鼎談「ライトノベルは文学か」にまつわる議論
http://togetter.com/li/796272

上記読んで驚きました。なんともブリュメール18日ですね…。まさに「彼らは竜が怖いのです」

ファンタジーの大傑作「ゲド戦記」を書いたアーシュラ・K・ル=グウィンは、欧米の文学界における、ファンタジー、SF、YA文学(欧米の青少年向け小説。読みやすいファンタジーなどが多い。いわば日本におけるライトノベルにあたる)の守護者でもあって、欧米の頭の固い批評家、ファンタジー、SF、YA文学は文学ではないとする批評家達をぶった切りまくりました。彼女の批評本は、ファンタジー批判批判、SF批判批判、YA文学批判批判が多く、それらの多くはとても納得がいくものです。

上記リンク先「鼎談「ライトノベルは文学か」にまつわる議論」で挙げられている批評家達が、ルグィンにぶった切られている欧米の石頭批評家の縮小再生産パロディみたいな人達(最初からライトノベルを恐れて叩き潰したがっている批評家達)で驚いてしまいました。というか吹いてしまった。本当にブリュメール18日ですね…。「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」

ぶっちゃけ、ルグィンが言うように、こういった石頭批評家達はライトノベルを読んだけど理解できず、ライトノベルを文学史に位置づけることができない自分の力量を自身で分かっているからこそ、ライトノベルに拒否反応が出ているんじゃないですかね…。ライトノベルを文学と認めてしまうと、自分が今まで勉強していた文学理論では解釈できないから、こういった批評家達はそれをやっきになって拒否しようとするのであると思います。考えてみればこういった批評家はすごく可哀想な人達でもあるんですね。読書のときに常に職業批評家としての意識が先立つ故に、彼らは決して純粋に物語を楽しむということはできない訳で…。

何かにおびえている時、人はその何かを貶めようとすることがあります。子供扱いするのです。「ファンタジーは子供向けのものだ――児童文学だ――まじめに相手なんてできないよ。」けれども、ファンタジーはお金になるということも明らかになりました。「このことに関しては真剣に考えないとね。」だから〈ハリー・ポッター〉シリーズの最初の巻が大ヒットになった時――このシリーズは二つの良く知られた伝統的な手法、つまりイギリスの学校物語と〈すばらしい才能を持った孤児〉のモチーフを合体させたものなのですが――大勢の書評家がその独創性を絶賛したのです。

これによって書評家達は、この本が引いている伝統のどちらについてもまったく無知であることを露呈してしまいました。学校物語という小さな伝統と、連綿と続いてきた大きな伝統――これは「マハーバーラタ」「ラーマヤーナ」「千夜一夜物語」「ベーオウルフ」に始まり、「西遊記」と中世のロマンスとルネッサンスの叙事詩、さらにルイス・キャロルとキップリングを経由して、トールキン、ボルヘス、カルヴィーノ、ラシュディーその他わたし達現代作家にいたる伝統、文学形式であり、これは「娯楽」「子供達に大うけ」あるいは、「まあ、何か読んでいるってことが大事なんだから」などと片付けることのできないものだというのに。

批評家と学者は、この40年間、英語で書かれた空想的フィクション中最大の作品、トールキン「指輪物語」を埋没させようとつとめてきました。彼らはこれを無視し、偉そうな態度をとり、大きな集団を作ってこれに背を向けました――恐ろしかったからです。彼らは竜が怖いのです。スマウグ恐怖症なのです。「ああ、あの恐ろしいオーク達よ!」と彼らは声を揃えて羊のようにいななき、エドマンド・ウィルソンの後ろに群れをなしてつき従います。

彼らは、トールキンを認めれば、ファンタジーが文学になりうることを認めなければならない、それゆえ、文学を定義しなおさなければならないということを知っているのです。あまりにも怠惰だからそれができないという訳。

批評家や教師達の大半が「文学」と呼ぶものは、いまだに近代主義リアリズムなのです。他の全ての形式のフィクションは――ウェスタン、ミステリー、SF、ファンタジー、ロマンス、歴史小説、地方小説など、なんであれ――「ジャンル小説」として片付けられてしまいます。ゲットーに送られる訳です。ゲットーが都市そのものより十二倍も大きくて、最近では遥かに活気があるからといって、それがなんだ?と。

でも、マジック・リアリズムには批評家達も悩んでいます。彼らの耳には聞こえているのです。ガブリエル・ガルシア=マルケスが静かに静かに象牙の塔をかじっている音が。頭のいかれたインディアンとインド人が「ニューヨーク・タイムズ・ブックレビュー」誌の屋根裏で踊りまくっている音が。

でも、こういうものは全部ポストモダンだと言えば、どこかよそに行ってくれるかも知れないと彼らは考えているのです。
(アーシュラ・K・ル=グウィン「ファンタジーと言葉」)

洋の東西、変わりませんね…。ル=グゥインの批評集は、僕のようにファンタジーやSFを好きな人々に力を与えてくれるもので、とてもお勧めです。

ファンタジーは子供のための物語として、子供の本質に根ざした、最も自然なものだ。なぜ、そう言えるのだろうか?

子供達はたいてい現実と非現実の区別がつかないからか?子供達は現実からの逃避が必要だからか?

そのどちらでもない。

現実から意味を汲み取るために子供達は想像力をフルタイムに働かせているから、そして、想像力による物語こそが、その仕事をするための最強の道具だからだ。
(アーシュラ・K・ル=グウィン「いまファンタジーにできること」)

ファンタジーと言葉 (岩波現代文庫)ファンタジーと言葉 (岩波現代文庫)
著者:アーシュラ・K.ル=グウィン
岩波書店(2015-03-18)
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いまファンタジーにできることいまファンタジーにできること
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河出書房新社(2011-08-20)
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夜の言葉―ファンタジー・SF論 (岩波現代文庫)夜の言葉―ファンタジー・SF論 (岩波現代文庫)
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