2009年03月

2009年03月22日 20:42

おとぎ話/忘れられた調べ~メトネル作品集

先のことで、非常に心痛が酷く、心が重く暗くて苦しいです。心の苦しみが重く晴れません。これまで野党が共同で出した社会保障案を悉く握りつぶしてきた自民党政治がこのまま続けば、死んでしまう可能性が極度に高いので、辛いです。一日も早い政権交代を望みます。現在の状況では生活が困難です。

結局のところ、論争になるとアフィリエイト収入が低下するので、ギフト券とアフィリエイトでなんとか生きのびている僕のような貧しい人間(失業者・ルンペンプロレタリアート)は、インターネットでもブルジョワジーに比べて大きく不利な立場にいるわけで、色々なことを考えるたびに絶望的で、苦しくて口の中が苦いです。

なんで富裕層は貧困層を痛めつけ、苛め抜くのか分かりません。自らの富の利益のためなら、どれだけの人々が貧困で喘ぎ苦しもうとも、構わないというのでしたら、それは倫理的に誤っています。金融危機の起きた最大の原因の一つは、世界中の金融業界のモラル・ハザード、金儲けの為なら人々が苦しもうがどうなろうが何をしてもいいというモラルの崩壊にあり、それは市場経済を最優先する新自由主義が根底にあることをスティグリッツ、アマルティア・センらが指摘しています。アジア通貨危機のくり返しです。アジア通貨危機では、金融業界のモラルハザードが指摘されましたが、アメリカを中心とする政財界は、通貨危機を引き起こした金融業界を擁護し、市場経済を最優先する施策を取り続けました。その結果、全世界に格差と貧困が広がり、世界金融危機によって人類は歴史的な危機に立たされています。

モラルのない自由取引市場は人々が自らの利益のためなら他の人々を傷つけても構わないという意志で行動するので、放置すると崩壊するというのは、既に昔から指摘されており(公共性を重んじるケインズ経済学へ繋がります)、そのために様々な市場への公的介入が導入されました。市場への公的介入は、人々を傷つけても儲けようとする人間のエゴイズムを制限して、より多くの人々を守るためにあるのです。

しかし、それらの介入が経済活動にマイナスの影響を及ぼすこともあり、それは極めて慎重に微妙に調整して行かねばならないことなのに、新自由主義(ワシントン・コンセンサス)の元に、いきなりありとあらゆる規制が取っ払われ、金融業界が狂ったように世界中を飲み込んで破裂し、世界中で急激に格差と貧困が広がりました(スティグリッツ)。ごくごく少数の富める者のみが栄え、その他大勢の人々が没落してゆく悪夢の時代になり、金融危機によってついに最終的な崩壊がきました(世界金融危機)。

もはやどこの自由市場も需要は生み出せないので、このまま新自由主義を継続するなら、需要創造の為には、戦争しかありません。僕は新自由主義を継続させるための馬鹿げた最悪の戦争に絶対反対です。戦争を起こさずに世界経済をソフトランディングさせるには、新自由主義ではなく、富を再分配して需要を喚起する福祉国家路線へのチェンジが必要だと思います。既に現在、世界各国がその方向に動いています(米・欧州等の世界各国、いまだ新自由主義を掲げる日本を除く世界各国です)。

以前、日本の累進化税率は、所得税と住民税を合わせて最高税率85%でした。今では、所得税と住民税を合わせても最高税率50%です。逆に、消費税という逆累進性(富裕層に有利で貧困層に不利な税制)を持つ税制が導入され、金融危機が起きる前、日本の景気が回復しているといわれた頃ですら、日本のジニ係数は上昇し続けています(2000年から2005年で大幅に上昇)。2010年度の調査ではジニ係数が1へ向かって跳ね上がっていると思います。

ウィキペディア「ジニ係数」
ジニ係数 (Gini coefficient, Gini's coefficient) とは、主に社会における所得分配の不平等さを測る指標。ローレンツ曲線をもとに、1936年、イタリアの統計学者コッラド・ジニによって考案された。所得分配の不平等さ以外にも、富の偏在性やエネルギー消費における不平等さなどに応用される。係数の範囲は0から1で、係数の値が0に近いほど格差が少ない状態で、1に近いほど格差が大きい状態であることを意味する。ちなみに、0のときには完全な「平等」つまり皆同じ所得を得ている状態を示す。(中略)

日本のジニ係数は、当初の高齢化によるとされる急激な上昇分を社会保障の再分配によってほとんど吸収してるが、十分ではなく税による再分配が弱まっているために、ジニ係数の上昇を早めている。原因として、中間所得層に対する税率が OECD 各国に比べて低すぎること、労働年齢層に対する社会保障が少ないことが明らかにされ、養育に対する支援も少ないことで子育て世帯の貧困率を高めている可能性があることが指摘されている。

ジニ係数が0.5越えとかいったらそれはもう相当な封建的腐敗国家(富の再分配機能を失っている階級制度国家)なんですが、自民党がこのまま新自由主義政権(現麻生与党政権は小泉新自由主義路線の流れを引き継ぐ新自由主義政権です)を運営して現状維持(富の再分配否定路線)を走り、富の再分配を強固に拒否し続ければ、0.6とか0.7とか2010年度の日本の調査でジニ係数が到達するんじゃないかと思います。そのときは、貧しい人々は生きのびていることが困難です。生活保護はどんなに困っていても受けるのが難しいため(僕は跳ねられました。65歳以下だと労働稼動年齢とみなされそれだけで跳ねる対象になります)、自殺や飢え死にする人々が急増すると思います。

スティグリッツ始めとして今現在のあらゆる経済学者・専門家達が主張していますが、貧富の差(所得格差)が開きすぎると、需要が低迷するため、景気が慢性的な不況になって回復できなくなります。新自由主義は、この観点を完全に抜かした「資本家の為の資本家による資本家保護の政策」なので、結果的に自滅する(労働者層の消費を貧困によって全滅させることで、市場自体が負のスパイラルに陥る)ことが、金融危機前から指摘されており、金融危機によってそれが理論ではなく、実証された形です。

新自由主義の失敗(新自由主義は格差と貧困を増大させ、そして市場が暴走し市場自体を自壊させる)が明らかになったことにより、いまだに新自由主義の枠内で経済をやれば人々が豊かになるとか言っている人は、多少なりとも真っ当な経済学者や経済アナリストには僕の知る限り誰もいません。かの竹中平蔵氏すら、新自由主義は人々を豊かにするという学説が既にトンデモ学説になってしまったので、新自由主義のメリットを、国際競争に勝ち抜くには新自由主義でコスト削減しかないという、国際競争の為の新自由主義に話をすりかえています。

しかし、世界中が新自由主義から内需喚起の福祉型に転換しており、アメリカすら、オバマ大統領の元、高額所得者への税率を引き上げて再分配を手厚くする福祉国家型の政策を打ち出しています。いまだに、新自由主義施策を唱え続けているのは、世界各諸国の中で日本ぐらいです。他の国なら民衆の反乱が起きてもいいんじゃないか、最低でも大規模デモが起きていいんじゃないかと思うレベルですが、大勢の日本人はずっと耐えています。

もういい加減、人々を苦しめるだけの与党政治、新自由主義、自由市場原理主義には幕を引くべきです。自由市場単体自体には自浄作用も富の再分配機能も備わっていないので、自由市場単体を優先して走らせれば(新自由主義・日本現与党自民党の考え方)、自由市場は暴走して自壊し大勢の人々を貧困に巻き込みながら崩壊します。世界中で新自由主義との決別が行われているのにも関わらず、日本だけが新自由主義をやり続ければ、日本は衰退しながら、世界中を貧しくさせる元凶国として世界諸国からバッシングされるだけの国家になるでしょう。

僕は生活が苦しくて、非常に、辛いです。僕が死んだ後、猫のことが心配です。ジニ係数を増大させ(格差・貧困を増大させ)、中間層を没落させ、僕のような最底辺の貧しい人間を死に追いやるこの社会システム(新自由主義)は確実に間違っていると実感を持って心から思います。

明るい気分だったときは、以前のような明るい音楽を下記のようにご紹介できたのですが、そういった気分ではなく、とても重く苦しい気分です。下記について、評価して頂き嬉しく、感謝致します。

自由なお勧めクラシック「The Original Hooked On Classics Collection」ドゥダメル「フェイスタ!」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/765289.html


ただ、今は非常に重い苦しい気持ちで、うつ状態が酷い状況なので、明るい音楽はご紹介できそうになく、暗く美しい音楽をご紹介させて頂こうと思います。ロシアのショパンと呼ばれるメトネルの作品です。ショパンと同じくピアノ作品のみを丹念に創り続けたメトネルは「ロシアのショパン」「遅れてきたロマン主義者」などと呼ばれましたが、僕はメトネルとショパンは決定的に違うところがあると思います。

その違いは、メトネルの方が、圧倒的にショパンよりも暗く、厳格で、そして悲劇的です。古典派の様式を重んじながらも、絶望的な不穏のニュアンスを持つ新古典主義に近づいている旋律が数多くあります。ショパンの叙情的なメロディにはなんともいえない秋空のような美しさがありますが、メトネルのメロディは、聴いていると悲しくなってくる冬空のような感じです。メトネルのピアノ曲は「メランコリック(憂うつ)の音楽」とも言われます。ショパンにポーランドの秋を思わせるところがあるとすれば、メトネルにはロシアの冬を思わせるところがあります。とても美しく、そして暗く内省的な曲の数々を彼は作曲しました。ライナーノーツより引用致します。

メトネルの作品にはロマンティックな興奮と鋭い感性が厳格な知性と結びつき、どこかで理性的な厳しさを志向している。それは時として率直な完成の出口を見失い、内側へと向かいつつより複雑な表現の方法に至ったのではないかと想像できる。そのことはより、「忘れられた調べ」作品38などに顕著に現われているといえるだろう。

第一曲目に収録された作品20の1の「おとぎ話」を聴いて、まずその楽曲の美しさに心奪われることだろう。メトネルの作品に共通するその典型的な響き、美しさがここに集約されている。(中略)

メトネルは「ロシアのショパン」で、若干の歌曲と室内楽曲を除けば、ピアノ曲しか残さなかった。(中略)最も個性的なのは本人の命名による性格的小品「おとぎ話(スカースカ)」である。その多くはロシア民話を題材に匂わせるが、必ずしも具体的な表題は付されておらず、むしろこれらは作曲者本人の心の内面を映し出しつつ、ロシア人の豊かな情緒の世界を独特の語り口で歌い上げたものと言えよう。本盤の前半はこの「おとぎ話」を七曲取り上げている。
(メジューエワ「メトネル:おとぎ話/忘れられた調べ メトネル作品集」ライナーノーツより)

メトネルの曲の美しさは僕個人的には、ショパンにも引けをとらぬ美しさだと思うのですが(ライナーノーツにその美しさが特筆されているように、メトネルのピアノ曲は端正でとても美しいです)、ショパンのように世界的にヒットするに至らないのは、やはり全体的に暗いメランコリックなところがあるからかなと思います。ただ、それでも、とても美しい音楽で、気持ちが重くて床に伏せっているときなどはときどき聴いている、僕の好きな音楽です。

メトネルのアルバムの代表的なものと言えば、先のライナーノーツのアルバム、メジューエワ「メトネル:おとぎ話/忘れられた調べ メトネル作品集」でして、これは僕が確か7、8年くらい前買ったとき3000円だったのですが、今さっき、amazonで見たら1000円になっていて驚愕しました。海外盤並の安さで、しかもメトネルの最も美しいとされる代表的な作品揃いなので、皆様方にお勧めできる、メトネルのべスト・アルバムであると思います。

このアルバムを聴いて、メトネルの音楽をもっと聴きたいと思ったお方々には、メトネルのピアノ・ソナタの全集が海外盤にてでております(Nikolai Medtner: Complete Piano Sonatas; Piano Works [Box Set] )。こちらの方も僕は聴きましたが、とても良いです。メジューエワの素晴らしい演奏と同じく、ハーミッシュ・ミルン(この全集は基本的にほぼミルンの演奏です)がとても素晴らしいピアノの響きを聞かせてくれます。アムランの全集(Medtner: Complete Piano Sonatas, Forgotten Melodies / Hamelin [Box set] )も聴いて、世界的な評価としては全体としてアムランの方が高いです。ただ、あくまで、僕一個人の好みとしては、ミルンの方が好きです。アムランの方がダイナミックで力強い演奏なので、聴くのに気力が要ります。

ただ、世界的評価はアムラン盤の方が高いので(値段もアムラン盤が1000円高いのみです)、より純粋に音楽的なクオリティを重視するというお方々には柔らかいぼんやりした感じのミルン盤より、メトネルの旋律が極めてはっきりとした技巧の優れたアムラン盤の方がいいかも知れません。

僕個人としては元気のないときにメトネルを聴くので、気力がいるアムランよりも、柔らかく静かに弾いているミルン盤を好んでいます。ただ、アムラン盤がミルン盤かというのはどうしても個人の好き好きの問題が出てくると思います。世界的評価としてはアムラン盤です。

メトネルを十八番とするピアノスト、メジューエワのメトネル演奏もとても優れているんですが、彼女は全集boxとかまだだしていないと思われるので、これからに期待するピアニストです。メジューエワのメトネル作品は作品集1〜3(これが以前3000円だったのが、先にご紹介した1、そして2が1000円に下がっておりますので、3もそのうち1000円になるんじゃないかと思います)のみかと僕の知る限りでは思います。もしメジューエワが全集や他のメトネルアルバムを出していたらごめんなさい。病気になって失業してから一時期完全に動けず、音楽情報にも疎くなっており、近年の音楽シーンが分かりません。

最後に、僕は失業していて収入がギフト券とアフィリエイトのみなのですが、最近は不景気の影響か、一日の収入が百円〜二百円にて生活苦しく、どうか、ギフト券、アフィリエイトのお買い物の御用などでご慈悲を頂けますと、心から深く、とても感謝致します。最後がたびたびこのようになり、本当に申し訳ございません。誠に申し訳なく、辛く思っており、申し訳ありません。

メジューエワのメトネル第一集「メトネル:おとぎ話/忘れられた調べ メトネル作品集」の一曲目のおとぎ話作品20-1はまだメトネルを聴いたことのないお方は驚くほど美しい(僕は始めて聴いたときその美しさに驚きました)ので、ぜひ、ご一聴お勧め致します。特にクラシックにおいてショパンがお好きなお方ならば、きっと美しさに心打たれると思います。メトネルは透明な氷で造形したショパンの曲のようです。それはとてもクリアに美しいです。

参考作品(amazon)
おとぎ話/忘れられた調べ~メトネル作品集
メトネル:作品集(2)
メトネル作品集(3)エレジー
Nikolai Medtner: Complete Piano Sonatas; Piano Works [Box Set]
Medtner: Complete Piano Sonatas, Forgotten Melodies / Hamelin

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不思議な少年 (1) (モーニングKC (772))
不思議な少年 (2) (モーニングKC (824))

このようなエントリは本当は書きたくないので、皆様方には出来ましたら、前回の明るい気持ちで書いたエントリの方を読んで欲しいです。

朝日新聞2009年3月21日「電子の歌姫・初音ミク」ランク入り「電子の歌姫チャートイン」朝日みっくみく新聞。お金あったら猫を獣医さんに連れて行ってあげたいです。山本英夫「ホムンクルス」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/766010.html


高橋直樹氏の酷いやり口に参っております。高橋直樹氏は、僕とは関係ない人の彼に対する発言を、勝手に僕の唱えている共有贈与モデルと結びつけて、共有贈与モデルは『今いる弱者が勝ちあがるためならこれから増える弱者は氷の心で切り捨てろと。それ、お前らの嫌う意味での最悪のネオリベと何が違うんだよ。ただの銭ゲバじゃねーか。被害者は嫌だから加害者に回るって宣言に過ぎないだろうが。善意の共有贈与モデルとやらとも矛盾するんじゃないのか?』とか酷い言葉を投げかけてきております。

僕が以前から述べているのは、法治主義による公正(フェア)な政治であって、人治主義的(恣意的)な政治には反対しております。どのような立場・思想であれ、貧しくなったら皆で救う、そこに決して差別がなく、公平に救う、それが日本共産党などが求める法治的に公平なセーフティネットの理念です。新自由主義を掲げる高橋直樹氏が万が一、生活が凋落したら(実際は資本のある彼らが凋落する可能性は極めて低いと思いますが)、それを僕のような、生まれもって貧しく、ずっと派遣で暮らしていた人間と同じように救うのが、セーフティネットです。各個人の思想や前の立場で人を恣意的に判断する人治主義的な対応は不公平であり、法治的公平からみて決して許されないことです。

僕の支持する日本共産党を始めとして、野党はずっとセーフティネットの実施を求めていますが、それを拒み続けているのは、高橋直樹氏が支持する新自由主義政策路線を続ける現与党自民党です。彼らは人治主義的な政策、恣意的な判断を行います。僕も法的には生活保護が本来受けられる筈なのですが、生活保護に関する最終的な判断の在り方が極めて曖昧になっており、現実はホームレスになって路頭に迷わないと生活保護は受けられない状況です。そのような状況ですら、受けられるか分かりません。構造改革により厚生労働省が社会保障削除の通達を行い、各自治体はそれに縛られている状態です。

高橋直樹氏は、典型的な差別主義者の論法と同じこと、「黒人の中には犯罪者もいる、だから黒人は差別するべきだ」というような、典型的な詐術の論法を使っております。これは、非常に最悪な詭弁論法です。

8.2.2.5.範疇(カテゴリー)の虚偽(英category errors)
http://garyoan.hp.infoseek.co.jp/logic.14.htm
これは全体が部分の総和にすぎないと考えることから生じる虚偽の総称である。
例:ジョージ・W・ブッシュは好戦的だ。なぜなら、彼はアメリカ人だからである。

 この例のような説明はアメリカ人というカテゴリーに言及しているだけで、それではなぜある人物がアメリカ人なら好戦的だといえるのかという肝心な点については何の説明もない。

『ジョージ・W・ブッシュは好戦的だ。なぜなら、彼はアメリカ人だからである。』

上記が明らかな誤りであることは、誰にでも分かると思います。アメリカ人には他のあらゆる諸国の国民と同じく好戦的な人も平和的な人もいるでしょう。僕は、新自由主義の過ちを唱え、原則的に貧困者を苦しめて社会全体を貧しくさせる(中間層を没落させ、貧困者にチャンスを与えないことで世界を階級化するワシントン・コンセンスを基底に持つ)新自由主義体制からのチェンジ、富の再分配を唱えるアメリカ人の経済学者スティグリッツを尊敬しております。スティグリッツ教授は新自由主義と戦争の親和性(格差と貧困を増大させ需要を低迷させ、結果、戦争で需要を創造する)にも触れております。新自由主義が持つ戦争への傾倒は「アメリカ弱者革命」が詳しいです。

雨宮処凛 たいせつな本
「報道が教えてくれないアメリカ弱者革命」
『米軍への勧誘にみる貧困と戦争の親和性』。
02年にアメリカで(軍事力強化の為に)成立した「落ちこぼれゼロ法」(就職先のない貧しい若者はみんな軍に入れることを目的とした法案、可決されて既に米国内で実施されています)は、「すべての高校生は、生徒の親から特別な申請書が提出されない限り、軍のリクルーターに生徒の個人情報(貧富の情報を含む学校側が持つ全個人情報)を渡さなければならない」とある。拒否した場合は政府からの助成金がカットされる。(基本的に政府=軍の要請を拒めない仕組みになっている)。生徒の携帯番号まで入手した軍は、(貧困層の)未来のない若者をピンポイントで勧誘する。(中略)

軍のリクルーター(リクルート部門の兵士)にもノルマがあり、ノルマをこなせない(競争業績主義で決められた人数の新兵をリクルートできない)と(無能なリクルーターとして懲罰的に実戦で投入される)歩兵隊に戻される。そうして戦場に駆りだされた若者が死んでも、国がつけた命の値段(遺族に支払われる慰謝料)は「一万二千ドル(約百二十五万円)」。運良く生きて帰っても、人を殺してしまったという罪悪感からアルコールや薬物に頼り、「壊れて」いく若者たち。帰還兵はPTSDに苦しみ、その一部はホームレス化している。(帰還兵は平均余命が短い)。

「大学費用を軍が出す」という話も、結局は(貧困層には用意できない額の)前金が必要だったりで、実際に軍から大学費用を受け取る兵士は35%、そのうち卒業するのはわずか15%。(残り20%はお金が払えなくなってやめざるえないか、軍との両立生活が負傷などで不可能になるか、戦死する)。

昨年、私はそんな「イラク帰還兵」の元米軍兵士と会ったが、彼は「アメリカでもっとも貧しく、もっとも教育を受けられない層が入るのが陸軍だ」と語った。

貧困から抜けれない若者達の姿は、日本ともだぶってくる。最近、ネットカフェ難民などを支援するNPOには自衛隊からの積極的なアプローチ(リクルート)があるそうだ。貧困と戦争の親和性を、この書は鮮やかに炙り出している。
(朝日新聞2月22日朝刊より)

新自由主義はテーゼ(根底)として自由市場最優先、社会保障の削減、小さな国家を求めております(ワシントン・コンセンサス)。そのテーゼに僕は反対しています。それに対して貧困層に人治主義を唱える人がいるから、貧困層が反対する新自由主義とはエゴイズムに基づいた最悪のネオリベであり、贈与共有モデルに反するなどというのは、詭弁による言いがかりです。

それを高橋直樹氏は、全て経済政治はネオリベ(新自由主義)の枠内で行わなければならない、自民党が勝とうが野党が勝とうがどちらもネオリベの枠内であることは変わらないという、自民党に一方的に有利なシニック(冷笑的)な態度、資本を持つ者、ブルジョワジーの論理をふりかざし、何が何でも新自由主義を正当化しようとします。新自由主義は富の再分配を出来うる限り否定するので、富の再分配を積極的に行う福祉国家(僕が求めているのはこちらです)とは対立します。

新自由主義は自由市場のみに優先権を持たせて市場へ介入して行う富の再分配を否定するので(ワシントン・コンセンサス)、必然的に累進課税の引き下げ、法人税の引き下げ、逆累進性を持つ消費税の導入など、富者にメリット、貧者にデメリットしかない方向に進みます。新自由主義社会では、資本を持つ者は益々富み栄え、資本を持たざる者はますます貧困化する格差の拡大が起きて、世界経済自体が貧しくなります(スティグリッツ、アマルティア・センら再分配派経済学者の意見)。僕もスティグリッツやアマルティア・センを支持します。

僕の支持している日本共産党は市場経済自体を否定していません。日本共産党の目指す福祉国家は、市場に適切な介入を行い、労働者を保護し、累進課税や法人税で富めるものから貧しいものへの富の再分配を積極的に行って、格差を是正して、富の一極集中を防ぎ、中間層及び貧困層、すなわち、日本の大勢の人々、九割以上の人々の生活水準を底上げします。これは回りまわって、富を再分配した富者の為にもなるのです。全体が底上げされることで、需要が拡大し、供給資本家たる富者自身にもその恩恵が及ぶからです。

また、人々が豊かになり、公共財が整備されることは、暮らしやすい社会になるということです。福祉国家は一握りの資本独裁者が他の人間を強力に支配する社会形態を目指す新自由主義、ワシントン・コンセンサスの目指す社会とは全く異なるものです。

今、世界を動かしている市場経済そのものをまるごと否定するような人々は、現実的な政治家の中には誰もいません。キューバのカストロ議長も市場経済を認めています(映画「コマンダンテ」)。日本において最も草の根福祉に積極的で、貧しい人々を無償のボランティアで懸命に地道に救っている日本共産党とその関連団体ユニオン等の人々を含めて、市場経済を全否定せよなどという人は誰もいません。

今の左派リベラルは、市場経済で世界が動いていることを認め、なおかつその中で、富の再分配をして世界を豊かにしてゆく路線(スティグリッツ、アマルティア・セン、北欧などの福祉国家、日本の左派リベラル政治勢力)を取っています。

自民党や高橋直樹氏が述べる、あくまで自由市場を最優先して公的介入を許さず、格差をますます広げて、1%の人が富の大半を所有し、他の99%はギリギリの状態で生きている貧困に喘ぐような社会(資本専制封建社会)は、左派リベラルが取っている福祉国家路線とは全く違うものです。今、どちらの道を選ぶかが問われています。

それを、市場原理の優先を目指すネオリベの枠内で政治を行えとか述べる高橋直樹氏の意見には、僕は反対です。僕は、福祉国家型に少しずつチェンジしてゆくことが、市場全体を豊かにし、世界中の人々全てを豊かにしてゆくと思います。元々、資本主義よりとされるケインズ経済学でさえ、自由市場を優先させると市場が暴走して(格差の拡大・需要低下・恐慌)破滅的事態が起きるから公的介入(富の再分配、労働者保護、失業者保護)が必要だと述べています。それを無視して自由市場に任せれば全て上手く行くという新自由主義、ワシントン・コンセンサスは歴史的な巨大な誤りであったというのが、現在の世界諸各国及び、世界の経済学の趨勢の判断です。

2009年の今現在、いまだに新自由主義にしがみ付いているのは、米共和党のチェイニー元副大統領や、日本では竹中平蔵氏といった、何を考えているのかよく分からない面々です。今、経済学の世界では、新自由主義を批判し続けたスティグリッツ、アマルティア・セン、ポール・クルーグマンなどが再評価され、新自由主義を掲げていた政治家や学者達は次々とその過ちを認めています。いまだに新自由主義を唱える一部の人々は、本当に心の底から、新自由主義が正しい、それは大勢の人々を幸せにすると本気で考えているのでしょうか。

僕は、新自由主義は、今、世界各国やあらゆる経済学者たちが口々に述べ立てるように、歴史的過ち、二度と繰り返してはならない、人類の歴史に刻むべき深い過ちだと思います。福祉国家型に社会が変革してゆくことが大切で、世界中の諸国が新自由主義の反省から、福祉国家型にスタンスを変更している中、財務省に操られ、今現在も新自由主義を押し進めている与党自民党は、なんとしても政権から落とさなくてはならないと思います。このまま自民党政治が続いたら、僕はまず100%死ぬ可能性が高く、また、僕以外にも、大勢の失業者、そして今年の三月で切られるさらに大勢の失業者、最低でも何十万、もしかすれば何百万もの失業者の命が危ないからです。

僕は、僕の命が生活困窮で危ないということもありますが、他の大勢の人々、今現在職を失っている人々、これから職を失う人々、そういった人々のことを考えています。そういった人々と連帯して、新自由主義体制を今のオバマ大統領率いるアメリカのように、欧州のように、他の海外諸国のように、終わらせてゆくことが日本中の多くの人命、そして世界中の多くの人命にとって大切なことだと心から思っています。それは、僕の利害を超越した想いです。

雨宮処凛
「(現在の日本社会は)仕事を奪われると同時に住まいも追われ、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされる。経営者は「国際競争に勝つため」と言いますが、あまりにも人命を軽視しています。

競走の挙句、一握りの人が儲けて、大多数は働いても食えない社会を目指すのでしょうか。企業は、非正規も労働者も消費者だということを忘れている。劣悪な雇用環境は、自身にはねかえってくることに気づくべきです。」
(朝日新聞2月25日朝刊)

また、僕は万人に平等な公正な法を重んじます。公平性を欠く人治主義的な意見には全く賛同しておりません。人治主義には完全に反対の立場なので、「お前ら」などの言葉で一緒にするのはいいかげんやめて頂きたいです。僕は人治主義には昔から反対しております。被害者・貧しい人々はどのような立場であれ、みな一律に公平に法的措置で救うべきだとブログにずっと書いております。高橋直樹氏が攻撃している人物の人治主義的な思想とは立場が違いますし、互いに関与も全くありません。

ただ、一致している部分といえば、現自民党体制は最悪であるという一点で、その点で選挙で自民党を倒せれば、それはそれで構いません(野党協調)。少なくとも先に高橋直樹氏が述べるような、積極的な富の再分配を否定し、社会保障費を削減し、最悪の銭ゲバで冷たい氷の最悪な政治を今現在行っているのは高橋直樹さんが支持される新自由主義政策路線をいまだに掲げている与党自民党だからです。自民党政治が続けば、僕自身も、これから増えてゆく失業者・貧困層も生き残れません。その点で、新自由主義者を明言する高橋直樹氏が貧困層の連帯の分断を狙って酷い詭弁を弄していることに対し、胸を痛めております。

高橋直樹氏のやり口、僕と立場の違う人の意見をさも僕の意見のように混同して、僕がブログで書いている贈与共有モデルを罵倒してくるのはおかしいではないですか。高橋直樹氏が攻撃している相手は贈与共有モデルの立場に対して意見表明していません。僕の主張しているデンマーク型の高福祉社会(共有贈与モデル経済)は立場思想がどうあれ、法律に定められた要件に従って貧者は救うという公平な法治主義の考え方で、世界中で失業者が増えている現在、欧州を中心に北欧の高福祉社会が見直されています。デンマークのような高福祉社会に人治的な要素は入り込みません。高福祉は高負担でもあり、それを納税者に納得して頂くには、法的な透明性と公平性が何より重視されるからです。法治主義と人治主義を勝手に一緒くたにされては困ります。余談ですが、新品のネットブックよりリサイクル中古PC(合法リサイクルPC)の方が安いです。

僕は今、生活が物凄く苦しく、こういった論戦的なことを書くと、前回のエントリのような、平和的で穏やかなことを書いている時に比べて、アフィリエイト収入が激減して生活が困窮するため、命を削って書いています。貧困者・失業者をメチャクチャな境遇に陥れているのは、スティグリッツやアマルティア・センが主張する公平な社会・富の積極的再配分社会を、無情に否定するシステム、すなわち新自由主義のテーゼ、ワシントン・コンセンサスです。新自由主義を支持しながら、貧困者が求める公平な社会は最悪のネオリベなどと訳の分からない非論理的な文章を書いてデタラメに決め付けるのはあまりにも卑劣だと思います。

本ブログにて平和的な文章を書いているときは、アフィリエイト収入が一日200円強〜500円弱ぐらいの収入がありますが、こういう論争的な文章を書くと、一日100円前後になってしまいます。とても辛い状況です。だから、高橋直樹氏には、今回のようなあまりに卑劣な言いがかり(僕と僕の支持する互いに持ち合って高めてゆくミクなどの贈与共有モデルと全く反対の立場を取っている人治主義、懲罰的処分に対して、それらが同じものとメチャクチャな混同決めつけをして罵倒してくる)はお願いだからやめて欲しいです。高橋直樹氏のメチャクチャな言いがかりを放置すれば、新自由主義と与党自民党を利するだけなので、放置もできませんし、こうやって反論するたびに生活がとても苦しくなります。

僕は、僕と同じような境遇の人々(失業しており、就職活動で落とされ、お金がなく、生活に困窮している)と、実生活(デイケア等)でもお付き合いがあり、メールでも、同じ境遇で困っていますというメールを頂いております。貧しい人々を救うのは、人治主義ではなく、法の理念、すなわち公平性に沿った法的救済です。貧しい人なら、それが自民党や新自由主義を支持する人物であろうが、僕のような日本共産党を支持する人物であろうが、公平に救うセーフティネットです。そのような法を日本共産党など左派リベラルの野党はずっと求めていますが、国会論戦を見ればお分かりになるかと思いますが、公平を求める法案は自民党に悉く却下されております。野党が出した無年金障害者一律救済案など、自民党の手によって握りつぶされており、僕のような無年金障害者は年金を受け取る事が出来ません。僕は障害等級3級ですが、無年金障害者で障害年金は一円たりともでないので、生活が毎日ひどく苦しくて辛いです。

精神障害者の無年金問題障害者年金受給状況を通して
全家連年金問題研究会編
http://www.asahi-net.or.jp/~UV3K-KMGI/munenkin.html
課題
1.精神障害の場合、拠出年金の保険料納付用件を満たさず無年金になることが多い。障害の程度を評価する基準が精神障害の社会的ハンディキャップを正しく評価していないことが根本にある問題。
2.精神障害の特徴がただでさえも複雑な障害年金の請求手続きをさらに困難にさせ、当然の権利行使すら難しくなっていること。そこでは、ソーシャルワーカーなど医療、保険、福祉分野で働く関係職員の支援する力の弱さが目立つこと。その理由の一つとして権利擁護の視点で書かれた実用的な精神障害者用の年金の「解説書」がないこと。(中略)

3.障害年金制度改正へのとり組み
かつて老齢年金のために行われた保険料の特例納付などを用いての救済策も考えられる。国民皆年金制度の土台を支え、保険料納付の力の弱い人々を抱えた国民年金が、その対象とする人々の年金の受給要件を守っていけるような工夫とそのための制度改革が求められている。

お助けしてくださったお方に心から深く感謝いたします。昨日更新できず申し訳ありません。精神障害者保健福祉手帳3級が交付されましたので、受け取りに行っておりました。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/744707.html

近年、民主党始め野党が無年金障害者を一律に救済する案を出しましたが、それを強引に握りつぶしたのは新自由主義による社会保障削減、小さな国家を第一目標とする与党自民党と官僚(中でも財務官僚・財務族)です。

精神障害は、障害の発生時点の特定が難しいため、僕のような無年金障害者が大勢おり、僕だけではなく、みな、非常に生活の糧に苦しんでおります。現在、派遣切りで、障害者雇用が物凄い速度でクビを切られており、再就職の目処がつかない人々が大勢います。お金が完全になくなってしまい、先に挙げたように恣意的に運用されている生活保護を受けられなければ、野たれ死ぬしかないです。また、最悪のケースとして、多重債務者になり、闇金などに捕まってしまうケースもあります。そうなると、もう生命が自分の意志とは関係なく助かりません。

こういった新自由主義のシステムがおかしいから、おかしいと述べているのです。新自由主義のシステム内では貧しい人々は生き残れません。なるべく福祉コストを削減する方針の新自由主義で貧しい人を救えるなどというのはあまりにも日本の貧困の現場を知らないデタラメです。現在の生活保護、適用基準が各自治体の判定者に委ねられており、新自由主義に基づく恣意的な運用がされている人治的な生活保護ではなく、もっと公平な法治的な福祉国家の生活保護、公平なセーフティネットを求めているのです。そうでなければ生きのびられないからです。

生活保護が受けられなくて、ホームレスになってしまうケースはざらにあります。その場合、飢えて死んだり、自殺したり、犯罪に走って刑務所行きになったり、多重債務によって金融業者に捕まり、その後、行方不明になったりするケース多々あります。僕も切羽詰っていて、僕は法に違反するのは嫌なので、飢えて死ぬのかな、飢えて死ぬのは辛いから、入水自殺(きちんとした手順で行えば万が一助かる可能性のある首吊りと違い、決して助からない)の方が確実でいいかな、とか、自殺の方法を常に頭の片隅で毎日考えていて、すごく辛いです。

ホームレスになったら、万引きとかすれば、刑務所行きになって、生存はできるかも知れませんが、僕はそれがとても嫌なのです。だから、今の日本で、貧しい人々が尊厳を持って生きようとすれば、自殺するか餓死するかしかない。それがとても辛いから、このようなシステムを肯定する新自由主義は異常であると、実感を持ってずっと訴えているのです。それは尊厳とかそんな大層な言葉を使わなくても、貧しさのせいにして法を違反する(食料品を盗んだりする)ことが僕は大変自分の気持ちとして嫌なのです。だから、窮乏死するしかないし、いつもそれを考えています。僕の大好きな漫画「不思議な少年」の第二巻がソクラテスの章で、読んでいて大変涙が出ました。僕が死んだ後も、僕の文章が残って、それで、僅かでも、思いやりや優しさについて想ってくれるお方々がいらっしゃればいいなあと思います。

「なぜここから出ようとしないのです?出ようと思えば、あなたにはいろんな手段があるはずだ」

処刑直前のソクラテス
「そうさ、出れるよ。現にクリトン達があの手この手を使ってわしをアテナイから亡命させようとしている。ありがたいことだ。でもやだっ!!」

「なぜです」

「それが不正なことだからだ。わしはアテナイの法を犯すことだけはせん」

「この不安定な情勢下(法秩序が恣意的に運用されおかしくなっている)にあるアテナイの法に従うことは無意味なことと思いますがね」

「意味はなくともわしは引っ越しもせずにアテナイにおったんじゃから、仕方がない、死なねば。不正を行うことは理由がなんであれ、害悪であり、恥辱なのだ」

「その理屈を完成させるために、死刑を受けるのですか?簡単に言えば、バツが悪いと」

「あからさまに言うね、君も」

「嘘をつくことを知りませんので。僕に言わせれば、死刑を受けるのも逃げるのもこっけい以外の何ものでもない。だいたい死刑判決そのものがこっけいなんだから」

「ふぁっふぁっふぁっ、そりゃそうだ」
(山下和美「不思議な少年」)

この後、ソクラテスが死の受容をしてゆくシーンが大変感動的で、ぜひ読んで欲しいコミックスの一つです。全部でなくとも、第二巻だけでも読んで欲しい作品です。続き物なので、できたら第一巻と第二巻を読んで(前回挙げたホムンクルスと同じく第一巻は前ふりで、第二巻のソクラテスの章からが物語の本番であり、クオリティが抜群に良くなります)僕は読んでいてとても感動してぼろぼろ涙が出ました。お勧めのコミックスです。

(死を受容しているソクラテスに死を避けさせようと、主人公が超越的な能力を発揮して、ソクラテスに、ソクラテスの想像と全く違う、未来の世界の歴史(今現在生きる我々の歩んできた今の歴史)を幻視させる)

ヒトラー
「我々の正義と平和を守るためにユダヤ人・同性愛者・共産主義者は廃絶されねばならない」

ソクラテス
「?」

トルーマン
「我々の正義と自由を守るためには原爆の早期使用もやむをえない」

ソクラテス
「? ? ? ? なんじゃそりゃ」

ヤルタ会談席上
「東と北はよこせ。西と南はもらう」

ユダヤロビーがバックにいる政治家
「エルサレムはユダヤ人が神に約束された地なのだ 我々はイスラエルを承認する」

イスラム原理主義者
「聖戦だ」

ソクラテス
「ちょっと待て……
(ソクラテスが考えていた世界観と世界の歴史の在り方が全く)違う……
話さないか?意地や思い込みやプライドをとっぱらって
ただ……純粋に……思うがままを…」
(山下和美「不思議な少年」)

不思議な少年の第二巻は、読んでいて心底感動して涙が出たコミックでして、心から一読をお勧めします。ただ、突然第二巻から読むより、第一巻から読んだ方が、より感動的です。第二巻ソクラテスの章によって、ソクラテスの最後の生と死によって、時空を越える能力を持ち、シニック(冷笑的)でポストモダン的な超越者の視点を持っている不死の少年の心が人間的な熱情に動かされるターニングポイントになっております。本作は一読をお勧めできる優れた作品と心から思います。お勧めの作品です。

最後に、このようなことを書いてたいへん申し訳ないのですが、現在、生活に困窮しておりまして、ご余裕のあるお方々におきましては、どうか、ご機会ございましたら、ギフト券かアフィリエイトでお助けいただけるとたいへん助かります。心から感謝致します。生活困窮の度合いが激しく、現在、一日に百数十円しか収入がないので、生活を回すのがギリギリな状態です。このようなお願いをして、読んでくださっている皆様方に誠に申し訳ございません。本当にごめんなさい。

参考作品(amazon)
不思議な少年 (1) (モーニングKC (772))
不思議な少年 (2) (モーニングKC (824))
世界を不幸にしたグローバリズムの正体
世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す
世界を不幸にするアメリカの戦争経済 イラク戦費3兆ドルの衝撃
人間の安全保障 (集英社新書)
貧困の克服―アジア発展の鍵は何か (集英社新書)
経済学の再生―道徳哲学への回帰
格差はつくられた―保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略
暴走する資本主義
資本主義黒書 上―市場経済との訣別
資本主義黒書 下―市場経済との訣別
反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)
格差と貧困がわかる20講
格差社会の克服―さらば新自由主義
報道が教えてくれないアメリカ弱者革命

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神さまが…
ホムンクルス 1 (1) (BIG SPIRITS COMICS)

昨日、図書館で新聞を読んでいたら朝日新聞がみっくみくな大特集で、朝日新聞の一面(新聞紙の一番表になるところ)にミクのイラストが載っていて吹きました。be版(日曜版)などはかんぜんに朝日みっくみく新聞になっていました。アサヒコムの公式サイトと、スキャンした紙面です。

朝日みっくみく新聞(スキャン)
http://www5.ocn.ne.jp/~misuzu/mikumiku.html

朝日新聞社、YouTubeに「Channel ASAHI」開設
http://www.asahi.com/information/release/TKY200903160072.html

世界に広がる仮想歌姫「初音ミク」 新進クリエーターに迫る
http://www.youtube.com/watch?v=-K8MCg-YC7g

資金などは寄付金などでまかなう、共有・贈与モデル、リナックス型の無償持ち合いボランティアモデルの新しい音楽発信であることが、きちんと説明されていて、良い記事だと思います。朝日みっくみく新聞、GJです。共有を重視する日本共産党もみっくみくな共有モデル社会を目指しておりますので、日本をみっくみくにするためにもどうかよろしくお願いします。

自由なお勧めクラシック「The Original Hooked On Classics Collection」ドゥダメル「フェイスタ!」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/765289.html

僕が上記など、先日より書いた文章に、ミクの歌詞はみんな似たり寄ったりとか、批判がよせられていましたが、それは単にミク達ボーカロイドのワールドワイドな共有のマイナーな部分を知らないだけで、色んな多様な歌詞があります。その中で日本で人気がでるのに、POP系が多いだけで、本当にたくさん、色んな歌詞と歌があります。

また、PCに音が出ないことを書いたら、毎日ネットできる余裕があるならサウンドカードを買えばいいだろうという批判が来ていましたが、僕のPCは秋葉原の中古店で、19800円で買った中古PCで、音が出ないのに気づいたときは、保障期間の一週間が既に過ぎておりました。後、今ネットできるのは、アフィリエイト収入が毎月の通信費を上回っているから、ネットができているだけで、アフィリエイト収入が毎月のネット収入を下回ったら、通信できなくなると思います。今、失業中で、収入が、ご善意ある皆様方から贈って頂くギフト券と買い物して頂くアフィリエイトのみなので、借金して生活費を捻出しているので、生活費に余裕がありません。

もし、サウンドカードを買うお金があったら、猫を健康診断の為に獣医さんに連れて行ってあげたいです。今現在、猫はとても元気ですが(ごろごろ言ってます)、僕が失業する前は、定期的に獣医さんのところに健康診断に連れて行ってあげてたんですが、昨年失業してから、獣医さんのところに行っていないので、幸い、今は何事もなく猫は元気ですが、お金があったら、サウンドカードを飼う前に、獣医さんのところに連れて行って健康診断してあげたいです。

先の「PCの音源が壊れてるなら、サウンドカード買えばいいじゃない」、とか言われたときは非常にショックでした。お金がなくて困っているのにサウンドカードは買えません。どこのマリー・アントワネットかと思い(パンがなければケーキを食べればいいじゃない)、ブルジョワジーと、貧困層の断絶を凄まじく感じました。一人の貧乏人失業者障害者として、日本の体制の変革は絶対に必要なことだと思います。

収入も、やはり不景気の影響だと思うのですが、アクセス数とアフィリエイト収入は比例的な関係にありますが(アクセス数が多いほど、アフィリエイト収入が多い)、今年に入ってから、ユニークアクセス数が多くても(僕の場合、多いといっても最大500程度で普段が200ぐらいです)、アフィリエイト収入が減少するという事態が起きていて、社会全体が不景気になっているのをひしひしと感じます。僕自身もたいへん追い込まれています。

現在の状況はギフト券で毎月支援してくださるお方のおかげで、生活が持っている状態です。食費だけでなく、ギフト券で商品を買って、転売してお金を作ったりしています。ミクの「スパーセル」初回限定盤もそうですが、人気ある作品の初回限定作品を予約して未開封のまま売却すると、商品がそのままほぼ同額で転売できます。ギフト券を贈ってくださっているお方に心から感謝のお礼申しあげます。本当にありがとうございます。心から感謝を申し上げます。ありがとうございます。

また、アフィリエイトで嬉しかったのは、以前下記エントリでご紹介した田中ユタカさんの「ミミア姫」が売れていることで、自分の好きな作品が、自分の紹介を通して売れるのは、とても嬉しいことです。

マシンの歌姫、初音ミクとシェアの思想。田中ユタカ「ミミア姫」、人間の歌姫のお勧めエンヤさん。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/756543.html

僕の収入は一番最近のデータ(今週の金曜日のデータ)で、一日のアフィリエイト収入が百数十円しかありません。だんだん何もかも低迷してきています。一刻も早く総選挙をして、野党が勝利して、最低限の人間の安全保障が実施されることを望みます。僕は最も草の根の福祉に力を入れている日本共産党が伸びて欲しいです。

僕は借金と収入減少でいよいよ住む所がなくなってホームレスになったら日本共産党を頼ることになると思います、ただ、日本共産党の力にも限界があり(議員数が少ない・資金不足・人手不足)、全ての人を救えるわけではないので、僕もどうなるかわからず、どうにもならなくなる、野たれ死ぬかも知れません。

選挙の時は、実質、日本共産党が第一党になるのは残念ながら無理なので、日本共産党に票を投じないお方々も、どうか、新自由主義を掲げる自民党以外ならもうどこでもいいので、民主党でもどこでも、とにかく自民党以外の野党に入れて、自民党の新自由主義政策を止めて社会福祉削減施策を直ちに停止して、日本に住む国民の生存権を守って欲しいです。今の状態だと非常に厳しくて、ホームレス一歩手前です。

僕の好きな漫画に山本英夫さんの「ホムンクルス」があるんですが、この漫画は70万円と引き替えにトレパネーション(頭部穿孔)の人体実験を受けたカーホームレスの主人公が、感覚が鋭敏になることによって、人々の心身の歪みを視覚的なイメージとして見る能力を身につけ、苦悩の中で生きてゆく物語です(うつ病になってから漫画を買うお金や漫画喫茶に行くお金がなく、第六巻までの展開しか知らず、十巻まで出ている最近の展開がわかりません)。

この漫画の主人公は仕事(元外資系銀行員)に挫折してカーホームレスとして暮らしているんですが、僕は車を持っていないので、このままだとそのままホームレスになりそうです。

flower's lifeさん
http://www.geocities.jp/flowerslife2006/
奇跡の手術!?
http://www.geocities.jp/flowerslife2006/tre.html
さて、みなさんはトレパネーションという言葉を知ってるでしょうか?

「ああ知ってるよ」というあなた。あなたはこっち側の人間です。いらっしゃいませ。
知らないというあなた。正常です。おめでとうございます。

ではトレパネーションについて少し説明させていただきましょう。

トレパネーションというのは、簡単に言うと頭蓋骨に穴を空ける手術の事です。
トレパネーションの歴史は古く、中世の時代にすでに行われていた形跡があり、当時は鉄の細い棒と小槌で、
現代では電動ドリルで頭蓋骨を空ける手術が一般的です。

カーホームレスの主人公
「(ホームレスの)みんな、どうやって金を作ってるんですかねえ?」

ホームレスの先輩
「カカカカ。金なんてねえからプー太郎やってんだろうが。まあ、中にはカン潰したり、本集めたり、ダフ屋の並びやったりしてコツコツ金、作るヤツはいるけどよ、結局は雀の涙ほどよ」

主人公
「…ですよね」

「あとは自分を売るしかねえな」

「!?自分…?」

「戸籍とか臓器とかやな」

「!」

「いい買い手が見つかりゃ戸籍なんて70万円くらいで買ってくれるんだぜ」

「70万……」

「この中(ホームレスのテント)には何人もいるよ。世の中に存在していない人間が……」
(山本英夫「ホムンクルス」)

主人公は住処を失い(車をレッカー移動される)、70万の金に釣られて、トレパネーション(作中に注意書きが何度もありますが、頭蓋骨に穴を空けて頭蓋骨の強度を弱め、脳内細菌感染症などを引き起こす可能性のある非常に危険な施術です)の人体実験を受けます。

今、僕も70万に釣られて危険な人体実験を受けた主人公に近づいている状況で非常に危機的で、サウンドカードを買うとかそんな状況じゃないです。お金があったら、借金を返済して、猫を獣医さんに健康診断に連れていってあげたいです。

ホムンクルス、僕は六巻までしか読んでいないので、(うつ病になって失業する前から年収二百万円以下の派遣社員で、図書館に入らない漫画は新刊を買わずに、中古で百円になってから買っていたので、六巻までしか読んでなく、失業後はその余裕もないので、最近の展開は分かりません)、最近の展開は分からないのですが、山本英夫さんのホムンクルス、1〜6巻はとても面白く、クオリティが高い作品でした。皆様方にお勧めするコミックスです。

特に、社会システムの歪みに苦しんでいるお方々、心にお悩みをお持ちのお方々には、心に無数に響くものがある作品だと思います。僕が1巻〜6巻まで読んだ限り、心からお勧めできるコミックの一つです。

脳の世界さん
http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/brain/brain/32/index-32.html
「脳の中のこびと(ホムンクルス)」
2. ペンフィールドのホムンクルス
カナダの脳外科医ペンフィールドはてんかん患者の手術部位の決定に際し、ヒトの大脳皮質を電気刺激し、運動野や体性感覚野と体部位との対応関係をまとめた。図1は、ペンフィールドとボルドレイが彼らのデータに基づいて描いた「こびと」(ホムンクルス)である。この図では、ホムンクルスの体の各部分の大きさは、大脳皮質運動野の相当領域の面積に対応するように描かれている。その結果、体の形は相当ゆがんでいる。例えば、親指は大きく長く、顔や舌も異常に大きい。

主人公にトレパネーションを行った人物
「身体的な傷や痛みがホムンクルスになって見えるんではないんです。それによって抱えた感情や心の傷……あくまでも精神的な歪みがホムンクルスに変化して見えるということです」(中略)

主人公
「なぜ……なぜ(ホムンクルスとしてその人物の深層イメージが視覚化されて)化け物に見える人間と……(ホムンクルスが)見えない人間がいるんだ…?」

「うすうす気づいてるんじゃないですかあ〜〜?ホムンクルスが……自分自身だということを……」

「ああ……結局、連中の歪みは……俺の歪み(自分の心の傷と同じような傷を持つ人々と共鳴して、ホムンクルスを見ることができる)……」
(山本英夫「ホムンクルス」)

人々が苦しみながら息絶える歪みに満ちた競争社会ではなく、ほんのわずかずつでも、ゆのはなやARIAに描かれるような人々が思いやりを持って暮らせる協調型社会に、地域社会、日本社会、そして世界の社会が変わってゆくことを心底から深く僕は望みます。

頭が酷く痛かったのですが、どうしても外に行けず、一日寝込んでいました。クリスマスの聖なる贈り物としてお勧めの本について。ウィリアム・J. ベネット「魔法の糸」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/636924.html

日本共産党は、社会民主主義型の福祉国家を議会制民主主義、法の遵守によって成立させようとしている政党であることを、今この文章を書きながら、腹痛と空腹に悩まされている一人の貧民として、どうか様々な大勢の皆様方に知って頂くことを心から望みます。冷戦的な対立のバカバカしさをユーモアで昇華させた、世界の協調を訴えるシンシア・ライラントさんの見事な詩を最後にご紹介させて致します。

シンシア・ライラント「神さまが…」より

「神さまにはいとこがいる」

ルーシー
正式な名前で呼ぶなら魔王ルーシファ
みんなが彼を必要としたから
ルーシーはどんどん大きくなって
性格まで変えていった
ただ神さまはみんなが思っているほど
彼を嫌ってはいない
悪意などもっていたら
神になんかなれない
それどころか
ルーシーは
神さまにバットの振り方を教えたんだ
まあ 心がなごむほどのエピソードでは
ないけれどね
近所に暮らし
同じ場所をぶらつけば
親しくなるのは当然かも

それにルーシーは
何しろあの天地創造あたりのことを覚えている
数すくない話相手なんだ

もちろん神さまと彼は
それ以来別々の道を歩んだけれど
いつもおたがいを気にしていて
「あいつ(ルーシー)は今なにしている」
「神さまはどうしている」
と尋ねあって
本当のところを知っていた
どのみち親類なんだから当然といえば当然

神さまは今でも
ルーシーがこちらへ戻ってこないかと
思っているんだ

競争主義ではなく、みな世界の中で共存して生きている、存在していることを、皆様方に想って頂ければ、心から幸いです。

参考作品(amazon)
神さまが…
ホムンクルス 1 (1) (BIG SPIRITS COMICS)
ホムンクルス 2 (2) (BIG SPIRITS COMICS)
ホムンクルス (3) (ビッグコミックス)
ホムンクルス 4 (4) (BIG SPIRITS COMICS)
ホムンクルス 5 (5) (BIG SPIRITS COMICS)
ホムンクルス 6 (6) (BIG SPIRITS COMICS)
ホムンクルス 7 (7) (BIG SPIRITS COMICS)
ホムンクルス 8 (8) (BIG SPIRITS COMICS)
ホムンクルス 9 (9) (BIG SPIRITS COMICS)
ホムンクルス 10 (10) (BIG SPIRITS COMICS)
ゆのはな 通常版
魔法の糸―こころが豊かになる世界の寓話・説話・逸話100選
EXIT TUNES PRESENTS Vocarhythm feat.初音ミク
supercell (通常盤)
KEI画廊
メーカー非公式初音みっくす 1 (1) (CR COMICS DX)
ARIA The ANIMATION DVD-BOX
天野こずえ「AQUA」
天野こずえ「ARIA」
DVD「ARIA」
フィギュア「ARIA」
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2009年03月21日 15:04

The Original Hooked On Classics Collection [Box Set]
Fiesta

お気遣いしてくださる皆様方に心から深く感謝申し上げます。先のエントリのことでたいへん落ち込んでいましたが、励まされます。ありがとうございます。心から深く感謝致します。どうもありがとうございます。

ミクはクリエイターの同胞です。人々が活き活きと生き、マシンの歌姫と人間の歌姫が共存する社会について。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/763964.html


ニコニコ動画ユーザーのお方々にお勧めの動画をご紹介致します。

--Hasta Siempre, Comandante--
--ごきげんよう、コマンダンテ!--
チェ・ゲバラがキューバを去る際にカルロス・プエブラが創ったゲバラ賛歌。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm5929637

お楽しみ頂けると幸いです。この動画をみて、お気にいるところがありましたら、ぜひ映画「コマンダンテ」のご視聴お勧め致します。

僕がニコニコ動画を見ていて面白いなあと思うのは、理論なしに、自然に、椹木野衣さんの「シミュラクルの戦略」みたいな時空間が創生され常に無限にサンプリングされリミックスされ続けている無限のリミックスなところ、それが、資本主義とか、反資本主義とか、そういったルールティックなものとは無縁に自然に大勢の人々の間から創生されているところが、とても面白いと思います。「シミュラクルの戦略」の全文、ご紹介させて致します。

椹木野衣「シミュレーショニズム」より

「シミュラクルの戦略」

恐れることはない。とにかく
『盗め』。世界はそれを
手当り次第にサンプリングし、
ずたずたにカットアップし、
飽くことなく
リミックスするために転がっている
素材のようなものだ。
シミュラクルの問題を単なる
ノスタルジーの問題としてではなく、
新たな前衛を構成するための武器として
変形すること、あるいは
シミュラクルのデジャ−ヴュを
ある種のユートピアとむけて
唯物論的に提示すること――
それをここに示してみせよう。

「引用」ではなくサンプリング――たとえば「引用」がけっきょくは他者をいかにして自己に調和させるか、ひを綴りの自己表現の小宇宙に首尾よく配置するか、という問題だったようには「サンプリング」は引用しない。それは略奪だ。
1987年に大ヒットしたマーズの「ポンプ・アップ・ザ・ヴォリューム」は、それ自体、他者の音楽を略奪することによって成立しており、ミュージシャンとリスナーという二項対立のはざまに「第三者」という欲望の無法地帯を生み出した。マーズのこの曲はスター・ターン・オン・45・ピンツによって「パンク・アップ・ザ・ビター」という曲にさらにつくりかえられ、ふたたび大ヒットすることになる。しかもヒットすればするほど、略奪者の数は飛躍的に増加し、この曲は無差別無分別のガス状の欲望のごときものになってゆく。「サンプリング」とはそのようなものだ。そしてこの武装によってこそ、われわれは宮川淳のあのノスタルジーにつつまれた「引用の織物」のかよわき至福から決別することが可能になるのである。

「コラージュ」ではなくカットアップ――たとえばコラージュがいかに異質な要素を同一平面上に共存させようとしているにしても、結局のところそれは、箱庭的な予定調和を目指す表現者の趣味性を具体化する一方法といった感は免れない。これにたいして「カットアップ」では、「切り刻むこと」による偶然性が乱暴に導入され、むしろ当の表現者の意図を裏切るべく機能する。そこではかつて瀧口修造を中心として活性化したジャパニーズ・シュールレアリスムのごとき、空想を具現化する一手法としてのコラージュなどではなく、むしろそうした無意識的な空想の凡庸を爆破し、それら虚構の弱き『超現実』を、より強度を有した理不尽な現実に直面させることにある。
そう、ブライアン・ガイシンはかつて文学は絵画コラージュにたいして50年は遅れていると考えてカットアップを発明した。しかしそのとき彼は文学を絵画の次元に引き上げるどころか、じつはそれに少なくとも30年は先行することになったのである。

たとえばパロディとは、要約によってなされる、対象の本質直観にもとづいている。しかし、「リミックス」はけっして要約しない。それはひたすら反復する。レヴェル・ダウンしようがレヴェル・アップしようがかまいはしない――そこでおこなわれるのは盲目的なまでのひたすらな繰り返しである。しかし個々のヴァージョンそれ自体は、微細な差異を孕んだ反復しえない何ものかとして認知されることになるだろう。
ハウスミュージックに「ベスト・テイク」という概念は存在しない。それは無限にリミックスが可能な、原型を有さない膨大な量として現われる差異そのものといってもよい。「ベスト・テイク」が存在しない以上、それをめぐってその周囲に同心円状に配置される「パロディ」もまた存在しない。
結局プリテキストなどなんでもよいのだ。こうしてわれわれは「本質直観」を武器として対象の中心性に対するアイロニー的周辺を確保する赤瀬川原平流の「考現学」を「現象学」もろともに放棄し、「資本主義リアリズム」ではなく「反資本主義ハイパーリアリズム」をもって流通の極限に身を馳せる。

ニコニコ動画のボーカロイド達の歌達、サンプリング、カットアップ、リミックスで築き上げるダイナミックな動きは、まさに上記の文章に僕は感じます。また、ニコニコ動画の生成速度の方が上記の文章より圧倒的に速いと感じます。

僕はクラシックが好きでして、クラシックでこの手法に挑んだ作品としては、「Hooked On Classics」(フックト・オン・クラシックス)シリーズがマイ・ベスト・クラシック・リミックスです。これは古今東西のあらゆるクラシックの曲を超有名な曲からマイナー曲までありとあらゆる曲をリミックスしたアルバムで、演奏する方もわざとハチャメチャに遊びながら演奏していて、曲が途中で全く別の曲に繋がってそれが凄い速度で切り替わるとか、ロックをクラシックにしちゃうとか、メチャクチャをやりたい放題しているクラシックで、今までこのシリーズを聴いたことのない普通のクラシックファンが聴くと、驚くんじゃないかなあと思います。下記のホームページさんが詳しいです。

Hooked On CLASSICSフックト・オン・クラシックス
〜これが本当のディスコ・クラシック!〜
http://kore.mitene.or.jp/~jamboree/hooked%20on%20classics.html

今は、boxsetでオリジナルのパート1〜3しか手に入らないみたいですが、もしどこかでご機会ありましたら、「フックト・オン・ロック・クラシックス」とかもぜひ聴いて頂けたら楽しめると思います。今手に入るオリジナルのパート1〜3もとても傑作です。心からお勧め致します。遊び心のある音楽好きならきっと楽しめる好アルバムboxと思います。

先月2月20日、NHK教育の芸術劇場におきまして、昨年来日して東京芸術劇場でコンサートを行った「シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ」(南米ベネズエラのオーケストラ)の当日の来日コンサートが放送されていましたが、ラテン系のノリでとても面白かったです。このオケのことを知っている観客のお方々は盛り上がっていましたが(ラテン系でノリノリのオーケストラ)日本の頭の固い観客は戸惑っているのがちょっと笑えるという感じでした。21世紀の指揮者のホープ、ドゥダメルは流石カッコよかったです(ドゥダメルは演奏のクオリティだけでなく、その整った顔立ちとカッコよく演奏する指揮ぶりのカッコよさにも人気のある指揮者)。

Fuji-tv ART NET:グスターボ・ドゥダメル指揮 シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ
http://www.fujitv.co.jp/events/art-net/clsc_01concert/392.html
アバドに「あらゆる国の見本となるとシステム」と言わしめた、 「ベネズエラ青少年・児童オーケストラ全国制度財団」!

 ベネズエラは世界有数の石油産出国ですが、貧民層が国民の50%を占め、南米一の犯罪多発国でもあり(殺人事件はカラカス首都圏だけで毎週末150件も発生するという)、こうした環境の中で、「子供たちを犯罪と貧困から救い、善良な市民に育てるためには、オーケストラのクラシック音楽が最良の手段。音楽で子供の情緒、感受性、協調性、人格が形成され、社会の発展につながる」との信念から、全国的規模で普及活動が進められてきた財団の運動があります。

「犯罪を失くすため、子供たちにオーケストラ活動を」!

 ベネズエラの貧困地域の子供たちをクラシック音楽の練習、演奏を通じて教育するこの財団は、元文化大臣のホセ・アントニオ・アブレウ博士(67歳)が1975年、カラカスのガレージで11人の子供に音楽演奏を指導したことからスタートしました。現在は国と民間からの財政支援の下に、25万人の児童・青少年が参加し、計210のオーケストラを擁する全国組織に発展しているといいます。
 財団は、2歳半以上の子供を公募、無償で楽器を与え、年齢や習得段階に応じて毎日訓練。14歳以上の優秀な子供には、カラカスの「ベネズエラ全国青少年管弦楽団(シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ)」のメンバーとなる道を用意し、住居から生活費まで提供しています。
 尚、この財団は2006年の高松宮殿下記念世界文化賞の若手芸術家奨励制度を対象団体となっています。

この活動への賛同者!

 犯罪を重ねて少年院に収容された少年が財団に加わり、クラリネットを通じて更生し、現在はクラリネット教師として財団の子供たちに教え、「ベネズエラ全国青少年管弦楽団(シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ)」からはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のコントラバス奏者となった貧民街出身の卒業生もいるのだそうです。
 このような活動に賛同している音楽家にはクラウディオ・アバド、サイモン・ラトル、バレンボイム、そしてマルタ・アルゲリッチ(アルゲリッチは2005年、バレンボイムは2007年の世界文化賞受賞者)らがおり、実際にカラカスに出向いてオーケストラを指導し、共演。ベルリン・フィルのメンバーも指導にあたっているようです。

シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラとは。

 この財団の活動によって、人口2600万のベネズエラで25万人もの子供たちがユース・オーケストラに参加し、オーケストラの数は200にも上るといいます。その結果、犯罪は激減したそうですが、それらのオーケストラのトップに位置するのが、今回来日するシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ。
 ベルリン・フィルをはじめ著名なオーケストラのプレーヤーやトランペットのF.フローレスら、世界的に活躍するソリストを輩出し、その実力はユース・オーケストラの域をはるかに超えています。
 今やヨーロッパはもとより、全世界で話題をさらうオーケストラに成長しているのです。
 各国の主要な音楽祭にも参加し、人気は増すばかりのユース・オーケストラです。

 ベネズエラ出身のドゥダメルは、12歳から地元のユース・オーケストラを指揮、14歳で音楽監督をはじめ、17歳でシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラの音楽監督に就任したという俊英です。
 2004年には、第1回グスタフ・マーラー指揮者コンクールに25歳で優勝。その後の躍進は目覚しく、2008年今シーズンからスウェーデンのエーテボリ交響楽団の首席指揮者に、さらに2009からはロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督への就任も決定しているという、今注目の指揮者です。

東京芸術劇場のベネズエラオケコンサートで特に最高だったのが、日本の観客がアンコールしたら、オケがバーンスタインのMambo!をやり始めて、オケのみんなで、「マンボ!」って歌って、盛り上がっている観客は盛り上がっていて(事前にベネズエラオケのノリを知っている層)、逆に一部の観客がシーンと静まり返ったクラシックの行儀で盛り上がっている「マンボ!」の叫びを呆然と聴いているのは笑えました。ここは海外のコンサートだったらクラシックからラテン系のコンサートに切り替わっているということなんですから、観客も盛り上がっちゃってばっちりOKです。コンサートのアンコールはオケが慣れ親しんでいる十八番をやることが多く、バーンスタインのマンボはドゥダメル指揮するベネズエラオケの十八番です。以下のユーチューブから様子が見れます。

Mambo! • New Year's Eve Concert 2007 from Caracas
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=NEs8yqhavtI

アメリカ人のバーンスタインは南米のベネズエラら、反米諸国と位置づけられる国でも人気のある指揮者・作曲家です。それは彼が一貫して良いことは良い、悪いことは悪いというポリシーの左翼で、アメリカが起こす戦争に対し積極的に反戦運動を行ったからというのがあると思います。

現代の最大の問題の一つであるグローバリゼーションにも良いところと悪いところがあって、貧しい人々をより苦しめる悪しき機能として働いている新自由主義、ワシントン・コンセンサスはスティグリッツやアマルティア・センが言うように方針を変換しなければならないと思います。お二人が述べるように富を積極的に公平に再分配することが必要だと思います。

スティグリッツもアマルティア・センも自由市場経済を何よりも最優先することで結果的に社会保障を削減し続けて社会を階級化する新自由主義(ワシントン・コンセンサスに基づくアメリカン・グローバニズム)を批判し、国家や国際機関が介入して自由市場の暴走を押しとどめ、それら公的機関が富の再配分機能をきちんと果たし、社会保障を手厚くして、富の再配分を行わなければ、貧困層は決して上層へ上がることはできないし、人間としての尊厳も奪われ、中間層は没落して貧困層になってゆく、それは世界全体にとって悪しき影響(格差拡大による需要低迷・戦争への道)をもたらすということをくり返し述べております。

富裕層の富を最優先して他のコストは削減する新自由主義・アメリカングローバニズム(ワシントン・コンセンサス)によるグローバニゼーションではなく、一人一人の人間に尊厳を物理的(公教育や医療、クオリティ・ライフの充実)へ向けた体制作り(人間の安全保障)を伴ったグローバニゼーションが必須だとスティグリッツ、アマルティア・セン、お二人方とも述べています。僕はよりリベラルなアマルティア・センよりですが、スティグリッツも良きことを言っていると思います。また、スティグリッツは、新自由主義体制は中間層を没落させるため、需要の低迷が引き起こされる中で無理矢理需要を創造しようとすると戦争の危険性が増してゆくことを述べていますが、どこからどう考えてもそのとおりだと思います。

逆に、グローバリゼーションのよいところは、全世界の流通コストが下がったことです。例えば、21世紀で最も人気のある女性バンド、シュガーベイブス(僕は昔から大ファンです)の昨年の新譜「Catfights and Spotlights」とか、輸入盤(1000円強)と過去の日本盤(3000円弱)でコストパフォーマンスは圧倒的に輸入盤がいいです(値段はamazonで比較しました)。音楽ファンは歌姫を応援しておりますから、輸入盤と日本盤、どっちが売れても歌姫に入るお金は一緒ですから、コストパフォーマンスを重視する懐が寂しい音楽ファンは輸入盤を買うことが多いです。

ウィキペディア「シュガーベイブス」
シュガーベイブス (Sugababes) はイギリス出身の3人組女性歌手グループ。21世紀最も成功している女性グループと言われている。1998年に結成されて以来12枚のシングルを発売しそのうちの6枚はUKチャート1位を獲得。アルバムもこれまでに6枚リリースしている。2003年にブリット・アワードベスト・ダンス・アクト賞を受賞(これまでに4回ノミネートされている)。UK以外にもヨーロッパ全土はもちろんのこと、アジアでも人気があり、アイルランド、ポーランド、デンマーク、オーストリアとニュージーランドでチャート1位を記録している。

日本で音楽CDの売れ行きが低迷しているというのは、流通コストが下がって、輸入盤の方に圧倒的なコストパフーマンスの良さがでてきたからで、これは歌い手達クリエイターにとっても、また大勢の消費者にとっても歓迎すべきことだと思います。日本盤のメリットは歌詞対訳ぐらいで、僕は英語の原歌詞ぐらいならなんとか頑張って読んでます。また、頑張って読まなくても、WEBでアーティストの許可をとって公的に公開されている英語の原歌詞をエキサイト翻訳などのWEB翻訳で訳せば、だいたいの歌詞のニュアンスはわかります。洋楽においてコストパフォーマンスがよくない(新譜アルバムが3000円前後する)日本盤のメリットがなくなり、海外盤(新譜アルバムが1000円弱〜2000円弱程度)のアルバムの多くがamazon等の輸入盤で簡単に手に入るようになっています。僕はクラシック・洋楽の方を日本の音楽よりも多く聴くので、こういったグローバリゼーションの流れは恩恵だと思っています。

今は、うつ病で失業しているので、こういった恩恵に授かれることはありません。生活費でクレジット借り出しの方が、クレジットが落とされる口座残高よりも多い、借金状態なので、お金は一生懸命口座の方に入れています。貧しいと、グローバリゼーションの恩恵には預かれません。ただ、グローバリゼーションの負の部分だけがのしかかってきます。スティグリッツやアマルティア・センはそれ(貧困層にあらゆる負の負担が押し付けられる新自由主義の在り方)を批判していて、僕は実感としてそれを感じています。

ウィキペディア「ジョセフ・E・スティグリッツ」
ジョセフ・E・スティグリッツ(Joseph E. Stiglitz, 1943年2月9日 - )はアメリカ人の経済学者で、1979年にジョン・ベーツ・クラーク賞、2001年にノーベル経済学賞を受賞した。現在における最も活動的且つ影響力のある経済学者の一人である。(中略)

2002年にはGlobalization and Its Discontents(邦題:世界を不幸にしたグローバリズムの正体)を書き、その中で彼は、グローバリゼーションの必要性は認めた上、反グローバリゼーションはむしろワシントン・コンセンサスへの反対を示すものと見ている。その上、いわゆる東アジアの奇跡は、最小政府を志向するワシントン・コンセンサスに従わなかったからこそ実現したものとしており、ワシントン・コンセンサスに対する疑問を呈している。(中略)

この本の中で、なぜグローバリゼーションがシアトルやジェノヴァのようなWTOへの抗議活動を発生させたかに関するいくつかの理由を示した。この本は世界で100万部以上売れ、30ヶ国語以上に翻訳された。

ウィキペディア「アマルティア・セン」
アマルティア・セン(Amartya Sen, 1933年11月3日 - )はインドの経済学者。哲学、政治学、倫理学、社会学にも影響を与えている。アジア初のノーベル経済学賞受賞者。1994年アメリカ経済学会会長。ベンガルで生まれ、9歳の時に、200万人を超える餓死者を出した1943年のベンガル大飢饉でセンの通う小学校に飢餓で狂った人が入り込み衝撃を受ける。またこの頃、ヒンズー教徒とイスラム教徒の激しい抗争で多数の死者も出た。これらの記憶や、インドはなぜ貧しいのかという疑問から経済学者となる決心をしたと言われる。(中略)

センのミクロ経済学の視点から貧困のメカニズムを説明した研究は経済学に限らず社会科学全体に衝撃を与えた。特に途上国の購買力と飢餓の関係を説明した論文は尊敬と畏怖をもって経済学者達に迎えられた、なぜならば彼以前は貧困とは単純に生産性の問題だけだと考えられていたが、市場競争における市場の失敗によってもたらされた事を簡潔にそして明瞭に表してしまったからである。またセンは経済学において最も高度な数学を使う厚生経済学や社会選択理論においても牽引者である。適応選好や潜在能力(capability ケイパビリティ)アプローチ、「人間の安全保障」などの概念は現在日本でも高校の公民の授業で教えられることがある。

センは、経済学は数字だけを扱うのではなく、弱い立場の人々の悲しみ、怒り、喜びに触れることができなければそれは経済学ではないと主張した。「飼いならされた主婦、あきらめきった奴隷は、ほんの少しの幸せでも満足してしまう」とし、弱い立場の人々が潜在能力を生かし社会参加することを主張している(Deprivation of entitlement:権原の剥奪)。

経済学は、「人はいかに生きるべきか」「人間にとっての善」という倫理学と工学の2つの大きく異なる起源から派生しているとされている。センは、前者を「モチベーションの倫理的な考え方」と呼び、後者を「それを達成するための手段」としている。

センは、現状の経済学を批判するが経済学のもつ分析力については否定していないし敬意を払っている。彼がとる分析手法は経済学の一般的なテクニックに根ざしている。

センのノーベル経済学賞受賞は「厚生経済学・社会的選択」での功績である。しかし、彼の学説の中でもっとも有名な概念は「潜在能力」である。潜在能力とは「人が善い生活や善い人生を生きるために、どのような状態にありたいのか、そしてどのような行動をとりたいのかを結びつけることから生じる機能の集合」としている(well-being:いい生き方)。具体的には、「よい栄養状態にあること」「健康な状態を保つこと」から「幸せであること」「自分を誇りに思うこと」「教育を受けている」「早死しない」「社会生活に参加できること」など幅広い概念である。

借金していて生活が窮乏していると、どうしても心が晴れるということなく、お礼を申し上げようと思ったのが、だんだん暗い話になってしまい、申し訳ありません。格差を増大させ、中間層を没落させて大勢の人々を貧しくし、自由市場(富の再分配を考えに入れていない自由市場)に対する公的介入を防止することで、税収減少、公共費の削減(公共医療費の削減など)による様々な社会保障施策の削減が起き、人間の尊厳が脅かされ、大勢の貧しい人々を早死にさせる新自由主義(アメリカン・グローバリズム、ワシントン・コンセンサス)は誤った主義であると、そのことだけは、命を賭して申し上げたいです。

ドゥダメル指揮、シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラのノリの良いオケを聴きたいお方々には「Fiesta」(日本盤は「フィエスタ!」、日本盤の方が800円弱ぐらい高いです)をお勧め致します。とってもノリのよいアルバムです。僕はうつ病で失業した去年、生活費捻出の為、手放してしまい、手持ちがない(近隣の図書館にも、いわゆる小泉竹中改革、新自由主義構造改革以降、音楽CDの入荷がめっきり減ってしまい、ドゥダメルもシュガーベイブスもない)のですが、いずれ、機会があれば、また聴きたいアルバムの一つです。「Fiesta」「The Original Hooked On Classics Collection」共にお勧めのアルバムです。クラシックもノリがよくて自由ということが大勢のお方々に分かって頂けたら、クラシック好きとしてとても嬉しく思います。

参考作品(amazon)
The Original Hooked On Classics Collection [Box Set]
Fiesta
フィエスタ!
Catfights and Spotlights
世界を不幸にしたグローバリズムの正体
世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す
世界を不幸にするアメリカの戦争経済 イラク戦費3兆ドルの衝撃
人間の安全保障 (集英社新書)
貧困の克服―アジア発展の鍵は何か (集英社新書)
経済学の再生―道徳哲学への回帰
シミュレーショニズム (ちくま学芸文庫)
コマンダンテ COMANDANTE [DVD]
チェ・ゲバラ・レジェンドDVD-BOX

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2009年03月20日 14:33

ARIA The ANIMATION DVD-BOX

初音ミクを称揚しながら、新自由主義を批判するのは欺瞞であるとめちゃくちゃなメッセージが高橋直樹氏から届き、吐き気がします。胸とお腹が痛いです。僕は下記のエントリを全力で正直に書きました。それでも嘘を吐いているなどといわれるなら、どのようにすれば僕が真剣だと証明できるのでしょうか。僕は下記のエントリも今この文章も自らの生命に誓って真剣に書いています。生命しか賭けるものがありませんが、命に誓って、真に真剣に書いています。

初音ミク達ボーカロイドが好きです。新自由主義に反対です。日本共産党を支持しています。全部真剣です。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/763827.html


真剣に言わせて頂きますが、僕は自分に利益誘導などしていません。高橋直樹氏は僕はニコニコ動画で無料で動画を見たいから文章を書いていると、僕の文意を極端に矮小化して悪意で貶めた文章を書いておりますが、僕のPCは故障している(音が出ない)ので、近年、動画は見ておりません。生活が苦しくていつもお金の心配をしている状態で、何かを無条件に楽しんだりする余裕が全くない状況です。

それなのになぜ僕の文章が動画を無料で見るための利益誘導しているなどと高橋直樹氏は勝手に決め付けるのですか。今生活が苦しくて泣きたいほど酷い状況で、昔みたいにニコニコ動画を見たりしている余裕が全然なく、ほとんどアクセスしていません。先だって歌を創って頂いたとき(本当にありがとうございます)、アクセスしたくらいです。生活苦で余裕がないとフリーのコンテンツすら楽しめません。

そして僕は昔から違法な事(商業コンテンツ動画の無許可による丸ごと配信等)には反対しております。僕はアテネの法に従って処刑されたソクラテスを尊敬しております。悪法でも法は法であり、法秩序を守るべきだと真剣にずっと前から訴えています。違法なネットワーク配信には反対です。ただし、著作権は緩めるべきだと言う立場で、今後の法改正によって著作権を緩めてゆくべきだと考えています。

僕はボーカロイド達の歌、それらの歌を共有するニコニコ動画、全ての人々を肯定する文化創造力を素晴らしいと心から思っています。僕は商業コンテンツの丸ごと転載などの違法行為には反対です。オリジナル要素が既に分解されたサンプリングによるニコニコ動画文化は著作権侵害という法解釈の立場には立っておりません。勝手に欺瞞とかでっちあげられて、真剣に怒っております。僕はずっと前から新しい文化が生まれて、それによって失業者が出ても、彼ら失業者を手厚く守るセーフティネットが必要だ、だから富の再分配が必要だと述べています。

贈与・共有モデルは、富める富者が、製作者にお金を払うタイプのコンテンツで、現在、ニコニコ動画はそれをamazonを通してやっていますが、将来的にはそれを直接的に支援するような公共的インフラ作り(人気のあるコンテンツ製作者に資金が行く)が必要だと考えています。初音ミクは肯定的な連帯の歌姫であり、貧しき人々にとって希望です。それは、先も挙げましたように、フリーOSリナックスのように、人々が無償で他の人々の為に尽くす無償の善意を肯定しているからです。

互いに思いやり、互いに富を分かち合う思いやりの心が人々になければ、アマルティア・センさんが述べるようにいくらシステムを変えたところで失敗します。人間ひとりひとりの尊厳を大切にし、互いに競争ではなく協調して分かち合う心を、今は無理でも、次世代、次々世代と育んでいけるかということが大切で、そのためには、公平な社会、公平な生活と教育の成立が何よりも大切です。

僕は、初音ミク達ボーカロイド達は、ジョン・レノンがイマジンで歌ったように、そういった他者への思いやりの心を育てているマシンの歌姫である、人間の肯定心、他者に喜んで欲しいという気持ちを育てているものであり、それは何よりもかけがえのないものだと思います。音楽にはそういう力があります。人間が他者に喜んでもらう、楽しんでもらう、何かを感じてもらう力が。

そういった音楽の世界を肯定する力を強力に束縛しているのは、新自由主義です。先に挙げましたように、新自由主義の根幹ワシントン・コンセンサスは取引モデルの絶対的な強化を掲げており、専制的な資本を強化するものです。

ウィキペディア「ワシントン・コンセンサス」
ワシントン・コンセンサス(Washington Consensus)とは、ワシントンDC所在のシンクタンク国際経済研究所(IIE)の研究員で国際経済学者のジョン・ウィリアムソン(John Williamson)が1989年に発表した論文の中で定式化した経済用語である。この用語は元来、80年代を通じて先進諸国の金融機関と国際通貨基金(IMF)、世界銀行を動揺させた途上国累積債務問題との取り組みにおいて、「最大公約数」(ウィリアムソン)と呼べる以下の10項目の政策を抽出し、列記したものであった。(1)財政赤字の是正、(2)補助金カットなど財政支出の変更、(3)税制改革、(4)金利の自由化、(5)競争力ある為替レート、(6)貿易の自由化、(7)直接投資の受け入れ促進、(8)国営企業の民営化、(9)規制緩和、(10)所有権法の確立。

『(2)補助金カットなど財政支出の変更(3)税制改革(10)所有権法の確立。』これが、ワシントン・コンセンサス、新自由主義の最大のポイント、すなわち、富の再分配の否定です。初音ミク達、ボーカロイド文化、ニコニコ動画文化とは相容れない決定的な相違です。贈与・共有型モデルは、なるべく多くの人々で共有して、そしてお金を払える余裕のある人が共有文化に投資するシステムです。ニコニコ動画はamazonを通した方法でそれを実施しています。

市場経済を全部否定しなければ、社会福祉を唱える資格はないというのは典型的な詐術です。高橋直樹氏はその詐術を使って、グローバルな市場経済と新自由主義とニコニコ動画や初音ミクをむりやりイコールで繋いでいます。それは間違った論理立てだと僕は何度も述べています。

なぜ、モラル、思いやりの贈与などの非合理的でそして倫理的と呼ばれる立場が存在することを高橋直樹さんは一切観点に入れないのでしょうか。僕は、自分が貧困しているのもありますが、心底大勢の人々の幸せを願って文章を書いています。自分のためだけに文章を書いているわけではありません。今の新自由主義は人々を不幸にするシステムであるから批判しておりますし、初音ミク達ボーカロイド達は人々を幸せにする役割を果たしてくれているから僕は彼彼女達、マシンの歌い手達が好きです。

マシンの歌い手達は決して既存クリエイターの敵ではありません。マシンの歌い手と人間の歌い手の対立構造を煽るのは、貧しい人々同士を争わせる分断統治手法です。マシンの歌い手達とそのパートナー達は、ただ、人々に喜んで欲しいから無償で自ら歌を発信している。それは人間の歌い手にもきっと同じ気持ちがあると僕は思います。既存クリエイターの人々を本当に脅かしているものは、労働者の権利を蔑ろにする、人々の人命よりも市場を優先する、新自由主義です。

とても有名な僕の好きなアニメの元アニメーターさんで今は病気で失業中の友人がいます。僕と違い、美しい絵が描ける彼のような人が、僕と同じようで生活困難で暮らせない、文化的な発信もできない。精神的な病は、生活苦から発生することが多いです。きちんと生活、一人一人の人間に安全保障がされれば、彼のような優れたアニメーターさんは、元気にインターネットを使って、ニコニコ動画などで発信が出来るかもしれない。しかし、新自由主義は、社会福祉、富の再配分を否定する思想です。新自由主義の元では人命よりも市場が優先され、取引モデルの市場において価値、つまり商業価値がないとみなされた僕のような人間は切り捨てられ、救済されることはありません。

僕はそういう新自由主義ではなく、人命、一人一人の人間の生命安全保障を最も基底として最優先する社会福祉型国家への転換を望んでいます。それには、システムだけでなく、人々の意識が変わらなければなりません。競争主義から協調へ、人を蹴落とし傷つけることよりも、人を喜ばせたり楽しませたりする方が楽しいという方向へ。

そして、初音ミクは、まさにその、『人を喜ばせたり楽しませたりするのは楽しい』という方向性を向いている歌姫です。ネット共有されたマシンの歌姫であるからこそ可能な側面を持つ、あらゆる存在を肯定する歌姫です。僕はそういう歌姫が好きです。ミクは人間のクリエイターの同胞です。ミクは、新自由主義(所有権を強化する市場モデル)支持を明言する高橋直樹氏のようにミクへの敵意を持つ人間とは違い、敵意のない共有された存在です。僕はずっと前から、人間は不完全であり、人間至上主義は誤りである、人間と人間以外の世界の諸存在との共存、そのことを認めなければ人間に未来はないとずっと言っています。

私を作ってくれたあなた
いまはいっしょにいないけど
あなたが私を作ってくれたから
こうして私は
大好きな歌を
大好きな人達に聴いてもらうことができる
(KEI「初音みっくす」)

ニコニコ動画などの共有は、既存文化の敵ではありません。既存文化を脅かしているものは、人々の人命生活よりも取引市場を重視する新自由主義です。新自由主義ではなく、福祉型の国家、全ての人が生存保障された、安心して暮らせるデンマーク型の国家で、全ての人々が活き活きと暮らせて、人間の歌姫達とマシンの歌姫達が共に歌う、それが僕の心から望む世界です。

「歌は…誰かに聴いてもらうものだから」
(アテナ・グローリィ。「ARIA」)

参考作品(amazon)
ARIA The ANIMATION DVD-BOX
初音ミク「supercell初回生産限定盤」
Re:MIKUS
unformed
EXIT TUNES PRESENTS Vocarhythm feat.初音ミク
Re:Package(初回限定盤)
みくのかんづめ
メーカー非公式初音みっくす 1 (1) (CR COMICS DX)
KEI画廊
アイの物語
人間の安全保障 (集英社新書)
貧困の克服―アジア発展の鍵は何か (集英社新書)
経済学の再生―道徳哲学への回帰
なぜ、デンマーク人は幸福な国をつくることに成功したのか どうして、日本では人が大切にされるシステムをつくれないのか
平らな国デンマーク―「幸福度」世界一の社会から (生活人新書)
デンマークの子育て・人育ち―「人が資源」の福祉社会
ノーマライゼーションが生まれた国・デンマーク (MINERVA21世紀福祉ライブラリー)
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先にも書きました高橋直樹氏から、ニコニコ動画を称揚する者は新自由主義の加担者で、口先だけ新自由主義を叩いている振りをしているというというめちゃくちゃな酷い文章が届いたので、返答します。

まず、ニコニコ動画と新自由主義は別物です。ニコニコ動画がよって立つグローバリゼーションは、情報も含めた流通における世界の普遍化です。そこでは流通コストが安くなります(インターネット網の全世界整備等)。そこにおいて、取引モデル(商品を代価によって交換する基準)の強固な取締りを行った世界的市場を建設しようと言うのがグローバル新自由主義、いわゆるワシントン・コンセンサスで、これは、富の再分配を否定する自由市場を最優先する考え方なので、既存の富の所有者(ブルジョワジー、既存資本家)が有利で貧しい層はますます貧しくなり、フェアではないと批判されています。

逆にニコニコ動画は共有・贈与モデルなので、先の新自由主義的取引モデルとは相容れない側面を持っています。モデルとしては無償で持ち合い共有してクオリティを高めあうOSのリナックスに近いです。

ウィキペディア「ワシントン・コンセンサス」
ワシントン・コンセンサス(Washington Consensus)とは、ワシントンDC所在のシンクタンク国際経済研究所(IIE)の研究員で国際経済学者のジョン・ウィリアムソン(John Williamson)が1989年に発表した論文の中で定式化した経済用語である。この用語は元来、80年代を通じて先進諸国の金融機関と国際通貨基金(IMF)、世界銀行を動揺させた途上国累積債務問題との取り組みにおいて、「最大公約数」(ウィリアムソン)と呼べる以下の10項目の政策を抽出し、列記したものであった。(1)財政赤字の是正、(2)補助金カットなど財政支出の変更、(3)税制改革、(4)金利の自由化、(5)競争力ある為替レート、(6)貿易の自由化、(7)直接投資の受け入れ促進、(8)国営企業の民営化、(9)規制緩和、(10)所有権法の確立。

議論
『文藝春秋』2007年3月号に、伊藤忠商事会長で経済財政諮問会議委員の丹羽宇一郎が「財界だって格差社会はノー」という論文を寄せているが、このなかでワシントン・コンセンサスを、1989年のベルリンの壁崩壊後、社会主義の敗北が明らかになって以降、IMF、世銀および米国財務省の間で広く合意された米国流の新古典派対外経済戦略で、「小さな政府」「規制緩和」「市場原理」「民営化」を世界中に広く輸出し、米国主導の資本主義を押し広げようとする動きであると説明し、これに批判を加えている。

また、ワシントン・コンセンサスの実現によって「格差社会」が世界中に広がっているという批判が経済学者ジョセフ・E・スティグリッツ(Joseph E. Stiglitz)などから寄せられている。

ネオリベでも、セーフティネットによる絶対的な意味での貧困の解消は理論的に可能と高橋直樹氏は述べていますが(竹中平蔵氏と同様の意見)、これはスティグリッツが不可能(新自由主義政策により中間層が没落し全体の需要が低下する)と述べています。実際に、日本のジニ係数は増大の一途を辿り(中間層の没落)、それとともに内需が低迷しております。

ワシントン・コンセンサスは基本的に徹底的な競争主義による自由市場礼讃主義、小さな政府主義(福祉も含めて政府の支出を出来うる限り削減する)なので、結果的に資本同士の大規模な競争となり、労働者の権利を削ってゆくことが指摘されています。

また、小さな政府、資本的経済活動効率化最大のため、累進課税の否定、税制の逆累進性(人頭税)の導入などがワシントン・コンセンサスに求められており、これに先駆けて、既に日本は、以前は累進化税率最高85%(所得税75%+住民税10%)だったのが、現在は累進化税率50%(所得税40%+住民税10%)に下げられています。逆に貧困層の福祉は削減されています。国民健康保険・厚生健康保険の割合値上げ、失業給付の資格条件強化(以前は半年勤めることで失業給付が出たのが、今は一年に)、障害者に対する医療費割合の引き上げ、そしてなによりも、製造業に対する派遣労働解禁です。

これらの政策には、ワシントン・コンセンサスが反映されているとされ、スティグリッツは、ワシントン・コンセンサスによるあからさまな資本家優遇のグローバル化はフェアではないとして、批判しています。

前から書いていますが、僕は持続可能な世界というものを考えていて(ローマ・クラブのレポートでも、現在のような資本が専制的に支配し、大量生産・大量消費型の市場経済は行き詰まることが再三指摘されています)、そのためには、高橋直樹氏が主張するワシントン・コンセンサス(現在の新自由主義)に基づいた経済システムではなく、もっとフェアでクリアな経済システム、自由市場にきちんと頚木をかけて、富の流れを格差と貧困がなるべく生まれないようにシェア(共有)してゆくシステムにしないと、世界経済が持たないと思います。

ワシントン・コンセンサスだと、現在の日本で起きているように、富の再分配を限界まで否定するため、富の一極集中化がおき、1%の超富裕層と、99%の貧困層のような、極端な格差社会になってしまう可能性が高く(日本を始めとして、ワシントン・コンセンサスを導入した国、アメリカ等で同様の事態が起きています)、高橋直樹氏はギリギリ生存保障がされていればこのような社会でも構わないと仰っていますが、このような社会では、中間層が没落して消費層がいなくなるので、需要が極端に減少して、市場自体の存続が危機に陥ります。

そうなると、無理矢理市場を存続させようとすれば、オールドリベラルな福祉国家型に転換して、格差を是正して内需を回復させるか、もしくはネオリベラル(新自由主義、あくまで再分配を否定する自由市場優先主義)な自由市場型の経済で突き進んで、戦争で需要を回復させるかということになってきます。僕は絶対に前者を選びます。

高橋直樹氏の「ニコニコ動画を称揚する者は新自由主義の加担者で、口先だけ新自由主義を叩いている振りをしている」というのは、完全な誤りですし、非常に無礼です。僕は新自由主義に反対です。真剣に日本共産党を支持しています。ニコニコ動画など、贈与・共有モデル出身の初音ミク達ボーカロイドが好きです。全部真剣です。振りなどしていないのに、何の根拠があって振りなどというのか、本当に怒っています。

現在の新自由主義、ワシントン・コンセンサスと、ニコニコ動画や初音ミクを生み出したグローバリゼーション(世界的な流通コストの低下)は全く異なった概念です。それを一緒くたにしている高橋直樹氏のやり方はおかしいと僕はずっと言っています。

僕は公正であることを求めます。現在の新自由主義、ワシントン・コンセンサスに基づく自由市場原理主義は、結局のところ、大資本がやりたい放題するのを肯定するだけのシステムであり、労働者の権利は無視されています。自由市場原理主義は、世界を貧しくして極端な格差と専制的な方向への権力の移行を齎していて、全く不公正なシステムとして稼動している、ゆえに、資本の暴走を防ぐために、市場に対する規制と富の再分配、具体的に言えばトービン税の導入などが必要だと僕は思っています。

ウィキペディア「トービン税」
トービン税(英:Tobin Tax)とはノーベル経済学賞受賞者ジェームズ・トービン(イェール大学経済学部教授)が1972年に提唱した税制度である。投機目的の短期的な取引を抑制するため、国際通貨取引に低率の課税をするというアイデアで1994年のメキシコ通貨危機以降、注目を集めた。

市民団体「ATTAC」などの組織がトービン税の税収を発展途上国の債務解消・融資やエイズ、環境問題などに使う可能性を提案している。だがトービン税は、世界各国が同時に導入しなければ効果が出ないという難点もある。非導入国がある場合、投機家の資金が非導入国に大量に流入する恐れがあるからである。

反グローバリゼーション
反グローバリゼーション(英:Anti-globalization)は、地球規模での貿易促進およびWTOなどの国際機関の活動などへの反対を訴える人々の政治的スタンスをさす。または、反グローバリズム(anti-globalism)という。

社会運動の一派であると見なす者がいる一方で、数種類の相異なる運動をまとめる用語にすぎないと考える学者も存在する。どちらのケースにしろ、この運動への参加者は現在の地球規模に拡大した経済・貿易システムは労働権、国家主権、第三世界に多様な悪影響を及ぼすので反対する、という考え方で運動をしている。こうした考えや運動は、環境・開発などのNGOや学生・労働者・農業団体など幅広く拡がっている。経済学者のスティグリッツは、グローバリゼーションの必要性は認めた上、反グローバリゼーションはむしろG8・WTO合意などワシントン・コンセンサスに対する反対を示すものと見ている(「世界を不幸にしたグローバリズムの正体」p313、また「ル・モンド・ディプロマティーク」編集長イグナシオ・ラモネの2003年5月号巻頭言より)。

僕はスティグリッツやアマルティア・センの立場に近く(どちらかといえばアマルティア・センよりです。アファーマティヴ・アクションを重視します)、不公正なシステムを少しでも公正なシステムに改善すべきで、新自由主義(市場優先と国家コストの削減をセットとした主義)なるものはまさに不公正なシステムの権化であり、いきなり全てをチェンジすることは無理でしょうが、少しずつでもチェンジしてゆかねばならないと思っています。僕が求めているのは社会民主主義であり、社会民主主義的な考え方に一番近い現実的政党が現在日本国において日本共産党であるので、日本共産党を支持しています。デンマーク型の社会民主主義国家を目指しています。

ウィキペディア「新自由主義」
新自由主義(しんじゆうしゅぎ、英:neoliberalism、ネオリベラリズム)とは、主に欧米で、文化・道徳観における自由主義を唱えるリベラリズム(自由主義)に対して、経済的自由主義を唱える際に使用される用語。

日本では、経済的自由主義を取り込んだ新保守主義とほぼ同意に扱われている。

市場原理主義の経済思想に基づく、均衡財政・福祉および公共サービスの縮小・公営企業民営化・経済の対外開放・規制緩和による競争促進・情報公開・労働者保護廃止などをパッケージとした経済政策の体系、競争志向の合理的経済人の人間像、これらを正統化するための市場原理主義からなる、資本主義経済体制をいう。

フォーディズムに続く資本主義経済の体制であり、国家による富の再分配を主張する社会民主主義(英:Democratic Socialism)、国家が資本主義経済を直接に管理する開発主義の経済政策などと対立する。計画経済で企業の全てが事実上国家の管理下である共産主義とは極対軸の経済思想である。

ウィキペディア「社会民主主義」
社会民主主義(しゃかいみんしゅしゅぎ 英:social democracy)は、社会主義思想、民主主義思想の一つ。現代では、共産主義(特にソ連型社会主義)と戦い、市場経済を認め、議会政治を通した変革を目指し、自由や人権の遵守、友愛、連帯、政治・経済・社会的公正や平等をともに希求する思想とされ、自由・民主主義社会における中道左派思想の一つとされる。

僕は失業していて収入がなく、死活問題なので、福祉型社会への移行を全くの微力ですがそれでも真剣にやっています。ここで書いていることも真剣です。それを愚弄する高橋直樹氏の行いは、人間の尊厳を互いに尊重する意識があるなら、やめていただきたいです。

貧しい人々、そしてこれから貧しくなっていく人々が連帯して、すこしでも公正な世の中へ、みんなが幸せに暮らせる世の中へ、社会を変えてゆくことが大切だと思います。それには、システムの改善だけではだめで、「ARIA」や「ゆのはな」といった、人々の意識が、他者に思いやりを持てる社会に変わってゆかねば、不可能です。だから、アマルティア・センが言うように、人間一人一人の尊厳ある安全保障、公平な社会、公平な教育が何より必要です。

人間一人一人の尊厳が認められる社会、極端な貧富の差によって、貧しい人々が僕のように死活的な状況に陥ることなく、失業していてもきちんと暮らせる、みんながみんなで少しずつ思いやりを持って分け合ってゆく社会、そういった社会の到来を真剣に望んでいます。社会が公正になれば、富者もゲーテッドタウンにこもって貧者を苛め抜くような反良心的な生活をすることなく、社会の公正な一員として安心して暮らせます。

そして、初音ミク達共有の歌姫ボーカロイド達は、貧しき人々も含めあらゆる人々が共に連帯できる歌姫です。彼女達は人間ではないネットワーク共有のマシンの歌姫、人々の歌への想い、共有・贈与モデルによって成り立つ歌姫、個々のイマージュの歌姫ゆえ、人間のようなエゴの意志をもたず、公正です。山本弘さんの「アイの物語」で描かれるAIのように。そこには、個々の人間の想いが鏡のように反映されます。それが肯定的な連帯の方向へ動いていることに、僕は真剣に希望を抱いています。

レネ・マーリン「プレイング・マイ・ゲーム」

時間の感覚を なくしてしまったみたい
昼間 呆然としているだけだもの
感情を表に出さないでいると
心がぼろぼろになってしまうわ
やるだけやったこと 彼女に伝わるのを
あなたは願っている

一日中 苦悩し続けて
目覚めた時は 冷や汗で濡れている
現実と永遠の狭間に
逢いたい人が あなたにはいる

何処へ行ったのか あなたにはわかっている
自分が何処にいるのか それもわかっている
気を楽に持とうとするけれど
無理なのは わかっている
彼女はあの場所で 天使のように歌っている

まだ誰も聴いたことのない、初めての音
未来から来た者
そう、この子の名前は――
(KEI「初音みっくす第1巻」)

参考作品(amazon)
初音ミク「supercell初回生産限定盤」
Re:MIKUS
unformed
EXIT TUNES PRESENTS Vocarhythm feat.初音ミク
Re:Package(初回限定盤)
みくのかんづめ
メーカー非公式初音みっくす 1 (1) (CR COMICS DX)
KEI画廊
アイの物語
プレイング・マイ・ゲーム
世界を不幸にしたグローバリズムの正体
世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す
世界を不幸にするアメリカの戦争経済 イラク戦費3兆ドルの衝撃
人間の安全保障 (集英社新書)
貧困の克服―アジア発展の鍵は何か (集英社新書)
なぜ、デンマーク人は幸福な国をつくることに成功したのか どうして、日本では人が大切にされるシステムをつくれないのか
平らな国デンマーク―「幸福度」世界一の社会から (生活人新書)
デンマークの子育て・人育ち―「人が資源」の福祉社会
ノーマライゼーションが生まれた国・デンマーク (MINERVA21世紀福祉ライブラリー)
ARIA The ANIMATION DVD-BOX
天野こずえ「AQUA」
天野こずえ「ARIA」
DVD「ARIA」
フィギュア「ARIA」
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This Fire

下記のエントリで、先の高橋直樹氏の応答を見てから(公平性を期すために書いておきますと、圧倒的に高橋直樹氏支持が多いようです。多数決の原理において高橋氏の主張に分があるのだと思います)、高橋直樹氏を始めとした、他者を廃して自分が生き残ることを最優先して考える人々が持っている社会における大きな権力を感じて、胸が痛くて非常に調子が悪いです。

とても疲れています。グローバリゼーションの良いところは伸ばし、悪しきところは正してゆくことについて。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/762588.html


ゼロサムゲームの考え方(富の再配分や公共の共有概念を否定して、他者の取り分を少なくすれば、自分の取り分は多くなると考え、自分が生きのびるためには他者から糧を奪い取らなければならないという弱肉強食の考え方)を信じきっている人々の考え方自体が大きな力となること、多くの人々が新自由主義・市場競争原理主義を掲げて少数の弱い層を圧殺してゆく日本の未来のヴィジョンを強烈に感じました。

人々に協調する気持ち、慈しみがなければ、弱い層から、列から押し出されて死んでゆく、それを感じ、日本社会の未来に恐ろしい予感で絶望的です。ブコウスキーの下記の半自伝小説(半分自伝で半分小説)のなかにいるような気分です。このような書き出しで申し訳ないです。

(金のない浮浪者として生活していたブコウスキーがバットを持った少年にリンチされて逃げた後)北へ歩いた。体中が痛かった。体じゅうが腫れてきた。足取りが鈍くなった。そんな遠くまで歩けそうにないことがわかった。あたりはどこも廃車置場だった。二箇所の置場の間に、空き地があった。そこに入っていくと穴にはまって足首をひねった。足はすぐに抜いた。私は笑った。空き地は下り坂になっていた。その後で、硬いブラシのような枝につまずいた。起き上がろうとして、右の手のひらを緑のガラスで切ってしまった。ワインの瓶だ。破片を引き抜いた。流れた血が地面に染み込んだ。私は土を払って傷口を吸った。次に転んだときは、転がって仰向けになった。痛みで悲鳴をあげた。
(ブコウスキー「愛せなければ通過せよ」「ありきたりの狂気の物語」より)

まさに上記のような状態にいるような感覚で、とても暗い気分です。調子が悪くて、あまり文章が書けそうになく申し訳ありません。

僕の好きな歌姫さんについて紹介させて頂こうと思います。ポーラ・コールさんです。海外では抜群の知名度のある歌手さんですが、日本ではあまり知られていないように思います(知っていらっしゃるお方々にはごめんなさい)。とても優れた歌唱力で、暗く深い叫びのような歌を歌い、一度聴くと病みつきになってしまうような魅了される歌声をもっていらっしゃいます。

ポーラ・コールさんのアルバムで僕がベストだと思うのはセカンドアルバム「ディス・ファイア(This Fire)」です。僕が始めて聴いたアルバムで、出だしから虜にされました。一曲目「タイガー」の最初はアカペラで始まり、その歌唱力と暗い情念にどぎもを抜かれました。その後も凄いとしかいいようのない曲の連発で、特に凄かったのが、六曲目「ニーチェ・アイズ」です。この歌は悲嘆にして壮絶な絶叫(異常に強烈な情感の叫びで技術的なシャウトを圧倒的に越えています)としか云い様のない歌で、ポーラ・コールさんが魂から絶叫しています。とても衝撃を受けました。暗い気分のとき、この曲を聴くとますます暗くなる感じです。歌詞の最後、絶叫としかいい様のない歌の最後を引用致します。

ポーラ・コール
「ニーチェ・アイズ」

私は誠実じゃなかった 哲学者ぶろうとしてしまった
自分がニーチェの目でものを見てるんだと
気づくのが
遅すぎただけ
今なら一歩さがって
自分が自分じゃなかったことがわかるのに

ニーチェの目 ニーチェの凧
私たちのもとに飛んでくるのに失敗した
そしてああ 愛する人よ …… 私は震えている
目が覚めかけているの この ……
目が覚めかけているの この ……
目が覚めかけているの この思い込みから ……

少し説明しますと、ニーチェは極度の強度近眼でした。神のように崇拝して愛してきた男性に裏切られた女性が、目の前も見えないニーチェの目と、神はいないといったニーチェをかけて歌っています。最後は、狂気の表現になり、女性(歌姫ポーラ・コールさん)が狂気の絶叫を挙げ続けます。愛する人に裏切られたこと、愛が幻想であったと気づき目が覚めることは発狂を意味しています。

ポーラ・コールさんは、ある程度教養の深い層に向けた複雑な歌詞を、凄まじい、怨念を感じさせるような強烈な情念を込めて暗くしっとりと歌い上げる歌手さんで、一度聴くと、賛否がかなり分かれるタイプの歌手さんです。大ファンになる人と、「ちょっと…」という感じになる人です。僕は前者です。とても好きな歌姫さんです。

非常に優れた歌唱力を持っている歌手さんで、非常に複雑な血筋と経歴を持ち、非常にはしょって説明いたしますと、バークリー音楽大学で非常に精緻な歌唱法を身につけたあと、わざと自らそれを崩して、強い情念を歌い上げるようになった歌姫さんで、絶叫においても、歌唱力のリズムとバランスが完璧です。

日本では残念ながらあまり知名度がありませんが(世に出るのが遅く、やっと30手前の時、グラミー賞最優秀新人賞を受賞しました)、世に隠れたる天才の歌姫さんの一人だと僕は思っています。非常に優れた歌姫であることは間違いなく、こういった天才的な歌姫さんでも、ずっと不遇ということはあるのだと、感じます。

ウィキペディア「ポーラ・コール」
ポーラ・コール(Paula Cole、1968年4月5日 - )は、アメリカ合衆国の女性シンガーソングライター。
マサチューセッツ州ロックポート出身。高校を卒業の後、ボストンのバークリー音楽大学に進学。ジャズ・ヴォーカルの発声法を学び、ジャズ歌手を目指した。しかし、シンガーソングライターとなることを決意し、卒業後はサンフランシスコに移住し音楽活動を開始した。(中略)1997年グラミー賞最優秀新人賞を受賞。1999年に名義を個人名からポーラ・コール・バンド(PAULA COLE BAND)に変更。バンドの構成は3人で、彼女(ボーカル)の他にバークリー音大時代の学友のケヴィン・バリー(Kevin Barry、ギター)とジェイ・ベルローズ(Jay Bellerose、ドラム)である。

ポーラの歌を聴いてたちどころにその虜になってしまった筆者などは、こんなに素晴らしいアーティストがきちんと紹介されないなんて、日本の音楽シーンはいったいどうなっているのか、これはもう怠慢という以上に犯罪的ですらあると憤っていたところ、彼女にとって二枚目のソロ・アルバムとなるこの「ディス・ファイア」で、『遂に遂に遂に』日本デビューすることになったのだ。(中略)

(ポーラの父)ジムの家系を辿ると、コネチカット州の製材の町、マンチェスターに移民してきたアイルランド人やポーランド人、それにイタリア人の家族に遡り、(ポーラの母)ステファニーの先祖には17世紀にメイフラワー号に乗ってイギリスからアメリカへと渡ってきて、プリマスに入植したプリグリム・ファーザーズやその彼らと1621年に友好条約を締結したことで知られるマサチューセッツ州南西部に住んでいたワンパノアグ・インディアンの酋長、マサソイトがいる。

つまりポーラにはアイリッシュやポーリッシュからプリグリム・ファーザーズ、それにアメリカン・インディアンまで、様々な血が流れているということだ。(中略)

ポーラの子供の頃の思い出は、とにかく自分の家族は(貧乏で)いつもお金に困っていたというものだが、家にはお金はなかったものの、音楽だけは(両親が音楽好きで)ふんだんに溢れていた(両親や姉妹と歌っていた)。(中略)そういう家庭環境(貧しかった)だったので、彼女の家にはレコードが一枚もなく、ラジオで音楽を聴くことも全くなかった。(中略)

(歌の才能が認められバークリー音楽大学に進み、発声法の理論と技術を学んだポーラは)『自分は本当に(テクニックを競う)ジャズ・シンガーになりたいの?こんなことをしていても、結局は空港にあるヒルトン・ホテルのラウンジで歌って、いつも欲求不満を抱え、お金もない生活を送る未来しか待ち受けてないのではないか」とポーラは考えたらしい。それに彼女は「バークリーではみんな何とかして名人芸に到達しようと、そのことばかり考えていて、テクニックの追求には熱心でも、歌詞のことなんて何も考えてもいない。コンテンポラリー・ジャズの曲にはたいていこの世で最悪の歌詞がついているわ」と発言している。(中略)

彼女が好んで聴いたのは、黒人のアーティスト、それも自分よりずっと世代が上のアーティストのようで、特に大きな影響を受けたアーティストとして、アレサ・フランクリン、チェット・ベイカー、サラ・ヴォーン、マイルス・デイヴィス、ボブ・マーリィ、それにケイト・ブッシュやアニー・レノックスなどの名前を挙げている。

バークリー時代には、ゴスペル・クワイアーに参加したり、ジャズ・シンガーとしてケンブリッジのジャズ・クラブにも出演し、ジャズ・レーベルのGRPレコードからレコード契約の話も持ち込まれたりしたポーラだが、すでに彼女の目標はジャズを巧みに(正確無比に)歌うということから、自分の歌をどれほど正直に歌えるかということに変わっていて、カレッジを卒業してしばらくするとサンフランシスコに移り住み、その街のベーカリーで働くかたわら、熱心に曲作りに取り組んでいった。(中略)

(ポーラの歌の)素晴らしさはあれこれと筆者が説明するまでもなく、アルバムに耳を傾ければたちどころにわかることと思う。(中略)強烈で圧倒的なそのヴォーカル、オーストラリア北部に住むアボリジニの管楽器ディジャリデュー、それにクラリネットなどを手がけ、デビュー作(hardinger)ではストリングス・アレンジまで行っていたその多彩な才能。そして自らの心の中を正直に綴ったリアルで赤裸々な作品。それらすべてがポーラ・コールの大きな魅力だと言えるが、筆者としてはまさにこのアルバムのジャケットのように、自分の裸をさらけだし、熱い情念の炎をめらめらと燃え上がらせながら、エモーショナルに歌い上げる、彼女の臨海ぎりぎりの歌の数々に何よりも激しく心が揺さぶられてしまう。
(音楽評論家中川五郎氏評)

ポーラ・コールさんの歌は、ほとんど泣き叫んでいるような凄まじい歌があって、聴いていると心が揺さぶられます。レネ・マーリンさんと同じく、非常に暗いところも僕はとても好きです。また、歌詞が非常に練りこまれていて、歌詞を読んでいるだけでも、彼女は教養をきちんと身につけてそれを活かすことのできる頭の良い人だなということが分かります。歌を聞く側をある程度突き放した歌詞を情念的に歌い上げ、聴いていると圧倒されます。先の「ニーチェ・アイズ」もそうですが、「ミー」なども聴いていて、圧倒されます。「ミー」の歌詞の最初をご紹介致します。

ポーラ・コール「ディス・ファイア」より
「ミー」

私は歌っている人間じゃない
私の内面は沈黙の人
私はみんなのジョークに笑う人間じゃない
彼らのエゴをなだめてやっているだけ
私は私の家じゃない
私の車でも私の歌でもない
それはみんな私の行く道の通過地点に過ぎない
私は冬のよう 暗くて冷たい女
見えないところに知恵の金の指輪をしているの

私の敵は私
私を打ちのめすのは私
怪物を生み出すのは私
私の自信を剥ぎ取るのは私

聴衆から距離を取った歌を非常に圧倒的な情感で歌い上げ、圧倒されます。彼女の歌を聴いていると、決して聴衆に媚びることのない優れた歌姫さんであると感じます。よろしければ、ぜひ、ポーラ・コールさんの歌、ご一聴お勧め致します。僕の好きな歌姫さんです。不遇な歌姫さんであり、注目されるのも遅かったですが(彼女ほどの歌の才媛がこれほど不遇な若い時代を過したことは、音楽を愛する者として極めて遺憾です)、その後もサードアルバム発売後、レコード会社がプロモーションを手違いしたとかなんやかやありまして、非常に優れた歌姫さんにも関わらず、まだ四枚しかアルバムがでていません。(ベスト盤を入れると五枚です。)

CCCD騒動に巻き込まれた悲劇の歌姫レネ・マーリンさん(現在アルバム三枚)と同じく、レコード会社のミスプロモーションに巻き込まれた悲劇の歌姫さんです。こういう、レコード会社の失敗でアルバムがでないとか、そういうのは、音楽好きとして心底遺憾に思います。ぜひご一聴をお勧めする、レネ・マーリンさんと同じく、暗い歌声の魅力を湛えた歌姫さんです。

最後に、調子が悪く、更新滞りましたら申し訳ありません。もし、ギフト券、アフィリエイトなどでご慈悲を賜わってくださるお方おられましたら心から感謝致します。最後がこのようになり、誠に申し訳ありません。非常に調子が悪く、胸が重く、お腹が現在痛く、不眠がぶり返しており、これ以上更新できなそうで、申し訳ありません。

最後に、石原吉郎詩文集から、ちょうど今の僕の状態のような文章を引用させて頂きます。

からだの調子が悪く、疲れがひどい。ただ疲労の上に疲労を重ねて行くだけで、自分を確かめる意欲もなく、まっくらな無力感のなかで、ただ目だけあけて生きている。
(石原吉郎「石原吉郎詩文集」)

僕は、下記にかきましたように、人々が思いやり持つ社会へ、人々があい争う競争社会ではなく、人々が協調する社会へ、少しずつでも、日本が変わってゆくことを心から望みます。

初音ミクとニコニコ動画の明日への希望。公共の共有は文化を豊かにすることについて。歌姫マーヤさん。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/760450.html


参考作品(amazon)
This Fire
Harbinger
Amen
Courage
Greatest Hits: Postcards from East Oceanside
プレイング・マイ・ゲーム
アナザー・デイ (CCCD)
ロスト・イン・ア・モーメント(CCCD)
石原吉郎詩文集 (講談社文芸文庫)
資本主義黒書 上―市場経済との訣別
資本主義黒書 下―市場経済との訣別
人間の安全保障 (集英社新書)
貧困の克服―アジア発展の鍵は何か (集英社新書)
ありきたりの狂気の物語 (新潮文庫)

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2009年03月19日 15:30

世界を不幸にしたグローバリズムの正体
マイ・ベスト

高橋直樹氏から非常に居丈高な返答が来ました。高橋直樹氏へのこれまでの応答については、下記をご覧下さい。

KEIさんのコミック「初音みっくす第1巻」贈って頂きありがとうです。お勧めバンドさん「カーディガンズ」さん。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/762071.html


高橋直樹氏が応答してきたので返答します。後世について。猫とほんわか暮らしたい。「聖☆おにいさん」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/761151.html


初音ミクとニコニコ動画の明日への希望。公共の共有は文化を豊かにすることについて。歌姫マーヤさん。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/760450.html


中東からの村上春樹氏批判について。村上春樹さんのエルサレム賞受賞スピーチ後の心情のインタビューについて。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/749748.html


美の生活と結びついた倫理性について。倫理なき芸術至上主義が陥るファシズムと戦争犯罪について。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/739207.html


村上春樹さんのエルサレム賞受賞と、筒井康隆さんが論じる文学の政治性について。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/702575.html


僕がずっといっているのは、高橋直樹氏が支持を明言する新自由主義(経済的自由を最大化して福祉社会保障等の国家コストを削減する主義)と自由市場原理主義が、クリエイター含む労働者や失業者の権利を脅かしているのに、高橋直樹氏は、彼自身も言っていますが自らの利益(ロイヤリティ・商業使用料)の為なのか、それとも本気で錯誤しているのかわかりませんが、そこから目を逸らして、新自由主義や自由市場原理主義を称揚しているのがおかしいと言っています。

先に挙げましたエントリで書きました様に、新自由主義や自由市場原理主義、個人の経済効率を最大化する思想では、どこからどうやっても個人の人権(生存権)を重視して富を再分配する福祉国家の思想はでてこないのです。そして、福祉国家型に社会全体が転換してゆかねば、もう先行き立ち行かなくなる(今までの消費中間層が没落し、僕のような生存ギリギリ・もしくは死亡する貧困層の増大)から、福祉国家型にチェンジするべきだと僕は唱えているのです。

高橋直樹氏が応答してきたので返答します。後世について。猫とほんわか暮らしたい。「聖☆おにいさん」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/761151.html
NScripterというソフト開発システムを作って、その商業使用料(ロイヤリティ)で金を稼いでいるブルジョワの高橋直樹氏はきっと知らないのでしょうが、ゲーム業界やアニメ業界でかつかつの貧乏をしながらオタクをやってクリエイターをやっている人々は存在します。彼らは雇用が極めて不安定な状況下におかれ、うつ病を発症するお方々もいるので、僕はデイケア(精神障害者の共同生活治療)でそういった元クリエイターのお方々と友人になりました。アニメーターなど、非常に酷い労働環境下に置かれています。

ブルジョワの高橋直樹さんは知らないでしょうが、ゲームクリエイターやアニメクリエイターの中ではフリーで作業しながら、もっときちんとした労働環境を求めているお方々が大勢います。日本共産党など左派政党は労働者の保護の強化と、現在の労働法規をきちんと守るように言い続けてきましたが、それを蔑ろにする企業側にたって、労働環境の改善ではなく悪化に尽くしてきたのは新自由主義を唱える与党自民党です。

僕は以前も書きましたが、グローバリゼーションを一概に否定するものではありません。世界中からアクセスできるニコニコ動画などのシェア(共有)のグローバル文化の良いところ(低コストでみんなが楽しめる文化)は伸ばし、逆に、新自由主義、自由市場原理主義は否定しています。

それなのに、高橋直樹氏は、極端な二分法でしか考えません。『ニコニコ動画を楽しんでいる人々は新自由主義と自由市場原理主義の恩恵を受けているからそれに逆らうべきではない』、これが高橋直樹氏の主張です。無茶苦茶です。

僕はニコニコ動画などのシェア(共有)文化は、グローバリゼーションとテクノロジーの発達の影響は受けていると思いますが、新自由主義や自由市場原理主義の影響はそれほど受けていないと思います。ニコニコ動画のビジネスモデルは、新自由主義や自由市場原理主義の掲げる取引モデルではなく、贈与モデルだからです。

取引モデルの経済(市場経済)においては、オリジナルな品があって、それを複製するなりなんなりして、それを個人が代価を払い取引することによって、経済が成立します。代価を払う余裕が存在しない人々は何もない世界に取り残されます。代価を必ず要求するので、必然的に貧しい層に対する締め付け・排除は厳しくなります。CCCD、デジタルミレニアム法やコピーワンスなどがその代表例です。こちらが新自由主義や自由市場原理主義のいる方向です。取引モデルです。

贈与モデルの経済(共有経済)においては、無償の様々な品々が代価を払えない多くの人々に共有され、その中で、代価を払う余裕のある人が、共有文化のために、代価を払います。より多くの人々に共有してもらうことで、代価を払う余裕のある人が贈与という形で代価を出してくれるかもしれないという期待を抱いて、より多くの開かれた共有を目指します。必然的に貧しい層に優しい反締め付け的な立ち位置になります。こちらは、新自由主義や自由市場原理主義では説明のつかない、人間の善意を信じた贈与型の共有モデルです。

高橋直樹氏は、グローバリズムと新自由主義と自由市場原理主義を混同していますが、無茶苦茶です。もし貧困層の分断を狙ってわざとやっているのだとしたら非道です。グローバリズムの最たるものとして、コンピュータのフリーOS「リナックス」がありますが、僕が支持するグローバリゼーションとはこちら側(皆が無償で持ち合って文化を高めて行き、そして懐に余裕のある人々が贈与する)のモデルです。リナックスが新自由主義と自由市場原理主義の側にいると思っているのですか。新自由主義・自由市場原理主義は取引モデルしか考えにいれていない私有財産権を絶対とする思想であり、人々の善意による富の再分配に近い共有・贈与型モデルを想定していません。

そして、新自由主義、自由市場原理主義の果ての金融恐慌、資源問題、環境問題などを考えると、もう新自由主義、自由市場原理主義は大勢の人々を不幸にするだけのモデルゆえに、もうそれをやめて、福祉型社会、生存権、社会福祉、富の再分配に重点をおいた社会システムにチェンジしてゆくべきだと僕は述べています。高橋直樹氏を見ると、彼は彼自身の利益(商業ロイヤリティ)のためなら、大勢の貧しき人々の文化や生命など、どうなっても構わない、自分だけが一番大事で他は知ったことかと言っているとしか思えません。

福祉型の国家になれば、不安定な雇用に苦しんでいる大勢の人々、クリエイターの人々もきちんと救うことができます。雇用の保護を強化し、失業した際は、手厚く保護できるシステムに移行できます。失業中にも今の僕のように財政的に生活が逼迫して切羽詰らずに、文化を楽しみ、共有文化に貢献するなどの余裕も生まれてきます。しかし、ものごとをゼロサムの取引システムでしか考えず、富の再分配を否定する新自由主義のシステムでは、福祉国家には移行できません。だから僕は与党自民党が政策として維持し続けている新自由主義に反対しているのです。

後、今、僕のネットに繋げたPCが故障しているので、ニコニコ動画の再生はできますが、音は聞こえません。うつ病で、非常に財政的に生活が緊迫した状態にいるので、僕が生活を楽しめているとは全体を通して言えないと思います。

僕がミクの側に立つのは、ボーカロイド達、製作者さん達、参加者さん達に励まされて感謝しているのと、ニコニコ動画のようなシェア文化は、福祉国家の形態にとてもマッチしているからです。福祉国家は公共財の共有を重視します。文化も公共財として位置づけられます。ニコニコ動画のようなシェア文化は、公共的な機能、すなわち文化を保存し創造し共有するライブラリーの機能を果たしている。これは、福祉国家を目指す人々にとって、とても親しみやすい共有のモデルなのです。

逆に、新自由主義、自由市場原理主義は、代価を必ず要求して貧困者を排除するモデルですから、必然的に締め付けを厳しくし、その観点からしか物事を考えない了見の狭い思考しかできなくなります。高橋直樹氏はこうのたまいます。『ニコニコ動画等のネットコンテンツは既存の商業コンテンツ業界の脅威で、多くの失業者を出しながら齎す恩恵。貧者に対する精神的セーフティネットにすぎない』高橋直樹氏のこの貧しき人々を見下した物言いはなんとかならないのかと思いますが、そこは堪えて反論いたしますと、多くの失業者がでても、多くの失業者を助けて、万人がフラットに文化的富を共有して暮らせるために、共有モデルの福祉国家が必要なのです。

また、既存の商業コンテンツの最大の脅威は、竹中平蔵氏や高橋直樹氏のような、新自由主義経済をいまだに支持し続ける人々だと思います。新自由主義は、格差の増大、中間層の没落、需要の低迷を招くからです。

後、僕は真剣にミクやニコニコ動画に感謝していますし、その共有・贈与型モデルに敬意を払っています。それに対して、『貧者に対する精神的セーフティネットだ』などというのは、非常に侮蔑的な態度で、よくない気持ちです。どうしてそんなに居丈高に、貧しい人々を蔑っした態度をとるのでしょうか。

僕は、高橋直樹氏の態度・発言は、貧しき層が増えて連帯・共有してきたことによる特権階級層からの締め付け、CCCDやデジタルミレニアム法やコピーワンスの推進者と同等の立場にいると思います。僕はそれらに反対しています。この先、景況悪化はもっと酷くなり、大勢の中間層が世界的に没落します。そして世界は恐慌となるでしょう。そのとき、第三次世界戦争といった最悪の需要創出モデルの誕生を防ぐには、資源と環境、何よりも危機に瀕する人々の人命を守りながら、富を再分配する、そして文化を共有する、エコロジー・シェアモデルだと思います。

取引モデルに縛られている新自由主義に、エコロジー・シェアモデルは望めません。新自由主義者達の主張は竹中平蔵氏や高橋直樹氏の思想を見ればわかるように、自己責任一本槍、競争社会肯定の、取引モデルによる新自由主義型社会を目指しているからです。そこからは、富を再分配するという思想はでてきません。竹中平蔵氏は累進課税の否定と人頭税の導入まで唱えています。

高橋直樹氏や竹中平蔵氏が唱える『自由』とは、畢竟、経済的特権階級層のみの自由であり、貧しき人々はそこから疎外されています。しかし、決してお二人とも、貧しき層には目を向けようとせず、新自由主義の『自由』を主張します。しかしそれは、貧しき層にとっては、『非自由』なのです。新自由主義は自由市場になるべく多くのコントロールを委ねようとする主義ゆえ、最終的には富の格差による資本の専制主義に近づいてゆくからです。そこでは多くの貧しき人々の生活の居場所はありません。資本が専制的に振舞う体制下においては、文化もまた衰退するでしょう。

僕は、上記の二人が望むような資本に専制される社会ではなく、貧しき人々の生活が確保され、貧しき人々も富める人々も同様に文化にアクセスできる、そして、人々が贈与しあうことで、文化がより豊かになってゆく社会を望みます。それは、福祉国家型の社会です。

とても疲れました。高橋直樹氏は富裕な人で、なおかつ貧者をいたぶることに喜びを見い出しているようですが、それは、富者の倫理的な思想、ノブレス・オブリージュと全く逆の行為であり、新自由主義の無倫理と金融危機による崩壊がなぜ起きたのかをまさに示していると僕は思います。高橋直樹氏のお気に入りのゲーム、競争主義で人々を蹴落としてゆく特権階級が有利なバトルロワイヤル型の経済ゲームはもう世界中の人々から見限られていることに気づいた方がいいと思います。

最後に、僕の好きなアーティスト、メイヤさんの「ヒッピーズ・イン・ザ・60s」から歌詞をご紹介させて頂きます。先にご紹介しました、ブリトニー・スピアーズさんと同じく、明るく歌う歌姫さんで、僕は、レネ・マーリンさんやカーディガンズのニーナさんのような暗い歌姫も好きですが、明るい歌姫も好きです。人間からマシンまで、様々な多様な歌姫がいることは、人々、消費者さん達もクリエイターさん達も皆を豊かにしてゆくと思います。

メイヤ「REALITALES」より、
「ヒッピーズ・イン・ザ・60s」

60年代のヒッピーたちは髪に花を差していた
今でも愛の雰囲気が漂うのを感じる
60年代のヒッピーたちは知っていた
お金が神さまじゃないってこと
私がそのときいたら良かったのに

名声なんていらない
エクスタシーも必要ない
しあわせになるために

整形も必要ないわ
自由になりたいだけ
しあわせになるために

御影石の岩に腰掛けて
太陽にあなたの肌を暖めさせる
盛り上がって!
ドロップアウトして!
連帯して!

ヒッピー達…

フランスの大統領候補、世論ではサルコジ氏のライヴァルとして人気がある、反資本主義政党(NAP)のオリビエ・ブザンスノ氏はこう述べています。

『今の社会は経済的特権階級のためだけに尽くしている。新たな五月革命が必要だ』

僕は全く同感に思います。福祉型の社会に転換した、皆があくせくせずにのんびりと暮らせて共有された文化にアクセスでき、そして文化に無償で貢献し高めてゆける、そんなニコニコ動画型の文化のある、福祉社会を望みます。大量生産・大量消費、競争と戦争で需要を創造する取引モデル型社会ではなく、皆で糧を分かち合う、環境と人命を尊重する贈与モデル型の社会を望みます。自分一人だけではなく、みなに幸せがある社会を望みます。

参考作品(amazon)
世界を不幸にしたグローバリズムの正体
世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す
世界を不幸にするアメリカの戦争経済 イラク戦費3兆ドルの衝撃
資本主義黒書 上―市場経済との訣別
資本主義黒書 下―市場経済との訣別
マイ・ベスト
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グラン・トゥ・リスモ

うつ病になる前お知り合いにならせて頂きましたDTMクリエイターのお方から、KEIさんのコミック「初音みっくす第1巻」、ビニール封がされた新品を贈って頂きました。ありがとうございます。言葉でしか返礼ができないのですが、心からお礼申し上げます。読んで、久々に心からニコッとすることができました。以下のコミックスです。

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内容は、ニコニコ動画文化、ボーカロイド文化に詳しければ詳しいほど楽しく笑える明るいコミックスでして、とても良い出来でした。KEIさんの美麗な絵も素敵ですし、ニコニコ動画文化、ボーカロイド文化に親しみを持っているお方々に心からお勧めできる良質なコミックだと思います。ボーカロイド達と人間の共存する世界を描く良い意味のパロディコミックで、ニコニコ動画文化、ボーカロイド文化を知らない方には、内容自体がパロディ(ある文化から引き出した作品、この場合はニコニコ動画・ボーカロイド文化)ですので、内容がよく分からないと思いますが、逆に、ニコニコ動画文化、ボーカロイド文化と親しんでいるお方には、とても楽しめるコミックだと心から思います。

お礼が言葉でしかできず、本当に申し訳ありません。表題通り、お勧めのバンドさんとして「カーディガンズ」さんをお勧めしようと思うのですが、その前に、下記のエントリの補足を述べさせて頂きます。話が中断し、まことに申し訳ありません。

高橋直樹氏が応答してきたので返答します。後世について。猫とほんわか暮らしたい。「聖☆おにいさん」
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/761151.html


高橋直樹氏は、この後も、テレビとインターネットは同じマスゴミ(マスメディアに対する蔑称)である、インターネットはテレビの完成形であると驚くべきことを述べております。これはデジタル化で規制を厳しくする(コピーワンス)テレビ業界とインターネットの規制強化側に高橋直樹氏が自らを同一化させているからでてきたのかな、と思いますが、事実は全く違います。

大資本が一極専制するテレビ放送と、草の根の個々の人々が自由に発信する多様な共用ネットワークであるインターネットは根幹的に違います。具体的に僕がそれを感じたのは、アメリカの歌姫、ブリトニー・スピアーズさんの復活を見てです。

ブリトニー・スピアーズさんは優れた歌唱力で、アメリカを中心に全世界的歌姫になりましたが(僕は「Baby One More Time」のころからのファンです)、その後、精神状態が不安定になり、奇行が目立ち、そのたびにアメリカ中のテレビ各局がバッシングしまくり、最終的には奇行が行過ぎて逮捕されて精神病院に収容されてしまいましたが(テレビ各局を中心としたマスメディアの過剰報道に彼女の精神不安定化の一責があると僕は思います)、その時、アメリカ中のテレビ各局・マスジャーナリズムが「ブリトニー復帰は絶望的」「ブリトニーは完全に終わった」「ブリトニーは完全に正気を失いもはや復帰は不可能」等々、凄まじいアンチ・ブリトニーキャンペーン騒動が起きて酷い状態でしたが、それに抵抗、レジスタンスしたのがインターネットの草の根ブリトニーファン達でした。

ブリトニー・スピアーズさんの草の根のファンさんたちが、ファンサイトやブログで、ブリトニー応援してる、ブリトニー頑張れ、と声をずっと挙げ続けていたのは、マスメディアによる総バッシングの一極的価値観(奇行で逮捕され精神病院行=悪)に対するインターネットの多様な価値観からの抵抗だったと僕は思います。

その後、ブリトニーさんは昨年完全復活を遂げ、ニューアルバム「サーカス」の出来は素晴らしいです(これから買われるお方はぜひDVD付バージョンをお勧めします)。ブリトニーさん自身も言っていますが、彼女をマスメディアが総バッシングしていたとき、彼女をずっと支え続けたのは、マスメディアの一極的価値観に対して抵抗する彼女の昔からのファン達の草の根活動でした。そしてその草の根活動の場として、インターネットが活用されたことは、ネットの歴史において、とても輝かしいことだと思います。

ウィキペディア「ブリトニー・スピアーズ」
ブリトニー・スピアーズ(Britney Spears, 1981年12月2日 - )は、アメリカ合衆国のシンガーソングライター。日本での愛称はブリ、ブリちゃんなど。現在は二児の母。身長163cm。(中略)16歳でシングル「...Baby One More Time(ベイビー・ワン・モア・タイム)」(1998年10月)でデビュー。同シングルは全世界で915万枚の売り上げを記録し、世界19ヶ国でプラチナム・ディスクを受賞。(中略)ブリトニーにはドラッグやアルコールを常用している疑いがあり、子どもより自分を優先する行動、無免許運転による事故といった問題が絶えないため、裁判所は2007年10月に親権を剥奪し、ケヴィンに完全譲渡すると発表した。(中略)

完全復活
2008年1月3日、ブリトニーはこの日の午後、ビバリーヒルズの自宅で2人の息子と過ごしていたが、7時には元夫ケヴィン側に息子たちを引き渡すことになっていた。しかし、息子との面会の際に同席を義務づけられている監護モニターの女性が、迎えの車に長男ショーン・プレストンを乗せている間に、ブリトニーは次男ジェイデン・ジェームズとともに一室に鍵をかけて、「子供を渡したくない!」と立てこもってしまったらしい。8時すぎには警察が出動する事態になり、それから約3時間後、ブリトニーは担架に乗せられて半ば強制的に病院に搬送された。5日には病院を退院した。この騒動により子供達との面会権を失ってしまう。

1月31日、ブリトニー自身もしくは他の人たちに危険を及ぼす可能性があるとしてカリフォルニア大学ロサンゼルス校医療センターに搬送された。 3日間の集中鑑定・治療の結果、引き続き14日間の治療が必要と診断されていたブリトニーが、2月6日午前11時30分頃に入院していたUCLA病院の精神病棟を緊急退院した。UCLA病院の担当医は、法律の下にブリトニーを入院させていたが、ブリトニーの容体は安定し、自分や他人に危害を加える恐れはないと判断し、ブリトニーが退院を望んでいるために、これ以上の入院は必要ないと判断した。入院直後は抵抗していたブリトニーだったが、病院内では診察に協力的でとてもおとなしかったという。

その後、父親のジェイミー・スピアーズがロサンゼルス地方裁判所により成年後見人として選出され権限を与えられてブリトニーをサポートしている。

2月22日、1月3日以来会ってなかった息子達の面会権を得ることが出来た。 2月中旬から6〜15歳で15人位のダンスレッスンの講師をブリトニーが行い、子供やその親から絶賛されている。クラスの子供は全員ブリトニーが大好きで、子供の親も「子供と一緒にいるブリトニーは素晴らしいの一言です。子供はいつもブリトニーと一緒に踊って、ブリトニーがきっかけを与えてくれたんです」と絶賛。そしてブリトニー自身もかなり癒され、楽しんでいるという。また子供たちと一緒に撮った写真をフォト・エージェンシーを通して世の中に売り出し、売り上げは子供達のガン治療を行うテネシー州メンフィスのSt.Jude Children's Research Hospitalに贈られチャリティーにも貢献している。

3月24日、CBSで人気放送中のコメディードラマ『How I Met Your Mother(ハウ・アイ・メット・ユア・マザー)』にゲスト出演し、1067万人の視聴者を獲得し、放送開始からの3年間で過去最高記録をマークした。いまだにブリトニーに対する注目度が高いことを証明したことになる。TVにカメオ出演するのは、2006年のNBC『Will & Grace(ウィル&グレース)』以来となる。また、ブリトニーがドラマの中で着ていた衣装がチャリティー・オークションに出品され、集まった収益金は環境保護団体の天然資源保護協議会に送られた。 

6月25日には子供達と一晩過ごせる権利を裁判所から下され、2006年の離婚以来続いていた親権争いは7月18日に和解が成立した。 和解では、フェダーラインが息子2人の親権を維持することとなった。

そして9月7日、MTV Video Music Awardsのメインとして元気な姿を見せ、見事3冠をもらい華々しい復活を遂げた。 そしてまた、12月の自身の誕生日の2日に復活作『Circus(サーカス)』をリリース。ファーストシングルの「Womanizer(ウーマナイザー)」が9月26日にラジオで解禁された。その「Womanizer」はitunes USAで一週間に28万6千ダウンロードされ、Billboard Hot 100にて96位から1位という歴代最高のジャンプアップによりシングル「...Baby One More Time(ベイビー・ワン・モア・タイム)」以来の1位を獲得した。

2008年はブリトニーの年と言われ、2008年のyahoo検索ワードで1位だった。ちなみに過去8年のうち7年間はブリトニーが1位をとっている。

2009年に開催されたフランスの音楽祭“NRJアウォーズ”では“最優秀インターナショナル女性アーティスト”およびシングル「Womanizer」での“最優秀シングル”と、2部門で賞に輝くなど健闘をみせた。

テレビの一極的スタンス(ブリトニーはおかしいとして一気にバッシング、過剰報道するマスメディア批判が集まり、ブリトニーさんの人気が以前高いと見ると、その後は一気に掌返し)と、マスメディアに抵抗してブリトニーさんを支え続ける形で現れたファンの自発的な草の根活動、インターネットの草の根活動の多様性を無視して、『インターネットとテレビは貧者のメディアであり同質のマスゴミだ』と述べる高橋直樹さんの認識は完全に誤っていると思います。

高橋直樹さんは常に貧困層に対して居丈高なスタンスを取ってきた、新自由主義、自由市場資本主義の支持を明言するクリエイターの方ですが(彼のスタンスは竹中平蔵氏に非常に似ています)、もしも、先の発言(テレビとインターネットは貧者のメディアで同質〜)が貧困層の草の根の連帯の分断を狙って行われたものなら、それは最低の行いだと思います。気持ちのよくない話(貧困層の連帯の分断を狙って行われたものなら、それは最低の行い)であり、ブログを読んでくださっているお方々には申し訳なく思います。ここからは、別のお話を致します。

僕が皆さんにお勧めする、昔から好きなバンド「カーディガンズ」をご紹介致します。僕は昔からボーカルのニーナさんの歌声に参っており、とても大好きなバンドさんです。とても有名なバンドなので、ご存知のお方々も多いと思いますが、まだ未聴のお方々は、ぜひ、聴いて欲しいバンドさんです。

カーディガンズのボーカル、ニーナさんのいいところは、良い意味で暗めで繊細そうなところで、ボーカロイド達の歌声に通じるところのある、不安定な繊細さ、センシティヴを感じます。先日挙げた歌姫レネ・マーリンさんと同じく儚さと不安定さを感じさせるところが、僕はとても好きです。

ちなみにカーディガンズで僕が一番好きなアルバムは「グラン・トゥーリスモ」ですが、これは暗くて最高に僕の好きなアルバムなのですが、『暗すぎる』ということであまりセールスが伸びず、残念です。僕はこの暗さが最高に大好きなのですが…。

ウィキペディア「カーディガンズ」
カーディガンズ (The Cardigans) は、スウェーデンのバンド。 キュートなボーカルと60年代風のアコースティックなロックサウンドでスウェディッシュポップのブームを巻き起こした。(中略)アルバム『グラン・トゥーリスモ』(1998年)では音楽性をよりダークなものに転換し、スウェーデンは前作同様のヒットとなるが、外国では大きく人気を落とすことになってしまう。

このあとバンドは活動を休止し、ソロ活動に入る。2003年に再び集まって『ロング・ゴーン・ビフォー・デイライト』を発表。(後略)

僕の一番好きなアルバムがセールスに伸び悩んだのは、とても悲しいです。「グラン・トゥーリスモ」は、暗すぎるという意見もありますが、とてもいいアルバムだと思います。僕は世界の真たる実相とは暗黒(虚無たる死)であると思っているので、暗さの中に真善美における真、本当の意味の真が潜んでいるのだと思っています。

石原吉郎
「死」

死はそれほどにも出発である
死はすべての主題の始まりであり
生は私には逆向きにしか始まらない
死を<背後>にするとき
生ははじめて私にはじまる
死を背後にすることによって
私は永遠に生きる
私が生をさかのぼることによって
死ははじめて
生き生きと死になるのだ

私たちはただちに「コロンナ33」と呼ばれる収容所へ追い込まれたが、この日から翌年までの一年間が、八年間の(シベリア)抑留期間を通じて最悪の期間となった。(中略)

バム地帯のような環境では、人は、ペシミストになる機械を最終的に奪われる。人間が人間でありつづけるためには、周期的にペシミストになれる機会が与えられていなければならない。なぜなら(強制収容所では)誰かがペシミストになれば、その分だけ他の者が生きのびる機会が増すことになるからである。ここでは「生きる」という意志は、「他人よりも長く生き残る」という発想(他者と切断されたゼロサムゲームの世界観の発想)しか残らない。バム地帯の強制労働のような条件のもとで、はっきりしたペシミストの立場(人間であるためならば自らの命すら捨てるという立場)をとるということは、おどろくほど勇気がいることである。なまはんかなペシミズムは人間を崩壊させるだけである。(中略)そのなかで鹿野は、終止明確なペシミストとして行動した、ほとんど例外的な存在だといっていい。(中略)

作業現場への行き帰り、囚人は必ず五列に隊伍を組まされ、その前後と左右を自動小銃を水平に構えた警備兵が連行する。行進中、もし一歩でも隊伍を離れる囚人があれば、逃亡とみなしてその場で射殺していい規則になっている。警備兵の目の前で逃亡を試みるということはほとんど考えられないことであるが、実際は、しばしば行進中に囚人が射殺された。しかしそのほとんどは、行進中つまずくか足をすべらせて、列外によろめいたために起っている。

厳寒で氷のような固く凍てついた雪の上を行進するときは、特に危険が大きい。なかでも、実戦経験のすくないことにつよい劣等感を持っている十七、八の少年兵に後ろにまわられるくらい、囚人にとっていやなものはない。彼らはきっかけさえあれば、ほとんど犬を撃つ程度の衝動で発砲する。

犠牲者は当然のことながら、左と右の一列から出た。したがって整列のさい、囚人は(自らの命を賭けて)争って中間の三列に割りこみ、身近にいる者を外側の列へ追い出そうとするのである。私たちはそうすることによって、すこしでも弱い者を死に近い位置に押しやるのである。(中略)

実際に見た者の話によると、鹿野は、どんなばあいにも進んで外側の列にならんだということである。明確なペシミストであることに勇気がいるというのは、このような態度を示している。(中略)

彼(鹿野)の追憶によって、私のシベリヤでの記憶はかろうじて救われているのである。(中略)

(日本へ)帰国した翌年、鹿野は心臓麻痺で死亡した。狂気のような心身の酷使の果ての急死であった。彼は最後まで、自らに休息を許さなかったのである。
(石原吉郎「石原吉郎詩文集」)

僕はかなり限界状況(生活苦)なので、世界の実相は闇であり、人間であることはその闇(虚無・死)を認識することだと思っています。話がとても重くなってしまい申し訳ありません。話を戻します。

ミクが出てきて初めの頃、ミクがたどたどしく歌っている歌を聴いていて、僕は「グラン・トゥーリスモ」のニーナさんに通じるような暗い儚さと不安定さを感じて、とても好きになりました。うつ病になってから、心身と生活の余裕が全くなくなり、PCが故障し(音が出ません)、ボーカロイド界隈から遠ざかってしまったので、最近のムーブメントについてはよく分からないのですが、昨年の中旬ぐらいまではボーカロイド界隈、とても楽しませて頂いておりました。

ボーカロイド達の歌を聴いていると(僕は暗くて陰鬱な曲がどちらかというと好きなので、牢獄Pさんの曲とかとれも好きです)、カーディガンズの曲「エクスプロード」でニーナさんが歌っている歌詞を思い出します。日本語訳でご紹介致します。

ニコニコ大百科(仮)「牢獄P」
http://dic.nicovideo.jp/a/%E7%89%A2%E7%8D%84p

カーディガンズ
「エクスプロード」

あなたの苦悩を和らげてあげる
私達が 倍支払ってあげるわ
少しの間 あなたのことを見ていなくていられるから

あてにしているのね
あなたを心地よくしてくれるなにかを
それがある間は 生きていられるのね

砕け散ったり 崩れ落ちたり
砕け散ったり 崩れ落ちたり
それは 私達が 何とかしておくわ
Yes,  私達が あなたを連れて行ってあげるわ

あなたが枯れ果てているから
何がいいことなの あなたが傷つけたもの
それが あなたを殺して 生き残らせるのよ

だから もうやめましょう
あやつり人形の世界で
呆れてしまうわ 彼らが私達みんなにしていることって

砕け散ったり 崩れ落ちたり
砕け散ったり 崩れ落ちたり
それは 私達が 何とかしておくわ
Yes,  私達が あなたを連れて行ってあげるわ

さあ 次は何をしてさしあげましょうか?

砕け散ったり 崩れ落ちたり
砕け散ったり 崩れ落ちたり
それは 私達が 何とかしておくわ
Yes,  私達が あなたを連れて行ってあげるわ

カーディガンズは暗い曲が多いですが(そこがまた大好きです)、特にこの曲の頃のニーナさんの暗い歌っぷりは素晴らしく、この曲も聴いていると暗い深海へと沈んでゆくような気持ちになる曲で、僕の大好きな曲です。初音ミクの曲をヘッドホンで聴いていると、この歌を思い出すことがあります。その点で、僕とボーカロイド達を結び付けている曲です。ミク達の歌を聴いていると、ボーカロイド達が『Yes,  私達が あなたを連れて行ってあげるわ』と囁いているような感じです。

今は、音響調和的に歌うこと(サラ・ブライトマンさんやエンヤさんのように歌うこと)はまだボーカロイド達には技術的に無理ですが、僕はボーカロイド達の曲を聴いていると、初期カーディガンズのような魅惑的な暗闇、不安定さと儚さを感じて、とても好きです。

ノイズや耳障りな金属音を利用したカーディガンズの名曲「パラライズド」などは、まさに、僕にとって、マシンの歌姫達が活躍するシェア(共有)の場所であるニコニコ動画などの共有サイトそのものです。最後に、「パラライズド」の歌詞を引用してご紹介致します。狂気と愛を歌った歌です。両曲(エクスプロード、パラライズド)とも、アルバム「グラン・トゥーリスモ」に収録されています。

カーディガンズ
「パラライズド」

ここはあなたが正気ではいられなくなる場所
そして 愛が始まる場所
決して手を離さないで
さまよわないで
足を踏み外さないで
全てを失うことになるわ
この世で一番素敵な死に方をすることになるの

心の奥底で芽生えているの
隠すことなんて出来ないわ
何よりも大切な炎なのよ

Oh,  これは奇妙な願いごと
嘘をつくことは出来ないわ
それは 意味のない抵抗よ

ここはあなたが正気ではいられなくなる場所
そして 愛が始まる場所
決して手を離さないで
さまよわないで
足を踏み外さないで
全てを失うことになるわ
この世で一番素敵な死に方をすることになるの

血液の熱い流れが止まってしまったら
もう あなたは麻痺してしまった証拠
心まで侵されてしまうわ

押し殺していたの
でも ゆっくりと あなたに迫ってゆくのよ
何よりも大切な炎だから

ここはあなたが正気ではいられなくなる場所
そして 愛が始まる場所
決して手を離さないで
さまよわないで
足を踏み外さないで
全てを失うことになるわ
この世で一番素敵な死に方をすることになるの

マシンの歌姫の歌なんてぞっとするという意見がありましたが、僕はどちらかというと、逆な感性で、ダイナミックな人間的生々しさを感じさせる歌声が昔から苦手で、暗さや不安定さ、儚さやか細さを感じさせるスタティックな歌声や人間の声のない純粋器楽曲(器楽クラシック各曲、交響曲からピアノ曲まで)がとても好きでしたので、その点で、先日挙げたレネ・マーリンさんや今回ご紹介したカーディガンズボーカル、ニーナさんの歌声がとても好きです。

だから僕はニーナさんの歌声に参ってしまったように、ミクの歌声を聴いたとき参ってしまいました。マシンの歌姫の歌は、狂気に陥っても愛してしまう魅惑を持っているように僕は感じます。

音楽室
「はーい 席について
今日から試しに音楽を教えることになった
初音ミクさんよ
じゃあ、自己紹介を」

初音ミク
「あっ はい
科学の限界を超えて来ました初音ミクです
おかげさまで歌のバリエーションがえーと…
……三万曲ぐらいになりました
この曲で 皆さんと楽しく歌っていければと
思いますので ヨロシクお願いします」
(KEI「初音みっくす」)

ここはあなたが正気ではいられなくなる場所
そして 愛が始まる場所

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2009年03月18日 13:55

聖☆おにいさん 1 (1) (モーニングKC)
聖☆おにいさん (2) (モーニングKC)
聖☆おにいさん 3 (3) (モーニングKC)

「追記:本エントリに高橋直樹氏からリンクが張られているので、返答を書きました。
とても疲れています。グローバリゼーションの良いところは伸ばし、悪しきところは正してゆくことについて。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/762588.html

僕がずっと書いているのは、クリエイター含む労働者のお方々や僕のような失業者を追いつめているのは、高橋直樹氏が支持を明言する新自由主義、社会保障を削減し富の再分配を否定する思想である新自由主義だということです。追記終わります。」
初音ミクとニコニコ動画の明日への希望。公共の共有は文化を豊かにすることについて。歌姫マーヤさん。
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/760450.html


上記エントリに対して、高橋直樹氏が応答してきたので返答します。まず高橋直樹氏は、インターネットはアメリカングローバニズム(世界的自由市場原理主義)とイコールであると主張します。この時点で、どうかしています。インターネットのインフラは公共の電話網を使って世界中に広がりました。世界中の多くの電話網は公共機関(国営、半国営、公営、官営)です。人間の死活問題(電気・水道・ガス)に関わるものは国家が安全保障するという福祉国家の概念の上に電話網は整備されてきたからです。

次に高橋直樹氏は、近頃は貧乏でもオタクがやれるようになったから、貧乏オタクが増えてきただけと主張します。これも明らかな誤りで、オタクというのを何らかの趣味に熱狂する、創作する人々ということで言えば、昔から貧乏なオタクは存在しました。地方から上京してきた文学青年などです。彼らは貧乏の中、同人雑誌などを作りました。これはプロレタリアート文学とも関係しています。また、分かりやすいところで言えば、トキワ荘に集まった漫画家たちの大半は貧乏でした。芽が出ず、そのままトキワ荘を去った漫画家たちもいます。

NScripterというソフト開発システムを作って、その商業使用料(ロイヤリティ)で金を稼いでいるブルジョワの高橋直樹氏はきっと知らないのでしょうが、ゲーム業界やアニメ業界でかつかつの貧乏をしながらオタクをやってクリエイターをやっている人々は存在します。彼らは雇用が極めて不安定な状況下におかれ、うつ病を発症するお方々もいるので、僕はデイケア(精神障害者の共同生活治療)でそういった元クリエイターのお方々と友人になりました。アニメーターなど、非常に酷い労働環境下に置かれています。

ブルジョワの高橋直樹さんは知らないでしょうが、ゲームクリエイターやアニメクリエイターの中ではフリーで作業しながら、もっときちんとした労働環境を求めているお方々が大勢います。日本共産党など左派政党は労働者の保護の強化と、現在の労働法規をきちんと守るように言い続けてきましたが、それを蔑ろにする企業側にたって、労働環境の改善ではなく悪化に尽くしてきたのは新自由主義を唱える与党自民党です。

高橋直樹氏は、アメリカングローバニズム(世界的自由市場原理主義)がインターネットを生み出したから、市場へその代償を払えと主張します。先に書きました様に、インターネットは公営の電話網を使って発達したのです。高橋直樹氏の論で行けば、自由市場こそが公共インフラにただ乗り(フリーライダー)している存在ではありませんか。

自由至上主義者には著作権を否定する人がいるとのことですが、僕はそういう立場(著作権の存在しない最小国家論)にはコミットメントしません。それではただの弱肉強食主義になってしまうからです。先日も書きましたが極端な原理的イデオロギーは、それが平等であろうが自由であろうが、破滅を齎します。極端な自由至上主義による最小国家は悪夢のディストピアです。以下のリンク先がとても分かりやすいです。

リバタリアニズム
http://plaza.umin.ac.jp/~kodama/ethics/wordbook/libertarianism.html
(りばたりあにずむ libertarianism)
個人の自由は、 (経済的)平等や公共の福祉といった政治的目標に優先するとする立場。完全自由主義。自由至上主義、自由尊重主義などとも訳される。

リバタリアニズムは、個人の自由を最大限に尊重し、政府による個人の干渉は最小限にすべきだとする。この主張の背後には、 自由市場の働きに対する信念、すなわち政府は経済活動に手を出さず個人の自由な営みに任せておいた方がうまくいくという考えがある。

そこで、通常、 自由主義が社会的正義の名の下に福祉政策、富の再配分、 アファーマティヴ・アクション などを認めるのに対し、リバタリアニズムはこれらをすべて政府による個人の自由の侵害だとして反対する。

歴史的には、「リベラル」という言葉は、現在のリバタリアニズムに当たる意味で用いられていた(個人の自由を強調し、政府の介入を極力排除しようとする古典的なリベラリズム)。しかし、現在「リベラル」というと、社会的正義を唱え、福祉国家による弱者の救済を主張する立場を指す場合が多いため、この立場と区別するために、「リバタリアニズム」という言葉が用いられる。

この立場の主要な論者は、ロバート・ノージックである。彼は『アナーキー・国家・ユートピア』において、完全自由主義の立場を次のように正当化している。 (中略)

まず、各人は絶対的な自己所有権を持つ。すなわち、自分の身体と、自分の財産は、自分が同意しないかぎりは、他者によって侵害されることは許されない。

この自己所有権から、「他人の権利を侵害しないかぎりは、どのように行動しようと自由である」という自由主義が正当化される。

しかし、それだけではなく、国家も、各人の所有権を侵害してはならない。国家がすべきことは、各人の所有権が侵害されないように取り計らうことと、侵害された場合に補償が行なわれることを確実にすることだけである。このようにして最小国家(minimal state)が正当化される。

完全自由主義 (Ask a Libertarian)
完全自由主義については、完全自由主義を採用しているL国の官僚と話す機会があったので、その会話を再録しておこう。

「L国では、麻薬が禁止されていないそうですが」

「他人に危害を加えないかぎり、何をしようと個人の自由ですからね」

「シートベルトも締めなくていいとか」

「シートベルトをつけていないせいで死のうと死ぬまいと、個人の勝手ですから」

「ギャンブルもやりほうだいだとか」

「ギャンブルで身を滅ぼそうと一山あてようと、個人の勝手でしょう」

「郵便局も鉄道も高速道路も図書館もすべて私営だそうですね」

「そういうことに政府が関与すると、税金を市民の安全を守る以外の目的で使うことになり、市民の所有権を侵害することになります」

「公立学校もないそうですね」

「国民健康保険も国民年金もありません。国家は市民の安全を守るだけです」

「では、銃規制についてはどうですか」

「拳銃の所有は個人の自由です。もちろん他人に危害を加えた人間は逮捕されますが」

「なるほど。では、家の裏庭に核ミサイルを設置してもいいのですか」

「他人に危害を加えないかぎりは自由です」

「ボクシングは禁止されていますか」

「いえ、たしかにこのスポーツは他人に危害を加える可能性が高いですが、当人同士が同意しているなら、相手に危害を与えても許されます。個人の自由ですから」

「同意していたら奴隷にもなれるんですか」

「なれます。売春も同意していれば許されます。個人の自由ですから」

新自由主義は自由市場原理主義を通して、最終的には最小国家、完全自由主義を目指す政策ですが、失敗しました。人間の不合理的な行動をきちんと考えに入れていない、人間は合理的に振舞うという前提が完全自由主義の前提としてあるからです。しかし、人間は不合理に振舞います。結果、経済、そして社会の秩序が崩壊するのです。現在の世界金融恐慌状態を見ても、なぜ新自由主義を高橋直樹氏は標榜し続けるのか疑問です。本気で、新自由主義型の経済で今後の世界が流れてゆくと思っているのでしょうか。

もし、このまま金融が破裂している状態にも関わらず、新自由主義型の経済を進めれば、新自由主義型の経済は、人間が合理的に振る舞い資源が無限にあり技術が無限に発達する前提で動いており、実際は人間は不合理に振る舞い資源は有限であり技術の発達速度には限界があるので、最終的に需要が生み出せなくなり、無理矢理需要を生み出そうとすれば、それは世界戦争による需要バブルの創造しかなくなってしまいます。高橋直樹氏はそういう世界がお好きなようですが、僕はそういった未来に全力で反対します。

新自由主義による富の不均衡の全世界的拡大と、著作権などの資本権力の増強によって、一部の特権階級だけが栄え、他の大勢の世界中の人々が苦しむ世界は、世界的封建主義であり、時代の逆行です。またそのような社会では需要が存在しない(大勢が貧しいため、需要が低下する)ゆえ、最終的には1984年で描かれるような、全世界が継続的戦争状態を強いられる状況に陥る可能性が高いです。

僕はそのような世界の訪れを防ぐため、新自由主義の潮流を少しでも押しとどめ、富を再分配して、皆が生存権を保障され、文化的に豊かにアクセスできる社会を望み、貧しくてどこまで生きれるか分かりませんが、後世の大勢の人々のため、そのために命を賭けて努力しています。

後、著作権を緩めたら飯が食えなくなって死ぬ奴がでると高橋直樹氏は申しますが、逆です。著作権を緩めることで、著作創作物を公共財として認めることができます。そうなれば、先のエントリでも書きましたが、例えていえば、1000000人の人口がある新自由主義国家では、100人にしか売れない作品(残りの999900人は僕のように貧困に喘いでいて、生活を賄うのでやっとの状態)と、同じく1000000人の人口がある福祉国家では、共有されるライブラリー1000ヶ所に置かれて、1000人が一つの作品を共有することで、全員が文化にアクセスでき、なおかつクリエイターは豊かな富の見返りを受けることができます。新自由主義を推し進める高橋直樹氏のようなクリエイターこそが、オーウェルが言った『自ら、自らの破滅(文化の破滅)を求めている』クリエイターそのものなのです。

自ら新自由主義者を名乗る高橋直樹氏は、結局のところ、今の著作権システムでNScripterのロイヤリティを受けているから、今の著作権システムを維持したいという欲望から、今の新自由主義システムを無理矢理肯定する詭弁を生み出しているようにしか僕には見えません。

僕は、高橋直樹氏が自由市場原理主義を掲げる反動政治勢力として、貧しき人々を幾ら苦しめようが、それは回りまわって自らの属する文化の首を絞めているだけの自滅的行いであると思います。著作権システムにはガタが来ていると思います。僕の大好きな歌姫にして、悲劇の歌姫レネ・マーリンさんの例をとって説明致します。

ウィキペディア「レネ・マーリン」
レネ・マーリン・ペーダーシェン(Lene Marlin Pedersen, 1980年8月17日 - )は、ノルウェー、トロムソ出身の女性シンガーソングライター。

1998年10月にノルウェーでリリースされたシングル『Unforgivable Sinner』(邦題:天使のように…)でデビューし、ノルウェー・チャートで初登場1位を獲得し、大ヒットとなった。 また、同年にリリースされたアルバム『Playing My Game』はヨーロッパ全土で200万枚以上のセールスをあげている。さらに、2003年に2ndアルバムの『Another Day』をリリースし、2005年には3rdアルバム『Lost In A Moment』をリリース。哀愁を帯びたメロディーと、か細く囁くようなボーカルでヨーロッパ、アジアを中心に人気がある。

レネ・マーリンさんはとても淋しげでしっとりと落ち着いた美しい歌声を聴かせてくれる歌姫さんで、初アルバム「Playing My Game」が出た時、「凄い歌姫が現れた!!」と音楽シーンでは話題になり、ムーブメントが起きました。「Playing My Game」は欧州だけで200万枚以上、世界を含めると300万枚を突破しています。良い意味で深く暗い、深海の底のようなしっとりとした歌声の持ち主で、淋しくて切ない感じの歌を歌い、アメリカよりも、ヨーロッパと日本で主に人気があります。僕は大ファンです。

しかし、ファーストアルバムで一躍世界の歌姫となった彼女の人気は、セカンドアルバム「Another Day」、サードアルバム「Lost In A Moment」で急落しました。僕は3枚ともアルバムを持っており、彼女の歌のクオリティは決して下がっていない、セカンドもサードもしっかりと充実した、切なくて美しい歌声です。

なぜ、人気が急落しファーストアルバムに比べて売り上げが低迷したのか、それは、彼女の歌の著作権管理をしているのが、2009年のいまだに、かの悪名高きコピー・コントロールCD(CCCD)によるアルバムリリースを行っている音楽企業東芝EMI(東芝EMIは過去のCCCDアルバムの非CCCD化を行わないだけでなく、現在はセキュアCDという更におかしなCCCDを出しており、悪評ふんぷんです。)であり、彼女のセカンドアルバム、サードアルバムをCCCDで出したからです。

欧州盤、日本盤は最初からCCCDでのみリリースされ、米国盤は最初は非CCCDの普通のアルバムだったので、ヨーロッパや日本のレネ・マーリンファンは米国盤を輸入して買っていたのですが、現在では米国盤もCCCDに切り替えられ、結果、米国盤すら相手にされなくなりました。非CCCDの初期ロット米国盤が高額流通している形で、CCCD盤は、CCCDであるということで嫌われて、結果、彼女の人気の凋落に繋がりました。

CCCDはプレイヤーの寿命を縮め、最悪は破壊するので、ある程度の音楽マニアはCCCDを安くていつ壊れても良いようなCDラジカセで聴くスタンスになっています。良いオーディオ機器にCCCDを入れるような恐ろしい真似をする人はごくごく僅かです。CCCDについては下記が詳しいです。

CCCD Channel CCCD (コピーコントロールCD) FAQ
http://www.muplus.net/cccd/faq.html
オーディオ機器で「CCCD」を再生する場合
「CCCD」は普通のCDプレーヤで再生できますか?
A : 自己責任で再生してください。オーディオ機器のメーカーは「CCCD」の再生を保証していません
レコード会社は「通常の音楽CDプレーヤーで再生できる」としていますが、以下のように「正常に再生できない可能性がある」としている機器もあります。

• 音飛び防止装置が働いている(ポータブル)音楽CDプレーヤー
• CD-R/RWの再生に対応した音楽CDプレーヤー
• MP3再生のできる音楽CDプレーヤー(DVDプレーヤーやカーステレオを含む)
• ハードディスクプレーヤー(音楽CDの情報を一度ハードディスクに保存してから再生するもの。 カーナビにも同等の機能あり。)
• そのほか、CD-ROMドライブを利用した音楽CDプレーヤー

「CCCD」が再生できた場合でも、プレーヤーに問題が発生しませんか?

A : 間違いなく影響があります。プレーヤーの寿命を縮めますし、最悪の場合、壊れます。
CDプレーヤーは「CCCD」を念頭に作られているわけではありません。CDプレーヤーから見れば「CCCD」は「異様に傷のついたCD」です。そこで、CDプレーヤーは読み取りエラーだと思い込んで必至にエラーを修正しようとします。そのため、通常のCDではありえないほどの負担がプレーヤーにかかり、結果としてプレーヤーの寿命が縮まる(または壊れる)ことになります。また、寿命の近づいていたプレーヤーに対しては、「CCCD」の再生は「最期の一撃」を加えることになります。

実際にプレーヤーが故障した場合、レコード会社が補償する可能性はありませんし、メーカーも有償修理になります。

どうしてオーディオ機器のメーカーは「CCCD」の再生を保証していないのですか?

A : 「コピーコントロールCD (CCCD)」という「規格」がない以上、メーカーとしては対応しようがないからです。
「CCCD」は正式な音楽CD (COMPACT DISC - DIGITAL AUDIO) の規格(レッドブック)に従ってないので、音楽CDの規格に従って正しくプレーヤーをつくっても「CCCD」には対応しない、ということが発生します。また、コピーコントロール技術は、著作権保護をビジネスとしている企業が独自で開発したものであり、その技術は公開されていません。よって「『CCCD』に対応する」プレーヤーをつくることはできません(「『CCCD』に対応する」プレーヤーが一部ありますが、メーカーが「経験的に」コピー防止技術を回避しているだけです)。

僕は、レネ・マーリンさんのファーストアルバムの頃からのファンなので、CCCDのような、著作権主義の権化のようなディスクでアルバムがリリースされ、結果人気の凋落に繋がったレネ・マーリンさんがお気の毒でたまりません。レネ・マーリンさんファンが非CCCDだった初期アメリカ盤(現在入手困難)を輸入してまで手に入れ、ヨーロッパや日本のCCCD盤は不評で売れ行き芳しくなかったこと、どう考えても、最初から非CCCDで出していれば、このような事態は防げたはずです。

レンタルショップがあるのに、アルバムを買うというのは、その音楽に魅力を感じる、歌姫の歌に魅力を感じる、ファンだから買っているのです。CCCDはそんなファン心理を愚弄し、結果、音楽ファンのボイコットにより売り上げの低迷を招きました。僕はレネ・マーリンさんのファンゆえ、とても悲しいです。間違いなく、非CCCDでリリースした方が、売り上げは多く、レネ・マーリンさんが歌姫として更に飛躍してゆく第一歩になったと思います。僕はセカンドに収録された「disguise」(僕は米国盤で買いました)とか、とても名曲だと思います。

けれど、レネ・マーリンさんのセカンド・サードアルバムは現在、米国盤もCCCDに切り替えられていることから、CCCD盤以外での入手が難しく、とても悲しく思います。CCCDというだけで、オーディオ機器に気を使っている音楽好きはアルバムを買うことはありません。CCCDは通常の傷なし新品CDとは違い、プレイヤーの寿命を確実に縮め、物理的にプレイヤーを破壊する可能性が高いからです。

著作権を異常なレベルで保護しすぎて、結果的に自分の首を絞めているとはこういうことです。先のエントリでも書きましたが、極端なイデオロギーは、それが『平等』であろうとも、『自由』であろうとも『著作権』であろうとも、結局、世界の幅を狭めて、破滅を齎します。

僕は、世界が豊かで豊饒であること、全ての生きとし生けるもの、存在が充実して暮らせる社会を望みます。そのとき、新自由主義ではなく、エコロジーシェア(環境と資源を考えた公共共有の思想)の思想こそが、より中庸で大勢の人々が充実して暮らすことができる世界だと思います。

今、フランスでは、34歳の郵便局員さんで反資本主義新党(NAP)の代表、オリビエ・ブザンスノさんが大統領候補として注目を浴びています。もし彼が大統領に就任すれば、フランスは資本主義体制が富の再分配重視へ方向転換するわけで、そうなれば大勢の人々が貧困に喘ぐ他の欧州諸国も転換してゆく可能性があります。僕は、日本も転換してゆくことを心から望みます。

フランス政界に、34歳の郵便局員が旋風を巻き起こしている。オリビエ・ブザンスノ氏。極左政党の大統領候補になったことから演説力が注目され、2月にイデオロギー色を薄めて出直した新党の顔として人気がさらに上昇した。世論調査では「サルコジ大統領の最大のライバル」。背景には左派支持層の期待に応えられない既成政党の姿が見える。

「サルコジ大統領は53%の得票率で当選しながら、政策といえば、たった7%の特権階級向けばかり」。パリ郊外で2月上旬に開かれた反資本主義新党(NPA)の設立大会で、黒いセーターにジーパン姿のブザンスノ氏は、前夜発表された大統領の金融対策への批判を展開した。聴衆600人が見つめる。(中略)「資本主義は行き詰まっている」「自由主義の乱暴な政策は危機に油を注ぐだけ」……機関銃のようにたたみかける。(中略)

(オリビエ・ブザンスノさんが)一躍有名になったのは02年度の大統領選。極左小党、革命的共産主義連盟(LCA)から最少年の27歳で立候補した。テレビカメラを前にしたよどみない弁舌は説得力があり、121万票(得票率4.5%)を集めた。(中略)

新党(反資本主義新党)の「設立原則」は最終章で「労働者の解放は労働者自身が」と呼びかける「共産党宣言」(1848年)の一節を「我々の羅針盤」として引用し、「階級闘争や社会主義、共産主義、無政府主義などの遺産の最良の部分を生かす」などと続ける。

しかし、まず最初に列挙するのは、「食料や経済、環境、エネルギー、金融、社会……の危機を生むとする資本主義の弊害。「もう一つの世界は可能」として「21世紀の社会主義」を掲げつつ、自然環境保護や女性解放、反人種差別など国民の関心が高い分野での新党の役割を力説する。

従来のイデオロギーを否定はせず、「反資本主義」で一致できる限り、幅広い結集をめざす。党員はLCR時代の3倍の9千人になった。(中略)

金融危機への不安や右派のサルコジ政権への不満も社会党と一線を画した左派への期待を押し上げているようだ。新党(反資本主義新党)幹部のピエールフランソワ・グロン氏は「失業者や組織化されていなかった人らにも(支持が)広がっている」と話す。
(朝日新聞2009年3月18日朝刊国際面)

反資本主義新党が与党となりオリビエ・ブザンスノさんが大統領になるフランスの未来を心から応援致します。極端な資本主義である新自由主義・自由市場原理主義は多くの人々を不幸にしてゆくだけです。自由資本主義は大勢の人々の人生を破壊しながら定期的に巨大な恐慌を巻き起こし自壊するシステムであること、そして、そんなシステムから如何にして脱出し、大勢の人々の生活の質が上がる社会を目指してゆくかということについては、「資本主義黒書」の一読をお勧め致します。

最後に、このようなお願いを申し上げて、誠に申し訳なく思うのですが、生活に困窮しておりまして、ご余裕あるお方は、ギフト券、アフィリエイトにて、お慈悲を賜わってくださると心から感謝致します。最後がこのようになり、誠に申し訳ありません。

僕は生活が困窮して、命が掛かっています。このまま新自由主義政治が日本で存続したら、生き残る確率は極めて低いと推察し、一生懸命書いております。高橋直樹さんは命を賭けて新自由主義を唱えていらっしゃるのでしょうか。僕は命を賭けて富の再分配を行う社会、「階級闘争や社会主義、共産主義、無政府主義などの遺産の最良の部分を生かす」を望みます。

高橋直樹さんはロイヤリティ(商業使用料)で暮らしていらっしゃるブルジョワゆえに、その既得権益を守るためだけに新自由主義、自由市場原理主義を唱えているように思えます。それは果たして、大勢の人々を幸せにする道だと本気で信じているのでしょうか。それは最終的には全ての人々を不幸にする、既得権益層の没落をも早める破滅への道ではないでしょうか。

僕は、富の再分配を行う社会、「階級闘争や社会主義、共産主義、無政府主義などの遺産の最良の部分を生かす」社会は、僕の生存だけでなく、他の大勢の人々の生存に関わる、生命を活かすための社会であると心から信じています。それは、僕が死んだ後のことも考えてです。高橋直樹さんは自分が死んだ後の社会はどうなってもいいという視点から文章を書いているとしか僕には見えません。

僕は自身の生死が切羽詰っているので、僕が死んだ後の社会(僕は高橋直樹さんより年下ですが、芥川龍之介の二倍は長生きすると豪語する高橋直樹氏より貧富環境差により僕の方が早く死ぬでしょう)、後世の社会を構想して、僕みたいな貧しくて死に至るような人間がなるべくでない、そしてなおかつ文化が豊かで自由のある社会を構想して文章を懸命に書いています。そのことは、分かって頂きたいと心から願います。

僕は本当は、猫とほんわか暮らしたいけれど、生活苦でそれができないのが、とても辛いです。猫とほんわか暮らせる社会がきてほしいです。

シンシア・ライラントさんという、読んでると心がほんわかとする暖かい詩、アニメのARIAっぽい感じのほわほわした詩を書かれる、僕の好きな詩人さんがいらっしゃいます。

ほんわかした詩を書く彼女がほんわかとしたユーモアを交えながらも、批判的に現在の競走資本主義社会を描いた詩を最後にご紹介致します。シンシア・ライラントさんの詩は読んでいると心が暖かくなるので、猫好きのお方々にお勧めです。神さまほんわかユーモア漫画の傑作「聖☆おにいさん」に似た雰囲気があるので、「聖☆おにいさん」好きにもお勧め致します。「聖☆おにいさん」もとてもほんわかしたユーモア漫画で、猫好きのお方々にお勧めです。シンシア・ライラントさんの詩は、暖かくて、ARIAのアリシアさんとイメージが重なるので(アリシアさんが書いてそうな感じの詩です)、ARIA好きのお方々にもお勧めです。

シンシア・ライラント詩集「神さまが……」より

「神さまが事務をとってみたら」

ちょっとどんなものか
知りたかっただけなのに
背中が痛くなった
それでなくとも神さまは
いつも背中が痛いのだ
なにしろ世の中のなんやかやの
重荷がのしかかっているのである

それにしてもこの仕事はつらい
一日中デスクに坐って
まるで拷問だもの
体の中にみちあふれていた光が
だんだんと弱まり、輝きを失ってゆく

もし、もう一度
電話がかかってきて
受話器をとらなくてはならないのだったら
人間どもが言っている
ハルマゲドンとやらを
やらかしてしまうところだった

ハルマゲドンなんて、神さまのアイデアじゃないし
そんなことをするつもりもなかったけど、
いつまでもこんな試練をうけつづけていたら
どうにかなってしまったかもしれない

しかし、とにもかくにも
その日一日をなんとか
無事に終えることができたのは
ただただスニッカーズという
チョコバーのおかげであった

神さまはそれを37個も食べて
それとともにヘビ座の中の
美しい羽をひろげた
ワシ星雲のことを考えていられたから
爆発しないですんだのだ

僕も働いていたころ、ちょうどこんな感じで、チョコバーを37個は流石に食べませんが、単純作業のくり返しのなかで、いつも別のことを想像していたからなんとか耐えられました。しかし、うつ病になりあっさりクビになってしまいました。こういう労働環境が本当に人々を幸せにする労働環境なのか、どうか皆様に考えていただければ幸いに思います。

僕は本当の望みは、生活苦に喘ぐことなく、猫とのんびり暮らしたいです。

参考作品(amazon)
資本主義黒書 上―市場経済との訣別
資本主義黒書 下―市場経済との訣別
プレイング・マイ・ゲーム
アナザー・デイ (CCCD)
ロスト・イン・ア・モーメント(CCCD)
聖☆おにいさん 1 (1) (モーニングKC)
聖☆おにいさん (2) (モーニングKC)
聖☆おにいさん 3 (3) (モーニングKC)
神さまが…
いぬはてんごくで…
人魚の島で
ながいよるのおつきさま
ヴァン・ゴッホ・カフェ
ARIA The ANIMATION DVD-BOX
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