夜の海辺にて〜カスキ:作品集

夜更けに雪がしんしんと降っていますね…。僕はどうしても眠れなくて、クラシック作曲家ヘイノ・カスキの音楽を聴いていました。ヘイノ・カスキは、可愛らしく静かで優しい感じのクラシックの小品を作曲したフィンランドの近代音楽家で、生前、生後ともに無名だったのを、日本のピアニスト舘野泉さんが楽譜を発掘して演奏し、名を知られるようになった作曲家です。

カスキの曲は派手な技巧はありませんが、穏やかで優しい静かなメロディが特徴で、そのレベルは決して低くはありません。現在入手可能なカスキのアルバムとしては、カスキ演奏の第一人者である舘野泉さん演奏の「夜の海辺にて カスキ:作品集」がありますが、これには、夜寝る前や、眠れないときなどに聴くのがぴったりな、優しく静かな曲の数々が収録されており、僕は夜眠れないときなどに精神安定剤代わりに聴くことが多いですね…。

カスキの曲を聴くと、本当に惜しいなと思わずにはいられません。カスキが作曲していた頃のフィンランドは戦争と政変に見舞われた激動の時代で、シベリウスのような民族的で壮大な音楽家が好まれ、カスキのような優しく静かなメロディの小品を作る音楽家は「音楽に国民を鼓舞するメッセージ性がない」とされて相手にされなかったんですね…。もしも、カスキが、アンビエント・ミュージックやヒーリング・ミュージックが世界的に地歩を得た1980年以降に現われた作曲家だったら、アンビエント・ミュージック、ヒーリング・ミュージックの優れた作曲家として必ずや評価されていたと思います。彼の曲は特に技巧が凝らされているという訳ではないごく普通のクラシック(作風は印象派クラシック)ですが、聴いているととても心が安らぐんですね…。優しく静かなメロディは、皆の心が疲れている現代社会にとってオアシスのように貴重なもの、カスキがもっと遅く生まれていれば必ずや評価されただろうなと思います…。カスキについてのホームページさんと、「夜の海辺にて カスキ:作品集」ライナーノーツより引用致しますね。

My favorite 音楽家ヘイノ・カスキ
(フィンランド 1885年〜1957年) 
http://www5.plala.or.jp/mako-pf/ongakuka.html
カスキは、1才になる前に母を亡くしている。母は明るい反面、繊細すぎるほどの性格の持ち主で、その性格をすっかり受け継いだカスキも傷つきやすくデリケートな感受性を持ち、生涯独身を通し、友人との交流もごく少数に限られていたようでした。(中略)

晩年のカスキは、
「自分の生涯も終わりに近づいた今、いやでも自分の舞台は終わりに、心は好んで憂愁の歌を言葉なき秋の調べをかなでてしまうのに気付かざるを得ない」
と書いている。

いつしか、世の中から忘れ去られ、妻子もなく親しい友人も少なく、年々作曲意欲も衰え、孤独な日々を過ごしていたであろう寂しさがにじみ出ている。

1957年 9月20日、72才の生涯を閉じる。

その日は、フィンランドの偉大な作曲家J・シベリウスの亡くなった日でもある。

カスキは1911年の留学前、シベリウスに何度か会う機会に恵まれ作品において批評と助言を得ている。
シベリウスは貧しかったカスキに、プライドを傷つけぬよう心を配りながら、何度がお小遣いをくれたこともある。
シベリウスはこの純朴な青年に好感を持ち、シベリウスの推薦状のお蔭で1911年からの留学が実現した。

1957年 9月20日 J・シベリウス没 92才  国葬
1957年 9月20日 H・カスキ没   72才

カスキの死には誰も気付かなかった。

ヘイノ・カスキとその作品
叙情的で繊細な作品は、文学作品にしても音楽作品にしても、その生まれた時代によっては受け入れられることがなく、それが真に芸術的な作品であってもその価値を正当に評価されることは少ない。(中略)ヘイノ・カスキの生きた時代は、フィンランドにとってまさに激動の時代であった。カスキの生まれた1885年、フィンランドはロシア統治下の下、民族ロマン主義運動の盛んな頃であった。しかし1899年、ニコライ2世によって2月宣言が発令され、フィンランドのロシア化政策が強化され、さらに第一次世界大戦、フィンランドの独立へと時代はめまぐるしく進む。またその後第二次世界大戦で敗戦国となったフィンランドにとって、ヘイノ・カスキの繊細で叙情的な音楽を受け入れる余地がなかったのも仕方のないことなのだろう。(中略)

(シベリウスの推薦とカレリア交響曲の作曲で前途有望な若手作曲家として評価されベルリン・イタリア・フランスに音楽留学した後)フィンランドに戻ったカスキは生活の為、1926年から37年までヘルシンキ音楽院のピアノ教師となり、また28年から50年までは小学校で歌を教えることになる。しかしこれらの曲はカスキから大作への意欲と集中力を奪うことになり、ピアノや歌の小品以外に新しい意欲的な作品が生まれることはもはやなかった。1957年9月20日、ヘイノ・カスキは帰らぬ人となった。(中略)そしてこの時(カスキの死)からヘイノ・カスキの名は人々の脳裏から消し去られてしまった。

それ以降に執筆されたフィンランドの作曲家について書かれた権威ある書物を開いてみても、ヘイノ・カスキについて書かれたページは決して多いとは言えない。しかし1996年に出版された現在最も権威のある、延べ2400ページにのぼる4巻編成の『フィンランド音楽史』の中には、カスキ個人についてかなりのページが割かれており、その中にカスキの叙情的なフィンランドの心を日本人ピアニストの舘野泉が現代に伝えていると述べられている。フィンランド人すら忘れていたヘイノ・カスキを日本人である舘野泉が現代に蘇らせたといっても過言ではない。

カスキはピアノ作品も100曲以上残しているが、フィンランドで出版されたものはその1割にも満たなかった。それを思えば今から15年も前に舘野の手によって全音から一冊の曲集として17曲も出版されたことは特筆に価しよう。
(「夜の海辺にて カスキ:作品集」ライナーノーツより)

上記ライナーノーツに書かれている通り、誰からも忘れ去られ誰からも演奏されることのなかったカスキの楽譜を発掘し、その演奏で名を馳せ、カスキを現代に蘇らせたのは、日本のピアニスト、舘野泉さんなんですね。同じ日本人としてなんだか嬉しくなりますね…。カスキの曲は、優しく甘やかなメロディ、静かで安らげる可愛らしい曲でして、アンビエント・ミュージック、ヒーリング・ミュージックとして、とても優れています。カスキが評価されなかった要因である『メッセージ性のなさ』は、今の時代の音楽評価から見ればむしろ『押し付けがましくない、静かな優しさ』として評価に値するものです。彼はまさに『50年早過ぎてしまった作曲家』としか言いようがありません…。1900〜1950年代はまだ、アンビエント・ミュージック、ヒーリング・ミュージックは理解されない時代だったのですね…。

カスキの曲、良い意味で『音楽による精神安定剤』という感じで、聴いているだけでとても安らげる綺麗で可愛らしい、穏やかで優しい曲です。疲れた時や辛い時に、静かに聴けて心慰めてくれる曲だと思います。お勧めの癒しの音楽です。

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夜の海辺にて〜カスキ:作品集

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