、協会会員のみのサービスで、書類の保存が受けられる終身会員になるのに七万円も掛かるので、高いです…。お金持っている人しか、自らの生命に対するきちんとした意志表示もできないのかと思うと辛いですね…。ちゃんと法制度化するべきことと思います…。

遺言とリビングウイル
http://www.osoushiki-plaza.com/institut/dw/199709.html
日本での尊厳死
  医療の進歩で、昔なら助からなかった命も救われるようになった。その反面、末期で回復の見込みのない患者を生かし続ける延命技術も発達した。人工呼吸器などチューブ状の生命維持装置が体内に差し込まれた状態は、「スパゲティ症候群」と呼ばれ、過剰な医療の象徴とみなされている。
  こうした風潮のなかで、むだな延命治療を拒否し、自然に近いかたちで死を迎える権利の確立を求めて運動している団体がある。国内で最も大きい民間団体が日本尊厳死協会だ。
  日本尊厳死協会は、1976年1月に、医師で国会議員の故太田典礼氏を中心に医師や法律家などが集まって設立された。自分の病気が医学では治らず、死が迫ったときに、自らの「死を選ぶ権利」を持ち、その権利を社会に認めてもらおうというものである。
  日本尊厳死協会の会員は年々増え、設立20年目の97年には8万人になった。会員の約6割が65歳以上であるが、若い人の会員も多くいる。死亡会員の遺族のアンケートをみると、1997年には96%の医師が「リビング・ウイル」を受容したという。

その主な趣旨
□不治かつ末期になった場合に、延命措置を拒否する
□苦痛を最大限に和らげる治療を希望する
□植物状態に陥った場合、生命維持装置での生存を希望しない。日本尊厳死協会は、こうした趣旨を謳った「リビング・ウイル」を発行し、入会者が作成したこの書面を保管している。

日本尊厳死協会
  http://www.songenshi-kyokai.com/

参考作品(amazon)
海を飛ぶ夢 [DVD]
ラモン・サンペドロ「海を飛ぶ夢」
乙一「失はれる物語」
筒井康隆「くさり―ホラー短篇集」

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「あにゃまる探偵キルミンずぅ」、物語設定は岡崎二郎さんの傑作SF漫画アフター0「沈黙のアスリート」ですね。

あにゃまる探偵キルミンずぅOPED主題歌「Poo/Chuai Mad Noi」
アフター0―著者再編集版 (9)

あにゃまる探偵キルミンずぅ第六話「恋のキューピッド作戦!?」視聴。今回もテンポが良くて楽しい話でしたね。最高に面白いです。今回、アニマリアン達(動物から人間に変身できる種族)の目的が、人間を動物に変身させることだと明らかにされますが、これって、岡崎二郎さんの傑作SF漫画アフター0の著者再編集版第九巻に収録されている「沈黙のアスリート」ですね。

「沈黙のアスリート」は、動物と人間の垣根を取り除く研究をしているマッドサイエンティストと、彼の手によって動物から人間に変身した謎の集団による生体実験を受けて、動物の高い能力を得る代わりに、人間から動物に変わってゆくアスリートの悲劇を描いた漫画です。この漫画の変身は非可逆的な変身であり、一度人間から動物になるともう人間には戻れないので、変身は悲劇的なこととして描かれていますが、「キルミンずぅ」の場合は、可逆的な変身、人間から動物になってもまた人間に戻れる変身なので、「沈黙のアスリート」のような悲劇性はなく、変身コメディとして楽しめる出来になっています。ただ、人間と動物の垣根を取り払うという目的は、「沈黙のアスリート」の科学者と元動物の人間達も、キルミンずぅのアニマリアン達も、変わらない目的なのかなという感じはしますね。

「君の遺伝子のスイッチングを変えるのだ。簡単に説明しよう。人間のDNAは約30億塩基対あって、これは実に大変な数だ。しかし、実際に遺伝子として使用されているのは、その中の5%とも言われている。
 その他のものは、構造遺伝子の隙間を埋めたり、ひたすら意味のない配列がくりかえされたり…それらはガラクタDNAと言われている。38億年の生命進化の中で、多くの遺伝子が生まれ、逆に多くの遺伝子が消えていった。……消えた遺伝子はどこにいったのだろう??
 それらは配列が変化しただけで、ちゃんとガラクタDNAの中に存在しているのだ。……いいかね、DNAの量は、決して減らなかったのだよ。
 そして、そのガラクタDNAの中には、沈黙を守っているだけで、スイッチを入れれば発現することの出来る、スーパー遺伝子があるのかもしれない。私はそのスーパー遺伝子を発現させる方法を研究しているのだよ」(中略)

「君のガラクタDNAの中には、実はあらゆる動物の形態になりうる沈黙の遺伝子が含まれておる。そいつは、単細胞生物から連綿とつらなる、生物進化の残滓なのだよ。いや、形態的には、架空の動物にすら変化できるかもしれない。たとえばペガサスやヌエ…悪魔とかね。
 なにしろ、膨大なガラクタDNAは、実働している遺伝子よりも、はるかに多くの変異が起こっているのだから。そう怒るな。私は、この事実から「遺伝子の元では、全ての生物は平等である」との考えに達した…そしてそれを実践したのだ。
 私は、生物の垣根を取り払うことにした。つまり、多くの動物を人間にしてやった。もう気がついただろ??この屋敷にいるのは全員もとは人間じゃない。君はね、人間から動物にチェンジした記念すべき第一号なのだよ。我々の仲間だ!!」
(アフター0著者再編集版第九巻収録「沈黙のアスリート」より)

アフター0で描かれる変身は非可逆的なので、このような悲劇的な変身(一度動物になったら二度と人間に戻れない変身)はしたくないなあという感じですが、キルミンずぅで描かれるコミカルな可逆的変身(アニマリアンに噛まれることにより動物-人間の間を変身できるようになる)ならやってみたいですね。羽鳥カノンたんに噛まれて猫になってみたいなあ…。

SF好きとしては、人間が自由に動物に変身できて、動物が自由に人間に変身できる可遡的なメタモルフォーゼ世界というのは、とても魅力的に映るわくわくする世界ですね。人間-動物間も、動物-動物間も、境界がない種と種が溶け合っている世界で、とても面白いです。こういう世界に行ってみたいなと感じさせますね…。あにゃまる探偵キルミンずぅ、SFとしても、マクロスの監督さんが製作しているだけあって、非常に良く出来ているように思います。今後の展開期待です!!

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あにゃまる探偵キルミンずぅOPED主題歌「Poo/Chuai Mad Noi」
アフター0―著者再編集版 (9)
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好評のアニメ「夢色パティシエール」見ましたら、実に良作ですね。成長物語としての夢パティとガンダム。

夢色パティシエール 1 (りぼんマスコットコミックス)
【送料無料】【訳あり】ロールケーキの切れ端 ボリュームたっぷり1Kg 北海道は送料300円/沖縄・離島は800円頂きます

最近、今クールで「あにゃまる探偵キルミンずぅ」と並んで評判の良いアニメ「夢色パティシエール」を見始めたのですが、楽しくて面白いですね。今回の「ぴよぴよ幼稚園のお誕生会」のエピソードも、とても気に入りました。途中から見始めたので、もっとはやく見ていれば良かったなあという気持ちですね…。本作はりぼんで人気連載中の漫画のアニメ化で、漫画の方も読んでみたくなりました。このアニメは丁寧な出来の良作です。

今期楽しく視聴している「あにゃまる探偵キルミンずぅ」も「夢色パティシエール」も、いわゆるオタク向けとは一線を画した、普通の子供の視聴者向けのアニメ作品でして、オタク視聴者に媚びたあざとさやわざとらしさがないので、心から安心して見ていられますね…。昨今のアニメに多い、製作者側の打算(オタク視聴者に媚びたあざとさ)が見え見えなアニメ作品だと、作品全体に対し意識が醒めてしまうのですが、本作(夢パティ)やあにゃまるはそういった要素がないので、見ていて可愛いものを可愛いと素直に感じられて好感ですね…。スイーツスピリッツと一緒に暮らしたいなあ…。後、本作のウィキペディアの解説はちょっと吃驚しました。夢パティのスイーツ王子の紹介文やスピリットの紹介文がぶっ飛んでます…。

ウィキペディア「夢色パティシエール」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A2%E8%89%B2%E3%83%91%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B7%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AB
『夢色パティシエール』(ゆめいろパティシエール)は、松本夏実による日本の漫画作品。および、その漫画作品を原作としたテレビアニメ。公式での略称は『夢パティ』。(中略)

樫野 真(かしの まこと) 聖マリー学園の学生。チョコレートを用いた分野を得意とし、花房五月や安堂千乃介(いずれも後述)と共に「スイーツ王子」の異名をとる。性格はやや冷酷。

いや…樫野は冷酷じゃないと思います…。チョコの回のエピソードや今回のぴよぴよ幼稚園の回のエピソードを見ると、つっけんどんで口は悪いけど親切だと分かります。いちごにチョコ菓子の作り方教えてあげてチョコココアごちそうしてましたし…。

安堂 千乃介(あんどう せんのすけ) 聖マリー学園の学生。洋菓子の中に巧みに和のテイストを取り入れる鬼才。和菓子屋の跡取り息子だが洋菓子が大好き。

う〜ん…これも…。和菓子の回見ると、彼は和菓子も洋菓子(ケーキ)も両方好きで和洋折衷の新しいスイーツを作りたいというキャラなんですね。なので「和菓子屋の跡取り息子だが洋菓子が大好き。」という書き方(「だが」の使い方)は違和感がありますね…。和菓子屋さんの跡取り息子が洋菓子好きでも別におかしくないですよ〜。

花房 五月(はなぶさ さつき)
聖マリー学園の学生。ケーキ作りを得意とする一方で、飴細工でも才能を発揮する。母親の弥生は華道家。夢は菓子と華道の融合したものを作ること。父親はバラ専門の園芸家だったがフランスで客死した。

これは普通の紹介ですね。

スイーツ精霊(スピリッツ)
バニラ
いちごが聖マリー学園日本校の門を初めてくぐった際に出現し、彼女に取り憑いたスイーツ精霊。結構厳しい性格。得意ジャンルはバニラを使ったケーキ。

ええっ、厳しい性格???バニラはいちごに甘いですよ。それはもう砂糖使いまくりの生クリームのように甘いです。北風と太陽でいうなら太陽みたいな性格です。いつもいちごを励まして応援していて、いちごが落ち込んでいるときは一生懸命いちごを励まし、パティシエールの卵として頑張るいちごのことを認めていて(ショコラにからかわれたときの「いちごはやるときはやるんだもん!」の台詞など)、優しさを感じるスピリッツです。

ショコラ
樫野真に取り憑いているスイーツ精霊。真同様冷酷で、かなり偉そうな性格。ゆえにバニラと折り合いが悪い。得意ジャンルはチョコレート全般。

樫野もショコラも全然冷酷じゃないですよ…。ぴよぴよ幼稚園の回でショコラはいちごに協力してますし。偉そうな性格というのは当たっていますね…。

キャラメル
安堂千乃介に取り憑いているスイーツ精霊。かなり間が抜けている上に泣き虫。得意ジャンルはキャラメル系スイーツ。

「かなり間が抜けている上に泣き虫」…確かにキャラメルにそういうところはありますが、ここまで言わなくても…。

ウィキペディアの紹介がまるでアンサイクロペディアのように弾けていて吃驚です。樫野やショコラが冷酷とかバニラが厳しい性格というのは、どう考えても、う〜ん…、僕は違うのではないかなと思いますが…。

ウィキはともかくとして、夢色パティシエールのアニメは良作です。あにゃまると並んで心から楽しめる作品ですね。見ているとスイーツが食べたくなってきます。スイーツ食べたいなぁと…。お腹が空いているときに見ると、口の中に唾液が出てきて、食べ物が手もとにないと、ちょっと辛いですね…。

本作「夢色パティシエール」の構造についてちょっと触れると、本作は真っ直ぐに王道なビルドゥングス・ロマン(成長物語)なんですね。パティシエールを目指す主人公の女の子が、パティシエ専門学校で学び、色々な体験のなか、成長してゆく物語です。主人公が様々な体験のなかで努力して行動し、少しずつだんだんと成長してゆく物語は、見ていて快いですね…。ここ数年のアニメの多く、特に深夜帯に放送しているアニメの多くは、「主人公が最初からモテモテ」「主人公が最初から万能」「主人公に都合の良い出来事(主にお色気に関する都合の良い出来事)ばかり起きる」の三拍子揃っていて、主人公が学び成長するという要素はスポイルされており、見ていても全然面白くないんですね…。主人公が多少泥臭くてかっこ悪くても、苦難や学びの要素があり、未熟な主人公が成長してゆく様を描いてこそ、物語の面白みが出てくると僕は思うのですが…。

ちなみに、ビルドゥングス・ロマン・アニメの最高峰は、「機動戦士ガンダム」だと思いますね。ファーストガンダムの良さは少年(主人公のアムロ・レイ)の成長譚としてオーソドックスに丁寧な作りであったことだと思います。例えばファーストガンダムの15歳のアムロに比べると、大人アムロ(20歳を過ぎたZガンダム以降のアムロ)は、年齢的にも人格的にも成熟した大人になっていますが、ゆえにファーストガンダムのアムロが持つ荒削りな成長性というものを失っていますからね…。

例えば、スパロボの登場人物としても、多くのスパロボ作品に出ている大人アムロにはあまり面白みがありませんが、スパロボGCでは、ファーストガンダム第一話の「ガンダム大地に立つ」の頃の少年アムロが出ており、大人アムロに比べると、まさに子供で、ブライトさんの大人の理屈に逆らうわ、いじけるわ、ふてくされるわで、すっごく子供な振る舞いのアムロなんですが、この少年アムロのおかげで話がとても面白くなっている。酸いも甘いも噛み分けた大人より、成長してゆく子供の方が、行動が新鮮で物語としてずっと面白くなるという感じですね…。スパロボGCはスパロボの中でもダントツに熱血な話、良い意味で子供っぽい話でして、僕が一番評価しているスパロボです(PS2のスパロボシリーズに比べるとGCの方が圧倒的にテンポが良くゲームシステムが簡単なのもgoodです)。大人なキャラ達の話より、子供なキャラ達の成長冒険譚の方が、ずっとスパロボらしくて僕は好きですね。

余談ですが、スパロボGCのアムロは先述の通り子供アムロなので、大人アムロに比べて初期能力が低く(子供だけあって成長率は高いです)、初っ端からジーンのザクの直撃を受けて下手するとガンダムが落ちたりするのが楽しいです。ホワイトベース隊のパイロット(アムロ・カイ・ハヤト)が08小隊のアマダ・シローの部下になるぶっとび展開でとても面白い。ちなみにこの作品、一年戦争をテーマにしたエピソードが多く、RX-78ガンダム(ガンキャノン・ガンタンクなどの他のスパロボでは能力が低く使えないユニットも)、普通に最後まで使えるユニットでして、一年戦争好きには感涙です。アムロ&ガンダムだけでなく、ガンキャノンに乗ったカイやガンタンクに乗ったハヤトが最後まで活躍します。このスパロボは、弱いユニット救済措置で、強いユニットの強さが押さえ気味&弱いユニットは改造費用が安く、全改造すると大きくボーナスがつくという仕様になっており、弱いモビルスーツも最強改造するとラスボスと渡り合える楽しい作品です。僕は一年戦争モビルスーツ軍団でクリアしました。今中古屋で数百円くらいで売っていて(大体500円前後くらいかと思います)、ゲームキューブのソフトなのでWiiでもプレイできるので、未プレイのお方々はプレイお勧めですね。テンポも非常に良く、1マップ一時間も掛からずサクサク進みます。閑話休題。

僕は機動戦士ガンダムのようなビルドゥングス・ロマンがとても好きなので、夢色パティシエールという、とても良く出来たビルドゥングス・ロマン・アニメに出会えて嬉しいです。こういう作品がもっと増えてくれたらいいなあと思いますね…。

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ガンダム30thアニバーサリーコレクション 機動戦士ガンダムI[2010年7月23日までの期間限定生産] [DVD]
ガンダム30thアニバーサリーコレクション 機動戦士ガンダムII 哀・戦士編 [2010年7月23日までの期間限定生産] [DVD]
ガンダム30thアニバーサリーコレクション 機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編 [2010年7月23日までの期間限定生産] [DVD]
スーパーロボット大戦GC
あにゃまる探偵キルミンずぅOP&ED主題歌「Poo/Chuai Mad Noi」
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青い文学「桜の森の満開の下」視聴。良い出来だった「人間失格」に比べ、今回は原作蔑ろで非常に残念です…。

坂口安吾「桜の森の満開の下」(講談社文芸文庫)
近藤ようこ「桜の森の満開の下」(ビッグコミックススペシャル)

文学作品をアニメ化するシリーズ「青い文学」の第二弾「桜の森の満開の下」視聴。大人の鑑賞に耐え得る作品として力を入れて作られていたアニメ化第一弾「人間失格」に比べると、今回は明らかに萌えアニメ好き向けの安易な萌えアニメという感じに作られていて、萌えの為に原作の重要な部分が削られていますね…。「人間失格」の出来が非常に良かっただけあって、人間失格以上に小説として好きな坂口安吾「桜の森の満開の下」のアニメ化、期待していたのですが、この出来だととても残念な気持ちです…。

本気で小説世界の再構築を目指した、製作スタッフが原作と本気で向き合い作品を作っていた「人間失格」と、今回の「桜の森の満開の下」は全然違いますね…。今回は既存のアニメ作品の土台の上に乗って非常に安易に作られている出来なんですね。「人間失格」のアニメは「人間失格」のアニメ単体として独立して見られる出来でしたが、本作は「少年漫画と萌えアニメのお約束を使って原作を適当にアレンジした。メインは少年漫画と萌えアニメのパターンに過ぎず、原作は単なるネタ」という感じで、原作と全然違う、原作ファンを蔑ろにしたアニメ作品を見たときのがっかり感を強く感じます…。本作の原作はとても読みやすく、青空文庫で公開されているので、ぜひ一読お勧めします。アニメとは全く違う世界観です。「人間失格」のアニメは製作側に原作への思いいれを感じましたが、今回のアニメ化は原作蔑ろ、非常に残念です…。

青空文庫「桜の森の満開の下」
http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42618_21410.html

この原作を読んで、一体どこから、「作中の『女』を水樹奈々声でキャピキャピする萌えオタクに媚びたあざとい萌えアニメ風ヒロインキャラにしよう。萌えに合わない部分はカットしよう」などという、原作無視の酷い発想が出てくるのか…。原作が好きな僕にとってあんまりな展開です…。特に酷いのが、原作で非常に重要とされている、『女』が『男』に苦笑するシーンを、完全に削っているところですね。『女』を萌えキャラにしたから、萌えに相応しくない要素は排除するということなんだと思いますが、もうこれは完全に原作台無しだと思いました。萌えアニメを作りたいなら、オリジナルで作ればいいじゃないですか…。折角のアニメ化が萌えアニメ化されて台無しなんて、酷く無念です…。下記のシーン、原作作中で非常に重要なところですし、萌えアニメにして逃げるのではなく、ちゃんとアニメ化して欲しかったです…。

二日か三日の後に森の満開が訪れようとしていました。今年こそ、彼は決意していました。桜の森の花ざかりのまんなかで、身動きもせずジッと坐っていてみせる。彼は毎日ひそかに桜の森へでかけて蕾のふくらみをはかっていました。あと三日、彼は出発を急ぐ女に言いました。
「お前に支度の面倒があるものかね」と女は眉をよせました。「じらさないでおくれ。都が私をよんでいるのだよ」
「それでも約束があるからね」
「お前がかえ。この山奥に約束した誰がいるのさ」
「それは誰もいないけれども、ね。けれども、約束があるのだよ」
「それはマア珍しいことがあるものだねえ。誰もいなくって誰と約束するのだえ」
 男は嘘がつけなくなりました。
「桜の花が咲くのだよ」
「桜の花と約束したのかえ」
「桜の花が咲くから、それを見てから出掛けなければならないのだよ」
「どういうわけで」
「桜の森の下へ行ってみなければならないからだよ」
「だから、なぜ行って見なければならないのよ」
「花が咲くからだよ」
「花が咲くから、なぜさ」
「花の下は冷めたい風がはりつめているからだよ」
「花の下にかえ」
「花の下は涯がないからだよ」
「花の下がかえ」
 男は分らなくなってクシャクシャしました。
「私も花の下へ連れて行っておくれ」
「それは、だめだ」
 男はキッパリ言いました。
「一人でなくちゃ、だめなんだ」
 女は苦笑しました。
 男は苦笑というものを始めて見ました。そんな意地の悪い笑いを彼は今まで知らなかったのでした。そしてそれを彼は「意地の悪い」という風には判断せずに、刀で斬っても斬れないように、と判断しました。その証拠には、苦笑は彼の頭にハンを捺したように刻みつけられてしまったからです。それは刀の刃のように思いだすたびにチクチク頭をきりました。そして彼がそれを斬ることはできないのでした。
 三日目がきました。
 彼はひそかに出かけました。桜の森は満開でした。一足ふみこむとき、彼は女の苦笑を思いだしました。それは今までに覚えのない鋭さで頭を斬りました。それだけでもう彼は混乱していました。花の下の冷めたさは涯のない四方からドッと押し寄せてきました。彼の身体は忽ちその風に吹きさらされて透明になり、四方の風はゴウゴウと吹き通り、すでに風だけがはりつめているのでした。彼の声のみが叫びました。彼は走りました。何という虚空でしょう。彼は泣き、祈り、もがき、ただ逃げ去ろうとしていました。そして、花の下をぬけだしたことが分ったとき、夢の中から我にかえった同じ気持を見出しました。夢と違っていることは、本当に息も絶え絶えになっている身の苦しさでありました。
(坂口安吾「桜の森の満開の下」)

ここで女が男を軽蔑して苦笑するシーンが、クライマックスでの、桜の下で女が男の首を締め、男が女を殺す幻想的な展開に繋がっている訳です。上記のシーンを抜いてしまったら、クライマックスの幻想的シーンの重要なファクターが抜けてしまいます…。

男は満開の花の下へ歩きこみました。あたりはひっそりと、だんだん冷めたくなるようでした。彼はふと女の手が冷めたくなっているのに気がつきました。俄に不安になりました。とっさに彼は分りました。女が鬼であることを。突然どッという冷めたい風が花の下の四方の涯から吹きよせていました。
 男の背中にしがみついているのは、全身が紫色の顔の大きな老婆でした。その口は耳までさけ、ちぢくれた髪の毛は緑でした。男は走りました。振り落そうとしました。鬼の手に力がこもり彼の喉にくいこみました。彼の目は見えなくなろうとしました。彼は夢中でした。全身の力をこめて鬼の手をゆるめました。その手の隙間から首をぬくと、背中をすべって、どさりと鬼は落ちました。今度は彼が鬼に組みつく番でした。鬼の首をしめました。そして彼がふと気付いたとき、彼は全身の力をこめて女の首をしめつけ、そして女はすでに息絶えていました。
 彼の目は霞んでいました。彼はより大きく目を見開くことを試みましたが、それによって視覚が戻ってきたように感じることができませんでした。なぜなら、彼のしめ殺したのはさっきと変らず矢張り女で、同じ女の屍体がそこに在るばかりだからでありました。
(坂口安吾「桜の森の満開の下」)

「女は苦笑しました。男は苦笑というものを始めて見ました。そんな意地の悪い笑いを彼は今まで知らなかったのでした。そしてそれを彼は「意地の悪い」という風には判断せずに、刀で斬っても斬れないように、と判断しました。その証拠には、苦笑は彼の頭にハンを捺したように刻みつけられてしまったからです。」が、後半の「彼はふと女の手が冷めたくなっているのに気がつきました。俄に不安になりました。とっさに彼は分りました。女が鬼であることを。突然どッという冷めたい風が花の下の四方の涯から吹きよせていました。」に繋がっているんですね…。前半と後半を繋ぐ非常に重要なファクターを、「女を萌えキャラとして描く」為にカットしちゃうような、萌えに阿って原作を蔑ろにする展開は、本当に無念です…。

「桜の森の満開の下」はもう諦めたので、今後のアニメ化、夏目漱石の「こころ」や芥川龍之介の「地獄変」は、きちんと原作を重んじたアニメ化を行って欲しいです。アニメヒロインをなんでも安易な萌えキャラ化して、人間としての影の部分、負の部分の描写を避けるのは、あざとくて、見ている方は製作側に甘く見られて馬鹿にされている心持になって非常に不快だということを、安易になんでも萌えネタにする製作スタッフはちゃんと考えるべきです。「桜の森の満開の下」の『女』が、萌えデフォルメされてキャピキャピするシーンでは原作・原作読者・本アニメの視聴者を馬鹿にしているという感じがひしひしと伝わり、本当に気分が悪くなりました…。製作者が視聴者を舐めていることをあからさまに出す作品は、作品として本当にダメダメですよ…。この作品に限らず最近の萌えアニメは製作者が視聴者を馬鹿にしている作品、多すぎると思いますね…。

内心では(クリエイターは)客を馬鹿にしていてもいい。ただ、客を馬鹿にしていることが見え見えなギャルゲーしか作れないようなら、馬鹿にすることをやめるか、ギャルゲーを作ることを止めるべきだ。つまりは、プレイヤーに馬鹿にしていることを簡単に見透かされるような作品は、そもそもその程度の出来でしかないということだ。作り手のスキルの低さの、プロ意識の欠如のせいで透かし見れる程度の底の浅さでしかない。(中略)馬鹿とは、馬鹿にしている相手に馬鹿にしていることを悟られる奴のことなのだ。
(阿部広樹。「超クソゲー2」)

僕の好きな漫画家に近藤ようこさんというお方がいらっしゃるのですが、この方が書かれた漫画版「桜の森の満開の下」は素晴らしい出来でした。原作をきちんと読んで、それを自分のなかでしっかり昇華させて描いていらっしゃる。この漫画は非常にお勧めです。原作で描かれる外なるもの「美」と裡なるもの「欲望」の落差が見事に描けている。近藤ようこさんの「桜の森の満開の下」が気に入ったお方々には、同作者の漫画「水鏡綺譚」もぜひ一読お勧めです。「桜の森の満開の下」の幻想的な雰囲気を持っている、平安時代を舞台にした見事な漫画です。「水鏡綺譚」の第二話「花のかんばせ」は「桜の森の満開の下」のオマージュで、桜の森の満開の下の『女(欲望の化身としての女)』がこの作品では『男(欲望の化身としての男)』になっているところが、女性漫画家らしい見事な視点の切り替えで優れた作品です。

参考作品(amazon)
坂口安吾「桜の森の満開の下」(講談社文芸文庫)
近藤ようこ「桜の森の満開の下」(ビッグコミックススペシャル)
近藤ようこ「水鏡綺譚」
青い文学シリーズ 人間失格 第1巻 [DVD]
青い文学シリーズ 人間失格 第2巻 [DVD]
青い文学シリーズ 人間失格 第1巻 (Blu-ray Disc)
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人気サンデー漫画家「美少女を描けない作家はマンガで食っていけなくなる」お色気漫画しか書けないというのは小学館を舞台にしたと言われる傑作漫画「編集王」のメインテーマになっていましたね…。

編集王 1 (ビッグコミックス ワイド版)

人気サンデー漫画家「美少女を描けない作家はマンガで食っていけなくなる」
http://news.livedoor.com/article/detail/4434215/

「美少女を描けない作家はマンガで食っていけなくなる」、まさにテーマが「編集王」ですね…。「編集王」は熱血漢な新米漫画雑誌編集者(モデルは実在の編集者八巻和弘)を主人公にした「漫画業界を描く漫画」でして、漫画への深い情熱のあるとてもいい漫画作品です、まだ未読のお方々はぜひ一読をお勧め致します。この漫画の舞台、集英社+小学館を描いていると言われ(アンケート至上主義の編集部は集英社のジャンプ編集部がモデル、お色気路線の強要など漫画の内容を編集部が決めてしまう、漫画家に自由のない状況は小学館のサンデー編集部がモデルと言われている)、この漫画のなかで売り上げ優先志向のなか、お色気漫画が他の作品を駆逐する様と、そのことの苦悩が描かれているのはサンデーが小学館の漫画雑誌であることを思うと、予言的ですね…。本作は、バクマンには描かれない漫画業界の裏の本音を描いている作品で、非常に面白いです。

ウィキペディア「編集王」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%A8%E9%9B%86%E7%8E%8B
『編集王』(へんしゅうおう)は、土田世紀による漫画、及びそれを原作とするフジテレビにて放送されたテレビドラマ。青年漫画誌の編集部を舞台に、編集者や漫画家の姿を描いた。小学館『ビッグコミックスピリッツ』週刊1994年2・3合併号から1997年44号までに連載された。単行本全16巻、ワイド版全4巻、文庫本全10巻。
 15年近く打ち込んだボクシングの世界で芽が出ないまま、網膜剥離で引退する事になった桃井環八(カンパチ)が、新たに出発したマンガの編集の世界で『あしたのジョー』の“ジョー”を目指す姿を描く。カンパチのモデルは、小学館の編集者・八巻和弘といわれている。
 マンガ好きの人間ならニヤリとするような実在の人物・事件が織り込まれているが、それを抜きにしても、それまであまり取り上げられる事のなかった1つの「業界」を描いた傑作である。

編集王ワイド版第一巻
                                      

             (土田世紀「編集王ワイド版第一巻」より)

        主人公の編集者や志のある漫画家はこの流れ(売れるために内容よりもお色気だけの漫画にシフトする漫画雑誌)に抗うんですけど、出版社がビジネスの流れとしてお色気化志向を取っている以上、結局は抗えないというほろ苦い話でしたね…。

桃井環八
「(アンケート)1位っていうからどんなスゲエかと思ったら、こんなもんが人気あるの?ねえ、ヒロ兄ィ。この娘ッコがパンツ出したりケツだすと、順位が上がるわけ?」

編集長
「だったらどうだと言うんだ?」

桃井環八
「何かそんなの馬鹿馬鹿しいな。大体どんな人がアンケートを書いているかわかんねえし」

編集長
「アンケートは絶対なんだよ。アンケートの一位が、一番面白い漫画なんだよ」

桃井環八
「へえー知らなかった。まずアンケートありき。それから話や絵を決めてくってわけですね」

編集長
「…当たり前じゃないか。読者のニーズを積極的に紙面に反映させる……そうやって私はヤングシャウトを百万雑誌にのし上げたんだよ」

桃井環八
「へえーっ、そうなんだ。じゃあ、あんた、いらないじゃん!」

編集長
「あン?」

桃井環八
「編集長なんか居なくたって、このアンケートを見れば、売れる雑誌が作れるわけでしょ?編集者はアンケート通り作家を動かす。作家は言われるまま描きさえすりゃ金になる。読者は水でも飲むみたいにパラパラやって…後はポイでしょ。こんなもん、たとえ百万部出そうが便所でケツもふけねえよなぁ…」
(土田世紀「編集王ワイド版第一巻」より)

僕は漫画家楳図かずおさんの大ファンなのですが、楳図さんが筆を絶った一因は小学館編集者との軋轢、小学館が書く内容を指定してきて、それに楳図さんが反抗して切られたという話ですし、漫画業界は昔から、優れた作品を書こうと理想を持って頑張る漫画家にとってあまり良い環境ではないと言えると思いますね…。雷句誠さんの騒動があった小学館サンデー編集部だけでなく、他の出版社でも、編集部・編集者が漫画家に対して圧力(いわゆる「てこ入れ」、連載中の漫画に唐突に意味もなく露出度の高い女性キャラが出てきたりするアレです)をかけて、漫画家が本当に描きたいことを描かせてもらえないということはよく耳にします…。楳図さんのようなアート肌の漫画家の発表の場は現状非常に狭められておりますから…。漫画家がのびのびと自分の描きたい作品を描ける環境が整備されることを願っています。

楳図さんの作品では「おそれ」(楳図かずお恐怖文庫3こわい本「顔」収録)という作品がお勧めです。二十年近く前に読んだのですが、最後にアッといわされた驚きは今も覚えています。漫画の叙述ミステリーにおける最高峰だと思いますね。こんな凄い作品が描ける漫画家さんが編集者との軋轢で漫画の筆を絶ってしまうなんて、無念で仕方ありません…。

参考作品(amazon)
楳図かずおこわい本 (顔) (楳図かずお恐怖文庫 (3))
編集王 1 (ビッグコミックス ワイド版)
編集王 2 (ビッグコミックス ワイド版)
編集王 3 (ビッグコミックス ワイド版)
編集王 4 (ビッグコミックス ワイド版)
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