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魔法少女まどか☆マギカの虚淵玄さんのインタビューが本日の朝日新聞に掲載されています。まずは引用してご紹介致しますね。

魔法少女まどか☆マギカ虚淵玄朝日新聞インタビュー
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――まどか☆マギカはオリジナルのストーリーですが発想はどこから?

虚淵「魔法少女が登場し、かつ次々と脱落するような血なまぐさい話を、と依頼を受けました。目を向けたのは従来の魔法少女もので不都合とされ、見過ごされていた面です。異能の力を手に入れ、世の中から逸脱した存在になれば矛盾や対価が生じると思っていました」

――希望に溢れ、人々を救おうと頑張る魔法少女が、やがて恨みやねたみにさいなまれ、敵だった魔女に転じる。善から悪への転化が印象的です。

虚淵「例えばアルカイダは、自分達の正義の為にツインタワーをへし折りました。誰かの正義は、誰かにとっての悪であり善意、優しさ、希望が人を幸せにするとは限りません」

――作品のクライマックスで、魔女たちが合わさった大災厄が、街を襲います。現実社会でも、人の負の感情こそが世界を滅ぼすのでしょうか。

虚淵「呪いが呪いを呼ぶというか、憎しみは連鎖する。それが一番怖いとは思います。幸せ、勝利、栄光といったポジティブな言葉は、それと対置されているものをゴミ箱に放り込んだうえで言われます。そこから悪臭が発生し、うじがわいても、見ないふりをして、世の中を明るく照らそうとします。アメリカなんかは、そういう負の処理を第三世界に押しつけて、繁栄してきたように見えます」

――大災厄に対し、登場人物の一人が何度も時間をやり直し、食い止めようとする姿が悲壮です。こうした「ループもの」という手法も、2000年代に目立った表現形式です。

虚淵「閉塞感を表現するのに便利だと思います。1999年に『恐怖の大王』は、世界を終らせてくれませんでした。80年代、90年代は世の中が終わるかもしれない、というあせりやお祭り感があり、核戦争など終末のイメージが共有できました。

――ところが世界は続いた。

虚淵「終わりはこなかったけれど、状況は別に好転していません。何らかのトラブルにさいなまれ続ける日々が、永遠に続くような気分です」

――絶対的な正義も、終末もないんですね。作中で、達観した魔法少女の一人が「希望を祈れば、それと同じ分だけ絶望をまき散らす。差し引きゼロで世の中のバランスが成り立っている」と語るシーンがあります。

虚淵「希望を追いかけても、絶望は必ずついてくる。それを前提に望まないと。天ぷらを作れば、油を固めて捨てねばならないように、廃棄物なしに、きれいなものだけは出てきません」

――豊かな暮らしを願って造ってきたはずの原発が今、放射能をまき散らす。「条理にそぐわない希望はゆがみをもたらす」というセリフは警句めいてます。

虚淵「今になって節電、節電ですが、危険なものを造らなくても成り立つ世の中を考えておけば良かった。放射能汚染のリスクを覚悟したうえで、クリスマスのピカピカのイルミネーションを望んでいたのでしょうか」

――でも、人は何かを望まずには、生きられないのでは。

虚淵「アルカイダの話に戻れば、世の中を正しく導こうという、その思いは間違ってない。主人公まどかは最後にある決断をしますが、それは、魔法少女たちが祈ったこと、それ自体を否定したくはなかったからです」

虚淵玄さんらしいインタビューで、虚淵玄さんシナリオの特徴が顕著に分かりやすく出ている良いインタビューだと思います。『誰かの正義は、誰かにとっての悪であり』『幸せ、勝利、栄光といったポジティブな言葉は、それと対置されているものをゴミ箱に放り込んだうえで言われる』『希望を追いかけても、絶望は必ずついてくる』とか、虚淵玄さんの世界観が分かりやすいですね。

虚淵玄さんシナリオの特徴として、虚淵玄さんが描く物語世界は、常にゼロサムゲームのみが成り立つ閉鎖系の世界が舞台なんですよね…。資源が有限なので、資源を欲しければ、それを奪う=他者の資源を減らすしかない世界…。

虚淵玄さんは日本最高のストーリーテラーであり、彼の描く世界は魅力に溢れていますが、ただ、虚淵玄さんの描く世界の理、世界を閉鎖系でありゼロサムゲームしか成り立たないものとして俯瞰するその世界観が正しいかどうかは、検討の余地があると思いますね…。

例えば、虚淵玄さんの物語世界における争いごとは「閉鎖系世界における資源不足」によって生まれるゼロサムゲームの奪い合いなのですが、フランスの哲学者ジョルジュ・バタイユはそれとまったく逆のことを述べていますね。バタイユはこう述べます。『我々の世界は開放系であり、自然という外部からあまりにも過剰なエネルギーを分配されるため、それを蕩尽しようとする必死の努力の一環として戦争があるのだ』と。虚淵さんとは逆に、バタイユは「開放系世界における資源過剰」を戦いの一因と位置づけました。

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http://www7.plala.or.jp/akkoneko/2-1.htm
1、普遍経済とはなにか
 普通我々が「経済」という言葉を用いるとき、念頭に浮かべるのは主として貨幣にまつわる経済活動のことである。そのなかには生産もあれば消費も含まれるが、いずれにせよそれらは数字によって明瞭に計算され得る。

 ジョルジュ・バタイユが「普遍経済」というとき、それはそのようなことを意味しない。そこで問題とされるのは、地球上に在るエネルギー全般のことである。

 それはまず事実としての太陽エネルギーであり、そしてそれによって成り立つ、あるいはそれとアナロジーの関係になる地球上のすべての生命活動のことである。

 対象を太陽エネルギーに限って考えてみることは、バタイユのいわんとするところをイメージとして理解するのにもっとも好都合である。それはたしかに単なる象徴である以上であり、それはまさしく我々が生きていることを条件づけている根本的な事実であるというべきであろう。

 つまりこういうことだ。「われわれの富の源泉と本質は日光のなかで与えられるが、太陽のほうは返報なしにエネルギーを−富を−配分する。太陽は与えるだけでけっして受け取らない。」
 
我々に与えられている生のエネルギーは常に過剰なのだ。これが根本的な事実である。

 しかしエネルギーが過剰であるとはどういうことか。エネルギーが過剰であるとどうであるのか。このことを論じたのがバタイユの著書『呪われた部分』である。

 この著書の目論みは最初から顕かにされている。すなわち、「いわば大胆な転覆。てんでんばらばらな考えと、見ることを欲しない苦悩にしがみついている諸問題の行きづまりにの代りに、世界と合致した、一つの力学をもたらすこと。世界の動きの自由さに諸概念を釣り合わせる思想の窮極的自由は、予想に背を向けることによってはじめて手に入るのではなかろうか?」

 「世界と合致した、一つの力学をもたらすこと。」これがこの著書の目論みである。つまり逆に言えば、われわれにとってエネルギーが過剰であるという事実は、これまで常に隠蔽されてきたということである。「隠蔽されてきた」というのはたしかにすこし言い過ぎかもしれない。太陽エネルギーが常に有り余っていること、そんなことは取り立てて言われなくてもだれしもわかっていることかもしれない。しかし、だ。これがこの著書がことさら「呪われた」という穏やかならない名をもつことの所以である。

 われわれにとって常にエネルギーが過剰であるということは何を意味しているのか。それはわれわれにとって常に生産のためのエネルギーが、そして成長のためのエネルギーが過剰に与えられているということだ。しかしながら生命体の生産と成長は限りなく持続し得るものではない。それに対して、太陽エネルギーはわれわれにとってほとんど無限といっていいほどに与えられている。このことは次のような帰結を招く。「もしもその組織(たとえば一個の有機体)がそれ以上成長しえないか、あるいは剰余が成長のうちに悉く摂取されえないなら、当然それを利潤ぬきで損耗せねばならない。好むと好まざるとにかかわらず、華々しいかたちで、さもなくば破滅的な方法でそれを消費せねばならない。」

 このことが、われわれに突きつけられている事実の最終的な姿である。エネルギーが過剰に与えられていることから、最終的にはそれを「惜しみなく(代償なしに)」消費せざるをえないということまでが、地球上の生命体にとっての基本的な物質的条件なのである。そしてこのような条件を全体的視野として見据えながら、その中に人間の諸々の経済活動、あるいはもっと広く言えば、諸エネルギーの関係の推移を位置づけていくこと、これがバタイユの謂う「普遍経済」である。

どっちかというと、虚淵玄さんの世界観より、バタイユの世界観の方が、現実世界の真たる在り方に近いと思いますね。人間が太陽に「太陽さん、太陽エネルギーを送るのをやめてください!!」とお願いしても、太陽は人間のことなど全く考えずに、ただひたすら太陽エネルギーを地球の地表に送り続ける訳です。恐竜の絶滅の原因とされる隕石落下も、隕石という外部のエネルギーが勝手にやってくることで起きた訳です。東日本大震災に見られるような大地震もそうですし、台風もそうです。放射線で人体を破壊する放射性物質を人為的に消し去ることは決して出来ません。自然というのは、過剰すぎるエネルギーを世界内にひたすら送り込んでくる訳ですよ。問題となるのは、不足ではなく、人類の制御できない過剰なのです。

もちろん、虚淵玄さんの世界で描かれる不足も重大な問題です。ただ、不足というのは、どちらかというと、人間が形成する社会の社会問題、すなわち人間自身の問題であって、決して解決不能という問題ではないと思いますね。人間は不足しているエネルギーを生産して分配することが可能ですから。不可能なのは、自然から送られてくる過剰なエネルギーをせき止めることです。これは、決して解決することのできない問題です。人間は食糧不足のときに食料を生産して分配することはできます。けれど、人間は地震が起こるのを止めたり、津波が起きるのを止めたり、隕石が落ちてくるのを止めたり、放射性物質を消去したり、太陽が日光を送ってくるのを止めたりすることは出来ないのです。

生物や人間に根本的問題を突きつけるものは、必要性ではなく、その反対物、『奢侈』(自然からやってくる過剰エネルギー)である。(中略)総じて成長があるのではなく、ただ単にありとあらゆるかたちでの贅沢なエネルギー浪費があるにすぎないという事実を、強調しておこう。
(ジョルジュ・バタイユ「呪われた部分」)

虚淵玄さんの世界観を端的に述べれば、『全ては有償であり、代価を必要とする』ということですが、これは、人間社会の一側面しか表しておらず、人類というスケールを超えた地球的規模・宇宙的規模における実際の問題は逆のところにある。天災や病原菌などの自然からやってくるエネルギーは、人類というスケールに比べて圧倒的に過剰であり、その過剰さは人類種の安定性を遥かに超えた、人類種を危機に晒すほどの過剰さであるということですね。例えばもし、恐竜を滅ぼした巨大隕石が再び墜落してきたら、そのエネルギーで人類は恐竜と同じように滅亡するでしょう。そして、自然が配分してくる過剰なエネルギーを、人類はどうすることもできないのです。この過剰さの問題を虚淵玄さんが世界観に取り入れるようになったら、彼の物語はより深化すると思います。

プロメテウスは神から火を盗んだ。神から、(自然世界という)全的なものの雛形ではなく、神の一機能を盗んだのだ。(中略)人間のやったことは、自然力から、人間生活に役立つ効用を発見し、機能を引き出すことだった。道具や機械にとっては、(自然世界という)物の究極な構造などはどうでもよいのだ。自然の一機能のみが、ただグロテスクに誇張されていればいいのだ。(中略)原子爆弾は、人間の作った最もグロテスクな、誇張された自然である。
(三島由紀夫「三島由紀夫文学論集機廖

最後に余談ですが、この「人類の人知を遥かに超えた自然の過剰さが人類を滅ぼす」というテーマを、恐怖小説の形態にして発表したのがラヴクラフトのクトゥルフ神話です。人類種の持つ力とは全く桁の違う圧倒的な自然エネルギーが地球にも宇宙にもあって、地殻が変動したり、宇宙から強力なエネルギーがやってきたりすれば、人類など瞬く間に滅ぶちっぽけなものに過ぎないのだということが、コズミックホラーたるクトゥルフ神話の根幹、宇宙的恐怖なのですね。

呪われた部分 有用性の限界 (ちくま学芸文庫)
宗教の理論 (ちくま学芸文庫)
エロティシズム (ちくま学芸文庫)
エロスの涙 (ちくま学芸文庫)
内的体験―無神学大全 (平凡社ライブラリー)
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