2010年05月26日 00:23

「ヒストリエ第6巻」読了。アレキサンダーの青春に、後の歴史的悲劇を感じます…。傑作です。

ヒストリエ(6) (アフタヌーンKC)

ヒストリエ第6巻読了。第1巻〜第5巻と同じく、いつもながら展開が素晴らしいなあ…。岩明均さんの物語の作り方の上手さに心から敬服いたします。僕はここ数年、ヒストリエをずっと単行本で読んできて、エウメネスが親の形見のアフラ・マズダーのペンダントを身に着けているところから、彼はペルシャ帝国にゆかりがあるものだと推測しながら読んでいたんですね。そうしたら今回、エウネメスが幼い頃の記憶を思い出して大どんでん返し…!!

おれの…………足…………?
あっ!!
アフラマズダーを踏みつけに……ペルシアとは敵対する部族だったんだ……!
(岩明均「ヒストリエ 第6巻」)

今までの価値観がひっくり返る衝撃を受けましたね。このとき、作中のエウメネスも推測していた価値観(アフラマズダーのペンダントを持っているのだからペルシャとゆえんがあるのだろう)がひっくり返されて驚いているのと、読み手の僕の驚きが完全に重なって、物語の中に同一化する感覚、素晴らしい物語だけが持てる優れた感覚を味わいましたね。本当に素晴らしい…!!

しかも今回、第6巻でいよいよ若き日のアレキサンダー王子と彼の側近達がじゃんじゃん出てくるので、ああ…みんな来た!!という感じで、歴史物語好きとして心が震えましたね。アレキサンダーは遠征が続くに連れてだんだん暴君化し、晩年は謀反事件をきっかけに疑心暗鬼に囚われ、父の頃から仕える重臣達や若い頃からの友である重要な側近達を処刑してゆきます(主人公のエウメネスは最後までアレキサンダーに信頼されており、助かります)。それを知っているから、後に処刑されるアレキサンダーの側近達が、アレキサンダーの学友として仲良く青春しているのを見るのが、とても切ないです…。

アレキサンダー
「同じ友人同士さ、みんな!」
(岩明均「ヒストリエ 第6巻」)

パルメニオンが(息子)フィロタス処刑の知らせを知らされる前に、武装した伝令が訪ねてきた。アレキサンダーが、老将軍の注意を逸らすために、急ぎの文書をしたためたのだ。パルメニオンは、蜀台に向かって身をかがめた隙をついて殺された。
(ニコラス・ニカストロ「アレキサンダー大王 陽炎の帝国」)

アレキサンダーの友人達は、後にアレキサンダーの側近として果てしない遠征に付き添いながら、側近同士の政治闘争にあけくれます…。エウメネスも例外ではなく、彼は、アレキサンダーのホモセクシャルの恋人である側近へファイステイオンと対立します。映画「アレキサンダー」でも、大王のホモセクシャルな恋人として出てきましたね。アレキサンダーは男色家で、バゴアスなどの寵愛した宦官(去勢手術を行った男性)に権力を与えたり、性的な寵愛の相手に権力を与える悪癖があり、これは彼の帝国に打撃を与えることになります。ヒストリエ第6巻で出てくるアレキサンダーの友人達は、次第にみんなバラバラになって、幾人かはアレキサンダーに処刑され、幾人かは戦死し、幾人かは左遷、そして帝国の崩壊後は権力を求めて互いに戦い殺し合い、帝国は崩壊して滅びてゆく。

アレキサンダー自身も、世界征服の為の遠征をひたすら続けるうちに、次第に若い頃の良心と快活さを失い、だんだんと疑心暗鬼と権力欲に囚われてゆきます。アレキサンダーは、史実を丹念に追うならば、「Fate/Zero」が描くような「民を幸せにする力を持つ王」ではなく、どちらかというと、戦争は強かったけれど、戦争に夢中になるあまり統治内政はダメダメで、遠征中に本国が戦乱に巻き込まれたり、民を幸せにしているとはとても言えません。特に戦って負けた占領地の民は掠奪暴行虐殺内乱で地獄です。戦わず降伏した土地も、遠征軍の為の食料・食料費を大量に奪われているので悲惨です。晩年の家臣達の粛清を見るにいたっては疑心暗鬼に駆られた暴君の影がちらつく王ですから…。歴史的に見る限り、アレキサンダーには「国を攻め取る」という概念はあっても「国を維持する」「国を繁栄させる」という内政統治の概念は、ほとんどなかったようですね…。

ヒストリエ第6巻の楽しそうなアレキサンダーと友人達の青春を読んでいると、いずれそんな滅びの歴史が描かれることが、幻視されますね…。このペースだと、アレキサンダーの晩年と死が描かれるのは、30年後に出る「ヒストリエ 第37巻(完結)」とかになりそうですが、その終焉を、歴史好きとして出来ることならば見てみたいですね…。

例えば、ヒストリエ第6巻で、ペウケスタスが、マケドニアの王子であるアレキサンダーと家臣達が、それこそ「友人」として付き合っていること、友人の命を救うために王子が必死になっていることに衝撃を受けるシーンがあります。これとか本当に上手いですね。後々の伏線になります。この描写はマケドニアの文化的伝統でして、ギリシャのポリスの市民文化とも通じる、『王であっても、家臣であっても、同じ国民、自由市民の仲間である』という意識があるんですね。対して、ペルシャ帝国などのアジア圏は絶対封建制であり、そういった意識はない。王と家臣の間柄は絶対的な差異があり、王は絶対の神であり、家臣は王とは比較不能な、いくらでも代替のきく命の安い虫けらに過ぎない。王に対して、家臣は絶対の服従が求められる。中国や日本の支配体系もそうですね。いわゆるアジア圏にある跪拝(土下座)の支配体系の文化です。

ペルシア(アジア圏)を征服してゆくということは、そういった、マケドニアやギリシャの持たないアジアの文化を、取り入れざるを得ないということなのですね。しかし、アジア圏の文化を取り入れるということは、今まであったマケドニアの文化、君主と家臣が友人のように接する文化を壊してしまうことになる。アレキサンダー大王の前で、ペルシャの家臣が全員跪拝していて、マケドニアやギリシャの家臣が立ちっ放しだったら、ペルシャ出の家臣達は「王の前で立ち尽くすあの無礼者どもを手打ちにせよ!」って怒る訳です。逆に、アレキサンダーの前で家臣達に跪拝を強制すれば、「なぜ王であると共に、友でもあるアレキサンダーの前で頭を床にこすりつけ平伏せねばならないのだ!」とマケドニア・ギリシャ出の家臣達の反感は高まる。異なる文化圏を別の文化によって強制的に征服するということは、征服者・被征服者どちらにとっても、怒りや憎しみを掻きたてるものなのですね…。アレキサンダーが家臣達から信頼を失った理由の一つに、ペルシャ側の意向を取り入れた跪拝の強制が、古い家臣達からは反感を抱かれたとされています。

今、EUはギリシャ危機によって崩壊の危機に瀕しており、EUの統合は相当後退する(ユーロという通貨の見直し、EUの統合の形の見直しが行われる)と見られていますが、こたびのEUの統合後退や、近年のイラク戦争の失敗のように、異なる文化同士を強制的に融合させるというのは、互いに互いを傷つけあうことになる軋轢を生むということ、これはアレキサンダー大王の帝国の無残な瓦解から学ぶべき大切なことだと思いますね…。僕は統合ではなく、地域主権ということを、大切にするべきだと思います。

臣下の差を越えたマケドニアの友情の文化を描いているということは、それが果てしない遠征のなかで無残に崩壊してゆくことも描かれるんだろうなあと思いますね…。今回出てきたアレキサンダーの友人達は、主人公も含めて全員、後のアレキサンダーの帝国の重臣になりますが、幾人かは帝国崩壊前にアレキサンダーに処刑され、帝国崩壊後は互いに兵を率いて殺しあうのが、悲しい…。ただ主人公のエウネメスだけは、帝国崩壊後一体どうなったかよく分からないので、生きのびるかも知れません。

アレキサンダー大王の姿を描くのに、書記官エウメネスを主人公にして、王子時代の、後の重臣達との友情を描くというのは、素晴らしいと思いますね。この後の歴史を鑑みれば、友情は権謀術策の欲の中で、悲しい形で終わってゆく。歴史的悲劇の予感を感じさせて、ああ、今すぐタイムトラベルして未来に行って、完結したヒストリエを全巻読んでみたい!!という気持ちに駆られます。ペルシャ帝国の王ダレイオスとかどう描かれるのか、今から本当に楽しみです。ヒストリエ第6巻、第1巻〜第5巻と同じく傑作です。アレキサンダーは、ひたすらの遠征で国力を低下させ、疑心暗鬼に囚われ家臣達を粛清するという、戦いに勝てば勝つほど次第に暴君的な王となってゆき、彼の死後、彼の築いた帝国は内乱で瞬く間に崩壊したことを考えると、単純な英雄譚を描くのではなく、もっと別の俯瞰的な歴史物を描こうとしている意欲が感じられて、心から期待を持てる作品です。ヒストリエ、お勧めする歴史漫画です。

戦を沢山見ていると、戦というものが、凡人にとって尋常ならざる好機であるのがわかる。凡人――普段は演壇に立つと舌が回らなくなり、本気で故郷に尽くす気がなく、神々に捧げものをするときでも安物ですませる――は、いったん武器を持てば、才気あふれる人物を手にかけ、優美な女性を犯し、たぐいまれな芸術品を破壊し、子供を殺す。どんなに高い理想を掲げようと、どんなに優れた将を得ようと、常に勝利するのは凡人だ。圧倒的な悪と圧倒的な善、どちらも偏在はできないし、全てを見渡せもしない。しかし凡人は戦場のいたるところで馬の背に乗って飛び回り、「いざ、ペラへ!」などと叫ぶ。
(ニコラス・ニカストロ「アレキサンダー大王 陽炎の帝国」)

参考作品(amazon)
ヒストリエ(6) (アフタヌーンKC)
ヒストリエ(5) (アフタヌーンKC)
ヒストリエ(4) (アフタヌーンKC)
ヒストリエ(3) (アフタヌーンKC)
ヒストリエ(2) (アフタヌーンKC)
ヒストリエ(1) (アフタヌーンKC)
アレキサンダー大王 陽炎の帝国
アレクサンドロスと少年バゴアス
アレクサンドロス大王―「世界征服者」の虚像と実像 (講談社選書メチエ)
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Fate/Zero Vol.2 -王たちの狂宴- (書籍)
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