2016年08月23日 12:17

サリー・ガードナー「マザーランドの月」読了。現代性のある歴史改変ジュブナイルSF、素晴らしく面白かった、お勧めです。

マザーランドの月 (SUPER!YA)

世界的に評価の高いイギリスの児童文学作家・ジュブナイル作家のサリー・ガードナーの代表作「マザーランドの月」読了。カーネギー賞を始めとする世界中のあらゆる児童文学賞を総なめにしたジュブナイル(少年少女向け)作品でして、まあ子供向けなのかなと思って読み始めてみたら…

思い切り衝撃を受けました…

完全に大人の鑑賞に堪え得る作品というか、物凄くハードな社会状況を描いた作品でして、子供が読んでも面白いけど、十二分に大人向け作品でもあると思いますね。アゴタ・クリストフの「悪童日記」とか、オーウェルの「1984年」とかに近い、極めて現代性のある(差別や障害の問題、優勢思想と人種差別と情報操作による恐るべき国家統治の問題を描いている)、歴史改変ジュブナイルSFでして、絶望的な世界での子供達の苦闘を描くディストピア小説です。主人公が子供なので、地獄としか言いようのない世界での戦いが、感動的だけど痛々しい…。

作者さんが本書に対するインタビューで述べられている通り(作者さんはインタビューでマザーランドはナチスをモティーフにしていると述べている)、本書は「ナチスドイツ(本書ではマザーランドと呼ばれている)がイギリスに勝利し(おそらくロシアにも勝利している模様)、アメリカと戦い続けている世界」での、ナチスドイツ統治下にある1956年のイギリスが舞台です。日本人としては、ナチスドイツが世界的大勝利した世界で日本はどうなっているのか興味がありますが(障害者排除と人種差別による帝国主義を描いているので、この世界観だと日本はアメリカと組んで連合国側で第三帝国と延々と戦っているのかな…)、その辺のことは全く語られない(イギリスはナチスドイツに情報統制されていて、まだ少年の主人公は真実性のある情報をほとんど入手できない)ので不明です。

主人公は、帝国主義国家マザーランド統治下のイギリス(完全に属国化されており、ゾーンと呼ばれている)の少年スタンディッシュ。両親は既にいません(はっきりとは描写されないが、両親はマザーランドに対する反逆者として拷問にあった後、抵抗運動に参加して死亡したと思われる)。主人公の彼は識字障害(読み書きができない)を持つ障害者で、純血ではなく(非白人の血が入っている)、そして虹彩異色症(オッドアイ、左右の目の色が違う)でして、このイギリス(ゾーン)は人種差別と障害者排除を掲げる優生思想の帝国の支配下にあるため、いつガス室の収容所に送られて抹消(虐殺)されるか分からない、常にギリギリの状態のところにいる少年です。健常者の為の学校にゆき、学校でどんなにいじめられたり理不尽があっても逆らわずに、問題を起こさずに耐え続けることで、なんとか収容所行きを免れています。

主人公のスタンディッシュは賢明かつ勇敢で、洞察力に優れており、自分の置かれているギリギリの状況を完全に理解して行動することで、綱渡りのようにギリギリそれを乗り越えながら進んでゆきます。

本書は彼の視点から世界を描いており、アゴタ・クリストフの「悪童日記」と同じで、非常に短い断章の積み重ねで物語が進んでいくのですが(物語構成に「悪童日記」の影響が見られる)、なおかつ面白いのが、断片の時系列がバラバラなんですね。断片ごとにあちこちに時系列が飛ぶ、主人公スタンディッシュの自由連想的な断片になっている。最後まで読むとどうしてこういう時系列なのかが分かります…。本書の感想で、「なぜ時系列がバラバラなのか分からない」というのがありましたが、最後で全てが分かるようになっている。本書は『走馬灯』なんですね…。

本書はスタンディッシュの戦いと愛と友情を描き、彼の勇敢なレジスタンスを描いていますが、本当に絶望的で悲劇的な展開なので、衝撃を受けましたね…。こういう強烈にハードな本が世界的な児童文学賞を総なめにするというのは、やはり世界は凄いなと感じました。本書は十代前半の少年を主人公にした十代前半向けの小説(ジュブナイル)でして、日本だったら、ライトノベルということになると思いますが、ラノベで本書を出そうとしたら版元はどこであっても「あまりに悲劇的で残酷で問題提議的過ぎる!」と言って出版が全て拒否されることは間違いないでしょうから…。国家の優生思想による人種差別や障害者差別といったテーマは日本のライトノベルレーベルで決して出版できないテーマ(日本のライトノベルは重いテーマを主題にすることが許されない)ですからね…。本書のような小説は日本では大人向けとして出版するしかないし、そうなるとジュブナイル(十代向け)という形式で出版できないので、本書は日本では決して生まれることのないタイプの傑作ジュブナイルSFです。ちなみに漫画は活字に比べると子供向けでも表現するテーマが相当に自由なので、漫画としてなら日本でも本作のような傑作が生まれる可能性はあります。

余談ですが、マスメディアは「日本凄い!!」をひたすら念仏のように繰り返すのはいい加減やめて、日本が海外より劣っているところ、例えば上記で挙げた様な文化発信側(出版社側)の自己規制問題とか、そういう今現在日本にある問題を如何に改善して日本を開かれた文化国家にしてゆくか、そういう未来志向の発信をして欲しいですね。この小説の「勝利した第三帝国」は「帝国凄い!!」というプロパガンダの塊で、現代日本と重なりますよ…。「大手マスメディアが自国を狂ったように賛美する」というのは、自国の問題から人々の目を背けさせるための独裁的プロパガンダに他ならないんですよね…。日本もどんどんおかしな方向(テレビを中心とした大手マスメディアが自国を熱狂的に賛美し続けている)に進んでいて寒気がします…。閑話休題。

新聞は月面着陸計画の記事ばかりだった。おれは「新聞」って言葉を覚えた。この言葉を目にしたのは、初めてだった。じいちゃんはいつも「プロパガンダの紙くず」って呼んでいたから。ヘクターが新聞の内容を読んでくれた。いつも同じくだらない記事だった。偉大なるマザーランドのこととか、宇宙を征服する宇宙飛行士がいかに純血かとか。しまいには、紙は字が書いてない方がよっぽど使えるという結論に達した。
(サリー・ガードナー「マザーランドの月」)

本書は、上記で挙げたような、「日本凄い!!」ならぬ「帝国凄い!!」の巨大なプロパガンダに対するレジスタンスの戦いになっていく物語。本当に絶望的で悲劇的な物語ですが、それでも、読了感は決して悪くないんですね。それは、主人公の誇り高さと高潔さと友情への想いが、最後の最後まで伝わってくるから…。多様な読み方のできる本ですが、主人公は、最後は、自由や帝国主義との戦いといった抽象的なお題目ではなく、友情の為に殉じたんだと思いますね…。大傑作です。ぜひご一読をお勧めしますね。普段、ライトノベルとかしか読まない人々にも読んで欲しい本です。こういう十代向け小説もあるんだということをぜひ感じて欲しいですね…。

ヘクターには薬がいる。ヘクターの顔が見られれば。聞こえるのは、ヘクターの胸が蛇みたいにシュウシュウいってる音だけだ。

言葉は、音をおおいかくしてくれる。

だから、俺はしゃべった。「おまえがいなくなってから、でかい穴があいたんだ。あんなでかい穴が心にあいてちゃ、まともに歩き回ることもできなかった」

ヘクターはなにも言わなかったけど、聞いてるのはわかった。いまの俺には、薬代わりになるものは言葉しかなかった。

「おまえは無意味な世界に、意味を作ってくれた。お前が宇宙の靴をくれたから、俺はほかの星を歩けるようになった。おまえがいないと、俺は迷っちまうんだ。左も右もない。明日もない。延々と昨日が連なってるだけだ。今、なにが起ころうとかまいやしない。もうおまえのことをみつけたんだから。だから俺はここにきたんだ。おまえのために。愛するおまえのために。親友のために。兄弟のために」
(サリー・ガードナー「マザーランドの月」)

マザーランドの月 (SUPER!YA)マザーランドの月 (SUPER!YA)
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