けものフレンズ第5話視聴。物事を組み立てていく思考が得意なビーバーさんと、木を切って加工する作業が得意なプレーリードッグさんが、かばんちゃんとサーバルちゃんの仲立ちによって、お互いに分業して一緒に住む家になるログハウスを組み立てていくという物語でして、ずっとそうでしたが、本当に心から優しい世界なんですね、けものフレンズの世界は。見ていて心が和んでゆきます。物語もすばらしいですが、映像が本当に心地よい。サンルーフから顔を出して外を見ているかばんちゃんとサーバルちゃんを乗せたジャパリバスが豊かな自然の中を走っていく姿を遠景の後景から描いているシーンとか、もう見ていて、映像の本当の気持ちよさを感じますね。ロードムービーの映像として最高に素晴らしいとしか言い様がありません。涼元悠一さんとかきっと喜んでくれそう。

涼元悠一@SuzumotoYuuichi
https://twitter.com/SuzumotoYuuichi/status/828610343127523329
ていうか、どうして俺はこんなにもジャパリバスのことばかり気になるんだろう。

第5話の物語はビーバーさんとプレーリードッグさんは二人で分業してログハウスを作っていくんですが、思考に優れているが作業は苦手なビーバーさん(ログハウスの写真を一枚見ただけでログハウスの構造を理解した。フレンズ達は自身の得意な分野の知性に関しては人間を超える知性を発揮できるように思われる)と、思考は苦手だが実際の作業が得意なプレーリードッグさんが、互いに分業して一緒の家を作っていくんですが、これがとても優しいんですね。サーバルちゃんも含めてフレンズ達とかばんちゃんは、私利私欲がなくて本当に内的純粋性による衝動で、物事を進めていく(思考したり作業したりする)ので、自分にないものを持っている相手(フレンズ)に対して、本当に心からのリスペクトがあるのみで、それがお互いの長所を引き出し短所を補って、素晴らしい共同作業になってゆくという展開なんですね。

フレンズ達は、七つの大罪(「暴食」「色欲」「強欲」「憤怒」「怠惰」「傲慢」「嫉妬」)から、完全に解放されているように見受けられて、そしてそんなフレンズ達が、上記の大罪から解放されて、お互いに無償の「慈愛」「友情」「敬意」「贈与」の関係の中にいるのが、本当に、優しくて、輝いていて、暖かい気持ちになるんですね。ディストピアとして批判的な視点が生まれる前の古典的なユートピア世界の牧歌的な暖かさを感じますね。理想的な共生の営みを感じます。ビーバーさんとプレーリードッグさんがお互いに自分の理想のログハウスを述べていくところとか、凄く楽しい。ログハウスの遊びの仕掛けで「こんにちはであります!」のところも大好き!

ビーバーさん「はやいっす。切り口も綺麗っすね。尊敬するっす」
プレーリードックさん「我々チームで穴掘りますから、指示通りに進めるのはなれたものでありますよ。ビーバーどのこそ凄い知恵であります、尊敬であります」
(けものフレンズ第5話)

人間が生きることは、たんに自分の生存のための労働に従事するためだけじゃないと、アレントは強調する。マルクス主義が人間の類的な本質は労働にあると考えたときから、人間の全ての営みが労働に還元されるようになったと彼女はいう。でもただ労働で生存するだけじゃなく、人間が自己の創意をもって他者と交わる空間をつくりだし、そこで自己の名誉(本質)を賭け、創造的な営みをすることが、もっと大事なんじゃないかと。(中略)

(生存の為の)労働を拠り所にする社会の共同性とは異なる公共の領域にこそ、人間の本質的な営みが向けられるべきだ。アレントはそう考えたんだね。
(中山元「思考の用語辞典」)

ビーバーちゃんとプレーリードッグちゃんが、お互いに分業しながら、お互いを思いやりながら理想のログハウスを組み立てていく(サーバルちゃんとかばんちゃんとボスも喜んでお手伝いしている)というのが、様々なユートピアがディストピアを内蔵するものとして批判を受ける前の、古代、人間が人間性の善性をまだ信じられていた頃の古典的ユートピアを感じさせますね…。牧歌的な優しい古代の夢の楽園の世界。エリュシオンとかアルカディアとか…。近代ユートピアの元型であるトマス・モアの「ユートピア」自体は、すでに人間の善性が信じられなくなった時代の物語なのですね…。

イギリス国内に(トマス・モアが心を痛める)問題は山のようにあった。例えば羊毛場が盛んになるにつれ、農場はそのために囲われ、農場を追われた者達は餓死するか、泥棒するか、しなければならなかった。窃盗罪に対する処罰は死刑であった。「一つの絞首台に二十人ずつ」泥棒は処刑されていった。ヘンリー八世の治世だけでも窃盗罪によって死刑になった者の数は一万二千人に及んでいた。(中略)

こういうイギリスの、更にはヨーロッパの有様に対して、モアの良心は鋭く反応していた。プラトンの『国家』に親しみ、アウグスティヌスの『神の国』を読み耽っていたこの良心的な法律家は、現実の世界と現実の彼方にある世界、この二つを眺め、人間に対して痛烈な怒りを感じながら、しかしまた、人間を愛しながら、自分の小宇宙の中に、一つの国家を想像していたに違いなかった。

この想像のうちに浮かんでくる国家像は、現実からの投影であると共に、超現実からの投影でもあった。一方では(イギリスの実地の法律家として)貧乏人の苦しみや支配階級のあくなき搾取や犯罪や非衛生や陰謀に対する、たとえ科学的な分析ではないにしろ、とにかく深い、透徹した把握があった。また他方では、古代の哲学者や神学者が考えた、理想国家への想像的な熱情があった。いわば、上と下から、現実と理想から、それぞれ投じられる影像が(著書「ユートピア」として)一つの焦点を結ぼうとしていたといえよう。
(平井正穂。岩波文庫トマス・モア「ユートピア」訳者解説)

トマス・モア自身も、ユートピアの究極的な根源が成り立つかどうかは、人々の心、人々が思いやりの心、フレンズ達が自然に持っているような心を持てるかどうかにあると考えているのですね…。

他人に利益を与えるために自分の利益をいくらかでも犠牲にするということは、じつに愛情と高貴さにみちた行為である。もっともこの行為は、必ずしも自分の利益を犠牲にするというより、むしろ大きな利益をもたらすといってもよいものである。なぜなら、まず第一に、それはいろいろな恩恵をもって報いられるからである。次に、善行をしたという意識、相手のしめした愛情と感謝のしるしの記憶、そういったものが、自分のみを削って相手にほどこしたものが本来ならわれわれの肉体に与えるはずであった快楽よりも、さらに大きな快楽をわれわれの心に与えてくれるからである。(中略)

そういうわけで、この問題を充分に考えた結果、人間のすべての行為は、いやすべての徳そのものでさえ究極的には快楽をその目的ともし、幸福の源ともしていると、彼らは考えるのである。
(トマス・モア「ユートピア」)

トマス・モアは、全ての人に衣食住を保証するベーシックインカム的な制度のある世界では、人々はお互いに優しく、お互いのことを思いやって暮らすことができると考えたのですね。衣食住の問題を解決し公正な法制度を整えれば人々がフレンズのようになれると考えたのです。アニメの「ARIA」とかこういったユートピア世界を描いていますね。

真の意味での「ユートピア(理想郷)」とは? - 書評あれこれ〜
http://takezou022000.blog.fc2.com/blog-entry-228.html
 モアの唱えるユートピアは決して、エデンの園のような楽園ではない。資材や資産を国が管理することで衣食住が十分に保証されるとともに、刑罰によって国の安全も保証されています。こうした安全や生活に関わる必要物資を国が保証することで、国民は幸福の源である快楽を追求することが出来るのだと思います。つまり、生活に必要な基盤を国が保証する事で、生きるための労務や、外部からの危害から解放されて、自らの幸福を追求するための行為に集中することが出来る社会がモアの唱えるユートピアなのだと思いました。

しかし、このように考えた人間の根源的な善と自由とキリスト教を信じるモアの最後は悲惨なものでした…。「法の名の下に行われたイギリス史上最も暗黒なる犯罪」…。

ウィキペディア「トマス・モア」
トマス・モア(英語: Thomas More、1478年2月7日 - 1535年7月6日)は、イングランドの法律家、思想家。カトリック教会と聖公会で聖人。政治・社会を風刺した『ユートピア』の著述で知られる。(中略)

ロンドンの法律家の家に生まれた。大司教・大法官のジョン・モートンの家で従僕として教育を受け、オクスフォード大学、リンカーン法曹院で学び、法律家となった。1504年、下院議員。1515年からイングランド王ヘンリー8世に仕え、ネーデルラント使節などを務めた。1529年、官僚で最高位の大法官に就任した。

ヘンリー8世が離婚問題からローマ教皇クレメンス7世と反目すると、大法官を辞任。ヘンリー8世の側近トマス・クロムウェルが主導した1534年の国王至上法(国王をイングランド国教会の長とする)にカトリック信徒の立場から反対したことにより査問委員会にかけられ、反逆罪とされて同年ロンドン塔に幽閉、1535年7月6日に斬首刑に処された。

モアは俗人が教会の最高の長になりうることをあくまで否認したため断頭台で刑死したロチェスターの司教ジョン・フィシャーのことを知っていた。また、これと全く同じ理由から、しばり首になり、まだ息のあるうちに四肢を切られ腹を割かれて死んでいった修道士達のことも知っていた。彼の前に死刑以外の何ものもないことは明らかであった。(中略)

(1535年7月6日)モアはゆっくりと断頭台に登り、跪いて、「ああ神よわがために清き心をつくり、わがうちになおき霊をあらたにおこしたまえ。われを聖前よりすてたもうなかれ」云々という言葉のある「詩篇」51篇を頌した。いよいよ最後になった時、モアはその場所にいた人々に向かって「どうか私のために祈って下さい。そして私が聖なるカトリック教会の信仰を持ち、またその信仰のために、ここに死刑に処せられるというこの事実の証人になって下さい」といった。

また伝説的な物語として、一度首切り台に首を横たえてから、また急に首切り人に向かって、「一寸待ってくれ、髭をのけるから。この髭だけは大逆罪を犯していないからね」といったという話がある。

かくして「法の名の下に行われたイギリス史上最も暗黒なる犯罪」が行われた。
(平井正穂。岩波文庫トマス・モア「ユートピア」訳者解説)

トマス・モアの最後を我々は知っている訳で、ユートピアが描く人間の善性の世界というものが、果たして他の様々なものを超えられるのかということに、やはりどうしても疑問を感じずにはおれない。けれど、やはり、どこかに信じたいという気持ちもある訳で…。

涼元悠一@SuzumotoYuuichi
https://twitter.com/SuzumotoYuuichi/status/828577354838482945
けもフレ絡みのつぶやきで『生きてるだけで全肯定』って茶化して書いたけど、これって本当に重要で尊い理念であって、『この世界に今存在するという事実そのものが、この世界に存在していいという揺るぎない根拠』であることは、いつどんな瞬間でも忘れてはいけないと思う。

かばんちゃん「(ログハウスができたのは)かばんどのの一声あってのことであります!」
ドッグさん「いやあ、僕、力もないし、あんまりお手伝いできなくて」
ビーバーさん「そういう動物なんじゃないすか?考えるのが得意とか」
ドッグさん「そうであります!良い動物に違いないであります!」
かばんちゃん「……うん!」
(けものフレンズ第5話)

けものフレンズは現代の人間を元気付けてくれる、人間の根源的な善性を信じる気持ちをまた呼び覚まさせてくれる作品だと見ていて心から感じますね…。人間には根源的な善性があり、それを活かすことでみんなが幸せな世界を創り出すことができると信じられていた古代の人々が希望と夢を抱いて思い浮かべていた世界というのは、こんな世界なのではないだろうかと、けものフレンズを見ていると深く感じます…。

しかし彼はやはり一つの問いを抑えることはできなかった。ここの哀れな人々が取り残されたものであり、平和に恵まれない古き星の末裔だったとしても、またこれらの人々の生活がびくびくとした痙攣のように過ぎ去り、自暴自棄な殺戮に終わり果てるとしても、彼らが死人を戦場に遺棄し、それどころか、食らい尽しさえするかも知れないとしても、――そういうことが昔のおとぎ話の二つ三つに語られている――そうだとしても、未来の予感、神々の夢、魂の芽のようなものが、彼らの中に存在するに違いなかった。そうでなければ、この美のない世界は誤りであるか、無意味であるかにすぎないだろう。(中略)

「あなた方は、正しいことをしていないということを、心の中ではお気づきではないでしょうか?明るい朗らかな神々や、分別のある陽気な指導者や指揮者への憧れを抱いてはいないでしょうか?皆の欲しないことは誰も欲しないような、理性と秩序で成り立っているような、人間同士がお互いにひたすら朗らかさといたわりをもって臨み合うような、別な美しい生活を、あなた方は眠っているうちに夢見ることは一度もありませんか?世界は一つの全体であり、全体を予感しつつ敬い、愛しつつこれに捧げることこそ、幸福であり、救いであるという考えを持ったことは一度もありませんか?私達の国で音楽、礼拝、浄福と呼ばれているものを、全くご存知ありませんか?」

王様はこの言葉を聞いているうちに頭を垂れた。頭をあげたとき、彼の顔は変わり、微笑のかすかな光に包まれていた。目には涙を湛えていた。

「美しい少年よ」と王様はいった。「お前が子供であるか、賢者であるか、あるいはひょっとしたら神であるか、わしはよく知らぬ。しかし、わし達は、その方の話したことの全てを知っており、心の中に抱いておる、と答えることができる。わし達も、幸福や自由や神々をほのかに感じている。わし達も昔の賢者の伝説を持っておる。その賢者は、世界の統一を宇宙の調和的な和音として聞いたということだ。この答えで満足するかな?その方は彼岸からきた聖者かもしれぬ。神そのものかもしれぬ。いずれにしても、その方の心の中にある幸福や力や意志にして、わし達の心の中に予感や反映や更に影として生きていないものは一つとしてない」

突然、彼はすっくと立ち上がった。少年はびっくりした。一瞬、王様の顔はあけぼのの光に照らされたように、影のない明るい微笑にひたされたからである。

「さあ、行くがよい」と彼は言った。「行け、そして我々が戦争をし、殺人するのに任せておけ!だが、お前のおかげで、わしはしんみりとし、母を思い出した。もうこれで充分だ、充分だ、充分だ、愛らしい少年よ。さあ、行け、新しい戦闘の始まる前に、逃げよ!」
(ヘッセ「メルヒェン」より「別の星の奇妙な便り」)

ヘッセの短編集「メルヒェン」は第一次世界大戦中に戦争に反対していたヘッセが戦争と憎悪ばかりしている世界に対しての気持ちを込めて発表した作品が多く収録されており、上記もその一つです。彼は第一次世界大戦に反対していましたが、戦争の為に傷ついた自国民や傷病兵や敵国に抑留されている捕虜を慰問する国の慰問文庫の仕事に精力を注ぎ、そんな彼のアンビヴァレントな苦しみと、人類に対する絶望と希望が交じりあわさっている作品、私は心打たれてとても好きな作品です。けものフレンズのような美しいユートピアについて思うとき、この作品を思い出しますね…。

けものフレンズ関連エントリまとめ。随時更新(最新更新17/2/13)
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/1921487.html

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