ナボコフやSF・ファンタジーの翻訳者として有名な若島正さんの文芸批評集「乱視読者の新冒険」読了。最高峰の文芸批評は最高峰のミステリでもあると感じさせる文芸批評≒ミステリであり、素晴らしく面白い。

この本で特に面白いのが、電子テキストの全文検索機能を使った小説の読解でして、小説の電子テキスト化とそれらがインターネットで配布されることにより、文芸批評が、これまでとは全く違った次元の階層に深化していて、それが凄いミステリ的なんですね。こういった、インターネットと電子テキスト化されたテキストを積極的に利用して、今まではできなかった読みをしているというのが、まさに最高峰のミステリ小説を読んでいる感じで、凄く面白い。

小説、特に優れた歴史的な名著というのは、深みが何階層もあるんですね。さらっと流して読む読者は、一番上辺だけの浅い階層、注意深く丹念に読む読者はそれよりも深い階層、その小説の研究者などはさらに深い階層へと辿りつくことができる。小説の全文をそれぞれの語句にて検索することが容易な電子テクスト化により、深い階層へたどりつく道のりをミステリの謎解きのように提示していく様が見事な推理にして素晴らしく面白い。

高度情報化時代に伴って、いま文学研究の場が様変わりしつつある。しかも、その変化は年々加速度を増しているように思えるほどだ。(中略)

読書体験の記憶が(電子テキスト化により)メモリに変わるとき、全ては永遠に記憶される。電子テキストは忘却を知らないのだ。

さて、それでは忘却を知らない電子テキストの検索機能が、小説の読みにどのような新しい光を投げかけうるのか、それは実際の(人間の不完全な記憶力による)読書体験とどれほど隔たっているのかを、実例に即して考えてみたい。ここでサンプルとして取り上げるのは、ウラジミール・ナボコフの代表作「ロリータ」である。(中略)

「ロリータ」がなぜナボコフの代表作という扱いを受けるだけの価値があるのか、それを真剣に考えてみた人間は果たしてどれくらいいるのだろうか。ほとんどの読者の理解は(物語の大筋を上辺だけ読んだ)あらすじのところで止まっている。「ロリータ・コンプレックス」という用語の出所はここだったのか、と思うぐらいである。

それは初めて読んだときの結果でしかない。「人は書物を読むことはできない。ただ再読することができるだけだ」とはナボコフ自身の言である。それに習って言えば、人は「ロリータ」を読むことはできない。ただ再読することができるだけだ。いや再読でもまだ不十分で、何度も何度も読み返すことを要求してくる(ナボコフが作品にあらゆる多重な読みを可能にする仕掛けを施している)という点において、「ロリータ」は稀な小説なのである。

そこで、私達読者がいかに「ロリータ」を読んだつもりでいて実は何も読めていないか、いかに多くのことを(読書中の人間の不完全な記憶力が)忘却しているか、ということを実証するために、1人のあるマイナーな登場人物に焦点を当て、そこから出発すればどういうことが見えてくるか考えてみることにする。この出発点になる登場人物の選択にあたっては、誰を選んでもいいという気がするのだが、とりあえずはピーター・クリストフスキイという人物にしてみよう。

「ロリータ」の読者で、このピーター・クリストフスキイという人物がでてきたことを記憶している人は、おそらく誰もいないだろう。それは賭けてもいい。この人物を記憶しているためには、「ロリータ」という小説のあらゆる細部を記憶している必要があるが、それは生身の読者(限られた記憶力しかもたない生物脳を使う読者)にはほとんど無理な注文だからである。
(若島正「乱視読者の新冒険」)

ここから、全文が電子化されたナボコフ「ロリータ」のテキストの全文検索機能を使って、ピーター・クリストフスキイを検索し(作中にこの名前は2回しかでてきません)、そこからこの人物が警官だということが分かるので、今度は「警官」のキーワードで検索し、そこから関連性の強いキーワードを更に検索…という形で、ロリータのテキストを横断的に検索していくと、ナボコフが表面的な大筋の裏に隠して織り込めたメタ的な物語の深層が浮かび上がってくるんですね。これが、物凄く面白い推理小説の謎解きを見ているが如きの名人芸で、素晴らしく面白い。最高峰の文芸批評は作品の謎を推理してゆくという点において最高峰のミステリーと通じるのですね。そして、この謎解きは、電子テキストがあってこそであるというのも、また面白い。

本書を読んでいて、人間の記憶力を遥かに凌駕するツールとしてのコンピュータは、すでに文学において必携のものとなっているのだなと強く感じました。人間の脳(記憶力)は基本的にどんな優れた記憶力の人間ですら、忘却することなき精緻なコンピュータのメモリーに比べれば全くダメダメであるということをどうしても感じずにはおれない…。自分もロリータは何度か読んでいますが、ピーター・クリストフスキイなんて登場人物がいることを完全に忘却していました…。読書しているとき(最も記憶力を集中させているとき)ですら、拡張不可能な生物脳の限界としてのマーヤー(幻影)が掛かっていますね…。そのうち、本当に優秀なAI(人工知能)がでてきたら、その拡張性の高さゆえに、人間はとってかわられるだろうな…。

ナボコフにいわせれば、優れた読者に必要なのは「想像力、記憶力、辞書、それといささかの芸術感覚」だという。忘却を知らない全テキスト検索というツールが代用してくれるのは、このうちの「記憶力」だが、既に見てきた通り、「ロリータ」では読者に細部を忘却させようとするナボコフ側の戦略が働いている。読者が読んでいるようで実は何も読んでいないのを、ナボコフは最初から予期している。
(若島正「乱視読者の新冒険」)

「D坂の殺人事件」で乱歩は明智小五郎に託していう。

「ミュンスターベルヒが賢くも説破した通り、人間の観察や人間の記憶なんて、実にたよりないものですよ」
(山田風太郎「人間臨終図鑑」)

ホルヘ・ルイス・ボルヘスの名短編「記憶の人、フネス」を持ち出すまでもなく、完璧な記憶の持ち主(忘却も幻影もない記憶の持ち主)はむしろ不幸な存在なのに違いない。私を取り巻く世界が夕闇(忘却と幻影)に包まれていく。私の身体も私の脳も、穴が拡がるように次第に虚ろになっていく。それが人間にとってごく自然な時間の流れなのだろう。それだからこそ、失われた記憶がふとよみがえる稀な瞬間が、いっそう貴重なものに思えるのかもしれない――たとえその記憶が、虚構の産物であったとしても。
(若島正「乱視読者の新冒険」)


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