戦場のコックたち

深緑野分「戦場のコックたち」読了。第二次世界大戦において欧州戦線で戦ったアメリカ軍を舞台に、戦場で戦闘に従事しながら糧食の調理も行う特技兵である主人公の一人称の目線から、ノルマンディ上陸作戦から最終的なドイツ本国の陥落までを描いた従軍記で、なおかつ連作ミステリであり、大きな仕掛けがしてあるミステリでもある良い意味で凝った本で非常に面白かった!この本はベストセラーということで読んでみたのですが、こういった良質な力作小説がベストセラーになるということは、日本の読書家の底力を感じさせてくれて、とても嬉しいことですね。

欧州戦線のアメリカ軍において主人公の所属となるのは、合衆国陸軍第101空挺師団506パラシュート歩兵連隊第三大隊G中隊員。第101空挺師団といえば、第二次世界大戦の欧州戦線で大活躍した部隊で、アメリカの公民権運動において重要なリトルロック高校事件で有名な師団でもあり(学校に入ったということで命の危険にさらされた黒人学生達を卒業まで護衛した)、映画「プライベート・ライアン」でライアンが所属していた師団でもありますね。アメリカ軍の最強特殊部隊の一つであるナイトストーカーズもこの師団から生まれた部隊ですね。

ウィキペディア「リトルロック高校事件」
リトルロック高校事件(Little Rock Nine)とは、1957年にアメリカ合衆国のアーカンソー州リトルロックで起こった人種差別騒動。アメリカ公民権運動における重大事件のひとつである。

1954年のブラウン判決によって、それまで行なわれていた公立学校における白人と黒人の分離教育が違憲となり、各地で白人と黒人が同じ学校に通う融合教育化が進められるようになった。

アーカンソー州は人種偏見の強い南部の中では差別撤廃に最も積極的な州ではあったが、1957年にリトルロック・セントラル高校の融合教育化が決定すると、当時のアーカンソー州知事オーヴァル・フォーバスは州兵を学校に送って黒人学生の登校を阻止した。異人種融合に反対する地元の白人も大群衆となって学校を取り巻き、黒人学生の登校に反対した。

リトルロックの市長がフォーバス知事に法律順守を進言したが拒否されたため、市長はアイゼンハワー大統領に軍の派遣を要請した。アイゼンハワー大統領は事件について報告されていたにもかかわらず無視を決め込んでいたが、騒動がテレビで大々的に報じられ、国際的な注目を浴びるに至り、市長の要請に応じて合衆国軍の第101空挺師団をリトルロックへ送り込んだ。入学予定の9人の黒人学生(Little Rock Nineと呼ばれた)は軍の護衛付きで登校した。

その後も軍の警護がついたが、校内では白人生徒による黒人生徒への激しいいじめや命にかかわるような暴力的な嫌がらせが続き、耐えかねて一人が中退したが、1958年に一人が無事卒業した。フォーバス知事は、騒動後も融合教育に反対し続け、融合を命じられた高校3校を突然閉校するという暴挙にまで及んだ。

本書は従軍記としてきちんとした構成になっており、ノルマンディ上陸作戦、マーケット・ガーデン作戦、バトル・オブ・ザ・バルジ、最終的なドイツ本国への侵攻、コックの特技兵である主人公が第二次世界大戦の主要な戦いに従軍して、戦場で死地を潜り抜けながら、戦場で起きる不可思議な出来事の謎を、主人公と同じくコックの特技兵である探偵役のエドと共に解いて行くという従軍記と連作ミステリが融合したような構成になっています。ワトスン役の主人公とホームズ役のエドだけではなく、他の登場人物達も良い味を出しているのが、物語に深みを与えていますね。主人公の良き友である通信兵のワインバーガーとか、第二次世界大戦に従軍した作家のカート・ヴォネガットとか髣髴とさせますね…。そして、激戦をくぐり抜けていく師団が舞台ですから、物凄い勢いで登場人物達の多くが死んでゆく…。そして最終的に、古参の熟練兵としての戦場での絆が、素晴らしいラストに繋がっている。

僕らの任務は、隊員にレーションを配り、食材と時間と場所と余裕がある時は調理をし、食中毒にならないよう衛生指導しつつ、仲間達の胃袋を管理すること。コックと言っても僕は中隊管理部付きだから、戦闘となれば銃を取り、普通の兵と一緒に前線で戦う。

気の合う仲間もできた。プエルトリコ系で、背こそ低いが厳つい体つきの陽気なディエゴ・オルテガとそしてあのエドワード・グリーンバーグ。特に僕はエドと親しくなれた。エドは頭の回転が速く、いつだって公平で頼りになり、僕をキッドとは呼ばずティムと呼んでくれる。

そして入隊から合計二年に及ぶ訓練を経て、1944年の初夏、Dデイ、ついに僕らの初陣が決まった。

合衆国陸軍、第101空挺師団第506パラシュート歩兵連隊、第三大隊G中隊の管理部付きコック、ティモシー・コール五等特技兵。これが僕だった。
(深緑野分「戦場のコックたち」)

この小説は予断なしにぜひ読んで欲しいですね。この小説はネタばれが致命的なタイプの小説なので、全く予断なしに白紙の状態から一から読むのが最も楽しめます。非常に緻密に伏線が最初期から張られているのが見事で、一度読み終わった後、また読んでしまいました。従軍記としてもミステリとしても傑作です。心からお勧めできる小説ですね。

あと、最後に一つ言えることは、カート・ヴォネガットの小説や映画「プライベート・ライアン」と同じく、非常に反英雄的な物語であるところが、私は凄い良かった、本書で一番良かったところだと思いますね。これはプライベート・ライアン以降の小説であるんだなと感じました。終盤の主人公の行動を許せないと感じる人がいるなら、許せないという感じるその感じ方こそが統治を内面化したファシズムではないかということを、問いかけてみて欲しいですね…。

第二次世界大戦は、映画において英雄が存在しえた最後の戦争だった。

朝鮮戦争にアルトマンの名作「MASH」があるように、ベトナム戦争に「プラトーン」「フルメタル・ジャケット」があるように、カンボジア紛争に「キリング・フィールド」があるように、第二次世界大戦の映画に、戦争を「英雄的に捉えていない」ものがあるかと聞かれれば、残念ながら、ない。

極端な例で言えば「空軍大戦略」なる愚作の極みのような戦争映画がある。そういう戦略・英雄映画がゴロゴロしているのが第二次世界大戦ものなのだ(戦争の虚無を描きだしたという点では、辛うじてギラーミンの「レマゲン鉄橋」があるものの)。

そう、「プライベート・ライアン」が公開された、今日、この日までは。

今「観るべき」映画を一つあげろ、と言われたら、私は迷う事無く「プライベート・ライアン」を指し示す。

私は夏、祖母に戦争の話を聞いた。テレビ放映でも終戦記念の特集を興味深く観ていた。しかし、そのどれもが「物語」だった。「戦争を知らない世代」と言われる我らは、反戦意識を「物語」としてしか受け継ぐ事ができなかった。しかし、語られ、かりそめの悲劇的な高揚感に満ちた「筋立て」は、当然のことながら、現場を「体験していない」私にとっては、「実感」のレベルで、単なる他人事にしか感じられなかった。

「ひめゆりの塔」「きけ、わだつみの声」「君を忘れない」など、日本の「反戦的な」戦争(戦中)映画の根本的な弱さは、そこにあった。戦争に対する憎しみの全てを「物語」で語ってしまおうという怠慢。キャラクターを襲う悲劇的な運命に語りの全てを集約させるという、安直極まる手法。そこが日本映画人の糾弾すべき怠慢さだった。

しかし、この映画に、物語はないも同然だった。

ただ、屍体のみがあった。

この「プライベート・ライアン」は、ことさら反戦を標榜したりしない。

そんなものを語る要がないからだ。

映画は開巻、いきなりノルマンディー上陸から始まる。悪名高いオマハ・ビーチだ。

揚陸艇のハッチが開き、歩兵が飛び出そうとするや否や、ドイツ軍の機銃が容赦無く襲う。頭蓋は砕け、脳漿は霧散し、海中に飛び込んだものは溺れ、ただの肉塊と化す。上陸すれば砲弾が襲い、腕はもげ、脚はちぎれ、内臓は腹からこぼれ出る。さっきまであったはずの下半身は砂浜のどこかに消え、空虚な穴と化す。

語るのではなく、描写すること。

説教するのではなく、付き付けること。

ここには、英雄的な死などありはしない。
(「伊藤計劃映画時評集」「伊藤計劃記録」)

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