時間はだれも待ってくれない

東欧(オーストリア、ルーマニア、ベラルーシ、チェコ、スロヴァキア、ポーランド、旧東ドイツ、ハンガリー、ラトヴィア、セルビア)のファンタジー及びSF作品を集めた短編集、21世紀東欧SFファンタチスカ傑作集「時間は誰も待ってくれない」読了。チェルノブイリ事故で被害をこうむった地域だけあって、科学技術に対する暗い眼差しのなかに原発事故の影が感じられるのが、福島原発事故以降を生きる日本人として、強く印象に残りますね…ベラルーシのゴメリ州出身で、チェルノブイリ事故を経験した作家アンドレイ・フェダレンカの短編「プリャハ」が強烈です…。

「プリャハ」は、チェルノブイリ事故による汚染により、大勢の人々が汚染地帯から逃げ出して移住してゆく中、少し頭が弱くて放射能について理解できない人々や、汚染によって受ける健康被害のことが分かっていても、それでも移住を拒む人々、移住することのできない社会的弱者の人々だけが汚染地帯に残っていく、そして時と共に汚染がより進行し(汚染地域の動物の異常等、汚染による危険な影響が進行していく)、汚染地帯は寂れてゆき、汚染地帯に残った彼らのコミュニティが崩壊してゆく様子を描いた作品です。今も避難地域に指定されていない福島の高濃度汚染地域に残って被爆し続けている人々は大勢いるわけで、福島の未来図がこうなるのかと思うと、強烈に絶望的です…。

爺さんと婆さんはチェルノブイリや放射能なんてものをもちろん信じなかった。移住を強いられたり、自発的に出て行った連中の九十パーセントもやはり信じていなかった。そんな馬鹿らしいことが信じられるわけがない。放射能という今まで見たことも聞いたこともないものが自然と沸いて出たなんてありえない。人間が作り出したか、あるいは人間と直接関わりがあるものに違いない。家から住人を追い出したり、「ゾーン」(立ち入り禁止の強制移住地域)を封鎖することを思いついたりしたのは放射能なんかではない。草を刈ることを禁止したり、ミルクや牛や豚を施設に回収したりしたのも放射能なんかではない……。それはすべて爺さんや婆さんと同じような人間の仕業なのだ。人間の手から身を守るすべは爺さんも婆さんも心得ていた。戦争の前も、戦争中も、戦争が終ってからも。おとなしく暮らして誰にもちょっかいを出さず、何事も黙って耐え忍びさえすれば、自分が干渉されることはないはずだ。人間からも、放射能からも。

ひとつだけ悲しいというなら、町にいる息子が孫を連れてこなくなったことだ。昔と違って自宅にも招待してくれない。それでも老夫婦は腹を立てるわけでもなく、むしろ逆に息子を褒めそやした。放射能が孫に害を及ぼすかもしれないと信じたからではない。他の人々がみんなそうしていたからである。誰も小さな子供を連れてこなかった。
(21世紀東欧SFファンタチスカ傑作集「時間は誰も待ってくれない」「プリャハ」)

本書、図書館で借りて今日読み始め、時間を忘れて一気に読みふけってしまいました。とても読ませる力のある面白いファンタジー・SF短編集です。カフカやホフマンを彷彿とさせるような幻想的な雰囲気の作品が多く、東欧には優れた幻想文学の系譜が確りと生きていることを感じました。ただ、収録作は極めて暗い雰囲気の作品が多いので、明るく楽しい小説を読みたいというお方々にはお勧めできませんが…。幻想作品も面白いですし、普通にSF的な作品もありますが(ルーマニアの作家ロクサーナ・ブルンチェアヌの作品「女性成功者」は普通にSFとして面白かったです)、本書における一番の肝は東欧の(そして現代世界の)様々な厳しさをリアルに描いた作品群の重厚な印象にあると思います。

SF的な設定とはいえ、じつは現代の世界が直面している問題を正面から取り上げた作品群が目につく。スロヴァキアのフスリツァによる二つの強烈な作品は、民族間の血で血を洗うような内紛と、テロリストによる原発占拠がもたらす世界の破滅というテーマをそれぞれ取り上げているが、これはもちろん、ソ連崩壊と9・11事件を経験した世界がいま直面している「現実的」な可能性である。そして旧東独のシュタインミュラー夫妻の作品は、インターネットによるヴァーチャルな別世界の構築という仕掛けを通して、政治警察が支配した恐怖の社会主義体制の過去の亡霊を浮かび上がらせる。しかしこれは本当に亡霊だろうか?(中略)

そして、チェルノブイリ原発事故の汚染地域の村の生活を描いたフェダレンカ(ベラルーシ)の作品に至っては、SF的要素はまったくないリアリズム作品であると言ってもいいはずなのだが、これが最もSF的に読めてしまうという逆説はいったいどうしたことか?おそらく描かれる現実があまりに厳しい「想定外」のことなので、SFとしてしか読めないということではないか。この作品をあえて収録した(本書編纂の)高野さんに敬意を表したい。わが日本でも、いずれ力のある作家が(ジャンルを問わず)福島原発の事故を主題に作品を描いたとしたら、その描き方が克明でリアルであればあるほど、SF的な迫力を持った作品になるだろう。
(21世紀東欧SFファンタチスカ傑作集「時間は誰も待ってくれない」沼野義充「解説」)

本書を編纂した高野さんも触れていますが、原発事故が東欧に与えた傷跡というのは、決して拭い去れぬ不安と恐怖として刻み込まれているのを感じました…。今の日本もまた同じ傷跡を現在進行形で刻まれているわけで、その点において、先達の人々の苦しみを知るためにも、読む価値のある作品集だと思います。

人類史上最悪の原発事故は全人類の精神に大打撃を与えたが、現地での被害は当然、精神だけにとどまらず、物理的、肉体的、経済的なものであり、それは今なお続いている。(中略)フスリツァは1974年生まれ。IFもの、歴史改変もののSFを得意とし、1999年には優れたSF作品に与えられる「グスターウ・レウス賞」を受賞している。が、2008年、突然自ら命を絶ってしまった。
(21世紀東欧SFファンタチスカ傑作集「時間は誰も待ってくれない」高野史緒「各編序文」)

シチェファン・フスリツァの短編「カウントダウン」にも、原発に対する暗い眼差しを感じましたね…。SFとしても優れた短編です。この短編の物語は、民主主義を求めるテロリスト団体が、ヨーロッパ中の原発を占拠して、EUが中国に宣戦布告するという要求を呑まなければヨーロッパ中の原発を最悪の方法でメルトダウンさせて全世界を滅亡させるとし、カウントダウンの期限を切ってくる話です。カウントダウンの間、主人公達は恐怖と不安の日々を過ごします。最後まで要求は呑まれることなく、テロ組織は原発のメルトダウンを引き起こし、世界を滅亡させるのですが、ラスト、致死量の放射能を浴びるであろう一般人の主人公達の描写が、強烈に絶望的過ぎて、この作者さんが自殺してしまうわけだと思いました…。

「我々は、中国共産党体制に対して民主主義のための戦争を布告するように要求する。地球上で最も人口が多い国民の基本的人権を認めないばかりか、地球上の全ての反民主主義国家を支援しているその体制に対して!もし、EUとその同盟国が中国人民に真の民主主義をもたらすことを拒絶するならば、7日後の正午、ドイツ、スペイン、フランス、ブルガリア、スイス、ベルギー、イタリア、スウェーデン、スロヴァニア、ハンガリーにおいて占拠した原子力発電所の原子炉が空中に吹き飛ばされることとなるだろう。さあ、カウントダウンが始まった!」

とんでもない話になったものだ、と僕にも理解できた。(中略)

11時、石鹸水の匂いのするウィスキーの瓶を開けた。カウントダウンの終了を緊張して待ちうけた。モホウツェ原発とぼくたちを隔てているのは、わずか数キロの、笑ってしまうような距離だ。アリのガイガーカウンターが壊れていることだけが心残りだった。

まったくもってひどい気分だった。世界のメディアが注目することのない、僕個人のカウントダウンもまた終ろうとしていた。

ヨーロッパのメディア空間はほとんどダウンしてしまった。軍が管轄する周波数では、民主主義急進派が決定を撤回し、チェルノブイリ以降最大の原子力災害に加担することのないようにと呼びかけを続けていた。どこかのアーカイヴから被災者の写真まで引っ張り出してきた。もちろん、そのようなものは彼らに何の効果もなかった。それどころか、自分達の犠牲は無駄にならないだろうし、全世界の民主主義のため、自分達がつけた道筋を多くの戦士がたどることになるだろう、と自信たっぷりに表明した。

「いいかげんに消してよ」と、トルディが画面を指差した。アリがその言葉に従った。そして、「何かメッセージが欲しいもんだな」と、薄ら笑いを浮かべた。「結末に何か教訓みたいなものが、さ」

僕は古びたシャープの時計を眺め、どうにか数字を読み取ることができた。カウントダウンの決定的終了まで、1分が残されていた。僕は未来の世代にむけて、深い思索あふれるメッセージを作り上げようとした。うまくいかなかった。でもほとんどすぐに、トルディが反応した。

「わたし、永遠に30歳にならなくてすむわ!」酔っ払ったはしゃぎ声で叫んだ。「それって最高じゃない?」

僕には笑う力もなかった。
(21世紀東欧SFファンタチスカ傑作集「時間は誰も待ってくれない」「カウントダウン」)

本書は読み応えのある優れた短編集、SFファンにはもちろんお勧めですが、それ以外にも、読書が好きなお方々全てにお勧めできる作品集です。特に、本書の最後に収録されているセルビアの作家ゾラン・ジルゴヴィチの短編「列車」は、読了に相応しい鮮やかな短編で、最初から最後まで、優れた緊張感のあるとても良い読書体験ができます。21世紀東欧SFファンタチスカ傑作集「時間は誰も待ってくれない」お勧めです。

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