2011年09月01日 05:44

「悪童日記」のアゴタ・クリストフさんご逝去。間違いなく20世紀最高の作家の一人でしたね…。

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)
文盲 アゴタ・クリストフ自伝

ハンガリーの作家アゴタ・クリストフさんがお亡くなりになっていたのですね…。僕はアゴタ・クリストフさんのファンでして、「悪童日記」を読んで衝撃を受け、戯曲集なども含め手に入る限り彼女の作品は全部読んできたので(とても寡作な作家さんでして、ゆえに一作一作がとても貴重です)、訃報は悲しく、残念です…。ご冥福をお祈りします。

アゴタ・クリストフさんご逝去
(朝日新聞記事。画像クリックで拡大します)

「悪童日記」まだ未読のお方々がいらっしゃいましたら、ぜひ読んで欲しいですね。これを読んでいないことは、人生における大きな損失であるとはっきり言い得る作品と思います。小説内に存在する形式的な嘘、すなわち人物内面描写(現実では人は自分以外の人間の内面を知ることはできない)を一切排した、登場人物の行動のみ描く唯物的描写の中で、登場人物たちの行動が凄まじく心打つ、他に類をみない、文学において間違いなくある種の最高峰を極めた、極限的な小説です。ぜひ、読んで欲しいとしか言いようがない小説です。

また、「悪童日記」を読んで感銘を受けたお方々には、「文盲 アゴタ・クリストフ自伝」がお勧めですね。どういった背景から「悪童日記」が生まれてきたのか、その背景にまた圧倒されます…。

ぼくらには、きわめて単純なルールがある。作文の内容は真実でなくてはならない、というルールだ。ぼくらが記述するのは、あるがままの事物、ぼくらが見たこと、ぼくらが聞いたこと、ぼくらが実行したこと、でなければならない。

たとえば、「おばあちゃんは魔女に似ている」と書くことは禁じられている。

しかし、「人々はおばあちゃんを<魔女>と呼ぶ」と書くことは許されている。

「<小さい町>は美しい」と書くことは禁じられている。なぜなら、<小さい町>は、ぼくらの目には美しく映り、それでいて他の誰かの目には醜く映るのかもしれないから。

同じように、もしぼくらが「従卒は親切だ」と書けば、それは一個の真実ではない。

というのは、もしかすると従卒に、ぼくらの知らない意地悪な面があるのかもしれないからだ。だから、ぼくらは単に、「従卒はぼくらに毛布をくれる」と書く。

ぼくらは、「ぼくらはクルミの実をたくさん食べる」とは書くだろうが、「ぼくらはクルミの実が好きだ」とは書くまい。「好き」という語は精確さと客観性に欠けていて、確かな語ではないからだ。「クルミの実が好きだ」という場合と、「おかあさんが好きだ」という場合では、好きの意味が異なる。前者の句では、口の中に広がる美味しさを、「好き」と言っているのに対し、後者の句では、「好き」は一つの感情を指している。

感情を定義する言葉は非常に漠然としている。その種の言葉の使用は避け、物象や人間や自分自身の描写、つまり事物の忠実な描写だけにとどめたほうがよい。
(アゴタ・クリストフ「悪童日記」)

いったいスターリンは、どれほどの数の人を犠牲にしたか?

誰も正確には知らない。ルーマニアでは、今なお死体を見つけては数えている。ハンガリーでは1956年の動乱のときに3万人が殺された。

今後も永遠に計り知ることができないのは、あの独裁政治が東欧の国々の哲学・芸術・文学に対してどれほど忌まわしい役割を演じたかということである。東欧の国々に自らのイデオロギーを押しつけることで、ソビエト連邦は東欧の国々の経済発展を妨げただけではない。それらの国々の文化とナショナル・アイデンティティーを窒息させようとしたのだ。
(アゴタ・クリストフ「文盲 アゴタ・クリストフ自伝」)

アゴタ・クリストフ掌編集「どちらでもいい」より

「ある労働者の死」

途切れてしまったシラブルが、意味を成さず、窓と花瓶の間に引っかかっている。

途切れてしまった指の動き。あなたの衰弱した指は、シーツの上に、大文字のNを半ばまで書いたのだった。

「NON!(否!)」

あなたは信じていた。目をつむりさえしなければ、死に捕まってしまうことはないと。あなたは力の限りを尽くして目を大きく見開いていたが、闇が訪れ、あなたをすっぽりと包み込んだ。

昨日もまだあなたは、あの土曜日に完全に洗い終えることのできなかった自分の車のことを思っていた。すでにあんなにも遠い過去となってしまったあの土曜日、あなたは初めて胃に、突き刺すような痛みを感じたのだった。

「癌です」と医者が言った。たちまち、病院の寝台の清潔さが、あなたを恐怖の中に突き落とした。

数日、数週、数ヶ月が経過するうちに、あなたは手の先まで白くなった。こびりついて落ちなかった油汚れが消え、あなたの爪は割れることがなくなり、役人の指の爪のように、細長いピンク色の爪になった。

夜、あなたは泣いた。しゃっくりも、痙攣もなく、声を上げることすらなく、あなたは泣いた。ただ涙だけが静かに流れ、枕を濡らした。微かな音もしなかった。常夜灯の緑色の光が、同じ病室に入ってくる人たちの頬と目の下に窪みを穿っていた。

そう、あなたは独りではなかった。

あなたは、今日明日にでも死ぬであろう六、七名のうちの一人だった。

工場でもそうだった。あなたは、あそこでも独りではなかった。今日も明日も同じ動作を繰り返す二十名から五十名のうちの一人だった。

あなたの工場は、時計だけを製造していたのではない。死体をも製造していた。

ところで、工場でそうだったように病院でも、あなたがたは互いに何を言ってよいのか分からないでいた。

あなたは思っていた。他の人たちは眠っているか、あるいはすでに死んでしまったのだと。

他の人たちは思っていた。あなたは眠っているか、あるいはすでに死んでしまったのだと。

誰も口を開かず、あなたも口を開かなかった。

あなたはもはや何も話したくはなく、ただ、何かを想い出したかったのだ。だが、何を想い出せばいいのか、あなたにはわからなかった。

想い出せることがなかったのだ。

あなたの想い出、あなたの青春、あなたのエネルギー、あなたの人生、――工場がそれらを奪ってしまった。工場があなたに残したのは、疲労、四十年間の労働の果ての、致命的な疲労だけだった。

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)
悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

文盲 アゴタ・クリストフ自伝
文盲 アゴタ・クリストフ自伝

ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫)
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第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)
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どちらでもいい (ハヤカワepi文庫)
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昨日 (ハヤカワepi文庫)
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怪物―アゴタ・クリストフ戯曲集
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