ねこねこブログ

ねこねこと申します。ねこ大好き(*^^*)アニメ、マンガ、ゲーム、本とかも大好きです。楽しいことたくさん書いていきたいと思います。今、うつ病で無職で生活が非常に貧困困窮しておりまして、買い物してくださるととても感謝します。メールについてはこちらをご覧下さい。リンクフリーです。ツイッターはこちらです。https://twitter.com/kemohure

2009年06月

毎日暑くて参っています。非常に優れたフリーゲーム「Ruina 廃都の物語」

先日、扇風機が壊れてしまい、毎日蒸し暑くて身体が大変参っています。本日は、非常に優れたフリーゲーム「Ruina 廃都の物語」を先日初回クリアしましたので、ご紹介しようと思います。

ダンボールの神様(Ruina 廃都の物語公式サイト)
http://homepage1.nifty.com/blackhat/ftotfr/

本作は、TRPG(テーブルトークロールプレイングゲーム)風味のコンピュータRPGでして、力任せにプレイしていると詰まります。極めて戦略的に、考えてプレイするタイプのRPGでして、レベルを上げれば力押しでなんとかなってしまうことの多いコンピュータRPGより、戦略性を重視するゲームブックやTRPGに近いです。

本作の特徴として「雑魚敵を倒すメリットがほとんどない」「レベルが上がってもあまり強くならない為、戦闘では戦術が必要となる」「ミッションクリアの日にち制限や金銭・アイテムの縛りがきつい為、ダラダラプレイはできず、戦略的にプレイが必要」なことが挙げられます。いろんな縛りが掛かっている分、レベルを上げればなんとかなってしまうタイプのRPGに比べると、緊迫したリアリティのあるプレイが楽しめます。

まず、本作は、ミッションクリアを早い日数で出来れば出来るほど、ボーナスポイントが稼げてレベルが上がります。本ゲームは、イベント以外の雑魚敵を倒しても何も得られないことが多く、お金の入手や回復手段がシビアにて、雑魚敵との無用なダメージを受けるとそれだけ短い日数でのミッションクリアが不利になる為、雑魚敵を倒すメリットが皆無です。なるべく雑魚敵との戦闘を回避しながら、ダンジョンに潜ってゆくのが基本となります。どうしても戦わなくてはならないときも、主人公たちがあまり強くないので(本ゲームはレベルが上がっても、冒険で役立つ技能を得られますが、戦闘面ではそれほど強くなりません)、かなり戦略的に戦わないと負けます。どうしても戦闘で勝てない方は、攻略wikiがありますので、そちらをご覧になると良いかと思います。

Ruina 廃都の物語wiki
http://www24.atwiki.jp/ruinakokuryaku/

本作は謎解きに力が入っており、冒険・謎解き時の行動によって展開が変わりますが、それが極めて納得行く形になっているのも好印象です。非常に良く出来たゲームブックをやっているような感じです。ミッションをクリアしてシナリオを進めて行くのに重要なのは、戦闘技能よりも、冒険技能ですね。僕は戦闘は基本的に酒場で仲間に出来る魔法使いにお任せしていました(本作の戦闘では強力な威力の攻撃魔法・全体攻撃魔法を使える魔法使いがメチャクチャに強い)。主人公を盗賊でプレイしましたので、主人公の戦闘での役に立たなさは泣けてくるほどで、厳しい戦いでしたね…。仲間は酒場でチェンジできるので、現在取り組んでいるミッションにあった仲間を入れることが肝要です。

本作の一番の特徴は「ミッションクリアの日にち制限や金銭・アイテムの縛りがきつい為、ダラダラプレイはできず、戦略的にプレイが必要」、これにつきます。本作は雑魚敵を戦うことに碌なメリットが無い上、ミッションクリアの為に日数が掛かればかかるほど、状況が不利になってゆくので、ダラダラプレイしていると、詰んでしまいます。とにかくダンジョンに潜って、頭を使って危地を踏破するという感じですね。前半はまだ簡単ですが、後半はかなり難しいです。クリアできたのもかなりギリギリな感じです。

シナリオもなかなか好みでした。本作の主人公達冒険者は、別に世界を救う為に旅立つ勇者でもなんでもない、私情で戦っている冒険者であるところが、ソードワールドなどのTRPGを彷彿させるリアリティがあって好感です。序盤をクリアすると分かりますが、冒険する動機付けもよくできていますね。

全般的に非常に良く出来たRPG、PCでプレイできるフリーのRPGの傑作であると思います。難易度は高いですが、極めて良質なRPG、お勧めの作品です。

参考作品(amazon)
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「冷たい方程式」で有名なSF作家トム・ゴドウィンの代表作「宇宙の漂流者」「宇宙のサバイバル戦争」がやる夫AA化されています。見事です。

宇宙のサバイバル戦争 [SF名作コレクション(第1期)] (SF名作コレクション (6))

「冷たい方程式」で有名なSF作家トム・ゴドウィンの代表作、「宇宙の漂流者」「宇宙のサバイバル戦争」(邦訳時のタイトルが違うだけで内容は同じです)が原作に忠実にやる夫AA化されていますね。見事な出来栄え、素晴らしいです。僕は子供の頃読んで夢中になったSF作品で、懐かしいですね…。

AAまとめブログさん「やる夫とやらない夫たちが、ラグナロクに挑むようです」
http://blog.livedoor.jp/aamatome/archives/cat_33790.html

本作は、百聞は一見にしかずにて、上記やる夫AA「やる夫とやらない夫たちが、ラグナロクに挑むようです」を見てもらうのが一番てっとり早い(原作に忠実にAA化されています)ですが、物語のあらすじを一応解説しますと、ゲルン星人による強大な恒星間宇宙帝国ゲルン帝国から侵略されている地球より飛び立った惑星移民船コンステレーション号が、ゲルン帝国軍に拿捕され、技術者だけは利用価値があるとして本来の目的地である惑星アシーナに奴隷として連れて行かれ、残った移民船の人員四千人は「不適格者」として、生存困難として居住計画が放棄された苛酷な苛烈な環境の惑星ラグナロクに置き去りにされてしまいます。

ゲルン星人達は、奴隷化した技術者達を反抗させない為に、不適格者を皆殺しにはしませんでしたが、実際は、惑星ラグナロクの苛酷な惑星環境に放置すれば、不適格者達は苛酷な環境のなかですぐさま死ぬだろうと考えていたのです。

しかし、置き去りにされた移民船の人員達は、ゲルン星人達の予想を裏切って惑星ラグナロクの苛酷な環境を生きのび、ゲルンへの復讐を誓う物語です。ラグナロクに置き去りにされた四千人の人々が代替わりしながら、苛酷な環境を生きのびて、環境に適応し、ゲルン星人(一般的な地球人よりも身体能力が高いです)や地球人よりも高い身体能力と判断・行動能力を手に入れ、数多くの惑星を支配するゲルン帝国に戦いを挑んでゆく姿を数百年のスパンで描く壮大なSFロマンです。

AAの中でも描かれますが、ラグナロクの苛酷な環境をサバイバルしてゆく第一部、第二部では主要登場人物の死亡率が極めて高いハードな物語で、展開がややソフトにしてあるAA物語よりも死亡率は高いです。AA物語では死ぬことがない翠星石が演じているジュリアも、AAの中では生きのびますが、物語の中では悲惨な死に方をします…。登場人物の一覧対応表を作ってみましたので、原作を読んだお方々やこれからお読みになるお方々の参考になれば幸いです。右側が原作小説の登場人物名、左側がそれに対応するAAの登場人物名、()内が作品名です。

「やる夫とやらない夫たちが、ラグナロクに挑むようです」
登場人物一覧対応表

第一部(第一世代)
アイリーン・ロウイス・フンボルト=水銀燈(ローゼンメイデン)
ビリー・ロウイス・フンボルト=やる太(AA)
プレンティス・ロウイス・フンボルト=やらない夫(AA)
レーク副船長=やる夫(AA)
ジュリア=翠星石(ローゼンメイデン)
ヘンリィ・アンダーズ=白鐘直斗(ペルソナ4)
ハワード・クレイグ=空条承太郎(ジョジョの奇妙な冒険)
イレイン・クレイグ=空条鈴美(ジョジョの奇妙な冒険)
ジョン・カイアラ=朝比奈みくる(涼宮ハルヒの憂鬱)
歩哨(名前不明)=伊藤誠(スクールデイズ)
射手(名前不明)=真紅(ローゼンメイデン)
カール・シュローダー=赤木しげる(アカギ闇に降り立った天才)
ベン・バーバー=新城直衛(皇国の守護者)
バーバーの妻=如月千早(アイドルマスター)
ピーター・べモン=大槻(賭博破戒録カイジ)
ハガー=アライJr(グラップラー刃牙)
ウェスト=アンデルセン(ヘルシング)

第二部登場人物(第二世代)
ジム・レーク=雛苺(ローゼンメイデン)
デズモント・アンダーズ=アイギス(ペルソナ3)
ジョニィ・スティーブンス=キョン(涼宮ハルヒの憂鬱)
ジョージ・オード=朝比奈有希(涼宮ハルヒの憂鬱)
ボブ・クレイブ=空条典明(ジョジョの奇妙な冒険)
ダン・バーバー=新城真&なのはさん&ちゅるやさん(AA&リリカルなのは&にょろーんちゅるやさん)

第二部第五章
ウィルター・フンボルト=高町ナギ(かんなぎ)
フレッド・シュローダー=赤木傀(アカギ闇に降り立った天才)

第二部第六章
モーガン・ウェスト=モンティナ・マックス(ヘルシング)
クリフトン・フンボルト=蒼星石(ローゼンメイデン)
マリー・カイアラ=神楽(銀魂)
レーク・ハワード&ジョージ・クレイグ=ディオ・クージョー(ジョジョの奇妙な冒険)
ジーン・テイラー=ウォルター(ヘルシング)
スティーヴ・シュローダー&トニイ・カイアラ=銀時(銀魂)

原作との違い
登場人物の役柄の分散及びまとめ、ダン・バーバーが何人かに分散され、逆にレーク・ハワードとジョージ・クレイグの役柄が一人にまとめてあるなど。ジョン・カイアラなど幾人かの性別の変更。AAでは生きのびるジュリアは原作にて産褥で死亡、ダン・バーバーは原作の第二部鉱床探索にて脱水症状で死亡。

AAは現在第二部の中盤ですが、物語はこの後、第三部、第四部と続きます。今後のAA化、期待しております(^^)

原作小説もとても面白い古典SFでして、ラストはジンと胸にくる良い出来のSFです。「宇宙のサバイバル戦争」の邦題にてamazonで販売しております。ぜひご一読お勧めです。

参考作品(amazon)
宇宙のサバイバル戦争 [SF名作コレクション(第1期)] (SF名作コレクション (6))
冷たい方程式 (ハヤカワ文庫 SF 380 SFマガジン・ベスト 1)
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本日、手塚治虫「MW/ムウ」原作のTVドラマがやるのですね。あまりTV向けとは思えませんが、原作は好きです。

MW(ムウ) (1) (小学館文庫)
MW(ムウ) (2) (小学館文庫)

本日、手塚治虫の描いたピカレスク・ロマン「MW/ムウ」を原作としたTVドラマがやるのですね。原作の「MW/ムウ」はとても好きな作品なのですが、TVドラマ向けとは思えないですね…。原作は人間社会の様々な禁忌を侵犯することに快楽を覚える愉快犯の殺人鬼、結城美知夫と、美知夫に振り回される狂言回しの賀来巌の物語です。

先日のエントリにも書きましたとおり、虚構の物語に難癖をつけてきて、『道徳的配慮(イデオロギー)』の観点から作品を貶したり持ち上げたりするPTAなどの各種イデオロギー団体からの抗議やおべっかにうんざりしていた手塚が、一切の道徳観念を放棄して、マルキ・ド・サド的に放埓に物語を紡いだ作品です。『世俗の建前にうんざりしている大人向け』の作品であって、それこそ、一般大衆=PTA的思考で動いているTV向けの作品とは思えないところがありますね。

原作の醍醐味は、愛とか人情とか平和とか、TVドラマが金科玉条のように掲げている価値観を主人公の結城美知夫が嘲笑してそれら一切の価値観を破壊しているところにあり、この痛快な部分が、いかにも建前的、PTA的な道徳的配慮の塊であるTVドラマ化すると失われてしまうのではないかと危惧しますね。ただ、まだ未放映ですからどうなるかわかりませんが、原作のアナーキーなテイストはきちんと再現していて欲しいなと思います。

参考作品(amazon)
MW(ムウ) (1) (小学館文庫)
MW(ムウ) (2) (小学館文庫)
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扇風機が動かなくなり、部屋が酷く蒸し暑くて体調不良です。猫とぐったりしています。夏の夜向けホラーゲーム(フリーゲーム編)

這いよれ! ニャル子さん (GA文庫)
這いよれ! ニャル子さん 2

二週間ほど前から扇風機を回していたのですが、昨日扇風機の羽が回らなくなり、分解して直せないか挑戦してみたのですが、ダメでした。何が原因で故障したのかは不明ですが、暑くて暑くて夜も眠れず、体調不良です。僕は冷房器具を今回壊れた扇風機しか持っていないので、扇風機が壊れた今、部屋が非常に蒸し暑く、部屋に居るだけで体力を奪い取られる感じです。猫も床に寝そべってぐったりしています。

暑いので少しでも涼めないかとホラー小説(ラヴクラフト全集やニャル子さん)やホラーコミック(神の左手悪魔の右手)を読んだりニコニコ動画のミクトゥルフ動画(ボーカロイド+クトゥルフ神話の動画。たこルカことクトゥルカが有名)を見たり、ホラーのフリーゲームを片っ端から落としてプレイしまして、その中から掘り出し物が一作品ありましたね。創作サイト、17さんのフリーゲーム「The world to reverse. 」です。

クトゥルカとは (クトゥルカとは) - ニコニコ大百科
http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%82%AF%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%AB%E3%82%AB
クトゥルカとは、y1イlrq:lfcp@。せw:、」」cである。

あぁ、窓に!窓に!

(中略)
発祥は正式名称であろう「たこルカ」の記事を参照の事。

但し、ごくごく一部の人間は「首だけと言う異形の姿+触手」にとある邪神の事を想起し『クトゥルカ』と呼称するのだ。

「17」さん(The world to reverse. )
http://applechair.sakura.ne.jp/17/

本作「The world to reverse. 」は「hallucinate」「フランカ」というカフカの短編を彷彿とさせる奇妙な味のショートシナリオゲーム(両作品ともワンプレイ2〜3分程度)が入っており、クオリティが抜群に高く、楽しめました。両作品とも、はっきりとした明快さのない、藪の中的な灰色の世界を描いておりますが、最後までクリアすると、謎的なものが一応解き明かされる形になっています。「hallucinate」はEDコンプリート後のタイトル画面にて、主人公とヒロインの正体が明かされます。「フランカ」は、EDをクリアするごとに、登場人物達の背景が明かされます。

ただ、両作品とも、コンプリートするためにプレイするというよりは、雰囲気を楽しむタイプの作品です。特にフランカは、中世ヨーロッパ社会の一断面を上手に切り取った作品であり、ホラーとしてよい出来です。この作品において淡々と描かれる展開およびラストは陰惨なものが多く、背筋がゾクっとしました。お勧めです。

世の中でいちばん恐ろしいものは何か?

言うまでもない。真実である。これより恐ろしいものは絶対にない。

よく「わたしは真実を愛する」なんていう人がいるが、そういう人のほとんどは自分の言っていることの意味が、分かっていないのである。彼らはたいがいおそるべき自信家で、真実は自分にとって都合の良いものに違いないと、根拠もなく確信しているのだ。しかし、あられもない真実の姿にもっとも早々と打撃を受けるのはそうした人々であり、往々にしてごく軽い真実のひと打ちにてもろくも再起不能に陥ったりするのである。

もっとも、では誰もが真実を恐れはばかるのみかというと、そういう訳ではない。この世間には奇特にも背筋が凍る真実を愛好する人々がいる。ホラー愛好家もそうした中に入る。

ホラーは何故怖いか?

それは真実が含まれているからである。逆に言えば真実が一片たりとも含まれていないホラーは怖いこともなんともない。ただ滑稽で、バカバカしいのみである。よく出来たホラーほど真実の含有度が高い。
(小林泰三。「ホラーコミック傑作選HOLY」より)

(楳図かずおホラーコミックの特徴は)恐怖への真面目さ――つまり、恐怖を描く際にルールから外れないこと、これなのである。真面目な人でないと、こういう芸当はとてもできない。

では、楳図かずおのルールとは何なのか?つねに、怖がらせられる側が感じる恐怖、受身の恐怖に徹することだ。(中略)(ホラー創作において)作者はついつい感情移入して、加害者の視点から恐怖を描いてしまう。作者が妖怪や怪物の方と仲良くなってしまう。水木しげるの場合は、その際立った例といえる。

だが、楳図かずおは最後まで怪物たちと仲良くならない。チキン・ジョージやロボットの真悟でさえも、楳図は味方しない。あくまでかれらから恐怖を解き放たれる山の辺想や泉の側に立ち、害を加えられる人たちの感じる恐怖だけを、真面目に忠実に描いていく。だから、恐怖にとりつかれた者の目には、怪物はより恐ろしく、恐怖の表情はよりリアルに、映るしかないのだ。
(荒俣宏。「神の左手悪魔の右手第一巻」より)

ちなみにクトゥルフ神話の創始者である作家ラヴクラフトの優れていると言われているところは、バリバリの合理主義者で無神論者で猫大好きの彼(孤独なラヴクラフトは猫と一緒に暮らしていました)は火山活動などの地球物理学などに興味を抱いており、人類をキリスト教の概念にて特別扱いせずに「人類は地球の表面に張り付いている生命種の一つに過ぎない」として、人類を含め、生命種に対して非常に突き放した大局的・客観的視点をホラー小説において初めて視点化したのが、彼の功績であると言われています。火山噴火や地震等は人知を超えて発生するし、それらは人類の意思など全く無関係に、ただ、大規模なる事象として確率的に起こるのだ、という価値観をホラーに導入しました。いわゆる「コズミックホラー」(宇宙的ホラー)です。

恐竜絶滅は隕石によるものだと言われていますし、その点、ラヴクラフトには先見の明があったと感じますね。巨大隕石の落下は人類種の意思とも恐竜種の意思とも何のかかわりもなく、ただ確率的に、偶発的に起こるものですから。

勧善懲悪的な作品よりも、クトゥルフ神話のような、偶発的にカタストロフィが発生する、勧善懲悪を超越した作品の方が、ホラーという形態にあっていると思いますね。今度、手塚治虫さんの「MW/ムウ」の映画が公開するそうですが、これなんかは、自分の作品が常にヒューマニズム作品として扱われることに切れちゃった手塚さんが、ヒューマニズムとか勧善懲悪とか完全に無視して作った情け容赦ないクライム・ノベルなサイコホラー作品なので、映画もちゃんと原作の情け容赦なきテイストを生かして製作されているといいなあと思います。どうも日本の映画は、原作のテイストを完全無視して、むりやり「浪花節」とか「勧善懲悪」とかの形式に映画を押し込めて、その結果、映画が台無しになっていることが多いので、「MW/ムウ」の映画がその轍を踏んでいないことを祈ります。

参考作品(amazon)
這いよれ! ニャル子さん (GA文庫)
這いよれ! ニャル子さん 2
ラヴクラフト全集 (1) (創元推理文庫 (523‐1))
神の左手悪魔の右手 (1) (小学館文庫)
14歳 (1) (小学館文庫)
わたしは真悟 (Volume1) (小学館文庫)
MW(ムウ) (1) (小学館文庫)
MW(ムウ) (2) (小学館文庫)
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ゼロの使い魔と銀河英雄伝説の二次創作「ゼロな提督」読了、本編より出来良いかと思います。お勧めです。

銀河英雄伝説 1 黎明編 (創元SF文庫)
ゼロの使い魔 (MF文庫J)

ゼロの使い魔において、ヒロインのルイズに別作品のキャラクターが召喚される二次創作集「あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ」を一通り読んだのですが、「ゼロな提督」が圧倒的に傑出している感じですね。正直なところ、本編(ゼロの使い魔)より出来が良いかと思います。僕としては余り好きではないゼロの使い魔オリジナル本編よりも、遥かに共感するところ大な作品であって本編より楽しめましたね。お勧めです。

「あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ」ゼロな提督
http://www35.atwiki.jp/anozero/pages/3795.html


本作は、ゼロの使い魔ヒロインのルイズが銀河英雄伝説のヤン・ウェンリーを召喚する話ですが、ヤンが、初っ端から貴族制度に不快感を示し、最後までルイズの使い魔にならない(無理矢理ルーンの契約で使い魔にされていますが、ルイズに使い魔になることを断って、最後まで自分を使い魔とは認めない)のがとてもいい感じですね。専制国家であるローゼンバウム王朝及びラインハルトの銀河帝国と最後まで戦ったヤン・ウェンリー、それがどんなに腐敗してようとも最後まで民主主義と自由を掲げる自由惑星同盟の理念に殉じた軍人ヤン・ウェンリーだけあって、ルイズの世界の平民を人間扱いしない専制貴族主義に対して、民主主義と自由を掲げ命がけで戦った立場から深い嫌悪感を示しており、非常に共感です。「ゼロな提督」は二次創作として面白いだけではなく、「ゼロの使い魔」の作品構造(身分制度の無意識的肯定)に対する非常に良く出来た本質的批判の要素を含んでいます。

僕は一応図書館使ってゼロの使い魔を16巻までバーッと読みましたが、どのように考えても、本作ヒロインのルイズって、凄い嫌な奴だと思うんですね…。階級差別のある世界で名門貴族の家柄であることを鼻にかけて、主人公含めて平民を人間扱いせず傲慢かつ差別的に振舞う高慢ちきでヒステリー性のお嬢様じゃないですか。主人公が実力つけた後は、さっさとこんなヒロインは見切りをつけて出奔しろよという感じでした。

ゼロの使い魔の世界はどこも血縁主義による強固な身分制度に支配されていて非常に暮らしにくそうな世界ですが、特に閨閥貴族ルイズの祖国トリステインは最悪の恐怖国家、血縁主義による差別統制国家という感じですね。北朝鮮あたりとトリステインがどう違うのか読んでいてまるっきり不明です。もし僕がルイズに召喚されたらゼロの使い魔世界の国家の中では一番マシそうに見えるゲルマニアへ速攻で出奔しそうですが…。身分差別意識の塊で高慢ちきかつ無能なヒステリーの下品な小娘(ルイズ)になど、とても付き合ってられないと思います。下記SSにてシュウ・シラカワの言うとおりですよ…。

http://www35.atwiki.jp/anozero/pages/5415.html
「平民のくせに!貴族に逆らう気!?」
「……その言い方、下品ですよ?」
 蔑むような目を向けて言う。
「血筋でもって自身の正当性を主張するような感性は、改めた方が良いと思いますがね」

本作「ゼロな提督」にて召喚される銀河英雄伝説の主人公ヤン・ウェンリーは大人な人なので、生活の糧を稼ぐ為に、ルイズの執事になって(自由契約)、なおかつ常に大局的に物事を考えて、ルイズのためではなく、民主主義と自由、そして人権を理念に持つ自由惑星同盟の軍人として、ゼロの使い魔世界のために動いている、決してルイズのために働いているのではないところが好感が持てますね。ヤンは人類が科学技術を発展させ星の海に出て行った時代の人なので、ゼロの使い魔世界を大局的・歴史的に俯瞰することができて、『科学技術が発展すれば貴族制度は崩壊するだろう』と見抜いています。ヤンは本作のなかで、ルイズのような貴族主義的保守の塊ではなく、リベラルな歴史の側を加速させる方向(誰もが使える科学技術の発展と平民の地位向上)に手を貸すので、シエスタとその一族(魔法は使えないが科学技術を重視している)やフーケ(王侯貴族を嫌悪している)の方と男女の仲でも仲良くなってゆきます。ルイズとは最後まで恋愛の感情は無かったのも好感ですね。

本作の中のヤンが見抜いている通り、銃の技術がせいぜい、我々の世界の西暦19世紀ぐらい(小銃、リボルバーやライフルの開発・大量生産)まで発達すれば、一々魔法発動に時間のかかるメイジなんてものは一発で撃ち倒せるようになるわけです。技術発展の歴史的に見れば、いずれゼロの使い魔の世界も革命が起きて貴族制度は崩壊するでしょう。平民を差別的に支配する貴族階級より、虐げられている平民の方が圧倒的に数が多いのですから。

本作において、ヤンの世界のハイ・テクノロジー(軍事技術を含めた科学技術水準)から見れば、ルイズの世界の軍事的な魔法なんて、笑っちゃうほど小さなものに過ぎないことがきちんと書かれています。ヤンも、ゼロの使い魔世界の軍事技術発展を促進して民主主義革命を起こしたい誘惑にさらされます。『武器の差別の消滅により、主人と奴隷の区別も消え失せたのである。』(byヘーゲル)ですね。

貴族の武器の優勢に対抗するものとして、一つの科学的な道具の発明があった――それは火薬である。「人間性」はこの火薬を必要としたのであって、だからこそやがてそれの出現を見たのである。つまり、それは人間を自然の力から解放し、身分を平等化するこの上もなく重大な道具だったのである。すなわち、武器の差別の消滅により、主人と奴隷の区別も消え失せたのである。火薬は城壁の堅陣をも破砕し、城壁や城の価値もいまやその重要性を失った。人々は個人的な勇敢の価値の没落を嘆くであろう。もはや豪勇無双の戦士も、またいかなる義士も、卑怯者が放つ遠くから、片隅からの一発の弾でやられてしまう。

けれども、火薬は(万人に開かれた武器として)かえって理性的な、思慮ある勇敢、精神的勇気の相場を高めもしたのである。この道具によってはじめて、いっそう高度の勇敢、個人的情熱とは切り離された勇敢が生まれてきたのである。というのは、この火器の使用にあたっては、普遍的なものの中に打ち込むのであり、敵は抽象的な敵であって、個々人ではないのである。
(ヘーゲル「歴史哲学」)

本作のいいところは、民主主義と自由、万人の人々を支えるのは、ルイズのような閨閥貴族の血縁特権ではなく、誰にでも使える科学技術、万人に開かれたテクノロジーだということをきちんと書いていることですね。ゼロの使い魔世界が極めて不公平な世界(血縁によって世界を支配する魔法使いだけが特権を得ていて、他の大勢の人々は虐げられている)であることを、ヤンが自由惑星同盟の一軍人の視点からしっかり見ているところが好感が持てます。魔法の使えない平民メイドのシエスタがヤンの世界のブラスター(レーザー銃)使って大活躍するところもGJですね。ヤンの世界、高度にテクノロジーが発展した銀英伝の世界における誰にでも使える高度科学技術(ブラスター等)の方が、ルイズのような貴族主義に凝り固まった魔法貴族達の魔法よりも遥かに強力なのが実に痛快です。

本作「ゼロな提督」、面白かったです。きちんと完結しているところもGJです。本作に限らず、ゼロの使い魔のクロスオーバーSSの多くにて、知性派の優秀な人材が召喚されると、大体においては、実力もない癖に高慢な身分差別主義者であるルイズに対して批判的な視線を持つのですが(僕はこれは当たり前だと思いますね…、ルイズのような身分差別意識の塊の如き高慢ちきなヒステリー小娘に簡単に隷属しようなんて方がどう考えてもおかしな発想です)、本作は、それだけではなく、ヤンがルイスの執事兼教師になって共に行動することで、基本的にはルイズに優しいけど(穏健なヤンは人格者過ぎます)、民主主義国家である自由惑星同盟の一員として、絶対に譲れないところ(身分差別反対や万人の生命の尊重)は譲らずにしっかり締めて行動し、それによってルイズが変わってゆく、最初は身分差別意識の塊にて高慢ちきなどうしようもない閨閥貴族であるルイズの価値観を成長させてゆく、ルイズのビルドゥングス・ロマン(成長小説)の要素も持っています。お勧めです。

http://www35.atwiki.jp/anozero/pages/3795.html
「あまり殺されたくないんですが…」

ヤンは、窓の外を見つめる。 遠い夕焼け空を眺めながら、ゆっくりと語り始めた。

「昨日話したとおり、私は軍人です。いえ、軍人でした。 全く向いてない職業ではあったんですが、どういうわけかやっていました。 そして私は私の所属する国家、というより思想や信条のために戦っていました」

「思想…信条?」

「ええ。自由と、民主共和制です」

「…何、それ?」

少女は、本当に言葉の意味が分からないという様子で聞き返してくる。だが、ヤンは構わず話しを続けた。

「自由と民主、その思想を守るために、私は戦い続けました。私の部下達も、同じ思いで戦ってくれていました。いや、もしかしたら違うかも知れない、彼等には彼等の信じるものや守るものがあったかも知れない。それでも、私達は戦っていました。
 帝国、貴族、専制政治等から自由を守る戦いを」

「な…!」

少女が驚愕して目を見開く。それでも彼は気にせずに話を止めない。

「結果、多くの兵士が、市民が、敵も味方も死にました。その死の一端は、私に原因があるのです。私が彼等を死に追いやったのです。
 
だから、自由と民主政治のために多くの人々を死へ追いやった自分が、我が身可愛さに自由を手放して貴族の奴隷として生きるなど、許されはしない。そう思うのです」

「そんな…あんた、レコン・キスタ…?」

レコン・キスタ。その名にヤンは心当たりがある。古代の地球で行われた宗教戦争、その中の国土回復運動の名だ。だがルイズは、同盟の政治体制を示す言葉として、この名を口にした。

どうやら民主共和制の芽は、この世界にもあったのか…そう思うとヤンは久しぶりの嬉しさを感じてしまった。自分は孤独ではないのだ、と。
 
と同時に、彼の覚悟も一層強固なものとなった。

「どうやら、私とルイズ様とは、立場も思想も完全に異にするようですね」
 
ルイズはわなわなと震えたまま、なにも答えない。答えられない。 そしてヤンの、表面だけの敬意は消えた。

「なら、迷う事はない。殺すといい。 もちろん僕は抵抗する。けど、まぁ、こんな歩く事もままならない人間なんて、楽に殺せるだろう」
(ゼロな提督)

参考作品(amazon)
銀河英雄伝説 1 黎明編 (創元SF文庫)
ゼロの使い魔 (MF文庫J)
銀河英雄伝説 DVD-BOX SET1
ゼロの使い魔DVD-BOX
歴史哲学講義 (上) (岩波文庫)
歴史哲学講義〈下〉 (岩波文庫)
アニメ総合一覧
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チェリスソフトの三国志ゲーム「大戦学演 董白伝」クリア。三国志ノベルとして良く出来ていて面白かったです。

三国志大戦・天 アーケード出陣パック 同梱版
三国志大戦・天(通常版)

ゲームの三国志大戦にてロリ美少女お嬢様武将として登場し、人気がブレイクした董白(董卓の孫娘。生年不詳。十代?の時点で董卓によって渭陽君に封ぜられ領地が与えられるという破格の少女君主。王允の董氏誅滅によって192年没?)と、マイナーだけど人気がある戯志才(曹操配下の武将・軍師。若くして夭折し、曹操にその才を惜しまれ哀惜された)をメインに据えた三国志同人ノベルゲーム「大戦学演 董白伝」をコンプリート。良く出来た三国志二次創作ゲームで面白かったです。

チェリスソフト公式サイト
http://members3.jcom.home.ne.jp/lustwaltz/

ウィキペディア「董白」
董白(とうはく、? - 初平3年(192年)?)は後漢末期の軍人・董卓の孫娘。父母の名前や字は未詳。三国志正史では魏書巻6『董二袁劉伝』の註に記載されている。正史を元に脚色された物語、三国志演義には登場しない。

董白は初平元年(190年)、董卓が長安への遷都を行った際、まだ笄も挿していない(成人していない)にもかかわらず、渭陽君へ封ぜられ領地が与えられたという記述と、領地受領の際に都尉や中朗将などを従え董璜(董卓の甥)より印綬を与えられたという記述があるが、董白自身が特に何かを行ったという記述はない。

没年についても記述は残っていないが、司徒王允による董氏誅滅の際には90歳になる董卓の母(董白にとって曾祖母)も他の一族同様に処刑されたという記述を見る限りは、この時に他の一族同様に処刑されたと考えるのが妥当だろう。

ウィキペディア「戯志才」
戯志才(ぎ しさい、生没年不詳)は、後漢末期の人物。曹操の参謀役であったとの記録が残る。豫州・潁川郡(現在の河南省許昌周辺)出身。

『三国志』魏書・郭嘉伝にわずかに記述がある。荀の推挙で曹操の軍師となった。曹操に大変気に入られたが、若くして病死した。曹操は、戯志才の死を惜しみつつ荀に「彼が死んで策略を相談できる相手がいなくなった。貴公の出身である潁川には優れた人物が多い。誰か彼を継ぐ人物はいないか」と問うと、荀は郭嘉を推薦した。

本作は大筋の物語展開は基本は史実に忠実ながら、史実においてさっぱり分からない不明な空白の点が多いことを上手く使って、その空白の点で、敵味方同士である董白と戯志才の恋愛物語を作っていて感心しました。僕は三国志好きで、演義には正史など他の三国志関連書物も読みましたが、本作は史料が残っておらず分からない部分を上手く使って物語を組み立てた作品、二次創作歴史物として良く出来ていると思います。

ゲームの三国志大戦の魔法的な計略が登場したり、なぜかR・田中一郎(究極超人あ〜る)が田豊(袁紹の軍師)の孫として登場したり、ユーモラスなファンタジー仕立てですが、ユーモアとシリアス展開の分量がいい感じに仕上がっていて、最後まで飽きずにプレイできます。元々の三国志演義からしてファンタジーですし、これはこれでいいのではないかなと。

全般的に、三国志好きな製作者さんが、三国志に愛を持って作っているということが分かる出来(作中の小ネタなどがちゃんと史実・史料に沿っており、三国史ファンなら思わずニコッとできる出来)、三国志のファンである僕としてはとても面白かったです。曹操の性格(頭に血が上ると、本来は身の安全を図らねばならない総大将である自ら先頭に立って突撃してしまう癖。史実)とかちゃんと描けていてGJですね(^^)

余談ですが、正史も含めちゃんと三国志を読んでいくと、曹操は怜悧な君主というより、文武に優れた勇敢な熱血漢という感じですね。戦において、総大将である自ら先陣を切って突撃するということを、領土を持ち曹軍十万の大将となった以降も行っており、怜悧で打算的な君主にはこのような自らを危地に晒す突撃行為は不可能だと思います。本作に出てくる軍師荀とか、総大将の熱血ぶりにはさぞかし気を揉んだかと…。閑話休題。

本作、面白い三国志ゲーです。ただ、僕は子供時代から諸葛孔明のファンで、孔明が劉備に仕え始め活躍してゆく頃(三国鼎立形成へ向かう時代、超弱小勢力の劉備軍が国を獲ってゆく時代)の武将が好きなのですが(呉の周瑜・魯粛とか蜀に下る馬超とか)、本作は董卓、呂布が活躍した頃を史実に沿って描いているので、孔明が活躍した頃の武将が全然出てこないのがちょっと残念ですね。登場武将という面において、諸葛孔明の活躍を描いた酒見賢一さんの「泣き虫弱虫諸葛孔明」に董卓、呂布時代の武将が全然出てこないのと同じ残念さを感じました。チェリスソフトの次回作ではこの辺のキャラも出てきて物語に絡んでくれると嬉しいですね。次回作「董卓の覇道」では三国志オールスターで出てくること期待します。

三国鼎立とはいうがその総合力を比に示すと(蜀の最盛期においても)魏:呉:蜀=七:二:一くらいとなり、呉の足は針金、蜀の足はマッチ棒みたいなものである。均衡可能な差どころではない。しかし蜀とて(三国鼎立時代は)小なりとはいえども天下なのであり、他に劣るところはないと無理にも錯覚させたことが孔明の恐ろしいところなのである。

天下三分の計は魯粛も似たような構想を孫権に語っていて、対華北曹操勢力という観点では他にも類似案を持った者もいたし、孔明オリジナルというわけではなさそうだ。ただし、曹操、孫権とは異なり、勢力と呼ぶにはあまりに弱小過ぎて領する土地すらない劉備軍団(ならびに梟雄とされてあまりに信用がない無責任男劉備)、これをもって三国の一鼎立にするとは誰も考えていなかったし(劉表、劉璋か、馬騰、張魯をもってならいくらか現実味はある)ほぼ有り得ないことであったのに、こここそ孔明のチャイニーズ・ドリームが現実化したというほかないのだが、実質二百人余りだった劉備軍団が七年足らずのうちに脆弱ながらも一国(蜀)に仕上がっていたという点が魔術的なのである。

戦さ下手、軍才なし、としばしば(軍略において)低評価される孔明だが、(蜀成立の手際を見ると)じつはそれすらわざとやっていたのであって、みな臥竜イリュージョンのうちにあったといってよいのかも知れない。これには曹操とその幕僚たちも唖然としたろう。手も読みも早い曹操が、蜀漢の成立を妨害すべく動く機を失ったくらいに、孔明の奇策は曹操の想定外のところにあった
(酒見賢一「泣き虫弱虫諸葛孔明」)

本作「大戦学演 董白伝」、三国志ファンと董白ファン、戯志才ファンならやって損無き面白い三国志ゲームだと思います。お勧めです。

参考作品(amazon)
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三国志大戦・天(通常版)
泣き虫弱虫諸葛孔明
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三国志〈上〉 (岩波少年文庫)
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「うみねこのなく頃に」はカー「火刑法廷」になれるか。読者への説得力。竜騎士07さんへの期待。

火刑法廷 (ハヤカワ・ミステリ文庫 5-1)
密室と奇蹟 J・D・カー生誕百周年記念アンソロジー

先日「うみねこのなく頃に」問題編(ep1〜ep4)をクリアしたので、記念にうみねこに相応しい感じの本を読もうと思い、これまで未読だったミステリアンソロジー、J・D・カー生誕百周年記念アンソロジー「密室と奇蹟」を読了しました。密室ミステリかつ馬鹿ミステリの名手として知られる変態ミステリ作家(褒め言葉です)J・D・カーのアンソロジーだけあって一筋縄ではいかないミステリ揃いで楽しめました。特にうみねこのなく頃にのep1が発売された時から、うみねことの類似点が指摘されているカーのミステリ「火刑法廷」に対する小林泰三さんのオマージュ「ロイド殺し」が面白かったですね。「うみねこのなく頃に」が目指している方向性はカーの「火刑法廷」だと僕は考えているので、本書で小林泰三さんが書いている火刑法廷についての文章を読むと、「うみねこのなく頃に」の方向性が分かりやすいかなと思います。以下、本書より小林泰三さんの文章を引用致します。

作者による自作解題。小林泰三「ロイド殺し」

世間では、ミステリやホラーは同類だと思われているふしもあるが、ご存知のように実際には似て非なるものである。確かに「怪奇趣味」という点において、両者に共通点はあるが、「謎」に纏わるストーリー展開のベクトルが全く逆なのである。

どんなに不気味な舞台で、グロテスクな事件が起きようが、ラストに向けて謎が収束していくなら、それはミステリなのである。その逆に常識的な舞台で、日常的な事件が起きていても徐々に謎が発散していくなら、それはホラーと呼んで差し支えない。

つまり、「一見非合理に見えるものが実は全て合理的に説明できるのだ」という結末に快感を見出す物語がミステリであり、人間にはとうてい解決できない謎の中に身を委ねる解放感を楽しむ物語がホラーだといえばわかりやすいであろうか?

この場合、スーパーナチュラル(超常的)な要素の有無は特に問題ではない。それがどんなに常識離れしたものであっても、物語の中での論理的整合性が保たれているのなら、それはミステリなのである(ファンタジー世界を舞台にしたミステリ等)。

したがって、ミステリ(合理的に説明可能な物語)であり、かつホラー(合理的に説明不可能な物語)である小説を描こうとするなら、作者は謎が収束しつつ、かつ発散するといった病的なストーリーを展開しなければならなくなってしまう。「火刑法廷」はまさにそのような病的なストーリー展開を持ち、なおかつ破綻していないという奇跡的な作品なのである。

カーはラストぎりぎりのところで、寸止めをして(合理的なミステリとしても解釈でき、合理的に解釈できないホラーファンタジーとしても解釈できる両義的な展開のまま物語を終わらせ)、謎が収束も発散もしないという実に気持ちの悪い状態で固定することに成功している。(ミステリとホラーファンタジーの両義性を持つ「火刑法廷」は)単に「ミステリにホラー要素を入れた小説」や「ホラーの中に探偵を登場させた小説」などではないのである。

拙作「ロイド殺し」が少しでも、この気持ち悪さに近づけていればいいのだが…。
(小林泰三。「密室と奇蹟」より)

僕はうみねこep1をプレイした頃から「うみねこのなく頃に」は「火刑法廷」をやりたいのかなと推測しており、うみねこの出題編であるep1〜ep4までプレイして、推測通りかなと思っています。作者の竜騎士07さんは最終的にうみねこの物語を、合理的なミステリとしても解釈できるし、非合理なホラーファンタジーとしても解釈できる、両義性のあるシナリオにしたいのかなと考えています。前作「ひぐらしがなく頃に」は合理的説明可能な話ですから、小林泰三さんのカテゴリ分けに従えば、普通にミステリなわけです。ひぐらしはミステリとして説得力を欠く、余りアレな部分(例えば秘密結社の特殊部隊が犯人とかあまりに…)が多くて、その点は批判されましたが、全てを合理的に説明できるミステリとして最後までシナリオ完成を諦めなかったところは評価します。

うみねこは僕は今のところ評価していて、読者に説得力のある形できちんと物語を纏め上げることができたら素晴らしいと思っています。ただ逆に、投げっぱなしでちゃらんぽらんな、読者に対して説得力を欠く展開になってしまったらそれはとても残念な訳でして、そうならないことを祈っています。下記のエントリにて紹介しました、竜騎士07さんのミステリ論「アンチミステリとアンチファンタジーについて」を読むと、竜騎士07さんは、ミステリの根幹にある「共通認識に基づいた読者への説得力」というのを軽視しているのではないかと思われるところが見受けられて、その点が心配ですね…。

うみねこのなく頃にep3ep4クリア。犯人及びトリック、犯行動機について推理。後期クイーン問題と間主観性。メルロ・ポンティから読み解く「うみねこのなく頃に」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/872127.html


「アンチミステリとアンチファンタジーについて」において、竜騎士07さんは物語に対して後付の物語を付け加えることでいかようにも物語を解釈できると書いていますが、これは普通に誤りです。例えば、「ひぐらしのなく頃に」の「最終版」というのを竜騎士07さんが発表して、それに『「ひぐらしのなく頃に」の全ては沼地から発生したガスで昏睡状態に陥っている梨花が見ている夢であり、全ては夢で、実際には前原圭一などという人物は存在しなかった』と書かれていたら、読者は「ハァ?なにこれ。今更夢落ちなんて、こんな解釈に従えるわけねーだろ!」と怒ると思います。物語には確かに後付で物語を加えることができますが、それには読者を納得させる説得力が必要なんです。読者を納得させることのできない独りよがりな後付の物語をいくら付け加えても、読者はそのような解釈には従わないでしょう。読者と作者で共有できる共通認識(先のエントリで取り上げた間主観性)に沿った説得力のある物語だけが、本筋として解釈される力を持つのです。

どうも、竜騎士07さんが書いた文章を読むと、読者側の認識というものを蔑ろにした、「作者=物語の神である」という独りよがりな発想が、ひぐらしのなく頃にの完結以降、強くでてきている感じで、竜騎士07さんの創作の才能を高い評価している僕としては、危惧せざるを得ません…。読者を説得することができない物語は、いくら作者が「この作品は優れている」と主張しても、作者以外の人にそれを納得させることはできないでしょう。公開される物語は作者だけのものではなく、読者によって評価されるということも含めて『物語』なのだという、創作における基本中の基本、このことを竜騎士07さんには忘れないでほしいなと思います。このことについては坂口安吾、都筑道夫のお二人も触れていますので、最後にこのお二人のミステリ論を引用させて頂きます。

坂口安吾
「推理小説について」

探偵小説の愛好者としての立場から、終戦後の二、三の推理小説に就て、感想を述べてみよう。(中略)探偵小説全般の欠点について、不満と希望を述べてみたいと思う。

第一に、なぞのために人間性を不当にゆがめている(本来ありえないような行動を犯人や登場人物がとる)ということ。(中略)第二に、超人的推理にかたよりすぎて、もっとも平凡なところから犯人が推定しうる手がかりを不当に黙殺していること。(中略)

第三の欠点はこれ(第二)に関連しているが、つまり、探偵が犯人を推定する手がかりとして知っている全部のことは、解決編に至らぬ以前に、読者にも全部知らせてもらねばならぬ、ということだ。

読者に知らせておかなかったことを手がかりとして、探偵が犯人を推定するなら、この謎ときゲームはゲームとしてフェアじゃない。犯人は読者に当たらぬのが当然で、こういうアンフェアな作品は、作家の方が黒星、ゲームにならない。(中略)


私は探偵小説を謎ときゲームとして愛してきたもので、このような真夏の何もしたくないようなときには、推理小説を読むこと、詰碁詰将棋をとくのが何より手ごろだ。(中略)これは趣味からのことで、私自身は探偵小説を謎ときゲームとして愛好しているだけの話、探偵小説は謎ときゲームでなければならぬなどと主張を持っているわけではない。(中略)探偵小説はこうでなければならぬなどと肩をはってはいけないもので、謎ときゲーム、芸術の香気、怪奇、ユーモア、なんでもよろしい、元々、探偵小説というものは、読者の方でも娯楽として読むに相違ないものなのだから、本来は軽く、意気な心のあるものでなければならない。(中略)

謎ときゲームとしての推理小説は、探偵が解決の手がかりとする諸条件を全部、読者にも知らせてなければならないこと、謎を複雑ならしめるために人間性を納得させ得ないムリをしてはならないこと、これが根本ルールである。
(坂口安吾。「ベスト・ミステリ論18」より)

都筑道夫
「トリック無用は暴論か 必然性と可能性」

たとえば、どんなに矛盾なく、たくみに作られた偽アリバイであっても、それを使おうとする犯人の考え方が不自然だったら、それは非論理的なものであって、推理小説として成立しないのです。どんなに自然で巧妙な密室トリックでも、密室にする必然性がなかったら、それは不自然な密室であって、モダーン・ディテクティヴ・ストーリイ(近代ミステリ)としては、落第なのです。(中略)突き詰めていえば、どんなトリックも、不自然ということになるでしょうが、そこを一応うなずかせる言葉の魔術がほしいのです。(中略)

どうせ絵空事の話なんだから、(動機はどうでもよくて)トリックさえ奇抜ならばいいじゃないか、というのでは、逆行でしかありません。(中略)(都筑道夫氏が敗戦後に編集者として)最初に手がけた探偵小説の単行本が、某大家の長編でした。(中略)(その長編では)袋小路で殺人が行われ、目撃者がいる。その目撃者のいうことには、犯人は自分に気づくと、ふわふわと宙に舞い上がって、片側のビルの四階に逃げ込んだ、というのです。いくらなんでも大家なのだから、なんとか理屈をつけるだろう、と思っていると、意外、それも悲しい意外で、証言は嘘、目撃者が犯人でした。嘘でもいい。(嘘の証言をした理由として)宙に舞い上がって、四階に入らなければいけない理由が、強力にあればまだ救われるけど、それもないのです。これは極端な例ですが、こういう作品(ミステリとしての説得力を放棄した作品)が探偵小説として通用した時代に、逆戻りしていいはずがありません。(中略)

(上記の様ないい加減なミステリの弁護として、ミステリ要素を重視していないのでミステリの観点から批判されるのは不当だと述べる作家の意見に対して)物語の中心に殺人がおかれ、犯人は誰かという問題になって、最後に真犯人が暴露される、と三拍子揃えば、これはもう推理小説以外のなにものでもないう。(執筆の)目的はほかにあって、殺人や犯人究明は手段にすぎないのだから、推理小説として厳しく評価されては困る、と作者がいったとしたら、それは詭弁に過ぎません。(中略)

推理小説の謎は、舞台奇術の謎とは違います。(中略)(舞台奇術の謎には)奇術師の生活も、観客の生活も、かかわりがない。釘付けにした箱から、抜け出して見せる、といったひとつの場景だけが問題なのです。

推理小説の不可能問題も、読者がそれを希望し、作者が可能としてみせるだけのことには違いないけど、そこには登場人物達の生活があります。それは、われわれの生活を模したオーディナリ・ライフです。つまり、パズラー・ファンが欲するのは、オーディナリ・ライフに起るエクストロディナリ・ケースと、その解決です。カーのたとえを借用すれば、逆立ちしたまま、人殺しをする話にはどうやったか、というだけでなく、なぜ逆立ちしたか、までが謎なのです。(中略)

推理小説を読む読者の興味は、まず犯人は誰か、ということから、はじまります。次の段階はどうやって殺したか、という興味です。最後にいきつくのが、動機の興味。アメリカ語でいえば、フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットの順で、読者の興味は深まり、同時にこれはパズラーの三本の柱でもあり、この順番で作者の重点も移ってきているのです。(中略)

本格推理小説は技巧的なもので、たとえばその作中に、すぐれた思想が盛り込まれていて、人を感動させたとしても、謎(真相)が幼稚で、読みなれた読者に(謎ときの)論理的興味を起こさせないとしたら、それは不出来なパズラーです。
(都筑道夫。「ベスト・ミステリ論18」より)

「ひぐらしのなく頃に」は、まさに『たとえばその作中に、すぐれた思想が盛り込まれていて、人を感動させたとしても、謎(真相)が幼稚で、読みなれた読者に(謎ときの)論理的興味を起こさせないとしたら、それは不出来なパズラーです。』の言葉通り、物語としては面白いですが、推理小説としてはダメダメでした。「うみねこのなく頃に」は「ひぐらし」の轍を踏まず、本格パズラーとして、技巧的に見事な形で謎を解き明かし、本格ミステリとして最高の妙味を楽しませてくれること、心から期待します。

作者の竜騎士07さんは「アンチミステリとアンチファンタジー」で驚くほど大きなことをいっているのだから、もしここで、きっちりとした本格パズラーとして「うみねこ」の謎を解くことが万が一できなかった場合、本格パズラーを構成することができないへっぽこミステリ作家が、本格パズラーとしての構成もできない癖にミステリに対して大口を叩いたとして非常な不名誉になってしまうでしょう。逆に技巧派本格パズラーとして見事に謎を解くことで、ミステリ作家として優れたところを見せれば、竜騎士07さんは優れたミステリの名手としてミステリ界において高く評価されると思います。ここが竜騎士07さんの正念場、うみねこの謎を解くep5以降の「うみねこのなく頃に 解」が合理的論理的に謎を見事に解く優れた本格ミステリであることを心から期待しますね。

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火刑法廷 (ハヤカワ・ミステリ文庫 5-1)
密室と奇蹟 J・D・カー生誕百周年記念アンソロジー
密室殺人コレクション
ベスト・ミステリ論18―ミステリよりおもしろい (宝島社新書)
都筑道夫 ポケミス全解説
日本推理作家協会賞受賞作全集 北米探偵小説論
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「川の光」視聴。テンポが良く密度の高いアニメで楽しめました。ピーターラビット的な絵柄も好感です。

川の光

NHK総合で放映していた「川の光」を視聴しました。テンポが良く密度の高いアニメで楽しめました。無理にデフォルメせず、写実的描写を意識したピーターラビット的な絵柄も好感です。物語の内容も擬人化動物物として良い意味できっちり作られており、子供の頃、ピーターラビットの絵本を夢中で読んでいたのを思い出しました。

流石NHKという感じでキャラがとても良く動いており、クオリティ高かったです。本作品は一時間強のアニメ作品ですが、民放の1クール(30分×13回、CM等が入るため実質5時間強程度)のアニメ作品よりも品質にきちんと反映する制作費が掛かっている感じですね。

猫好きの僕的には、ロシアンブルーのブルーさんが主人公のネズミたちを助けているシーンが良かったです。ちなみに猫のブルーさん(声:攻殻機動隊の草薙素子役で有名な田中敦子さん)が出てくる前に主人公達ネズミ一家を助けているのがドブネズミのグレン(声:攻殻機動隊のバトー役で有名な大塚明夫さん)なので、功殻機動隊の面々がネズミ達を助けている感じなのは面白かったですね。

全シーンにおいてキャラがとても良く動いていて見飽きないアニメでした。やはりアニメはキャラに動きがあってなんぼですね。民放のアニメも全般的にこのくらいの動きのクオリティでやってくれると嬉しいのですが、やはり予算的に難しいのかなと思います。全般的に本作「川の光」、普通に面白かったですね。

参考作品(amazon)
川の光
ピーターラビットの絵本 第1集
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NHK総合にて本日放映のアニメ「川の光」のメイキング番組を見ていたら、人気声優として平野綾さんがクローズアップされてて吹きました。猫好きとしては、猫がでなさそうなのが残念です。

こなみかなた「チーズスイートホーム」
DVD「チーズスイートホーム」

NHK総合にて本日放映の動物アニメ「川の光」のメイキング番組(PM5:30〜現在放映中)見ていて、本アニメには人気の声優さんがアフレコを!!と取り上げていたので、一体誰がでるのかと思ったら平野綾さん登場で吹きました。確かに人気の声優さんです。ただ平野綾さんは本作の主演ではないですが…。

僕はてっきり動物アニメだから動物アニメの神声優こおろぎさとみさんが出るのかと思っていました。NHKでも「人気のある声優=アイドル声優」なのか…と思うと、時代の流れですが、ちょっと寂しいですね。

ウィキペディア「こおろぎさとみ」
『少年アシベ』ではゴマフアザラシのゴマちゃんの声を担当し、その頃から動物声優とも呼ばれるようになった。その後も活躍を見せ、1990年代におけるロリキャラ・動物キャラ担当声優の代表格として、かないみか共々人気を得てゆくことになる。

猫と一緒に先のメイキング番組を見ていたんですが、本作はネズミが主人公(とっとこハム太郎…)な作品なので、猫は出そうにありませんね。猫派の僕としては残念です。ちなみにこおろぎさとみさんは最高に出来が良い猫アニメ「チーズスイートホーム」の主人公の子猫チーの声優さんです。チーのイメージに完璧にシンクロする声をあてておられて頭が下がります。こおろぎさんが歌う第一期のOP曲「おうちがいちばん」も神曲ですね。猫好きにお勧めです。現在、第二期が平日の朝6:40より放送中、猫好きはぜひご視聴お勧めします。とても可愛い猫アニメです。

ちなみにうちの猫もキジトラのメスなので、チーと同じなんですね。毛皮の色模様もチーそっくりなので、その点でもチーズスイートホームは見ていて楽しいです。

チーズスイートホーム第二期公式ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/chissweet2009/

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こなみかなた「チーズスイートホーム」
DVD「チーズスイートホーム」
ぬいぐるみ・ホビー「チーズスイートホーム」
チーズスイートホームテーマ曲「おうちがいちばん」
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臓器移植法A案は家族がおらず意志表示のない場合、直ちにドナーとされる危険な法案なのですが、なんで通っているのでしょうか…。適切な治療が行われないことで脳死ドナーを大量生産する移植医療ビジネスの横行を危惧します。

脳死・臓器移植の本当の話 (PHP新書)
脳死臓器移植は正しいか (角川ソフィア文庫)

臓器移植法A案が通りましたね…。僕は臓器移植法D案に賛成で、臓器移植法A案には明白に反対です。臓器移植法A案は病院にて脳死と判定され、家族がおらず本人意志表示がないと推定される場合は、直ちに脳死ドナーとされて臓器摘出可能となる、家族のいない人にとって非常に不利益の大きい法案でして、なぜ通ってしまったのか謎です。

日本社会臨床学会
http://sharin.jp/2009/?q=node/17
国会に提出された臓器移植法「改正」案は、現在、二つだが、いずれも議員立法で、A案は、「脳死」を「ひとの死」と確定し、「本人意思の尊重」の原則を限りなく後退させて、臓器提供の拒否を明記している者以外、すべての「脳死」者からの臓器摘出を可能にしようとしている。そして、臓器摘出にあたっては、「家族の同意」で済ますことにしており、それだけに、「家族」のいない「脳死」者は直ちに摘出されることになる。

どの主要新聞も、臓器移植法A案は、家族がおらず、意志表示がないとみなされる脳死患者はすぐに脳死ドナーにする法案、「家族」のいない「脳死」者は直ちに臓器を摘出可能になるという重大なことを全く書いておらず、これは臓器ビジネスを推進する自民党による非常に良くない情報操作の手口なのかなと思います。A案のような法案を通す場合は、A案のような法案を通している諸外国と同じく、ノン・ドナー登録の意志表示を公的な登録制にする(各地方自治体もしくは厚生労働省のDBでノン・ドナー登録ができるようにする)ことが必要ですが、そういった整備を何もせずに臓器移植法A案を通すことは極めて危険きわまりないと思います。

もしA案が通り、きちんとした意志表示公的登録制が行われないとなると危険です。その場合、貧乏人は病院で最後まで医療がうけられず、大金を積んだ患者に移植するドナーとする為に、わざと脳にダメージを与えるような極めていいかげんな治療が行われ、不作為の医療行為によって本来は助かるところを脳死にされ、本来助かったはずの身体を無理矢理脳死ドナーにされて移植に回されてしまう可能性があり、日本人全てにとって現行のA案は極めて危険です。

公的な登録がないと、意志表示の有無が極めて曖昧になるため、ノン・ドナーカードを所持していたにも関わらず、移植を推進する医師や家族の勝手な判断で、ノン・ドナーカードを破棄され、本来は受けられるはずの医療を打ち切られて脳死ドナーにまわされてしまう可能性などが危惧されています。臓器移植法A案を通すなら、ノン・ドナーの公的な登録制が緊急に必須であると思います。

もし、諸外国のような公的登録制が行われないとなると、あらゆる全ての日本人を本人意志を無視して脳死ドナーにすることが実際的に可能となる(本人は重態でその場での意志表示不可能になっているため、先に書いたように、ノン・ドナーカードの有無などは家族や医師がいかようにもできる)、とても恐ろしい事態になります。お金持ちの移植待ち患者を助けるために、きちんと治療を行えば脳死にならずに助かった患者に対し、わざと治療を行わずに脳死に追い込み、脳死ドナーを大量生産して高額な移植手術でボロ儲けするような危険な移植医療ビジネスが横行することになると思います。もしA案が通ることになれば、移植待ちの一部の大金持ちを除いた大勢の日本人にとって生命の危機が間違いなく訪れると思います。

そのような場合、できる防衛としては、ノン・ドナーカードでは、例えカードを財布などに所持していても、医師や家族などに財布に入れていたカードを抹消されるとどうしようもないので、ノン・ドナーベルトのようなものを作って、それを腕に巻くなどをして自衛するしかないと思います。ノン・ドナーベルトが周知されれば、それをつけていた患者が脳死に回されたということになれば病院のスキャンダルになるので、危険な移植ビジネスに対してある程度の抑制にはなると思います。

脳死臓器移植問題については「脳死・臓器移植の本当の話」(脳死と判定された患者が実際は脳死ではなく植物状態であり、意識がある可能性などについて医学的見地から書かれています)、「脳死臓器移植は正しいか」(臓器移植が莫大な医療費を払える大金持ちだけが受けられる超高度先端特権的医療であることが書かれています)の二冊をお勧め致します。

今回衆院を通った臓器移植法A案は、結局のところ、僕みたいな貧乏人にとっては、臓器移植を受けられる可能性はゼロ(臓器移植は高額な超先端医療であり、貧乏人は医療費が払えない為、臓器移植治療を受けることは不可能)であり、なおかつ、貧乏人も臓器移植のドナーには問答無用でされてしまう可能性のある不公平な法案です。この法案にてメリットを受けるのは、莫大な医療費を払って先端医療を受けられる大金持ち達と先端医療機関、この法案に賛成した政治家や移植ビジネスで儲かっている一部の医療機関であることを忘れずに、今後の法案の動きを留意する必要があると思います。

A案のような法案を実施している諸外国は、意志表示を公的な登録制にしています。それは先に書いたように、本来は助かる患者を脳死ドナーにしてしまう医療側の恐ろしい行為を防ぐ為です。しかし日本は意志表示公的登録制について何も触れていません。もし日本でA案が通り、公的な意志表示登録制は実施しないなどということになれば、医療側はやりたい放題なんでもできることになります。そのような状況で移植ビジネスで荒稼ぎを目論む病院に万が一搬送されてしまったら、本来は助かるところを無理矢理脳死ドナーにされてしまったりするような事象の発生が危惧されます。恐ろしい世の中になりました…。公的な意志表示登録制がない状態で、A案が通るようになれば、移植ビジネスの横行による医療不信が高まり、医療に対する信頼が完全崩壊すると思います。

参考作品(amazon)
脳死・臓器移植の本当の話 (PHP新書)
脳死臓器移植は正しいか (角川ソフィア文庫)
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