2012年11月16日 11:24

筒井康隆先生の新作「聖痕」、毎日面白く読んでいるのですが、最近の展開には世情との驚くべき共時性を感じますね…。

筒井康隆著作一覧

僕が最も敬愛する、大好きな作品群を書かれる作家さんは筒井康隆先生で、知る限りの出版物を読んでおりまして、現在朝日新聞で連載中の新作「聖痕」も毎日面白く読んでいるのですが、最近の展開には世情との驚くべき共時性を感じますね…。筒井先生は世情を上手く作品に取り入れるというよりは、ちょうど、筒井先生が書く作品に独特の先見の明があって世情がそれに追いつくてくる世情との共時性的なところがあって、特に初期〜中期あたりのドタバタ要素の大きい作品にそれが顕著ですが、そういった初期中期の作品を髣髴とさせる、世情との共時性とそれに対する風刺精神が本作「聖痕」には感じられて、凄く面白いなあと感じますね。本になったらぜひ買いたい小説です。

メールによるストーカー殺人事件がニュースでクローズアップされている今、ちょうど「聖痕」の新聞連載では、主人公に変質者のストーカーがつきまとうという展開になっておりまして、この展開は事前に伏線も張ってありましたし、明らかに偶然の一致なんですが、こういった偶然は偶然というより、筒井康隆先生の、世情に対する独特の先見の勘で、共時的に起きているように感じますね。

あと、「聖痕」の特徴としては非常に読みやすい。新聞小説というのは細切れになっているのを読んでいくんで、ある種の読みにくさがあるんですが、「聖痕」は毎日毎日凄く読みやすいです。リズム感が凄くある小説でして、どの文脈を切り出しても、個別単体として読めるんですね。それでいて、長編としての優れた流れを持っている。例えば本日の連載を引用するとこんな感じです。

「聖痕」 124(連載回数)

筒井康隆 作
筒井伸輔 画

もしや貴夫に悪意や害意を持っているのではないかと疑懼に駆られた夫人は電話帳で葉月家の住所を知り、やってきたのだった。何かわかったら連絡してくれと老夫人が男から渡された名刺には「土屋嘉行」という名がアパートの一室と思える住所や電話番号と共に記されていた。

やっぱり土屋かあ。家族全員が揃った夕食のテーブルで話を聞かされた貴夫は、渡された名刺を見て憫笑を浮かべる。こいつ、しつっこいんだよ。恐らくぼくの躰の欠陥を暴いてそれをネタに脅迫して、自分の言いなりにしようってつもりなんだろうけどね。男色だな。どんな男だ。満夫は顔を顰めて怒気鋭く言う。それでも東大生か。登希夫も息巻いて言う。そいつのことを教えてくれ兄貴。ひどい目に遭わせてやる。枝骨折って何もできないようにしてやる。たちまち朋子が眼を瞋恚らせて登希夫に叫ぶ。まだ人を殺す気か。

登希夫が鼻白んで自室に行ってしまうと貴夫は親たちに熟考し続けてきた大計を初めて洩らした。ぼくに対して気のおかしくなった奴は土屋だけじゃなかったし、結婚適齢期になった同年輩の女の子にもたくさんいる。それにこんなことはこれから、ぼくの周囲でますます多発すると思うよ。だからぼくは彼らを遠ざける意図もあって、いっそ霧原夏子と結婚しようかと思うんだ。驚くかもしれないけど、もともと助けあおうと言い出したのは彼女の方からなんだ。

玉の緒の思い乱れて家族はうち騒ぐ。なんとなし貴夫と夏子の関係を察していた佐知子だけは比較的冷静だったが、朋子と満夫は仰天し、危惧懸念を次つぎと貴夫に投げかける。むろん夏子さんの性欲が復活したらどうなるのかというのが窮極の心配だったが貴夫は恬淡として答えるのだ。そうなるのは彼女にとっていいことだと思うんだ。

※玉の緒の=乱れの枕詞。
(朝日新聞2012年11月16日朝刊)

すごくこう、リズムが良いんですね。一つ一つの文脈が独立して読めて、すらっと頭の中に情景と流れが入ってくる。筒井康隆先生は、齢を重ねれば重ねるほどどんどん凄い作品を書く作家さんになっていって、本当に凄いなあって思いますね…。作家としての技量と経験は勿論ですが、それだけではない天賦の才とそれを活かす努力と、そして何より作家として優れた面白いものを書くという強い覚悟を感じますね…。

あらゆる悲劇――その最たるものは自分の身に起こった悲劇だが――は、深刻であればあるほどドタバタになり得る。しかし、無責任にドタバタをやるのは、ある意味で命がけなのである。創価学会を嘲笑し、NHKをひやかし、アメリカの政策とか天皇制とか戦争といったものを喜劇にしてしまうには、いつ右翼などに刺されるかわからないという危険が伴うから、覚悟がいる。ドタバタをやって殺されたのではそのこと自体がドタバタだし、世間のもの笑いになるだろう。ぼくは臆病だからそうなるのは厭なので、ある程度控えめにはしているが、もしそんなことになった時はなった時で、仕方がないだろうと思っている。昔は捨て身の覚悟で時局を笑いとばした戯作者、落語家、芸人が多勢いたそうだ。僕も見習いたいものである。しかし最近では、そういった筋金入りのドタバタにはとんとお目にかかれないようで、淋しいかぎりだ。

ともかく、この長編には未整理の部分、借りものの部分、消化不良の部分も含め、ぼくの戦争観のすべてである。悲惨さ、滑稽さ、カッコよさ、全てが含まれているが、その含まれ具合に共感を覚えてくださる読者がひとりでも多いことを願ってやまない。

これはぼくの長編第二作である。

「SFマガジン」(昭和四十一年九月号――昭和四十二年二月号)に連載中、ぼくの最初の子供が死んだことはいまだに忘れられない。
(筒井康隆 馬の首風雲録あとがき 昭和四十七年二月十日)


ビアンカ・オーバースタディ (星海社FICTIONS)
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馬の首風雲録 (扶桑社文庫)
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