ベスト・モーツァルト100 6CD
ベスト・オブ・ベスト・モーツァルト
昨日は朝から喉が痛く風邪気味だったので、市販の風邪薬を飲んでにゃんこのお世話して(久々にブラッシングしたら、少し毛色が変わってきた感じで、にゃんこ、五才近い壮年になって年取ったからかなと思いました)、後は横になって音楽を聴きながらぐったりと寝ていました…。音楽を、最初はシチェドリン「封印された天使」とマックス・リヒター「memoryhouse」を聴いていたのですが、どちらもとんでもなく暗い曲(封印された天使はクラシック合唱曲、memoryhouseはポストクラシカル)でして、横になって聴いていたら、気分が真っ暗になってきて、悲しくなってきました…。
そこで、なんとか元気を出そうと、明るく、なおかつ気が落ち込んでいる時にも聴きやすい音楽として、モーツァルトを選んで、「ベスト・モーツァルト100」「ベスト・オブ・ベスト・モーツァルト」から何枚か選んで聴いていました。どちらも、明るく楽しい曲の数々を作曲したモーツァルトのベストアルバムだけあって、明るくて良いアルバムでした。
ただ、もう何度も何度も聴いているので、初めて聴いたときの深い喜びに満ちた感銘を得るというところまでは行かず、素晴らしい音楽を初めて聴くときの喜びが経験したことによって過ぎ去ってしまったことの悲しみについて思いました…。詩人のフェルナンド・ペソアが、「不安の書」のなかでたびたび書いている悲しみですね…。
モーツァルトを初めて聴く人は幸いかな。明るく楽しい音楽を聴いてこのように感じてしまうなんて、自分は精神的に参っていて感じ方がダメだなあと思いました…。過去に経験したことであっても再度経験するときは新しい喜びのように感じることが出来ればいいのですが…。過去の経験がそれをどうしても阻んでしまう。それが一回性であり、私達が過去の経験に縛られた存在であり、それゆえに私達は常に新しい経験を求めて前へ進んでゆく、ということなんだとは、頭では理解しますが、モーツァルトの人を元気付ける魔法のような音楽は本当に素晴らしいだけに、このように感じることは残念です…。悲しい音楽は何度も聴きやすいのは、何度も聴くことの悲しみと曲の悲しみがマッチするからかなと…。
人が以前味わったことのある体験を初めての時と同じ喜びを持って感じられることが出来たら、世界は深く充足した幸せに満ちていただろうと思いますね…。
参考作品(amazon)
ベスト・モーツァルト100 6CD
ベスト・オブ・ベスト・モーツァルト
シチェドリン「封印された天使」 (ハイブリッドSACD) [Import]
Memoryhouse
不安の書
木曜の男 (創元推理文庫 101-6)
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ベスト・オブ・ベスト・モーツァルト
昨日は朝から喉が痛く風邪気味だったので、市販の風邪薬を飲んでにゃんこのお世話して(久々にブラッシングしたら、少し毛色が変わってきた感じで、にゃんこ、五才近い壮年になって年取ったからかなと思いました)、後は横になって音楽を聴きながらぐったりと寝ていました…。音楽を、最初はシチェドリン「封印された天使」とマックス・リヒター「memoryhouse」を聴いていたのですが、どちらもとんでもなく暗い曲(封印された天使はクラシック合唱曲、memoryhouseはポストクラシカル)でして、横になって聴いていたら、気分が真っ暗になってきて、悲しくなってきました…。
そこで、なんとか元気を出そうと、明るく、なおかつ気が落ち込んでいる時にも聴きやすい音楽として、モーツァルトを選んで、「ベスト・モーツァルト100」「ベスト・オブ・ベスト・モーツァルト」から何枚か選んで聴いていました。どちらも、明るく楽しい曲の数々を作曲したモーツァルトのベストアルバムだけあって、明るくて良いアルバムでした。
ただ、もう何度も何度も聴いているので、初めて聴いたときの深い喜びに満ちた感銘を得るというところまでは行かず、素晴らしい音楽を初めて聴くときの喜びが経験したことによって過ぎ去ってしまったことの悲しみについて思いました…。詩人のフェルナンド・ペソアが、「不安の書」のなかでたびたび書いている悲しみですね…。
子供の頃、すでに詩を書いていた。その頃はとても下手な詩を書いていたのだが、完璧だと思っていた。もはや申し分ない作品を生み出すという本当ではない喜びを感じることはないのだろう。今日書いているものはずっと良い。実際、最良の詩人が書きうるものよりもよい。しかし、書ける、あるいは、おそらく書かなければならないとなぜか感じていたものよりもずっと劣っている。少年時代のまずい詩を、死んだ子供、死んだ息子、ついえてしまった最後の希望のように嘆く。
『ピクウィック・クラブ遺文録』(ディケンズの小説の題名)をすでに読んでしまっているというのは、私の人生の大悲劇の一つだ。もはやそれを初めて読むことはできない。
(フェルナンド・ペソア「不安の書」)
モーツァルトを初めて聴く人は幸いかな。明るく楽しい音楽を聴いてこのように感じてしまうなんて、自分は精神的に参っていて感じ方がダメだなあと思いました…。過去に経験したことであっても再度経験するときは新しい喜びのように感じることが出来ればいいのですが…。過去の経験がそれをどうしても阻んでしまう。それが一回性であり、私達が過去の経験に縛られた存在であり、それゆえに私達は常に新しい経験を求めて前へ進んでゆく、ということなんだとは、頭では理解しますが、モーツァルトの人を元気付ける魔法のような音楽は本当に素晴らしいだけに、このように感じることは残念です…。悲しい音楽は何度も聴きやすいのは、何度も聴くことの悲しみと曲の悲しみがマッチするからかなと…。
君たちに、この世界の秘密を教えてやろうか、それはわれわれがこの世界のうしろしか知らないということなんだ。
(チェスタトン「木曜の男」)
人が以前味わったことのある体験を初めての時と同じ喜びを持って感じられることが出来たら、世界は深く充足した幸せに満ちていただろうと思いますね…。
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ベスト・モーツァルト100 6CD
ベスト・オブ・ベスト・モーツァルト
シチェドリン「封印された天使」 (ハイブリッドSACD) [Import]
Memoryhouse
不安の書
木曜の男 (創元推理文庫 101-6)
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