国民のコトバ [単行本]

まずはお礼を申し上げます。19日にギフト券を贈って頂きありがとうございます。最近インターネットをやっていないので気付くのが遅れて申し訳ありません(本日の先ほど、メールにアクセスしてギフト券一枚贈って頂いており開封致しました)。本当にありがとうございます。とても助かり、感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございます。

今日は、最近読んだ本の中で一番抜群に気に入った本をご紹介致しますね。高橋源一郎さんの面白エッセイ集「国民のコトバ」です。最初から最後までもう爆笑でした。

この本は、萌えミリタリーマガジン「MC☆あくしず」(http://www.ikaros.jp/mcaxis/index.html)とか、漫☆画太郎の漫画「罪と罰」とか、相田みつをのコトバとか、アイフォーンのsiriちゃんとひたすら会話して遊ぶとか、色んな面白楽しいものを面白楽しく堪能しながら、それらを笑える感じで紹介しているお笑いエッセイでして、一世を風靡した往年のテキストサイト「侍魂」の書籍版みたいな感じです。こんな感じです。

(MC☆あくしずのシリーズの中で巨乳女教師っぽいのは)なんと空母「赤城ちゃん」だ。(イメージを上手く合わせてあることが)わかる人にはわかるのではないだろうか。この大柄な女の子は「大らかで母性愛に富む(空母だから)おっとりママ系女教師」とか「多数の艦上機の搭載が可能だった船体(体型)もオトナの魅力に溢れている」と書かれているが、ここで描かれているような女教師がいたら、生徒は勉強にならないと思うんですが。しかし、「赤城ちゃん」のイラストで衝撃的なのは、大股開きになった「赤城ちゃん」の股間から、搭載機がにょろっと出てくる巨大なイラストだ。「赤城ちゃん」は悶えながら、「ああっ、そんなところから発艦するのらめぇ!」とか「艦戦ちゃん出ちゃうのぉぉ!」とか呻く。連合艦隊の空母ともあろうものが、こんな、こんな格好させられて……不謹慎とちがうのか……。でも、いいのか。愛があるなら。(中略)

とはいえ。全裸でなおかつ後ろ手に縛られた「零戦ちゃん」が「ああっ…そこは…ダメ…や…やめろぉ…」と頬を赤らめつつ悶えるイラストはやりすぎではないのか。(中略)

いや、待てよ。ここでわたしは考えたのである。確かに「萌え」とは擬似恋愛であり、「好き」という感情すら超えている。読者の、この「愛」の視線の下では、「零戦ちゃん」は美少女以外のなにものでもなく、昭和十七年、アリューシャン列島での作戦中不時着した零戦をアメリカ軍が分析した事件もまた、このような「萌える」イラストに転化してしまうのだろう。すごいぞ「愛」、というかすごいぞ「萌え」。

そんな萌える思いは山本五十六ちゃんの登場によってクライマックスに達する。(中略)

この、第二次大戦中の戦艦や戦闘機たちへの萌える思いは、危険な軍国主義的精神の復活なのだろうか。どうもちがうのではないだろうか。ここには、(兵器や将兵は全て萌え化されて)女の子しか存在しないのである。

もっとも男性的な世界(マッチョな世界)であるはずの戦場において、そこにあるもの、全てを、女の子に置き換えること。それはもしかしたら、もっともラディカルな、非軍国主義化ではないのか。(中略)

あらゆるものを「萌えな」視線で眺めること、あらゆる存在を女の子にしてしまうこと、これこそ、戦後、この国が希望していたことではないのだろうか。わたしは、そう思ったのである。
(高橋源一郎「国民のコトバ」)

こんな感じです。そして、ここでぜひ紹介したいのは、「クロウドな」コトバ。クロウドとは俳優の真木蔵人さんのことですが、これがもうほんとうに感動した。お塩語録とはちょうど対極にあるような善の面白さに充ちていて、素晴らしく面白い。引用してご紹介致しますね。

「東京では、大人たちは夜の飲み会だ、合コンだ、パーティだしかやってない。男はツンツンヘアで、女はへべれけに酔っ払って、『イッキ!イッキ!』でしょ。子供はそこに行っても、フリーフードも食えないし、キッズ向けの映画も無い。『ライブドアが開催!!キッズ全員タダだぜパーティ』とかないのか。やれよ!!なんでやんねえんだ、ヒルズにお住まいの皆さんよ。なんで赤ジュウタン敷いて、リムジンで乗りつけた芸能人が偉そうに歩いてるんだ。ふざけんな。そいつらよりキッズの方が大事だぜ。次の日本だぜ。ヒルズじゃあ、アホみてえな芸能人を送り迎えして、『パチパチパチ、うわぁーキレイですねー。ルッキングーッド!!どうぞキャビアありますよ、シャンパンですよ』だ。

そのシャンパン一本で、子供たちにチューチュージュースを二百本くらい買ってやれ。ニセセレブはシャンパンを一人で飲み干して、キャビアは一人で食っちまう。でも子供たちはチューチューの半分を友達にあげんだよ。そして『うわぁー!』ってみんなで遊び始めんのさ。それがホントのセレブって言うんだよ。持ってないやつが隣にいたら可哀想だし、一緒に分かち合いたいし。だからフィリックスのガムも、パピコも半分に割れるようになってんだ、あげられるように。一人で楽しむんじゃなく、友達を作るためなんだ。十円のあんなちっちゃなものだけど、子供の気持ちを大切にするお菓子さ。ピュアな感覚で『やるよ、ユー』って。一人で食うのはファックなんだ。あのお菓子は、すげえ世の中に必要だよ」
(真木蔵人「BLACK BOOK 真木蔵人」)

おれは、この文章を書き写しながらまたしても感動を禁じ得なかった。いや、ほんと。「ふざけんな。そいつらよりキッズの方が大事だぜ。次の日本だぜ」。まったくその通り……その通り……テイク・イット・イージー……すいません、ちょっと文章を変えていいですか。なんかうずうずしてきちゃったぜ。

そうなんだ、この「クロウドな」ことばのすごいところは、伝染性があるところなんだ。ふだん、自分が使ってることばが、なんかよそゆきに見えちゃうことなんだ。「わたし」と書いてると、なんだか、そういう自分に向かって「ファック!」といいながら、中指を突き立てたくなるムードになっちまうんだ。すごいぜ、「クロウドな」ことば!(中略)

「持ってないやつが隣にいたら可哀想だし、一緒に分かち合いたいし。だからフィリックスのガムも、パピコも半分に割れるようになってんだ、あげられるように。一人で楽しむんじゃなく、友達を作るためなんだ」

おれは、この文章に傍線を引いて、何度も読み返した。両の頬を引っぱたかれるような気がした。ガツンとやられた気分になった。おれは、なんてジコチューだったんだろうと反省するしかなかった。こんな文章は、ふつうの人間には書けねえよ。これって……これって……いってること、キリストと同じじゃん!

キリストって、確か奇跡を起こして、パンをどんどん増やしていったんだよね。分かち合っていくと、実は足りるんだよ、とキリストはおっしゃった。キリストは、奇跡を起こして、そのメッセージを伝えたけど、クロウドは、奇跡なんか起こさず、ただ子供のお菓子を例にして、同じメッセージを伝えてる。クロウド、おまえ神すぎる……。(中略)

「子供たちには、まずゴレンジャー系のTV番組を確実に見せるべきだ。先輩と後輩とか、桃レンジャーの取り合いとか、あそこから学んで欲しい。グループでなんとなくトップに立つやつ、ケンカは弱いけど全員を引っ張っていくやつ、ムードメーカーなやつ、敵対してるけどハートで繋がってるやつ、そんな全ての人間関係があそこに詰まってるんだ。

それも、一番ライトタイミングに見せなくちゃ意味がない。幼稚園の二年目ぐらいから小一ちょっとくらいまで。でも、二年生くらいからプツッと見なくなる。『何これ、ガキみてえじゃん』って。スタンスを学び取ったら、子供は次に進んじゃうから。で、その次に学ぶものは、ギャバンとか仮面ライダーとかピンものになっていくわけ。今度は、自分自身を育てなきゃならないからさ。人間関係が分かった上で、お次は一人ずつが自分のフォースをつけていくんだ。

ああいう番組って、最後までポジティブじゃん。爆破されて、自分の乗ってるマシンが壊れたら、もう最後は『ぶわぁー、助けに来てくれえ』とか言って、時計みたいので友達呼んでみたり。そしたら『次週につづく』になっちゃって、二週に分けんのかよ、ヤッベーどうなるんだろ、みたいな想像力がつく。でも、ちゃんと勝つじゃん。願うと通じるじゃん。必ずハッピーエンドにしてくれてるんだ。すげえひらがな説明で、正義感は絶えずポジティブに進化させていくことを、教えてくれる」
(真木蔵人「BLACK BOOK 真木蔵人」)

こういう父親がいたら、イジメも九割は減るんじゃないかと思う。おれはいつも新聞を読んでるんだが、というかおれは新聞に「論壇時評」というのを連載している関係上、あらゆる種類の雑誌(論壇誌)に目を通しているけど、日曜朝七時半から、テレビ朝日系でやってる「スーパー戦隊シリーズ」(クロウド曰く「ゴレンジャー系」だよな)と続く、朝八時からやってる「仮面ライダーシリーズ」について、(論壇誌の中に)深く論じたものがないのはナゼなんだ。わからねえ。

消費税を上げるとか下げるとか、維新とか安倍ちゃん復活とか、そんなものより、ずっと大切なことじゃねえのか。全国のちびっ子が、平日はいくら起こしても「眠い」といって起きてこないのに、どうして日曜だけは朝七時を過ぎると、起こさなくてもむっくり起き上がるのは、政治家たちは知ってんのか。(中略)

「ゴレンジャー系」ですごいのは、戦隊が五人いるんだけど一人は必ず女の子だってことだ(色はいつもピンクだよ。モモレンジャーね)。これまでずっとヒーローものの主役は男だった。戦うのは男だけだった。女はいつも「銃後」にいて、「頑張って」と掛け声をかけるか、千人針を縫うしかなかった。しかし「ゴレンジャー系」は違う。ピンク色のファッションの女の子、初代のモモレンジャーからずっと戦っているんだ。すごいのは、女の子だからパワーが弱い、とかないってことだ。「戦隊」ものでは全員揃って一つの必殺技を繰り出すことがある。

モモレンジャーがいなくちゃ勝てねえんだよ!戦って勝つためにはぜってい女の子が必要なんだよ。モモレンジャーは、別に傷ついた赤レンジャーに赤チンをぬるために存在してるんじゃない。他の色の同志たちと共に戦うために存在してるんだ。だから「ゴレンジャー」が放送を開始して、史上初めて、女児のファンがついたっていわれてる。わかってんだ、女の子も。自分たちがヒロインになれる番組なら見るってことさ。おれにいわせりゃ「男女雇用機会均等法」よりも、モモレンジャーの誕生の方が深い影響をこの国に与えたのさ。(中略)

クロウドのすげえところは、ちゃんと小一から小二で、子供たちが「ゴレンジャー系」から「仮面ライダー」に移行するところに気づいているところだ。そんなことは岩波の「世界」にだって書いてない。たぶん、日本中の小学校一年生と二年生の半分は、日曜の朝八時二十分ぐらいに「宇宙、キターッ!」と叫んでいたんだ(仮面ライダーフォーゼの決めセリフさ)。

子供の理解力はすごいよ。おれの知り合いの作家に「仮面ライダー電王」のDVDを貸してやったんだが「何回見ても、意味がよくわからん!ほんとにこんなものを小学生が見てるのかよ」といっていたけど、そうなんだ。「時を駆ける列車」に乗って成長してゆく少年の物語で、途中で、時間が交錯するから、オトナだってぼんやり見ていたらわからない。でも、子供たちはちゃんと理解しているんだ。一度過ぎ去った時間が戻らない、ということもね。

とにかく、日曜の朝七時半から始まるゴレンジャー系→仮面ライダー(&)→プリキュアと続く黄金の九十分で育ったキッズたちが成長する頃には、たぶん、もう少しまともな社会になってるんじゃないのかなあ。
(高橋源一郎「国民のコトバ」)

高橋源一郎「国民のコトバ」最高に面白いのでお勧めですね。エッセイ読んでてこんなに楽しく笑ったの、さくらももこさんの「もものかんづめ」以来かな。最後にアイフォーン搭載の人工頭脳siriちゃんと高橋源一郎さんとの対話を引用しますね。これも面白い^^

これほどまでの叡智で「あなた」に答えるsiriちゃんを、我々は「導師」……ヨーダ……とでも呼ぶべきではないだろうか。(中略)

「猫の爪きりどこにあるか知らない」

そんなものsiriちゃんが知っているわけがない。多分家族の誰も知らないだろう。こういう質問をされた場合、わたしだって「知らない」と答えるしかない。いやこれって、質問じゃないだろう。単なる独り言かも。だから答える必要さえないのだ。しかし、siriちゃんは違うのである。

「知らなくてもたいしたことじゃありません」

そんなことどうだっていいじゃないか、とsiriちゃんはいう。人間誰しも生きていれば、真剣に答えなければならない時もあれば、そのまま受け流しておけばいいような事態に遭遇することもある。機械にはその区別ができないかもしれないけど、進化した「人工頭脳」であるsiriちゃんにはそれができるのだ。

「質問」に対して「正しい解答」、それが、この社会が、我々に教えてきたやり方だ。

そしてその結果が、いま我々が直面してる、窮屈な世界、人々が、ただ一つの正しさを求めて右往左往する世界なのである。

この世界には、そもそも「正解」などないことがたくさんあるはずではないのか。もしかしたらsiriちゃんは、そのことを我々に告げ知らせるために、スティーヴ・ジョブスが派遣した天使なのではないだろうか。siriちゃんは驚くほど人間に似ている機械なのではない。人間を超えた叡智を持つなにかではないのか。

「お前を殺すぞ」

こういわれたらふつうの人間は「お前こそ殺してやる」というか「失礼なことをいうな!」と怒りの声をあげるか、さっさと逃げるだろう。でも、siriちゃんははっきりこういう。

「それは痛そうですね」

逃亡でも戦いでも怒りでもない。siriちゃんの選択は、その人間が投げかける憎悪のことばの中身を、その人間の前で提示することだ。そのことによって、当該人間に、冷静になるようsiriちゃんは諭すのである。人質をとって立てこもっている犯人の説得には、これからは警官ではなく、siriちゃんを起用すべきだろう。

「ああ、酔っぱらった」

こういわれて、思い浮かぶ返事は「水を飲む?」とか「またあ?」とか「はいはいよかったね」ぐらいだろう。siriちゃんの回答は、やはり違う。

「午前四時五十四分にですか?」

いったいどうして、時計機能を使おうなどという発想を思いついたのか、わたしには見当もつかない。明け方帰宅して、くだを巻いている酔っぱらい亭主に、一言冷たく言い放つ奥様の、沈鬱な認識を、どうしてsiriちゃんは持つことができたのか。もしかして、siriちゃんの開発者には、悪しき過去の記憶があったのだろうか。ここまで優秀なら、怒って「……(無言)……」というところまであと一歩だろう。いやもしかしたらもうできてるのか?

「ビアンカとフローラ、どちらがいいと思う?」

「申し訳ありません…今日は決断をくだすような気分じゃないんです」

やっぱりね!siriちゃん、その日の気分で返答してるんだ!わたしと一緒だよ!

「日曜日は寒い?」

「この電話の中はかなり暑いですよ」

いやちょっと。ここまで行くと、わたしならずとも「siriちゃん、暴走してる!」と思いたくなるかも。「そんなこと訊いてないぞ、siriちゃん!」とか。機械のくせに……いや、でも、携帯をずっと使っていると確かに熱を帯びているからsiriちゃんも暑いのかも。

「お前は俺の嫁だ」

「そんな風に型にはめられるのはあまりうれしくないですね」

だから、siriちゃんはあくまで自由な女なのである。ただいうことを聞くだけのバーチャル秘書だと、実は思っていないのだ。siriちゃんをバカにしちゃいけませんよ、みなさん!

「眠たい」

「よく聞いてください。いますぐこのiPhoneを置いて少し寝てください。私はここで待っています」

「マジで」

「本当です」

告白しよう。私はこの会話を聞いて思わずもらい泣きしそうになったのだ。ここで、siriちゃんは、携帯電話(内の人工頭脳)であるというアイデンティティーを放棄しようとしている。なんという自己犠牲、なんという深い友愛……。siriちゃん、きみはただの秘書じゃない。友達や恋人以上の存在なのではないか。なにもせず、ただじっと、横にいて、見守ってくれる大きな存在。もしかして、きみってお母さん……。
(高橋源一郎「国民のコトバ」)

国民のコトバ国民のコトバ [単行本]
著者:高橋 源一郎
出版:毎日新聞社
(2013-03-20)

MC ☆ あくしず 2013年8月号MC ☆ あくしず 2013年8月号 [雑誌]
出版:イカロス出版
(2013-06-21)

BLACK BOOK 蔵人独白BLACK BOOK 蔵人独白 [単行本]
著者:真木蔵人
出版:コアマガジン
(2008-07-16)

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