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コゼットの肖像DVD

まっつねのアニメとか作画とかさん「人々はなぜ魔法少女まどか☆マギカの本質を見誤るのか」
http://d.hatena.ne.jp/mattune/20110122/1295664027

上記ブログさんのパロタイトルから始めちゃいましたが、えっ、上記、ちょっと待ってください。他のアニメ作品が魔法少女まどか☆マギカに与えた影響ということで言えば、魔法少女まどか☆マギカは明らかに、新房昭之監督のOVA「コゼットの肖像」(大傑作OVAです!!)の決定的な大影響を受けているでしょう。「ファースト・スクワッド」、この作品は知らなかったので、急いでユーチューブで一通り見ましたが(First Squad ENG SUB HD Part ~というバージョン)、僕の外語能力の壊滅ぶり(筋が理解できていない。日本語訳サイトどこかにないかな…)を差し引いて考えても、どう見ても、この作品よりも、遥かに「コゼットの肖像」の方が「魔法少女まどか☆マギカ」への影響が色濃く見られると思いました。「コゼットの肖像」は、魔法少女(永遠の少女)に対する物凄い愛憎があって、新房昭之監督は「魔法少女」(永遠の少女)を本質的に良い存在とは見ていない、魔法少女という枷から解放せねばならない悲しみに充ちた存在として見ていることが物凄く良く分かります。

「コゼットの肖像」のメインヒロインの少女コゼットというのは、マルチェロという魔法少女を永遠に愛する究極的魔法少女オタク(この人物は男性主人公永莉の分身でもあって、明らかに視聴者・アニメオタクのメタファー、新房昭之監督がオタクに対してある種の厳しい眼差しを持っているのが分かります)によって、永遠に魔法少女(永遠の少女)にさせられた女の子なんです。このアニメ見ると、新房昭之監督が考えているであろう魔法少女が物凄くよく分かります。

「コゼットの肖像」から見る魔法少女であることというのは『心と身体を縛りつけ強制する永遠の枷に縛られた人形であること』なんですね。身体の枷は分かりやすいです。つまり永遠に少女の身体である強制、大人の身体を禁止されることです。では心は何の枷に縛りつけられているのか。それは『個別の欲望の優先の禁止』です。「コゼットの肖像」の中で、コゼットの恋愛は禁止されている。生きていた頃のコゼットはマルチェロのことを愛していて、マルチェロも自分のことを愛してくれていると思ったら…、マルチェロは、生きて成長して妻になり母になるコゼットの生身ではなくて、コゼットという魔法少女を愛していただけだったのです。マルチェロは、コゼットが自分を愛するゆえに、コゼットに怒り、コゼットを殺します。マルチェロにとって、コゼットは永遠に魔法少女(みんなを永遠に愛して、恋愛はしない、みんなのために生きる永遠の少女)でなければならなかったのです。

マルチェロ
「僕のコゼット。なぜ君は(マルチェロを愛し、マルチェロに愛されようとすることで)大人になろうとする。僕の絵(コゼット)は神も驚嘆する完璧な美の結晶。なのにモデルの君が変わってしまっちゃあ駄目じゃないか。君は変わっちゃいけないんだよ。永遠に僕の絵のままの姿であり続けるべきなんだ。安心おし。僕が美しいまま君の時間を止めてあげる」
(コゼットの肖像)

こうして、マルチェロはコゼットを殺し、コゼットを永遠の魔法少女たる肖像画として封じ込めます。コゼットは魔法少女としてずっと苦しみ続けることになります。このアニメ見たとき驚愕しましたね。新房昭之監督は魔法少女の本質を物凄くよく理解している。魔法少女が魔法少女であることを辞めるとき、それは、誰か1人を愛して、その個別の欲望に基づいた愛を『魔法少女としてみんなを愛して人助けする』ということよりも上位に置く時、つまり女になり、恋人になり、妻になり、母になるときです。『みんなを愛して人助けする』ことよりも大切な掛け替えのない愛を知ったとき、魔法少女は女に戻ります。人間という普遍化された抽象的概念を平等に愛することを第一原則として動かされる魔法少女ではなく、誰かを個別に『私の掛け替えなき単独の存在』として愛するとき、すなわち、自分自身の生を自分自身として生きるとき、魔法少女は魔法少女であることを辞めるのです。

クリィーミーマミからカードキャプターさくらまで、みんなへの平等な愛(実はこれは何も愛していないのとある種同じ)よりも、掛け替えのない単独者との愛(大伴俊夫だったり李小狼だったり、誰か1人の人間との愛)を自ら求めるとき、クリィーミーマミは1人の女性として森沢優に戻り、カードキャプターさくらは1人の女性としての木之本桜に戻るんです。そのとき、彼女達に掛かっていた魔法少女という枷は砕け散って、彼女達は、生身の1人の女性に戻るんです。

逆に、この掛け替えなき愛を禁じられ続けると、ミンキーモモやコゼットのように殺されてずっと魔法少女をやらされたり、魔法少女リリカルなのはのように、ずっと独身者としてみんなを平等に愛して、みんなの人助けをする魔法少女を永遠に続けることになってしまう…。

魔法少女という枷を打ち破る掛け替えのない単独者との愛というのは、別に異性でなくても良いんです。例えばなのはさんがフェイトちゃんを真に愛し、かけがえなき存在として、他の存在よりも決定的に絶対的に差異付けるとき、魔法少女の枷は破れます。でも、なのはさんは「フェイトちゃん以外の人たち」と「フェイトちゃん」のどちらかしか救えないという選択肢、そういった選別自体を拒否しますよね…。なのはさんは必ずどちらをも助けるという選択を前提にして最合理な判断を取ります。『たとえ、罪を背負うことになっても、フェイトちゃんの方を助ける』という心をなのはさんは持てない。これはなのはさんの限りない優しさ、魔法少女達が持つ魔法少女としての心の基底でありますが、誰に対しても無限に優しいこと、選別自体を絶対的に拒否し続けるということは、掛け替えのない愛も拒否してしまっているということでもあります…。可哀想だけど、なのはさんは、さくらちゃんみたいな愛を知ることはできない悲しく残酷な「魔法少女」という定めを幾つになっても負い続けている…。

で、こういう悲しく残酷な定めと、それを負わせている人々(視聴者・アニメオタク)に対して、新房昭之監督は「コゼットの肖像」の中で本気で怒っている。「コゼットの肖像」での描写は明らかに、マルチェロ=主人公(視聴者・アニメオタク)永莉であり、コゼットが、自身が永遠に束縛の枷を掛けられた魔法少女(永遠の少女)であることに苦しみ、魔法少女という枷からの解放を望んでいるにも関わらず、永莉はそれに気づかずに、マルチェロ同様永莉もまたコゼットを縛っていることを物凄い勢いで弾劾しています。

永莉はマルチェロがコゼットを縛った枷、魔法少女としての『枷』(マルチェロの書いたコゼットの肖像画)の方に気を取られて、『魔法少女という枷』をコゼットそのものであると誤解してしまう。でもそれはコゼットではない、ただコゼットを縛る枷であるだけ。終盤、永莉を掛け替えなく愛する生身の女性である翔子の情念が永莉を救おうとしますが、永莉はそれでも枷そのもの(魔法少女そのもの)に囚われていますね…。永莉が自分の描いたコゼットの肖像画を燃やして、コゼットを完全に解放できるかどうか、それは、視聴者の心に委ねられている、視聴者が魔法少女という悲しい枷を、破壊することができるかどうか、それは視聴者次第であるという終わり方だと思います。

この「魔法少女」「魔法少女という枷」に対する愛憎、「魔法少女という枷」に対しては、「コゼットの肖像」「魔法少女まどか☆マギカ第1話~第3話」を見る限り、新房昭之監督はもはや怒りを超えて憎悪しているかのように感じます。例えば、巴マミさんは魔法少女という枷に押し潰されそうになっている子で、明らかに外部からの承認、外部から自分を認められる=規定されることを求めていた。最後に叶うそれが、まどかからの魔法少女としての承認・規定だったことが、本当に悲しい…。僕は巴マミさんが好きなので、本当に悲しいです…。

みんなを助ける魔法少女の立派な先輩としてのマミさんを認めるのではなく、魔法少女であることなんて嫌で嫌でたまらない、1人の弱い小さな、死の谷の影で泣いている小さな女の子であるマミさんを、まどかに認めて欲しかった。でも、マミさんが1人の弱い小さな、死の谷の影で泣いている小さな女の子であることは、マミさんの内面描写を知る、我々視聴者しかいない。マミさんは最後まで孤独なままで死んでしまった…。新房昭之監督の魔法少女という枷に対する怒りや絶望が伝わってきます。魔法少女まどか☆マギカを第3話まで見て、「魔法少女」であることが良いことなどと感じる人間はいないでしょう…。魔法少女は生贄の犠牲者であり徴収され無理やり死地に向かわされる無名の兵士です。

魔法少女であるとは、誰でもないことです。リリカルなのはのなのはさんや、Fate/stay nightの衛宮士郎のある時期のように、またはベルセルクのグリフィスのように、全てを救う(全てを~~する)と超越的に規定した在り方は、世界に対して選別ができない、すなわち自分に対しても選別ができない、自己自身であることを奪われている状態、徴兵され命令される無名の兵士である在り方です。最後まで、魔法少女という何ものでもないものとしてマミさんは死んだ。それが、悲しい…。彼女を悼みます…。なのはさんも、もし最初にユーノくんと出会わなければ、魔法少女にならなければ、フェイトちゃんと真に恋人同士になったりできていたと思うことがあり、それを思うとき悲しいですが、なのはさんは生きているので、まだ可能性がある。魔法少女という己に掛かった枷を破壊する可能性が。巴マミさんは、そういった可能性を完全に奪われた…。これは悲劇であり、魔法少女まどか☆マギカを見ている我々が願える唯一つのことは、彼女達の魔法少女という枷が破壊されることでしょう…。

魔法少女達に、ずっと魔法少女でいるのではなく、魔法少女の枷の向こう、魔法少女を辞めたさくらちゃんのような自分自身である生の道のり、訪れることを願います…。
CCさくら

僕は、魔法少女まどか☆マギカを見ていて、魔法少女達に、彼女達に、ずっと歩いているさくらちゃんのように、銀河鉄道の夜のジョバンニのように、進んで欲しい。なのはさん達のように魔法少女達の永遠の終着駅であるサウザンクロスで停まったり、マミさんのようにカムパネルラになるよりも、生きて先に進んでほしいと思いました…。彼女達の生の幸せが想像できる道のりを…。

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