2010年01月23日 14:30

「春の祭典ピアノ・プリペアドピアノ版」、ファジル・サイが1人オケやっていて非常に面白いです。名盤です!

ストラヴィンスキー:春の祭典(ピアノ版)

クラシックの壁を打ち破る様々な実験的な演奏で知られる名ピアニスト、ファジル・サイの音楽アルバム「春の祭典ピアノ・プリペアドピアノ版」を聴きました。ファジル・サイがピアノを壊しながら1人オーケストラをやっている作品でして、非常に面白いです。これは名盤です、心からお勧めですね。

本アルバムは、ストラヴィンスキーの編曲したピアノ四手版「春の祭典」をベースに、管弦楽版「春の祭典」を加えた演奏をファジル・サイが全て1人で弾くというもの。ピアノ四手版の弾き手は通常2人、このアルバムはそれにプラスアルファで管弦楽パートをプリペアドピアノで弾いているのですが、それを全部ファジル・サイ1人だけで一台のピアノで演奏しているのがなんとも面白いです。ファジル・サイが1人5役くらいやって演奏し、演奏しながらピアノをどんどんぶっ壊して無理矢理管弦楽の音を出していて、なんともハチャメチャな1人オーケストラ状態です。聴いていて面白くて堪りません。

当然ながら、ファジル・サイ1人が1回に全ての演奏を弾けるはずがなく、本アルバムではファジル・サイがそれぞれのパートを何度も何度も別々に録音し(最初はピアノを普通に弾いて4手パートを録音、その後、ピアノをぶっ壊してプリペアドピアノにして演奏し管弦楽パート録音)、それぞれの録音を彼自ら重ね合わせ編集して一つの音楽に纏めています。彼の音楽編集が凄く上手くて吃驚しましたね。ファジル・サイ自身もこの編集には自信があるようで、以下のように語っています。

Q.異なる数種類のテイクを重ね合わせ、同期させることは極端にリスキーな作業だと思う。それはピアノの語法と本当の意味で折り合えるのだろうか。解釈者としてのきみの自由を疎外することにならないか。

ファジル・サイ「――いやそうは思わない。演奏の音楽性に全く影響はない。録音に取り掛かる前、まるまる一ヶ月かけて僕はこの種の録音に伴う技術的な問題を全て洗い出した。そして実は、この作品の全体とメロディ・ラインの75%をカバーした初期バージョンを用意した。ぼくはそれを「プリンシバル・ライン」と名づけ、スタジオの最初の二日間でそれを録音した。ジャン=ピエール・ロワジルがそれを編集して、実際に使用するバージョンを作った。あとは簡単な仕事だった。プリンシバル・ラインを何も描かれていないカンバスに見立てて着色していった。それから残りの25%を完成させた。さらに、フル・スコア(管弦楽版)に基いた要素もいくつか付け加えた。4手版では失われてしまった要素があると考えたからだ。今回の録音では、連続的に多重録音して6手、8手、さらに10手のテクスチュアを作り出している部分がある。それと、興味深いことに、同期の問題は速いパッセージよりもむしろスローなルバートのパッセージの方が大きかった」

Q.きみは「カンバス」と言い、色彩と言うけれども、どういうことなのか少し例を挙げてくれないか。

ファジル・サイ「基本的には、ピアノの「オーケストレーション」と考えた。「春の祭典」は管弦楽曲だ。だから、(プリペアドピアノを使って)オーケストラのピツィカートの効果を作り出そうと、打楽器とシンバルの音を出そうと努めた。それがゾクゾクするほど面白かった。ピアノという楽器が持つあらゆる可能性を利用したと本気で思うし、僕の目的は最初から最後まで最高に豊かな音楽的色彩を見つけることだった。もちろん、それは非常に自由な、とても個人的な解釈になるわけだけれども、ただ一つの音符としておろそかにはしていない。この録音を譜面を見ながら聴きたいというのであれば、4手版だけでなくオーケストラ・スコアも用意することをお勧めしたい」
(「ストラヴィンスキー:春の祭典(ピアノ版)」ライナーノーツより)

ファジル・サイ自身が言っている通り、まさに『1人オーケストラ版春の祭典』という形で、なんとも奇妙で面白い楽しさのある音楽アルバムです。プリペアド・ピアノを使ってオーケストラ・スコアをカバーしている為、通常のピアノ四手版春の祭典より遥かに派手で、聴いていてとても楽しいです。オーケストラ版は神秘的な音楽作りを得意とするストラヴィンスキーが強い情動を込めた、聴き手を眩惑する異様な官能性のある管弦楽の響きが身体に残る音楽ですが、このアルバムでは全てピアノ・プリペアドピアノで演奏されている為、そういった異様な官能性は薄く、極めて聴きやすいですね。オーケストラの春の祭典を夜寝る前に聴いたら眠れなくなりますが、このピアノ・プリペアドピアノ版はオーケストラ版を綺麗に洗練したようなバージョンで、夜寝る前に聞いても大丈夫な聴き心地です。

非常に楽しく面白いアルバムでお勧めです。プリペアドピアノを使ったオーケストレーションとして最高峰の一つだと思いますね。ファジル・サイがピアノ改造をかなりノリノリに行ったようで、管弦楽パートの音から明らかにピアノを相当にぶっ壊して音を鳴らしていることが分かり、聴いていて最高に面白いです。多分、数百万は下らないグランドピアノを完膚なきまでにぶっ壊しながら演奏したんだろうなあと思われますね。本アルバムは値段も1000円と極めて安く、コストパフォーマンスも素晴らしいです。娯楽性に富んだ現代クラシック音楽の成果という感じでして、楽しく面白いお勧めの音楽アルバムです。聴いていると元気が出て来る音楽アルバムでして、ぜひご一聴どうぞです。クラシック音楽のハチャメチャで楽しいこういうところがもっと大勢の人に知ってもらえたら嬉しいなと思いますね。

ファジル・サイ「――思いいれという要素は、自分にとって特別な誰かあるいは何かを扱うときには必ず付きまとうものだろう。この場合は一つの作品がそれだ。僕にとって「春の祭典」は特別なプロジェクトなんだ。19歳の僕はデュッセルドルフ大学の寮にたった一人でいたときのことを思い出す。あの頃の僕はひどく元気がなくて、とても陰気で全く落ち込んでいた。そんなある晩、ラジオで「春の祭典」を聴いた。この音楽が僕を生へと連れ戻し、音楽への愛を回復させてくれた。僕にとって「春の祭典」はそうした全てを象徴している」
(「ストラヴィンスキー:春の祭典(ピアノ版)」ライナーノーツより)

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ストラヴィンスキー:春の祭典(ピアノ版)
ストラヴィンスキー:春の祭典(オーケストラ版)
ケージ:プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード
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