ねこねこブログ

ねこねこと申します。ねこ大好き(*^^*)アニメ、マンガ、ゲーム、本とかも大好きです。楽しいことたくさん書いていきたいと思います。今、うつ病で無職で生活が非常に貧困困窮しておりまして、買い物してくださるととても感謝します。メールについてはこちらをご覧下さい。リンクフリーです。ツイッターはこちらです。https://twitter.com/kemohure

2009年04月

アインシュタインに神を信じさせた良心の音楽家ユーディ・メニューイン。今月、切実に生活厳しかったところを助けて頂き、心から深く感謝します。

Yehudi Menuhin The Violinist
J.S. バッハ:ヴァイオリン協奏曲第1番第2番(メニューイン)(1932 - 1936)

まず始めに、前回のエントリの補足です。前回のエントリで紹介しましたイダ・ヘンデルですが、彼女の後期の大傑作「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ全曲」が普通にamazonにおいてありました。このアルバム、以前(数年前)あらゆるところで在庫なしになっていた希少盤だったので、てっきり入手困難になっていたと思っておりました。前回のエントリで紹介できず、誠に申し訳ありません。イダ・ヘンデルはバッハに命を賭けているヴァイオリニストでして、彼女のバッハの最高傑作レコーディングと名高い非常に優れたアルバムです。イダ・ヘンデルのアルバムの中でも特にお勧めのアルバムです。

Bach: Sonatas Partitas(イダ・ヘンデル)

このことは今回のエントリの本題ではなく、今回は、イダ・ヘンデルの兄弟子、良心の音楽家ユーディ・メニューインについて感謝の気持ちと共に書こうと思います。まず、名盤でありながら現在希少盤である、メニューインのとあるアルバムについて書こうと思います。イダ・ヘンデルと同じくジョルジュ・エネスコを師匠とする彼女の兄弟子、ユーディ・メニューイン(1999年お亡くなりになりました)演奏のアルバム「ベルク:ヴァイオリン協奏曲〜ある天使の思い出のために〜」について語ろうと思います。本盤は現在、amazonだと中古7,799円、輸入盤は10300円です。名盤ですが高すぎます…。本盤は名盤ですが、いくらなんでも1枚10000円前後はないです…。10000円あったら他に買うべきメニューインの傑作アルバムが山ほどありますので…。特にメニューインの演奏する3大B協奏曲です。彼の演奏を聴いていたアインシュタインが感動のあまり、「神は存在した!!」と語ったほどの素晴らしい名演です。10000円前後あるなら、EMIのメニューインBOXを買った方が圧倒的にいいです。録音は古いながらも音質優れております。どれか1枚ということでしたら三大Bのうち、バッハ協奏曲だけでもぜひご一聴お勧めです。ナクソスより1000円前後で出ております。

ベルク:ヴァイオリン協奏曲
Yehudi Menuhin The Violinist
J.S. バッハ:ヴァイオリン協奏曲第1番第2番(メニューイン)(1932 - 1936)

本盤(メニューイン演奏ベルク曲盤)の面白いのは、シェーンベルクの弟子で、とてつもなくrigorism(リゴリズム、厳格主義)な実験音楽を作曲し、どの曲もあまりにも厳しく重たすぎて、聴いていると心がガチガチに硬い巨大な鉱物に押し潰されて真っ暗になる感じがするアルバン・ベルクの曲を弾きながらも、かろやかに仕上がっていて普通に一般的に聴ける曲に仕上がっているところです。

ベルクの「ヴァイオリン協奏曲〜ある天使の思い出のために〜」はとんでもなく重たいベルクの曲のなかではとてつもなく聴き易い曲でして(それでも他の曲と同じく、ガチガチにリゴリスティックな部分が多く、非常に重いです。ベルクの書いた最後の曲です)、そのため様々なヴァイオリニストに弾かれましたが、やはり重く苦しいです。これは弾いているヴァイオリニストの責任ではなくて、ベルクの手によりそのような作曲がなされているということです。シェーンベルクの弟子、ベルクの曲はみな厳しく重いです。

師匠シェーンベルクはパロディ的編曲の名手で古今東西の調性クラシック音楽の名曲をパロディ化した編曲を幾つも作曲している茶目っ気があります。シェーンベルクのアルバム「フニクリ・フニクラ!知られざるシェーンベルク」はシェーンベルクが古今東西の名曲をパロディ編曲したアルバムで面白いです。シェーンベルクのアルバムのなかで僕はこのアルバムが一番好きです。これも絶盤で高値がついていて、高すぎてお勧めできず残念ですが…。茶目っ気ある師匠に比べると、弟子のベルクの曲はどれもひたすら絶対的に厳しく重い感じです。

フニクリ・フニクラ!ー知られざるシェーンベルク

ですが、メニューインの弾いた「ヴァイオリン協奏曲〜ある天使の思い出のために〜」は、重い本曲の演奏の中では最も軽やかで良い意味で聴き易い演奏だと思います。僕はこれは、メニューインの人柄が反映しているのかなと思います。奇人変人達に占められている天才達のなかで、メニューインは史上稀に見る『温和穏健な心優しい良心的天才』で、これは驚くべきことです。心理学者の宮城音弥さんは著書「天才」のなかで、『良心的で温和穏健な人格円満の芸術的天才は存在しない』といったことを書いていますが、メニューインはそれを覆す驚くべき存在です。

厳しくて重たくて堪らないベルクの曲を、軽やかに弾けるのは、メニューインの温和穏健な、敵を作らず、人と仲良くでき、面倒見の良い優しい性格が反映しているのかなと思います。彼は、先日の下記エントリで紹介致しました、犬猿の仲を超える超絶的に敵対関係のトスカニーニ、フルトヴェングラー両方と仲良くし、先輩、同期、後輩への付き合い良好、人々の為に一生懸命尽くし、良い意味で温和穏健な優しく凄い人です。

僕の好きな指揮者トスカニーニ「スケーターズ・ワルツ」「Beethoven: The 9 Symphonies」。ナチスに運命を狂わされた指揮者。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/809523.html


メニューインの伝記を読んでいると彼はとても立派で、僕にはこの境地は到底無理だと思いました…。そんな彼の人柄が彼の演奏の軽やかさに反映されているのかなと思います。彼もまたイダ・ヘンデルと同じく、若き頃から神童として大活躍した名ヴァイオリニストです。「ベルク:ヴァイオリン協奏曲〜ある天使の思い出のために〜」より引用致します。

1999年3月12日、ベルリンで急性心不全のため82歳の生涯を閉じたユーディ・メニューインは、いうまでもなく20世紀を代表するヴァイオリニストのひとりだが、指揮者・教育者としても活躍、また音楽以外でも人道主義者としての多方面による活動により、世界中で最も敬愛された音楽家であった。(中略)

4歳の誕生日を迎えてからシグムント・アンカーにヴァイオリンを学び、7歳のときにはベリオの「パレエの情景」をはじめて聴衆の前で演奏するほど、めざましい才能を発揮している。(中略)

メニューインは1927年2月(メニューイン10歳の時)にはパリでポール・バレー指揮のラムルー管弦楽団と『スペイン交響曲』とチャイコフスキーの協奏曲を演奏して圧倒的な成功をおさめた後、彼がサンフランシスコ時代から憧れていたジョルジュ・エネスコに師事する。エネスコはメニューインの非凡な才能を愛し、「私が彼に教えるのと同じだけ私に教えてくれる」といってレッスン代を取らなかったし、メニューインもエネスコから芸術面だけでなく人間的にも多大な影響を受けたのである。(中略)

神童メニューインの名前は(エネスコを師とした修行と活躍により)世界的になったが、それを決定的にしたのは1929年4月12日(メニューイン、この時、12歳)のベルリン・フィルへのデビューだった。メニューインはブルーノ・ワルターの指揮で三大B(バッハの第2番、ベートーヴェン、ブラームス)を演奏し、稀にみる成功をおさめたのである。

終了後、感動と興奮で騒ぐ聴衆を静めるために警察を呼ぶほどであり、聴衆の一人だったアインシュタインは興奮して『今、私は神の存在を信じる』と語り、ワルターは回想記に『驚いたのは、メニューインが技巧的に見事だったということではなく、彼が(齢12歳にして既に)精神的にも成熟した演奏を示したということである。その点にこそ奇跡はあったのだ』と書いている。(中略)

(その後も世界的神童として活躍し)1934年には神童嫌いで有名な(以前のエントリにて書きましたがその当時、世界最高の人気を誇った指揮者である、奇人変人かつ気難しい天才指揮者の)トスカニーニと競演して例外的に気に入られたという。(気難しがり屋のトスカニーニに気に入られるのはとてつもなく難しいことです)。おそらく当時のメニューインほどセンセーショナルな成功をおさめた神童はいないだろう。実際、当時の録音はとても10代の少年とは思えぬほど音楽的にも成熟した優れた演奏が多い。(中略)

第二次世界大戦がはじまると(妹弟子のイダ・ヘンデルと同じく)連合軍の戦場や病院などを飛び回って慰問演奏や各地で慈善演奏会を最も熱心に行ったほか、アメリカに亡命したバルトークの作品を積極的に演奏し、無伴奏ソナタを依頼している。この大戦中のひと月に60回〜70回の演奏も稀ではなかった(一日中演奏・移動・演奏・移動の超ハードワーク)という激務が、その後のメニューインの演奏にさまざまな面で影響を与えたと言われている。(メニューインは戦時の超人的な激務で身体を壊してしまい、生涯、その後遺症が残りました。またメニューインのとてつもなく偉いのは、ナチスから高級将校級の特権を与えられるかわりにナチスに協力してナチスドイツ軍への慰問演奏を行ったフルトヴェングラーとは違い、メニューインは一切無償で連合軍への慰問演奏、連合国側の土地での土地の人々への無償の慈善演奏会を連日連夜ひとときも休まず人々を音楽で励ます激務を行いました。彼は連合軍からの報酬を受け取りませんでした。戦地の人々は軍人、民間人ともに、連日連夜見事な音楽をひたすら演奏して慰問する若き彼に励まされたという逸話が伝わっています。)

(連合軍の勝利に貢献したメニューインは)だが、大戦後もメニューインはナチスの協力者と敵視されていたフルトヴェングラーを率先して擁護し(戦争中は連合側メニューインと枢軸側フルトヴェングラーは敵同士でしたが、戦後二人は仲良くなりました。反ファシズム音楽家として同じ立場で協力しあっていたトスカニーニとは元々仲が良いので、トスカニーニ・フルトヴェングラー両方とメニューインは仲良くなりました)、またほとんどのユダヤ系(音楽家)が拒否したドイツでの演奏も(戦後すぐに)行い、1951年には戦後初の大物外国人演奏家として来日するなど(この頃の日本はファシズム枢軸国側としてドイツと同じく連合国側から嫌われており、西欧の芸術家達は来日を拒否しましたが、メニューインだけが率先して来日して「音楽に国境はない」と友好を唱えました、日本の批評家小林秀雄がメニューインの活動に感動して謝意を示したことでも有名です。詳細は1951年の来日アルバム「メニューイン・イン・ジャパン1951」等)、人間愛にもとづく演奏活動を精力的に続けた。

1956年からスイスに住み、クシタートで音楽祭を開催したほか、1977年には国際メニューインアカデミーを設立して若い音楽家の育成も熱心に行い(彼は戦中の超人的激務で身体を壊しており、戦後は無理が出来なかったので、その分の全てを音楽家の育成と慈善活動へと回したと言われています)1959年からはロンドンを本拠にイギリスでもバース音楽祭の音楽監督、指揮者として活躍、1963年には世界中の子供のための早期英才教育期間としてメニューイン・スクールを創設、またウィンザー音楽祭とメニューイン音楽祭を主催したことなどは、改めて紹介するまでもないだろう。(中略)

(世界平和を掲げて世界中で活動し)世界中のオーケストラに客演するなど多彩な活躍をつづけたメニューインは(音楽界のジャンル意識、階級意識、クラシック界の悪しきエリート意識を無くす為に活動し)音楽的に異質とも思える多くの音楽家と精力的に競演した。メニューインと共演したシェーンベルクを、「生涯で最高の経験のひとつ」というグレン・グルードをはじめ、ジャズのエリントンとグラッペリ、インド音楽のシタールのラヴィ・シャンカールなど、さまざまなジャンルの音楽家とも共演したように、国家や宗教を超越した人間愛にもとづく言動(活動)でも大きな影響を(世界中に)与えた。その意味でも20世紀の傑出した音楽家の一人であった。
(メニューイン「「ベルク:ヴァイオリン協奏曲〜ある天使の思い出のために〜」ライナーノーツより)

メニューインほど評判のいい音楽家は、僕の知る限り存在しません。音楽界のキング牧師という感じで、良心的で、常に人々のために尽くした温和穏健なお方で、凄いです。戦争で身体を壊す前の演奏、アインシュタインを感動させた伝説の演奏を聴きたかったなと心から思います。身体を壊した後の戦後も天才的に名演を聴かせてくれるヴァイオリニストですから、戦前、アインシュタインに神を信じさせたほどの演奏はどれほどだったのかと思います。戦争さえなければ身体を壊すことなかったのに…と心から思います。

メニューインの演奏のなかでもベルクの「ヴァイオリン協奏曲〜ある天使の思い出のために〜」はとても軽やかで、これは、ベルクの心情を優しく良心的なメニューインがきっと気持ちを汲んだのだと思います。この曲は夭折した少女マノンに捧げられた曲です。ライナーノーツより再び引用致します。

マーラー未亡人アルマが、建築家グロビウスと再婚してもうけた娘のマノン。ベルクは、マーラーを尊敬し、アルマ夫人とも親しかったが、マノンをことのほか可愛がっていた。少女は17歳の春に小児麻痺にかかり、ベルクは心を痛めていたが、一年後に訃報をきいて、そのショックから霊感を得た彼は、「ルル」の筆(作曲)を中断、マノンのためのレクイエムとして、ヴァイオリン協奏曲を一気に書き上げてしまった。ベルクはクラスナーへの献呈の言葉と共に『ある天使の思い出のために』と記した。が、彼はこのころから悪性の腫瘍と敗血症に犯されて(ナチスからの弾圧が健康を害したとも一説に言われている)、四ヵ月後にウィーンで世を去り、この曲はベルク自身のレクイエムにもなってしまうのである。
(メニューイン「ベルク:ヴァイオリン協奏曲〜ある天使の思い出のために〜」ライナーノーツより)

メニューインは良心的で優しく、本当に他人の為に尽くせる人として知られていますから、演奏するときは当然こういった曲の背景を知った上で、気持ちを込めて演奏したことで、この曲に、他の演奏家には出ていない軽やかさを出すことができたのではないかなと僕は思っております。メニューインの記録映像は「アート・オブ・ヴァイオリン」で見ることが出来ます。本DVDはとても良質な記録DVDで、先日紹介致しました僕の大好きな悲劇の女性ヴァイオリニスト、ジネット・ヌヴーを見たときは非常に感動致しました。

ジネット・ヌヴーとジャクリーヌ・デュ・プレ。ジャクリーヌ・デュ・プレEMI完全録音集(17枚組)が再販されました。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/812752.html

アート・オブ・ヴァイオリン [DVD]
アート・オブ・ヴァイオリン [DVD]

今月はパソコンが壊れて出費が酷くかさみ、一時はもうダメだと思っていましたが、ギフト券を贈って頂き助けていただいて、心から感謝しております。メニューインのようなお方がいらっしゃることに救われました。本当にありがとうございます。心から感謝申し上げます。ありがとうございます。心から深く感謝致します。

皆様方にどうか良き連休があることを祈ります。

参考作品(amazon)
Yehudi Menuhin The Violinist
J.S. バッハ:ヴァイオリン協奏曲第1番第2番(メニューイン)(1932 - 1936)
ベートーヴェン・メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲(メニューイン)
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲(メニューイン)
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番/パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番(メニューイン)
ベルク:ヴァイオリン協奏曲
J.S. バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ BWV1001, 1002, 1004 (メニューイン)(1934 - 1935)
J.S. バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ BWV1005, 1006 (メニューイン)(1934 - 1944)
メニューイン・イン・ジャパン1951
モーツァルト/ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ(メニューイン)(1929-1947)
メニューイン・イン・ジャパン1951
Bach: Sonatas Partitas(イダ・ヘンデル)
フニクリ・フニクラ!ー知られざるシェーンベルク
天才 (岩波新書 青版 621)
アート・オブ・ヴァイオリン [DVD]

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僕の好きなヴァイオリニスト、最も高齢にて最も優雅な女性ヴァイオリニスト、マエストロ、イダ・ヘンデル。

ヴァイオリン小品集
グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲
魂のシャコンヌ イダ・ヘンデル・ヴァイオリン・リサイタル

先のエントリより、悲劇の夭折した天才女性演奏家、チェリストのジャクリーヌ・デュ・プレ、ヴァイオリニストのジネット・ヌヴーについて書きましたので、今回は、悲劇ではなく、長命にて今現在も活躍中の女性ヴァイオリニストを紹介したいと思います。戦中戦火の労苦がありましたが、平和な今は長命にして活躍中の最も高齢にて最も優雅なマエストロ、天才女性ヴァイオリニスト、イダ・ヘンデルについてご紹介致します。僕の倍を遥かに超える年齢で、僕が生まれるずっと前から活躍している、僕の好きなヴァイオリニストです。日本によく来てくれて演奏してくれることでも有名な親日ヴァイオリニストで、今年の9月にも日本に来日致します。

ウィキペディア「イダ・ヘンデル」
イダ・ヘンデル CBE(Ida Haendel CBE、1928年12月15日 - )は、ポーランド出身のイギリスの最長老ヴァイオリニスト。ワルシャワ音楽院に学んだ後、ベルリンでカール・フレッシュに、またパリでジョルジュ・エネスコにも師事。第二次世界大戦中は、他の多くのユダヤ系ヴァイオリニストと同じく、英軍・米軍のために慰問演奏を行なった。鋭いテクニックと、ニュアンスに富んだ音色が特徴的だが、気品よりは感情表出の激しさによって、女性ヴァイオリニストの中でも一頭地を抜いている。

影響を受けた芸術家として、同郷の先輩ヴァイオリニスト、ブロニスワフ・フーベルマンや、指揮者ラファエル・クーベリックへの傾倒を語っている。

今なお現役で、テクニックや艶やかな音色にはいささかの衰えもみせてはいないが、1980年代の実質的な活動停止や、録音嫌い(長いキャリアにもかかわらず、録音数は非常に少ない)、長年にわたって実年齢を伏せてきたことから、「マルツィやヌヴーと同世代の伝説の女性ヴァイオリニスト」といわれ続けてきた(それでも生年については諸説あり、1924年生まれ説も有力である)。先年、ウラジミール・アシュケナージとの共演によるCD制作によって見事な復活を果たし、1998年には指揮者サイモン・ラトルと、2004年にはピアニストフー・ツォンとともに来日も果たしている。現在はカナダ在住といわれる。

余談ですが上記ウィキペディアでは彼女の生年を1928年と書いていますが、彼女の生年は彼女自身曰く不詳であり、彼女自身が明かしていないので、生年1928年と書くのはちょっとどうかな、とは思うのですが…。彼女の名アルバム「ヴァイオリン小品集」ライナーノーツより引用致します。

2003年12月に行われたイダ・ヘンデルの来日公演リサイタルと、日本フィル・ハーモニー定期に出演してのブラームスのコンチェルト演奏は本当に素晴らしかった。ブラームスのコンチェルトの日などは、本編が万雷の拍手で終了した後にアンコール曲を演奏。最後は、「私でない、もっと偉大なヘンデルの曲」などと冗談を言って、G・F・ヘンデル作曲、カール・フレッシュ編曲による「祈り」を弾いた。単純な音の配列にもかかわらず、またそれゆえにこそ、歌う楽器=ヴァイオリンの本領を存分に発揮した素晴らしい演奏だった。チャイコフスキーの「四羽の白鳥の踊り」の粋なセンスも忘れられない。また、コンチェルト演奏時のヨアヒムのカデンツァならではの粋な改変を加えた「ヨアヒム・ヘンデル版」だった。

彼女の生年ははっきりしない。本人も女性(イダ・ヘンデル)に直接年齢を尋ねようとする無礼なインタビュアには、のらりくらりとかわしている。(イダ・ヘンデル「あらあら、レディに年を尋ねるものではありませんわ」)「1923年、24年、28年」の諸説があることをここに明記すればじゅうぶんだろう。生まれはポーランド。10代の頃から「天才少女」としてヨーロッパ中を湧かせたが、さすがに1970年〜80年代には、その活動は停滞期に入った。しかしその後、(円熟味を増した演奏活動を再開し)真の意味で「ヴァイオリンの巨匠」として復活、現在に至っている。たぶんソリストとしては、現役最高齢の女性ヴァイオリニストだろう。

このディスクの演奏・録音は1960年代初期にチェコで収録された貴重なものである。
(イダ・ヘンデル「ヴァイオリン小品集」ライナーノーツより)

僕は彼女の2000年以降の演奏と、1960年代(このアルバム等)、そしてそれ以前の「天才少女」として騒がれた頃の更に古い演奏を聴きましたが、齢を重ねるうちに演奏技量にどんどん磨きがかかっていくのを感じて、素晴らしい美しさだと思いました。彼女の演奏を聴いていると、平野耕太さんのコミック「ヘルシング」の次のシーンが脳裏に思い浮かびます。

エリザベス女王
「………お久しぶりね、ヴァンパイア」

吸血鬼アーカード
「50年程ぶりかな。そうかもうクイーンになったのだったな」

エリザベス女王
「顔を良くお見せなさい。あなたは何も変わらないのねアーカード。わたしはもうこんなに、こんなにも年老いてしまいました。もうしわくちゃのお婆ちゃん」

吸血鬼アーカード
「貴方も、50年前の様なおてんばのままだお嬢さん。いや、貴方は今こそが確実に美しいのだ、クイーン」
(平野耕太「ヘルシング」)

イダ・ヘンデルの70年間に渡る演奏を聴いていると、まさに『貴方も50年前の様なおてんばのままだ、お嬢さん。いや、貴方は今こそが確実に美しいのだ、クイーン』としか言い様のない感じです。まさに『貴方は今こそが確実に美しいのだ、クイーン』です。外見とは関係のない、内面における美の永遠性が演奏から溢れ出しているのを感じます。

イダ・ヘンデルは僕の好きなヴァイオリニスト、美の永遠なる内面性を感じさせてくれる、最も高齢で最も優雅な現役女性ヴァイオリニストです。彼女のアルバムはどれもご一聴、ぜひお勧め致します。彼女はレコーディングを好まないので、録音が各社に分散しており、彼女の音楽アルバムはバラバラに集めてゆくしかないのですが、特にお勧めなのは、先に挙げた「ヴァイオリン小品集」「グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲/ヴィエニャフスキ:ヴァイオリン協奏曲」はまず第一にお勧めです。他にお勧めは「ラロ:スペイン交響曲」「チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲」「プラハのイダ・ヘンデル」です。そして、これらのアルバムと、僕の知る限り最新の演奏である2000年代のリサイタルのアルバム「魂のシャコンヌ〜イダ・ヘンデル・ヴァイオリン・リサイタル」を聴き比べると、美の内面性は齢を超えて永遠に輝き続けるということが心からよく分かって素晴らしいと思います。

余談ですがソニーの公式サイトではイダ・ヘンデルの生年が1926年になっていますね…。古典派.comの公式サイトだと、ウィキペディアと同じ1928年になっていますし、バラバラです…。本人が「レディに年を尋ねるものじゃないわよ」って昔から言っておりますのに…。女性は永遠に敬愛すべきレディなのですから、インタビュアーさんは年齢を根掘り葉掘り尋ねちゃいけませんよ…。

古典派.comイダヘンデル公式サイト
https://www.shop.kotenha.com/ec-classic/pc/package_details/index.php?package_id=4109011869&PHPSESSID=5a281a9188cf914911f7f25823bfd67a
1928年ポーランド生まれ、今年80歳を迎える伝説のヴァイオリン奏者イダ・ヘンデルが2008年4月来日時に残した最近録音。年齢による肉体的衰えが現れやすいヴァイオリン奏者だが、この録音でのヘンデルはそうしたことをほとんど感じさせないばかりか、年輪を重ねたことによる音楽の深まりを聞かせてくれます。まさに衰え知らぬ不屈の音。20世紀におけるヴァイオリン演奏の伝統を今に受け継ぐ真正の正統派です。

彼女は実に70年以上の演奏歴を持つにもかかわらず、自己の演奏に対する評価の厳しさ、解釈を固定化してしまう録音への嫌悪から正規録音はCDにしてわずか15枚程度。その録音嫌いで通した伝説のヴィルトゥオーゾが、自分の解釈を後世に残すべく録音したアルバムがこの作品です。

バッハ、モーツァルトに始まりヴィエニャフスキにいたる7曲を集めた華麗なヴァイオリン名曲集は何れもイダ・ヘンデルが長年愛奏してきた作品。特にバッハの「シャコンヌ」はイダ・ヘンデル自信が熱い思いいれを持つ曲(私も)であり、リサイタルでも頻繁に取り上げられるこだわりの曲。当盤の演奏でも18分に渡って繰り広げられる独奏ヴァイオリンの孤独なモノローグをほぼワンテイクでまったく弛緩することなしに描ききった圧倒的名演です。

ソニー・ミュージックイダ・ヘンデル公式サイト
http://www.sonymusicshop.jp/detail.asp?goods=BVCC000031116
封じ込められていた伝説の扉が、いま、開かれる――

1926年ポーランド生まれ、今年82歳を迎える伝説のヴァイオリニスト、イダ・ヘンデルが2008年4月来日時に残した最新録音をCD化。ヴァイオリニストは、ピアニストなど他の器楽奏者に比べ年齢による肉体的衰えが表れやすいのですが、この録音でのヘンデルはそうしたハンディを殆んど感じさせないばかりか、年輪を重ねたことによる音楽の深まりを如実に聴かせてくれます。ヘンデルは82歳を迎えた現在も立派な現役のヴァイオリニストであり、カリフォルニアを本拠地にして、欧米での演奏活動を続けています。

バッハ、モーツァルトにはじまり、ヴィニャフスキにいたる7曲を集めた華麗なヴァイオリン名曲集で、いずれもイダ・ヘンデルが長年愛奏してきた愛着のある作品ばかりです。特にバッハの「シャコンヌ」については、イダ・ヘンデル自身が熱い思い入れを持つ曲であり、リサイタルでも頻繁に取り上げるほか、録音も数種類発売されています。当盤の演奏も、18分にわたって繰り広げられる独奏ヴァイオリンの孤独なモノローグを、ほぼワンテイクでまったく弛緩することなしに描ききった圧倒的な名演です。彼女がほぼ半世紀にわたって愛奏してきたストラディヴァリウス(1696年製)の類まれな音色もほれぼれするほどです。

最近は数年おきにひっそりと来日していたイダ・ヘンデルですが、2008年4月のリサイタル・ツアーに続き、2009年9月には、東京紀尾井ホールをはじめ、全国6箇所でのソロ・ツアーが予定されています。

僕はお金がなくて生活困窮しており、2009年9月のコンサートに行くのは確実に不可能ですが、もし、僕の紹介でイダ・ヘンデルのヴァイオリンの魅力が少しでも皆様方に伝わって、コンサートに行ってみようと思われたりするお方々がいらっしゃれば、音楽好き、そしてイダ・ヘンデルの美しい演奏のファンとしてこれ以上の喜びはありません。

生活に困っているなか、皆様方にはお助けして頂き、本当にありがとうございます。生活困窮すると切実に苦しいのですが、生活を助けて頂き、心から感謝致します。お金が全くないため、ご紹介できるものが図書館にある音楽アルバムや本に限られていますが、そのなかから良質なものを紹介して、少しでも皆様方のお役立ちになれれば、心から幸いです。皆様方に音楽の喜び、生活の喜びがあることを祈ります。

参考作品(amazon)
ヴァイオリン小品集
グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲
ラロ:スペイン交響曲
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
「プラハのイダ・ヘンデル」 [Import] (IDA HAENDEL IN PRAGUE|IDA HAENDEL IN PRAGUE)
魂のシャコンヌ イダ・ヘンデル・ヴァイオリン・リサイタル
HELLSING 1 (1) (ヤングキングコミックス)
HELLSING I [DVD]

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皆様方へ感謝を込めて、CD、PC周りなどのお掃除お手入れについて。手動エアーダスター素晴らしく便利です。

HAKUBA ブロアープロCP KMC-32

昨日のエントリで紹介させて頂きましたジャクリーヌ・デュ・プレEMI完全録音集、あっという間に売れて瞬く間に在庫なしになってしまいました。HMVにもタワーにもないので、EMIが再プレスしていない現在入手する方法は、amazonのマーケットプレイスで海外の業者さんから購入するか、HMVに購入登録して気長に待つくらいかと思います。ただ、HMVは、入手困難品に購入登録した場合、数ヵ月後に以下のメールが届くことが多いです。

HMV.co.jpをご利用頂きありがとうございます。

誠に恐れ入りますが、ご注文頂きました商品に関して、 私ども取引先より廃盤/生産中止の連絡が参りました。 HMV.co.jpではご注文をお受けしてから、 取引先へ何度となく再注文を掛けておりましたが 下記「商品の詳細」記載の廃盤/入手不可商品については 入荷不可能なため、誠に勝手ながらキャンセルさせて頂きます。

この度は長らくお待ち頂きました上 取引先からの商品の入荷も不可能となり 大変申し訳ございませんでした。 何卒ご容赦頂けますようお願い申し上げます。

hmv.co.jp

このメッセージがくると絶盤ゆえ仕方のないこととわかっていてもけっこう心がへこみます。品薄で人気があるのに音楽会社がアルバムを再プレスしないというのはなぜそうなるのか、僕はよくわかりません。残念ながら日本海外問わずクラシックのアルバムにおいては音楽会社は結構これ(人気があるにも関わらず再プレス停止)をやります。ただ、音楽アルバム販売の三巨頭であるamazon、HMV、タワーレコードのなかで、希少アルバムを一番入手できる可能性が高いのは全世界展開している音楽CD販売会社HMVで、amazonとタワーレコードは一度在庫なしになったら、再プレスされない限り入手はHMVよりも更に困難です。ゆえに先日、一度在庫なしになった品薄のデュ・プレEMI完全録音集がamazonにて再販されたときは驚きました。HMVにもタワーにもないのにamazon凄いと思いました。値段は高かったですが…。

僕は生活困窮甚だしくお金がなくて使えないのですが、ネット音楽図書館のナクソス・ミュージック・ライブラリー (NML) が月額1890円で使えますので、どうしてもアルバムが手に入らない場合は、ここで聴けるものはここで聴くしかないと思います。再プレスされず絶盤になり、ダウンロード販売もしていない音源がかなり揃っています。

ナクソス・ミュージック・ライブラリー (NML)
http://ml.naxos.jp/

余談ですが、上記公式サイトの日本ヘルプセンター管理者のお方には独特のユーモアセンスがあって純粋にサイト自体が面白いです。ナクソスはクラシック音源における世界最高のレーベルの一つですが、そのサイトを読んでいて思わず笑ってしまうとは思いませんでした。こんな感じです。

ナクソス・ミュージック・ライブラリー (NML) ヘルプセンターQ&A
http://ml.naxos.jp/help/9?c=1
質問「CDを買えば、手元に残るじゃないか!」

CDを20,000枚買うと、だいたい4,000万円くらいです。
NMLに1,850年間加入すると、その金額になりますので、(NMLに加入して)1,850年目にあなたは「ああ! NMLに入らないで、CDを買い続けていればよかったのに!」と思うかも知れません。しかし、音楽CDの耐久年数はせいぜい数十年と言われていますので、20,000枚すべてが再生可能な状態で手元に残るわけではありません。

これ読んだとき吹きました。質問への答えが生協の白石さんっぽいです。余談の余談ですが、生協の白石さんの本は面白いのでお勧めです。生協の白石さんは音楽好きで、謎としかいいようがないほんわか系の音楽アルバム(生協の白石さん 木洩れ日)も出しており、生協の白石さんを読んで面白かった、そして音楽好きのお方々はそちらも聴いてみると面白いと思います。

あと、ナクソス・ミュージック・ライブラリーは、新譜を聴くというよりは、絶盤になって入手困難で聴くことのできないクラシック音源を聴きたいお方々向けだと僕的には思っています。絶盤になっていてアルバムとして入手困難な音源がライブラリーに沢山収録されています。クラシックのアルバムはプレス枚数が少ないことが多く、一度絶盤になってしまうと、入手が困難になるものが多いです。その点、ナクソス・ミュージック・ライブラリーはアルバムが絶盤になった音源を聴きたいお方々にはとてもお役立ちなライブラリーと思います。僕は失業していて生活が貧窮しておりお金なくて使えないのがとても残念ですが…。

例えば、先日下記エントリで紹介しました「タリス・スコラーズ(The Tallis Scholars)」の最初期の音源、代表作であるアレグリ「ミゼレーレ」のアルバムなどは現在でも入手できますが、最初期のアルバムかつマイナーなアルバム、ロシア正教聖歌合唱アルバムなどは、ナクソス・ミュージック・ライブラリ以外で聴くのは困難かと思います。amazon、HMV、タワーレコードだけでなく、もっとマイナーな海外の様々な諸国の音楽ショップのラインナップにも既にどこにもアルバムが見当たりません…。

現代音楽について。古楽について。僕の大好きな古楽合唱団「タリス・スコラーズ(The Tallis Scholars)」音楽の喜び。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/811070.html


閑話休題致しまして本題に戻ります。今回の本題は、いつも助けてくださっているお方々に心からお礼の気持ちを込めて、音楽アルバム管理、PCのお掃除お手入れなどに便利なお役立ちするちょっとした掃除・手入れ用品をご紹介したいと思います。

音楽CDはケースに入れていても、不織布に入れていても、紙パックに入れていても、どうやって管理しても埃が溜まります。これをうかつに布などで拭くとCDの表面、裏面とわず、傷がついてしまうことが結構あり、CDに傷がつくとそこからじわじわ盤面全体に空気が入り腐食が広がって、将来的に聴けないCDになってしまったりします。これを防ぐにはガスを吹き付けて盤面に傷をつけずに埃を吹き飛ばすエアーダスターを使うのが一番いいのですが、CDの手入れのたびにガス式エアーダスターを買っていたら、お金が掛かって仕方がありません。ガス式エアーダスターは結構高いため、ガスがなくなるたびに買い換えると痛い出費です。

なので、僕のお勧めは手動エアーダスターです。手のひらに入るくらいのポンプ式のエアーダスターで、ポンプを握ってぎゅっぎゅってするだけで空気が出ます。ガス式に比べると埃を飛ばす噴出圧力は弱いですが、CDについている埃を飛ばすぐらいなら十分な性能を発揮します。何よりも、これはガス式と違って、百円ショップのエアーダスターは瞬時簡単に壊れますが、千円弱くらいするゴム部分が丈夫なきちんとした手動エアーダスターを買えばほぼ半永久的に使えます。僕の使っていますのは以下の手動エアーダスター「HAKUBA ブロアープロ」でして、ハクバ製の手動エアーダスター(エアーブロアー)が最高の製品だと思います。数年前より使っており、今も図書館から音楽CD借りたとき、プレイヤーに入れる前に使っていますが、十分に使えておりお勧めです。ガス式エアーダスターを買うのに比べると、手で握るだけでガス(空気)がでるので圧倒的にコストパフォーマンスがいいです。PCのキーボードの埃を綺麗にしたり、マウスを分解して掃除するときに使ったり、色んなお手入れに使えます。お勧めの商品です。カスタマーレビューとともにご紹介致します。

HAKUBA ブロアープロCP KMC-32
HAKUBA ブロアープロCP KMC-32

9 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0 汎用性が高い, 2008/11/15
By xoxoxo "xoxoxo" (関東) - レビューをすべて見る

カメラや交換レンズの手入れ用にと思って入手ました。

ただ、カメラ用のブロアーとしてだけでは無く、PCのダストスプレーとしてもかなり使えます。
お勧めはしませんが、家電をバラしてオーバーホールしたりする時にも使えます。
ただ、家電の様な場合は圧力の強いコンプレッサーのが良いですけどね。

ダストスプレーのスプレー缶の威力には人力なのでとてもかないませんが、ブロアーはエコだしゴミも出ません。

私のお薦めな使い方は、光学ドライブや光学メディア付きのレコーダーで生メディアを焼くときに記録面をブロアーでシュシュ!と、吹いてあげると触れずに綺麗に出来ますから良いですよ。 メディア記録面を綺麗なシートで吹いても逆にホコリなどが残ってしまうこと有りますので、手垢(油)とかじゃなければブロアーで吹いて吹き飛ばして上げると良いです。

スキャナーなどの汚れもハケやハタキ?だと一応はホコリが取れますが、角に小さいホコリが残ってしまう時がありますよね。これもブロアーで吹き飛ばして上げると綺麗になります。

同様な使い方でモニターの四隅なども同様な使い方で、普通では取り切れない微細なホコリなどを綺麗に出来ますので一つ常備しておくと便利です!

冬の乾燥する季節はPC内部にホコリが蓄積されやすいですから、バラして掃除する自作派にも良いと思います。ただ、PC内部をブロアーだけで綺麗にしようと思うと腕が半端じゃ無いくらいパンパンに成りますけどね(笑

もちろん元々はカメラなどの掃除用途に使われていた製品ですからカメラ・フィルム(ネガポジ)などのお掃除にもお勧めです!

評価は…
昔からデザインが向上しないと言う事でしょうか…
容量増やして軽く吹けるようなデザインに…と言う改善が見られない事で☆四つ!

コストパフォーマンスは最高です。
このハクバ製ブロアーですが約10年以上使えてます。
若干接着部分は劣化(ひび割れ)出てますが機能的には支障はないです。

まさにこのカスタマレビュアーさんの言うとおりで、コストパフォーマンスが最高です。なぜかといいますと、手動なので半永久的に使えるからです。僕は失業する前、勤めている会社のPCの手入れとか掃除のときに、ガス式エアーダスターを使って掃除をしていて、そうするよう指示されていたのでそうしていましたが、いつも、『勿体無いなあ』と心から思っていました。沢山のPCの手入れするとあっという間にガス式エアーダスターは使いきってしまいます。そうすると会社は掃除用品の必要経費としてまたガス式エアーダスターを購入するわけで、僕は派遣なので全く発言権がなく(派遣社員なので正社員は部内全員参加の月一度の業務改善ミーティングに出席できませんでした)、今もその会社はガス式エアーダスターを使って掃除をしていると思いますが、本当に勿体無いなあと思います。ガス式エアーダスター買い替えの経費が毎月かかっていると思います。

一生ありえませんが、もし僕が経営者なら、こういう小さな部分から、買い替え費用の掛かるガス式エアーダスターから半永久的に使える手動式エアーダスターに替えて経費を削減するとか、小さいところからコツコツと費用を節約するんですが、僕が経営者になることは無限大に生涯ありえないと思われますので、意味がないです…。

ハクバ製の手動エアーダスター(エアーブロアー)は百円ショップで売っている一ヶ月で壊れてしまうようなタイプの手動エアーブロアーに比べて非常にゴム部分が確りしていて丈夫でガンガン使える良品でして、使っている者として十二分にお勧めできる製品です。音楽CD、PCの周囲、モニタ、カメラのレンズなど、埃が溜まりやすく、布よりはガスで掃除した方がいい箇所を掃除するときに実に使える製品です。お勧めです。ガス式エアーダスターに比べるとダントツにコストパフォーマンスも良く、お勧めです。

いつも助けていただいており、特に定期的に助けてくださるお方には本当にとても助けられています。ありがとうございます。心から深く感謝しております。良い品物を紹介できて、少しでも、恩返し、お役立ちができれば本当に幸いです。失業していて生活に困っているところを助けて頂き、心から言葉に尽くせぬ深い感謝を胸一杯にしております。本当にありがとうございます。

参考作品(amazon)
HAKUBA ブロアープロCP KMC-32
生協の白石さん
生協の白石さん 木洩れ日

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ジネット・ヌヴーとジャクリーヌ・デュ・プレ。ジャクリーヌ・デュ・プレEMI完全録音集(17枚組)が再販されました。

ブラームス : ヴァイオリン協奏曲ニ長調
ジャクリーヌ・デュ・プレ~EMI完全録音集(17枚組)

まず、心からこれまで助けて下さったお方々にお礼を申し上げます。今月様々な出費が重なるなかで、なんとか生活できたのは、ギフト券を贈ってくださり助けて頂き、皆様方に命を救われ、心から深く感謝しております。生活が破綻状態で自棄になっていましたが、なんとかなりました。本当にどうもありがとうございます。助けてくださったお方々に心から深く一杯にお礼申し上げます。ありがとうございます。

現代音楽について。古楽について。僕の大好きな古楽合唱団「タリス・スコラーズ(The Tallis Scholars)」音楽の喜び。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/811070.html


先日の上記エントリに引き続き、音楽の話をしようと思います。本日、品薄で入手困難だった名盤中の名盤、悲劇の天才チェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレのEMI完全録音集(17枚組)がamazonで再販されました。ただ…値段が…。品薄でHMVにもタワーレコードにもないから(タワーレコードでは在庫なし、HMVでは入手困難表示です)、強気の値段設定で値段が以前の倍近くになってます…。

出た当初は7000円くらいで円高が進んで昨年くらいは全般的に5000円くらいでした。ただ、今年に入ってからついに在庫がつきたのか品薄になり、入手が難しくなった名盤です。この文章を書き始めた数時間前は在庫ありだったのがあっという間に残り一点になっていて驚きました。音楽好きの皆様方がきっちりとamazonの音楽コーナーをチェックされているのを感じます。

値段が倍近くになっているからコストパフォーマンス的にお勧めできるか悩ましいところです。カスタマーレビューにもありますが、7000円だったら自信を持ってお勧めでき、5000円だったら絶対買いですが、今の値段設定は一万円超えているので、ご生活にご余裕のあるお方向けです。ジャクリーヌ・デュ・プレのチェロは20世紀最高のチェロだと僕は確信しておりまして、僕としては一万円でもお勧めです。本BOXセットは人気があるので、再プレスされればまた出回って値段が落ちてくると思うのですが、万が一、EMIが再プレスしなかった場合は入手が極めて困難になる可能性が予想されるので、判断が難しいところです。僕としてはお勧めですが、高いので、ご余裕のあるお方にお勧め致します。

ジャクリーヌ・デュ・プレのチェロが素晴らしいのは僕が保証致します。僕はデュ・プレは20世紀最高のチェリストと思っています。デュ・プレは悲劇のチェリストであり、5才にしてチェロを弾きこなし神童と呼ばれチェロの英才教育を受け、世界中の音楽家達が、『間違いなく世界最高のチェリストになる!!』と太鼓判を押したチェロ演奏の大天才でしたが、若くして不治の難病に掛かり、20代で演奏ができなくなってしまった悲劇的女性チェリストです。彼女の旦那さんはかの有名なピアニスト、指揮者ダニエル・バレンボイムです。ジャクリーヌ・デュ・プレは僕の大好きなチェリストです。

僕は悲劇の女性チェリスト、デュ・プレを想う時、悲劇の女性ヴァイオリニスト、ジネット・ヌヴーを思います。ジネット・ヌヴーはデュ・プレと同じく、世界最高のヴァイオリニストになること確実と名高い若き大天才女性ヴァイオリニストでしたが、30歳の誕生日を迎えた直後、アメリカ演奏旅行に向かう為に乗っていたエール・フランス機が墜落し、亡くなった悲劇の女性です。彼女は名ヴァイオリン「ストラディヴァリウス」を自らの身体の一部のように弾きこなす天才と名高く、墜落現場で彼女はストラディヴァリウスを確り抱きしめる形で亡くなっていたそうです…。

クラシック音楽の世界でよく言われることは、共に世界最高の天才と謳われながら、双方とも20代の若さにして演奏から無念のリタイアすることになってしまった、この二人、ヌヴーとデュ・プレの女性音楽家がもし20代以降も活躍できていれば、世界は変わっただろうと言われています。ジネット・ヌヴーはヴァイオリン演奏とその演奏技術改良にかけて、誰一人並ぶものなしと言われた天才で、彼女が生きていれば、女性の音楽家が活躍しやすい舞台が今よりも整ったであろう、ヴァイオリン演奏の技術改良も速度が上がっただろうと言われています。デュ・プレも、ジネット・ヌヴーほどの超越的な天才であったかは不明ですが、少なくとも、普通の天才を遥かに超えた天分を持つ大天才であり、活躍していた時は、既に二十代にして世界最高のチェリストとして認められ、その成長には眼を見張るものがあったので、ジネット・ヌヴーと並び、彼女が活躍していれば、女性がクラシック音楽界で活躍する環境は今よりも整ったと思われます。

また、デュ・プレは埋もれた名曲を発掘する天才で、それまで誰一人見向きもしなかった作曲家エルガーの晩年の最後の傑作「チェロ協奏曲」をその天才的な技量で見事に弾きこなし(名曲かつ難曲です)、今ではエルガーの「チェロ協奏曲」はエルガーの代表作の一つとみなされていますが、それはデュ・プレの演奏によって再評価された結果です。デュ・プレが弾いたエルガーの「チェロ協奏曲 1970年11月ライブ録音盤」は本曲の伝説的な名演奏です。ライブなのでお客さんの咳が入っていますが、そのようなことが全然気にならない物凄い熱情に溢れた見事な演奏です。バックのフィラデルフィア管弦楽団の指揮はデュ・プレの旦那さんのダニエル・バレンボイムさんがやっています。

勇気ある強くて優しく思いやりについて。ダニエル・バレンボイム「無言歌集全48曲」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/700606.html


ただ、ジャクリーヌ・デュ・プレは、実姉と実弟がなんといいますか、かなりアレな感じの姉弟でして、彼らはデュ・プレの死後、散々デュ・プレのスキャンダルを書きたてたデュ・プレの暴露本的な伝記を出して(ベストセラーになりました)、デュ・プレを敬愛する僕としては残念です。特にデュ・プレが難病で演奏できなくなった後のことを散々に書いているのは余りにもどうかと思いました。しかも映画化されてしまい(映画題名「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」)、伝記と映画で描かれるデュ・プレが、『悲劇の天才チェリスト』というより、『淫らで物凄くワガママで人格が破綻して病んでいる天才チェリスト』のような描かれ方で、描かれていることの真偽は分かりませんが、デュ・プレが生きていたら、伝記の著者の兄弟と映画会社を名誉毀損で訴えたら確実に勝てるレベルだと思います…。映画公開に合わせて発売されたデュ・プレのアルバム「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」ライナーノーツより引用致します。

(実姉ヒラリー・デュ・プレがジャクリーヌ・デュ・プレ死後に書いた、デュ・プレをかなりの異常な人物として身内の眼から描いた暴露ノンフィクション伝記を原作としたジャクリーヌ・デュ・プレの伝記映画「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」は)かなりショッキングな内容(本映画においてジャクリーヌ・デュ・プレは天才ではあるが、精神的に破綻した、情緒不安定かつ極度にワガママなヤンデレ娘として描かれている。男好きで姉の夫と閨を共にしたことなどが描かれている)を含んでいたことで、地元イギリスはもとより、欧米では、伝記も映画も大きな論争を巻き起こした。(ジャックリーヌが本当に姉の夫と閨を共にしたかどうかや、身内に対する様々な奇行があったかは、姉と弟の証言のみで、真偽不明なので、姉と弟がスキャンダラスな金儲けの為にジャクリーヌのスキャンダルをでっちあげた可能性が指摘されている。)(中略)

(姉の書いた本及びそれを原作とした映画においてデュ・プレは精神的にかなりの異常を来たし)それは姉の夫を共有するところまで進むのだ。(デュ・プレの名誉のために書いておくと彼女の実姉の証言以外に立証するものがないため真偽不明。)

(姉の暴露伝記を元にした)映画のなかのジャッキー(デュ・プレの身内間の愛称)のように、実際のジャクリーヌ・デュ・プレも性的に早熟で、性的欲望も強く(このことも根拠不明。それに、音楽家にモーツァルトやルービンシュタイン等々、性的に奔放な音楽家は普通にいる、独身の頃浮名を流したとて、それほど責められることではないです。)、またあまりに特殊な環境(彼女は5才でチェロを演奏し出し、既に5才時点でチェロを瞬く間に弾きこなせる天才神童として周囲を驚嘆させた)〜子供の頃から神童として(チェロの英才教育を施されて)隔離されて育った〜によって、精神的な成長のバランスが欠けていたとろこがあったようだ。(これもジャクリーヌが正気でなかったというのはあくまで彼女の実姉の書いた本によればなので真偽不明。この実姉も音楽家志望だが挫折したので、音楽家として成功したジャクリーヌに逆恨みがあった可能性があり、そのことは差し引いて考えなければならないです。)

しかし、それを上回って、彼女の演奏家としての資質がずば抜けていたため、すべてはその美しく激しい演奏の陰に隠れてしまったのだ。(と彼女の実姉は主張しています。)(中略)

最後に一言だけ、この映画で音楽の中心的な位置に置かれているサー・エドワード・エドガーのチェロ協奏曲について書いておこう。この作品は1919年に書かれたエルガー最後の大作である。この作品には、まるで人生の夕暮れを見つめるような寂寥感と、それに抗おうとする劇的な感情が交錯している。エルガーがこの協奏曲を作曲後、1920年(曲完成直後)に妻を亡くしてからは、その後(エルガー自身が)亡くなるまでの15年間(エルガーは1934年没。妻が亡くなった後は作曲をすることはなかった。)創作意欲を失ってしまったという事実。

さらに、この協奏曲で最高の演奏を残した(忘れ去られていたこの曲を復活させた)デュ・プレが悲劇的な後半生を送ることになったという事実が重なって、このチェロ協奏曲は一層陰影を深めた。ジャッキーの完全に作品と一体化した演奏によって、エルガーのチェロ協奏曲は本当の生命を得たのである。
(「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」ライナーノーツより)

僕としては、社会的に影響のある公的な事柄においては、それはきちんとした情報公開が大切ですが、デュ・プレの実姉がやったような身内の間の私的なこと、しかも真贋不明瞭なことを本人の死後にスキャンダラスな形で発表するというやり方は、好感が持てません。デュ・プレがとても気の毒に思います。デュ・プレは亡くなっておりますから、姉がスキャンダルをでっち上げていたとしても、反論できないわけです。あまりにもどうかと思います。以下のサイトさんの映画レビューに僕は全く同感です。

wad's 映画メモ「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」
http://www.ywad.com/movies/288.html
Hilary and Jackie Anand Tucker / Emily Watson,Rachel Griffiths,David Morrissey / 1998
★これは醜い
監督のアナンド・タッカーはドキュメンタリーを撮ってきた人らしい。予備知識なしに原題を見ると、夫の不品行に悩む合衆国ファースト・レディーたちの苦労話かと思ってしまうが、実際には多発性硬化症で死んだセロ弾きのジャクリーヌ・デュ・プレの伝記映画である。ただし、ジャクリーヌのきょうだい2人が書いた暴露本をベースにしており、きわめて醜い映画になっていた。

 ジャクリーヌを演じるのはエミリー・ワトソン。その姉のヒラリーを演じるのがレイチェル・グリフィス(『ハーモニー』、『マイ・スウィート・シェフィールド』)。原題は、この2人の名前からとられている。原作は、精神的に苦しい状況に追い込まれていたジャクリーヌを助けるために、ヒラリーが夫を提供した(夫にジャクリーヌと寝るように頼んだ)というスキャンダラスなエピソードを暴露したことで話題を呼び、この映画の公開にあたっては音楽界の重鎮たちから抗議の声が上がったという。教訓は、アホなきょうだいを残して先に死ぬなかれ、である。

 この映画は、動き回るカメラがうっとうしいとはいえ、照明と発色はかなり美しく、見た目はそこそこ気持ちよい。その気持ちよい映像の中で、(デュ・プレの尊厳を貶めるような)めったに見られないような冒涜的な映画が進行する。

『教訓は、アホなきょうだいを残して先に死ぬなかれ、である。』というのはまさにそのとおりで、ジネット・ヌヴーは伝説的な悲劇のヴァイオリニスト、ヴァイオリニストの守護女神的な存在として今現在も崇敬されていますが、ジャクリーヌ・デュ・プレの方は、悲劇の天才チェリストとして生きている間はとても人気があったのですが、彼女の死後に書かれた実姉・実弟の真贋不明なスキャンダル暴露本により、イメージに大打撃を受けました。

大体、世の中完璧な人間なんているわけがなく、山田風太郎さんはエッセイ集「死言状」のなかで、『世の中には三つの人間がいる。有益で有害な人間、無益で有害な人間、無益で無害な人間である。有益で無害な人間は存在しない』と書かれていますが、これは、いわゆる『出る杭は叩かれる』という世の風潮を皮肉って書いておられます。デュ・プレもそういったこと(活躍したがゆえに、実姉、実弟に妬まれた)があったんじゃないかなと僕は思っています。

デュ・プレのプライベートがどうであろうと、彼女は別に公的に何かよくないことをした訳でもありません。彼女は素晴らしい、聴いていてまさに胸を打つ素晴らしい演奏を残してくれました。僕は、デュ・プレの演奏を聴いて感動したこと、ジネット・ヌヴーの演奏を聴いて感動したこと、どちらも胸の中の大切な宝物です。よろしければ、デュ・プレの演奏、ジネット・ヌヴーの演奏、ぜひご機会ございましたら、ご一聴を心からお勧め致します。どちらもパワフルな熱情と女性の優れた繊細さをあわせ持つ、情感と技術どちらもとてつもなく優れた、感動に溢れる素晴らしい演奏です。

参考作品(amazon)
ブラームス : ヴァイオリン協奏曲ニ長調
Neveu Barbirolli Perform Sibelius
Ginette Neveu Plays Brahms
ジャクリーヌ・デュ・プレ~EMI完全録音集(17枚組)
エルガー/ディーリアス:チェロ協奏曲
ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ ― オリジナル・サウンドトラック
風のジャクリーヌ〜ある真実の物語〜
ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ デラックス版 [DVD]
死言状〔文庫版〕 (小学館文庫)

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現代音楽について。古楽について。僕の大好きな古楽合唱団「タリス・スコラーズ(The Tallis Scholars)」音楽の喜び。

Allegri: Miserere
ポケットのなかの東欧文学―ルネッサンスから現代まで

昨日書きました様に、お金がなく生活が極めて困難で、人間が生きるにはどんなに切り詰めてもお金がかかることが身に染みて辛いです。非常に心身ともに不調なのですが、失業している為、ギフト券とアフィリエイトのみが唯一の収入源・生活費であり、更新しないと生活が危機状態に陥ってしまうため、頑張って更新しようと思います。今回は、なぜバッハやモーツァルトやベートーヴェンのような曲は現代に生まれないのかということを現代クラシック音楽界の情勢と含めて、少しご説明させて頂こうかと思います。

絶対権威化した前衛音楽に抵抗する、美を求める音楽。吉松隆「プレイアデス舞曲集」シチェドリン「封印された天使」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/808309.html


以前、上記エントリで作曲家の吉松隆さんや音楽評論家の磯田健一郎さんが「前衛音楽であらずんば現代クラシック音楽にあらず」という風潮を批判しているのを引用してご紹介させて頂きましたが、僕も全く同感です。元来、前衛音楽は音楽の幅を広げ、音楽豊かさを追求するものとしてあったはずが、今(2009年現在)は完全にそれ自体が権威化して、前衛以外の音楽を抑圧するメカニズムになり果てています。

とりみきさんの漫画「ときめきブレーン」(ちくま文庫)で、「前衛音楽を作ろう」といって登場人物が大工道具を背負ってるシーンがありましたが、本当にこんな感じで、例えば、以前聴きました21世紀の高評価されている現代前衛音楽家達の曲を集めた音楽CDシリーズ集「EDITION ZEITGENOSSISCHE MUSIK COLLECTIONS」シリーズ(ドイツからの直輸入で買っていたので、amazonHMV等にはないようです)などに収録された音楽の一例を挙げますと、

『延々とのこぎりで木材をギコギコ斬っているだけの音楽曲』
『延々とトンカチで鉄板か何かを叩いているだけの音楽曲』
『延々とテレビ終了放送後のノイズのような音だけがしている音楽曲』
『延々と無音で時々謎の音がする音楽曲』
『銃声?みたいな音が散発的になるだけの音楽曲』
『調律を狂わせたピアノの鍵盤をデタラメに叩いているだけに聴こえる音楽曲』
『耳障りな謎の音がピンピンなっていて聴いていると頭痛がしてくる音楽曲』等々、

僕自身も含めて、どう聴いてどう考えてもほとんどの人々にとって受け入れがたいであろう音楽曲が沢山あります。どこからどう聴いてもこれらの曲のほとんどは意味不明以外の何ものでもありません。たまに音楽として面白く聴ける素敵な前衛実験曲もありますが、だいたいにおいてシオドア・スタージョンの唱えた万物法則『この世のあらゆるものの九割は屑である』を体現しています。このことは、逆に言えば、一割は良いものがあるということです。例えば、先に挙げた「EDITION ZEITGENOSSISCHE MUSIK COLLECTIONS」シリーズでは、Tobias PM Schneid(作曲家の名前です)の作曲した曲なんか奇怪かつグロテスクですが奇妙な魅力のある不協和音の曲で僕はとても好きです。Stephan Winkler、Jens Joneleit(作曲家名)の曲なんかもいいです。この二人はドラゴンクエストやファイナルファンタジーのラスボスのいるダンジョンっぽい感じの不気味でぞくぞくする曲を作られます。聴いているとぞくぞくします。

ただ、いわゆるあまりにもアレな残り九割を含めた、一般的にはどう聴いて意味不明系統の曲の方が、グレツキや吉松隆さんの作る古典派クラシックの系譜の曲(誰にでも分かりやすく美しい調性音楽)の数々よりもクラシック界で高評価され、逆に分かりやすくて美しい、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンなどの系譜を引き継ぐ現代クラシック曲(先に挙げた調性音楽)は、クラシック界からパージ(排斥)されてしまうという残念な風潮が現代クラシック音楽作曲界の大勢としてあります。

なぜこのようなことになってしまったかというと、クラシック音楽界を特権化したいという思惑を持った一部の勢力の意向が働いていて、その最大の特徴は反ポピュリズムです。『一般聴衆に理解されず売れない前衛音楽(実験音楽)こそが聖なる特権的なクラシック界の頂点なる権威であり、一般聴衆に売れるポピュラーなクラシック(古典調性音楽の系譜)は大衆に魂を売った俗な音楽でクラシックとは認めがたい』という、おかしな思想が、20世紀〜21世紀現代において風潮として強まってゆき、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンの流れを汲むような調性音楽を作る現代クラシック作曲家は、前衛音楽の絶対権威の名の元にパージされるという風潮、ありとあらゆる権威に反抗した現代音楽における最大の功労者ジョン・ケージが見たら激怒しそうな状況になっています。

ちなみに彼ら(反ポピュリズムを掲げる前衛現代音楽原理主義派)を見分けるのは結構簡単で、『現代前衛クラシック音楽のマニア、音楽評論家などで、古典クラシック音楽全般に敵意を持ち、特に指揮者カラヤンに対して敵意を持っている連中』はだいたいこういう勢力です。一般聴衆を大切にしたカラヤンは、こういった勢力(反ポピュリズムを掲げる前衛現代音楽原理主義派)に敵対視される筆頭でした。カラヤンを根拠なく罵倒している連中は大体この辺の勢力に位置しています。世界中で『アダージョ・カラヤン』がベストセラーになった時など、彼らは大変怒り狂いました。僕はミニマリズムなどの前衛音楽は好きですが、前衛音楽以外をパージする前衛音楽原理主義派は大嫌いです。そしてカラヤンは昔から最高に心底から大好きな指揮者です。カラヤンの指揮した1950〜1980ぐらいまでの演奏は僕に出来うる限りほぼ全て網羅して聴いております。

後、これだけは強調したいのは、僕は古典派クラシックも大好きで、なおかつ前衛音楽も大好きです。大好きじゃなかったら、「EDITION ZEITGENOSSISCHE MUSIK COLLECTIONS」シリーズとか聴いたりしません。前衛音楽には面白い斬新な曲もあって、そういうのを掘り当てたときにとても喜びを覚えます。ただ、昨年度から失業しお金がなく生活に困っており前衛音楽を全然聴いておりませんので、最近の風潮は不明です。古典派クラシックの系譜の現代音楽も、前衛音楽も、対立して排斥する関係ではなく、共存して互いに存在しあえる豊かな音楽関係になれればいいなと心から思っています。

新しいもの(前衛音楽)を全否定するのが愚かしいように、古いもの(古典派クラシック)を全否定するのも愚かしいことだと思います。今の現代クラシック音楽作曲界は、後者の罠(古典派全否定)に入ってしまっており、残念に思います。

前ふりが長くなりました。僕は古楽大好きなので、今回はヒリヤード・アンサンブルに並ぶ古楽合唱の最高峰、タリス・スコラーズ(The Tallis Scholars)の音楽アルバムについてご紹介させて頂こうと思います。

タリス・スコラーズの名盤と言えば、「Allegri: Miserere」(アレグリ「ミゼレーレ」が有名ですが、このアルバムが現在、謎なことに、amazonで900円台です。驚異的な安さです。安いってレベルジャネーゾって感じの超絶な安さです。円高の影響を考えても安すぎます。数年前の値段が国内版が3000円前後、輸入盤で3000円前後、現在は円高の影響を受けて安くなっておりますがそれでもHMVで輸入盤が1900円台です。なんでこんな安いのか謎です。amazon.comでも15ドルしてるので、amazon.comよりも安いです。amazon.co.jpの輸入盤音楽アルバムはときどき驚異的な値引きを行うので(倉庫から在庫を一掃するときとか、驚異的に安くなるのかなと推測しています)とてつもなくお買い得です。三日前ぐらいに見たときは在庫ありになってましたが、現在見ましたら、残り2点になっていて、売れているようなので、本アルバムを持っておらず、間違いなく世界最高峰クラスの美しい宗教古楽合唱曲が聴きたいお方々はよろしければぜひお早めの購入を心からお勧め致します。
Allegri: Miserere
Allegri: Miserere

古楽合唱においては、タリス・スコラーズとヒリヤード・アンサンブルが双璧を為す世界最高峰の合唱団です。僕はヒリヤード・アンサンブルも好きですが、タリス・スコラーズが一番好きです。男性の声が強調されているヒリヤード・アンサンブル(ヒリヤードは男性合唱団)に比べると、男女の混声合唱団にであるタリス・スコラーズは、綺麗に男女の声が調和していて素晴らしく美しく、ヒーリング・クラシック・ミュージックの最高峰の一つであることは間違いないと思います。以下、タリス・スコラーズがご紹介されているHPさんから引用致します。トマス・タリス生誕500年記念公演紹介ページです。

トマス・タリス生誕500年記念公演【トマス・タリス生誕500年記念公演】
http://www.allegromusic.co.jp/tallis.htm

1973年、ピーター・フィリップスによって結成された。CDとコンサートを通して、いまやルネサンス教会音楽においては世界最高の合唱団と目される。タリス・スコラーズとは、16世紀イギリスの作曲家トマス・タリス(1505頃-1585)の音楽を学びきわめる人々の意。フィリップスはルネサンス音楽に最も適した純粋で澄んだ音を選び、その完璧な調和と融合によって、音楽の微細なきめを描き出す。そこに立ち現れる音の美、それがタリス・スコラーズの名を不動のものにしている。

タリス・スコラーズは、あるときは教会で、あるときはコンサート・ホールで歌っている。その数は毎年約80回に達する。1年に少なくとも2回公演旅行を行なうアメリカでは、ア・カペラのスーパースターと絶賛された。1994年、ミケランジェロのフレスコ画修復完成を祝う記念行事の最後を飾り、システィーナ礼拝堂での演奏を許された。1998年、クラウディオ・アッバートに招かれてイタリアのフェルラーラで歌い、ロンドンのナショナル・ギャラリーで結成25周年記念コンサートを行なった。プログラムはジョン・タヴナーがタリス・スコラーズのために書いた作品(初演)。ナレーションをスティング、司会をデイヴィッド・アッテンボローが引き受けた。1998年12月5日、1000回目のコンサートをニューヨークで行なった。

1994年2月、ローマのサンタ・マリア・マッジョーレ教会で、その聖歌隊長だったパレストリーナ没後400年記念コンサートを行なった。このコンサートを収録したヴィデオとCDがタリス専門のレコード会社ギメルから発売された。1996年、ポリグラムとの提携により、ギメルの市場は大きく広がった。

1987年、ジョスカン・デ・プレの「ミサ・ラ・ソル・ファ・レ・ミ」と「ミサ・パンジェ・リングヮ」がイギリスのグラモフォン誌のレコード・オヴ・ジ・イヤー(古楽で初めての受賞)に選ばれたのをはじめ、フランスのディアパゾン誌のディアパゾン・ドール・デ・ラネー賞(ラッススとジョスカンの「ミサ・ロム・アルメ」1989年)、グラモフォン誌のアーリー・ミュージック賞(パレストリーナの「ミサ・アスンプタ・エスト・マリア」1991年)、同賞(チプリアーノ・デ・ローレとジョスカン、1994年)、クラシックFMとグラモフォン誌の合同主催コンクールでのピープルズ・チョイス賞など、多くの重要な賞を贈られた。

本盤「Allegri: Miserere」は、タリス・スコラーズの名を全世界に知らしめた伝説的CDで、合唱団はどこもそうですが、年月によってメンバーが入れ替わるので、まさに、もはや本メンバーによってリアルタイムでは聴くことの決して叶わぬ伝説の音楽CDです。ちなみにタリス・スコラーズは日本での人気が高く、ウィーン少年合唱団などと同じく親日合唱団で知られ、ウィーンと同じく日本にもたびたび来日します。アルバムを聴いてタリス・スコラーズの美しい古楽合唱がお気に召されたお方々は、ぜひタリス・スコラーズの他のアルバム(ベスト盤が多く出ています)をお聴きになったり、来日コンサートに行ってみたりすると、音楽の楽しみが豊かに広がってゆくと思います。

タリス・スコラーズの音楽アルバムは、先のアルバムのamazonの驚異的安さは例外で、だいたい、一枚国内盤で出た場合3000円、輸入盤3000円弱ぐらいのアルバムでリリースされることが多く(国内盤はほとんどでないので入手困難です)、数年立つと、それまで収録したアルバムから人気の高い曲をセレクトして、3000円弱ぐらいで二枚組のベスト盤を出し、今ではベスト盤の方がオリジナル盤並に沢山でていると思います。確かベスト盤が2枚組で12セットぐらい出ていて、オリジナル盤が17枚くらいだったかと思います。ベスト盤の曲がダブりまくり状態なので、ベスト盤でなるべく曲がかぶらないようにチョイスして購入してゆくのが一番コストパフォーマンス的に安上がりだと思います。お勧めのベスト盤は、「トマス・タリス特集盤」「バード特集盤」「パレストリーナ特集盤」「ジョンソン・デュ・プレ特集盤」「クリスマス特集盤」「レクイエム特集盤」辺りがダブりが少なくて良いのではないかと思います。以下、リンクです。上から「トマス・タリス特集盤」「バード特集盤」「パレストリーナ特集盤」「ジョンソン・デュ・プレ特集盤」「クリスマス特集盤」「レクイエム特集盤」となります。

The Tallis Scholars Sing Thomas Tallis
The Tallis Scholars Sing William Byrd
Tallis Scholars sing Palestrina
The Tallis Scholars Sing Josquin
Christmas with the Tallis Scholars
Requiem

前衛音楽に優れた良い音楽作品があるように、古楽にも素晴らしい美しさを湛えた名音楽アルバムが今現在も出ている(現在、タリス・スコラーズはジョンソン・デュ・プレ全集を製作中でメンバーは入れ替わりながらも近年もずっと活動してリリースを続けています)、ぜひ、こういった古楽の名曲にも耳を傾けてそこに音楽の喜びが生まれてくださいましたら、美しい音楽を愛好するものとしてとても幸いに思います。先に挙げた900円台の廉価アルバム「Allegri: Miserere」は、神童モーツァルトが一度聴いただけでその音楽に感動して楽譜を書き上げたという伝説のある宗教音楽の最高峰の一つたる名曲ですが、同時収録されているウィリアム・ムンディの「天から父の声が」とパレストリーナの「教皇マルチェルスのミサ」も宗教音楽の名曲です。本盤だけでもぜひ、お勧め致します。僕の知る限り、間違いなく現世界における最高の宗教合唱音楽アルバムです。

最後、またこのようなことを書いて、誠に申し訳ないのですが、予想外の出費重なり、現在生活困窮しており、ギフト券・アフィリエイトにてお助けして下さるお方々に、心から深く感謝いたします。どうか、もしご余裕あるお方々あれば、お助けしてくださると、とても生活助かり、心から感謝致します。

生活が苦しいと、旧約聖書の哀歌をモティーフに東欧の最高の詩人の一人ヤン・コハノスキが作詞した哀歌「挽歌」(悲嘆を歌っています)のような心持で、どうか、ご慈悲お賜わりございましたら、心から感謝致します。「挽歌」より引用致します。

ヤン・コハノスキ。東欧文学詩選集「ポケットのなかの東欧文学」より

「挽歌」

おお、人間の過ち!おお、人間の狂える夢想!
思い通りに物事が運び、人の頭に
悩みのないうちは、知恵をひけらかすことの
何とたやすいことか。

満ち足りた暮らしにあっては清貧を称え、
愉悦のなかにて――悲しみを軽んず。
吝い紡ぎ手にも毛糸の足りているうちは
死神をみくびる我ら。

だが貧困、或いは災いが襲い来れば即ち、
生きること言うほどには易からず、
我らの方に駆け寄ってきてはじめて
相手にされる死神。(中略)

太陽が昇って輝こうと
沈んで光が消えようと
私の心はひとしく痛み
決して安らがない。

眼は一時も乾くことなく
久遠に泣き続けなければならない。
私は泣かなければならない!
おお!わが神よ!
誰が汝の眼を逃れよう?

人はいたづらに海を渡りはしない。
いたづらに戦にでる者もいない。
どこへ行こうと不幸は襲う。
たとえそれが信じられずとも。

今現在、僕はまさにこのような心持で、僕の心情を歌っているかのように感じます。

参考作品(amazon)
Allegri: Miserere
The Tallis Scholars Sing Thomas Tallis
The Tallis Scholars Sing William Byrd
Tallis Scholars sing Palestrina
The Tallis Scholars Sing Josquin
Christmas with the Tallis Scholars
Requiem
アダージョ・カラヤン・プレミアム
ときめきブレーン―自選短篇集 (ちくま文庫)
ポケットのなかの東欧文学―ルネッサンスから現代まで

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僕の好きな指揮者トスカニーニ「スケーターズ・ワルツ」「Beethoven: The 9 Symphonies」。ナチスに運命を狂わされた指揮者。

スケーターズワルツ〜管弦楽名曲
Beethoven: The 9 Symphonies [Box Set]

前回、下記エントリにてクラシック界の政治的問題点について書きましたが、今回も、僕の大好きな指揮者トスカニーニの名盤を紹介しながら、そのことにちょっと触れたいと思います。

絶対権威化した前衛音楽に抵抗する、美を求める音楽。吉松隆「プレイアデス舞曲集」シチェドリン「封印された天使」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/808309.html


トスカニーニは、フルトヴェングラーと並び20世紀前半を代表する天才指揮者であり、フルトヴェングラーを超えた20世紀最高の指揮者であるという説も根強いです。しかしその割にはフルトヴェングラーに比べ、今ではあまり聴かれることのない指揮者で、無念です。トスカニーニ「スケーターズ・ワルツ」「アルトゥーロ トスカニーニ」そしてトスカニーニ指揮「Beethoven: The 9 Symphonies」(ベートーベン全集)やトスカニーニ指揮「ブラームス全集」とか、フルトヴェングラーの演奏を超えた神懸かった演奏である部分を持つと僕は思います。

フルトヴェングラーはライブ演奏を重視し、それによってあまり良好なスタジオレコーディングが残っていないので、結果、伝説化している(録音が残っていないライブが神懸かっていたといわれる)ことでメリットを得ているところがありますが、トスカニーニは、カラヤンと同じくレコーディングを積極的に行ったので、フルトヴェングラーの音質があまりよくない種類のアルバムよりも、20世紀前半期収録とは言え、レコーディングのレベルがその当時にしては高いスタジオ録音の演奏の音楽アルバムが聴けます。上述の「スケーターズ・ワルツ」など音質は極めて良いです。

そんなトスカニーニの知名度が低いのはなぜか。これはまず第一に、トスカニーニは完全主義者のかんしゃく持ちであり、ちょっとでも演奏が上手く行かないとすぐにぶち切れる性格で有名で、今でいうところの「切れる」人だったので、フルトヴェングラーと違って、オケの演奏者達から「あのすぐぶち切れて怒鳴りまくるかんしゃく持ち野郎」と生前は恐れられ、死後は「奴(トスカニーニ)はすぐ切れる性格でしたよ」と散々に言われたことがあります。また、性格が夏目漱石の「坊ちゃん」にでてくるような熱狂的かつ一本気な性格で、我慢ならないことがあると、すぐに相手に対してあけっぴろげに直談判する性格で、ストコフスキーやフルトヴェングラーとは大喧嘩しており、ご本人達はどう思ってたかはわかりませんが、いわゆる派閥(ストコフスキーの派閥、フルトヴェングラーの派閥)からは蛇蝎の如く嫌悪されていました。

なんか、こう書いていくと人格破綻者の指揮者みたいですが、僕は伝記読みましたが、明らかに粗暴で人格破綻的なところもありますが、ただ、先に挙げた江戸っ子みたいな性格で、かんしゃく持ちの正義感が強い熱血漢ですぐにぶち切れるけれど、そのときだけで、次の日には怒りを忘れちゃうような性格で、僕は憎めなくて好きです。演奏も素晴らしいし、正直、すぐぶち切れるかんしゃく持ちの性格は僕自身にそっくりだと思いました(^^;

個人的にはトスカニーニはその場で怒りを爆発させるけど、その後はすぐそれを忘れて、「よっしゃ、次行こう!」みたいな感じで怒りが持続できないタイプでして、演奏メンバーが失敗したらネチネチ延々とその失敗をずっといい続けることで知られるこれまた天才指揮者ジョージ・セルあたりよりかはいいと思うのですが、どうでしょうか。トスカニーニはあけっぴろげなイタリア人なので、その気質はちょっと江戸っ子っぽい感じです。

後、ストコフスキーとの大喧嘩は音楽性の違いによるものであり、互いにボロクソに言い合う泥沼的大喧嘩で、二人の関係に周囲は緊迫したという逸話がありますが、これはちょっとアレですが、フルトヴェングラーとの大喧嘩は、フルトヴェングラーがナチスに協力したことに対して、トスカニーニは政治的にも正義感の強い人として有名で、「あんな糞残虐政権ナチスの犬になるのかフルトヴェングラーは!!恥を知れ!!」みたいな感じで激怒してフルトヴェングラーを怒鳴りつけて喧嘩になりました。これはどう考えてもトスカニーニの方が正論だと思うのですが、歴史とは勝者が作るもの、BPO(ベルリン・フィル)を手駒に持つフルトヴェングラーが世界最高の指揮者として熱狂的ファンを集めるなかで、フルトヴェングラーの熱狂的ファン達から、フルトヴェングラーに喧嘩を売った愚か者として、トスカニーニは嫌われました。

僕の高評価する、宗教音楽指揮における世界最高の天才であったオットー・クレンペラーなどは、トスカニーニこそが世界最高の指揮者であると評価し、「指揮者達の中の皇帝」との最高の称号をトスカニーニに贈っています。しかし、クランペラーみたいなお方は例外で、生前彼は敵を大勢作り過ぎたため、素晴らしい演奏の数々をレコーディングして残したにも関わらず、忘却の彼方に追いやられた悲劇的指揮者です。

クラシック音楽界も、ほかの業界(映画界、絵画界など)と同じく、クオリティのみではなく、色んな政治的意図と人間関係によって評価されてしまうので、前回のエントリでも挙げましたが、いかに素晴らしい音楽を残しても、周囲に敵を作りやすいタイプの奇人変人だと、音楽が評価されなくなってしまうことがあるのは、トスカニーニの演奏に魅了されている僕は、残念だなあと心から思います。

トスカニーニのエピソードをウィキペディアより引用していくつかご紹介致します。この一本気で完璧主義者で正義感が強く熱血漢で粗暴ですぐ切れる、そして音楽の天才である指揮者がいかに敵を作りやすい奇人変人であったかよく分かると思います。

ウィキペディア「アルトゥーロ・トスカニーニ」
アルトゥーロ・トスカニーニ(Arturo Toscanini, 1867年3月25日 - 1957年1月16日)は、イタリア出身の指揮者。
1867年 パルマで生まれる。当地でチェロを学ぶ。
1886年 南米への演奏旅行中に指揮の代役をつとめ転向。
1898年 ミラノ・スカラ座音楽監督。(〜1908年)
1908年 メトロポリタン歌劇場音楽監督。(〜1915年)
1926年 ニューヨーク・フィルハーモニック音楽監督。(〜1936年)
1934年 ザルツブルク音楽祭。(〜1937年)
1937年 ファシスト党政権に反対してアメリカへ亡命。当地で引退を表明。その後NBC交響楽団が創立され復帰。
1954年 演奏会で記憶障害をきたし降板。直後に引退を表明。
1957年 死去。89歳。
スカラ座やメトロポリタン等の音楽監督を歴任し、20世紀を代表する指揮者とされる。ロマン派のスタイルを脱却した演奏法で音楽における新即物主義といわれ、ライヴァルのフルトヴェングラーと対極をなした。速く正確なテンポ、統一したアンサンブル等は戦後の演奏法の規範となった。(中略)

(第二次世界大戦の)戦後NBC交響楽団を起用し数多くのレコーディングを行った。また、リハーサルの厳しいことで知られ、駄目出しの多さからトスカノーノとあだ名された(後述)。

トスカニーニは極度の近視であり、本番もリハーサルも暗譜で指揮するのが常であった。しかし、1954年4月4日の演奏会(オール・ワーグナー・プログラム・コンサート。曲目は「タンホイザー」序曲とバッカナーレ)での記憶障害により指揮を止めてしまった。そしてこの演奏会の直後にトスカニーニの引退が発表された(引退は演奏会の前に計画されていたとされる)。引退に際し公開した声明は、以下の通り極めて簡潔なものである。

 "The sad time has come when I must reluctantly lay aside my baton and say good-bye to my orchestra."

 「我が指揮棒を不本意ながら置き、なおかつ我がオーケストラに別れを告げねばならぬ悲しい時が来てしまった。」

逸話
プッチーニの遺作オペラ『トゥーランドット』の初演に際し、別な作曲家が補作したフィナーレの直前で演奏を止め、「マエストロはここまでで筆を絶ちました」と言って指揮台をおり、公演はそこで終了した。トスカニーニが公演中に声を発したのは、この時のみである。なお、台詞について異説があり、英語版Wikipediaでは「ここで死が芸術を打ち負かしました」とされている。トスカニーニはオペラピットを去り、場内の照明が灯り、聴衆も静かに帰ったという。

トスカニーニはオーケストラをリハーサルで徹底的に鍛え、妥協を許さない専制的な指揮者であった。こうした態度はオーケストラのみならずオペラ歌手にまで及んだ。あるとき著名なプリマドンナが「マエストロ、私はスターですよ!」と反論すると、トスカニーニは平然と「マダム、あなたは間違っている。スターは空にあるものですよ。」と答えたといわれる。

トスカニーニの暗譜能力は驚異的であり、合奏曲約250曲の全パート、オペラ約100曲の譜面と歌詞、更に多くの小品を完璧に覚えていたという。あるとき、バスーン奏者が演奏会の前に自分の楽器のキーを一つ壊してしまい、トスカニーニに相談した。トスカニーニは暫く考えてから、「今夜の曲ではその音は使われないから、心配しないで良い」と答えた。(中略)

トスカニーニは非常に短気であり、オーケストラのリハーサルの際には怒鳴り声を発することは頻繁にあった。戦前に出演したバイロイト音楽祭では、オーケストラが一音出すたびに「ノー、ノー!」と怒鳴るので「トスカノーノ」というあだ名を付けられていた。しかし当時のオーケストラ団員は仕事に対するモラルが低く、各々が好き勝手な譜読みをしたり、リハーサルを勝手に休み他所でアルバイトをするような者もいた。指揮者が理想どおりの音楽を表現しようとするためには厳しい姿勢を示す必要があった。

トスカニーニがリハーサル中に激怒すると、指揮棒を折る、スコアを破く、インク瓶や懐中時計を地面に投げつける、譜面台を壊したりするということもよくあり、(リハーサル中に激怒して暴れて)コンサートマスターの指を指揮棒で刺してしまい、(コンサートマスターの指がかなり怪我して)裁判沙汰になったこともあった。しかし一通り暴れ終わった後は平然とした顔で「それではリハーサルを始めましょう」と何食わぬ顔でリハーサルを始めた。また、いかにもイタリア人らしく激しく怒っても翌日には忘れてしまい、まったく後に引くということがなかった。翌日も怒りが残るジョージ・セルとは対極をなし、(彼の暴力で怪我を負わせられた団員は別として、怒鳴られたりしただけの)オーケストラの団員から憎まれるようなことはなかったという。 (中略)

あるとき、ニューヨークの演奏会で、聴衆が数人遅刻してくると、トスカニーニはナポレオン風に腕を組み、「遅れてはいかん!」と叱り、呆然としたオーケストラに対し、目の前のチェロの譜面台をわざとらしく叩き、演奏を始めたという。

トスカニーニは指揮者・レオポルド・ストコフスキーとは犬猿の仲であった。ストコフスキーのスコア改変に対して「あいつは作曲者に対する殺人者だ」と罵り、一方ストコフスキーも「怒鳴れば何でも思い通りになると思ってるイタリア人」と皮肉を言っている。しかし、もともとは関係は良好だったらしく、自らの演奏会に賓客としてストコフスキーを招き、その演奏を聴いた彼は「これほど多くのことを学ばせてもらった演奏に対して、料金を払わないわけにはいかない」と、チケットの代金を払ったという逸話もある。また、「あいつが振れば、どんな指揮者より良い音が鳴る」と、改変に対しては嫌悪感を抱きつつも、指揮自体の手腕は高く評価していたようである。

トスカニーニの末娘であるワンダは、ピアニストのウラジミール・ホロヴィッツと結婚した。トスカニーニはホロヴィッツと共演したこともあるが、大ピアニストであるホロヴィッツに対して「でくのぼう」呼ばわりしたこともあったという。

トスカニーニは大変な好色家(さすがイタリア人!)で、共演者の歌手との浮名を流すこともしばしばであった。それについて妻は常に悩んでいたという。しかし家族愛は強く家族の人数分のハートを彫刻した腕輪をはめていたり、孫(ホロヴィッツとワンダの娘)ソニアを溺愛し、結果的に断られたものの一時は養子にしてくれるように頼んだことも知られている。臨終の際、ソニアが見舞いに来たときトスカニーニは、「おお、ソニア、ソニア。来てくれたのか。おじいちゃん、もうすぐ死ぬからな」と言ったという。

ジークフリート・ワーグナーの死後、相性が合わなかった未亡人のヴィニフレートがナチスに接近すると、トスカニーニは「一切変わらん限り帰らない!」と叫んでバイロイト音楽祭から身を引いた。さらに1937年、ザルツブルクの路上でフルトヴェングラーと口論(伝説的な感情的大喧嘩)となった。両者は前年のニューヨーク・フィルの引き継ぎをめぐって感情のしこりがあったが、フルトヴェングラーがドイツにとどまっていることで、ヒトラーの言いなりになっていると(トスカニーニは)解し、険悪な関係となっていた。

トスカニーニ
「あなたはナチだから出ていけ!自由な国と奴隷化された国の双方では指揮する資格はない。」
フルトヴェングラー
「あなたにまかせるなら出て行きます。でも音楽家にとって自由な国も奴隷化された国もない。演奏するのがたまたまヒトラーの国といって、ヒトラーの部下とは限らない。偉大な音楽こそナチスの敵ではないですか!」
トスカニーニ
「第三帝国で指揮するのはみんなナチスだ!」といった内容で喧嘩別れした。以降二人が会うことはなかったといわれる。

トスカニーニは正義感の強さで知られ、フルトヴェングラーに対して「あなたはナチスに協力している非人道的なナチの手先だ!!」と激怒して言い放ち伝説に残る大喧嘩しました。しかしその後(トスカニーニの死後)の歴史的検証によって実際にフルトヴェングラーとBPOは積極的にナチスに協力していたことが判明したわけです。トスカニーニの怒りに対して、「音楽家に権力を与え沢山の金を出してくれるナチスは偉大だ!素晴らしい!」とか言い放ってナチスを肯定してナチスとヒトラーに捧げる音楽をナチ党大会や軍のイベントで演奏しまくって政治権力を得たフルトヴェングラーの性根の腐り具合(僕はフルトヴェングラーを音楽家としては尊敬していますが、ナチスに積極的に加担した政治的行動は、哲学者ハイデガーと同じく、倫理的に決して許されない政治的行動であったと思います)に比べ、どう考えても倫理的には粗暴でフルトヴェングラーに比べると世渡りが下手だったトスカニーニの怒りの方が正論として分があると思います。

ただ、トスカニーニは切れやすい性格で、ぶち切れると大暴れし、大声で怒鳴りまくって相手を罵倒し、物を投げるは指揮棒を振り回して大暴れするわ、かなり人格的にアレな性格、無理によく言えば一本気で熱情的な性格、普通に言えば空気が読めず周囲が見えないすぐ切れて暴れる粗暴なところの大きな性格でしたので、音楽界の大物フルトヴェングラーと大喧嘩したときは、フルトヴェングラーみたいな大物は挑発に乗らず、良く言えば冷静沈着、悪くいえば慇懃無礼で見下した貴族的態度に喧嘩に対応するので、その場での喧嘩の軍配としてはフルトヴェングラーに上がったといわれています。殴り合いなら違いますが、口喧嘩では粗暴で感情的な態度でぶち切れてしまった方が負けてしまいます。

しかも、フルトヴェングラーはとてつもないカリスマ性を持ち、音楽家にもファンにも熱狂的な信者を抱える極めて老獪な政治力の持ち主で、一本気で自分の思っていることをすぐにべらべらしゃべり、怒りを感じるとすぐにぶち切れて怒鳴りまくるは手当たり次第周囲のものを投げつけまくるは指揮棒振り回して大暴れするわ、そしてだれともつるまない(彼は非常に切れやすかったので、誰もつるみたくなかったのかもしれません)一匹狼のトスカニーニは彼(フルトヴェングラー)との政治的闘争に太刀打ちすることができず、それが彼の死後、彼が急速に忘れ去られた一因と言われています。

ただ、余談ですが、トスカニーニは音楽界の大物とはつるめませんでしたが(彼の直情的で義が通らないと思ったらすぐに直談判する一本気な性格が音楽界の大物達からは疎まれたと思います)、粗暴だけど下っ端には面倒見がよい大親分みたいな性格で、オケの団員には親しまれていました。良くも悪くも任客の大親分みたいな感じです。陰謀術策にきわめて優れ、政治的に狡猾だったいかにも頭の良いドイツのフルトヴェングラーに比べると、裏表がなくよくもわるくもちょっとバカっぽい一本気なトスカニーニはいかにもあけっぴろげなイタリアっぽいなあと感じます。閑話休題致します。

つまり、トスカニーニが死後急速に忘れ去られたのは、思い切りぶっちゃけて内幕を言えば、「フルトヴェングラー&BPOの汚点である、ナチスドイツ軍への積極的な協力とその見返りによる特権的権力・軍への音楽的協力、ゲッペルスと組んだ音楽を使ったプロパガンダ活動、BPOからのユダヤ人追放など」は、彼らにとってもみ消したい過去であり、そのことに対してずっと激怒して批判していたトスカニーニはドイツクラシック音楽界にとって「邪魔な存在、歴史から抹殺してしまいたい存在」であったということです。トスカニーニが性格がすぐぶち切れる性格で敵が多い一匹狼の指揮者だったことも、彼の死後、彼の業績を政治的権力を使って音楽界から消してしまうことを容易くしました。

僕はこういったことはあまりにどうかと思います。今ではフルトヴェングラー&BPOがゲッペルスと組んで積極的にナチスに加担し、それによってナチスの高級将校に匹敵する大きな政治的特権を得ていたことは歴史的真実として明らかになっております。このことについてはドキュメンタリーDVD「ベルリン・フィルと第三帝国 ドイツ帝国オーケストラ」のご視聴お勧めです。今現代から見れば、激怒したトスカニーニの方が正論を言っていていたことが分かっています。フルトヴェングラー&BPOはナチスに積極的に加担してナチスの戦争を手助けしている糞野郎どもだとトスカニーニは激怒して批判しました。トスカニーニの死後の後の歴史的検証によりにトスカニーニの言った通りであることが判明しました。トスカニーニとフルトヴェングラー&BPOの関係はトスカニーニの生涯最後まで最大に険悪で互いに生涯ずっと心底憎み合っていました。ストコフスキー本人とはそこまで憎みあってはいないようです。互いに「アイツはとんでもなくむかつくけど天才であることは認めざるえない」と両人とも思っていたと言われています。
ベルリン・フィルと第三帝国~ドイツ帝国オーケストラ [DVD]
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クラシック音楽界も他の業界と同じく政治的な思惑が絡んだありとあらゆる陰謀術策うずまく非常にどろどろした派閥と派閥の政治闘争する世界であり(この辺のクラシック音楽界のどろどろとした政治的な闘争の裏面が描かれない点で、大人気のクラシック音楽コミック「のだめカンタービレ」とかは理想のクラシック音楽界を描いたフィクションな訳です、さそうあきらさんのクラシック音楽コミック「神童」は結構この辺のことが描かれています)、トスカニーニのような世渡りの下手な一匹狼で派閥に属さないタイプは、いかに素晴らしい音楽家であろうが、政治的な闘争権力によって後世忘れ去られていってしまう、こういったことが、トスカニーニの偉大な音楽的才能を最高に高く評価する僕としては悔しいです。

僕はトスカニーニはコルンゴルトやシュピルマンと同じくナチスに運命を狂わされた悲劇の音楽家の一人であると思います。結局、クラシック音楽界も、他の業界と同じくどろどろした政治的な陰謀術策と権力によって動いており、いかに天才的な音楽才能を持とうが、トスカニーニのように世渡りが下手(性格が破綻、特に人間関係の構築の問題に難点を抱えているタイプ)だと、政治的な動きにより評価が決まり、音楽自体は評価されないところが大きいです。とても悲しいことです。

僕は、音楽は、純粋に音楽それ自体として評価されて欲しいと心底から願います。彼の指揮は神懸かったような素晴らしいものが多いです。トスカニーニを聞くのにまず一番のお勧めはトスカニーニ「スケーターズワルツ 管弦楽名曲」です。トスカニーニの才能がフルに伝わってくる名盤です。本アルバムが気に入りましたら、トスカニーニのアルバム「アルトゥーロ トスカニーニ」辺りから入って、後は彼が指揮したベートーベン全集やブラームス全集などを聴いていくと、彼が、オットー・クレンペラーの言葉どおり「指揮者の中の皇帝」たる、20世紀最高の指揮者であることがよく分かると思います。素晴らしい録音を残したお勧めの演奏家(指揮者)です。ぜひ、一度聴いてみて欲しいです。ただ、「アルトゥーロ トスカニーニ」は高い(一枚組で3000円前後)ので、それよりも安いベートーベン全集(五枚組で2000円前後)から入る方がコストパフォーマンスは良いと思います。

音楽家は別に聖人ではないので(寧ろ、伝記などを読むと音楽や絵画や文学の天才芸術家にはどう見ても性格がよいとはとても言えない人格破綻者が多いです)、リハーサル中に大暴れしてコンサートマスターを怪我させて警察に逮捕されたり(トスカニーニ)、またトスカニーニとフルトヴェングラーのように相手を叩き潰そうと心底から憎悪しあう強烈な憎しみの関係とかざらにあり、そうすると、権力の大きい方が、権力の小さい方を楽壇から抹殺してしまうんですね。トスカニーニは変人の一匹狼とはいえ天才指揮者なので、生きている間はフルトヴェングラーを超える人気がありましたが、死後は、BPOの政治的な力により、楽壇の歴史から消えてしまった悲劇的天才指揮者です。最後に、ライナーノーツより引用させて頂きます。

(現在ではBPOの政治的動きなどでトスカニーニは忘れ去られているが、彼が生存し活躍中は世の中の)人気を二分した(ライバルにして互いに心底から憎悪しあっていた)フルトヴェングラーの録音とともに、今世紀のオーケストラの頂点を極めた「演奏という名の作品」であり、私たちに残された永遠の遺産なのである。
(トスカニーニ「スケーターズ・ワルツ」ライナーノーツより)

最後に、このようなことを書き心から誠に申し訳なく思うのですが、うつ病他精神疾患に罹患してから一年が過ぎ、障害者自立支援法の継続期間が切れ、継続更新しなければなりません。障害者自立支援法の継続更新自体は特に何も問題なくなされるとのことなのですが、大きな問題は、継続更新自体に費用が数千円掛かる形でして(障害者自立支援法継続更新診断書が必要です)、この障害者自立支援法継続更新費用には障害者自立支援法医療費上限負担額制限(低所得者は精神疾患治療医療費の上限負担額が制限されます)が効かない形でして、僕は低収入者(失業しております)のため、障害者自立支援法上限負担額制限にて治療費上限が制限されていますが、障害者自立支援法継続更新に掛かる費用はこの上限制限が効かないとのことで、どうしても数千円更新費用の出費を捻出しなくてはならず、先日血圧計を買ってしまったので、お金(病院に払う更新費用の現金)がなくて大変困っております。

どうか、ギフト券かアフィリエイトでご慈悲をお賜わりになってくださって頂けますと、心から深く感謝致します。現在、お金が払えないので、障害者自立支援法の期限切れは今年の6月なのですが、更新手続きに時間が掛かりますので、少なくとも今年の5月上旬までに更新用診断書作成依頼をせねばならず、現在お金がなく、困っております。どうか、ギフト券かアフィリエイトでご慈悲をお賜わりになりお助けしてくださると非常に助かります。

障害者自立支援法が適用されないと、医療費が3倍になる上(現在医療費は1割ですが、それが3割になります)、障害者自立支援法の医療費上限負担額制限がなくなるので、計算しましたところ、月の医療費が15000円になる形で、僕の現在の状況からすると確実に払うことができません。どうか、お助けしてくださると、心から感謝致します。最後の文章がこのようになり、誠に申し訳ございません。

参考作品(amazon)
スケーターズワルツ〜管弦楽名曲
Beethoven: The 9 Symphonies [Box Set]
ブラームス:交響曲全集
アルトゥーロ トスカニーニ:ロッシーニ、ヴィヴァルディ
ベルリン・フィルと第三帝国~ドイツ帝国オーケストラ [DVD]
トスカニーニ~ザ・マエストロ(完全版) [DVD]
のだめカンタービレ(1)
神童 (1) (Action comics)

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絶対権威化した前衛音楽に抵抗する、美を求める音楽。吉松隆「プレイアデス舞曲集」シチェドリン「封印された天使」

プレイアデス舞曲集
シチェドリン「封印された天使」 (ハイブリッドSACD) [Import]

先日より色々と、沢山の苦難と出費が重なっており、生活的にも心身的にも辛い状態です。美しく、人々の心を癒してくれる音楽をご紹介して、少しでも皆様方のお役に立ちたいと思っています。現代音楽の中でも最も古典的に美しく、心を癒してくれる音楽であると思う、吉松隆「プレイアデス舞曲集」とシチェドリン「封印された天使」をご紹介致します。先日の下記エントリとも通じる話です。

悲劇の音楽家コルンゴルト「2つのヴァイオリン,チェロ,左手ピアノのための組曲」「死の都」ローデンバックと永井荷風。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/807117.html


コルンゴルトはその被害にあった先駆ですが、20世紀におけるクラシックは、無調音楽から前衛実験音楽へという流れが主流であり、過去の古典派を引き継ぐコルンゴルトら、古典主義的音楽家は古臭い守旧音楽家としてパージ(排斥)され、また、前衛実験音楽は大衆受けしないため、大衆受けする音楽を作るものも、ポピュリストとしてパージされました。僕の愛好する名作曲家コルンゴルトはこの流れに巻き込まれ、作品のクオリティを評価されることなく、ただ「コルンゴルトの音楽は古典主義的である」という、作品のクオリティとは関係のないジャンル的な闘争によって、葬り去られました。とても悔しいです。

本来は、新しいもの、音楽を豊かにするために作られた無調の技法や、前衛実験音楽が20世紀には圧倒的に権威化して、古典主義的作曲を古きものとしてクオリティを顧みることなく十把一からげにして排斥するという最悪の事態が起きたのが今、21世紀に至るまで、20世紀前半から現代までのクラシックの流れとして残念ながらあり、古典主義に則った美しい音楽を作る古典的クラシック作曲家は保守反動として、音楽の質を顧みられることなく、パージされてきた悲しい歴史があります。このことによって古典的クラシックの作曲は急激に衰退しました。以前下記URLでご紹介致しました僕の好きな作曲家、グレツキもこの被害にあった一人です。『絶対的権力は絶対に腐敗する』という言葉がありますが、20世紀、クラシック音楽界において前衛音楽作曲が主流派として絶対的権力を握ってゆくことで、それは古典的クラシック作曲家を抑圧してパージする腐敗した権力になってしまったところが、厳然として今現在もあります。

「グレツキ:交響曲第三番『悲歌のシンフォニー』」星新一の猫ショートショート「災難」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/735624.html


しかし、この前衛の権威化と抑圧に対して、それでも、古典的で美しい音楽を作ろうとした作曲家達がいます。その最も代表的な作曲家は、日本人の吉松隆さんです。吉松隆さんは古典的クラシック作曲の現代における第一人者であり、ドビュッシーなどを彷彿とさせる素晴らしく美しい音楽を作曲しています。前衛実験音楽を絶対的権威として古典的クラシックをパージする現代クラシック音楽界に、そういった権威に負けず、ただ、美しい曲を創りたいという一念にて、古典的クラシック作曲を行っている、勇気ある日本人作曲家がいること、僕は同じ日本人として、嬉しく思います。

そんな吉松隆さんの曲のなかで、僕が最も美しいと感じ、愛好する曲は吉松隆さんのピアノ曲集「プレイアデス舞曲集」です。筆舌に尽くしがたい古典的美しさを持った名ピアノ曲集であり、バッハを祖とし、ドビュッシーやシューマンのピアノ曲に全く劣らずに匹敵する、それどころか、超えている部分も散見させられる、とても美しいピアノ曲であり、現代の類稀なる名盤であると僕は心から断言するピアノアルバムです。ライナーノーツより引用致します。

本盤作曲家吉松隆「プレイアデス舞曲集によせて」
タイトルの「プレイアデス」はおうし座の肩あたりに位置する7つほどの星からなる小さな星団で、和名は「すばる」。この星に因んで7つの音を使った7つの曲からなる舞曲集を編むことにしたのは、どこかのだれか(シェーンベルグ)が「音階の12の音を均等に使う(十二音技法)」などと言い出したおかげで(無調音楽が権力を握り、調性音楽が無調音楽派から弾圧されて)泥沼にはまりこんだ20世紀の「現代音楽」への精一杯の反抗。来るべき21世紀にはもうこの悪夢(前衛音楽作曲が絶対権力として古典派作曲を弾圧している現代クラシック音楽作曲界の状況)を伝えたくない、という切なる、そしてちょっと過激な「星への願い」も込められている。

音楽評論家磯田健一郎「プレイアデス舞曲集について」
ぼくは驚いた。はじめて吉松の仕事場で「プレイアデス舞曲集」の譜面を見、演奏会の録音テープを聴かせてもらったときのことだ、その音たちはあまりに美しく、リリカルで、凛としていた。しかも、古典作品が持つあの毅然とした整合性(調性音楽)をも兼ね備えていたのだ。(中略)(無調音楽でなくては現代クラシックではならずといった風潮の)現代にこういう「古典(調性音楽)として弾かれるべき作品」を書ける人間がいるなんて。(中略)

この「プレイアデス舞曲集」は、本人も自ら書いているとおり、バッハのインベンションを意識して書き始められたピアノ曲集である。例えば、第2集の各曲の表題を見てもその思考の痕跡は読み取れる。旋律はつねに(古典主義の)旋律的で、和声は必要最小限な音数で吉松独自の音空間を構成する。(中略)

少し詳しい吉松の「プロフィール」を書き留めておきたい。(中略)(吉松は幼少時からクラシック音楽を愛好し趣味で作曲をしていたが、学生時代に専門的に音楽を学んだわけではなく、理系の進学コースに進み)慶応大学工学部に進学した吉松は、作曲家への道捨てがたく、中退してしまうことになる。その強い意志は、本人の、

『なにしろ音楽というものがあまりにも素晴らしいので、せっかく生きているのだから、せめて美しい音楽のひとつも書いてから野たれ死ぬのもわるくはない』

という言葉に集約されるだろう。

中退後、本人によれば(大学中退、職なく生活困窮のなかで流しのライブなどの)「音楽的放浪生活」をしつつ作曲の研鑽を積む。(音大には通わず)ほぼ独学だが、一時、松村禎三氏にも師事している。この時代(音楽の専門教育を受けていない音楽家の卵として流浪していた時代)がおそらく彼の作曲生活で一番辛い時期であったろう。それは作曲家として芽がでなかったためだけではない。(吉松が作曲し続けたバッハを祖とする古典派クラシック作曲を「前衛音楽作曲こそが現代クラシック作曲である」との大義名分の元に弾圧する)「現代音楽」という巨大な暗い壁がが立ち塞がったからだ。

『前衛であらずんば(現代クラシック)音楽にあらず』

といった風潮のなか、吉松が「(古典的作曲を諦めて)こういう美しくない音楽(無調音楽)を書かざるをえないのか」と苦悶したことは間違いない。

(バッハなどの古典クラシックに魅されて幼少期より作曲を始め)「なにしろ音楽というものがあまりにも美しい」ので作曲を志した彼にとって、これは拷問にも等しいことだ。(調性音楽である古典クラシックとは全く異なった十二音技法を使った無調音楽しか認めない)「現代音楽」と自らの内側にある美しきなにものかとの格闘の中で、「書いても書いても呆れるほどどの曲ひとつとして音にならない日々が7年ほど」続いたのだ。

そんな彼が日本の音楽界に知られるようになったのは、81年に初演された(調性音楽である)「朱鷺によせる哀歌」によってであった。絶滅していく朱鷺と、(前衛クラシック音楽界からの弾圧により)絶滅していく調性のある美しき(現代クラシック調性)音楽をおそらく重ねて作曲されたこの作品は、現代音楽的な手法と、シンプルで儚い美しさを持つ。

苦悶の7年間におけるギリギリの選択(例え、現代クラシック音楽界からパージされようとも、現代クラシックとして調性音楽を作曲するという選択)が、この音楽のスタイルを生んだのである。これ以降、「チカプ」「デジタルバード組曲」「鳥の形をした四つの小品」「天馬効果」などを通じて、吉松は積極的に「現代音楽(無調音楽)」との決別を模索していくのである。

本盤記載「吉松隆プロフィール」
1953年東京生まれ。(中略)1981年、「朱鷺によせる哀歌」でデビュー。いわゆる(現代クラシック作曲の主流である)現代音楽(無調音楽)の非音楽的傾向に反発した「世紀末抒情主義」を主張し、「星」や「鳥」、あるいは「神話の動物」などをテーマとして、人間性の回復と自然の交歓を歌う(調性音楽の)作品を発表し続けている。
(吉松隆「プレイアデス舞曲集」ライナーノーツより)

僕は吉松隆さんの音楽が大好きで、特に「プレイアデス舞曲集」は、歴史的巨匠の創った古典クラシックに匹敵する名ピアノ曲集だと思うので、吉松隆さんが、現代クラシック音楽界からパージされているということを知って驚嘆しました。世界的な現代クラシック音楽の流れとして、無調音楽、前衛実験音楽こそが現代クラシックの正統なる嫡流であり、古典派クラシックは大衆に媚びるポピュリズムに過ぎず、徹底的に潰すべき、という、現代クラシック音楽作曲界が自分で自分の首を絞めているとしか思えない、とんでもない前衛を絶対化する権威化が進んでおり、吉松さんのように調整音楽を創ると、クオリティは度外視され、「調性音楽である」というそれだけで批判の対象になって、パージされてしまいます。

僕はこのような前衛音楽(無調音楽)の絶対権威化、クオリティを度外視して、ジャンル(無調音楽か、調性音楽か)によって優劣を決めて、調性音楽を劣っていると無理矢理決め付け、調性音楽を現代クラシック作曲界からパージする風潮は、百害あって一利なしと思います。このような風潮が今後も続くなら、現代クラシック音楽作曲界は今後も衰退を免れないと思います。こういった風潮によって被害を蒙ったのは、コルンゴルト、グレツキ、吉松隆さん、そしてこれからご紹介しようと思うシチェドリンなど、優れた音楽家のなかに大勢いて、悲劇的です。まさに「絶対的権力は絶対に腐敗する」の言葉通り、前衛音楽(無調音楽)が絶対権力を握ったことで、現代クラシック作曲界の中に酷い腐敗が起きています。

僕は、こんなジャンル的絶対権威(現代クラシック作曲における無調音楽の絶対化と、調性音楽を滅ぼそうとする動き)には反対なので、僕自身が純粋に無心に聴いた音楽のクオリティで、判断したいと思っています。そして、「プレイアデス舞曲集」は、まさに現代音楽の名盤、大勢の人々の心を癒し安らげる、優しく美しいピアノ曲の名盤と思います。ぜひご一聴お勧めするアルバムです。

プレイアデス舞曲集
プレイアデス舞曲集

次に、シチェドリンの音楽をご紹介させて頂こうと思います。シチェドリンも吉松隆さんと同じく僕の大好きな作曲家ですが、この方もまた悲劇的な作曲家で、作品のクオリティではなく、ジャンルで判断されてしまい、吉松さんと同じく、作曲家としてとても優れた才能を持ちながら、辛酸を舐めている作曲家です。

シチェドリンは、東側(ソビエト連邦、現ロシア)において活躍中の作曲家です。東側では、ソビエト連邦支配時代、西側が「無調音楽」を絶対として調性音楽を弾圧していたように、「社会主義リアリズム音楽」を絶対として、それ以外の音楽を弾圧していました。この社会主義リアリズム音楽というのは、ぶっちゃけ、非常に曖昧かつ恣意的なもので、党幹部が聴いてその曲を気に入ったら「この音楽は社会主義リアリズム音楽だ、褒美を授けよう」、党幹部が聴いてその曲を気に入らなかったら「非社会主義リアリズム音楽だ!!この作曲家は反動主義者だ!!シベリア送りにせよ!!」というようなメチャクチャなもので、東側の音楽文化に壊滅的打撃を与えました。

シチェドリンは「社会主義リアリズム音楽」の大家として(つまり、党幹部に気に入られている音楽家として)、ソ連作曲家同盟議長という、東側の作曲家の最高位まで出世しましたが、これは結局、自由に音楽を創れなかったということです。「非社会主義的リアリズム音楽を作曲した」として党幹部に睨まれて西側に亡命した東側の作曲家達や西側の作曲家達からは、党の御用作曲家として批判されましたが、しかし、人命がとてつもなく軽い独裁体制下のソビエト連邦において、党幹部に睨まれたらシベリア送り(実質的な処刑)になるわけで、自らの命を守る為、党幹部のための曲を創るというのは、彼と彼の家族の命を守るために止むをえなかったことと思います。彼はソビエト連邦が崩壊するまで、自分の自由に曲が創れたことはなかったとインタビューで述べております。

ソビエト連邦が崩壊してゆくことで、一気にロシアが自由化してゆき、自由に音楽が創れるようになってゆきました。彼はそのとき「自分の自由に曲を創りたい、ソビエト連邦下では禁止されていた宗教音楽を創りたい」と思ったといいます(「封印された天使」ライナーノーツより)。しかし、ソビエト連邦崩壊後に彼を待ち受けていたのは、ソビエト連邦体制下で、党幹部に睨まれ煮え湯を飲まされた大勢の人々からの、ソビエト連邦の音楽界の頂点にいた彼に対する憎しみでした。彼はソビエト連邦崩壊後、西側からだけでなく、自国(ロシア)からも「党に音楽家の魂を売った作曲家」として徹底的に批判され、彼の曲の多くはパージ(排斥)されました。彼の曲は今も手に入りにくいです。

しかし、悪いのは独裁権力を振るって音楽家を痛めつけていたソビエト連邦党幹部達であり、シチェドリンもまた被害者であると僕は思います。優れた作曲家でありながら、自らの命と家族の命を守る為、自由に音楽が創れないことが、どれだけ苦痛であったか、そのことを思うと胸が痛みます。

そんなシチェドリンが、ソビエト連邦崩壊後、本当に自由に、自分の創りたかった音楽を創ったと彼自身が述べているのが、彼の最高傑作と言われる宗教合唱曲「封印された天使」(the sealed angel)です。ソビエト体制下で禁止されていた宗教音楽、いつの日かそれを創るのが、彼の夢だったと彼は語っています。そんな彼がついに夢を叶えたのが、本盤「封印された天使」です。

僕はシチェドリンのファンで、うつ病になって失業し現在のように極度に生活が困窮する前は乏しいお金をはたいてコツコツとロシアからアルバムを輸入して集めていたのですが(シチェドリンのアルバムの入手はロシアからの輸入以外困難なものが多いです)、この「封印された天使」は、西からもソ連崩壊後の東からも政治的に批判された、政治に翻弄された悲劇の作曲家シチェドリンの最高傑作とされ、現代宗教音楽最高の一枚とされているので、流石にクオリティがとてつもなく高すぎて、批判もされにくく、シチェドリンのアルバムがでることが皆無である日本でもSACD(普通のCDプレイヤーで聴けまして、またSACD対応プレイヤーでは通常CDより高音質で聴けるCDです)として唯一発売されているとても優れたアルバムです。心からお勧め致します。

シチェドリン「封印された天使」 (ハイブリッドSACD) [Import]

本盤「封印された天使」は、聴いていると、この世のものとは思えない天上の静謐さと優美を持った素晴らしい偉大な宗教合唱曲であり、聴いていると、それだけで僕は涙が出てきます。これは現代音楽における最高の音楽であることは間違いないと僕は思います。ぜひ、一度聴いて欲しい素晴らしいアルバムです。心からお勧め致します。夜、真っ暗な中で、床に横たわって聴いていると、涙が出てきます。宗教音楽の最高峰の一つであるといっても決して過言ではないと思います。ぜひご一聴お勧め致します。

参考作品(amazon)
プレイアデス舞曲集
吉松隆作品集
吉松隆:ファゴット協奏曲
すばるの七ツ~プレイズ吉松隆
シチェドリン「封印された天使」 (ハイブリッドSACD) [Import]
シチェドリン:ピアノ・テルツ

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悲劇の音楽家コルンゴルト「2つのヴァイオリン,チェロ,左手ピアノのための組曲」「死の都」ローデンバックと永井荷風。

コルンゴルト:組曲 作品23,シュミット:五重奏曲
コルンゴルト:歌劇「死の都」 [DVD]

僕の高血圧はどうしても下がらないので、諦めた心境です。僕には血圧治療する金銭的余裕はないので、定期的に血圧を測って、高血圧症ギリギリのゾーンで安定しているなら、そのままにするしかないと考えています。先日より、血圧の話ばかりして申し訳ありません。今回は、音楽の話をしようと思います。あまり明るい音楽を聴けるような気持ちではなく、今回も暗い音楽の話になり、申し訳ありません。僕の好きな作曲家コルンゴルトをご紹介させて頂こうと思います。

先日、ナチスに追われ、劇的なサバイバルを行ってなんとか生きのびたピアニスト、映画「戦場のピアニスト」のモデルであるシュピルマンのピアノアルバムをご紹介致しましたが、ユダヤ系の人々の抹殺を図ったナチスによって運命を悲劇的に狂わされたユダヤ系の音楽家はシュピルマン以外にも多数おり、今回はその中から、僕の好きな作曲家の一人、エーリヒ・ウォルフガング・コルンゴルトについて紹介させて頂こうと思います。

僕はコルンゴルトの音楽、特に歌劇・歌曲と室内楽がとても好きです。彼はウィーンで主に活躍し、大作曲家達、マーラー、シュトラウス、プッチーニからその才能を十代の頃より認められ、「クラシック音楽界の神童」として華々しく活躍しましたが、ナチスのユダヤ人抹殺から逃れるため、アメリカに亡命し、活動期間に大きなブランクができ、それは生涯、彼の音楽歴に影を落とすこととなります。アメリカで生活費捻出のため、映画音楽の作曲を行い、それによって商業的には成功しましたが、逆に、その成功によって映画音楽の成功者(ポピュラー音楽の作り手)ということで、20世紀前半の守旧的なクラシック音楽界からは総スカンを受け、クラシック作曲への夢を抱きながら、そのまま亡くなった悲劇の音楽家です。

もし、ナチスの台頭がなければ、どこかで歴史の歯車が違った方向に動けば、彼コルンベルトはヨーロッパを席巻するクラシック音楽界の麒麟児として名を馳せ続け、素晴らしいクラシックの名曲の数々を創作したであろうことを思うと、クラシック音楽という伝統文化を破壊したナチスに対して、僕は非常に心から暗い気持ちにならざるを得ません。ウィキペディア及び、僕の好きなコルンベルトの「2つのヴァイオリン,チェロ,左手ピアノのための組曲作品23」の収録アルバム(演奏フォシュベリ、リドストレムによるアルバム「Rendezvous With Korngold: Songs & Chamber Music」、日本盤題名「コルンゴルト歌曲&室内曲作品集」、残念ながら両盤とも絶盤)のライナーノーツよりブレンダン・G・キャロルの文章を引用致します。

ウィキペディア「エーリヒ・ウォルフガング・コルンゴルト」
エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(Erich Wolfgang Korngold, 1897年5月29日 - 1957年11月29日)はオーストリアとアメリカ合衆国で活躍した作曲家。ユダヤ系。(中略)

彼は音楽評論家ユリウスの次男として、モラヴィア地方のブリュン(現在はチェコのブルノ)に生まれた。幼い頃から作曲の才能を示し、モーツァルトと同じ名前と相まって「モーツァルトの再来」と呼ばれる程の神童ぶりであった。9歳の時に作曲したカンタータはマーラーを驚愕させ、11歳の時に作曲してツェムリンスキーがオーケストレーションを手伝ったバレエ音楽『雪だるま』(Der Schneemann)はウィーン宮廷歌劇場で初演され、満場の拍手をもって迎えられた。いくつかの幼少期の作品は、マーラーが善意で手伝ったという説すらある。

その後も快進撃は続き、12歳で書いた『ピアノ・ソナタ第1番』はリヒャルト・シュトラウスに戦慄と恐怖を与え、名ピアニスト、シュナーベルは13歳の作品『ピアノ・ソナタ第2番』をヨーロッパ中に紹介し、ベルリン・フィルの大指揮者ニキシュは14歳のコルンゴルトに『劇的序曲』を委嘱する。幼少時の最高傑作『シンフォニエッタ』を完成させた15歳の頃には、コルンゴルトは既にプロ作曲家として第一線で活躍していたのである。

16〜18歳で書いたオペラ、『ポリクラテスの指環』(Der Ring des Polykrates)、『ヴィオランタ』(Violanta)はプッチーニの絶賛を受け、この成功によってオペラ作曲家としての地位を確立し、1920年、オペラ『死の都』(Die tote Stadt)の大成功によって、弱冠23歳にしてオペラ作曲家としての世界的評価を確立する。1927年、満を持して作曲したオペラ『ヘリアーネの奇跡』(Das Wunder der Heliane)を初演した当時、コルンゴルトの名声は頂点に達し、ウィーン市から芸術勲章を、オーストリア大統領からはウィーン音楽大学名誉教授の称号を贈られ、さらに1932年、大新聞『新ウィーン日報』のアンケートで、シェーンベルクと並んで存命する最高の作曲家に選ばれた。結局この時期が事実上、クラシック音楽作曲家コルンゴルトの絶頂期であった。1934年、マックス・ラインハルトの招請でハリウッドに赴き、映画音楽の作曲を手がけた頃から彼の名声に陰りが出始める。その後、ウィーンとハリウッドを往復する日々を送りながら、『ヘリアーネの奇跡』以来久しぶりのオペラ『カトリーン』(Die Kathrin)を書き上げ、初演を間近に控えていた1938年、ナチス・ドイツのオーストリア併合により、『カトリーン』初演は流れ、ユダヤ系だったコルンゴルトはアメリカに亡命し、仕方なく映画音楽を書きながら亡命生活を送るよりなかった。

生活のためにオペラを諦め、映画音楽を書くことになったが、それでも美しい旋律、純音楽から学びし管弦楽法は、緩みきった映画音楽業界を変える事となった。1935年に、初期の傑作『海賊ブラッド』(Captain Blood)を書き大絶賛された翌年、1936年に『風雲児アドヴァース』(Anthony Adverse)でアカデミー作曲賞を受賞。40以上のライトモチーフを使い、オペラ並みの作品に仕上げている。ただ、あまりにも出来が良すぎて、賞はワーナーの音楽部門全体に贈られ、オスカーは音楽部長が受け取ってしまった。1938年には『ロビン・フッドの冒険』(The Adventures of Robin Hood)で2度目のアカデミー賞に輝く(今度はコルンゴルト自身がオスカーを獲得)。コルンゴルトは最初、この作品のスコアを書くのを断ったのだが、ワーナー音楽部長の説得とナチス・ドイツによるオーストリア併合により仕方なく引き受け、オスカー獲得につながった。

コルンゴルトは映画音楽作曲をオペラ創作の延長上に見なしており、マーラーやリヒャルト・シュトラウスから直接学んだ後期ロマン派的作風を、そのまま映画音楽に持ち込んだ。また、気に入った映画音楽は自作の芸術音楽に転用できる権利も保有していた(実際、ヴァイオリン協奏曲や弦楽四重奏曲第3番などが作曲された)。大管弦楽団を使ったシンフォニック・スコアは、後のハリウッド映画音楽の基礎となり、映画音楽の先輩にあたるアルフレッド・ニューマンや、後世のジョン・ウィリアムズにも多大なる影響を与えた。

1946年、『愛憎の曲』(Deception)を最後に、純音楽作曲家に戻るべく、新作を携えウィーンを訪れるも、当時の映画音楽に対する評価の低さや、後期ロマン派的作風は前衛音楽全盛の音楽業界から受け容れられず、「映画に魂を売った下等な作曲家」というレッテルを張られて事実上楽壇から抹殺され、失意の内にハリウッドに戻り、不遇の中、同地で1957年、脳溢血で死去。二曲目の交響曲を作曲中だった。遺体はハリウッドのハリウッド・フォーエバー墓地に埋葬されている。

戦後の主要作品としてヴァイオリン協奏曲(ハイフェッツの愛奏曲として知られる)、弦楽合奏のための交響的セレナード、交響曲(フランクリン・ルーズベルトの思い出に捧げられた)、主題と変奏(事実上最後の作品)などが挙げられる。(中略)

日本はコルンゴルト受容という意味では甚だ後進国であった。ハイフェッツによるヴァイオリン協奏曲の録音は日本では単売LP化されず、事実上CDが初出であった。
以下、ライナーノーツからの引用です。
音楽評論家ブレンダン・G・キャロル
「エーリヒ・ウォルフガング・コルンゴルトはかつて、著名な音楽学者ニコラス・スロニムスキーから『ウィーンのロマン主義精神の最後の吐息』と呼ばれた。マーラー、リヒャルト・シュトラウス、プッチーニから激賛された「神童」はとして、彼は帝国時代のウィーンが最も豊かであった最後の時代に育ち、オペラと公共作品の作曲家となっていった。ナチによって亡命を余儀なくされ、ロサンゼルスに行った彼は、映画音楽のパイオニアの一人になり、二回のアカデミー賞を受賞したが、戦後ヨーロッパへの復帰(クラシック音楽界への復帰)は成功せず、(クラシック音楽界から)忘れられたという思いを胸に、(失意のうちに)60歳にしてハリウッドで亡くなったのである。(中略)

1923年、コルンゴルトは有名な片腕のピアニスト、パウル・ヴィットゲンシュタインから左手のための協奏曲を依頼された最初の作曲家となった。彼が作ったのは、異例の単一楽章による協奏曲であった。喜んだヴィットゲンシュタインは、もう一曲室内アンサンブルのための作品を依頼した。既に多くの作曲家たちが彼のために四重奏曲、五重奏曲を作っていたので、コルンゴルトは通常の編成をやめ、より個性的なアプローチを試みた。

その成果が、1930年に完成された「二つのヴァイオリン,チェロ,左手ピアノのための組曲作品23」である。これは同年10月21日にウィーンで、ヴィットゲンシュタインと、著名なロゼー弦楽四重奏曲のメンバーによって初演され、大成功を収めた。(中略)

(コルンゴルトの優れたクラシック曲の数々は、生活の為にアメリカハリウッドの映画音楽に手を染めたことにより、ヨーロッパクラシック音楽界からパージされ)50年以上も忘れられており、1995年まで出版されなかった。もちろん、このCD(Rendezvous With Korngold: Songs & Chamber Music)が初録音である。
(「Rendezvous With Korngold: Songs & Chamber Music」ライナーノーツより)

コルンゴルトの生涯を思うと、諸行無常を感じます。彼コルンゴルトはずっと、クラシックの大作曲家として歴史に残ることを願っていた、そして僕の見る限りその才能と努力両方を兼ね備えていたにも関わらず、クラシック界の神童として大活躍しながら、台頭してきたナチスに追われアメリカに亡命し生活費に困窮し、映画音楽を手がけて、それが華々しく大成功してしまったことで、ハリウッドの御用音楽家、ポピュリズムの音楽家としてクラシック音楽の世界からパージ(排斥)されてしまうという悲劇の作曲家であり、彼のクラシック曲が大好きな僕は、心から悲しく思います。

彼はとても古典的教養が深く勉強家であり、生活のため、ハリウッドのプロデューサー達から「大衆受けする音楽を作れ」というプレッシャーを掛けられたことは、クラシック畑出身の彼に心痛を引き起こしたことと思います。例えば、彼の最も有名な歌劇「死の都」は、彼自らが彼の愛好する作家・詩人であるローデンバックの小説「死都ブルージュ」(日本語訳版は岩波文庫「死都ブルージュ」ちくま文庫「ローデンバック集成」に収録、両方とも絶版)を翻訳し、それを原案として創り上げた歌劇です。ローデンバックは僕の好きな小説家・詩人で、僕のとても好きな小説であり、僕は原作小説を読んだ後、DVDにて死の都を見たので感無量でした。同じ作家・詩人が好きな作曲家ということで、僕はコルンゴルトにとても共感を覚えます。ローデンバックは日本ではマイナーですが、知る人ぞ知る名作家・名詩人であり、日本の小説家永井荷風が彼ローデンバックの愛好家として有名です。

ローデンバックは滅び行くもの(死に行く者、死に行く文化、死に行く街)を哀愁を込めて描き出す作家・詩人であり、現代化によって激しく変動し加速するヨーロッパ、それに対応できず、終焉を迎えてゆくヨーロッパの古きよきゆったりした文化の滅びをその作品群は隠喩的に示していると言われています。永井荷風は日本が大日本帝国として近代化に邁進し、結果、滅びてゆくのをじっと観察していた作家ゆえ、その古きものの滅びを悲哀なる郷愁を込めて描き出すローデンバックの作風を愛好した記録が残っています。上田敏が名詩集「海潮音」でローデンバック(海潮音での記載はローデンバッハ)の詩を掲載し、そこから日本に本格的にローデンバックが紹介されるようになりました。永井荷風はローデンバック評価の日本での第一人者として知られています。荷風の作風には厭世的で悲観的なローデンバックの影響が色濃いと言われております。荷風の小説「墨東綺譚」などです。荷風の書いた正しい漢字を出すことができず、申し訳ありません。(「墨」の字が本来は違います。)以下に引用致します荷風の文章も本来の荷風の文章とは漢字が違うので(僕のPC、古い漢字を出すことができません)、誠に申し訳ありません。

「われは同じく諦めの悲しく静かなるを歌ひたる点において、白耳義(ベルギー)の詩人ロオダンバック(ローデンバック)の詩を愛せずんばあらず。(中略)ロオダンバックの詩は、凡て現実の風物によりて喚起されたる抒情詩なり。否、寧ろ其の心の底に育まれたる遺瀬なき悲しみを、死せるが如き廃都の風景と、閑寂なる書斎の光景とに託したるものと云うべきか」(永井荷風)(中略)

(ローデンバックへの愛好をたびたび表明した荷風は)さらに、1912年、「三田文学」に発表した西洋と日本の文芸思潮をめぐるエッセイ「文芸読むがまま」でローデンバックの詩を愛好する胸を表明し、彼が読んだローデンバックの詩集「故里の空の鏡」「沈黙の国」小説「廃市の鐘」について論じている。(中略)

(荷風は死の都ブリュージュについてこう語っている)
「憂鬱なる若き男あり。恋せる妻を失ひては、唯手箱に収めしその遺髪をのみ打眺めて、独り悲しく世を送らんと思ひ、死せるが如きブリユウジウの廃市を選びて、これに住みぬ。(後略)」(永井荷風)
(ローデンバック集成解説「ローデンバックと永井荷風」)

僕もまた、貧窮にて大変生活困難、うつ病、高血圧、失業にて、心身ともに参っており、動脈硬化で、自分の死に際も分からず突然死などできたら、死の苦痛がなく幸いだなと今思っています。僕も、貧窮死するのか動脈硬化による出血か何かで死ぬのかそれとも別の要因で死ぬのか分かりませんが、長生きはほぼ不可能そうであり、結局は、激烈な弱肉強食の現代社会に適応できず、滅んでゆくしかないのだなと思います。その点で、ローデンバックの小説や詩はうつ病に掛かるずっと前、十年以上前から大好きです。「死の都ブルージュ」より引用致します。暗い滅び行くもの同士が惹かれあう悲劇です。

ユーグは、長きに渡る孤独と苦悩によって、ずっと前からこうした類(暗い沈うつで孤独で苦悩する自らに似たものに惹かれる)の心情の微妙な違いにとても敏感になっていた…(中略)寡男になってからすぐにブリュージュに来て住んだのも、生来この地(暗く、滅んでゆく霧と運河の水上の都ブリュージュ)に願望をそそられるアナロジーから生まれた直観に影響されたからではなかったのか?

(暗く沈うつ、メランコリックな)ユーグには、(暗く、絶望している自らのとの)「共通性への感覚」とも呼べる感覚が働いていた。補助的で、脆弱そうな、虚弱な感覚であって、物と物とを無数の紐で結びつけ、蜘蛛の糸を網のように樹と樹を縁続きにし、魂と、慰める術もない悲しい出来事を結ぶ、眼に見えない線を創りだしてきたのだ。

(妻に死なれ、傷心の中で住む街として)ブリュージュを選んだのも、そうした理由からだった。ブリュージュからは海が失われてしまったのだが、それはちょうど大きな幸福もまた失われたかのようだった。

それも既に、共通性という現象そのものだった。というのも、灰色の都市の中で最も大きなこの街とは互いに共鳴しあうところがあったからだ。

毎日が万聖節の趣を見せているブリュージュの街路の灰色の醸し出す憂鬱な気分ときたら!(他都市の商業化が進み、宗教が力を失ってゆくなかで、様々な要因で衰退してゆく宗教都市・海運都市ブリュージュの)修道女たちの被り物の白と、聖職者たちの法衣の黒、つまりこの街の通りを絶えず行き来しているうちに、その白と黒が広がり浸透して出来た灰色ではあるまいか。半ば喪の時がいつまでも続くこの灰色の神秘!(中略)

(ブリュージュでは)霧がいつまでも晴れないでいるかのようであり、北国の空のどんよりとした陽光、河岸の花崗岩、鐘の音の節回しやらが合わさって、空気の色合いに影響を及ぼしていたのだ――それにまた、老いさらばえたこの街では、過ぎ去った時が積もらせた死灰、歳月という砂時計の塵が溜まって重なり、あらゆるものにその沈黙の働きかけをしているかのようであった。

そうした理由から、ユーグはこの街に隠遁する気になったのだ。自分に残っている最後の気力を微かにでも感じ、その永遠に積もる微小の塵埃にしっかりと埋もれ、身動きできないまでになって、その街の色である灰色を自分の魂も帯びるようになろうと。
(ローデンバック「死の都ブリュージュ」)

コルンゴルトも、また、悲劇的な運命を辿った作曲家であり、彼の音楽を聴いていると、彼の悲劇が思い出され、滅びを描いたローデンバック好きということで自身と重なるように感じるところがあり、僕は彼の音楽がとても好きです。20世紀前半のクラシックとして彼のクラシック曲は名曲揃いだと思います。もしご興味ありましたら、どうかご一聴(ローデンバックの「死の都ブリュージュ」を原作としたコルンゴルトの歌劇「死の都」はDVDが出ておりますのでご視聴)お勧め致します。

僕も、頭側の左の頭痛が治らず、生活困窮と心身の不調で精神的に参っており、何もかもが無の空虚のように感じ、悲しいです。これからどうやって生きてゆけばいいのか、非常に不安です。孤独な死を描いたコルンゴルトの名曲「挽歌」を最後にご紹介致します。

コルンゴルト作曲、クリスティーナ・ロセッティ詩、別れの歌作品14

「挽歌」

私の墓の上には薔薇や糸杉ではなく、雑草が生えるでしょう。
私は夕暮れの薄明かりのなかで、静寂に眠るでしょう。
貴方は私のことを思い出してもいいし、忘れてしまってもかまいません。

参考作品(amazon)
墨東綺譚
海潮音―上田敏訳詩集 (新潮文庫)
コルンゴルト:組曲 作品23,シュミット:五重奏曲
コルンゴルト/ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.35(紙ジャケット仕様)
Rendezvous With Korngold: Songs & Chamber Music / von Otter, Forsberg, et al
コルンゴルト:歌劇「死の都」 [DVD]
ローデンバック集成 (ちくま文庫)
死都ブリュージュ (岩波文庫)
とんでいけ海のむこうへ

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血圧が下がらず暗い気持ちです。感慨深い音楽アルバム「シュピルマン:オリジナルレコーディング」

シュピルマン オリジナル・レコーディング

血圧が下がらず、高血圧症のゾーン(最高血圧140以上、最低血圧90以上)をいったりきたりしている形で気持ちが重いです。あまり明るい音楽を聴く気にならず、先のムター「シベリウス:ヴァイオリン協奏曲」と同じく、今回もしっとりした沈うつなクラシックアルバムをご紹介させて頂きたく思います。

今回ご紹介させて頂こうと思いますのは、ただいま聴いているアルバム「シュピルマン:オリジナルレコーディング」です。このアルバムは、ユダヤ系ポーランド人の名ピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンが弾いたピアノ録音セレクションアルバムであり、ナチスの将校ヴィルム・ホーゼンフェルトに聴かせたことで彼の命を救ったショパンのノクターン第20番嬰ハ短調遺作の録音(1948年の歴史的音源)も入っております。

僕はロマン・ポランスキー監督の映画「戦場のピアニスト」を観て、その後、シュピルマン自身が綴った原作ノンフィクション「戦場のピアニスト」を読み、その後、初めてこのアルバムを聴いたので、聴くたびにとても感慨深いものがあります。ライナーノーツより本盤解説文引用及び、映画監督ロマン・ポランスキーの言葉を引用致します。

このCDの音楽はウワディスワフ・シュピルマンの生き血に等しい、と言うことはただ言葉の上だけの比喩ではない。このポーランドの作曲家・ピアニストがホロコーストから奇跡的な生還を果たせたのは、まさに音楽全般、とりわけこのCDに収録された音楽(ショパンのノクターン第20番嬰ハ短調遺作)のおかげなのだ。(中略)

1939年9月23日にドイツがワルシャワに侵入し、折りしもシュピルマンがショパンのノクターン嬰ハ短調を演奏中だったポーランド放送のスタジオにも爆弾が投下され、シュピルマンの音楽活動は中断を余儀なくされた。しかし、戦争の勃発によって当然、生活の変化を強いられたにもかかわらず、シュピルマンは決して音楽を捨てようとしなかった。彼の(作曲した)「ピアノと管弦楽のためのコンチェルティーノ」はワルシャワのユダヤ人居住区で苦難と困窮の時代を過していた1940年代に作曲されたものだ。シュピルマンは何度か強制移送を免れている。一家全員が家畜用の貨車に詰め込まれてトレブリンカの強制収容所に送られそうになったときも、彼だけ奇跡的に救い出されて収容所へ行かずに澄んだ。

ワルシャワのアーリア人地区に逃げ込んだシュピルマンは、ポーランド人の友人達に助けられながらそこで長く苦しい隠遁の二年間を過し、ワルシャワ蜂起(1944年8月1日)の後も廃墟と化した街で孤独な暮らしを続けた。

戦争の末期に、シュピルマンはドイツ国防軍の将校ヴィルム・ホーゼンフェルトによって発見される。将校はひどく飢えたシュピルマンが隠れ家の調子はずれのピアノでショパンの嬰ハ短調のノクターンを弾くのを聴いて彼の命を救う。

1945年にシュピルマンはポーランド放送の音楽監督として活動を再開したが、その時も、六年前に職場を離れた時と同じ、ショパンの嬰ハ短調のノクターンを演奏して放送を始めたのだった。シュピルマンは、廃墟に身を隠しながら、それまでに演奏したあらゆる曲の一つ一つ、小節の一つ一つを思い出すことで苦難の歳月を生きのびた。その意味でこのCDは、音楽が持つ力と一人の人間の生きようとする意志の証なのである。

ロマン・ポランスキー
「『戦場のピアニスト』のはじめの一章を読み終えた時点で、私はこの作品を映画化しようと思った。」
(「シュピルマン:オリジナルレコーディング」ライナーノーツより)

本盤は全体的に録音状態があまりよくなく、音が割れたりノイズが入っております。演奏のレベルは無骨な感じで、一流ですが超一流というほどの演奏ではないです。ルービンシュタイン、ホロヴィッツ等超一流の世界最高レベルのピアニストには匹敵できない、演奏中、ノンレガートではないにも関わらず、レガートがゴツゴツしている部位がある感じです。クラシックアルバムとして多少凡庸なところのあるアルバムです。

けれど、歴史的なことを思うと、僕は先にロマン・ポランスキーの映画「戦場のピアニスト」を見て、シュピルマンの「戦場のピアニスト」も読んでいたので、この演奏がナチスドイツの将校(ホーゼンフェルト)の心を動かし、彼(シュピルマン)の生命を救った演奏かと思うと、とても感慨深く、その点において、僕にとって名盤と言えるアルバムです。

本盤は、本盤単体として聴くと、それほどお勧めしかねるアルバムですが、映画「戦場のピアニスト」を視聴したお方々やノンフィクション「戦場のピアニスト」を読んだお方々にはとてもお勧めのアルバムです。実話(ノンフィクション)の映画ゆえ、フィクションとして作られた映画のサウンドトラックとは比較にならない感動があります。戦場のピアニストを観たお方々、戦場のピアニストを読んだお方々にお勧め致します。

頭の左側の頭痛がずっと酷く治らず、動脈硬化とかなのかなと思います。心身共にたいへん辛い状態であまり更新できず申し訳ありません。皆様方にご健康とご平安があることを心から願っております。

参考作品(amazon)
シュピルマン オリジナル・レコーディング
戦場のピアニスト
シュピルマンの時計
戦場のピアニスト [DVD]

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血圧が下がらないです。悲痛な悲劇的ヴァイオリン音楽の名盤、ムター「シベリウス:ヴァイオリン協奏曲ニ短調作品47」

シベリウス/ヴァイオリン協奏曲ニ短調

昨日、血圧計を買って測定したことを書きましたが、その後何度か測定したんですが、常に最高血圧が140〜130前後、最低血圧が90〜80前後で血圧が下がらず、絶望的な気持ちです。高血圧と関係あるのか不明ですが今現在頭の左側前の頭痛が酷く床に入ってもどうしても眠れず、起きて血圧を測定した後、この文章を書いています。

数多あるクラシックの曲のなかでも最も悲痛な悲劇的音楽の名曲盤と名高い「シベリウス:ヴァオリン協奏曲ニ短調作品47」ムター盤を今聴いております。これは、シベリウス作品のなかで最も悲劇的で悲痛と悲哀に満ちているといわれるヴァオリン協奏曲ニ短調作品47の決定盤といわれる名盤で、amazonのカスタマーレビューにもありますが、あまりにも音が美しく澄みきっていて、聴いていても身体に負担が掛からず、悲哀に満ちたこの曲を繰り返して何度でも聴けます。暗い気持ちの時のBGMにべストな曲だと僕は思います。リアルタイムで聴いておりますが、例えようもなく澄み渡ったとても美しい名演奏です。本盤CDジャケット帯より引用致します。

悲哀に満ちたシベリウスのヴァイオリン協奏曲。ムターの多彩な音色は、この大傑作である協奏曲に深遠なる奥行きを与えています。その響きは、時には華麗さや美しさを超越し、人間の悲喜こもごもを歌い上げるかのように、真実だけをみつめる厳しさや強さを秘めています。プレヴィン・ドレスデン国立管弦楽団との初競演によるムター久々の協奏曲録音。ヴァイオリン界の女王として君臨してきたムターが歴史的巨匠として記憶されることを位置づけられる一枚です。
(ムター「シベリウス:ヴァイオリン協奏曲ニ短調作品47」)

まさに上記の帯ジャケットの文章が本盤に関しては全てを言い表しており、僕は大量のクラシックCDを聴いてきましたが、その中でも本盤は20世紀、21世紀の名盤として語り継がれ、聴き継がれてゆくであろう、シベリウス:ヴァオリン協奏曲ニ短調作品47の決定盤だと思います。

また、本盤の白眉はメインの演奏曲であるヴァオリン協奏曲ニ短調作品47ですが、この曲は全曲が32分ほどなので、他にいくつかの小品ヴァイオリン曲(二つのセレナーデ第一番第二番、ユーモレスク第一番)がカップリングされています。ヴァオリン協奏曲ニ短調作品47ほどではありませんが、これらの小品もなかなかの名演奏であり、全体としてクラシックの極めて高度なクオリティの名盤、歴史的な名盤といって良いアルバムであると思います。

クオリティの高い、悲痛と悲哀に満ちた美しいヴァイオリン音楽を聴きたいお方々にお勧めする名盤です。ずっとくり返し聴くことが全く苦にならない、それどころか美しくていつまでも聴いていたいと思わせてくれる名盤、メロディが良い意味で冷ややかに澄みきった美しい音楽アルバムですので、ずっと演奏させておくBGM(背景音楽)などにも適したベストなアルバムと思います。自信を持ってお勧めできる歴史的にレベルの高い演奏のアルバム、お勧め致します。

参考作品(amazon)
シベリウス/ヴァイオリン協奏曲ニ短調

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