慟哭 (創元推理文庫)

うみねこのなく頃にの評を幾つか読んだのですが、『ミステリとして謎を解かなくていいのがアンチミステリで、こういったアンチミステリは幾つもある。だから最初からアンチミステリであったうみねこのEP8の終わり方は正しい終わり方である。これをミステリとして読む方が誤りであり、ミステリ小説としての客観的欠落があるとみるのは、人の話を聞くことが出来ない羊連中』みたいなのを読むと、心が痛んでしょぼん…という感じです…orz

アンチミステリという名称を提案した埴谷雄高がアンチミステリとして挙げた三作「ドグラ・マグラ」「黒死館殺人事件」「虚無への供物」、ドグラ・マグラ以外の二作はミステリとしてちゃんと謎を解いているんですね。ドグラ・マグラも、確定的な形では謎は解かれませんが、提示されるものを見ていくと、全体としての連なりは一貫したものとして見えてくる。「アンチミステリ=謎を解かないミステリ」として一概に考えるのは誤りだと思います。

「謎を提示し、謎を展開し、謎を解く」というミステリの形態が持つフェアネスとカタルシスを超えうるもの、それ以上に読者の心を捉え得る何かが作品に内在するかどうか、それを持ち得る作品を、アンチミステリと呼び、ミステリの形態自体を超える強度を持つ作品として埴谷雄高やその後のアンチミステリ論者は肯定的に評価したと考えるのが、妥当であると思います。、謎を解かない投げっぱなしの作品=アンチミステリでは全くないでしょう…。

そして、この、『「謎を提示し、謎を展開し、謎を解く」というミステリの形態が持つフェアネスとカタルシスを超えうるもの』が「うみねこのなく頃に」にあったかと言われると、僕は『残念ながら全くなかった』としか言いようがないと思います。うみねこのEP1からEP4まで、散々『陰惨な惨劇の殺戮劇』を示されたとき、いくらなんでも、これほど酷い殺人事件を、何も解決せずに終わらせる訳がない、それはあまりにも、残酷すぎると思いましたが、その謎を明かさないという残酷さを、EP8の最後まで『これは確定しない猫箱(偽書)の中の話だから』で終わらせて、『陰惨な惨劇の殺戮劇』を起こったままにし、何も解決をつけずに投げ出してしまった。これは、『ミステリの形態が持つフェアネスとカタルシスを超えうるもの』どころか、『ミステリの形態が持つフェアネスとカタルシスを嘲笑し、命を奪われる不正を宜う投げやりな終わり方』としか思えません…。このようなものをアンチミステリとして評価することは誤りだと思います。

僕は実は昔から変り種ミステリ、アンチミステリは大好きでして、夢野久作も竹本健治も浦賀和宏も殊能将之も麻耶雄嵩も大好きなんですよ。ミステリのフェアネスを意図的に破っていく外道探偵メルカトル鮎を創造した麻耶雄嵩さんは現在活躍中のミステリ作家さんでは一番好きですし、(http://nekodayo.livedoor.biz/archives/1368734.html)、不条理系の小説とかも出来の良いものは大好物です(http://nekodayo.livedoor.biz/archives/1376074.html)。それらは、『「謎を提示し、謎を展開し、謎を解く」というミステリの形態が持つフェアネスとカタルシスを超えうるもの』を指し示そうと一生懸命努力している。勿論、これは凄く難しいことで、失敗作の出る確率が多く、上記に挙げた作家さんにも失敗作は幾つもあります。浦賀和宏さんとか、失敗作の数が凄く多い…(^^;

でも、僕は、こういう意欲的な挑戦は大好きです。こういった作品には、その意欲も汲んで、かなりガードを下げて、好意的な評価を基本として接しています。それは作者の人々の、新しいものへの意欲ある挑戦が感じられるから。いわば、物凄く難易度の高い試合に挑むスポーツマンシップを持ったファイターのようで、自分の作品が失敗作に終わったって、それに言い訳するようなみっともない作者さんはいません。いわば、『読者への挑戦状』を、フェアに叩きつけてくる作者さん達です。

しかし、うみねこ、特に最終章であるEP8は、まさに『最初に言い訳ありき』なんですね。上記のような正々堂々とした作家としての読者への挑戦から、うみねこは完全に逃げている。うみねこEP8が謎を明かさない理由として作中で示したこと、「真実よりも個々人の幻想の方が重要であるから真実を明かさない」は、作中の倫理レベルでも明らかに間違いだと思いますし、作中の倫理レベルに縛られない作者と読者のフェアネスな関係性においては完全に間違っているアンフェアなことです。

まず、うみねこで示されたことは、『謎』であり、そして、作中の倫理レベル(凄惨な殺人事件)においても、作品としての構造(謎の提示と謎を解くように読者に問いかけ)においても、作者と読者の関係性においても、『謎』と『謎の解明』をセットとして、提示されるものとして少なくとも、EP5あたりくらいまでは作品内でも完全に前提されていた。そういった前提のもとに、前半のEPは書かれていたと考えても良いと思います。突然それが、後半のEPで、『幻想は幻想のままにすべきだ』と言い出す。提示した謎を、個々人の幻想として解かずに投げ出すことは、『個々人の幻想を大切にする』ということとは全く違うことです。いやむしろ、読者のレベルから見れば、読者個々人の幻想、すなわち信頼を破壊した行為そのものと言っていい。

なぜならこの謎は、『提示されたこの謎は解き得る解「犯人、犯行方法、動機」を持つ』という作者からの提示を信じる、読者からの信頼によって成り立っていたのですから。

うみねこの一番酷いところは、この、読者からの信頼を、作中の物語のレベルで作者が勝手に裁き、信頼を拒絶して、作者自身が解き得る解を考えることを放棄しているところです。これはあまりにも、卑怯なやり口としか言いようがない。このような作品を評価することは、到底できません。物語としても、完全に破綻した、連なる意味を持たないシチュエーションがばらばらに置いてあり、それが作者の価値判断によって動かされるだけの、支離滅裂で評価できないものとなっている。

このような作品を、アンチミステリとか言って持ち上げて語って欲しくありません。どこまでも作者が読者を愚弄する姿勢を、読者がひたすら支持し続けることは、その作者にとっても読者にとってもお互いに不幸なことでしかないと心から思います。

最後に、ミステリ好きにしてアンチミステリ好きとして、お勧めのアンチミステリ、謎が解かれないタイプのアンチミステリの傑作をご紹介致します。貫井徳郎さんのデビュー作「慟哭」です。これは非常に衝撃を受けた作品で、十年以上前に新刊で読みましたが、最後の一文をいまだに決して忘れることのできない傑作です。僕は貫井徳郎さんのファンでずっと読み続けています。非常に真摯で真面目な作家さんで僕は大好きです。この小説は、「ミステリではない」という批判を多く受けましたが、僕はミステリとして高く評価しています。ミステリであり、そして真の意味でのアンチミステリーと呼べる傑作と思います。

「慟哭」、作中ではミステリとして、起こった殺人事件の謎は提示され、展開され、そして犯人・犯行動機・犯行方法は解かれてゆきますが、最後まで本当の真犯人とその犯行方法や動機は明かされません。『真実が明かされず幻想によって誤魔化されること』、そのことが犯罪被害者、愛する人を奪われた殺人事件の遺族にとってどれほど悔しく絶望的な悲しみであるか、真実が明かされないということが、人間の最も大切な部分まで全て破壊し壊してしまう苦悶に満ちた悲鳴のような絶望として、最後の一文に凝縮され、迫ってきます。

この小説は、「うみねこのなく頃に」と同じように謎を明かしませんが、それでいて、全く逆のことを描いています。うみねこは、『殺人事件の真実は明かされないことが幸せなのだ』と説明することで、真実を明かさないことを正当化する言説を大量に流しますが、僕は貫井徳郎の「慟哭」を読んだ時の気持ちがこみ上げてきて、一体どの筆が、これほど残酷残忍なことを平気で言えるのだ、真実が明かされず、不正が不正のまま存在し続ける苦悩、絶望、苦しみ、人の命を奪われるときに感じる、永遠に人を苛むやりきれない苦しみを、何一つこの作品は真面目に考えていないと、怒りと悲しみが湧き上がるのをどうしても抑えられませんでした。

貫井徳郎の「慟哭」は、ミステリとしてのフェアネスを意図的に破ること(真実が明かされないこと)により、真実が分からない苦痛、絶望、耐え難い苦しみ、人間の心すら完全に破壊してしまう苦しみとして真摯に描いている傑作です。謎を明かさないということにおいて、それが一体どのような不正なのか、どのような耐え難い苦しみであるのかが、胸を切るような苦悶として読んでいて伝わり、読了したときは、最後は胸が切られたような痛みを感じました。「うみねこのなく頃に」の作者竜騎士07さんは、真実を明かさないということで人間の命の尊厳を嘲弄する、捕まることなき真犯人のように振舞っている、そのことを自認して欲しいです。そして、貫井徳郎の「慟哭」、ぜひ、うみねこのなく頃にEP8をプレイした皆様方には読んで欲しい小説です。絶対に取り返しのつかない殺人という行為、そして殺人事件の真実が明かされない絶望、それは人間にとって究極の不正、胸を切り裂く苦悩の痛みなのだなのだということを、どうか感じて欲しいです…。

慟哭 (創元推理文庫)
慟哭 (創元推理文庫)

夢野久作全集〈9〉ドグラ・マグラ (ちくま文庫)
黒死館殺人事件 (河出文庫)
中井英夫全集〈1〉虚無への供物 (創元ライブラリ)

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