2016年11月18日 10:32

牧野修「月世界小説」読了。最高に面白かった!!牧野作品の最高傑作メタ狂気SF!筒井康隆とか好きなお方々は是非一読お勧め!!日本語=神滅剣アル・ゾディア説。

月世界小説 (ハヤカワ文庫JA)

牧野修はときに「現実崩壊感覚」の描写に優れているなどと評されることがあるが、これは評論家たちに特有のもってまわった言い方であって、要するに「狂気」を描写することに誰よりも優れているのだ。
(山田正紀「わが子よ、月世界小説を読みなさい」)

牧野修「月世界小説」読了。私は牧野修さんの本はノベライズやシリーズ物も含めて商業出版されたものは全部読んでおりますが(亜羅叉の沙等の別名ペンネームの同人誌作品は入手が困難なので商業出版されたNULLの一部作品以外は読んでないです)、個人的には間違いなく牧野修さんの作品の集大成であり最高傑作だと思いますね。

本作は今までの牧野修さん作品の主体(メタ次元と狂気と言語への偏執+コテコテ大阪ノリいちびり)に筒井康隆「虚構船団」山田正紀「神狩り」山本弘「ギャラクシー・トリッパー美葉」を三身悪魔合体してぶち込んだような作品でして、この例えが分かるお方々には最高に面白い作品だと思います(というかこの例えが分かる人は既に読んでそうですが…)

百聞は一見にしかず。本作の特徴的なシーンを引用しますね。

その時銃声が聞こえた。
「退避!」
叫んだのは石塚だ。
皆が一斉に階段の影に隠れた。
「道夫(脚注1)、策敵開始だ!」
返事はなかった。

脚注1:本名ハットラレ半蔵。恥ずかしがり屋の忍術使い。得意な忍術はいろいろ返し。怖くなるといろいろ裏返してみせる。口癖は「ひっくり返っちゃったでござる」。

「撃たれたよ」
情けない声がした。見ると太秦映画村でしか見たことのない忍者装束を着た道夫が、泣き出しそうな顔で石塚を見ている。
「どうやら脚注弾で撃たれたみたいでござる。それではここらでドロンでござる。いろいろ返し!」
ぽん、と気の抜けた炸裂音とともに、道夫の姿が消え、代わりに血塗れの臓物が現れた。
どこからともなく道夫の声がした。
――ひっくり返っちゃったでござる。

「どこから撃ってきている」
石塚が呟いたのと同時に、カラスが陰から飛び出した。
「あの馬鹿!」
石塚の悪態はカラスの銃声で聞き取れない。
「菱屋、急げ。この物語は既に誰かによって語られている。我々は《累》の力を得なければ、この物語に介入も出来ない」
菱屋が唸る。そう云われても、彼にはどうしたらよいのかがわからないのだ。
唐突に銃声が止んだ。
「カラスさん(脚注2)」
呟いて、しくじったことに気がついた。カラスに打ち込まれた脚注弾が、今の台詞で有効になったのだ。

脚注2:坂之上フンギリ博士。オランダ生まれの工学博士。比較的踏ん切りがいい。我慢できずオナニーをすると消える呪いを掛けられている。

切ない喘ぎ声が、しんとした部屋に響いた。カラスの姿はもうない。
「菱屋!」
石塚に睨まれるが、菱屋にはどうしようもない。残されたのはこの二人だけだ。

本だ本。
冷や汗を流しながら菱屋は考える。
月世界小説に何かヒントがあるはずだ。いや待てよ。今語られているこの物語が月世界小説そのものではないのか。月世界小説月世界小説。
そうだそうだそうであるなら……。
そうかそうなのかそうだったのか。
そこでようやくわたしは気がついた。この物語が誰によって語られているか、だ。
そう、既に描写を終えている。それはわたしだ。
わたしが――菱屋修介でありヒッシャー・シュスケットであるわたしがこれを語っている。そして語られた物語がそのまま世界になっているのなら、わたしは今《累》と共にいるのだ。

気がつくと同時に、わたしは全ての状況を把握していた。

索敵を開始する。

室内の描写をテキスト解析し、三人称視点がどこに最も近づいていたか――所謂観察点POVを探し出すのだ。すぐに敵の位置が正確な三次元座標で表示される。

相手は不可視である。もともとそれは非言語的存在なのであり、認知されないことが前提だ。

銃火が見えた。

発射された脚注弾が石塚へと向かうのが見える。

私は細く長い《累》の指でそれを掴み取った。高速で動いている訳ではない。物語に関与すれば、時間を引き延ばすことなどわけもない。

さて、反撃だ。

わたしは座標で示された地点へと機銃を向けて、ファントム・トリガー(幻銃爪)を引いた。銃火とともに7・62ミリ校正赤色弾がリズミカルに発射される。
トルトルトルトルトルツメトルツメママトルママママママママトルママトルママトルトルトルトルトル!!
間違いなくわたしは《累》を通じて敵の物語に関与している。続けてわた














  を避けた。物語に亀裂が生じた。さすがはミッシングページ・ボム(落丁爆弾)の力だ。何ページを無駄にしたか知らないが敵は既にいない。

「《累》を世界n+1へ」
云ったのは部隊長だ。
わたしにはどうすれば良いか判っていた。
わたしは耳を澄ます。目を皿のようにする。犬となって気配を嗅ぎ、皮膚を粟立てて存在を感知する。舌を伸ばし次元を舐める。
聞こえた。
もう一つの《累》とそれに乗ったもう一人の菱屋修介の声が。
〔私は警告する。集え。そして戦え〕
避けた次元からどっと流れ出した暗い濁流が、わたしを《累》を呑み込む。
濁った血にも似たそれは《累》の暗く淀んだ呪詛の力だ。
そして我々は神の御前へと召喚されるのだった。
(牧野修「月世界小説」)

このシーンは無限大の平行宇宙全ての命運を掛けた神との最終決戦のシーン、これまでずっと共に戦ってきた戦友が死んでゆく物凄く悲壮なシーンの筈なのに読者はゲラゲラ笑うしかないというこの狂気!!まさにメタ狂気としか言いようが無い。

ちなみに余談ですが、本作の主人公、全ジャンル主人公最強ランキングの暫定1位のハリイ・ガーバー(ルーディ・ラッカーの小説の登場人物)に勝てるんじゃないかな。本作の主人公は、自分のいる世界の語り手であり世界を語りなおすことができるので、それは、どういう次元とかどういう世界とかがどうこうでなくて、常に自分のいる世界の一階層上のメタ視点(三人称、小説を執筆する作者の視点)から一人称で世界を語れる存在であるということなんですね。ハリイ・ガーバーがどれほど高次元に居ても、彼が語ることのできる存在、三人称視点で語られてしまう存在、すなわち小説の主人公である以上、原理的に本作主人公に勝てないように思いますね。全ジャンル主人公最強ランキングのルールだと同時に同場所同世界(語れる場所)に存在して戦いが始まる訳ですから、本作主人公が相手のいる次元のメタ次元から戦いを語って「わたしは戦いが始まると同時にハリイ・ガーバーに勝っていた。ハリイ・ガーバーが持っているとされていた能力は全て妄想に過ぎず、彼には戦いの前から何一つ能力などなかったのだ」とでも語ったら終わりですからね。メタ次元からのメタ視点(作家の視点、三人称視点)からしてみれば、語られる下位階層(物語世界)でのスピードとか物理的強さとか全く無意味な訳です。どんな強いキャラが出てくる小説であっても、一番強いのはそれを書いている作者さんでして、作者さんの語りによって、彼らは世界の中を動いている訳ですからね。閑話休題。

本作のことに戻りますと、個人的に最高に面白かったのは、この「月世界小説」自体がメタ仕掛けのトラップボムみたいなもので、この小説を日本語で最初から最後まで読んだ読者は全員「神VS人類の森羅万象全てのマルチユニバースを賭けた究極の戦い」に巻き込まれてしまうところですね。ほんと、読み終わって、「やられた!!」って気持ちになりました。ゲームの「ガンパレード・マーチ」や「Ever17」とかにもあるメタ仕掛けですが、本作はより徹底的かつ究極的に、読み手を否応無く神との戦いの前線に無理やり参戦させてしまうのが、もう流石ですとしか言いようが無い!小林泰三の「本」に出てくる「本」を読んで親方様がいつのまにかインストールされた読者や「ジョジョの奇妙な冒険」で矢に撃たれてスタンドが発現したスタンド使いのような気持ちになれます。日本語オソロシスって気持ちになれる究極の日本語論日本語小説ですね。日本語は神滅剣アル・ゾディアだった!?

人は決して二つの役割(ロール)を同時に受け入れることが出来ない。自己とは統合された何かだからだ。もし二つの役割が同居してしまったら、それはすなわち狂気に陥ったということだ。統合失調症というのはそういうことだ。自己を成立させる言語も、当然のことだが二つ以上の言語を同時に受け入れることは出来ない。二つ以上の公式言語が存在する多言語社会では、二言語変種使い分け(ダイグロッシア)や三言語変種使い分け(ポリグロッシア)と呼ばれる使い分けが生じる。それは例えば使用される領域(ドメイン)や相手との社会的関係などによって決定されるのだが、モザイクのように多言語が入り組むことはまずない。二つの言語が同時に使用されないのは、二つの役割を同時に受け入れられないことと全く同じ意味を持つ。

しかし日本人は大和言葉の中にそのまま漢語を取り入れた。漢語をそのままに表記し、そのままで翻訳してしまったのだ。そして翻訳のために読み足した部分を書き写す記号として「仮名」を生んだ。本来の日本語を「仮の名」と呼んだのだ。それに対する「真名」が、外来語である漢語だ。

こうして言語に文化的政治的格差から上下関係が生まれること自体は良くある。例えばローマ帝国が拡大していくにつれ、ラテン語が使用される領域も広がっていく。ラテン語は『文字の技術(グラムマテイカ)』と呼ばれ、支配者階級によって公的に残される文章は全てラテン語で、必然的にラテン語を解さないものは身分の低いものとなる。こうして土着の言葉、つまり俗語が公用語に呑まれて消えていくこともある。

中国が領土を広げる過程は漢語の文化的侵略の歴史でもある。そして文化的に独立すれば漢語は消えていく。例えば韓国はその途中でハングルと漢字が共存していたが、戦後ハングルが公用化され、漢字は消えた。ベトナムでも漢字が消え、クォックグーという独自の表記体系になった。

しかし日本語はそうはならなかった。

仮名と真名は二つとも一つの言語の中で生き残ったのだ。表意文字と表音文字、上位言語と俗語、男の言葉と女の言葉、外国語と自国語が一つの表記の中で共存する。それで日本民族が発狂したなどと云う話は聞かない。

それを許したのは西洋的な意味での自己とは異なる二つの、あるいはそれ以上の自己を平行処理することが可能なメタ言語が日本語だからだ。そして日本語を理解することで日本語脳が生まれる。
(牧野修「月世界小説」)

いままで、るる書きしるしてきたことはすべて『月世界小説』を解説するための準備であり、いわば助走なのだといっていい。助走にずいぶん紙数を費やしてしまったが、それはそれだけ『月世界小説』が歯ごたえのある――こんなふうに書くと、だいたいの「解説」では大あわてで、「でも無類におもしろい」と付け加えるのが、いわばお約束のようになっているのだが、この場合はそれがほんとうなのだから仕方がない――でも無類におもしろい小説なのだ。
(山田正紀「わが子よ、月世界小説を読みなさい」)

私も本書が無類に面白い小説であることを保証しますよ!!皆さんにぜひ最初から最後までじっくりと読んで欲しいですね。そして神と戦うペルソナ使い…もとい日本語使いとして目覚めるのです(えっ!?)

月世界小説 (ハヤカワ文庫JA)月世界小説 (ハヤカワ文庫JA)
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神狩り (ハヤカワ文庫JA)神狩り (ハヤカワ文庫JA)
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