2010年05月23日 21:52

歴史とはまったく逆のこと書いてある…。あまりにもひどい…。自然権獲得の努力について。

過去の克服―ヒトラー後のドイツ
人権読本 (岩波ジュニア新書)

人種主義は個人の自然権を疑問視し、異質なものの排除の要求をひそませている。
(石田勇治「過去の克服―ヒトラー後のドイツ」)

まおゆうを讃美している人のブログ、ひどすぎます。さっき見て、驚愕しました。歴史的事実と全く逆のことが書いてある。これはあまりにもひどいよ…。自然権というのは、「自然権=普遍的人権」と考えて頂いて大丈夫です。

1990年代から2010年代までの物語類型の変遷〜「本当の自分」が承認されない自意識の脆弱さを抱えて、どこまでも「逃げていく」というのはどういうことなのか?
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20100521/p1
自然権の確立が、ホロコーストを生むわけですから。

全く逆です。自然権が立法権に侵害されることが、ホロコーストを生みました。

僕、大学で法律やっていましたけど(法科卒です)、大学の法歴史学で習うことは、『ナチスは立法権を暴走させ、自然権(人権)を徹底的に侵害した。その反省から、第二次世界大戦以降、各国は立法権に対する自然権の優位の確立を努力し、今も努力している』ということが、近現代法の歴史です。

ナチスはこのブログを書いている人が色々なエントリで開発経済学というのを持ち出し、部分的にかなり肯定的に述べている『人間は社会的有用性によってその生存の是非を判断される。軍事政権や開発独裁も手である』という思想と、もう一つ、『人間はその人種・血統によってその生存の是非を判断される』という思想、この二つの思想を推し進め、今から見れば明らかにおかしいこのとんでもない考え方を、「立法権は自然権に優先する」という、当時の法律の不備をついて、立法したのです。独裁も社会的有用性で人間を選別する法も、どちらも自然権を侵害する行いです。自然権はただ生きるだけでなく、政治的権利も含みます。自然権を侵害する法律が立法されることで、ナチス統治下での自然権は消滅しました。

『新暗行御史』/Classic.16 洪吉童伝(ホンギルドン伝説)私有財産VSコミュニズム
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20080502/p6
開発経済学を学んだものとして、GNPが一万ドル以下のテイクオフ前の経済において軍事政権や独裁者による開発独裁を僕は否定しない。

第二次世界大戦後、二度のナチスの蛮行を世界が繰り返さないように、自然権は立法権に優先するという風に、自然権の確立を第二次世界大戦後の自由民主主義国家(日本も含みます)の憲法に組み込むという、たいへんな作業を各国の法律家達と政治家達が、行ったのです。

『二度と人間の生命をナチスのような組織に蔑ろにはさせない、そのために法律のセキュリティホールである、立法権が優先され自然権を侵害してしまう現行法を、自然権を立法権より上位にして、自然権を確立させることで、立法権が自然権を侵害できないようにする!!』

という作業を各国の法律家達が気持ちを込めて、一生懸命に行ったのです。法歴史で習いますよ。法学の人じゃなくても、一般教養で法律とってれば習うんじゃないでしょうか。

「自然権の立法権に対する優先」の分かりやすいところでは違憲立法審査権がそうです。人間の自然権を侵害する立法は、司法がメタ的に審査してダメだしできる機能を強化しました。しかし、今も、自然権と立法権をめぐっては争いが起きています。近年起きたケースでは、アメリカのパトリオット法(愛国法)が、個人の自然権を侵害している立法であるとして、大きな問題になっています。

自然権
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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自然権(しぜんけん、ius naturale/jus naturale)とは、国家形成の自然状態の段階より人間が生まれながらに持つ不可譲の権利。人権はその代表的なものとされている。今日の通説では人類の普遍的価値である人間の自由と平等を中心とする基本的人権及びそれを基調とした現代政治理論においてもっとも基本的な概念・原理であるとされている。ただし、その由来については神が個々の人間に付与したとする考えと人間の本性に由来する考えが存在する。

人間の自然権は、近現代における最大に大切な権利であり、今もその権利を守るために、みな努力しているのです。

「自然権の確立が、ホロコーストを生むわけですから。」

これは歴史的事実とは完全に逆のことを言っている嘘の文章であり、酷すぎます。まおゆう讃美もそうですが、このブログの人物、他のエントリ(まおゆうエントリのほかにもネオリベラリズムのエントリなどいくつか読みました)を読むと、ナチスのような、立法権が自然権を侵害する法体系の方が、経済には都合がいいと思っているとしか思えません。しかしだからといってこんな嘘をつくことは決して許されません。

補足すると、ナチスが主張した生存圏(レーベンスラウム)と自然権は全く違うものです。混同するなど、ありえません。生存圏は、『自国の人間の生存権(この生存権は、国家に従属するものであり、自然権とイコールではない。ナチスは自国民にも自然権を認めなかった)の利益の為に自国民以外の自然権を侵害する(他国を侵略する)ことは許される』とする思想でして、国際法の自然権を侵害する思想です。自国の生存権(自国の利益)のために、他国を侵略するというこの思想は、現代では絶対に許されないとされています。現在、国際法・国際的なルールにおいて認められているのは各国の自衛権のみです。生存圏は自然権を侵害する思想、侵略を正当化する許されない思想です。生存園の反省からドイツでは果敢な庇護権(自国民以外の外国人の自然権を、他国の法を超えて、積極的に認める権利、自然権が国民国家を超え超国家的に最上位に来ている、法的にたいへん意味のある権利)を導入しています。

このエントリ、何百もブックマークがついているのに、なんで僕しかツッコミをいれてないんでしょうか…?誰がどう見ても明らかにおかしいでしょう…。なんかもう、泣きたい気持ちです…。こういう、このブログ主が主張している自然権を蔑ろにする思想が流行ると、うつ病で障害三級で無職の僕なんかは、自らの身の安全、精神病院で知り合った友人達の安全がおびやかされるのを感じて、酷い絶望的な気分です。涙がでてきます…。

大量にブクマされているのですから、僕よりちゃんとした知識がある人物大勢いるはずでしょう。「自然権(=普遍的人権)の確立が、ホロコーストを生むわけですから。」これはあまりにひどすぎますよ。ちゃんとつっこんでください…。なんで誰も何も言わないの…。なんで僕だけしか…。みんな、人権なんてどうでもいいと思っているのでしょうか…。涙がでてきます…。今だって、各国は自然権を守り、確立する努力をしているんです。日本なら朝日訴訟とか、有名でしょう…。

歴史発展の主体を集団としての種に求める人種主義は、種の存続のために個人の犠牲を強いる。人種主義は人間の評価を遺伝形質の価値によって差異化、階層化するが、価値基準そのものは個人への強制力をもつ国家から導きだされる。それゆえ人種主義は個人の自然権を疑問視し、異質なものの排除の要求をひそませている。ヒトラーがその処遇にほとんど関心を示さなかったシンティ・ロマをナチ体制が絶滅の対象にしたことは、ナチ・ドイツの人種主義の本質を物語っている。シンテイィ・ロマは「異人種」の烙印を押されたうえに、「生物犯罪学」の論理に従って抹殺されたのである。
(石田勇治「過去の克服―ヒトラー後のドイツ」)

参考作品(amazon)
過去の克服―ヒトラー後のドイツ
個人の基本権としての庇護権
近現代世界の平和思想―非戦・平和・人権思想の源流とその発展 (Minerva21世紀ライブラリー)
人権読本 (岩波ジュニア新書)
人権について―オックスフォード・アムネスティ・レクチャーズ

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