セル 上巻 (新潮文庫)
セル 下巻 (新潮文庫)
地獄の世紀(上) (扶桑社文庫)
地獄の世紀(下) (扶桑社文庫)

スティーヴン・キングのホラー小説「セル」を読了。流石はモダンホラーの王者キングという感じで、ぐいぐい小説世界に引き込まれる非常に面白い小説でした。ただ、以前読んだサイモン・クラーク「地獄の世紀」に物語の根幹的なアイデア・展開がそっくりなのは、ちょっとう〜んな感じもしました…。キングのような大御所が盗作ということはないですが、ただ、アイデアをあまりにそのまま「地獄の世紀」から持って来過ぎてしまったなとは思いました。もう少しアレンジしてオリジナリティを出した方が良かったかと…。大筋のアイデアが全く同じなんですね…。しかもアイデアを昇華させた全体の完成度で言えばサイモン・クラークの方が上です。キングはストーリーテリングが上手いので読ませますが、全体を上手く構成させているかと言えば、ちょっと尻すぼみですね…。

人類がこの惑星を支配するにいたったのは、ふたつの特質に恵まれていたからだ。ひとつは知性。そしてもうひとつは、自分の邪魔をするものがあれば、相手が誰であれ、なんであれ殺すことを辞さない無制限の意志の力だった、とね。
(スティーヴン・キング「セル」)

この物語は、ある意味で、その化け物をいかに殺すかの指南書といえるものにしたい。というのも、このことを憶えておいてほしいからだ――人はだれもが、殺すべき化け物をおのれのうちに持っている――ということを。
(サイモン・クラーク「地獄の世紀」)

本書「セル」は、携帯電話を使っていた人々が、個々の人間とは別の思考形態をする単一の集合意識の塊の存在になってしまい、携帯電話を使っていなかった人々に襲い掛かるというホラーです。単一の集合意識の塊になった人々は行動がゾンビそのもの、生者に襲い掛かり貪り喰って殺す化け物になってしまいます。この「大勢の人々が個々の人間とは別の思考形態をする単一の集合意識の塊の存在になってしまい、他の人々を襲い始める」というのは、サイモン・クラークの「地獄の世紀」と全く同じプロットですね…。個々の人間としての知性・理性が消えたら人間に残るのは凶悪な破壊本能のみという前提に立ったプロットです。理性・知性が芽生える前の赤ちゃんが破壊本能に特化しているとは全く思えませんし、理性・知性が無くなったら残るのは破壊本能のみという前提は極端かなと僕は思いますが…。また、単一の集合意識の塊の存在となったゾンビな人々がテレパシーを持った新しい進化した種というのも「セル」「地獄の世紀」双方に通じるプロットですね。

この後、「地獄の世紀」の方では、知性・理性を失わなかった人々が集まってテレパシーゾンビ集団と戦うことになるのですが、キングの方はキング読者お馴染みの少人数でひたすら旅をするロードムービーになってしまいます。「地獄の世紀」だと理性を持ったまま生きのびた人類側の人々とテレパシーゾンビ集団との戦いが続くのですが、「セル」の方は、圧倒的な力を持つテレパシーゾンビ集団に理性を持ったまま生きのびた人類側の人々は言いように引っ掻き回されるという感じですね…。これじゃあどうあっても人類側の人々の敗北だと思ったら、オチが…。キングの小説の方だとゾンビ軍団全体の壊滅理由があまりに説得力ないです…。ネタバレになってしまうので書きませんが、世界中のゾンビ軍団が、アレでいきなり壊滅するとか有り得ないと思いますね…。あと、寒くない地方は一体どうなっているのか…。「セル」の方は最後が尻つぼみなので、その点、「地獄の世紀」の方が小説として全体の完成度は高いです。

ただ、流石はキング、稀代のストーリーテーラーの小説だけあって、最後のオチはう〜んな感じですが、圧倒的な力を持つゾンビ軍団から少人数でひたすらゾンビから逃げて進むロードムービーとしての展開は最高に面白く、まさに読んでいて時間を忘れるという感じの素晴らしい面白さでした。「地獄の世紀」はSFホラーとして僕は非常に高く評価している小説でして、本作「セル」は、「地獄の世紀」のキング版という感じがしました。「セル」の全体の完成度は「地獄の世紀」より落ちるけど、いつものキング節が楽しめるという点では、キングの愛読者として実に楽しめる作品です。

これは作家としての特質ですが、キングは小さな町(「ニードフル・シングス」のキャッスルロックとか)の情景や少人数の人間関係など、小さな世界を描くのは物凄く上手いんですが、逆に、「世界滅亡」とかの大きな世界・大きな物語を描くのは苦手な作家なんですね…。キングの小説の特徴である、様々な細部の緻密な徹底的な描写によって不気味なアトモスフィア(雰囲気)を演出する方法は、小さな世界を描くことに徹底的に特化している手法ですし…。世界滅亡を描いたキングの代表作「ザ・スタンド」も、世界の滅亡についての大きな世界・大きな物語としてのシーンは四苦八苦しながら書いていて、あまり良いものには仕上がっていなかったけれど、逆に、生き残った人々の小さなコロニーでの人間関係を描くシーンは、究極的に見事に仕上がっていましたからね…。

セルは、キングの苦手なジャンル、世界滅亡を描くジャンルなので、大きな世界の方は上手く描けず(ゾンビに襲われて滅びてゆく大きな世界の描き方は、サイモン・クラーク「地獄の世紀」の方が圧倒的に上手い)、無理矢理自分(キング)の得意技であるロードムービー(少人数で旅をする展開)にして、その部分で頑張ったという感じの作品です。ロードムービー(旅の物語)としての部分は非常に面白いのですが、大きな物語の部分が上手くないので、どこかちぐはぐな感じのする作品です。これは「スタンド」とか、キングが小さな世界とともに大きな世界、大きな物語を描こうとした小説作品はみなそうなんですが…。キングの作品で全体の完成度が高いのは最初から最後まで小さな世界を描く「ミザリー」とかの作品ですからね。スティーヴン・キングは作家として、モダンホラーには向いているけれど、SFには向いていないという感じです。

ただ、色々書きましたが、やはり「セル」は圧倒的に面白い小説です。全体的な完成度の低さがあまり気にならない圧倒的な面白さがあります。キングの小説の特徴として、圧倒的に緻密な細部の描写を積み重ねて、緻密な描写が醸し出すアトモスフィアで読者を圧倒するというところがあります。本作「セル」はそういった緻密な描写がやや少なく、今までのキングの小説と比べると少々物足りないですが、逆に言えば細かい描写に丹念に目を通す必要が無い為、キングの小説の中では圧倒的に読みやすいです。読者の読む速度、スピード感を大切にしている小説で、キングを始めて読む人などにも非常に入りやすい、キングの小説のなかではダントツに読みやすい小説だと思います。面白い小説が読みたいお方々に、「セル」、ぜひにお勧めです。後、「地獄の世紀」も非常に面白い小説でして、「セル」と「地獄の世紀」を読み比べてみると楽しさが更に増すかなと思います。皆さんに良い読書体験がありますように…。

参考作品(amazon)
セル 上巻 (新潮文庫)
セル 下巻 (新潮文庫)
ザ・スタンド(上)
ザ・スタンド(下)
スタンド・バイ・ミー―恐怖の四季 秋冬編 (新潮文庫)
ゴールデンボーイ―恐怖の四季 春夏編 (新潮文庫)
ニードフル・シングス〈上〉 (文春文庫)
ニードフル・シングス〈下〉 (文春文庫)
ミザリー (文春文庫)
地獄の世紀(上) (扶桑社文庫)
地獄の世紀(下) (扶桑社文庫)
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